クロージングの延期を要する場合と許認可・行政手続が間に合わない場合の対応
この記事の位置付け
許認可の承継、行政庁への届出又は第三者の同意が期日までに整わない場合には、クロージングの延期を要します。本記事では、延期の合意の作り方及びこれに伴う経済的な調整を、売主買主の双方の視点から整理いたします。
クロージングの前提条件が満たされない場合の対応については別の記事で扱っています。あわせて御覧ください。
株式譲渡契約に調印し、あとは決められた期日に代金を受け取って株主名簿の書換えを済ませるだけ、という段階まで来ていたのに、その期日の直前になって、どうしても間に合わないという連絡が入ることがあります。買主が申請していた許認可の承継の手続が終わっていない、行政庁に提出した届出について何の応答も返ってこない、公正取引委員会への届出に係る待機の期間がまだ満了していない、主要な取引先から契約上必要な同意が取れていない、金融機関が個人保証の解除に応じる回答をまだ出していない、あるいは買主の借入れの実行日が後ろにずれた、といった事情です。
この場面で当事者が最初に感じるのは、強い不安です。売主からすれば、代金がいつ入るのか分からないまま、会社の経営権だけが宙に浮いた状態が続きます。買主からすれば、投じた費用と社内の説得が無駄になるのではないか、売主が別の相手に流れてしまうのではないかという懸念が生じます。そして、双方が疑心暗鬼のまま口頭のやり取りだけで日を送ると、後になって、いつまでに何をすることになっていたのか、その間に会社の価値が下がったのは誰の責任か、という新たな争いが起こります。中小企業のM&Aでは、この段階の処理を書面にしなかったために、それまで順調だった取引が一気に壊れるという例が少なくありません。
ここでは、株式譲渡契約の締結後、予定された期日にクロージングを行うことができない場合の対応を、実務の手順として整理します。延期を要する事由の類型、許認可及び行政手続に固有の論点、延期の合意の作り方、経済的な調整、長期化した場合の解除、延期の間に対象会社に生じた変動の取扱い、そして相手方が延期に応じない場合の対応という順に見ていきます。譲渡代金が1億円から10億円程度の非上場の同族企業を念頭に置き、売主の立場と買主の立場の双方から述べます。
クロージングを予定どおり行うことができない場面
まず、何が起きているのかを正確に把握することから始めます。延期という言葉で一括りにされがちですが、原因によって取るべき対応も、責任の所在も、交渉における立場の強弱も大きく異なります。事情が判明した時点で、それがどの類型に当たるのかを整理し、当事者の双方が同じ認識を持つことが出発点になります。
クロージングという言葉が指す内容を確認します
クロージングとは、株式譲渡契約に定められた義務を当事者が同時に履行し、取引を完了させる手続を指します。中小企業の株式譲渡では、通常、買主が譲渡代金を送金し、売主が株券又は株式の譲渡に必要な書類を交付し、対象会社が株主名簿の書換えを行い、あわせて役員の変更に関する株主総会及び取締役会の決議、代表者の交代、印鑑及び通帳の引渡し、個人保証の解除に関する金融機関との手続が同じ日に行われます。これらは一体として組み立てられていますので、一つの要素が欠けると全体が動かなくなります。延期を検討する場合には、どの要素が欠けているのか、他の要素だけを先に行うことができるのかを、契約書の条項に沿って一つずつ確認します。
延期を要する事由の主な類型を整理します
実務で生じる事由は、おおむね次のように分けられます。それぞれ、対応の道筋が異なります。
- 許認可の承継又は新規の取得の手続が期日までに終わらない場合
- 行政庁に提出した届出又は申請に対する応答が得られない場合
- 企業結合に関する公正取引委員会への届出に係る待機の期間が満了していない場合
- 取引先、賃貸人、フランチャイズの本部その他の第三者から契約上必要な同意が得られない場合
- 金融機関から、借入れの継続又は個人保証の解除について承諾が得られない場合
- 買主の資金調達が遅れている場合
- 対象会社に新たな事象が生じ、その内容と影響の確認に時間を要する場合
このうち、行政庁の判断を待つほかない類型と、当事者の努力によって解消できる類型とでは、扱いを変える必要があります。前者については、誠実に手続を進めているかどうかが問題となり、後者については、期日を守れなかったこと自体が契約上の義務の違反に当たらないかが問題となります。
