M&Aの最終契約書へ署名する前に売主が最低限確認すべき条項
この記事の位置付け
最終契約書は、署名の後に修正することが著しく困難となる書面です。本記事では、売主が署名の前に最低限確認しておくべき条項を、確認の順序に沿って整理いたします。
クロージングの前提条件が満たされない場合の対応については別の記事で扱っています。あわせて御覧ください。
株式譲渡契約の最終版が届き、署名の日取りと場所まで決まりますと、多くの売主の方は、これまでの交渉で使い果たした気力のまま、契約書の細部を読み込まないで当日を迎えます。デュー・ディリジェンスの資料の提出に追われ、従業員に気取られないよう気を配り、買主候補との面談を重ねた末の最終段階ですから、無理からぬところです。しかし、署名の瞬間に確定するものは、譲渡代金の金額だけではありません。
最終契約書には、代金をいつどのように受け取るのか、代金を受け取れなくなる場合があるのか、署名の後に売主が何をしなければならないのか、後日に受け取った代金の一部を返さなければならなくなる場合があるのか、譲渡の後にどのような仕事が制限されるのか、といった、売主の生活と財産に長く影響する約束が、すべて書き込まれています。これらは、署名の後になって「そういう意味とは思っていなかった」と申し出ても、原則として動きません。
本稿では、株式譲渡契約その他のM&Aの最終契約書について、売主が署名の前に最低限確認しておくべき条項を、確認の順序に沿って整理します。譲渡代金が1億円から10億円程度の、同族経営の非上場の会社を譲り渡す場面を想定します。条項の一つ一つについて、何を見るのか、何と照らし合わせるのか、疑問が残った場合に買主へどのように申し入れるのかを、具体的に述べます。
署名前の確認は順序を定めて行います
最終契約書は、株式譲渡契約の本文だけでも30ページから50ページ程度になり、これに別紙、開示別紙、様式の雛型が加わりますと、全体で100ページを超えることも珍しくありません。これを冒頭から順に読み通そうとしますと、途中で力尽きるか、細かい語句にとらわれて全体の骨格を見失うかのいずれかになります。そこで、読む順序を先に決めます。売主にとって影響の大きい順に読み、影響の小さい条項は最後に回します。
最後の数日で読み始めるのでは間に合いません
最終契約書の草案は、通常、買主側の弁護士が作成し、署名の2週間から4週間ほど前に売主側へ提示されます。売主としては、この草案を受け取った日から読み始めます。署名の直前になって疑問を申し出ますと、買主側から「今さらその話を蒸し返すのですか」と言われ、日程の圧力を理由に押し切られる展開になりがちです。逆に、早い段階で論点を出しておけば、双方の弁護士の間で調整する時間が確保できます。
読む時間が取れない場合は、その旨を率直に伝え、署名の日を数日先に延ばすよう申し入れます。日程は動かせないものではありません。会社の決算期や役員の任期の関係で動かしにくい事情があるのであれば、その事情を具体的に説明してもらいます。理由の説明がないまま急がされる場合、その急ぎ方自体が一つの警告と受け取るべき場面もあります。
確認の順序を10の段階に分けます
本稿では、次の順序で確認することをお勧めします。この順序は、売主が失うおそれのある金額の大きさと、後から取り返しがつかない度合いの高さによって組み立てています。
- 譲渡の対象と対価に関する条項
- クロージングの前提条件に関する条項
- 表明保証に関する条項
- 誓約事項に関する条項
- 補償に関する条項
- 解除に関する条項
- 秘密保持及び公表に関する条項
- 紛争解決に関する条項
- 別紙及び開示別紙と本文との整合
- 署名の直前に行う最終の確認の作業
この10の段階のうち、第1から第5までで売主のお金に関わる事柄がほぼ尽きます。時間が限られる場合であっても、この5つだけは自らの目で読んでいただきたいところです。第6以降は、事故が起きたときに初めて効いてくる条項ですが、事故が起きてから読んでも遅いという点では同じです。
版を1本に絞って管理します
交渉の過程では、修正履歴の付いた版、履歴を消した版、条項ごとに切り出した版が、電子メールで何往復もします。売主側で管理する版を1本に決め、受け取った日時と送信者を記録しておきます。M&A仲介業者が間に入っている場合、買主の弁護士からM&A仲介業者の担当者を経て売主へ届く経路になりますので、途中で古い版が混ざる余地があります。署名の対象となる版がどれであるかは、後述するとおり、当日の朝に改めて突き合わせます。
譲渡の対象と対価に関する条項を確認します
最初に読むのは、何を譲り渡し、いくらを、いつ、どのような方法で受け取るのかを定めた条項です。ここは契約書の第1条から第3条あたりに置かれていることが多く、分量としては数ページにすぎませんが、売主にとっての意味は最も大きい部分です。金額だけを見て安心せず、金額に至る計算と、受け取りの時期と方法まで確認します。
