M&Aの買主から損害賠償を請求された場合の売主の対応

この記事の位置付け

買主から損害賠償を請求された売主の対応に関するメインのページです。本ページは、譲渡の後に通知書を受け取った場面で、条項の特定と事実の検討を全体から示します。弁護士へのご依頼は別のページをご参照ください。

請求する買主の側からの進め方は表明保証違反の請求を弁護士に依頼するとき 通知の期限と、集めておくべき資料を、買主が未払の譲渡代金との相殺を主張してきた場面は株式譲渡代金と損害賠償の相殺を買主が主張した場合の売主の対応を、それぞれご覧ください。

会社を譲り渡し、代表者の地位も退き、引継ぎの期間も終えて、ようやく肩の荷が下りたとお感じになっていた頃に、買主の代理人弁護士の名前で封書が届く。対象会社に簿外の債務が判明したとして、株式譲渡契約の表明保証に違反するから補償の条項に基づき数千万円を支払えと記され、末尾に「本書面到達後2週間以内にご回答を求めます」と添えられている。中小企業のM&Aでは、実行から半年から2年ほど経った時期に、このような書面が届くことがあります。

受け取られた元経営者の方の対応は、大きく二つに分かれます。一つは、ご記憶のある事柄が含まれているために責任を感じ、その日のうちに買主や当時のM&A仲介業者に電話をかけ、記憶に基づいて事情を説明してしまう対応です。もう一つは、封筒を引き出しにしまい込み、期限を意識しないまま過ごしてしまう対応です。前者は争う余地のある事実関係を自ら固め、後者は誠実に対応しない当事者であるとの印象を与えます。

この種の書面は、感情で受け止めるものではなく、株式譲渡契約書と突き合わせて分解する書面です。どの条項に基づく請求かを特定し、主張された事実が本当にあるかを確かめ、知識による限定や開示資料による除外が働かないかを検討し、通知の期限内かを確認し、最後に金額と上限額を突き合わせる。金額の話から入りますと、責任の生じない事案でも値切りの交渉の土俵に乗ってしまいます。本稿では、譲渡代金が1億円から10億円程度の非上場の同族会社を念頭に、この順序を整理します。

Contents
  1. 請求書又は通知書を受け取った直後に行うこと
    1. 到達の事実を記録として残す
    2. 認否を留保する書面を期限内に返す
    3. 手元の資料を確定させる
    4. 対象会社の資料に接することができるかを確かめる
  2. 表明保証の違反、補償及び一般の損害賠償の区別
    1. 表明保証の条項と補償の条項は別の条項である
    2. 誓約事項の違反及び特別補償
    3. 民法上の債務不履行又は不法行為に基づく請求
    4. 区別することの実益
  3. どの条項に基づく請求かを特定する
    1. 通知書と契約書を条項番号で突き合わせる
    2. 表明保証の項目を特定する
    3. 項目の特定が後の検討を左右する
  4. 主張された違反の事実が実際にあるか
    1. 基準時はいつか
    2. 表明の文言に付された限定を読む
    3. 裏付けとなる資料の提出を求める
  5. 知識による限定及び開示資料による除外
    1. 知識による限定とは何か
    2. 「知る限り」と「知り得る限り」の違い
    3. 誰の知識かという問題
    4. 知らなかったことをどのように説明するか
    5. 開示資料による除外
    6. 買主が譲渡の前に知っていた場合の扱い
  6. 通知の期限を徒過していないか
    1. 項目ごとに期間が異なる
    2. 期間内に何をすることが必要か
    3. 期間を過ぎた請求への対応
  7. 損害の額と補償の上限額
    1. 補償の対象となる損害の範囲と算定の方法
    2. 下限額と上限額
    3. 金額を減らす要素
  8. 買主が立証すべき事項と売主の反論
    1. 買主が示すべき事項の全体像
    2. 損害が現に発生しているか
    3. 違反と損害との因果関係
    4. 損害の拡大についての買主の関与
  9. 回答書の作成
    1. 回答書に書くこと
    2. 回答書に書かないこと
    3. 主張を並べる順序と専門家の役割分担
  10. 交渉及び訴訟
    1. 交渉の順序と落としどころ
    2. 合意書の作成
    3. 訴訟となった場合の見通し
    4. 費用と時間の見積り
  11. よくあるご質問
    1. 買主の代理人弁護士から2週間以内に回答するよう求められました。期限を守らなければ不利になりますか
    2. 指摘されている事実に心当たりがあります。認めてしまってよろしいでしょうか
    3. 株式譲渡契約書が手元になく、M&A仲介会社とも連絡が取れません。どうすればよろしいでしょうか
    4. 「売主の知る限り」と書かれていれば、知らなかったと述べるだけで済みますか
    5. デュー・ディリジェンスで資料を提出していれば、それだけで責任を免れますか
    6. 譲渡から3年が経っています。それでも請求されるのでしょうか
    7. 買主は株式の評価額が下がったとして、買収の時の倍率を掛けた金額を請求しています
    8. 複数の売主がいる場合、私が全額を請求されることはありますか

