口頭の了解にとどまる約束をどこまで主張できるのか

会社を譲渡いたしました。交渉の過程で、買主の代表者からは「本社は移さない」「取引先との関係は今までどおりにする」「私も顧問として残ってほしい」といった説明を繰り返し受けておりました。ところが、譲渡の後、これらはいずれも実現しておりません。株式譲渡契約書を確認いたしますと、これらの点についての記載はありません。口頭の了解にとどまる約束を、どこまで主張できるのでしょうか。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。口頭の約束であっても、合意として認められれば法的な効力を有します。もっとも、株式譲渡契約に完結条項が置かれている場合には、契約書に記載のない合意を主張することが困難となります。また、契約書に記載のない合意の存在を立証することは、容易ではありません。まず完結条項の有無を確認し、次に約束の内容を示す資料を収集した上で、主張の可否を判断することとなります。本記事では、その手順を整理いたします。
第1節 まず完結条項の有無を確認いたします
完結条項とは
株式譲渡契約においては、本契約が当事者間の合意の全部を構成し、本契約の締結前における当事者間の合意、了解、表明は本契約に代替される旨の条項が置かれていることがあります。完結条項と呼ばれます。
この条項がある場合
この条項がある場合には、契約書に記載のない合意を主張することが困難となります。契約書に記載のない事項は、当事者の合意の内容とはならないという趣旨であるためです。
もっとも、この条項の効力については議論があり、詐欺に当たる説明や、故意による不実の表示についてまで効力が及ぶかについては、なお主張の余地が残ると解する見解があります。
この条項がない場合
完結条項が置かれていない場合には、契約書に記載のない合意についても主張の余地があります。この場合、合意の存在と内容を立証することが課題となります。
変更に関する条項
契約の変更は書面によることを要する旨の条項が置かれていることがあります。この条項がある場合には、契約の締結後の口頭の合意についても、効力を主張することが困難となります。
第2節 約束の内容を区分いたします
三つの区分
口頭の約束は、次のように区分して検討いたします。
表1 約束の性質による区分
| 区分 | 内容 | 検討の方向 |
|---|---|---|
| 事実に関する説明 | 現在又は過去の事実についての説明 | 表明保証の違反、詐欺、錯誤 |
| 将来の行為の約束 | 譲渡後に一定の行為を行う旨の約束 | 契約上の義務の存否 |
| 意向の表明 | 現時点の考えを述べたにとどまるもの | 義務としては認められにくいものです |
事実に関する説明の場合
「主要な取引先との契約は継続している」といった、事実に関する説明が事実と異なっていた場合には、表明保証の違反、詐欺による取消し、錯誤による取消しが検討の対象となります。
この場合、契約書における表明保証の条項に当該事項が含まれているかを、まず確認いたします。含まれている場合には、契約に基づく請求が可能となります。
将来の行為の約束の場合
「本社は移さない」「顧問として残ってもらう」といった、将来の行為に関する約束については、これが契約上の義務として合意されたといえるかが問題となります。
契約書に記載がない場合には、口頭の合意の存在を立証する必要があります。
意向の表明にとどまる場合
「当面はそのようにするつもりである」「そうしたいと考えている」といった表現にとどまる場合には、法的な義務を負う意思があったと認められないことがあります。
発言の具体的な文言と、その前後の文脈が重要となります。
第3節 合意の存在を示す資料
資料の種類
表2 合意の存在を示し得る資料
| 資料 | 証明の力 |
|---|---|
| 覚書、確認書 | 書面による合意として強い証明の力を有します |
| 電子メールの往復 | 内容と時期が明らかであり、有力です |
| 面談の議事録 | 双方が確認したものであれば有力です |
| 意向表明書 | 買主の方針を示す資料となります |
| 仲介会社の記録 | 第三者が作成したものとして意味を有します |
| 録音 | 発言の内容を直接に示します |
| 従業員への説明の記録 | 買主が対外的に述べた内容を示します |
| 関係者の陳述 | 他の資料と併せて用いられます |
電子メールの重要性
交渉の過程における電子メールは、この類型において最も重要な資料となります。買主が約束の内容を記載した電子メールを送っている場合や、売主が確認の電子メールを送り、買主がこれを否定していない場合には、有力な資料となります。
仲介会社の記録
仲介会社が作成した面談の記録や報告書に、約束の内容が記載されていることがあります。第三者が作成した資料として、一定の意味を有します。
仲介会社に対して、記録の開示を求めることが考えられます。
録音
面談の内容を録音していた場合には、発言の内容を直接に示すことができます。自らが当事者となっている会話を録音することは、一般に許されると解されておりますが、その使用の方法には配慮が必要です。
資料がない場合
資料がなく、記憶にとどまる場合には、合意の存在を立証することは極めて困難です。この場合には、他の主張と併せて交渉における材料とするにとどまることが多いものです。
第4節 主張の組み立て
契約の解釈による主張
契約書に明示の記載がない場合であっても、契約の解釈として、当事者の合理的な意思を認定することにより、義務が存在すると主張することが考えられます。
契約の前文における記載、価格の決定の経緯、交渉における重視された事項が手掛かりとなります。
付随的な義務の主張