いずれの当事者の事情によるものかを切り分けます
延期の原因が、売主の側の事情によるのか、買主の側の事情によるのか、それともいずれの当事者の責めにも帰することができない外部の事情によるのかを、早い段階で切り分けます。許認可の承継について申請の主体が買主であるのか対象会社であるのか、必要な資料を提出する義務を負っていたのはどちらか、遅延の原因が資料の不備にあるのか行政庁の処理の混雑にあるのかを、申請書の控え、行政庁とのやり取りの記録、受付の日付が分かる書面によって確認します。この切り分けは、後に述べる費用の負担や対価の調整、さらには解除の可否を判断する際の基礎になります。感情的な非難の応酬になる前に、事実の経過を時系列で書き出しておくことが有効です。
許認可の承継又は取得が間に合わない場合
クロージングの延期を要する事由のうち、最も多く、そして最も見通しが立ちにくいのが許認可に関するものです。株式譲渡は会社の株主が変わるだけの取引であり、会社そのものは存続しますので、原則として会社が有する許認可はそのまま残ると説明されることがあります。しかし、これは業種によって大きく異なり、そのまま当てはまらない場面が数多くあります。
承継されるものと新規の取得を要するものを区別します
許認可には、株主が変わっても当然に効力を維持するもの、株主の変更を届け出れば足りるもの、事前に承認を得なければならないもの、そして実質的に新規の取得と同様の審査を受けるものがあります。また、法人そのものに与えられる許認可と、一定の資格を有する者が在籍していることを条件とする許認可とでは、株主の交代に伴って役員や有資格者が退任する場合の扱いが変わります。建設業、産業廃棄物の処理業、宅地建物取引業、運送業、医療及び介護に関する事業、人材の紹介及び派遣に関する事業、金融に関する事業、酒類の販売業など、規制の枠組みは業種により大きく異なりますので、一般論で判断してはなりません。対象会社が有する許認可の一覧を作成し、それぞれについて根拠となる法令、所管する行政庁、有効期間、更新の時期、株主の変更に伴う手続の要否を表にして確認することが必要です。
所管する行政庁への事前の相談を欠かしません
許認可に関する取扱いは、法令の文言だけでは判断できないことが多く、所管する行政庁の運用によって結論が変わる場面があります。株主の変更にとどまるのか、役員の変更を伴うのか、営業所の所在地や名称を変更するのか、専任の技術者や管理者が交代するのかによって、必要となる手続が変わります。したがって、最終契約の締結前、遅くとも締結後の早い段階で、所管する行政庁の窓口に対し、事案の概要を示して事前に相談することが望まれます。その際には、想定している日程、株主の構成の変更の内容、役員の変更の予定、有資格者の在籍の状況を整理した資料を持参し、必要な書類と標準的な処理の期間を確認します。相談の内容と回答は、日付、担当した部署、確認した事項を記録に残しておきます。担当者の交代によって説明が変わることもありますので、書面による回答を得られる場合には、それを求めることが安全です。個別の業法における許認可の要否及び承継の可否については、業種により異なりますので、必ず所管する行政庁に事前に確認することが望まれます。
手続に要する期間を見積もり、日程に織り込みます
行政の手続には、法令又は運用によって標準的な処理の期間が定められていることがあります。もっとも、この期間は、書類が受理されてから起算されるのが通常であり、事前の相談や書類の補正に要する時間は含まれません。さらに、年度の変わり目や制度の改正の時期には処理が滞ることもあります。したがって、日程を組む際には、標準的な処理の期間に相当の余裕を加えたうえで、クロージングの期日を設定します。実務では、申請の受理の日、補正の指示があった日と内容、補正を提出した日、審査の状況を確認した日を記録した進捗の表を作成し、当事者の双方が同じ表を見ながら進めることが有効です。買主の側だけが手続を進めていると、売主は状況が分からず不安を募らせますので、週に1回といった頻度で状況を共有する取決めをしておくと、無用な不信を避けることができます。
期日までに得られない場合の暫定的な措置を検討します
