仲介報酬の算定と会計処理の告知義務―東京地方裁判所令和2年9月23日判決

この判例で分かること
仲介契約書には総資産を基準とする報酬条項があるのに、交渉や請求は株式譲渡代金を基準に進んでいた場合、追加報酬を請求できるのでしょうか。また、仲介者が知っていた会計処理の問題を、買主側へ共有した質問回答資料に記載していれば、説明義務を果たしたといえるのでしょうか。本稿では、東京地方裁判所令和2年9月23日判決の事案、契約条項、判断過程を解説します。
判決の概要と結論
| 裁判所・判決日 | 東京地方裁判所・令和2年9月23日 |
|---|---|
| 事件番号 | 平成29年(ワ)第15883号・平成29年(ワ)第35000号 |
| 取引 | 対象会社の発行済株式全部6万700株を7億5000万円で取得 |
| 仲介者の請求 | 追加報酬5238万1059円等 |
| 買主の反訴請求 | 会計処理の不告知を理由とする損害賠償3億5184万0300円等 |
| 結論 | 追加報酬請求、損害賠償請求のいずれも棄却 |
報酬については、契約書の文言だけでなく、契約後の双方の言動から、総資産を基準に算定する合意が認められないと判断されました。説明義務については、会計処理を告知すべき義務は認められたものの、買主側が閲覧できる資料に明確な回答が記載されていたため、義務違反は否定されました。
なお、本件は買主と仲介者との紛争です。売主の表明保証違反による責任を判断した判決ではありません。仲介者の責任の一般的な整理は、M&A仲介会社の善管注意義務が問題となる場面もご参照ください。
株式取得と仲介報酬の支払までの経緯
仲介者個人と仲介会社を区別する必要がある事案
本稿では、当事者等を独自に、仲介者をAさん、買主をB社、対象会社をC社、売主で対象会社の代表者をDさんと表記します。引用中の当事者表示もこの表記に置き換えています。
Aさんは公認会計士で、別の仲介会社の代表者でもありました。また、平成27年4月から株式譲渡が実行された平成28年8月31日まで、C社の会計に関する監査に限定された監査役を務めていました。C社は電子機器用部品の製造・販売・輸出入や印刷・製本等を行う会社でした。
売主側のC社とDさんは、平成28年1月、Aさんが代表者である仲介会社に仲介を委託しました。一方、買主B社は同年5月30日付けでAさん個人と仲介契約を締結しました。本件で報酬を請求し、買主から損害賠償を求められたのは、この個人の仲介者です。
同年8月26日に株式譲渡契約が締結され、同月31日にDさんからB社への株式譲渡が実行されました。代金は7億5000万円で、B社はC社を完全子会社としました。
報酬は3500万円から300万円値引きされていた
買主側は株式譲渡価額7億5000万円を基準として、5億円までの部分に5%、残る2億5000万円に4%を適用し、報酬を3500万円と計算していました。その後の交渉で300万円が値引きされ、税抜報酬は3200万円となりました。
Aさんは同年8月31日にこの報酬を請求し、B社は9月30日に請求どおり支払いました。実際の振込額2812万7700円は、税抜報酬3200万円から源泉徴収額643万2300円を控除し、当時の消費税相当額256万円を加えた金額です。後の追加報酬請求では、源泉徴収額を含む税込3456万円が支払済みとして扱われています。
ところが、会計処理を巡る紛争が生じた後、Aさんは、契約書では営業権を含む時価総資産価額を基準としていると主張しました。その方式による税込報酬8694万1059円から支払済み3456万円を差し引いた、5238万1059円等を請求しました。
契約書の報酬条項と責任条項
第5条は「時価総資産価額」を基準としていた
判決が摘示する仲介契約書の第5条第1項は、次のとおりです。当事者表示以外は原文の表現によります。
最終契約が締結された場合,B社は,Aさんに対し,成功報酬として,C社の時価総資産価額(営業権を含む。)について下表の区分毎の手数料率を乗じて得られた金額の累計額に消費税相当額を加算した金額を支払うものとする。
| 時価総資産価額の区分 | 手数料率 |
|---|---|
| 5億円以下の部分 | 5% |
| 5億円超10億円以下の部分 | 4% |
| 10億円超50億円以下の部分 | 3% |