譲り渡す対象が過不足なく特定されているか
株式譲渡であれば、譲渡の対象となる株式の種類と数が明記されます。売主の手元の株主名簿の記載と、契約書の記載とを、1株の単位まで突き合わせます。同族経営の会社では、先代の相続の際の分割が登記や名簿に反映されていない、配偶者や子の名義で保有している分がある、従業員持株会の分がある、といった事情から、実際の保有数と契約書の数が食い違うことがあります。
複数の株主が売主として並ぶ場合は、誰が何株を譲り渡し、代金をどのように配分するのかが、別紙にまとめられているのが通常です。この別紙の合計が契約書本文の総数と一致するか、各人の代金の合計が総額と一致するかを、電卓を使って確かめます。また、株式のほかに、社長個人が所有する土地や建物を会社又は買主へ売る取引が同時に行われる場合、その売買契約が別の契約書になっているのか同じ契約書に含まれるのかを確かめ、いずれか一方だけが実行されて他方が実行されない事態にならないよう、双方の実行が結び付けられているかを見ます。
1株当たりの価額と総額の計算が合っているか
1株当たりの価額に株式数を乗じた額が、契約書に書かれた総額と一致するかを計算します。単純な話に見えますが、交渉の過程で総額を先に動かし、1株当たりの価額の修正を忘れる、という食い違いは実際に起こります。端数の処理についても、切り捨てるのか四捨五入するのかが書かれているかを見ます。
価額の調整の仕組みが入っている場合は、より慎重な確認が必要です。基準となる日の純資産や運転資本の額と、実際の額との差を代金に反映する仕組みが置かれることがあります。この場合、基準となる金額はいくらか、どの会計の基準で計算するのか、誰が計算書を作り、いつまでに相手方へ提出するのか、相手方が異議を述べる期間はどれだけか、争いになった場合に誰が判定するのかが、条項に書かれているかを確かめます。判定を行う会計士の選び方まで書かれていないと、後で行き詰まります。
支払の時期と方法が明確か
代金の支払について、次の点を一つずつ確かめます。支払の期日はいつか、支払の方法は振込か、振込先の口座は契約書に書かれているのか別途通知するのか、振込の手数料はどちらが負担するのか、株式の引渡しと代金の支払は同時に行われるのか、といった点です。同時に行われる旨が明記されていない契約書では、株主名簿の書換えを先に行った後に代金が入らない、という危険が理屈のうえでは残ります。
あわせて、売主が受け取る金額から差し引かれるものがないかを確かめます。M&A仲介会社への手数料、弁護士の費用、登記の費用などを、代金から直接差し引いて支払う建て付けになっている場合があります。差し引きの根拠となる書面が別にあるか、金額が確定しているかを見ます。手取りの額を自ら計算し、税金の見込みも含めて、想定していた金額と合うかを確かめます。
分割払、留保、条件付の対価がある場合の条件
代金の一部が後払いとなる仕組みが入っている場合、その部分は「受け取れないかもしれないお金」として扱う必要があります。よく見られるのは、代金の一部を一定期間預かり、補償の請求があればそこから充当する仕組み、業績が一定の水準に達した場合に追加の代金を支払う仕組み、売主が引継ぎの期間中に在籍することを条件とする仕組みです。
これらについて確かめる事項は共通しています。すなわち、支払の条件は誰が判定するのか、判定の基礎となる数値は誰が作る帳簿から取るのか、判定に必要な資料を売主が見ることができるのか、条件の達成を妨げる行為を買主がしない旨の定めがあるのか、条件が達成された場合の支払の期日はいつか、という点です。とりわけ、業績に連動する対価は、買収の後に買主が経営の方針を変え、会社の費用の付け替えや事業の統合を行うことによって、数値が動きます。買主が通常の事業の運営を超えて数値に影響を与える行為を行わない旨の定めを置けないか、申し入れる余地があります。
クロージングの前提条件に関する条項を確認します
クロージングとは、株式を引き渡し代金を受け取る、取引の実行の日を指します。前提条件とは、その日に取引を実行するために満たされていなければならない事柄です。条件が満たされない場合、相手方は取引を実行しないことができます。売主にとっては、代金を受け取れるかどうかがここに懸かります。
誰のために置かれた条件かを仕分けます
前提条件の条項は、買主の義務の前提条件と、売主の義務の前提条件とに分かれて書かれているのが通常です。まず、どちらのために置かれた条件であるかを、1項目ずつ仕分けます。買主のために置かれた条件が満たされない場合、買主は代金を支払わないでよいことになります。この列に並ぶ項目が多ければ多いほど、売主が代金を受け取れない危険が高まります。
典型的には、売主の表明保証が真実であること、売主が誓約事項を履行していること、取引を禁じる裁判所の命令などが出ていないこと、必要な許認可や届出が完了していること、取引先や金融機関の同意が得られていること、重大な悪影響が生じていないこと、といった項目が並びます。これらのうち、売主の努力ではどうにもならない項目がいくつあるかを数えます。
