株式譲渡代金の分割払いが止まったときの売主の対応

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分割払が止まった場合の売主の対応に関するメインのページです。本ページは、譲渡の後に支払が途絶えた場面で、期限の利益の喪失と担保の実行をご説明します。残額を一括して請求できるかは別のページをご参照ください。
残額を一括して請求できるかという期限の利益の喪失の論点そのものは代金の分割払が途中で止まった場合に残額を一括して請求できるかで、譲渡代金が全く支払われない場面の手順は株式譲渡代金が支払われないときに売主が採り得る手段で、それぞれ詳しく述べております。
会社を譲り渡し、譲渡代金を3年あるいは5年の分割で受け取る合意をしたところ、当初の数回は約定どおりに入金があったにもかかわらず、ある時期から入金が滞り、やがて連絡も途絶えてしまった。こうしたご相談は、中小企業のM&Aにおいて決して珍しいものではありません。譲渡代金の全額が1億円から10億円程度の案件では、退職金や当面の生活資金を代金に頼っておられる売主の方も多く、入金の途絶は生活そのものに直結いたします。
この場面で最初にすべきことは、買主に電話をかけて事情を問い質すことでも、感情的な書面を送ることでもありません。まずは、ご自身が締結した株式譲渡契約書を机の上に広げ、残代金がいくら残っているのか、期限の利益の喪失に関する定めがあるのか、担保及び保証が付されているのかを、条項の文言に即して確認することです。この確認を経ずに動きますと、本来請求できたはずの残額全部を請求する機会を失い、あるいは担保の価値が失われるまで時間を空費することになりかねません。
本記事では、売主の立場から、分割払いの代金が途中から支払われなくなった場合に確認すべき事項を順に整理いたします。そのうえで、残額を一括して請求する道を選ぶのか、それとも支払条件を組み直す再合意の道を選ぶのかを、どのような材料から判断すべきかを申し上げます。結論を先に申し上げますと、この選択は買主の資力の見込みによって決まるものです。
分割払いの契約で最初に確認する条項
最初に行うべきは、請求できる金額そのものの確定です。株式譲渡契約書に定められた譲渡代金の総額、これまでに現実に入金された金額、その結果として残っている未払額を、通帳の入金記録と突き合わせて一円単位まで確定してください。分割払いの案件では、当初の株式譲渡契約書のほかに、支払期日を後日ずらした覚書や、代金額を調整した変更合意書が存在することが少なくありません。契約書だけを見て残額を計算しますと、既に変更されている条件を前提に請求してしまい、買主から反論を受けることになります。
残代金と支払期日の確定
確認すべき資料は、株式譲渡契約書の原本、その後に取り交わした覚書及び変更合意書の全部、代金の入金が記帳された預金通帳、買主に交付した領収書の控え、そして代金の一部を役員退職慰労金の形で支払う建て付けにしていた場合には対象会社の株主総会議事録です。各回の支払期日、各回の金額、遅延損害金の利率の定めの有無を一覧にしてください。なお、支払われた金銭は、費用、利息又は遅延損害金、元本の順に充当されるのが原則ですので、一部入金があった場合の残元本は単純な引き算にならないことがあります。
期限の利益の喪失、担保及び保証に関する定め
次に、期限の利益の喪失に関する条項の有無と、その文言を確認してください。あわせて、担保として株式の質権又は譲渡担保が設定されているか、買主以外の者が連帯保証をしているか、買主の代表者個人が保証をしているかを確認いたします。さらに、表明保証条項及び補償条項の内容、補償を請求できる期間の制限、相殺を認める定めの有無、合意管轄の裁判所、そして株式譲渡契約とは別に強制執行を認諾する旨の公正証書を作成していたかどうかも確認の対象です。これらの条項の組合せによって、取り得る手段の幅が大きく変わってまいります。
期限の利益の喪失をどう判断するか
期限の利益とは、支払期日が到来するまでは支払をしなくてよいという、買主の側の利益を指します。民法は、期限は債務者の利益のために定めたものと推定する旨を定めております。したがいまして、10回の分割払いの3回目が支払われなかったとしても、それだけでは4回目以降の代金は当然に請求できるわけではないというのが出発点です。この出発点を覆すのが、期限の利益の喪失です。
契約に定めがある場合
