M&A仲介業者の成功報酬は、取引対価を受け取らなかった医療法人に請求できるか―東京高等裁判所令和2年9月9日判決

▶ M&A仲介業者の手数料の算定方法と成約に至らなかった場合の負担の考え方
M&Aの仲介業者と成功報酬の契約を結んだのは医療法人でした。ところが、最終的に成立した取引では、出資持分や関連会社の株式の譲渡代金と退職慰労金は、すべて理事長個人が受け取り、医療法人は何の対価も受け取りませんでした。この場合、仲介業者は医療法人に成功報酬を請求できるのでしょうか。東京地方裁判所令和元年11月13日判決は、医療法人との契約の成立は認めたうえで、報酬の支払請求権は発生していないと判断しました。その控訴審である東京高等裁判所令和2年9月9日判決も控訴をいずれも棄却しましたが、取引が出資持分譲渡の形で成立した場合に成功報酬を支払うべき者は、出資持分を譲渡して対価を取得する理事長個人であると解するのが相当であるとして、第1審の理由を補正しています。
本記事が扱う場面と、扱わない場面
本記事は、譲渡側の仲介業者が契約の相手方である医療法人に成功報酬を請求した事件と、買収側が理事長の表明保証違反を主張した事件を併せて審理した一つの判決を解説します。仲介業者の善管注意義務、取引が成立しなかった場合の報酬、理事長個人に対する報酬請求は対象としていません。仲介業者の手数料の考え方の全体像は、M&A仲介業者の手数料の算定方法と成約に至らなかった場合の負担の考え方をご覧ください。
裁判例の基本情報と当事者の表記
| 裁判所・裁判日 | 東京地方裁判所民事第6部・令和元年11月13日 |
|---|---|
| 事件番号 | 平成29年(ワ)第2493号(第1事件)、平成29年(ワ)第35867号(第2事件) |
| 事件名 | 業務委託報酬等請求事件(第1事件)、損害賠償請求事件(第2事件) |
| 審級 | 第1審(控訴審は東京高等裁判所第5民事部・令和2年9月9日判決、令和元年(ネ)第5192号。控訴をいずれも棄却) |
| 結論 | 第1事件・第2事件とも請求棄却 |
以下では、第1事件の原告であるM&Aコンサルタント会社を「仲介会社E」、第2事件の原告である事業承継会社を「承継会社F」、第1事件の被告である医療法人を「医療法人G」、その理事長で第2事件の被告である者を「理事長H」、医療法人Gのいわゆるメディカル・サービス法人(MS法人)を「A社」と表記します。承継会社Fを設立したのは、B社の完全子会社であるC社とD社であり、買収側として交渉に当たったB社及びD社を「B社ら」とします。医療法人Gの相談役及び経営企画顧問は、それぞれ「相談役」「顧問」と表記します。引用中の当事者名も、この独自の表記に置き換えています。
本記事は、上記の第1審判決と、その控訴審である東京高等裁判所令和2年9月9日判決をまとめて解説するものです。控訴審判決の後の上告等の有無や確定は確認できていません。
事案の概要―医療法人が契約したが、取引の対価は理事長個人が受け取った
理事長の高齢化を背景に事業承継が検討された
医療法人Gは、診療所を経営し、科学的でかつ適正な医療を普及すること等を目的とする社団たる医療法人です。理事長Hは、平成28年3月31日に辞任するまで理事長を務め、医療法人Gの出資持分全部と、衛生検査所の運営等を行うA社の発行済株式全部を保有していました。
医療法人Gの相談役は、高齢となった理事長Hに不測の事態が生じた場合、後継者がいないことや、相続人に多額の退職金や出資金を支払わなければならなくなることから、医療法人Gの経営に支障が生じることを懸念していました。そこで、遅くとも平成26年頃から、顧問とともに理事長Hに事業承継を勧めるようになり、顧問が、事業承継のコンサルタントとして仲介会社Eの代表者を紹介しました。
医療法人Gを当事者とする成功報酬の契約書が作られた
仲介会社Eは、平成26年11月頃からB社らを相談役や顧問に紹介して協議を行い、同年12月頃から約1か月かけて医療法人Gの財産的価値を算定するためのデューディリジェンスを行いました。契約書がないまま作業をしていたため、仲介会社Eは、同年12月15日、相談役に契約書の原案を送り、報酬として取引対価の4パーセントを求めました。