許認可が期日までに得られない場合に、取引の一部だけを先に進めることができないかを検討することがあります。例えば、代金の一部のみを先に支払い、残額を許認可の取得後に支払うという方法、株式の一部のみを先に譲渡し、残りを後に譲渡するという方法、あるいは現在の代表者に一定の期間だけ在任を継続してもらい、許認可の要件を満たす体制を維持するという方法です。ただし、これらの措置は、業種によっては、実質的に無許可での営業や名義の貸与に当たると評価される危険を伴います。許認可の要件を形式的に満たすためだけに役員の地位を残すという取扱いは、行政庁の判断によっては是正の指導の対象となり得ます。暫定的な措置を採る場合には、必ず所管する行政庁に対し、想定している体制を具体的に示して確認を求め、その結果を踏まえて設計することが望まれます。安易な便法は、後に許認可そのものを失う結果を招きかねません。
行政庁への届出及び公正取引委員会への届出の取扱い
許認可の承継とは別に、届出を要する場面があります。届出は、許認可に比べて手続が軽いと考えられがちですが、応答が得られないまま日が過ぎることもあり、また、届出をしたうえで一定の期間が経過しなければ取引を実行できないという仕組みが置かれている場合もあります。
届出に対する応答が得られない場合の対応
届出は、受理されることによって効力が生じるものと、受理そのものが要件とはされないものとがあります。契約書において、クロージングの前提条件として「関係する行政庁への届出が完了していること」と定めている場合、この「完了」が何を指すのかが問題になります。書類を提出したことをもって完了とするのか、受理の印を得たことをもって完了とするのか、あるいは行政庁から何らかの応答があったことを要するのかを、条項の文言に沿って確認します。曖昧な場合には、当事者の間で解釈を確認し、書面に残します。応答が得られない状態が続く場合には、担当の窓口に対して処理の状況を照会し、照会の日付と回答の内容を記録します。行政庁の内部の処理が滞っているだけであるのか、こちらの提出した書類に不備があるのかによって、対応が変わるからです。
企業結合に関する届出と待機の期間
一定の規模を超える会社の株式を取得する場合には、公正取引委員会に対して事前に届出を行い、届出が受理された日から一定の期間が経過するまでは株式の取得をしてはならないとされています。この期間は、公正取引委員会の判断により短縮されることがある一方、詳細な審査に移行した場合には、追加の資料の提出を求められ、審査の期間がさらに延びることがあります。中小企業のM&Aでは届出の基準に達しない事案が多いものの、買主が大きな企業集団に属している場合には、対象会社の規模が小さくても届出を要することがありますので、買主の側の売上高の合計額を確認しておく必要があります。届出を要するかどうかの判断は、算定の方法が細かく定められていますので、早い段階で確認し、必要であれば公正取引委員会に事前に相談することが望まれます。待機の期間が満了しないままクロージングを行うことは避けなければなりませんので、この事由による延期は、当事者が受け入れるほかない類型に属します。
第三者の同意、金融機関の承諾及び資金調達の遅れ
行政に関する手続のほかにも、相手方のある手続が原因で期日が守れなくなることがあります。これらは、行政の手続と異なり、交渉によって解決できる余地が残されている点に特徴があります。
取引先及び賃貸人からの同意
継続的な取引に関する基本契約、賃貸借契約、フランチャイズ契約、代理店契約、システムの利用に関する契約などには、株主の変更があった場合に相手方の承諾を要する旨の条項や、相手方が契約を解除できる旨の条項が置かれていることがあります。これらの条項に該当する契約を洗い出し、承諾を求める順序と時期を決めます。主要な取引先に対して早い時期に説明をすると、情報が広がる危険がありますので、契約の重要度と情報の管理の必要性を勘案して、誰にいつ話すかを設計します。承諾が得られない場合には、その契約を除外して取引を進めることができるのか、代替の取引先を確保できるのか、価格の調整により対応するのかを検討します。承諾の取得を前提条件としている場合には、その条件を放棄することができるのは誰かを、条項に沿って確認します。
金融機関の承諾及び個人保証の解除