株式譲渡契約書に期限の利益喪失条項が置かれている場合には、その文言のとおりに効果が生じます。条項には大きく二つの型があります。一つは、支払を怠った事実があれば当然に期限の利益を失うと定める型です。もう一つは、売主が催告をし、又は通知をしたときに期限の利益を失うと定める型です。前者であれば、遅滞の事実が生じた時点で残額全部が既に履行期にあることになり、後者であれば、通知をして初めて残額全部を請求できることになります。さらに、遅滞が1回でも足りるのか、2回分以上を要するのか、一定の猶予期間内に支払えば効果が生じない旨の定めがあるかについても、文言を丁寧に読む必要があります。この読み方を誤りますと、まだ履行期の到来していない部分まで請求することとなり、かえって買主に主張の材料を与えかねません。
契約に定めがない場合
期限の利益喪失条項が置かれていない契約も、中小企業のM&Aでは相当数あります。この場合、法律上、期限の利益が失われる事由は限られております。民法第137条は、債務者が破産手続開始の決定を受けたとき、債務者が担保を滅失させ、損傷させ、又は減少させたとき、及び債務者が担保を供する義務を負うのにこれを供しないときの三つを定めております。買主が単に支払を怠っているだけでは、この三つのいずれにも当たりません。したがいまして、原則としては、支払期日が到来した回の分だけを順次請求していくほかありません。もっとも、遅滞が続く場合には、催告をしたうえで株式譲渡契約そのものを解除するという選択肢が理論上は残ります。ただし解除をいたしますと、既に買主のもとで経営されている対象会社の株式を戻し、受領済みの代金を返還するという原状回復が問題となり、実際には収拾がつかなくなることが多くあります。
通知はどのように行うか
期限の利益の喪失を主張する場合も、単に支払を催告する場合も、通知は配達証明付きの内容証明郵便で行ってください。到達の事実と到達の日付が後日の訴訟で争点となることが多いためです。書面には、対象となる契約の特定、未払となっている回の支払期日と金額、残額、根拠となる条項、支払の期限、期限までに支払がない場合に取る手段を、簡潔に記載いたします。
残額を一括して請求できるか
期限の利益が失われれば、残代金の全額について直ちに支払を求めることができ、残額全部に対して遅延損害金が発生してまいります。遅延損害金の利率について契約に定めがあればその利率により、定めがなければ法定利率によります。法定利率は民法第404条により変動する仕組みとなっておりますので、遅滞に陥った時点でどの利率が適用されるかを確認する必要があります。金額が大きい案件では、遅延損害金だけで年間数百万円に達することもあります。
もっとも、一括して請求できることと、一括して回収できることとは別です。ここで検討すべきは、買主に一括して支払う資力があるのかという一点です。買主が事業会社であり、金融機関からの借入れによって残額を弁済できる見込みがあるのであれば、一括請求は有力な手段です。他方、買主が個人であり、対象会社から得る役員報酬や配当を原資として分割払いを予定していたにすぎない場合には、一括請求をしても支払は不可能であり、買主を破綻させて回収額をかえって減らす結果を招く余地があります。
そこで、一括請求に踏み切る前に、買主に対して資力を示す資料の提出を求めることをお勧めいたします。具体的には、買主自身の直近2期分の決算書、対象会社の直近の月次試算表、今後6か月から12か月の資金繰り表、金融機関の借入残高一覧と返済予定表、主要な預金口座の残高が分かる資料です。買主がこれらの提出を拒む場合、その態度自体が、資力に不安があること、あるいは支払う意思が乏しいことを示す一つの徴表となり得ます。
なお、買主が対象会社の代表者に就任している場合には、一括請求が対象会社の信用不安につながることがあります。取引先や金融機関が異変を察知いたしますと、対象会社の資金繰りが急速に悪化し、結局は回収の原資が失われます。請求の強さと、回収原資の保全との均衡を考えることが肝要です。
担保及び保証の実行
担保又は保証が設定されている場合には、それらの現況を直ちに確認し、価値が失われる前に実行の可否を判断する必要があります。分割払いの株式譲渡では、譲渡した株式そのものに質権を設定し、又は譲渡担保の形で売主に留保しておく方法が用いられることがあります。会社法は株式に質権を設定することを認めておりますので、株主名簿にその旨の記載がされているか、株券発行会社であれば株券が売主の手元にあるかを確認してください。
ただし、株式を担保として実行し、対象会社の株式を取り戻したとしても、その株式に譲渡当時と同じ価値が残っているとは限りません。買主のもとで数年が経過する間に、主要な取引先が離れ、従業員が退職し、借入れが増えているということが往々にしてあります。実行に先立ち、直近の決算書と試算表を取り寄せ、純資産の額、借入金の残高、主要取引先の状況を確認したうえで、株式を取り戻すことに実益があるかを判断してください。また、対象会社の株式に譲渡制限が付されている場合、担保権を実行して第三者に売却するには会社法上の譲渡承認の手続を経る必要があり、この点が実行の障害となることがあります。