| 50億円超100億円以下の部分 | 2% |
| 100億円超の部分 | 1% |
さらに、第2項では算定の基礎を定めていました。
前項における「時価総資産価額」は,C社の譲渡価額算定の基準日となった時点の貸借対照表に基づき,営業権に相当する金額を含めて算出する。
第5項には、請求時に、算定の基礎となる時価総資産価額の計算明細書を交付する定めもありました。同じ段階別の料率を用いても、株式の対価に適用するのか、営業権を含む総資産に適用するのかで報酬は異なります。本件では、その算定基礎に関する合意の有無が争点となりました。
情報の保証を否定する条項と善管注意義務が併記されていた
契約第3条には、情報の収集・調査、企業価値判断の参考資料の作成、企業精査の手配・立会い・助言等が列挙されていました。第18条第1項は、仲介者の義務を次のように定めていました。
Aさんは,B社及びC社双方にとって有意義な企業提携を実現することを目的として,善良な管理者の注意をもって,本契約に規定する本件提携の仲介に関する専門的な業務を執り行うものとする。
一方、第18条第3項では、提供する情報・資料の真実性、正確性、妥当性、網羅性を仲介者が保証しないことや、買主自身の費用負担でデューデリジェンスを実施し、自己の判断と責任で意思決定することが定められていました。第4項にも、最終契約の当事者が表明・保証した事項の真実性を仲介者が保証するものではないとの定めがありました。
さらに、第5項には、故意・重過失と責任上限に関する次の条項がありました。
Aさんは,本件提携に関し,故意または重過失がない限り,B社及びその他のものに対して損害賠償を含む一切の責任を負わないものとし,B社はAさんを免責する。なお,故意または重過失によってAさんに損害賠償の責が生じた場合の支払額は,Aさんが本契約第5条乃至第6条に基づき受領した金額を限度とするものとする。
ただし、本判決は、この条項があるから説明義務を負わないと判断したわけではありません。まず告知すべき情報かどうかを検討し、次に実際の資料提供がその義務を満たしていたかを判断しています。
お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。
追加報酬請求が認められなかった理由
契約後の双方の言動から、算定方法についての意思を認定
裁判所は、第5条に時価総資産価額と記載されていることを踏まえつつ、当事者が実際にどの算定方法を前提としていたかを検討しました。
- B社は契約締結から間もない平成28年6月10日の取締役会で、株式譲渡価額を基準とする報酬算定を報告していました。
- 同年8月の値引き交渉でも、3500万円を基礎として300万円を値引きする話が進みました。
- Aさん自身がその交渉に応じ、3200万円を前提とする請求書を発行しました。
- Aさんが総資産方式の条項を意識するに至った時期や、それまでの説明・請求の経緯も、合意の認定に当たり検討されました。
裁判所は、買主だけが算定方法を誤解していたという整理を採らず、双方とも株式譲渡価額を基礎とする方式を前提に行動していたと評価しました。そのため、契約締結の際、契約書の記載どおり総資産を基準にする合意があったとは認めませんでした。
後日の報酬変更合意や値引きの問題だけで決まった判決ではない
B社は、仮に当初は総資産方式で合意していたとしても、後に3200万円とする合意が成立したとも主張していました。しかし、裁判所は、そもそも総資産方式の合意を認めなかったため、その後の変更合意等を判断するまでもなく追加請求を退けました。
したがって、「請求書を一度発行すれば追加請求できない」という一般的なルールを示したものではありません。契約条項、締結時に近い社内資料、交渉の内容、仲介者自身の認識と請求行為が結び付いて、合意内容が認定された点が重要です。
会計処理の告知義務違反が否定された理由
金額的な影響を把握していなくても、告知義務は認められた
C社は、海外からの仕入れの一部について、仕入れが発生した時点ではなく、支払った時点で費用を計上する現金主義の会計処理をしていました。Aさんは、先行する買収候補者との間で作成された質問回答資料を通じ、この処理を知っていました。