自らの負担となる条件が過大でないか
売主が満たさなければならない条件について、署名の日から実行の日までの限られた期間に、実際に果たせるかを検討します。よく問題になるのは、取引先との契約に定められた同意の取得、賃貸借契約の名義に関する承諾、金融機関からの承諾、許認可に関する届出、役員の辞任届の取り付け、といった項目です。
取引先の同意については、そもそも取引先に対してM&Aの事実を伝えることになりますので、まだ社内にも公表していない段階で、どの相手にいつ話すのかという判断が必要になります。すべての取引先の同意を条件とする定めになっている場合、1社でも渋れば取引が実行されないことになりますので、主要な取引先を列挙して限定する、同意ではなく通知で足りるものと区別する、といった修正を申し入れる余地があります。
重大な悪影響がないことを条件とする定めについては、何をもって重大とするのかが書かれているかを見ます。定義がないまま「重大な悪影響」とだけ書かれていますと、実行の直前に業績がやや落ちただけで買主が実行を拒む余地を与えかねません。金額の基準を入れる、経済全体の変動や業界全体に生ずる事情は除く、といった限定を求めることが考えられます。
条件が満たされない場合の帰結を確かめます
条件が満たされない場合に何が起こるのかを、条項の文言で確かめます。相手方が条件を放棄して実行できる旨の定めがあるか、実行の日を延期できるか、一定の期日までに実行できない場合に契約を解除できるか、解除された場合に費用の負担や違約金が生ずるか、という点です。売主が条件を満たせなかったことを理由に、買主が違約金を請求できる建て付けになっていないかは、特に注意して見るべき点です。
表明保証に関する条項を確認します
表明保証とは、契約の当事者が、一定の事項について事実であると相手方に対して述べ、その内容が真実であることを保証する定めです。売主の表明保証は、対象となる会社の財務、税務、労務、契約、資産、許認可、訴訟など、広い範囲に及び、条項の数としては20項目から50項目に達することもあります。ここに書かれた内容が事実と異なっていた場合、後述する補償の請求を受ける根拠となります。
自らが真実であると確認できない事項が含まれていないか
表明保証の各項目を、次の3つに仕分けます。第1に、自分が確実に知っており真実であると言い切れる事項、第2に、確認すれば分かるが今は確認していない事項、第3に、そもそも自分には確認しようがない事項です。第2の事項については、署名の前に社内で確認します。第3の事項については、そのまま保証することは避けます。
第3に当たりやすいものとして、従業員の未払の残業代が存在しないこと、過去に労働災害や職業性の疾病が生じていないこと、取引先が反社会的勢力と関係を有していないこと、製品に瑕疵がないこと、環境に関する法令の違反がないこと、といった項目があります。会社の規模が大きくなるほど、社長が一人ですべてを把握することはできません。把握できない事柄について無条件の保証をすることは、後日の補償の請求を自ら招くことになりかねません。
知る限りにおいてという限定を付せないか
自分では確認しきれない事項について、売主の知る限りにおいて真実である、という限定を付すことを申し入れます。この限定が付きますと、事実と異なる事態が生じた場合であっても、売主がその事実を知っていたことを買主の側で示さなければ、責任が生じにくくなります。
この限定を交渉する際は、誰の認識を基準とするのかを明確にします。売主本人だけを指すのか、会社の役員や特定の部門の責任者を含むのかによって、範囲が大きく変わります。また、実際に知っていた事柄だけを指すのか、相当な調査をすれば知り得た事柄まで含むのかも、条項の文言で決まります。後者の書き方になっている場合、限定としての効き目は弱まります。全項目にこの限定を求めますと交渉がまとまりにくくなりますので、優先度を付け、把握が難しい項目に絞って申し入れるのが現実的です。
重要性の限定と金額の基準を確かめます
すべての契約について違反がないこと、といった網羅的な表明は、実務上、どの会社であっても完全に真実であると言い切れないのが実情です。そこで、重要な点において違反がないこと、会社の事業に重大な影響を及ぼす違反がないこと、といった限定を付すことが行われます。この限定を付す場合、「重要」の意味が定義されているか、金額の基準が示されているかを見ます。定義がないままですと、後日に解釈の争いが生じます。
一定の金額を超える契約を列挙する形の表明については、その金額の基準が実態に合っているかを確かめます。年間の取引額が数百万円の会社に対して100万円の基準を置きますと、ほとんどすべての契約を列挙することになり、漏れが生じやすくなります。
