表明保証に関する裁判例10 判決の判旨「租税債務の表明保証違反の損害賠償請求」
〔事例9〕東京地方裁判所|平成26年(ワ)第29077号 損害賠償請求事件 平成30年3月28日
控訴審(東京高判平30.10.4)
表明保証違反による損害の範囲について、補償条項の文言と因果関係の範囲が問題となったケース。
控訴審(東京高判平30.10.4)では、「表明保証違反によって、買主が被った損害・損失及び費用の補償をする旨の補償条項について、相当因果関係のある損害等の全てを填補する趣旨であると合理的に解釈できる」と判示しました。
さらに控訴審(東京高判平30.10.4)では、「表明保証条項は一定の事項が真実かつ正確であることを契約の相手方に対して表明するものにすぎないことから、それ自体の債務不履行を観念することができず、その違反に基づく損害については損害賠償条項があって初めて填補される」という判例法理を示した裁判例です。
対象会社損害額の算定方法は、表明保証違反を構成する事実が存在した場合と、存在しなかった場合の企業価値の差により計算されています。
対象会社の未払いの租税債務が表明保証違反を構成する場合に、純資産法またはDCF法いずれを基準に算定しても株式価値が0円になるという事案において、当該債務がある場合の企業価値と、これがないと仮定した場合の企業価値との差額を損害と認定しました。
M&A取引の概要
原告:不動産の所有、賃貸借、売買及び管理等を目的とする株式会社。
被告:有限会社Aは、函館市内に本店を置く観光用土産物・水産物及び農産物の販売等を目的とする特例有限会社。
平成24年2月27日当時、A社の発行済株式の全部60株を保有していた。
平成24年2月27日、原告は被告の全株式を1億5,000万円で譲り受ける旨の株式譲渡契約を締結し、買収しました。
(契約条項)
3条1項柱書 表明保証条項
被告は、原告に対し、本件契約の締結日及び決済日において、以下の事項が重要な点において真実かつ正確であることを表明し保証する。
(中略)
(⑧申告条項)
本件会社は、本件契約の締結日以前に納付期限が到来した、本件会社に課せられた法人税その他の公租公課(社会保険料を含む)につき適法かつ適正な申告を行っており、その支払及び納付を完了していること。
(⑰ 判断影響条項)
上記各号に記載する他、本件株式の譲渡の内容に関する原告の判断に影響を及ぼす情報及び本件会社の経営に影響を与える事実(保証債務、損害賠償債務等経営に影響を及ぼす簿外負債の存在、将来具体化する課税問題や係争問題の原因となる事実を含む)が存在しないこと。
6条1項 損害賠償条項
被告は、本件契約に基づく被告の義務又は3条1項に定める被告の表明及び保証の違反によって原告が被った損害、損失及び費用の賠償をする。
平成25年3月21日、原告はLに対し、本件株式を譲渡しました(損害賠償請求権は譲渡していません)。
その後、原告(一次買収会社)が売主に対し、譲り受けたA社に、売上除外による法人税の申告漏れ等による多額の未払租税債務(1億4,261万2,385円)があったことが発覚し、表明保証に違反するとして補償条項に基づき差額の企業価値を損害賠償請求しました。
請求の概要
被告は、原告に対し、1億794万2,000円及びこれに対する請求の日の翌日平成27年1月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
本件会社の試算により本件会社の財産を時価で評価し直した上での純資産方式による企業価値を、第11期(平成22年4月1日から平成23年3月31日)の利益水準が今後5年間継続することを前提とした上での「DCF方式」による企業価値を算出した上で、それらの平均値を採ることで一意的な企業価値を1億794万2,000円と算定。
原告は、被告の本件表明保証条項の違反による債務不履行によって、本件租税債務が存在しなかった場合における本件株式の価値と、本件租税債務が存在した場合における本件会社の価値の差額相当の損害を被っているところ、本件租税債務が存在しなかった場合における本件株式の価値は1億794万2,000円であり、本件租税債務が存在した場合における本件株式の価値は0円であるから、その差額である1億794万2,000円が被告の本件表明保証条項の違反による損害となる。
結論の概要
1 被告は、原告に対し、9,714万8,061円及びこれに対する平成27年1月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
裁判所は、「被告が、本件表明保証条項の違反による債務不履行に基づき、本件売上除外があることや本件仕入れに係る所定請求書等を保存していなかったことにより生じていた本件租税債務によって原告が被った損害を賠償すべき義務を負うというべきであり、上記を総合考慮すれば、本件表明保証条項の違反による債務不履行により原告に生じた損害については、9,714万8,061円であると認めるのが相当である」と判示し、同租税債務がないと仮定した場合の企業価値と、これがある場合の企業価値との差額を損害額とした原告の損害賠償請求が認容されました。
なお、本件は控訴されていますが、控訴審(東京高判平30.10.4)でも実質的には本判決の結論を維持しています。
結論に至る論理の概要
争点①本件表明保証条項の合意の有無について
