前提条件に関する裁判例「株式譲渡契約において、被告が、原告の買収資金である銀行ローンが「被告が、株券等を持参して原告に提示すること、すなわち、被告が履行の提供をして同提供が継続することを必須の前提条件」となっていることをもって、「買収資金事前準備義務の履行がされていない」と主張し、一方的に株式譲渡契約を解除したことの可否が争われた事案」
〔事例〕東京地方裁判所❘令和2年3月19日❘平成30年(ワ)第29565号株券引渡等本訴請求事件、令和元年(ワ)第12600号譲渡債権支払反訴請求事件
M&A取引の概要
本件は、原告が被告との間で締結した株式会社A1(以下「対象会社」という)及びそのグループ企業の株式を被告が原告に譲渡するとの契約に基づき、被告に対し、売買代金と引換えに、対象会社の株券等の書類の引渡しを求めるとともに、上記株券等の書類に係る被告の引渡義務の債務不履行による金銭の支払を求めた事案です。
当該紛争事案の概要
まずは前提事実を整理します。
(1)原告は、有価証券への投資・保有及び運用等を業とする合同会社です。原告の代表社員は、合同会社C1(以下「C1」という)であり、C1の職務執行者は、D1(以下「D1」という)が務めています。
(2)E1株式会社(以下「E1社」という)は、⻑崎県内においてパチンコホール事業を営む原告の親会社です。F1(以下「F1」という)は、平成30年7月時点において、E1社の代表取締役でした。
(3)被告は、対象会社の創業者であり、対象会社の代表取締役でした。被告は、原告との間で対象会社の株式を被告が原告に売却するとの売買契約を締結した平成30年6月29日時点で、対象会社の全株式について処分権限を有していました(以下、これらの全株式を「本件株式」という)。
(4)原告及び被告は、平成30年6月29日、被告が原告に対し、本件株式を代金合計150億円で譲渡すること(以下、本件株式の譲渡を「本件株式譲渡」という)を内容とする契約(以下「本件株式譲渡契約」という)を締結しました。原告及び被告は、本件株式譲渡契約の締結に当たり、契約書(以下「本件株式譲渡契約書」という)を取り交わしました。
(5)被告は原告に対し、平成30年7月27日付けの内容証明郵便によって、銀行から被告に対して本件株式譲渡契約書4.1条6号に該当する債務不履行事由等発生通知がなされており、クロージング日において、被告の義務の前提条件が充足しないことが明らかであるため、クロージングが不成立であり、被告はクロージング場所に臨場しない旨を通知しました。
なお、契約書内で定められた前提条件、またそれに付随する事項は以下の通りとなります。
- 被告の本件各引渡書類の引渡義務の前提条件について
被告にクロージングの義務が生じるのは、クロージング日において、次の1ないし6号の事項が全て充足していることを条件とする(以下「被告の義務の前提条件」という)。ただし、被告は、その裁量により、当該条件の全部又は一部を放棄することができる。
(ア)1号,3号及び4号 略
(イ)2号 原告が、本件株式譲渡契約に基づきクロージング日以前に履行又は遵守すべき全ての義務を重要な点において履行しておりかつ違反していないこと(以下「前提条件2号」という。)
(ウ)5号 F1から、別紙3記載の確約書(以下「本件確約書」という)が売主に提出されること(以下「前提条件5号」という。)
(エ)6号 本金融機関に対する担保提供及び保証提供並びにそれらの準備行為を含む、買収資金調達契約に関連して行った又は行う措置が、対象会社グループに債務不履行事由等を発生させる旨の通知又は発生した旨の通知が、本件株式譲渡契約締結日(平成30年6月29日)において対象会社グループに対する貸付人である、①株式会社N1銀行(以下「N1銀行」という)、②株式会社O1銀行(以下「O1銀行」という)又は⓷株式会社P1銀行(以下「P1銀行」といい、これら3社を併せて「本件3銀行」という)から対象会社グループに対してなされていないこと(以下、上記通知を「債務不履行事由等発生通知」という)(以下「前提条件6号」という。)
- 被告の原告に対する買収資金調達の協力について
被告は、原告から買収資金調達契約に関連してクロージングまでに合理的に必要となる措置(以下「本件必要措置」という)の準備を要請された場合、自ら及び対象会社グループをして、自ら及び対象会社グループの業務の支障とならない範囲で当該要請に応じて合理的な協力をし、かつ、合理的な協力をさせる。なお、上記の内容は、クロージングの前提となる被告の義務に該当しないことを原告は確認する。
上記の担保提供及び保証提供等は、クロージング以後に限り、かつ対象会社グループにおいて新たに選任された役員の権限と名義によってのみ行われるものとし、本件株式譲渡契約締結日までに原告に対して書面により開示された本件3銀行と対象会社グループとの間の本件株式譲渡契約締結日において有効な金銭消費貸借契約との関係で、対象会社グループに債務不履行事由等を発生させない旨の承諾を原告が取得するように努力する。