開示別紙による除外を活用します
表明保証の内容と異なる事実が既にある場合、その事実を開示別紙に記載することによって、表明保証の対象から除きます。これが売主にとって最も確実な防御の方法です。デュー・ディリジェンスの過程で買主に伝えた事柄であっても、開示別紙に書かれていなければ、後日に「聞いていない」と言われる余地が残ります。口頭で説明した事項、質疑応答の記録に含まれる事項、資料の中に埋もれている事項を、洗い出して書き出します。
記載の仕方にも留意します。「訴訟の可能性がある」とだけ書くのではなく、相手方、時期、内容、請求されている金額、現在の状況を、事実として簡潔に書きます。抽象的な記載では、後日に「その記載からこの事態までは読み取れない」と言われることがあります。あわせて、開示別紙のある項目に書いた事実が、他の項目の表明保証との関係でも除外されるのか、その項目についてのみ除外されるのかを、契約書の本文で確かめます。前者の定めがあるほうが、売主には安全です。
誓約事項に関する条項を確認します
誓約事項とは、当事者が一定の行為をすること、又はしないことを約束する定めです。署名の日から実行の日までの期間に関するものと、実行の日の後に関するものとがあります。表明保証が過去と現在の事実に関するものであるのに対し、誓約事項は将来の行動を縛るものですから、売主の生活に直接に関わってきます。
クロージングまでの事業運営の制限を確かめます
署名から実行までの期間、会社は従来と同様の方法で事業を運営すること、という定めが置かれます。あわせて、一定の行為については買主の事前の同意を要する、という列挙が続きます。この列挙の中身を読み、日常の経営に支障が出ないかを確かめます。
典型的には、一定額を超える設備の購入、借入れ、資産の処分、従業員の採用と解雇、給与の改定、役員の報酬の変更、重要な契約の締結と解約、配当の実施、といった項目が並びます。金額の基準が低すぎますと、通常の仕入れや修繕にも同意が要ることになりかねません。また、賞与の支給の時期が実行の日までの間に来る場合、例年どおりの支給ができるかを確かめておきます。同意を求める窓口と、同意の返答の期限を定めておくと、実務が滞りません。
競業避止義務及び勧誘禁止義務の期間と範囲
実行の後、売主が同種の事業を行わないこと、対象となる会社の従業員や取引先に働きかけないことを約束する定めが置かれます。売主にとっては、譲渡の後の生き方を決める条項です。次の点を具体的に確かめます。
- 期間が何年か。3年から5年とされることが多く、それを超える期間を求められた場合は、根拠の説明を求めます。
- 禁止される事業の範囲がどこまでか。「同種の事業」とだけ書かれている場合、どこまでが同種かが争いになりますので、具体的な業種や商品で書いてもらいます。
- 地理的な範囲があるか。全国一律なのか、現に営業している地域に限るのか。
- 役員や従業員として他社に勤めることまで禁止されるのか、株式を保有することまで禁止されるのか。
- 親族の行為まで制限の対象とされていないか。子が既に同業に従事している場合は、その事実を開示のうえ除外を求めます。
- 従業員の勧誘の禁止について、売主が働きかけていない従業員から自発的に連絡が来た場合まで違反となるのか。
- 違反した場合に違約金の定めがあるか。その金額は代金の額との関係で過大でないか。
実行の後も顧問や相談役として会社に残る予定がある場合は、その業務の内容が競業の禁止に触れないことを確かめます。また、譲渡の後に別の事業を始める構想がある場合は、その構想を伏せたまま署名するのではなく、除外の定めを置くよう申し入れるほうが、後の紛争を防げます。
個人保証及び担保の解除に関する買主の義務
中小企業のM&Aで売主にとって最も切実な事柄の一つが、金融機関からの借入れに対する社長個人の連帯保証と、自宅などに設定された担保の扱いです。株式を譲り渡しても、保証や担保が自動的に外れるわけではありません。金融機関の同意が必要です。
契約書に、買主が個人保証の解除に向けて努力する旨だけが書かれている場合、努力の結果として解除されなくても買主の責任は生じにくくなります。次の点を確かめ、必要であれば修正を求めます。すなわち、解除をいつまでに実現するのか期限が書かれているか、期限までに解除されない場合に買主が売主へ生じた損害を補償する定めがあるか、解除に代えて買主が保証を引き受ける、又は借入れを借り換える方法が想定されているか、担保に入っている不動産についても同様の定めがあるか、という点です。
あわせて、実行の日より前に、金融機関へ打診をしておくことが有益です。金融機関が誰の保証であれば承諾するのか、買主の信用力で足りるのかは、金融機関の判断です。契約書の文言を整えても、金融機関が承諾しなければ結果は変わりませんので、事前の見通しを立てておきます。
補償に関する条項を確認します