契約に明示されていない場合であっても、契約に付随する義務として、一定の行為が求められると主張することが考えられます。信義誠実の原則が根拠となります(民法第1条第2項)。
もっとも、この主張により認められる義務の範囲は、限られたものとなります。
不法行為に基づく主張
買主が、当初から履行する意思がないにもかかわらず約束をし、これにより譲渡させた場合には、不法行為に基づく損害賠償の請求が成り立つ余地があります(民法第709条)。
当初から意思がなかったことを立証する必要があり、容易ではありません。譲渡の直後に方針が変更されている場合や、譲渡の前から異なる計画が存在していた場合には、この点をうかがわせる事情となります。
契約締結上の過失に関する主張
契約の締結の過程において、相手方の判断に重要な事項について説明すべき義務に違反した場合には、責任が問題となり得るという議論があります。
この主張についても、説明の内容と、これに反する事実の存在を示す必要があります。
損害の主張
いずれの構成によるにせよ、損害の内容を主張する必要があります。約束が守られることを前提として価格を低く設定したのであれば、その差額を主張することが考えられます。
他の候補者の提示額に関する資料が、この主張を裏付けるものとなります。
第5節 譲渡の前に備えておくこと
契約書への記載
重視される事項は、必ず契約書に記載いたします。「言った、言わない」の争いを避ける唯一の方法です。
買主が契約書への記載を渋る場合には、その約束が実現される見込みが乏しいことを示す事情とも考えられます。
記載を拒まれた場合
買主が記載に応じない場合には、少なくとも、確認の電子メールを送付し、記録に残しておくことが考えられます。買主がこれを否定しなかった場合には、後の主張の資料となります。
覚書による方法
株式譲渡契約とは別に、覚書を取り交わす方法があります。契約書の本文に記載することが難しい事項について、この方法によることが考えられます。
もっとも、完結条項が置かれている場合には、覚書の効力との関係を整理しておく必要があります。
完結条項の確認
契約書に完結条項が置かれている場合には、その趣旨を理解した上で締結する必要があります。交渉における説明を重視する場合には、当該事項を契約書に記載するよう求めることとなります。
第6節 弁護士に相談する意味
口頭の約束に関する紛争について弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、契約書における完結条項及び変更に関する条項を確認し、主張の可否を判断することです。第二に、約束の性質を区分し、事実に関する説明であるか、将来の行為の約束であるかを整理することです。第三に、合意の存在を示す資料を収集し、証明の力を評価することです。第四に、契約の解釈、付随的な義務、不法行為のいずれによる主張が可能かを検討することです。第五に、譲渡の前の段階においては、契約書への記載について助言することです。
この類型は、資料の有無により結論が大きく異なります。交渉の段階から、重要な事項は書面又は電子メールにより記録に残すことが、最も確実な備えとなります。
具体的な主張の組み立ては、契約の定め、交渉の経過、資料の状況等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 口頭の約束には効力がないのですか。
口頭の約束であっても、合意として認められれば法的な効力を有します。もっとも、契約書に完結条項が置かれている場合には主張が困難となり、また合意の存在を立証することも容易ではありません。
質問2 完結条項があると一切主張できませんか。
この条項の効力については議論があります。詐欺に当たる説明や、故意による不実の表示についてまで効力が及ぶかについては、なお主張の余地が残ると解する見解があります。条項の文言と、説明の性質を踏まえて検討いたします。
質問3 電子メールがあれば足りますか。
電子メールは、内容と時期が明らかであり、有力な資料となります。買主が約束の内容を記載している場合や、売主の確認に対して否定していない場合には、とりわけ意味を有します。
質問4 面談を録音していました。使えますか。
自らが当事者となっている会話を録音することは、一般に許されると解されております。発言の内容を直接に示す資料として有用です。もっとも、使用の方法には配慮が必要ですので、事前にご相談ください。
質問5 これから譲渡します。どうすればよいですか。
重視される事項は、必ず契約書に記載することです。買主が記載に応じない場合には、少なくとも確認の電子メールを送付し、記録に残しておくことが考えられます。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、譲渡の際の約束に関する紛争のご相談をお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、株式譲渡契約書、基本合意書、意向表明書、交渉の経過に関する電子メール及び面談の記録、仲介会社からの報告書をご用意いただけますと、検討が早く進みます。
弁護士費用は、弁護士費用一覧のページをご覧ください。結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
民法 第1条第2項(信義誠実の原則)、第95条(錯誤)、第96条第1項(詐欺)、第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第522条第2項(契約の成立と方式)、第709条(不法行為)、第710条(財産以外の損害の賠償)
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