請求書又は通知書を受け取った直後に行うこと

最初の1週間から2週間で行うべきことは、反論の中身を考えることではなく、事実と期限を固定し、資料を集め、回答の時間を確保することです。ここでの対応が交渉の土台を決めます。

到達の事実を記録として残す

まず、通知書を受け取った日、封筒の消印、配達証明又は内容証明の有無を記録に残し、封筒も保管してください。通知の到達日は、後に述べる補償の請求ができる期間の内か外かを判断する起点ですので、記憶ではなく物として残す必要があります。回答の期限が指定されていれば、その日付も控え、共同で株式を保有していた親族にも同じ書面が届いているかを確認します。

認否を留保する書面を期限内に返す

期限までに実質的な回答をまとめられないことは珍しくありません。採るべきは、認否を留保して期限の伸長を求める簡潔な書面であり、請求の趣旨を受領した旨、現時点では認否をせず調査を要する旨、根拠条項の特定と裏付け資料の開示を求める旨、回答までに4週間程度を要する旨を記載します。「調査のうえ回答する」と述べても責任を認めたことにはなりません。逆に「当時の担当者に任せておりました」といった弁解は、管理体制について不利な事実を自ら残します。買主やM&A仲介会社に電話をかけることも避け、やり取りは書面に一本化してください。

手元の資料を確定させる

次に、当時の資料を洗い出します。

  • 株式譲渡契約書の原本又は写しの一式(袋とじの中身、別紙、附属明細及び開示別紙を含みます)
  • デュー・ディリジェンスの過程で買主側に提出した資料の一覧及び提出日
  • 質問回答書のやり取り、及び電子的な保管庫の登載や閲覧の記録
  • 最終契約の締結の前後の電子メール
  • M&A仲介業者、ファイナンシャル・アドバイザー及び公認会計士との往復書簡

表明保証の例外事項は本文ではなく別紙に記載されていることが多く、これが反論の中心的な材料となります。特に重要なのが、いつ、どの資料を、どのような形で買主側に見せたかという記録であり、後述する開示資料による除外の主張は、これがなければ組み立てられません。保管庫を運営していたのが買主側やM&A仲介業者である場合は、早い段階で運営者に記録の保存と写しの交付を求めてください。

対象会社の資料に接することができるかを確かめる

注意を要するのは、売主が既に株主でも役員でもない点です。株主であれば会社法第433条第1項に基づいて会計帳簿等の閲覧謄写を請求する余地がありますが、株式を譲り渡した売主にこの権利はありません。会計資料、契約書、稟議の記録を見るには、買主又は対象会社の任意の協力を得るほかありません。補償の請求に関して買主が売主に資料の閲覧や説明の機会を与える協力条項があれば、早い段階で履行を求めます。

表明保証の違反、補償及び一般の損害賠償の区別

買主の書面には「損害賠償」とだけ書かれていることが多いのですが、法的な根拠は一様ではありません。根拠により、期間の制限、上限額の適用、買主が立証すべき事項が変わりますので、まず請求を仕分けます。

