顧客リストの重複・有料会員数の説明と売主の責任―東京地方裁判所平成30年1月17日判決

買収時に示された会員数と実際の収益が一致しなかったとしても、その説明だけから直ちに売主の不法行為責任が認められるわけではありません。本判決は、月次の財務資料、チャットでの説明、買収後の合意内容を併せて検討し、買主の損害賠償請求を棄却しました。
本ページは、東京地方裁判所平成30年1月17日判決における、顧客リストの重複と有料会員数の説明を巡る判断を解説します。契約上の補償請求ではなく、不法行為に基づく請求が判断された事件です。
事案の概要と請求の内容
対象は東京地方裁判所平成30年1月17日判決、平成28年(ワ)第32117号・損害賠償請求事件です。以下では買主をA社、その代表者をBさん、売主をCさん、対象会社をD社と表記します。
D社は、海外ブランド品等を扱う通販サイトの販売業者に対して、取引データの閲覧等の有料サービスを提供していました。利用料には月額課金と一括払いがあり、一括払いには一定期間の無料利用を含む仕組みがありました。
BさんはD社の有料会員で、売主と面識があり、自社の顧客へのサービスを増やす目的等から買収を検討しました。A社は平成26年7月17日に設立され、同月22日に、全株式を2000万円で取得する契約を締結しました。契約書の日付は同月1日ですが、実際に取り交わされた日とは区別されます。
買主側は買収後、顧客リストの重複や有料会員数と収入の不一致を指摘しました。その後も支払条件の変更等の合意を経て支払いを続け、平成28年8月までに1395万円を支払いました。本訴では、売主の虚偽説明によって支払済み代金相当の損害を受けたとして、不法行為に基づき1395万円を請求しています。
顧客リストと有料会員数について何が説明されたか
提案書のリスト件数と買主の計算
売主から示された提案書には、顧客リストの会員数が1万2472人で、1件当たりの相場が1000円から1500円と記載されていました。この会員数には無料会員と有料会員の双方が含まれます。
買主は、実数は8000人以下で約4000件の重複等があり、リストの価値が400万円から600万円程度水増しされていたと主張しました。これは買主の主張・計算であり、裁判所がその人数や損害額を認定したという意味ではありません。
約300人という説明と月商150万円という推計
チャットでの交渉では、売主が有料会員を約300人と説明した事実がありました。買主は月額4980円に300人を乗じて月商約150万円を期待しましたが、実際の会員収入はそれを下回っていたと主張しました。
これに対し裁判所は、有料会員数の説明と、売主が毎月150万円の売上を約束したかどうかを分けて検討しました。本件のやり取りは一括払いによる収入の変動等にも触れており、人数と月額料金の単純な掛け算が、そのまま売主による月次売上の保証になるとはされていません。
買主に開示されていた財務資料
売主は、契約締結までに残高試算表、月次収支、各月の収支及び月次実績報告書等を提供していました。裁判所が取り上げた平成26年の売上高は、1月154万2439円、2月103万2656円、3月82万5216円、4月120万2245円でした。
3月の売上が少ない理由について説明があったとしても、資料からは毎月150万円に達していない状況や売上の減少を読み取れました。裁判所は、買主側がその理由や損益状況について資料の開示・検討を求め、契約するかを決めることができたとしています。
チャットで説明した数字なら責任が生じないという一般論ではありません。契約前にどの説明と資料が提示され、それらから何を判断できたかが検討されています。
買収後の変更契約と基本合意が持つ意味
買主側は平成26年10月に苦情を述べた後、平成27年3月27日に支払条件の変更契約を締結しました。さらに同年12月8日に債務弁済契約公正証書の作成に関する基本合意書を取り交わし、同月25日に公正証書を作成しています。
基本合意書第3条では、買主が自らの費用で財務・経営全般を調査し、売買条件に納得したことを相互に確認する旨が記載されていました。第7条第1項は、合意締結時に各事項が真実であることを表明し保証する義務を果たした旨を定め、5号は次の内容でした。引用中の「丙」は対象会社D社を指し、判決文中の引用者注は省略しています。
第3条に基づく調査の際に開示された丙の帳簿類,計算書類,その他財務資料が,これに記載された日付現在の丙の財務状態および営業成績を正確かつ適正に表示していること
Bさん自身が同じ表明保証の欄に別の事項を手書きで追加したことも、基本合意の内容を承認していたと判断する事情になりました。裁判所は、買主が開示された財務諸表の正確性と、それに基づく調査を信頼して契約したことを承認していた点を重視しました。
なお、この基本合意は当初の株式譲渡契約と同時に作られたものではありません。買収後の苦情と支払条件の変更を経た合意であり、その時系列を踏まえて読む必要があります。
裁判所が違法な虚偽説明を認めなかった理由
有料会員数の誤りだけで違法とは判断しなかった
裁判所は、約300人という説明があったことを認めつつ、売主が月額売上150万円と説明したり保証したりしたものではないとしました。正確な財務状況は財務諸表の開示によって確認されるべきで、会員数の説明に誤りがあっても、それだけから直ちに違法な虚偽説明と評価することはできないと判断しています。
その判断を支えたのは、売上の推移を示す資料が開示されていたことと、買主がその正確性等を承認していたことです。会員数という指標が常に重要でないと述べたものではありません。
重複リストの財務への影響が明らかでなかった
売主は苦情に対し、データベースの重複数までは把握していなかったと回答していました。しかし裁判所は、重複が財務状況等にどの程度影響するか明らかでなく、財務状況が正確に開示されたことを買主が認めている以上、重複に関する誤りがあっても違法な説明とは評価できないとしました。
リストの行数、実際の顧客数、有料契約の数、現実の売上は、それぞれ異なる数字です。本件では、重複件数に一定単価を掛ける買主の計算が、そのまま株式価値や損害の認定に結び付いたわけではありません。
判断されなかった争点
本件では損害額、説明と損害との因果関係、請求権を放棄したとの合意の有無、信義則違反も争点になっていました。しかし裁判所は、契約締結に当たり売主の違法行為があったとはいえないとして、その他の争点を判断せず請求を棄却しています。
したがって、変更契約によって請求権の放棄が有効に成立したと判示した事件として紹介することはできません。また、表明保証条項に基づく補償請求一般の可否を判断した判決として扱うのも適切ではありません。
顧客基盤を評価する買収で確認する点
本判決からは、顧客数という言葉が何を数えているかを契約・資料の間で一致させる必要があることが分かります。登録件数、重複を除いた人数、有料会員数、現在課金中の人数、月次の会員収入を区別すると、説明と事業価値との関係を検討しやすくなります。
売主が保証した内容と買主が推計した数字を分け、財務資料や請求・入金の記録と照合することも重要です。問題の発覚後に変更契約や債務確認の合意を作る場合には、何の正確性を承認し、どの請求を残すのかを具体的に整理する必要があります。
将来の業績予測そのものと契約上の表明保証が争われた事案は、将来予測と表明保証違反の判例解説で扱っています。本件の顧客数の説明と不法行為責任とは、請求根拠と保証対象を区別して比較できます。
出典:東京地方裁判所平成30年1月17日判決、平成28年(ワ)第32117号・損害賠償請求事件。判決本文に基づく解説です。
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