表明保証に関する裁判例「(仮)業績下方修正事業計画不開示損害補償請求事例」

〔事例〕東京地方裁判所判決|令和2年10月26日|平成28年(ワ)第40622号株式売買代金請求事件(下方修正事件)

表明保証に関する裁判例として、「東京地方裁判所判決|平成28年(ワ)第40622号  株式売買代金請求事件」の主な判旨について解説します。

この裁判の最重要論点は、原告(売主)が被告に下方修正した事業計画を譲渡日までに開示しなかったことが、表明保証条項違反として、被告(買主)による損害補償請求が認められるか否かです。

裁判所は、原告が下方修正した事業計画を故意に不開示としたことや、虚偽の取引情報を開示したこと等から、表明保証条項に違反したとして、被告の損害補償請求を認め、被告の相殺により原告の留保金の支払請求権は消滅しているとして、原告の残額の株式売買代金請求(留保金支払請求)を棄却しました。

M&A取引の概要

原告(売主):株式会社A’の創業者であり、平成27年4月1日(譲渡契約日)当時、発行済株式2,300株の過半数を有していた代表取締役であった。

買収対象会社:株式会社A’。コールセンター等を目的とする非上場会社。

平成27年4月30日(譲渡日)、商号を「A株式会社」に変更した。

被告(買主): 主としてBグループ会社に係る労働者派遣事業等を目的とする株式会社。

原告は、平成26年11月5日、被告に対し、本件対象会社の株式譲渡の交渉に当たってり、メインバンクH銀行のFAを介して、平成29年3月期(第29期)までの平成26年8月19日付け中期経営計画を交付した(提出済事業計画)。

原告と被告は、平成27年4月1日、以下の約定で、原告が保有する1,533株を被告に売却するとの合意をした(本件譲渡契約)。

  • 株式譲渡日:平成27年4月30日
  • 株式譲渡金額:36億7,920万円
  • 補償期間:株式譲渡日から1年6か月
  • 代金支払方法:株式譲渡日に、原告が、本件譲渡株式の名義書換に必要となる請求書を交付し、被告は、株式譲渡金額から留保金額5億5,188万円を控除した額を支払う。

株式会社Cと被告は、平成27年4月1日、以下の約定で、本件対象会社の発行済株式のうち、Cが保有する373株を被告に売却するとの合意をした。

  • 株式譲渡日: 平成27年4月30日
  • 株式譲渡金額: 8億9,520万円
  • 前提条件:譲渡日において、原告と被告間で本件対象会社の発行済株式1,533株に係る株式譲渡契約に基づく株式の移転が完了していること、合意株式価値が55億2,000万円から減額される事由がないことが、C及び被告間の契約の義務の履行条件とされた。

本件「株式譲渡契約」の表明保証条項・補償条項です。

(3条)譲渡金額に係る合意

原告と被告は、対象会社の発行済株式2,300株の株式価値を55億2,000万円とすることに合意する。ただし、合意株式価値は、本締結日から譲渡日までの間に株式譲渡の実行に悪影響を及ぼす事実が発生した場合、原告と被告間で協議のうえ調整される。

(8条)表明保証

原告は、被告に対し、平成27年4月1日(締結日)及び同月30日(譲渡日)において、(別紙1)の記載事項につき、誤りがないことを表明し、保証する。

(10条4項)譲渡日までの原告の義務

原告は、締結日以降、譲渡日までの間、対象会社に対して、訴訟、法令違反、その他対象会社の事業、資産、負債、財務状態、経営成績、キャッシュフロー又は将来の収益計画に悪影響を及ぼすおそれのある事由又は事象が生じた可能性を認識した場合には、直ちに被告に対してその報告を行うものとする。

(12条)原告による補償請求

原告は、上記原告の表明若しくは保証の違反又は本件譲渡契約に基づく原告の義務の違反に起因して被告が被った損害につき補償する。

この規定に基づく補償請求は、被告が、原告に対し、一つの補償原因事実について補償請求額が500万円を超える場合にのみ、株式譲渡価格の範囲内で補償請求をする権利を有し、譲渡日から1.5年以内に、その時点で有している情報に照らし補償の原因となる具体的な事実及び補償を求める金額を合理的に可能な範囲内で記載した書面により請求する。

この規定に基づき被告から原告に対する補償請求がされて、原告が補償履行を行う場合には、両当事者の合意により、本件株式譲渡額の15%に該当する留保金額との相殺により補償履行をすることができる。

補償義務者が表明保証した事実に関する補償権利者の認識及び認識可能性は、これらの表明保証の効力又はこれらに関する保証若しくは救済手段の行使若しくは効力に影響を及ぼさないものとする。

本件「株式譲渡契約」(別紙1)の記載事項(抜粋)です。

Ⅱ.対象会社に関する表明及び保証

7.(直近の財務諸表の作成基準日後の業務運営)

対象会社の事業の見通し及び収支計画につき、直近の財務諸表の作成基準日以降、譲渡日までの間に、本件株式の価値に悪影響を及ぼす事由は生じていない。

20.(情報の開示)