表明保証の条項と補償の条項は別の条項である

株式譲渡契約には、売主が対象会社や株式について一定の事実が真実かつ正確であることを述べて保証する条項が置かれます。財務諸表が適正であること、簿外の債務がないこと、係争がないこと、労務に関する法令を遵守していること、といった内容です。これとは別に、表明した事実が真実でなかった場合に買主に生じた損失を売主が埋め合わせる義務を定める補償の条項が置かれます。表明保証の条項だけでは請求の根拠になりませんので、両方を並べて読みます。補償の請求ができる期間、金額の下限及び上限額が第一の防御線です。

誓約事項の違反及び特別補償

補償を求める根拠は表明保証の違反に限りません。誓約事項とは、契約の締結から実行までの間、あるいは実行の後に、売主が一定の行為をする、又はしないと約束した条項であり、競業の避止や従業員の引抜きの禁止です。特別補償とは、デュー・ディリジェンスで判明した問題について、損失が生じたときは売主が負担すると個別に定めるものです。後述する知識による限定や開示資料による除外は特別補償には及ばないのが通常であり、その対象とされた事項について「知らなかった」と述べても意味を持ちません。

民法上の債務不履行又は不法行為に基づく請求

買主が契約の補償の条項によらず、民法第415条第1項の債務不履行、あるいは民法第709条の不法行為による損害賠償として請求してくる場合もあります。通知の期間を過ぎた場合や上限額を超える金額を求めたい場合です。不法行為の構成では、買主は売主の故意又は過失、すなわち売主が事実を知りながら告げなかったこと等を立証しなければならず、表明した事実が真実でなかったことを示せば足りる補償の請求と比べ、重い負担です。

区別することの実益

契約に「本契約に定める補償が売主の責任のすべてであり、買主は他の請求をしない」旨の排他的救済の条項があれば、買主は原則として契約の枠外の請求ができません。そのような条項がなければ、複数の構成を並べて請求してくることも想定されます。もっとも、責任を限定する特約があっても、売主が知りながら告げなかった事実については、民法第572条の趣旨に照らし、免責の主張が認められない場合があります。当時認識していたか否かを、記録に基づいて確かめてください。

どの条項に基づく請求かを特定する

次に、買主が具体的にどの条項番号を根拠にしているかを確定させます。これを飛ばして事実関係の説明に入ってしまうことが、最も避けるべき進み方です。

通知書と契約書を条項番号で突き合わせる

通知書を手元に置き、株式譲渡契約書の該当条項を開いて、買主が指摘する事実がどの条項のどの項目の違反に当たるとされているのかを、紙の上で線でつなぐ作業を行ってください。条項番号の記載がない場合や、複数の条項が並列されているだけで対応関係が示されていない場合は、どの事実がどの条項の違反に当たるとお考えかを書面で求めます。この求めをしないまま進めますと、反論を尽くした後に買主が主張を組み替えることを許します。

表明保証の項目を特定する

表明保証の条項は、通常、10から30程度の項目に分かれます。計算書類の正確性、簿外の債務の不存在、租税の申告及び納付、労務関係の適法性、訴訟の不存在、許認可の保有、重要な契約の有効性、知的財産権、資産の所有権、関連当事者との取引、環境などです。中小企業のM&Aで問題になりやすいのは、未払の残業代を含む労務関係、簿外の借入金や個人保証、税務申告の誤り、在庫の評価、取引先との口頭の約束です。

項目の特定が後の検討を左右する

補償の請求ができる期間は項目ごとに長短が異なるのが通常であり、知識による限定が付されているか否かも、下限額や上限額の適用が除外される例外に当たるか否かも、項目ごとに異なります。項目が確定しないうちは、期間の主張も知識による限定の主張も組み立てられません。買主が複数の事実を一括して請求している場合は、事実ごとに項目を割り付け、別個に検討します。一括して扱いますと、期間を過ぎた項目まで生きているかのように扱われます。

主張された違反の事実が実際にあるか

条項を特定したら、買主が主張する事実が本当に存在するのか、存在するとしても表明保証の文言に照らして違反に当たるのかを検討します。事実の有無と違反の成否とは別の問題であり、事実が存在しても、表明の文言や基準時に照らせば違反にならない場合が少なくありません。