補償とは、表明保証に反する事実があった場合や、誓約事項に違反した場合に、相手方に生じた損害を金銭で埋め合わせる定めです。売主にとっては、受け取った代金の一部を後から返す可能性を意味します。ここは金額の上限と期間で守るのが基本の考え方です。
補償を請求できる期間を確かめます
表明保証の違反に基づく請求は、実行の日から一定の期間内に限る、という定めが置かれるのが通常です。期間は1年から2年とされることが多く、税務に関する事項や、株式の保有に関する事項については、より長い期間が定められることがあります。売主としては、この期間が短いほど安全です。
あわせて確かめるのは、期間内に何をすれば足りるのかという点です。期間内に請求の通知を発すれば足りるのか、期間内に訴訟の提起まで必要なのかによって、意味が大きく変わります。通知で足りる定めの場合、通知の後に請求を実際に行うまでの期限が別に書かれているかを見ます。書かれていませんと、通知だけを受けたまま何年も宙づりになる余地が残ります。
上限額、免責額及び1件当たりの下限
補償の総額の上限が定められているかを確かめます。代金の額の10パーセントから30パーセント程度とされることが多く、事案によって幅があります。上限の定めがない契約書であれば、上限を置くよう申し入れます。あわせて、上限の対象から除かれる事項があるかを見ます。売主に故意がある場合、株式の保有に関する表明保証に違反があった場合、税務に関する事項については、上限を超えて請求できる定めが置かれることがあります。
免責額の定めは、損害の合計が一定の金額に達するまでは請求できないという仕組みです。達した場合に全額を請求できるのか、超えた部分だけを請求できるのかで、意味が違います。売主にとっては後者のほうが有利です。1件当たりの下限の定めは、小さな金額の請求を積み上げられることを防ぎます。金額の水準は、代金の額と、デュー・ディリジェンスで指摘された事項の内容に応じて決めます。
補償の対象から除かれる事項を確かめます
次の事項が補償の対象から除かれているかを見ます。すなわち、買主がデュー・ディリジェンスによって既に知っていた事項、開示別紙に記載した事項、会社の決算書に引当金として計上済みの事項、法令や会計の基準の改正によって生じた事項、買主が実行の後に会社の運営を変えたことによって生じた事項です。既に知っていた事項について後から請求できる定めになっている契約書もありますので、条項の文言を確かめます。
反対に、デュー・ディリジェンスで具体的な懸念が示された事項について、その事項だけを対象とする特別の補償の定めが置かれることがあります。未払の残業代、係属中の紛争、土壌の汚染、税務上の処理の疑義などが典型です。特別の補償が置かれる場合は、対象となる事実が具体的に特定されているか、期間と上限が別に定められているか、代金からその分が既に減額されていないかを確かめます。減額と補償の双方が置かれますと、同じ事柄について二重に負担することになりかねません。
補償の請求の手続と第三者からの請求への対応
買主が補償を請求する場合の手続を確かめます。通知に何を書くのか、損害の額の算定の根拠を示す必要があるのか、売主が反論する機会があるのかという点です。また、税務署の調査や取引先からの請求といった、第三者からの請求を受けたことを理由とする補償については、次の点が重要です。買主は売主へ速やかに通知する義務を負うか、売主は対応の方針について意見を述べることができるか、売主の同意なく買主が第三者と和解した場合にどう扱われるか、という点です。売主に関与の機会がないまま買主が高額の和解に応じ、その全額を売主に請求する、という結果を避けるための定めです。
あわせて、補償の請求が代金の未払部分から差し引かれる仕組みになっている場合、その差引きの要件を確かめます。買主が一方的に請求できると主張するだけで差し引ける定めになっていますと、実質的に代金を受け取れなくなる余地があります。争いがある場合は、第三者に金銭を預ける方法や、判定が確定するまで差し引かない定めを求めることが考えられます。
解除、秘密保持及び公表に関する条項を確認します
ここから先は、日常であれば効いてこない条項です。しかし、取引が途中で頓挫した場合や、情報が外部へ漏れた場合には、これらの条項が直接に働きます。読み飛ばされがちな部分ですので、意識して確かめます。
解除できる期間と事由を確かめます
署名の後、実行の前に契約を解除できる場合が定められます。相手方が重大な違反をした場合、一定の期日までに実行ができない場合、といった事由が並びます。売主として確かめるのは、買主が解除できる事由が広すぎないか、解除の前に是正を求める手続があるか、実行の日の後は解除できない旨が明記されているか、という点です。実行の後にまで解除の余地が残りますと、代金を返して株式を戻すという事態が理屈のうえで生じ得ます。
