買主の買収資金の不足とクロージングまでの資金調達の遅れへの対応
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買主の買収資金が不足し、又は資金調達が遅れますと、クロージングの期日が動き、売主の側にも従業員の処遇、金融機関との調整その他の負担が生じます。本記事では、売主の立場から、資金調達の遅れが判明した場合の確認の手順と、契約上採り得る手当てを整理いたします。
買主の信用力そのものをM&A仲介契約の観点から確認する方法については別の記事で扱っています。あわせて御覧ください。
基本合意書を取り交わし、買主によるデュー・ディリジェンスも一通り終わり、株式譲渡契約の条文の詰めに入った段階で、買主の担当者から「金融機関の審査にもう少し時間がかかりそうです」と告げられることがあります。あるいは、契約書の案文が届いてみると、クロージングの前提条件のなかに「買主が本件取引の実行に必要な資金の調達を完了していること」という一文が、他の条項に紛れて置かれていることがあります。売主である経営者の方にとって、この一文の重みは、その場では分かりにくいものです。
会社を譲り渡す側は、この時点までに既に多くのものを差し出しています。決算書も、取引先との契約書も、従業員の名簿も、賃金台帳も、係争の記録も、すべて相手方に開示しています。役員や幹部社員の一部には話をしているかもしれません。他に関心を示していた候補者には、独占して交渉する義務があるために断りを入れています。ここで買主の資金が足りないという事態が生じた場合、失われるのは代金だけではなく、時間と、社内の緊張と、他の選択肢そのものです。
本稿では、買主の買収資金が不足していた場合、及び資金の調達がクロージングまでに間に合わない場合を取り上げます。資金の裏付けをどのように確認するか、融資を前提とする場合に何を確かめるか、クロージングの前提条件をどう定めるかを順に述べたうえで、実際に資金が足りないことが判明した後に売主が採り得る選択肢と、延期又は中止の際の整理の仕方を具体的に示します。
買主の資金の裏付けをどのように確認するか
買主が代金を支払えるかどうかは、譲渡の条件を詰めるよりも前に確かめるべき事柄です。ところが実務では、価格と譲渡の時期の話が先に進み、資金の裏付けの確認が最後まで先送りされることが少なくありません。確認は、買主の資金を出所ごとに分けて金額を書き出させるところから始めます。抽象的に「資金の目処は立っています」という説明を受け入れず、内訳を数字で示させることが出発点です。
意向表明書の段階で内訳を書かせる
意向表明書には、譲渡代金の総額だけでなく、その資金をどこから調達するのかを記載してもらいます。具体的には、買主自身の手元資金から充てる金額、金融機関からの借入れによる金額、親会社又は株主からの増資によって調達する金額、投資事業有限責任組合等の投資家から拠出を受ける金額に分け、それぞれの金額と、その調達の見込みの根拠を書かせます。合計額が譲渡代金に加えて登記費用、専門家報酬、及び買収後に必要となる運転資金を賄えるかも見ます。買収の直後に対象会社の運転資金が尽きるような資金計画では、譲渡後に売主が保証債務等で巻き込まれる危険が残ります。
自己資金の部分について見る資料
自己資金として説明された部分については、金融機関が発行した預金残高証明書の提出を求めます。発行日が古いものは意味が乏しいため、発行日から1か月以内のものとし、クロージングが近づいた段階で再度取得してもらいます。あわせて、買主の直近3期分の決算書及び法人税の申告書一式を確認します。貸借対照表の現金及び預金の残高が大きくても、そのほとんどが短期借入金と見合いであったり、他の投資案件に既に引き当てられていたりすることがあります。損益計算書の営業利益の水準、及び借入金の返済の予定と比べて、その残高が本件に振り向けられるものかを見ます。
買収目的の新会社が買主となる場合
買主が本件のために設立した新会社である場合、その会社の資本金は数万円から数百万円にとどまり、それ自体には支払能力がありません。この場合、代金の支払義務を負うのは形式上その新会社ですから、契約書に署名した相手方から回収できないという事態が生じ得ます。親会社又は実質的な出資者に、代金の支払義務について連帯して保証してもらうこと、又は買主に対して必要な資金を拠出する義務を負う旨の書面を差し入れてもらうことを求めます。保証をする者の資力についても、決算書等で確認します。新会社の登記事項証明書を取り、設立の時期、資本金の額、役員の構成、及び目的の記載を見ておきます。