「特段の事情のない限り、本件表明保証条項の合意が成立したものと認められるところ、そのような特段の事情があることをうかがわせる証拠もない。
したがって、被告は、原告との間で、本件表明保証条項に合意していると認められる。」
争点②本件表明保証条項違反の有無について
「本件対象会社には、本件契約の当時において、簿外負債が存在し、将来具体化する課税問題があったので、本件契約に関して原告の判断に影響を及ぼす情報及び本件会社の経営に影響を与える事実が存在していたものと認められる。
したがって、被告は、本件申告条項及び本件判断影響条項の違反があるので、本件財務条項の違反の有無を検討するまでもなく、本件表明保証条項に違反したものと認められる。」
争点③原告の損害について
「本件表明保証条項の違反による債務不履行により原告に生じた損害については、9,714万8,061円であると認めるのが相当である。」
未払いの租税債務が表明保証違反を構成する場合に、純資産法またはDCF法いずれを基準に算定しても株式価値が0円(マイナスではあるが、0とみなす)になるという事案において、これがないと仮定した場合の企業価値との差額を損害と認定しました。
裁判所は、「本件租税債務が存在していないと仮定した場合の本件契約当時の株式の価格は、一意的な企業価値を1億794万2,290円と算定し、最終的な企業価値は同額の上下10%程度の中で決定されるのが妥当であるとして、9,714万8,061円から1億1,873万6,519円までの間であり、少なくとも、下限である9,714万8,061円であると認められる」と認定しました。
争点④本件表明保証条項の有効性について
「本件判断影響条項は、被告が重要な点において真実かつ正確であることを表明し保証する対象となる事項の一つとして、「将来具体化する課税問題」の「原因となる事実」を明示するものであるが、その記載は、通常の理解力を前提とすればこれに該当する事実を想起することに困難を伴うものではなく、本件保証表明条項の有効・無効に影響を与えるほどに、抽象的であるとはいえない。
また、本件損害賠償条項には、本件表明保証条項に違反した場合における賠償額又はその基準及び請求期間についての定めがないものの、本件損害賠償条項は、民法の債務不履行の一般原則を確認したにすぎず、本件損害賠償条項が存在せずとも、被告の本件表明保証条項の違反について原告が民法の規定に基づき損害賠償請求することは可能であるというべきであり、その賠償額や請求期間は民法の一般原則に従うこととなるから、本件表明保証条項は、不特定又は不当であり、無効であるということはできない。」
一方、控訴審(東京高判平30.10.4)では、「表明保証条項は一定の事項が真実かつ正確であることを契約の相手方に対して表明するものにすぎないことから、それ自体の債務不履行を観念することができず、その違反に基づく損害については損害賠償条項があって初めて填補される」という判例法理を示しています。
争点⑤重過失、信義誠実違反又は権利濫用の有無について
「対象会社についてDDをしていたとしても、売上除外及び仕入れについての所定請求書等の不保存については、総勘定元帳に記載がないなど、原告が本件契約の締結前に認識するのが困難であるので、過失があるとはいえない。
また、原告が本件租税債務を負わずに本件株式をLへ譲渡したことについては、本件租税債務は株式譲渡契約以前からの債務であって、原告の債務ではないから、税負担の転嫁をしたとはいえない。
その外の本件貸付けや被告の対象会社に対する貢献など信義則違反に関する被告の主張の事情から、本件損害賠償請求権の行使が、信義誠実の原則に違反し又は権利濫用として許されないとはいえない。」
被告は、「原告から懇請され貸付け(5,000万円)をしたのに、その貸付金の返済を受けていない上、本件契約の後も、被告が取締役会長として対象会社の売上げに貢献し、更に取締役を辞任した後も従業員として貢献している。したがって、本件損害賠償請求権の行使は、信義誠実の原則に違反し許されないというべきである。
また、本件会社が滞納した税金について分納支払(貸付金を原資として、滞納税金を分納)を継続している一方、原告は、Lに本件株式を譲渡したことで、対象会社及びLに税負担を転嫁している(原告は租税債務を支払っていない)ところ、本件損害賠償請求権の行使がされると、原告は二重に利得することとなる。したがって、本件損害賠償請求権の行使は、権利濫用として許されないというべきである。」と主張していました。
争点⑥本件損害賠償請求権の移転の有無について
「原告が、Lに対し、本件株式を譲渡した際に、Lとの間で本件損害賠償請求権を譲り渡す旨の明示の合意があったことを裏付ける証拠はなく、また、原告がLへ譲渡した後の平成25年4月1日から平成26年3月31日までの事業年度(14期)において本件株式を1万円と評価する一方、本件損害賠償債権を資産計上していないとの被告の主張から、本件株式と本件損害賠償請求権が不可分一体をなすということはできず、その他の被告の主張からも、Lに本件損害賠償請求権を譲り渡す旨の黙示の合意があったということはできない。
したがって、本件損害賠償請求権は、原告からLに移転しているということはできない。
以上によれば、原告の請求は、原告が被告に対して9,714万8,061円及びこれに対する平成27年1月24日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。」