解除された場合の帰結も確かめます。それまでに要した費用は各自の負担とするのか、違約金の定めがあるのか、秘密保持の義務は解除の後も残るのか、という点です。買主の資金の調達ができなかったことを理由とする解除が認められる定めになっている場合は、その場合の売主の損失をどう扱うのかを、あわせて確かめます。
秘密保持の期間と例外を確かめます
秘密保持の条項は、多くの場合、基本合意書の段階で結んだ内容が最終契約書に引き継がれます。確かめるのは、期間が実行の後も続くか、義務を負うのは誰か、例外として開示できる相手は誰かという点です。売主としては、税理士、弁護士、家族、金融機関への説明が例外として認められているかを見ます。譲渡の代金について税務の申告が必要になりますので、税理士への開示は必ず必要になります。
公表の時期と文面を確かめます
従業員、取引先、金融機関に対して、いつ、誰が、どのような内容で伝えるのかについて、定めがあるかを確かめます。中小企業のM&Aでは、この点が実務上きわめて重要です。従業員に伝える時期が早すぎれば動揺と離職を招き、遅すぎれば不信を招きます。売主としては、実行の日の直後に、売主と買主が同席して従業員へ説明する、といった段取りを、契約書か覚書のいずれかに書いておくことをお勧めします。
買主が対外的に公表する場合の文面について、売主が事前に確認できる定めがあるかも見ます。売主の氏名や譲渡の代金の額が公表されることを望まない場合は、その旨を明記します。M&A仲介業者が実績として事例を紹介することがありますので、その扱いについても、M&A仲介業者との契約の内容とあわせて確かめておきます。
紛争解決に関する条項を確認します
紛争解決の条項は、契約書の末尾に数行だけ置かれることが多く、読み飛ばされます。しかし、争いになったときに、どこで、どの法律に基づいて争うのかを決める条項ですから、実際の負担に大きく影響します。
管轄の裁判所を確かめます
訴訟を提起する場合の裁判所が、どこに定められているかを見ます。買主が遠方の都市に所在する場合、その所在地の裁判所が専属の管轄と定められていることがあります。売主が高齢である場合や、事業の拠点が地方にある場合、遠方での訴訟は時間と費用の負担が重くなります。売主の所在地の裁判所とすること、又は訴えを起こす側が相手方の所在地の裁判所に提起することとするなど、修正の申入れが考えられます。
専属的な管轄とされているのか、単に合意による管轄とされているのかも、文言で確かめます。専属的とされている場合、他の裁判所に訴えを提起することができなくなります。
準拠法及び仲裁の定めを確かめます
日本の当事者どうしの取引であれば日本法とされるのが通常ですが、買主が外国の会社である場合や、外国の投資会社が関与する場合は、外国の法律が指定されていることがあります。その場合、内容を理解できる弁護士が限られ、費用も増えます。日本法とするよう申し入れることが基本です。
裁判ではなく仲裁による旨の定めが置かれることもあります。仲裁は非公開で進み、判断が最終のものとなる点に特徴がありますが、費用が高額になりやすく、判断に不服があっても上訴ができません。仲裁の機関、場所、使用する言語、仲裁人の数が書かれているかを確かめます。書かれていない場合、その点自体が争いの種になります。
通知の宛先と方法を確かめます
契約に基づく通知をどこへ送るかを定めた条項も確かめます。売主の住所が正しいか、譲渡の後に転居する予定がある場合に変更の届出の方法が書かれているか、電子メールによる通知が有効とされているか、という点です。補償の請求の通知が届いていないまま期間が経過した、という争いを避けるためです。
別紙及び開示別紙が本文と整合しているかを確認します
最終契約書の本文だけを読んで安心してはなりません。別紙と開示別紙は、本文と一体となって契約の内容を構成します。実務上、本文の交渉に力が注がれる一方で、別紙の作成は後回しになり、署名の直前に慌てて添付されることが少なくありません。ここに誤りが残りやすいのです。
別紙の番号と件数を突き合わせます
本文の中に「別紙1」「別紙2」といった引用がいくつあるかを数え、実際に添付されている別紙の番号と件数が一致するかを確かめます。交渉の過程で条項が削られたり追加されたりしますと、番号がずれます。存在しない別紙が引用されている、同じ番号の別紙が二つある、といった食い違いは、珍しいものではありません。
各別紙の中身についても、本文の求める内容と合っているかを見ます。株主と株式数の一覧、役員の一覧、不動産の一覧、主要な契約の一覧、許認可の一覧、といった別紙は、会社の資料と1件ずつ突き合わせます。役員の一覧については、実行の日に辞任する者と留任する者の区別が正しいかを確かめます。
開示別紙の記載の粒度を確かめます
開示別紙は、売主を守るための書面です。表明保証の各項目に対応する形で番号が振られているか、記載された事実が具体的であるか、金額や時期が入っているかを確かめます。デュー・ディリジェンスの過程で提出した資料の一覧を添付し、そこに含まれる事実は開示されたものとして扱う、という定めを置く方法もありますが、この方法だけに頼りますと、後日に「資料のどこに書いてあったのか」という争いになります。重要な事実は、本文として書き出します。