基準時はいつか

表明保証は、特定の時点における事実について述べるものです。契約の締結の日のみを基準時とする場合と、実行の日にも同じ表明を繰り返す場合とがあります。買主が主張する事実が実行の後に発生した事情に基づくものであれば、違反にはなりません。実行の8か月後に退職した従業員が未払の残業代を請求してきた事案では、請求の時期ではなく、労働時間の実態がいつの期間のものかを見ます。実行の後の期間に対応する部分は、買主の経営の下で生じたものです。

表明の文言に付された限定を読む

表明保証の各項目には、しばしば「重要な点において」「対象会社の事業、財産又は財政状態に重大な影響を及ぼす」といった限定の文言が付されています。この場合、些細な不正確さは違反になりません。譲渡代金が3億円の会社について300万円の未計上の債務が判明した事案で、それが重要な点における違反に当たるかは、当然には認められません。契約に金額の基準が定められている場合もありますので、定義の規定を確認します。

裏付けとなる資料の提出を求める

買主が事実を主張する以上、その裏付けを示すのは買主の側です。税務上の問題であれば更正の通知書や修正申告書の写し、労務であれば労働基準監督署の是正勧告書や従業員からの請求の書面、訴訟であれば訴状、取引先との紛争であれば請求書と往復の書面を求めます。金額も、総額だけを示す通知書には意味がありませんので、項目ごとの内訳と算定の根拠を求めます。実務上、この求めをした段階で当初の請求額が大きく減額されることがあります。

知識による限定及び開示資料による除外

ここが、売主にとって最も重要な防御の場面です。表明保証は、真実に反していれば直ちに責任が生じる形が原則ですが、中小企業のM&Aでは、売主の負担を和らげるため、知識による限定と開示資料による除外という二つの限定が付されるのが一般的です。

知識による限定とは何か

知識による限定とは、表明保証に「売主の知る限り」といった文言を付し、保証の対象を、売主が認識していた又は認識し得た範囲に限るものです。「対象会社には、売主の知る限り、簿外の債務は存在しない」という表明であれば、簿外の債務が実際に存在しても、売主が知らなかったのであれば違反は生じません。単に「簿外の債務は存在しない」と書かれている場合とは結論が全く異なります。一部の項目にのみ付されることが多いため、指摘された項目の条文を一字一句読んでください。

「知る限り」と「知り得る限り」の違い

この二つは意味が違います。「知る限り」は、売主が現実に認識していたかどうかを問うものです。「知り得る限り」あるいは「合理的な調査を行った上で知る限り」といった文言は、相応の調査をすれば知ることができた事項までを含みますので、売主に不利です。契約によっては「知り得た」の内容として、帳簿の閲覧や担当役員への確認といった行為が定義されていることもありますので、定義の規定を必ず確認します。

誰の知識かという問題

次に問題になるのが、誰の知識を基準にするかです。売主が個人であれば、その個人の認識が基準になるのが素直な読み方です。しかし、「売主の知識とは、売主並びに対象会社の取締役及び部長職以上の使用人が現に認識していた事項をいう」といった定義が置かれていることがあります。この場合、ご本人が知らなくとも、経理部長が知っていたとして知識があったものと扱われます。同族経営では、親族である役員の認識が含まれるかが争点になり得ます。

知らなかったことをどのように説明するか

売主が知っていたという事実は、補償を求める買主の側が示すべき事項とされるのが通常です。もっとも、交渉では、知らなかったことが自然であると理解できる事情を示した方が有利に進みます。当時の職務分掌、稟議や報告の経路、取締役会や経営会議の議事録、担当者への確認の記録が手がかりです。問題とされている契約が支店長の専決事項であり、本社に報告される仕組みになっていなかったのであれば、その社内規程が資料になります。

開示資料による除外

もう一つの防御が、開示資料による除外です。株式譲渡契約には、通常、「別紙に記載された事項は、表明保証の対象から除く」という定めが置かれ、この別紙が開示別紙です。ここに記載があれば、そもそも対象の外です。問題は、開示別紙にはないものの、デュー・ディリジェンスで資料として提出していた場合です。「本契約の締結の日までに買主に対して開示された一切の資料に記載された事項」を除外する広い定めであれば、保管庫に登載していた事実をもって除外を主張し得ます。他方、「別紙に記載された事項に限り除く」という定めでは、提出していただけで除外されることはありません。