連帯保証が付されている場合には、保証人に対する請求を検討いたします。保証契約は書面によらなければ効力を生じない旨が民法第446条第2項に定められておりますので、まず書面の有無を確認してください。買主の代表者個人が保証をしている場合には、その個人の自宅不動産の登記事項証明書を取得し、先順位の抵当権の有無と被担保債権額を確認することで、回収の見込みを大まかに測ることができます。不動産に抵当権又は根抵当権の設定を受けている場合も同様に、登記事項証明書で順位、極度額、他の担保権者の存否を確認いたします。担保も保証もない場合には、後述する仮差押えによって買主の財産を押さえることを検討することとなります。
相殺の主張への対応
支払を止めた買主が、その理由として、譲渡後に簿外の債務が発見された、あるいは表明保証に違反する事実があったと主張し、これによる損害賠償請求権をもって残代金と相殺すると通知してくることは、実務上たいへん多くあります。この主張に対しては、感情的に反論するのではなく、要件と証拠の観点から分解して対応することが有効です。
相殺が認められるためには、民法第505条第1項の定めるとおり、双方が同種の債務を負い、双方の債務が弁済期にあることが必要です。買主が主張する損害賠償請求権が現実に発生し、その額が確定していなければ、相殺の効果は生じません。そこで、買主に対しては、株式譲渡契約書のどの表明保証条項に、どのような事実が違反するのか、それによってどのような損害がいくら生じたのか、その根拠となる資料は何かを、書面で特定するよう求めてください。多くの場合、この特定の段階で主張が具体性を欠くことが明らかになります。
あわせて、株式譲渡契約書の補償条項に付された制限を確認いたします。補償の請求ができる期間の制限、一定額に満たない請求を除外する定め、補償額の上限の定め、請求に先立つ通知の期限の定めなどが置かれていることが通例です。買主の主張がこれらの期間を徒過している場合や、金額が下限に達しない場合には、その旨を指摘することができます。さらに、デュー・ディリジェンスの過程で開示した資料や、契約書に添付した開示別紙に記載されていた事項については、表明保証の対象から除外されているのが通常ですので、開示の記録を確認してください。
また、譲渡後に生じた業績の悪化や取引先の離反は、買主の経営判断の結果であって、譲渡時点の事実に関する表明保証の違反とは性質を異にいたします。この区別を書面で明確に示すことが有用です。そのうえで、相殺の主張に理由があるか否かは最終的には裁判所の判断によるものであり、主張があること自体は分割払いを停止する理由にならない旨を、書面で通知しておくことが望ましいと考えられます。
再度の分割及び和解の条件
買主に一括して支払う資力はないものの、事業自体は継続しており、月々あるいは年々の支払原資は見込めるという場合には、支払条件を組み直す再合意が現実的な選択となります。ただし、単に支払期限を延ばすだけの合意は、売主にとって不利益しかありません。再合意に応じる以上は、次の四つの点を必ず盛り込むべきです。
- 残債務の額の確認、すなわち買主に残額を承認させる条項を置くこと。承認があれば消滅時効は更新され、その時から新たに時効が進行いたします。時効の管理という観点から、この条項は極めて重要です。
- 期限の利益喪失条項を、当然に喪失する型で置くこと。1回でも支払を怠れば当然に残額全部の期限の利益を失う旨とし、猶予期間を設ける場合も日数を明確に限定いたします。
- 担保を追加すること。買主が保有する対象会社の株式への質権の設定、買主又はその代表者の所有する不動産への抵当権の設定、新たな連帯保証人の追加などが考えられます。従前の合意に担保がなかった場合、再合意はこれを取り付ける数少ない機会です。
- 強制執行を認諾する旨の記載のある公正証書を作成すること。この公正証書は、民事執行法第22条第5号により債務名義となり、買主が再び支払を怠った場合に、訴訟を経ずに預金や不動産に対する強制執行を行うことができます。公証役場での作成には、双方の出頭又は委任状、印鑑登録証明書、契約書の案文が必要となり、手数料は請求金額に応じて定まります。
これらに加えて、対象会社の月次試算表及び資金繰り表を定期的に提出させる義務、役員報酬の上限の設定、剰余金の配当の制限といった条項を置くことで、支払原資の流出を抑えることができます。また、遅延損害金の一部を免除するなど買主に譲歩する場合には、無条件の免除とするのではなく、合意した支払を完済したときに初めて免除の効果が生じる形とし、途中で支払を怠れば免除がなかったものとして全額が残る建て付けにしておくことが肝要です。
仮差押え及び訴訟の検討