中小企業では、対象会社の借入れについて売主である経営者が個人で連帯保証をしていることが通常です。売主にとっては、この保証が外れることがクロージングの最も重要な目的の一つであり、これが得られないまま代金だけを受け取ることは、大きな危険を残します。金融機関は、新たな経営者の資力と経営の方針、事業の見通しを審査したうえで判断しますので、審査に時間を要することがあります。買主が代わって保証を差し入れるのか、担保の差替えを行うのか、借入れを買主の側の資金で返済してしまうのかによって、必要な手続と期間が変わります。この事由による延期に直面した場合には、金融機関の担当者に対し、審査の状況と見込みの時期を確認し、必要であれば当事者の双方が同席して説明を行うことが有効です。売主としては、保証の解除が得られるまでは株式の譲渡を実行しないという立場を維持することが基本になります。
買主の資金調達の遅れ
買主が借入れによって代金を賄う場合、融資の承認が得られない、実行の日が後ろにずれる、条件として追加の担保を求められたといった事情で、期日に代金を用意できないことがあります。これは、行政の手続とは異なり、買主の側の事情によるものであり、契約上の義務の違反に当たり得ます。売主としては、融資の申込みの状況を示す資料、金融機関からの回答の書面、実行の予定日を明らかにした書面の提出を求め、いつまでに支払われるのかを確認します。単に「もう少し待ってほしい」という口頭の説明だけで期日を延ばすことは避けるべきです。買主としては、資金調達の遅れが自らの事情によるものである以上、遅延損害金の負担や、費用の一部の負担を申し出るなど、誠意を示す対応が交渉の維持に役立ちます。
延期の合意の作り方
延期をすると決めたのであれば、必ず書面にします。口頭の了解や電子メールのやり取りだけで済ませると、後に、いつまでの延期であったのか、その間の義務はどうなっていたのかが分からなくなり、新たな紛争の火種になります。書面の名称は、変更合意書、覚書、株式譲渡契約の一部を変更する契約書など、いずれでも構いませんが、内容として次の事項を漏らさないことが重要です。
変更合意書に盛り込むべき事項
変更合意書には、少なくとも、変更の対象となる条項の特定、新たなクロージングの期日、延期の理由、延期の間に当事者が行うべき事項とその期限、費用の負担、そして新たな期日までにも条件が満たされない場合の取扱いを記載します。あわせて、変更した部分を除き、原契約の内容がそのまま効力を有することを確認する条項を置きます。この確認の条項がないと、変更合意書によって原契約の他の部分がどうなったのかが不明確になります。押印の主体は、原契約の当事者と同じにします。株式譲渡契約の当事者が売主である個人と買主である法人であるならば、変更合意書も同じ当事者の間で作成します。対象会社が別途の義務を負っている場合には、対象会社も当事者に加えるかどうかを検討します。
新たな期日の設定の仕方
新たな期日は、単に「1か月後」と決めるのではなく、遅延の原因となっている手続に要する期間を具体的に見積もったうえで設定します。許認可の審査が原因であるならば、行政庁に確認した見込みの時期に余裕を加えます。あわせて、期日を確定した日で定める方法のほかに、「許認可の取得を証する書面の交付を受けた日から10営業日を経過した日」といった形で、事象を基準として定める方法もあります。後者は、行政の手続の期間が読みにくい場合に有効ですが、いつまでも確定しないという不安が残りますので、これに加えて「ただし、遅くとも令和何年何月何日を超えないものとする」という最終の期限を併せて置くことが実務上は安全です。売主としては、この最終の期限を設けることが特に重要になります。
新たな期日も守られない場合の措置
延期は一度で終わるとは限りません。したがって、新たな期日にも条件が満たされなかった場合にどうするのかを、あらかじめ定めておきます。考えられる定め方としては、いずれの当事者も催告を要せずに契約を解除することができるとするもの、さらに一定の期間に限って再度の延期をすることができるとするもの、一方の当事者にのみ解除権を与えるものなどがあります。売主としては、いつまでも拘束され続ける状態を避けるため、無条件に解除できる権利を求めることが基本の立場になります。買主としては、手続が進行している以上、直ちに解除されるのは不合理であるとして、誠実に手続を進めている限り再度の延期に応じる義務を課す条項を求めることがあります。この点は、遅延の原因が誰の事情によるものかによって、落としどころが変わります。
前提条件及び表明保証の取扱い