買主が譲渡の前に知っていた場合の扱い

買主がデュー・ディリジェンスで既に把握していた事項について、後から補償を請求できるかという論点もあります。「買主が当該事実を知っていたか否かにかかわらず、売主の補償の責任は影響を受けない」という条項があれば、買主の認識は原則として抗弁になりません。逆に「買主が知っていた事項については補償を請求できない」という条項があれば、買主の認識を示すことが有効な防御です。いずれもなければ解釈の問題となり、報告書や質問回答書が材料になります。買主が知りながら価格に反映させずに実行しておきながら後に補償を求めることは、信義に反するとの主張も成り立ち得ます。

通知の期限を徒過していないか

ここまでの検討と並行し、通知が契約上の期限内かを確認します。補償の請求権には、実行から一定の期間が経過すると請求できなくなるという存続期間が定められているのが通常であり、これを過ぎた通知であれば、内容の当否を論じるまでもなく請求は認められません。売主の反論のうち、最も効果が高く、判断も容易な点です。

項目ごとに期間が異なる

存続期間は一律ではありません。中小企業のM&Aでは、一般の表明保証について実行の日から1年から2年程度、労務に関する事項について2年から3年程度とされる例が多く見られます。租税や社会保険については、税務上の調査が及び得る期間に合わせ、より長い期間が定められることがあります。株式を適法に保有していること、契約を締結する権限を有することといった基本的な事項は、期間を定めない、あるいは相当長い期間とすることもあります。起算点が実行の日か締結の日かも確認します。

期間内に何をすることが必要か

次に確認すべきは、期間内に「通知」をすれば足りるのか、「請求」を要するのか、訴えの提起まで求められているのかという点です。この文言の差は決定的です。多くの契約では、期間内に書面による通知をすればその請求権は存続すると定められ、通知の方式と記載事項が要件になります。違反の内容、根拠となる条項、損害の額又は見込額、算定の根拠が要件とされていないかを確認します。どの条項に違反し、いくらの損害が生じたのかが示されていない書面は、適式な通知として不十分であると主張する余地があり、買主が期間の満了の直前に一報だけを入れて金額を後から示した場合には、追加分について期間内の通知がなかったとして争えます。

期間を過ぎた請求への対応

期間が経過していると判断される場合、回答の書面において、条項番号を挙げ、通知の到達日を示す資料を援用して明示的に主張します。注意すべきは、期間の経過を主張しつつ事実関係についても詳細に反論しますと、期間の点を実質的に問題としていないとの反論を招く点です。第一に期間の経過を理由として請求に応じられない旨を述べ、事実関係は、仮に期間の点を措くとしてもという留保を付して述べる組み立てが穏当です。契約上の期間とは別に消滅時効の問題もあり、民法第166条第1項は、債権は、権利を行使することができることを知った時から5年、行使することができる時から10年で消滅する旨を定めています。売主に不正な意図があった場合に期間の制限を及ぼさない例外の条項もあります。

損害の額と補償の上限額

責任の有無についての検討を終えて初めて、金額の検討に入ります。示された金額を前提に値引きの交渉に入るのではなく、契約上の枠組みに当てはめて、いくらまで請求し得るのかを確定させます。契約には売主の負担の限度を画する装置が仕込まれており、買主の書面がこれを無視した金額を掲げている場合は少なくありません。

補償の対象となる損害の範囲と算定の方法

まず、契約が定める損害の定義を確認します。「現実に被った損害、損失及び費用(合理的な範囲の弁護士の費用を含む)」といった定義であれば、実際に支出した金額が対象であり、逸失利益は含まれないと主張する余地があります。この点が効いてくるのが、買主が「収益力が下がったため、買収の時の評価倍率を掛けた金額が損害である」と主張してくる場合です。評価倍率で割り戻しますと実額の何倍もの金額になりますが、契約に算定の方法の定めがなければ、現実に生じた支出を基礎とすべきであると反論し得ます。