作成にあたっては、社内の担当者に確認します。労務については給与の計算を担当する者、契約については営業の責任者、許認可については実務の担当者に、直接に尋ねます。社長の記憶だけで作成した開示別紙は、抜けが生じやすいものです。
添付される資料の版を確かめます
決算書、試算表、名簿、規程といった資料が別紙として添付される場合、いつ時点のどの版であるかを確かめます。修正の前の版が添付されたまま署名されますと、その内容について表明保証をしたことになりかねません。表紙に日付を入れ、頁の数を数え、通し番号を振ります。
署名の直前に必ず行う最終確認の作業
ここまでの確認を終えても、最後にもう一段の作業が残ります。署名の当日、又は前日に行う、形式面の確認です。内容の議論とは別の作業として、時間を確保して行います。
署名する版と合意した版が同一であるかを確かめます
署名の場に持ち込まれた契約書が、双方が合意した最終の版と同一であるかを確かめます。最も確実な方法は、合意した版の電子ファイルと、印刷された契約書とを、機械的に比較することです。文書の比較の機能を用いて差分を出し、差分が出た箇所を1つずつ検討します。「体裁を整えただけです」と説明された修正の中に、実質的な変更が紛れ込んでいないかを見ます。
比較の作業は、売主側の弁護士に依頼します。当日の朝に慌てて行うのではなく、前日までに最終の版を確定させ、その版を印刷して持参する段取りとします。印刷された契約書の頁の数を数え、落丁がないかも確かめます。
空欄と仮置きの数値が残っていないかを確かめます
交渉の途中では、日付、口座の番号、金額の一部、担当者の氏名などが、空欄のまま、又は仮の数値のまま残されます。これらがすべて埋まっているかを、頁を繰りながら確かめます。「別途協議する」「後日定める」といった文言が残っている箇所があれば、それが売主にとって重要な事項でないかを検討します。重要な事項について協議に委ねられていますと、後日に合意ができない場合の帰結が定まりません。
あわせて、代金の額を漢数字と算用数字の双方で記載している場合、両者が一致しているかを確かめます。桁の誤りは、印刷された書面では気付きにくいものです。金額は声に出して読み上げ、二人で確かめる方法が有効です。
押印する者の権限と署名の方式を確かめます
買主の側で署名する者が、その会社を代表する権限を有しているかを確かめます。買主の会社の登記事項証明書を取得し、署名する者が代表取締役として登記されているかを見ます。代表権のない取締役や執行役員が署名する場合は、取締役会の決議に基づく委任状を求めます。買主が投資会社であって、実際の買収の主体が新たに設立された会社である場合は、その会社の登記の内容と、資金の調達の状況を確かめます。
売主の側についても、株式を共同で保有する親族が署名する場合、全員が出席するのか、代理人によるのかを整理します。高齢の株主が判断の能力に不安を抱えている場合は、成年後見の制度の利用が必要になることもありますので、早い段階で確認しておきます。電子的な方法で署名する場合は、その方法が契約書に定められているか、双方の合意があるかを確かめます。
最後に、署名を終えた契約書の原本を1部確実に受け取り、保管します。別紙を含む全体の写しを電子ファイルとしても保存し、税理士へ渡す分を別に用意します。原本を買主側がまとめて保管し、売主には写しだけ、という運用にならないよう、当日のうちに確かめます。
よくあるご質問
ここでは、最終契約書への署名を控えた売主の方から実際に多く寄せられるご質問について、考え方の道筋をお示しします。個別の事案によって結論は異なりますので、あくまで検討の出発点としてお読みください。
契約書の分量が多く、署名までに読み切れません。どこだけでも読むべきでしょうか
時間が限られる場合は、譲渡の対価に関する条項、クロージングの前提条件、表明保証、誓約事項、補償の5つに絞ってお読みください。この5つで、売主が受け取る金額と、後から失う可能性のある金額が、ほぼ決まります。あわせて、個人保証の解除に関する定めと、競業の禁止に関する定めは、必ず目を通してください。この2つは、譲渡の後の生活に直接に関わります。読み切れないことを理由に署名の日を数日先に延ばす申入れも、正当な要請として受け入れられることが多いところです。
買主の弁護士が作った契約書に修正を求めると、取引が壊れないでしょうか
合理的な理由を添えた修正の申入れによって取引が壊れることは、通常はまれです。買主の側も、時間と費用をかけてここまで進めていますので、簡単に降りるものではありません。むしろ、疑問を述べずに署名した後で紛争になるほうが、双方にとって損失が大きくなります。もっとも、申入れの数が多すぎたり、既に合意した事項を蒸し返したりしますと、信頼を損なう余地があります。優先度を付け、金額に直結する事項と、自らが確認できない事項の保証を避ける事項に絞って申し入れるのが現実的です。