融資を前提とする場合に確認すべき条件
中小企業のM&Aでは、譲渡代金の相当部分を金融機関からの借入れで賄う例が多く見られます。この場合、取引の成否は買主の意思だけでは決まらず、金融機関の判断に左右されます。売主としては、その金融機関がどの段階にあり、どのような条件を付けているのかを、買主を通じて具体的に把握する必要があります。
金融機関が出す書面の性質を見分ける
金融機関が買主に交付する書面には、いくつかの段階があります。案件に関心がある旨を述べるにとどまる関心表明の書面、融資の条件の概要を示す書面、及び所定の条件が満たされた場合に融資を実行する旨を約する書面です。名称は金融機関によって異なるため、名称ではなく本文の文言で判断します。最も強い書面であっても、多くの場合「最終的な内部の審査を経ることを条件とする」「対象会社の財務内容に重大な変動がないことを条件とする」といった留保が付されています。売主としては、この留保の文言を読み、どの事由が生じれば融資が実行されないことになるのかを確認します。買主に対し、当該書面の写しの提出を求めることは、不当な要求ではありません。
融資の条件のうち売主に関係する項目
融資の条件のうち、売主が特に注意すべきものは、担保に関する定めです。買収に用いる借入れでは、買主が取得する対象会社の株式に質権を設定すること、対象会社が保有する不動産に抵当権を設定すること、又は対象会社自身が借入れの連帯保証人となることが求められる場合があります。対象会社の資産を担保に供するには、クロージングの前後で対象会社の取締役会又は株主総会の決議が必要となり、その手続に売主側の協力を要することがあります。手続の内容と時期を工程表に落とし、誰がいつ何をするのかを事前に決めておきます。あわせて、金融機関が付す財務上の制限の条項が、譲渡後の対象会社の経営を過度に縛るものでないかも見ておきます。売主が代金の一部を後払いで受け取る場合、その支払が金融機関の同意なしにはできない仕組みになっていることがあるためです。
審査の進み具合を数字と日付で確認する
「順調です」という報告には意味がありません。確認すべきは、申込みを行った日、審査を担当している部署、支店の段階の決裁か本部の段階の決裁か、審査の結果が出る予定の日、及び融資の実行の予定日です。融資の実行日は、クロージングの日と同一日になるのが通常ですが、金融機関の事務には所定の日数を要しますから、実行日から逆算して、契約の締結、担保の設定書類の差入れ、及び登記の申請がいつ必要になるかを確認します。買主から週に1回の頻度で書面による進捗の報告を受ける旨を、基本合意書又は覚書に定めておく方法もあります。
クロージングの前提条件としての資金の確保
株式譲渡契約には、クロージングの前提条件を定める条項が置かれます。これは、そこに列挙された事項が満たされない限り、当事者は自らの義務の履行を拒むことができるという定めです。売主の側の前提条件としては、買主が代金を支払うこと及び所定の書面を交付することが挙げられ、買主の側の前提条件としては、売主の表明保証が正確であること、対象会社に重大な悪化が生じていないこと、必要な許認可及び取引先の同意が得られていることなどが挙げられます。
融資の承認を前提条件とする定めの危険
ここで、買主の側の前提条件に「買主が本件取引に必要な資金の調達を完了していること」又は「金融機関から融資の承認が得られていること」という一文が置かれる場合があります。この定めが入ると、買主は資金の調達ができなかったというだけの理由で、代金を支払う義務を免れ、契約を解消して離脱することができます。買主にとっては何の負担もありませんが、売主の側は、その間に費やした数か月の時間、デュー・ディリジェンスへの対応に割いた役職員の労力、専門家に支払った報酬、及び他の候補者との交渉の機会を、何も得られないまま失うことになります。この危険は、条項の文言だけを見ていると気付きにくいものです。売主としては、この一文を置かないこと、すなわち資金を用意できないという事態は買主が負うべきものであるという立場を、原則として維持すべきです。