平成27年2月9日、仲介会社Eの代表者は、医療法人Gの事務所で理事長H、相談役及び顧問と面談し、契約書の内容を確認して理事長Hの了承を得たうえで報酬について協議し、覚書の内容で合意しました。顧問が、契約書と覚書に医療法人Gの契約印等を押印しました。契約書と覚書の当事者欄には、医療法人Gの名称及び理事長名のゴム印と、医療法人Gが通常用いている契約印が押されていました。
取引の形は、理事長H個人が対価を受け取るものに変わった
B社らは、平成27年7月2日、医療法人G及びA社の評価額を90億円と想定する意向表明書を交付し、同年8月頃から買収側のデューディリジェンスを行いました。資料請求リストには「契約リスト・契約書」が含まれていましたが、相談役、顧問及び仲介会社Eの代表者は、いずれも成功報酬の契約書を示さず、その存在も伝えませんでした。
B社らは当初、吸収分割による事業承継を提案しましたが、理事長Hが了承しなかったため、平成27年11月末頃、対価の総額を89億3,000万円とし、A社株式の譲渡対価55億8,000万円、医療法人Gの出資持分の譲渡対価13億5,000万円、医療法人Gから理事長Hへの退職慰労金20億円とすることを提案しました。理事長Hが、90億円が無理なら止めても構わないと難色を示したため、仲介会社Eの代表者は、理事長Hが実質的に90億円を取得できるよう、仲介会社Eが受け取る予定の成功報酬から7,000万円を減額することを提案し、理事長Hはこれを了承しました。
平成28年2月5日、理事長Hは、仲介会社Eとコンサルティング業務契約を結んだ覚えはないと言い出して、成功報酬の減額を求めました。仲介会社Eの代表者は、理事長H個人との間で、理事長Hが成功報酬として1億5,000万円を支払う旨の合意をしました。
取引の実行から約5か月後に、医療法人Gに報酬が請求された
平成28年3月17日、B社らと理事長Hは、上記の3つの取引を内容とする合意をし、理事長Hと承継会社F(当時の商号)との間で株式譲渡契約が、理事長HとA社との間で出資持分譲渡契約が締結されました。同月31日、理事長Hに各金銭が支払われ、取引が実行されました。承継会社Fは、平成29年11月1日にA社を吸収合併し、現在の商号となりました。
仲介会社Eは、取引対価の払込みから10日が経過しても医療法人Gに報酬を請求せず、平成28年8月23日になって初めて、成功報酬2億6,790万円の支払を医療法人Gに請求しました。
事案の経緯
| 年月日 | 出来事 |
|---|---|
| 平成26年頃まで | 相談役が顧問とともに理事長Hに事業承継を勧め、顧問が仲介会社Eの代表者を紹介 |
| 平成26年11月頃 | 仲介会社EがB社らを相談役や顧問に紹介し、協議を開始。12月頃から約1か月、医療法人Gの財産的価値を算定するデューディリジェンス |
| 平成26年12月15日 | 仲介会社Eが相談役に契約書の原案を送付し、取引対価の4パーセントの報酬を求める |
| 平成27年2月9日 | 理事長H、相談役、顧問及び仲介会社Eの代表者が面談。契約書(コンサルティング業務契約書)及び覚書に医療法人Gの契約印等が押印される |
| 平成27年7月2日 | B社らが、医療法人G及びA社の評価額を90億円と想定する意向表明書を交付 |
| 平成27年8月頃 | B社らが医療法人G及びA社のデューディリジェンスを実施。成功報酬の契約書は示されず |
| 平成27年11月末頃 | B社らが、対価総額89億3,000万円(株式55億8,000万円、出資持分13億5,000万円、退職慰労金20億円)の案を提案 |
| 平成27年12月9日 | 成功報酬から7,000万円を減額する提案を了承した理事長Hが、B社らに契約手続を行うことを承諾する書面を交付 |
| 平成28年1月19日以降 | B社らが仲介会社Eの代表者に、表明保証条項を含む契約書のドラフトを送付(2月9日、10日にも修正案を送付)。医療法人Gが成功報酬の支払義務を負っているとの指摘はなし |
| 平成28年2月5日 | 理事長Hが契約締結の覚えはないとして減額を求め、仲介会社Eと理事長H個人が成功報酬1億5,000万円を支払う旨の合意 |
| 平成28年2月12日 | 理事長HがB社らに取引を止める旨を伝える(その後説得を受け、3月14日に取引を行う意向を示す) |