下限額と上限額

株式譲渡契約には、通常、金額の枠が定められています。一つは下限額であり、1件当たり一定額に満たない事項は請求できないという定めと、累積額が一定額に達するまでは請求できないという定めの二段構えのことがあります。後者は、超過部分のみか全額かで結論が変わりますので、文言を精確に読んでください。もう一つは上限額であり、譲渡代金の10パーセントから30パーセント、事案によっては全額とする例もあります。譲渡代金が5億円で上限額が20パーセントであれば、1億円を超えて支払う義務はありません。売主の詐欺又は故意による場合等が例外とされることが多く、買主はこれに当たると主張してきます。

金額を減らす要素

控除すべき要素も契約に定められていることがあります。対象会社が保険により受け取った金額、その支出により生じた税務上の便益、既に引当金として計上されていた金額、第三者から回収した金額です。二重に利益を得ることは許されませんので、買主が現に受領した金額を確認してください。実行の時に運転資本や純資産の調整を行っていた場合、その調整で既に考慮された事項について重ねて補償を求めることは二重の填補に当たりますので、調整の計算書と突き合わせます。留保金や表明保証の保険がある場合には、買主がそれらを先に用いるべき旨の定めもあります。

買主が立証すべき事項と売主の反論

買主の書面は、対象会社に不都合な事実があったという指摘と、そこから直ちに導かれた請求金額とで構成されていることが多くあります。しかし、補償を受けるためには、そのほかにいくつもの事項を立証しなければなりません。書面の欠けている部分を指摘し、裏付けを求めることが交渉の第一歩です。

買主が示すべき事項の全体像

買主が示すべき事項は、第一に、どの表明保証の条項にどの事実が反するのかという違反の事実、第二に、損害が現に発生したこととその額、第三に、違反と損害との間の因果関係です。第一の点については、既に述べた知識や重要性の限定が働き、限定が付されている項目では、買主が売主の現実の認識や事実の重要性まで示す必要があります。三つのいずれかが欠ければ請求は成り立ちませんが、多くの通知書は第一の点のみを述べ、第二と第三については金額の記載があるだけです。

損害が現に発生しているか

中小企業のM&Aにおける買主の請求で、しばしば裏付けを欠いているのが損害の発生の点です。未払の残業代の指摘であっても、従業員から現に請求を受け、支払をしたのでなければ、現実の損失は生じていないという反論が成り立ちます。将来支払う可能性があるというだけの段階で計上された引当ての金額は、会計上の処理であって、賠償すべき損害とは別のものです。支払を証する領収書、和解書、行政庁からの処分の書面の提示を求めてください。

違反と損害との因果関係

譲渡の後に業績が悪化したとしても、その原因が市況の変化、買主による人員の配置換え、主要な従業員の退職、経営方針の変更にあるのであれば、売主の表明保証の違反によって生じた損害とはいえません。損害賠償の範囲は、民法第416条により、通常生ずべき損害を基本とし、特別の事情によって生じた損害は当事者がその事情を予見すべきであったことを要します。買主自身の判断によって拡大した部分及び予見の範囲の外であった部分は、具体的な事実を挙げて指摘してください。

損害の拡大についての買主の関与

譲渡の後の買主の行動によって損害が拡大した場合の反論も重要です。判明した債務について買主が交渉することなく言い値で支払った場合、行政庁の調査に適切に対応せずに処分が重くなった場合、対応を先送りにして遅延損害金が積み上がった場合が、これに当たります。補償の対象となる事項について買主が売主に通知し、対応の機会を与える旨の定めがあれば、その不履践を指摘できます。民法第418条も、債権者に過失があったときはこれを考慮して損害賠償の額を定める旨を規定しています。

回答書の作成

ここまでの検討を踏まえて、正式な回答書を作成します。回答書は、後の交渉や訴訟において証拠として扱われますので、記載する事項と記載しない事項を意識的に選ぶ必要があります。

回答書に書くこと

書くべきことは、契約のどの条項に基づく請求かの特定を求めること、主張された事実の裏付け資料の提出を求めること、金額について項目ごとの内訳と算定の根拠の提示を求めること、そして知識による限定、開示資料による除外、存続期間、下限額及び上限額について指摘すべき点を条項番号を挙げて述べることです。求める資料の例は、支払を証する領収書又は振込みの記録、相手方との合意書、行政庁の書面、更正の通知書、是正勧告書、算定の計算表です。事実関係は、資料により確認できた範囲で認め、それ以外は確認できないと述べます。