延期の合意をする際には、前提条件と表明保証をどう扱うかを必ず確認します。前提条件については、当初の期日の時点で満たされていた条件が新たな期日においても引き続き満たされている必要があるのか、それとも当初の時点で満たされていれば足りるのかを明確にします。通常は、新たな期日において改めて満たされていることを要すると定めます。表明保証については、当初の期日を基準として述べたものを、新たな期日においても同じ内容で繰り返すのかどうかが問題となります。買主としては、新たな期日においても真実かつ正確であることを求めるのが自然です。売主としては、延期の間に生じた事情によって表明保証の違反が生じることを懸念しますので、一定の事項については除外を求めることがあります。この交渉においては、除外を求める事項を具体的に列挙し、その理由を説明することが、相手方の納得を得る近道になります。あわせて、開示書面の内容を新たな期日の時点で更新するかどうかも決めておきます。
延期に伴う経済的な調整
延期は、当事者の双方に経済的な影響を及ぼします。売主は代金の受領が遅れ、買主は事業を取得する時期が遅れます。その間に対象会社が利益を上げれば買主にとって有利になり、損失を出せば不利になります。これらの影響を、どのように調整するかを話し合います。
対価の調整
譲渡代金の額が、一定の基準日における純資産や有利子負債の額を前提として算定されている場合には、期日が動くことによって前提が崩れます。この場合の調整の方法としては、基準日をそのままとして代金の額を変更しないという方法、基準日を新たな期日に合わせて動かし、直近の決算又は月次の試算表に基づいて代金を再計算する方法、代金の額は変更せず、延期の期間に応じた一定の金額を加算又は減算する方法などがあります。いずれを採るかは、対象会社の業績の動向によって、有利となる当事者が変わります。売主としては、業績が好調であるならば基準日を動かすことを求め、買主としては、業績が悪化しているならば同じ主張をすることになります。感情的な駆け引きになりやすい論点ですので、直近の月次の試算表を双方が確認したうえで、客観的な数値に基づいて話し合うことが望まれます。
遅延に伴う金銭の負担
延期の原因が一方の当事者の事情によるものである場合には、その当事者が相手方に対して一定の金銭を支払うことを合意することがあります。買主の資金調達の遅れが原因であるならば、売主に対し、代金の額に一定の利率を乗じた金額を延期の期間に応じて支払うという定め方が考えられます。契約に遅延損害金に関する条項が置かれている場合には、まずその条項の適用の有無を確認します。他方、行政の手続の遅れのように、いずれの当事者の責めにも帰することができない事由による場合には、金銭の負担を求めないとするのが一般的です。ただし、その場合でも、対象会社が生み出した利益の帰属をどう扱うかという問題は残りますので、対価の調整の枠組みの中で整理します。
費用の負担
延期によって、追加の費用が発生します。弁護士、公認会計士、税理士に対する報酬、M&A仲介業者又はファイナンシャル・アドバイザーに対する報酬の追加、司法書士の費用、行政の手続に要する手数料、資料の再取得の費用などです。これらを誰が負担するのかを、変更合意書に明記します。原則として各自が負担するとしたうえで、遅延の原因を作った当事者が相手方の追加の費用のうち一定の範囲を負担する、という定め方が実務ではよく用いられます。負担の範囲を定める際には、上限の金額を設けておくと、後の争いを防ぐことができます。また、M&A仲介会社に対する報酬については、契約の期間や成功報酬の発生の時期に関する定めを確認し、延期によって不利益が生じないかを点検します。
延期が長期化した場合の解除の可能性
延期を重ねても条件が整わない場合、いつかは、この取引を終わらせるという判断をしなければなりません。その判断の基礎になるのが、契約に定められた解除に関する条項です。
解除権の行使ができる場面を確認します
株式譲渡契約には、通常、一定の日までにクロージングが行われない場合に契約を解除することができるという条項が置かれています。この条項の適用に当たっては、基準となる日がいつか、解除の意思表示に催告を要するか、解除をすることができるのはいずれの当事者か、自らの義務の違反によって条件が満たされていない当事者も解除をすることができるのかを確認します。多くの契約では、自らの違反によって条件が満たされていない当事者は解除をすることができないと定められています。したがって、資金調達の遅れによって期日を守れなかった買主が、その事実を理由として解除をすることは、通常は認められません。契約にこの点の定めがない場合には、民法の一般の規定に照らして判断されることになりますが、判断が分かれ得ますので、変更合意書を作成する段階で明確にしておくことが望まれます。