| 平成28年3月16日 | 仲介会社Eの代表者の立会いの下で契約書案の読合せ。理事長Hの求めにより、表明保証条項に「譲渡人の知り得る限り」の文言が加えられる |
| 平成28年3月17日 | 株式譲渡契約及び出資持分譲渡契約の締結 |
| 平成28年3月31日 | 理事長Hに株式譲渡代金、出資持分譲渡代金及び退職慰労金が支払われ、取引が実行される。理事長Hは理事長を辞任 |
| 平成28年8月23日 | 仲介会社Eが医療法人Gに成功報酬2億6,790万円を初めて請求 |
| 平成29年11月1日 | 承継会社FがA社を吸収合併し、現在の商号となる |
| 令和元年11月13日 | 東京地方裁判所が両事件の請求を棄却する判決 |
判断の出発点となった契約条項
以下は、判決本文が記載する契約書等の内容の引用です(判決が要旨として記載した部分を含みます)。当事者の呼称のみ上記の表記へ置き換えています。
M&Aコンサルティング業務契約書(平成27年2月9日付け) 第1条、第3条(1)
(「甲」とは医療法人Gを、「乙」とは仲介会社Eを、「本件取引」とは医療法人Gの出資金譲渡又は事業譲渡に関する契約を指す。)
第1条(コンサルティング業務の委託) 甲は、乙を本件取引に関する甲のM&Aコンサルタントに指名し、乙は上記指名を受託する。
第3条(1)(報酬等) 甲が、乙の紹介にかかる候補企業と本件取引を締結した場合、甲は、上記取引のクロージング日から10日以内に、乙に対して別添覚書に定める成功報酬を支払うものとする。
覚書 第1条
医療法人Gは、仲介会社Eに対し、前項のコンサルティング業務契約の報酬につき、以下のとおりで合意する。
(ア)上記契約に係る弁護士、公認会計士等の費用は、成功報酬に含まれるものとする。
(イ)候補企業との本件取引の契約完了は、取引対価の払込みをもってクロージングとする。
(ウ)成功報酬は、取引対価(譲渡金額)に応じ、以下のとおりとする。
①取引対価(譲渡金額)が100億円(税込)以上の場合、取引対価の4%(税込)とする。
②取引対価(譲渡金額)が100億円(税込)未満の場合、取引対価の3%(税込)とする。
出資持分譲渡契約 第6条第1項、別紙1「譲渡人の表明保証」4(6)
(理事長Hは、本件出資持分譲渡契約締結時において、承継会社Fに対し、次の事項が真実かつ正確であることを表明し、保証する。)
本出資持分譲渡に関する費用等 本出資持分譲渡及び本契約に関連して、譲渡人(理事長H)及び対象法人(医療法人G)が締結した契約に基づき、弁護士、公認会計士、税理士その他のアドバイザーに対してサービス料、紹介料、仲介料、手数料、報酬その他これらに類する対価で、対象法人がその支払義務又は責任を負うものは、譲渡人が知り得る限り、存在しない。
出資持分譲渡契約 第9条第1項、第3項(補償)
第1項 理事長H及びA社は、相手方が本件出資持分譲渡契約に基づく義務又は表明若しくは保証に違反し、それに起因して損害、損失又は費用(第三者からの請求の結果として生じるものか否かを問わないものとし、合理的範囲における弁護士費用も含む。)を被った場合には、上記損害等の補償を相手方に対して請求することができるものとする。
第3項 理事長Hの本件表明保証条項違反により医療法人Gに損害が生じた場合には、当該損害等の全額を、補償請求を行ったA社に生じた上記損害等とみなす。
成功報酬は、「甲(医療法人G)が」候補企業と「本件取引(医療法人Gの出資金譲渡又は事業譲渡に関する契約)を締結した場合」に支払うものとされ、取引対価の払込みをもってクロージングとし、その額に応じて報酬額が決まる仕組みでした。
当事者が求めたもの
第1事件―仲介会社Eの医療法人Gに対する成功報酬の請求
仲介会社Eは、自らの紹介とコンサルティングによって取引が成立し、合計89億3,000万円の取引対価が払い込まれたとして、医療法人Gに対し、その3パーセントに当たる成功報酬2億6,790万円及びこれに対する約定の支払期限の翌日である平成28年4月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めました。
第2事件―承継会社Fの理事長Hに対する表明保証違反の請求