裁判所は、企業会計原則上の発生主義と重要性の原則を踏まえ、問題の会計処理は、その規模によっては重要性の原則からも許容されない可能性があるとしました。金額的な規模を把握していないから説明しなくてよいとはせず、譲渡価額の決定に重大な影響を与え得る事実として、仲介契約上の善管注意義務に基づく告知義務を認めました。
ここでいう重要性の判断は、当該会計処理による金額的な影響に関するものです。本判決が、小規模な事業者であれば当然に現金主義を認めるという判断をしたわけではありません。
質問回答資料には、支払時点で計上することが明記されていた
Aさんは平成28年6月2日、買主の取締役、担当者及び買主が委任した公認会計士を含む8名に、Dropboxを用いて質問回答資料と閲覧用パスワードを共有しました。資料には、対象会社の財務担当者による次の回答がありました。仕入先の表示は本稿独自の表記に置き換えています。
仕入先①,及び仕入先②に関しては出荷ベース,その余の取引先に関しては支払いベースにて計上しています。尚,国内仕入れ先は出荷ベースです。
裁判所は、この回答が問題の会計処理の存在を明確に示していると評価しました。買主側の関係者が共有後に資料を閲覧することを妨げる事情や、記載の意味を理解することが困難であるといった事情も認められませんでした。買主側が容易に会計処理を認識し得る状態になっていたため、告知義務違反は否定されました。
単に大量の資料を渡したという事実だけで判断されたわけではありません。誰が閲覧できたか、問題となる情報がどのような言葉で書かれていたか、意味を理解できる状態だったかが具体的に検討されています。
買主側の財務調査報告書に記載がなくても、直ちに再告知義務は生じない
買主は、その後の財務調査報告書にこの会計処理の記載がなかったことから、Aさんは買主が見落としていると知りながら秘匿したとも主張しました。
しかし、報告書を作成したのは買主が委任した公認会計士でした。裁判所は、Aさんが、買主側は問題の会計処理を調査した上で特段の問題がないと判断したのだろうと考えたとしても、不合理ではないとしました。報告書に記載がないという事情だけでは、質問回答資料の提供とは別に改めて告知すべき義務があったとはいえず、故意又は重過失も認められないと判断しました。
買主が主張した損害額と、判決が判断していない事項
買主は、会計処理を修正すると売上原価率が悪化し、将来の収益を基礎とする株式価値も低下すると主張しました。修正後の評価の上限を4億1055万円とし、代金7億5000万円との差額3億3945万円に、報酬の過払相当額1239万0300円を加え、合計3億5184万0300円を請求しました。
これらは買主の損害主張であり、裁判所が認定した適正株価や賠償額ではありません。仲介者は、価値算定の前提、損害の有無、過失相殺、責任限定等についても争っていましたが、裁判所は義務違反を否定したため、反訴のその他の点を判断する必要がないとしました。契約上の責任上限が実際に適用された事案として読むことも適切ではありません。
仲介者との報酬・説明義務の紛争を検討する際の着眼点
報酬の争いでは、料率だけでなく、算定の基礎が株式譲渡代金か、負債や営業権を含む別の金額かを確認する必要があります。契約書に加え、見積書、計算明細、値引き交渉、請求書、社内決裁資料を時系列で確認すると、双方が前提としていた内容が明らかになることがあります。
説明義務の争いでは、結果として買主が問題を認識しなかったことと、仲介者が告知義務に違反したことを区別して検討します。問題の重要性、仲介者が把握していた内容、資料の表現、閲覧できた人、買主側専門家の調査範囲を対応させることが必要です。
店舗承継の調査・説明について別の契約範囲の下で判断された事例は、飲食店舗を承継できなかった買主の仲介会社への請求―東京地方裁判所令和4年2月24日判決で解説しています。本件と結論だけを比較せず、それぞれの委託内容と、提供された情報を比較することが大切です。
本稿は、上記事件番号の判決本文を基にした解説です。契約条項及び質問回答資料は判決が摘示した範囲を引用し、引用以外の事案・判断過程は当事務所の文章で整理しています。
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