(6)F1、D1、I1銀行社員らは、平成30年7月30日、クロージング場所であるI1銀行本店会議室に臨場しましたが、被告は同会議室に臨場せず、本件株式譲渡契約に基づく株式譲渡は実行されませんでした。
(7)被告は、平成30年8月1日付けの内容証明郵便により、原告に対し、「本契約の履行のために、150億円を無条件で提供できる状態とする必要があります。」「これを契約書9.1条第1項2号の催告と致します。」などと記載された書面を送付しました。
契約書9.1条1項の内容は以下の通りとなります。
被告は、次の1号ないし5号の事由が生じた場合には、クロージング前に限り、原告に対する書面による通知をもって、本件株式譲渡契約を将来に向かって直ちに解除することができる。
(ア)1号,3号及び4号 略
(イ)2号 本件株式譲渡契約上の原告の義務の重大な違反があり、書面による催告を受けた後10営業日以内(当該10営業日の経過前にクロージング日が到来する場合には、クロージング日の前営業日まで)に当該違反が是正されなかった場合
(ウ)5号 クロージングが平成30年8月10日(ただし、原告及び被告が別途 書面により合意した場合は、当該合意した日とする。)までに行われない場合(なお、被告が本件株式譲渡契約上の義務に違反している場合を除く。)
(8)被告は、平成30年8月20日付けの内容証明郵便により、原告に対し前記書面による催告をした後10営業日が経過したが、前記書面に記載した義務を果たさないままであることが債務不履行に該当し、またクロージング日において被告の義務の前提条件が充足しておらず、そのままの状態で同年8月10日までにクロージングが行われなかったことから、本件株式譲渡契約書9.1条1項5号に該当するとして、本件株式譲渡契約を解除する旨を通知しました。
(9)被告は、原告の買収資金である銀行ローンが「被告が、株券等を持参して原告に提示すること、すなわち、被告が履行の提供をして同提供が継続することを必須の前提条件」となっていることをもって、「買収資金事前準備義務の履行がされていない」と主張し、一方的にクロージング場所に臨場しない旨を通知し、その後本件株式譲渡契約を解除したことの可否などが争われました。裁判所は、原告側は金銭を用意できる状態にあったことを認め、契約通り売買代金と引換えに、対象会社の株券等の書類の引渡しをするよう判決を出しました。
問題の所在(法律や契約書のどういう条文に該当するか違反するかが問題になったのか)
今回の争点はいくつかありますが、この記事では特に「被告による本件株式譲渡契約の解除の可否について」2つに絞ってそれぞれ解説します。
被告の主張は以下の通りです。
原告は、買収資金事前準備義務に違反しており、原告に対し同義務を履行するように催告を行ったものの、原告は催告を受けた後、10営業日以内に義務違反を是正しませんでした。そのため、本件株式譲渡契約の条項に基づき、原告の契約上の義務違反の重大な違反を理由として解除しました。
原告が株式会社I1銀行(以下「I 1銀行」という)との間で締結した本件ローン契約は、被告が、株券等を持参して原告に提示すること、すなわち、被告が履行の提供をして同提供が継続することを必須の前提条件として、I1銀行が原告に融資をするという内容になっており、被告の行為なくして融資が得られない内容となっています。よって、本件ローン契約の締結をもって、原告が買収資金事前準備義務を履行したとはいえないとしています。
原告の主張は以下の通りです。
被告が債務不履行解除の抗弁を主張するためには、自らの債務の履行の提供を主張立証しなければならないが、被告は、自らの債務の履行の提供を全くしていないから、被告による債務不履行解除の抗弁は主張自体失当であるとしています。また、この点を措くとしても、原告は買収資金事前準備義務を負っていないこと、また、原告は本件株式譲渡契約に基づく代金を支払う準備をしており、本件株式譲渡契約上の義務に違反していないとしています。よって、原告に債務不履行は成立しないと主張しています。
裁判所の認定内容
次に裁判所の認定内容を解説します。
被告は、原告は買収資金事前準備義務に違反しており、債務不履行が成立すると主張するが、本件株式譲渡契約において、原告が買収資金事前準備義務を負っていたことを認めるに足りる証拠はないから、上記の被告の主張は採用できず、原告の債務不履行を理由とする解除の主張は認められないとしています。
また、本件株式譲渡契約における被告の義務の前提条件が充足されていないとは認められないから、被告は、クロージング日において、売買代金と引換えに、本件各引渡書類を原告に対して交付すべき義務を負っていたと認められるとしています。
裁判所の判断
以上のことから、原告の請求は理由があるため認容すると結論づけています。