承継会社Fは、仮に医療法人Gが成功報酬の支払義務を負うのであれば、アドバイザーに対する対価等は知り得る限り存在しないとした理事長Hの表明保証に違反するとして、理事長Hに対し、報酬額とその1割の弁護士費用の合計2億9,469万円及びこれに対する出資持分譲渡の実行日の翌日である平成28年4月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めました。
争点
争点は、①仲介会社Eと医療法人Gとの間のコンサルティング業務契約の成否及び成功報酬請求の可否、②契約が通謀虚偽表示として無効か、③理事長Hと医療法人Gとの利益相反に当たるか、④医療法第54条(剰余金の配当の禁止)に違反し無効か、⑤理事会及び社員総会の承認決議を欠き無効か、⑥契約が合意解除されたか、⑦理事長Hが表明保証条項に違反したか、でした。
医療法人Gは、契約の当事者は医療法人Gではなく理事長Hであると主張し、また仮に医療法人Gが当事者であっても、医療法人Gが出資金譲渡契約や事業譲渡契約を締結していない場合にまで報酬を支払う合意はないと主張しました。理事長Hは、契約書の作成には関与していないと主張しました。
裁判所の判断―契約は成立したが、報酬の支払請求権は発生しなかった
契約の当事者は医療法人Gであると認められた
裁判所は、平成27年2月9日の面談で、理事長Hが契約書の内容を確認して了承し、報酬についても覚書のとおり合意し、これを受けて顧問が医療法人Gの契約印等を押印したと認定しました。理事長Hは、面談は初対面の挨拶や一般的な説明、世間話程度だったと供述しましたが、顧問と仲介会社Eの代表者の供述、相談役の陳述、前年12月に契約書の原案が送付されていたこと、理事長H自身が医療法人Gが報酬を支払うことになると認識していた旨供述していることなどから、この供述は信用できないとされました。
また、契約書等の本文には医療法人Gが契約当事者として明記され、当事者欄に医療法人Gの理事長名のゴム印と契約印が押されていることから、契約は医療法人Gに効果を帰属させる趣旨で締結されたことが明らかであるとしました。事業承継は医療法人Gの相談役や顧問が主導して進めていたもので、契約締結当時は取引の具体的方法が定まっておらず、医療法人Gが直接承継先と契約する方法も考えられたことから、医療法人Gが当事者となることは不合理ではないとして、理事長Hが当事者であるという医療法人Gの主張を退けました。
成功報酬は、医療法人Gが取引対価を取得することが前提だった
そのうえで裁判所は、契約書が「甲が、乙の紹介にかかる候補企業と本件取引を締結した場合」に報酬を支払うと定め、覚書が取引対価の払込み後10日以内にその額に応じて報酬を支払うとしていることから、この契約は、医療法人Gが承継先の企業と直接契約を締結し、取引対価の全部又は一部を取得することを前提として、その中から報酬を支払うことが当然の前提となっていたと解しました。
実際に成立した取引は、理事長HがA社株式と医療法人Gの出資持分を譲渡し、医療法人Gが理事長Hに退職慰労金を支払うというもので、医療法人Gは承継先の企業と直接契約を締結せず、何らの取引対価も取得していませんでした。そのため裁判所は、同契約に基づく医療法人Gに対する成功報酬の支払請求権は「発生しないことが確定したというほかない」と判断しました。
契約の文言に当てはまらない場合にまで報酬は発生しない
仲介会社Eは、出資持分は医療法人G自身が保有するものではないから医療法人Gが出資持分譲渡の当事者にならないことは自明であり、「本件取引を締結した場合」とは取引が成立した場合の趣旨だと主張しました。しかし裁判所は、契約締結当時は医療法人Gが直接承継先と契約するスキームも考えられ、それを念頭に報酬が合意されたとしても不合理ではないとして、契約書の文言に当てはまらない場合にも報酬請求権が発生すると解釈することは困難であるとしました。また、実質的にも、仲介会社Eは譲渡側のコンサルタントとして活動しており、譲渡側が受け取る対価の中から報酬が支払われることを想定するのが合理的であるとしました。
関係者の行動も、医療法人Gに支払義務がないとの認識を示していた
裁判所は、仲介会社E自身が、理事長Hに対し、取引対価の増額ではなく理事長Hが支払うべき報酬を減額することで手取額を増やす案を示し、さらに理事長H個人との間で報酬を1億5,000万円とする合意をするなど、理事長H個人が報酬を支払うことを前提とした交渉をしていたことを指摘しました。