どうしても置く場合に付すべき限定
買主の交渉力が強く、この定めを完全に排除できない場合には、次のような限定を付すことを求めます。第一に、資金の調達に関する前提条件の効力に期限を設け、その日までに調達が完了しなければ売主の側から解除できるものとします。第二に、買主に対し、資金の調達のために合理的な努力を尽くす義務を負わせ、その内容を「申込みを行うこと」「求められた資料を遅滞なく提出すること」「他の金融機関にも並行して打診すること」といった具体的な行為として書き込みます。第三に、買主の資金の調達が実現しなかったことにより取引が実行されなかった場合の違約金の額を、あらかじめ定めておきます。当事者が債務の不履行について賠償額を予定することは、民法第420条第1項により認められています。第四に、独占して交渉する義務の期間を、この前提条件の期限に合わせて切ります。
前提条件の充足を確認する書面
クロージングの当日には、各前提条件が満たされていることを確認する書面を相互に交付するのが通例です。売主としては、資金に関する前提条件については、その時点で融資の実行が完了し、又は実行が確実であることを示す資料の提示を求めます。実務上は、代金の着金を確認してから株主名簿の名義を書き換え、株券が発行されている場合には株券を引き渡すという順序を明確に定め、当日の手順書を事前に作成しておきます。
M&A仲介会社、買主及び売主のそれぞれの役割
資金の裏付けの確認は、誰かが当然にやってくれるものではありません。誰が何をするのかを最初に決めておかないと、後になって「相手方が確認していると思っていた」という状態が生じます。関与する3者の立場と、それぞれに求めるべき事柄を整理します。
M&A仲介業者に依頼する事項
M&A仲介業者は、売主と買主の双方の間に立って交渉の進行を助ける立場にあります。その報酬は取引が成立した場合に発生する構造であることが多く、この点は依頼する側として理解しておくべきです。買主の資金の裏付けの調査が業務の範囲に当然に含まれているとは限らないため、業務委託契約書の記載を確認したうえで、買主から預金残高証明書及び金融機関の書面を取り付けること、並びに審査の進捗を定期的に報告することを、口頭ではなく電子メール等の書面で依頼します。買主候補を紹介された段階で、その候補者の過去の買収の実績、及び資金の裏付けについて確認済みの事項を教えてもらうことも有益です。
買主に求める説明
買主に対しては、資金計画書の提出を求めます。記載してもらう項目は、資金の出所ごとの金額、借入れを行う金融機関の名称と支店名、申込みの日、審査の予定、及び融資の実行の予定日です。加えて、資金の調達が予定どおり進まない場合に、代替の手段があるのかどうかを説明してもらいます。誠実な買主であれば、これらの質問を歓迎します。逆に、資金に関する質問に対して回答を避け、「先に条件を詰めましょう」と話を逸らす相手方については、慎重に見る必要があります。
売主自身が確かめること
売主としては、受け取った資料を自分の目でも見ます。預金残高証明書の名義が契約書に記載された買主の商号と一致しているか、日付が古くないか、金融機関の書面が本件の対象会社を特定して記載されているかといった点は、専門的な知識がなくても確認できます。そのうえで、顧問の税理士又は弁護士に資料一式を見せ、意見を求めます。M&A仲介業者から提示された資料をそのまま信用するのではなく、自らの側の助言者に検討してもらう体制を作っておくことが、後の紛争を減らします。なお、自社の取引金融機関に相談する場合には、秘密保持契約の定めに触れないよう、開示できる範囲をあらかじめ確認します。
資金が足りないことが判明した後に採り得る選択肢
実際に買主の資金が不足していることが判明した場合、感情的に反応する前に、事実を確定させることが先決です。そのうえで、取引を続けるのか、条件を変えて続けるのか、中止するのかを判断します。ここで重要なのは、いずれの選択肢にも売主が負う負担があり、その負担を理解したうえで選ぶという姿勢です。
まず不足の内容を確定させる