乙は、自ら及び対象会社を通じて、対象会社又は本件株式に関する情報(本件株式の価値に悪影響を与えるものに限る。)をすべて甲に開示しており、また、それらの情報は、すべて真実かつ正確であり、誤解を招かないために必要な記載又は説明を欠いていない。

平成27年4月30日、被告は、原告に対し、本件譲渡株式の代金として31億2,732円を支払い、Cに対し、譲渡株式の代金を支払った。

平成28年10月26日、被告は、原告に対し、本件譲渡契約につき、補償事由(下方修正した事業計画の不開示等)の存在が判明したことから、本件補償条項に基づき4億5,754万4,898円を補償請求し、留保金額と上記補償請求金額を相殺した9,433万5,102円を支払う意向がある旨の同月24日付け「御請求」と題する書面を送付した。

被告は、原告に対し、平成28年11月30日頃までに、9,433万5,102円を支払った。

平成30年5月17日に行われた第8回弁論準備手続期日において、被告は、原告に対し、本件補償条項に基づく補償請求権をもって、原告の留保金支払請求債権と対当額で相殺した旨を主張した。

請求の概要

本件は、原告(売主)が、被告(買主)に対し、表明保証条項に違反していないと主張して、株式会社A’の株式譲渡契約の売買代金請求権に基づき、売買代金の残額として、補償留保金である4億5,754万4,898円の支払を求めた事案です。

結論の概要

裁判所は、原告が下方修正した事業計画を故意に不開示としたことや、虚偽の取引情報を開示したこと等から、表明保証条項に違反したとして、被告の損害補償請求を認め、被告の相殺により、原告の留保金の支払請求権は消滅しているとして、原告の残額の株式売買代金請求(留保金支払請求)を棄却しました。

結論に至る論理の概要

争点①補償請求の可否について

原告は、提出済事業計画から本件事業計画への売上原価の増加要因である大阪CC拡大計画等については譲渡日までに開示済みであり、D社との取引終了が見込まれるために売上が減少となったことについても被告の認識済みであった等と主張し、本件事業計画における予測値変更の事情を開示しているから、表明保証違反はないと争っていました。

これに対し裁判所は、以下のとおり、被告の原告に対する補償請求は認められると判決しました。

  • 本件対象会社が、提出済事業計画を被告に開示した後、事業拡大や組織変更等に伴って、営業利益や経常利益の大幅な減少が見込まれるとの本件事業計画を新たに策定したことは、「対象会社又は本件株式に関する情報」であって、「本件株式の価値に悪影響を与えるもの」に該当するものというべきであり、これを譲渡日までに開示しなかったことは、本件譲渡契約10条4項の趣旨や、本件譲渡契約別紙1Ⅱ20項に定められた表明保証に反し、被告の原告に対する補償請求は認められるものと解すべきである。
  • 大阪CC拡大計画については、平成26年6月11日付け取締役会議事録には、第1ブロックから第2ブロックを分割することや、更に本社ビルの6階の一部や7階の一部を借り入れて拡大することを認識できる記載はなく、その他に、被告が、大阪CC拡大計画の全容を知りうる説明がされたとの証拠はない。これらは、費用の増大を伴うものであり、提出済事業計画の作成後に係る将来の収益計画に影響を及ぼす事業拡大や組織変更というべきであって、原告が、被告に説明すべき事項であったと解される。
  • K(対象会社の常務取締役)も、平成27年6月、原告に対し、Dに対する売上高は提出済事業計画と比較して約2,200万円減少する見込みである旨報告していることからすれば、本件事業計画は、Dの取引が終了することを前提として作成されたものではないというべきであるから、原告の主張は、その前提を欠くものというべきである。

争点②補償請求額について

  • 被告による提出済事業計画と本件事業計画を用いた企業価値の算定方法は、DCF法を用いた合理的な方法であると解することができるから、補償請求額の算定に当たっても、特段の事情がなき限り、DCF法より算出された企業価値の評価額を基礎として算定することが合理的である。本件事業計画による企業価値を前提にした100%ベースの価値に合意により8,900万円を加算した方法によると、評価額は48億9,400万円と算定され、増加割合に基づき加算する方法によると、その評価額は約48億8,374万円と算定され、これらと本件譲渡契約における評価額との差額は、前者の場合には6億2,600万円、後者の場合には約6億3626万円と算出される。本件における損害額は、その評価額の差額が、少なくとも6億2,600万円であることを基礎に算定することが相当である。
  • Cとの契約と本件譲渡契約は一体のものとして締結されたことが明らかであり、原告は、被告がCから譲渡を受けた株式の価値下落分も含めて損害賠償責任を負担するものと解される。被告は、発行済株式総数2,300株のうち1,906株を取得していることから、本件における補償請求は、6億2,600万円の取得株式の割合(1,906/2,300)を乗じた5億1,876万3,478円の範囲で認めるべきである。

その結果、上記補償請求額は、留保金額である5億5,188万円から被告が支払済みの金額である9,433万5,102円を控除した4億5,754万4,898円を上回ることから、被告の相殺により、原告の留保金の支払請求権は消滅していることになり、原告の請求は理由がない。