解除に伴う清算を設計します
解除をする場合には、それまでに交付された金銭と情報の処理を決めます。買主が保証金や手付として金銭を差し入れている場合には、その返還の要否と時期を確認します。デュー・ディリジェンスの過程で買主が受領した対象会社の資料については、返還又は廃棄を求め、その完了について報告を求めます。秘密保持に関する義務が解除の後も存続することを確認し、対象会社の従業員に対する勧誘を行わない義務の期間も確認します。あわせて、取引が行われなかったことについて、対象会社の従業員、取引先、金融機関に対してどのように説明するかを、当事者の間で調整します。この説明を怠ると、対象会社の信用に影響が及ぶことがありますので、売主にとっては重要な事項になります。
延期の間に対象会社に生じた変動の取扱い
延期の期間中も、対象会社の事業は動き続けます。売上が立ち、費用が発生し、人が入れ替わり、契約が更新されます。この間の変動をどう扱うかを決めておかないと、新たな期日の直前になって、価格の交渉が蒸し返されることになります。
事業の運営に関する制約を確認します
株式譲渡契約には、通常、締結からクロージングまでの間、売主は対象会社に従来と同様の方法で事業を運営させ、一定の行為については買主の事前の承諾を得なければならないという条項が置かれています。延期によってこの期間が延びますので、承諾を要する行為の範囲と、承諾を求める手続を改めて確認します。設備の購入、新たな借入れ、役員又は従業員の報酬の変更、重要な契約の締結及び解約、資産の処分、配当の実施などが対象になることが通常です。売主としては、日常の経営が過度に縛られることを避けるため、金額の基準を設けて、それを超えるものに限って承諾を要するという整理を求めることが考えられます。買主としては、延期の期間が長引くほど、承諾を要する範囲を維持する必要性が高まります。
決算期をまたぐ場合の取扱い
延期によって対象会社の決算期をまたぐことになる場合には、追加の検討が必要です。新たな事業年度の計算書類が作成されること、定時株主総会において計算書類の承認と役員の選任が行われること、税務の申告が行われること、配当の可否が問題となることなどが生じます。売主が在任している間に決算と申告を済ませることになりますので、その内容について買主に説明し、確認を得る手順を定めておきます。あわせて、代金の算定の基準となる純資産の額を、新たな決算の数値に基づいて見直すかどうかを決めます。役員の任期が満了する場合には、いったん現在の役員を再任するのか、買主が指名する者を選任するのかを、クロージングの時期との関係で調整します。
従業員及び取引先への説明を調整します
期日が延びると、社内で何かが起きているという察知が広がることがあります。特に、株式の譲渡について一部の従業員に説明を済ませていた場合には、予定していた日が過ぎたことによって、話が流れたのではないかという憶測が生じます。中核となる従業員が不安から退職してしまうと、対象会社の価値が損なわれ、買主が取引の見直しを求める事態にもつながります。したがって、延期を決めた段階で、誰に対して、いつ、どこまでを説明するのかを、売主と買主が協議して決めます。取引先や金融機関に対しても、必要な範囲で、時期が後ろにずれた旨を伝えるかどうかを判断します。説明の内容を統一しておかないと、売主と買主から異なる話が伝わり、かえって不信を招きます。
相手方が延期に応じない場合の対応
延期には、原則として当事者の双方の合意が必要です。一方が延期を求め、他方がこれに応じないという場面では、契約の条項に立ち返って、それぞれの立場でできることを整理します。
売主が延期に応じない場合