M&A仲介業者に契約書の内容を確認してもらえば足りるでしょうか
M&A仲介業者は、取引の相手方を探し、条件の調整を進める役割を担います。もっとも、M&A仲介会社が売主と買主の双方から手数料を受け取る形で関与している場合、売主のためだけに条項の修正を求める立場には立ちにくい面があります。契約書の条項について売主の利益の観点から検討することは、弁護士の役割です。両者は競合するものではなく、役割が異なります。契約書の草案を受け取った段階で、売主のために動く弁護士に検討を依頼することをお勧めします。
表明保証について、知る限りにおいてという限定はどの範囲まで求められるものでしょうか
すべての項目に限定を求めることは、通常は受け入れられません。株式を適法に保有していること、会社が適法に設立されていることといった、売主が当然に把握している事項については、限定なしの保証を求められるのが一般的です。他方、従業員の未払の残業代の不存在、取引先の反社会的勢力との関係の不存在、製品の瑕疵の不存在、環境に関する法令の遵守といった、社長が一人で把握しきれない事項については、限定を求める理由が説明しやすくなります。限定が受け入れられない場合は、補償の上限額を下げる、期間を短くする、といった別の方法で調整する余地があります。
代金の一部が3年後の業績に連動する内容になっています。どう考えればよいでしょうか
後払いの部分は、確実に受け取れるお金としては数えないでお考えください。そのうえで、次の3点を確かめます。第1に、業績の数値をどの帳簿から取るのか、会計の処理の方法を買収の前と同じにする定めがあるか。第2に、買主が事業の統合や費用の付け替えによって数値を下げないよう、通常の事業の運営を超える行為を制限する定めがあるか。第3に、売主が算定の根拠となる資料を見る権利があるか。これらの定めがない場合は、後払いの部分を減らして固定の代金を増やす交渉を検討する余地があります。判定の方法をめぐる争いは、実際に生じています。
個人保証が実行の日までに外れない場合、署名してよいものでしょうか
金融機関の判断は買主にも売主にも動かせませんので、実行の日までに解除が完了していないこと自体は、必ずしも取引を止める理由にはなりません。重要なのは、解除されない場合の扱いが契約書に書かれているかどうかです。買主が期限までに解除を実現する義務を負うこと、実現しない場合に売主に生じた損害を補償すること、借入れの返済を買主の責任で行うこと、といった定めがあるかを確かめてください。努力する旨だけが書かれている契約書であれば、修正を求める場面です。あわせて、実行の前に金融機関へ打診し、見通しを確かめておくことをお勧めします。
署名の当日に契約書の差し替えを求められた場合、どうすればよいでしょうか
その場で応じないことが基本です。差し替えの理由と、変更された箇所の一覧を求め、合意していた版との差分を確認します。「誤記の訂正です」と説明された箇所が、実質的な内容の変更であることもあります。確認に時間を要する場合は、署名を後日に延期する旨を申し出てください。当日の場の空気で押し切られることは、後日の紛争の原因となりやすいところです。売主側の弁護士が同席していれば、その場で差分の確認を依頼できます。
まとめ
最終契約書への署名は、これまでの交渉の締めくくりであると同時に、売主にとって新たな義務が発生する起点です。確認すべき事項は多岐にわたりますが、順序を定めて進めれば、限られた時間でも要点を押さえることができます。譲渡の対象と対価、クロージングの前提条件、表明保証、誓約事項、補償という5つの柱でお金に関わる事柄をとらえ、解除、秘密保持と公表、紛争解決で事故が起きたときの備えを確かめ、別紙との整合と形式面の最終の確認で締めくくる、という流れです。
とりわけ、自らが真実であると確認できない事項について無条件の保証をしないこと、補償に期間と上限を置くこと、個人保証の解除について買主の義務を具体的に書き込むこと、競業の禁止の範囲を自らの今後の予定に照らして点検することの4点は、中小企業の売主にとって影響が大きい部分です。この4点だけでも、草案を受け取った段階で確認しておく価値があります。
弁護士法人M&A総合法律事務所では、株式譲渡契約その他の最終契約書について、売主の立場からの検討と修正の申入れ、買主側との交渉、署名の場への同席を行っています。契約書の草案を受け取られた段階で、お早めにご相談ください。署名の後では取り得る手段が限られますが、署名の前であれば、条項の内容を整える余地が残されています。
具体的な御相談をお考えの皆様へ
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