回答書に書かないこと

避けるべきは、記憶に基づく事情の説明を長々と書くこと、謝罪と受け取られる表現を用いること、責任の有無を留保しないまま金額を提示することです。「道義的には申し訳なく思う」と記載される方がおられますが、この種の記載は責任を認めた証拠として扱われるおそれがあります。責任を争いながら同じ書面で金額を提示しますと、責任を認めた上での値引きであると受け取られかねません。聞かれていない他の事項まで説明することも、新たな請求の端緒を与えます。

主張を並べる順序と専門家の役割分担

まず期間の経過及び上限額といった事実関係の当否によらない主張を掲げ、次に表明保証の違反の不存在、そして損害及び因果関係の不存在という順に述べる構成が、後の訴訟における主張とも整合します。なお、指摘された事実が税務に関するものであれば、更正の内容や修正申告の要否について顧問税理士の知見が役立ちます。もっとも、通知が契約上の要件を満たすか、期間や上限額の条項をどう読むかは、契約の解釈の問題です。事実関係の確認は税理士や公認会計士と、条項の検討と回答書の作成は弁護士と、という役割分担をお考えください。

交渉及び訴訟

回答書を出した後、主張が対立した場合には、交渉で解決するのか、訴訟の場に移すのかの判断が必要となります。重要なのは、この判断を、感情ではなく、負担と見込みに基づいて行うことです。

交渉の順序と落としどころ

交渉は、責任の有無、金額、支払の方法という順序で進めます。この順序を混ぜますと、論点が整理されないまま金額だけが動きます。実務上、この種の紛争の相当数は交渉により解決に至ります。買主にとっても、訴訟には費用と時間を要し、対象会社の事実が公開の法廷で争われる負担があるためです。交渉の材料としては、減額したうえでの一括の支払、分割による支払、留保されている代金との調整、売主が保有する関連資産の取扱いを含めた解決が考えられます。なお、請求を理由に買主が未払の譲渡代金の支払を止めることがありますが、代金の支払義務と補償の義務とは別個ですので、代金の支払を求める書面も出しておきます。

合意書の作成

解決に至る場合には、合意書を作成し、対象事項を特定した上で、当該事項に関して当事者間に他に債権債務がないことを確認する条項、いわゆる清算の条項を必ず入れます。民法第696条は、和解によって争いの目的である権利の存否が確定する旨を定めており、清算の条項により、同じ事案について後日重ねて請求を受ける事態を防げます。あわせて、他の表明保証の項目についても、買主が既に把握している事項があればそれを含めて解決する旨を定めることを検討してください。個別の事項だけを解決しても、次の通知が来るのでは意味が薄れます。

訴訟となった場合の見通し

交渉がまとまらない場合、買主が売主を被告として訴えを提起します。主張立証の責任は原則として原告である買主が負い、表明保証の違反、損害の発生と額、因果関係のいずれについても買主が証拠をもって示さなければなりません。売主は、期間の経過、上限額、開示による除外、知識による限定、買主の認識といった防御を提出します。他方、売主の側から債務が存在しないことの確認を求める訴えを先に提起する選択肢もあり、事業の売却や相続の手続に支障が生じている場合には決着を早める余地があります。

費用と時間の見積り

この種の事案は、契約の解釈と会計上の数値の双方が争点となるため、第一審の判決までに1年半から2年半程度を要することが多くあります。訴訟の費用は請求額に応じて増減し、これに弁護士の費用が加わります。請求額が3000万円である事案において、争って半額まで減らせる見込みがある一方、解決までに2年と相応の費用を要するのであれば、早期に一定額で和解することが合理的な場合もあります。逆に、請求額が上限額を大きく超え、期間の経過も明らかである事案では、譲らずに争うことが妥当です。いずれを選ぶかは、契約の文言、証拠の状況及び買主の姿勢によって異なりますので、資料をそろえたうえでご相談ください。