買主の資金調達の遅れなど、買主の側の事情による延期の求めに対し、売主が応じないことがあります。売主としては、契約に定められた期日に代金が支払われない以上、債務の不履行に当たるとして、履行を求めるか、契約を解除して他の相手方との交渉に移るかを選ぶことになります。解除をする場合には、契約の条項に従って、催告の要否、意思表示の方法、違約金に関する定めの有無を確認します。他方、直ちに解除することが売主にとって最善であるとは限りません。他に買主の候補がいない場合、対象会社の事業の承継が急がれる場合には、条件を付したうえで延期に応じるほうが合理的なこともあります。その場合には、遅延に伴う金銭の負担、新たな期日の厳守、期日を再度守れなかった場合の違約金といった条件を求めることが考えられます。
買主が延期に応じない場合
売主の側の事情、例えば必要な資料の提出が遅れている、対象会社の許認可に関する手続が進んでいないといった事情による延期の求めに対し、買主が応じないことがあります。買主としては、前提条件が満たされていない以上、クロージングを行う義務を負わないと主張し、契約の解除を選ぶことができます。もっとも、買主が既に多額の費用を投じている場合や、事業の取得そのものに強い必要がある場合には、解除は最善の選択とはなりません。その場合には、代金の一部を留保して後日に支払う、条件が満たされなかった事項について売主に補償を約束させる、あるいは特定の資産や契約を取引の対象から除外するといった調整により、取引を維持する方法を検討します。
交渉が決裂した場合に備えます
延期をめぐる交渉が決裂する可能性がある場合には、その先を見据えた準備をしておきます。当事者の間で取り交わした書面、電子メール、議事の記録、行政庁とのやり取りの記録を時系列で整理し、いつ、誰が、何を約束し、何が履行されなかったのかを説明できる状態にします。特に、遅延の原因がどちらの事情によるものかを示す資料は、後に責任の所在が争われた際の決め手になります。また、対象会社の事業に影響が及ぶことを避けるため、従業員及び取引先に対する説明の方針を先に固めておきます。この段階に至った場合には、当事者だけで処理をせず、早い時期に弁護士に相談し、通知の文面と送付の時期を検討することが望まれます。
よくあるご質問
ここでは、クロージングの延期に関して、売主及び買主の双方からよくお寄せいただく質問を取り上げます。個別の事案では、契約書の条項、対象会社の業種、許認可の内容によって結論が変わりますので、具体的な判断に当たっては、契約書と関係する資料を手元に置いたうえで、弁護士にご確認いただくことが望まれます。
クロージングの期日を過ぎてしまいましたが、契約は自動的に効力を失うのでしょうか
期日を過ぎたことのみによって契約が当然に効力を失うとは限りません。多くの株式譲渡契約では、一定の日までにクロージングが行われない場合に、当事者が解除をすることができると定められており、解除の意思表示があって初めて契約が終了します。したがって、まずは契約書の解除に関する条項を確認し、基準となる日、解除をすることができる当事者、催告の要否を確認してください。そのうえで、取引を続けるのであれば速やかに変更合意書を作成し、続けないのであれば所定の方法で解除の意思表示を行うことになります。何もしないまま日を送ることが、最も避けるべき対応です。
許認可の承継の手続が進まないのですが、先に代金だけを受け取ることはできますか
代金の一部を先に受け取り、残額を許認可の取得後に受け取るという設計は、実務上、用いられることがあります。ただし、株式の譲渡そのものを先に実行してしまうと、許認可の要件を満たさない状態で事業が行われる結果となる危険があります。許認可の要否及び承継の可否は業種により異なりますので、こうした段階的な実行が許されるかどうかについては、所管する行政庁に事前に確認することが望まれます。行政庁の確認を得ないまま便宜的な処理を行うと、後に許認可そのものを失う事態を招きかねません。
延期の合意は、電子メールのやり取りだけでも有効でしょうか
当事者の意思が合致していれば、書面がなくとも合意としての効力が生じ得ます。しかし、後に、いつまでの延期であったのか、その間の前提条件や表明保証をどう扱うことにしていたのか、費用は誰が負担することになっていたのかが争われたときに、電子メールのやり取りだけでは立証が難しくなります。株式譲渡は金額も大きく、関係する事項も多岐にわたりますので、必ず変更合意書を作成し、双方が記名して押印することをお勧めします。作成に時間を要する場合には、まず要点を確認する簡潔な書面を取り交わし、後日、正式な変更合意書を作成するという方法も採り得ます。
延期の間に対象会社の業績が悪化した場合、代金を減額してもらえますか