確認すべきは、不足している金額はいくらか、その原因は何か、そしていつまでに解決する見込みがあるかの3点です。原因としては、金融機関の審査が通らなかった場合、担保の評価額が想定より低かった場合、買主の内部の投資委員会が承認しなかった場合、対象会社の直近の業績が悪化して融資の条件を満たさなくなった場合などが考えられます。原因によって採るべき対応は異なります。書面で説明を受け、その内容を記録に残しておきます。
代金の支払方法を変える方法
不足額が大きくない場合、代金の一部を分割払いとする方法があります。この場合、売主は未払部分の回収の危険を負いますから、担保の設定を求めます。譲渡した株式に質権を設定する方法、買主又はその親会社の連帯保証を得る方法、対象会社の不動産に抵当権を設定する方法などが考えられますが、金融機関の担保と競合するため、実際に設定できるかは交渉によります。あわせて、支払が1回でも遅れた場合には残額の全部について直ちに支払を求めることができる旨、及び遅延損害金の利率を、契約書に明記します。
譲渡の対象又は範囲を見直す方法
対象会社が事業に用いていない不動産や有価証券を保有している場合、これらを譲渡の前に売主又は売主の資産管理会社に移し、その分だけ譲渡代金を引き下げる方法があります。不動産については、譲渡後も対象会社が使用する必要があるときは、賃貸借契約を結んで賃料を得るという形にすることも考えられます。ただし、資産を移す行為には法人税及び所得税の課税の問題が伴い、時価と異なる価額で移した場合には想定外の課税を受ける危険があります。実行の前に必ず税理士の検討を経てください。また、株式の一部のみを譲渡して残りを売主が保有し続ける方法もありますが、この場合、売主は経営権を失いながら少数株主として残ることになり、その後に配当も受けられず株式の売却もできない状態に陥る危険があります。残る株式を将来買い取ってもらう定め、及びその価格の算定方法を、あらかじめ明確にしておく必要があります。
買主を替える方法
資金の調達の見込みが立たない場合、他の候補者に切り替えることも選択肢です。この判断を早める要素は、独占して交渉する義務の残りの期間と、他の候補者がまだ関心を持っているかどうかです。独占交渉の義務がある間は他の候補者と具体的な交渉ができませんから、期間の終了を待つか、買主との間で合意により解消する必要があります。前の交渉の過程で作成した資料一式は、数字を最新のものに差し替えれば再利用できますから、中止の判断が早いほど次の交渉に移る負担は軽くなります。
クロージングを延期する場合の条件の定め方
資金の調達にあと1か月から3か月を要するという場合、クロージングを延期するという判断はあり得ます。ただし、単に日付を書き換えるだけの覚書に応じてはなりません。延期の合意は、売主が新たに時間という負担を引き受けるものですから、その対価と歯止めを同時に定めます。
延期の覚書に入れる事項
第一に、新しいクロージングの期限を定め、あわせて最終の期限を設けます。最終の期限を過ぎた場合には、催告を要せずに売主が契約を解除できる旨を明記します。第二に、期限までに買主の責めに帰すべき事由により取引が実行されなかった場合の違約金の額を定めます。第三に、独占して交渉する義務の期間について、延長するのであれば、その対価として何を得るのかを明らかにします。第四に、延期の期間中における対象会社の運営の制限を緩和します。株式譲渡契約には、クロージングまでの間に対象会社が一定の行為をするには買主の同意を要する旨の定めが置かれるのが通常ですが、延期が長引くと、設備投資、人員の採用、及び取引条件の変更が凍結されたままとなり、対象会社の事業そのものが傷みます。金額の基準を引き上げるか、一定の類型については事前の通知のみで足りるものとします。
保証金を預託させる
売主が採り得る有効な備えの一つが、保証金の預託です。買主に一定の金額を、売主が指定する口座又は弁護士の預り金口座にあらかじめ差し入れさせ、買主の責めに帰すべき事由により取引が実行されなかった場合には、これを違約金に充当し、又は売主が没収するものと定めます。取引が予定どおり実行された場合には、譲渡代金の一部に充当します。金額は、譲渡代金の数パーセントから1割程度が一つの目安とされますが、案件の規模、延期の期間、及び買主の信用力によって異なります。この預託を求めることは、買主にとっては資金を拘束される負担ですから、応じるかどうかは、その買主が本気であるかどうかを測る材料にもなります。