さらに、医療法人Gが数億円もの報酬の支払義務を負っていたのであれば、その価値に影響することが容易に予想されるのに、理事長H、相談役、顧問及び仲介会社Eの代表者はいずれもB社らのデューディリジェンスの際にこれを伝えていないこと、表明保証条項にも抵触しかねないのに、仲介会社Eの代表者は契約書案の送付を受け、表明保証条項の協議の場にも同席しながら何ら指摘していないことを挙げ、これらの事情は、関係者が医療法人Gは報酬の支払義務を負っていないと認識していたことを推認させるとしました。
以上から、裁判所は、仲介会社Eの請求は「争点(2)ないし(6)について判断するまでもなく理由がない」としました。
理事長Hの表明保証違反も認められなかった
第2事件について、裁判所は、医療法人Gが報酬の支払義務を負わない以上、理事長Hが表明保証条項に違反したということはできないとしました。承継会社Fは、理事長Hが契約書の作成に関与していたのであれば、医療法人Gが第1事件の応訴を余儀なくされたことによる弁護士費用相当額を賠償すべきであるとも主張しましたが、報酬の支払義務がない場合には表明保証条項違反があるとはいえないとして、この主張も失当とされました。
お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。
本判決の結論
裁判所は、第1事件における仲介会社Eの請求及び第2事件における承継会社Fの請求をいずれも棄却しました。訴訟費用は、各事件について生じた部分はそれぞれの原告の負担とし、両事件に共通して生じた部分は2分して各原告の負担とされました。
控訴審の判断―東京高等裁判所令和2年9月9日判決
仲介会社Eと承継会社Fは、いずれも第1審判決を不服として控訴しました。東京高等裁判所令和2年9月9日判決(令和元年(ネ)第5192号)は、控訴をいずれも棄却し、控訴費用を控訴人らの負担としました。控訴審は、第1審判決の事実認定と判断の多くを引用しつつ、成功報酬の支払義務者についての理由を補正し、控訴審で加えられた主張に対する判断を付け加えています。
控訴審で加えられた主張
仲介会社Eは、契約では医療法人Gの事業譲渡だけでなく出資金譲渡も想定されており、出資金譲渡の場合にも事業譲渡の場合と同様に成功報酬が発生することは、契約文言及び当事者の合理的意思解釈から明らかであると主張しました。また、医療法人Gは承継先の傘下に入って事業継続という目的を達成したのであるから対価を取得しなくても利益を受けていること、株式譲渡の形が採られた場合でも実務上はコンサルティングの成功報酬を会社が支払うこと、理事長H及び顧問が尋問で医療法人Gが支払うとの認識を示したことも主張しました。
承継会社Fは、医療法人Gが成功報酬の支払義務を負わないとしても、理事長Hが契約の締結に関与しながらこれを買収側に開示しなかったことは、出資持分譲渡契約の表明保証(対象法人の重要な契約、開示情報の正確性)に違反し、医療法人Gが第1審の応訴を余儀なくされたことにより弁護士費用相当の損害が生じたと主張しました。
成功報酬は発生し得るが、出資持分譲渡の場合に支払うべき者は対価を受け取る理事長個人
控訴審は、契約締結の時点では、取引が医療法人Gの出資金譲渡と事業譲渡のいずれの形を採るかは不確定であったところ、契約文言上、成功報酬の発生の有無が取引の形によって左右されるとは解されないとして、次のように述べました(当事者の呼称は本記事の表記に置き換えています)。
「当事者間においては、〔仲介会社E〕は、本件M&Aが本件コンサルティング業務契約で想定されていた範囲内の取引形態をスキームとして成立することを停止条件として、本件成功報酬の支払請求権を取得することが合意されていたものと認められる。」
そのうえで控訴審は、成功報酬が取引対価の払込み後10日以内にその額に応じて支払われるものとされていることから、成功報酬は取引対価を取得する者が支払うことが想定されていたと解しました。事業譲渡の場合には、取引対価を取得するのは医療法人Gですから、医療法人Gが支払義務を負うといえます。しかし、出資持分譲渡の場合には、対価を取得するのは理事長Hだけです。承継先も決まっていない段階で、この場合にも医療法人Gが支払義務を負うという約束は実現可能性が不明であり、また、出資持分譲渡契約は医療法人Gが承継先と締結するものではないことから、控訴審は、契約書の文言から直ちに医療法人Gが支払義務を負うと解することはできないとしました。