買主に支払の意思が乏しく、財産を処分するおそれがある場合には、仮差押えを検討いたします。仮差押えは、金銭の支払を目的とする債権について、将来の強制執行が困難となるおそれがあるときに、あらかじめ買主の財産を押さえておく手続です。民事保全法第20条第1項がその要件を定めております。対象としては、買主の預金債権、買主が対象会社等に対して有する売掛金債権、買主所有の不動産、買主が保有する対象会社の株式などが考えられます。預金債権を対象とする場合には、金融機関名と支店名を特定する必要がありますので、過去の入金記録から取引金融機関を把握しておくことが役立ちます。
仮差押えを申し立てるには、請求債権の存在と保全の必要性を疎明する資料が必要です。株式譲渡契約書、覚書、入金の記録、催告書とその配達証明、買主の財産に関する資料などを準備いたします。また、民事保全法第14条第1項により、裁判所は担保を立てさせて保全命令を発することができるとされており、実務上は請求債権額の一定割合に相当する金銭を供託することが求められます。この金額は事案により異なりますが、相応の資金の準備が必要となる点にご留意ください。
仮差押えは買主に知られる前に行うことに意味がありますが、他方で、預金を押さえられた買主の信用が損なわれ、事業の継続が困難となる可能性もあります。買主の事業が唯一の支払原資である場合には、この副作用を織り込んだうえで判断する必要があります。
本案の訴訟では、期限の利益の喪失が生じているか否か、買主が主張する表明保証違反及び相殺に理由があるか否かが主たる争点となることが通例です。判決を得るまでには相応の期間を要し、弁護士費用及び印紙代も必要となりますので、買主の資力の見込みと照らして費用対効果を検討してください。なお、消滅時効については、分割払いの各回の債権ごとに進行いたしますので、古い回の分から順に時効の完成が迫ってまいります。訴えの提起により時効の完成は猶予され、確定判決によって更新されますので、時効の管理も訴訟提起の時期を決める要素の一つとなります。
よくあるご質問
分割払いの譲渡代金が滞った場面について、売主の方から実際にお寄せいただくことの多いご質問を整理いたしました。いずれも結論は契約書の文言と買主の資力によって左右されますので、あくまで一般的な考え方としてお読みください。
1回でも支払が遅れたら、残額の全部を請求できますか
株式譲渡契約書に、1回でも支払を怠れば当然に期限の利益を失う旨の定めがあれば、残額の全部を請求し得ます。定めがない場合には、原則として遅滞した回の分だけを請求することとなり、残額全部を直ちに請求することはできません。まずは条項の文言をご確認ください。
期限の利益喪失条項がない場合、契約を解除できますか
相当の期間を定めて催告をしたうえで解除をする余地はあります。もっとも、解除をいたしますと株式を取り戻して受領済みの代金を返還することとなり、既に買主のもとで経営されている会社の状態を譲渡前に戻すことは事実上困難です。実務上は、解除ではなく代金の請求と担保の実行を軸に組み立てることが多くあります。
遅延損害金はどのように計算いたしますか
株式譲渡契約書に利率の定めがあればその利率により、定めがなければ法定利率によります。法定利率は変動する仕組みとなっておりますので、遅滞に陥った時点で適用される割合を確認する必要があります。計算の起算日は、各回の支払期日の翌日となるのが通常です。
買主が簿外債務を理由に支払を拒んでおります。応じるべきでしょうか
直ちに応じる必要はありません。まずは、どの表明保証条項に違反する、どのような事実があり、いくらの損害が生じたのかを、資料とともに書面で特定するよう求めてください。あわせて、補償を請求できる期間の制限や金額の下限の定めを徒過していないか、デュー・ディリジェンスで開示済みの事項ではないかをご確認ください。
再度の分割に応じますと、かえって回収が遠のきませんか
単に期限を延ばすだけであればそのおそれがあります。そのため、残債務の承認、当然に期限の利益を失う旨の条項、担保の追加、強制執行を認諾する旨の記載のある公正証書の作成という四つを揃えることが前提となります。これらを揃えることで、次に支払が滞った場合に速やかに強制執行へ移ることができ、従前より地位が改善されることになります。
買主が対象会社の代表者ですが、対象会社に請求できますか
株式譲渡代金の債務を負っているのは買主個人であり、対象会社は当事者ではありませんので、原則として対象会社に請求することはできません。対象会社が連帯保証をしている場合や、代金の一部を対象会社からの役員退職慰労金として支払う建て付けとしていた場合には、その限りで対象会社に対する請求が可能となる余地があります。契約書と株主総会議事録をご確認ください。
具体的なご相談をお考えの皆様へ
本ページの主題に関し、当事務所の取扱内容、対応の進め方及び費用の考え方は、次のご案内のページに整理しています。あわせてご覧ください。