期間中に生じる実務上の問題
延期の期間が決算期をまたぐ場合、譲渡代金の算定の基礎となった純資産の額が変動します。基準となる日をいつに置き直すのか、価格を調整するのかしないのかを、覚書で明確に決めます。従業員に対しては、既に何らかの説明をしている場合、時期が延びたことによる動揺が生じ得ます。どこまでを、いつ、誰から伝えるのかを買主とすり合わせておきます。主要な取引先から同意を得ている場合、その同意に有効期間が付されていないかも確認します。許認可の承継の手続を進めていた場合には、申請の時期の調整が必要になることがあります。
取引を中止する場合の整理
資金の調達の見込みが立たず、取引を中止すると判断した場合には、後日の紛争を避けるために、終わり方を書面で整理します。曖昧なまま自然消滅させると、秘密保持や資料の取扱いについて根拠が残らず、次の候補者との交渉にも影響します。
解除の根拠と手続
まず、どの根拠によって契約関係を終わらせるのかを確認します。前提条件が満たされなかったことによる解除なのか、買主の債務の不履行を理由とする解除なのか、あるいは合意による解約なのかで、その後に請求できる内容が変わります。買主に代金を支払う義務が既に生じているのに支払われていない場合には、相当の期間を定めて履行を催告し、その期間内に履行がなければ解除する旨を、配達証明付きの内容証明郵便で通知します。通知の宛先、日付、及び内容を記録に残します。
費用及び違約金の清算
契約に違約金の定めがある場合には、その定めに従って請求します。定めがない場合、債務の不履行による損害の賠償を求めることになりますが、これは民法第415条に基づくものであり、損害の額を売主の側で立証する必要があります。立証の対象となり得るものとしては、M&A仲介業者に支払った着手金及び中間金、弁護士、公認会計士及び税理士に支払った報酬、デュー・ディリジェンスへの対応のために要した費用などが挙げられます。他の候補者を失ったことによる損害は、金額の立証が難しく、認められるとは限りません。だからこそ、違約金の額をあらかじめ定めておくことに意味があります。
秘密保持と資料の返還
買主に開示した資料は、決算書、契約書の写し、従業員の名簿、賃金台帳、取引先の一覧など、いずれも外部に出てはならないものです。中止にあたっては、秘密保持契約の存続期間を確認し、開示した資料及びその複製物を返還し又は廃棄することを求め、廃棄した旨の書面の交付を受けます。電子データについては、共有の仕組みへのアクセス権を停止し、端末に残る複製の削除も求めます。あわせて、買主が対象会社の従業員を勧誘しない旨、及び対象会社の取引先に接触しない旨の定めが残っているかを確認します。定めがない場合は、中止の合意書のなかで新たに定めることを求めます。
次の候補者への引継ぎ
次の候補者との交渉に移る際には、前回の交渉がなぜ実らなかったのかを正確に説明できるようにしておきます。買主側の資金の調達が整わなかったことが理由であれば、その旨を述べます。理由を曖昧にすると、対象会社の側に問題があったのではないかと受け取られ、価格の引下げの材料にされることがあります。ただし、前の買主の名称や内部の事情は秘密保持の対象ですから、開示できる範囲を確認してください。デュー・ディリジェンスで指摘を受けた事項のうち、是正できるものは中止から次の交渉までの間に是正しておくと、次の手続がその分だけ速く進みます。
よくあるご質問
買主の資金に関して、売主である経営者の方から実際にお受けすることの多いご質問を挙げます。いずれも、判断の分かれ目が金額や時期といった具体的な事情にかかっており、一律の答えが出るものではありません。ご自身の案件に当てはめる際には、契約書の文言と工程の実際を照らし合わせてご検討ください。
預金残高証明書の提出を求めるのは、相手方に対して失礼にあたらないでしょうか
失礼にはあたりません。会社を譲り受けようとする者が、その代金を支払える状態にあることを示すのは、当然に期待される事柄です。実際、買主の側は売主に対して、決算書、従業員の名簿、係争の有無に至るまで、極めて広い範囲の開示を求めています。これに対して支払能力の裏付けを尋ねることは、均衡を欠く要求ではありません。伝え方としては、当方の助言者から確認を求められている旨を添えると、角が立ちにくくなります。