さらに控訴審は、理事長Hが取引の成立と同時に理事長を退任する予定であったにもかかわらず、報酬の減額交渉が仲介会社Eの代表者と理事長Hとの間で持たれていたこと、仲介会社Eの代表者が買収側から出資持分譲渡の契約書案の送付を受け、表明保証条項の協議の場に同席しながら、成功報酬について何ら指摘しなかったことから、仲介会社Eの代表者も、出資持分譲渡の場合に成功報酬を実際に支払うのは理事長Hであると認識していたと推認しました。結論として、次のように述べています。
「出資持分譲渡の場合に本件成功報酬の支払義務を負うべきものとされたのは、〔医療法人G〕ではなく、出資持分を譲渡してその対価を取得することとなる〔理事長H〕個人であると解するのが相当である。」
第1審の理由との違い
第1審は、医療法人Gが承継先と直接契約して取引対価を取得することが報酬の前提であり、その前提を欠くから医療法人Gに対する報酬請求権は発生しないと説明していました。控訴審は、この部分の理由を改め、成功報酬は契約で想定された範囲内の取引の成立を条件として発生するものとしたうえで、出資持分譲渡の形で取引が成立した場合の支払義務者は医療法人Gではなく理事長H個人であるという理由で、医療法人Gに対する請求を退けました。
控訴審は、第1審判決の該当部分を「〔仲介会社E〕の〔理事長H〕に対する本件成功報酬の支払請求権はともかく」とする文言に改めており、理事長H個人に対する請求の当否には立ち入っていません。また、仲介会社Eが主張した、理事長Hが支払わなければ医療法人Gが支払う前提の合意であった、理事長Hとの報酬の合意は後に撤回された、買収側に契約内容を伝えていた、表明保証条項の協議で指摘しなかったことは不合理ではない、との各主張は、裏付けを欠く等として採用されませんでした。
控訴審で加えられた主張に対する判断
控訴審は、成功報酬は取引対価に応じて金額が定められており、対価を取得する者の利益が考慮されていること、法人がコンサルティングの成功報酬を支払うという実務が一般的であるとはいえず、唯一の出資者である理事長Hを単なる個人株主ということもできないこと、理事長Hは医療法人Gのために補助参加して支払義務を争っている者であり、顧問は仲介会社Eを理事長Hに紹介した者であって、いずれの供述も直ちに信用することはできないことを理由に、仲介会社Eの主張を採用しませんでした。
承継会社Fの表明保証違反の主張についても、取引は医療法人Gが成功報酬の支払義務を負わない形で成立した以上、コンサルティング業務契約が買収側に開示すべき事項であったとは認められず、買収側もあえてその点を不問に付した様子がうかがわれるとして、採用しませんでした。
審級ごとの結論
| 審級 | 裁判所・裁判日 | 事件番号 | 結論 |
|---|---|---|---|
| 第1審 | 東京地方裁判所・令和元年11月13日 | 平成29年(ワ)第2493号、平成29年(ワ)第35867号 | 第1事件・第2事件とも請求棄却 |
| 控訴審 | 東京高等裁判所・令和2年9月9日 | 令和元年(ネ)第5192号 | 控訴をいずれも棄却(成功報酬の支払義務者についての理由を補正) |
実務上の着眼点
本判決は、成功報酬の契約の成立を認めながら、報酬の支払条件を「契約の当事者自身が取引を締結し、対価を取得すること」と解釈し、取引の形が変わった結果その条件が満たされなかったとして請求を退けました。仲介契約を結ぶ時点で取引の形が決まっていない場合、誰が対価を受け取る形になっても報酬が発生するのか、誰が支払うのかを契約上で明確にしておくことが重要です。
控訴審は、成功報酬そのものは契約で想定された範囲内の取引の成立によって発生し得るとしつつ、出資持分譲渡の形で取引が成立した場合に支払うべき者は対価を取得する理事長個人であると解しました。第1審と控訴審とで理由の説明が異なっていることからも、報酬の発生条件と支払義務者を契約書の文言で明確にしておくことの重要性がうかがわれます。