当然に減額されるわけではありません。契約に、一定の事象が生じた場合に買主がクロージングを行う義務を負わないとする条項が置かれている場合や、純資産の額に応じて代金を調整する条項が置かれている場合には、それらの条項に従って処理されます。そうした条項がない場合には、当事者の協議によることになります。買主としては、悪化の原因、程度、回復の見込みを示す資料を用意して減額を求めることになりますし、売主としては、一時的な要因によるものであること、既に対策を講じていることを示して反論することになります。いずれにしても、直近の月次の試算表と資金繰りの表を双方が共有することが、議論の出発点になります。
買主の資金調達が遅れている場合、遅延損害金を請求できますか
契約に遅延損害金に関する条項が置かれていれば、その条項に従って請求し得ます。条項がない場合でも、代金の支払が遅れたことによる損害の賠償を求める余地はありますが、認められる範囲は事案により異なります。実務上は、争いにするよりも、延期に応じる条件として一定の金銭の支払を合意するほうが、円滑に進むことが多くあります。その際には、算定の方法、支払の時期、支払われなかった場合の取扱いを、変更合意書に明記してください。あわせて、新たな期日までに融資が実行される見込みを示す金融機関の書面の提出を求めることが有効です。
延期を繰り返す買主に対し、いつまで待てばよいのでしょうか
待つ期間に定まった基準はありませんので、契約及び変更合意書に最終の期限を設けることによって、自ら区切りを作ることになります。既に最終の期限を過ぎている場合には、解除に関する条項に従って対応を検討します。判断に当たっては、他に買主の候補がいるかどうか、対象会社の事業がどれだけの期間、現在の体制を維持できるか、従業員や取引先への影響がどの程度かを併せて考えます。延期に応じ続けることが、必ずしも売主の利益になるとは限りません。区切りを設けたうえで、それを相手方に明確に伝えることが、かえって手続の進行を促すこともあります。
公正取引委員会への届出が必要かどうかは、どう確認すればよいですか
届出の要否は、当事者となる会社が属する企業集団の国内における売上高の合計額と、取得する株式に係る議決権の割合を基準として判断されます。中小企業のM&Aであっても、買主が大きな企業集団に属している場合には、届出を要することがあります。まずは、買主の側の企業集団の範囲と売上高の合計額を確認し、判断が難しい場合には、公正取引委員会に対して事前に相談することが望まれます。届出を要する場合には、受理された日から一定の期間が経過するまで株式の取得をすることができませんので、この期間を日程に必ず織り込んでください。
まとめ
クロージングの延期は、取引が壊れる前触れであることもあれば、単に手続に時間がかかっているだけであることもあります。両者を分けるのは、当事者が事実を正確に把握し、その内容を書面に落とし、次の期日と条件を明確にしているかどうかです。延期を要する事情が生じたときには、まず原因を特定し、それがいずれの当事者の事情によるものかを切り分け、解消までに要する期間を見積もります。そのうえで、変更合意書を作成し、新たな期日、その期日も守られなかった場合の措置、前提条件と表明保証の取扱い、経済的な調整、費用の負担を定めます。
許認可及び行政の手続に関する事由については、当事者の努力だけでは解消できない部分が残ります。だからこそ、契約の締結の前から、対象会社が有する許認可を一覧にし、所管する行政庁に事前に相談し、標準的な処理の期間に余裕を加えて日程を組むことが必要になります。許認可の要否及び承継の可否は業種により異なりますので、一般的な説明をそのまま当てはめず、必ず所管する行政庁に確認することが望まれます。
弁護士法人M&A総合法律事務所では、株式譲渡契約の締結後にクロージングを予定どおり行うことができなくなった事案について、原因の整理、変更合意書の作成、経済的な調整の交渉、解除の可否の検討、そして交渉が決裂した場合の対応まで、売主の立場と買主の立場のいずれからもお取り扱いしています。期日が迫っている、あるいは既に期日を過ぎているという段階でも、採り得る手段は残されていることが多くあります。契約書、変更に関するやり取りの記録、行政庁との連絡の記録をお持ちのうえ、早い段階でご相談ください。
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