金融機関の融資の意向を示す書面を受け取れば、安心してよいでしょうか
その書面の文言によります。多くの書面には、最終的な審査を経ることを条件とする旨、又は対象会社の財務内容に重大な変動がないことを条件とする旨の留保が付されています。したがって、書面があるという事実のみで支払が保証されるわけではありません。留保の文言を読み、どのような事由が生じた場合に融資が実行されないのかを確認し、あわせて審査の段階と実行の予定日を具体的に尋ねてください。書面の写しの提出を求めることも差し支えありません。
買主から、融資の承認が得られることを条件としたいと言われました。応じるべきでしょうか
原則としては、応じないという立場から交渉を始めることをお勧めします。この定めが入ると、買主は資金を用意できなかったというだけの理由で責任を負わずに離脱でき、売主は時間と機会を失ったまま何も得られない状態に置かれるからです。交渉の結果としてやむを得ず受け入れる場合には、その条件の効力に期限を設けること、買主に資金の調達のための具体的な行為を義務付けること、資金の調達が実現しなかった場合の違約金を定めること、及び独占して交渉する義務の期間をその期限に合わせて切ることを、あわせて求めてください。
保証金の預託は、どの程度の金額を求めればよいでしょうか
一律の基準はありません。譲渡代金の数パーセントから1割程度が一つの目安として語られますが、案件の規模、延期の期間の長さ、買主の信用力、及び売主が負う機会の損失の大きさによって、妥当な水準は異なります。考え方としては、取引が実行されなかった場合に売主が現実に負担することになる費用、すなわち専門家への報酬、社内の対応に要した労力、及び再度の売却活動に要する費用を積み上げ、それを下回らない金額を出発点とする方法があります。預託先を弁護士の預り金口座とするか、売主の口座とするかも、あわせて取り決めてください。
クロージングの延期に応じている間、従業員にはどのように説明すればよいでしょうか
まず、既にどの範囲まで話が伝わっているかを整理します。役員や一部の幹部にのみ伝えている段階であれば、時期の見直しが生じている旨を、当初の説明との整合を保ちながら伝えます。全社に公表した後であれば、沈黙が最も動揺を招きますから、時期に関する事実と、雇用の条件に変更がないことを、決められた者から一度に伝えます。買主との間で、開示してよい内容と時期をあらかじめすり合わせておくことが不可欠です。延期が繰り返される見込みであれば、そのこと自体を取引の継続の可否を判断する材料としてください。
代金の一部を譲渡の後に支払うという提案を受けました。注意すべき点は何でしょうか
売主が未払部分について回収の危険を負う点が最大の問題です。譲渡が完了すれば、経営権は買主に移り、対象会社の資産や資金の使い方に売主は関与できなくなります。したがって、担保の設定、買主又はその親会社の連帯保証、支払が遅れた場合に残額の全部について直ちに請求できる定め、及び遅延損害金の利率を、契約書に明記してください。あわせて、買主が金融機関から受けた融資の条件によって、売主への支払が制限されていないかを確認します。後払部分の金額が対象会社の業績に連動する仕組みとする場合には、その算定の方法、資料の閲覧を求められる権利、及び算定に争いが生じた場合の解決の方法を定めておく必要があります。
取引が中止になった場合、M&A仲介会社への手数料は支払わなければならないのでしょうか
業務委託契約書の定めによります。着手金及び中間金は、取引が成立しなかった場合であっても返還されない旨が定められていることが少なくありません。成功報酬については、取引の成立を要件としているのが通常ですが、契約書によっては、基本合意の締結や一定の段階への到達を報酬の発生の時点としている例もあります。中止を決める前に、契約書の報酬に関する条項と、中途で終了した場合の取扱いに関する条項を読み返してください。記載が不明確である場合には、書面で解釈を確認しておくことをお勧めします。
具体的な御相談をお考えの皆様へ
本ページの主題に関し、当事務所の取扱内容、対応の進め方及び費用の考え方は、次の御案内のページに整理しています。あわせて御覧ください。