また、本件では、仲介会社E自身の交渉の経緯や、買収側のデューディリジェンスで契約書を示さなかったことが、契約の解釈にも影響しました。報酬の支払義務者が変わる可能性がある場合には、その都度、書面で合意内容を整理しておくことが考えられます。これらは本判決を踏まえた契約検討上の着眼点であり、本判決が特定の条項例の有効性を一般的に判断したものではありません。
M&Aが成立しなかったのに、M&A仲介会社から手数料を請求された場合の対応は、次のページでご案内しています。
本判決が扱っていない事項
- 通謀虚偽表示、利益相反、医療法第54条違反、理事会及び社員総会の承認決議の欠缺、合意解除の各争点(争点2から6)は、判断されていません。
- 仲介会社Eが理事長H個人との間でした成功報酬1億5,000万円の合意に基づく請求は、本件の請求の対象となっておらず、その効力や支払義務は判断されていません。控訴審は、出資持分譲渡の場合の支払義務者は理事長H個人であると解しましたが、理事長Hに対する請求の当否には立ち入っていません。
- 表明保証条項の「譲渡人が知り得る限り」という文言の解釈は、判断されていません。
成功報酬の請求先についてのよくあるご質問
契約書に医療法人の名前と印があれば、医療法人は必ず報酬を支払う義務を負いますか。
本判決は、契約の当事者が医療法人であることは認めましたが、報酬の発生条件である「医療法人が取引を締結した場合」に当たらないとして、報酬の支払請求権は発生していないと判断しました。控訴審も医療法人に対する請求を退けましたが、その理由は、出資持分譲渡の形で取引が成立した場合に報酬を支払うべき者は、対価を取得する理事長個人であると解するのが相当であるというものでした。契約の当事者が誰かと、報酬の発生条件や支払義務者が誰かは、別に検討されます。
取引の形が当初の想定と変わった場合、報酬はどうなりますか。
本件では、契約時には取引の形が決まっておらず、その後、対価を理事長個人が受け取る形で取引が成立しました。裁判所は、契約書の文言に当てはまらない場合にまで報酬請求権が発生すると解釈することは困難であるとしました。控訴審は、報酬の発生そのものは取引の形によって左右されないとしつつ、支払義務者は対価を取得する者であると解し、出資持分譲渡の場合には理事長個人が支払うべき者であるとしました。取引の形が変わる可能性がある場合の報酬の発生条件と支払義務者は、契約上で定めておく必要があります。
仲介業者の報酬が表明保証違反の問題になることはありますか。
本件の出資持分譲渡契約には、アドバイザーに対する対価で対象法人が支払義務を負うものは譲渡人が知り得る限り存在しない旨の表明保証がありました。本件では医療法人Gに支払義務がないとされたため表明保証違反は認められませんでしたが、対象会社が仲介業者等に報酬の支払義務を負う場合には、こうした条項との関係が問題となり得ます。
M&A仲介会社の善管注意義務違反など、仲介会社とのトラブルへの対応は、次のページでご案内しています。
根拠条文
- M&Aコンサルティング業務契約書第1条、第3条(1)及び覚書第1条(成功報酬)
- 出資持分譲渡契約第6条第1項・別紙1「譲渡人の表明保証」4(6)(表明保証)、第9条第1項・第3項(補償)
- 医療法第54条(剰余金の配当の禁止。医療法人Gの主張であり、判断はされていません。)
仲介業者の報酬をめぐるご相談
仲介業者から報酬を請求された場合は、仲介契約の当事者、報酬の発生条件、実際に成立した取引の形、交渉の経緯を整理して検討します。M&A仲介会社から不成立なのに手数料を請求されお困りではありませんかでは、当事務所の対応をご案内しています。
M&A紛争に関する御相談
弁護士法人M&A総合法律事務所
03-6435-8418
受付時間 8:00~21:00(土日祝含む)
資料がすべてそろっていない段階でも御相談いただけます。御相談は事前予約制です。秘密は厳守します。
この記事の位置付け
M&A仲介会社の成功報酬の請求先が争われた裁判例のメインのページです。本ページは、契約の当事者が誰かをめぐるトラブルと買収の仕組みの関係をご説明します。善管注意義務の事案は別の裁判例のページをご参照ください。
▶ M&A仲介業者の手数料の算定方法と成約に至らなかった場合の負担の考え方
同じ主題を扱う関連ページ
具体的なご相談をお考えの皆様へ
本ページの主題に関し、当事務所の取扱内容、対応の進め方及び費用の考え方は、次のご案内のページに整理しています。あわせてご覧ください。