よくあるご質問

以下では、請求の書面を受け取られた売主の方から、お寄せいただくことの多いご質問を掲げます。

買主の代理人弁護士から2週間以内に回答するよう求められました。期限を守らなければ不利になりますか

その期限は買主が一方的に設定したものであり、これに従う法律上の義務はありません。もっとも、無回答のまま放置しますと、買主が交渉の余地がないと判断して訴訟の提起に進みます。期限までに、請求を受領した旨、調査のうえ回答する旨、根拠条項の特定と裏付け資料の開示を求める旨を記載した書面を出しておくことが穏当です。事実関係を認める記載や弁解にわたる記載はしないようご留意ください。

指摘されている事実に心当たりがあります。認めてしまってよろしいでしょうか

事実に心当たりがあることと、法律上の賠償の責任を負うこととは別の事柄です。その事実が表明保証の文言に照らして違反に当たるのか、基準時の後に生じた事情ではないか、知識による限定が付されていないか、開示別紙に記載されていなかったか、通知の期間内の請求か、現実の損害が生じているか、金額が上限額の範囲内か。これらを確認する前に認めますと、争う余地のある論点を放棄することになりかねません。

株式譲渡契約書が手元になく、M&A仲介会社とも連絡が取れません。どうすればよろしいでしょうか

契約書は買主も同一のものを保有しておりますので、写しの交付を求めることができます。請求をしてきている以上、その根拠となる契約書の提示を拒む理由は乏しいはずです。別紙及び開示別紙を含む一式がそろわなければ検討ができませんので、写しを求める際には別紙を含む旨を明示してください。あわせて、当時の電子メール、原本を保管していそうな場所、公認会計士や税理士の事務所の控えを確認します。

「売主の知る限り」と書かれていれば、知らなかったと述べるだけで済みますか

述べるだけで済むわけではありません。まず、その項目に確かに限定が付されているかを条文で確認し、次に、契約における「売主の知識」の定義を確認します。対象会社の役員や一定の職位以上の使用人の認識を含む定義になっていますと、ご本人が知らなくとも知識があったものとして扱われ得ます。その上で、知らなかったことが自然であると理解できる事情を、当時の職務分掌や報告の経路の資料により示します。

デュー・ディリジェンスで資料を提出していれば、それだけで責任を免れますか

契約の書きぶりによります。「開示された一切の資料に記載された事項」を対象から除くという広い定めであれば、提出の事実と資料の内容により除外を主張し得ます。他方、「開示別紙に記載された事項に限り除く」という定めであれば、資料を提出していたというだけでは除外されません。まず条項の文言を確認し、あわせて、いつどの資料を提出したかを示す記録を早い段階で確保してください。

譲渡から3年が経っています。それでも請求されるのでしょうか

株式譲渡契約に定められた補償の請求の期間が経過していれば、契約に基づく請求は認められないと主張する余地があります。ただし、期間は項目ごとに異なることが多く、租税や社会保険、株式の所有権に関する項目は長めに定められている場合があります。起算点が実行の日か契約の締結の日かによっても結論が変わり、買主が不法行為の構成をとる場合には別途の時効が問題となります。経過した年数のみで結論は決まりません。

買主は株式の評価額が下がったとして、買収の時の倍率を掛けた金額を請求しています

契約における損害の定義を確認します。「現実に被った損害、損失及び費用」といった定義であれば、実際に生じた支出の額に限られると反論し得ます。企業価値の算定に用いた評価倍率を掛けた金額を損害とする算定は、契約にその旨の定めがある場合を除き、当然に認められるものではありません。あわせて算定の計算の過程の開示を求め、上限額に照らして請求額が枠内にあるかも確認してください。

複数の売主がいる場合、私が全額を請求されることはありますか

親族間で株式を分けて保有していた事案では、売主の責任が連帯か、持株の割合に応じた分割かによって結論が変わります。連帯の定めが置かれていれば、買主は売主の一人に対して全額を請求することができ、支払をした売主は他の売主に負担部分の求償をすることになります。連帯とされている場合には、他の売主の方々と早い段階で情報を共有し、回答の内容をそろえておくことが望まれます。

具体的なご相談をお考えの皆様へ

本ページの主題に関し、当事務所の取扱内容、対応の進め方及び費用の考え方は、次のご案内のページに整理しています。あわせてご覧ください。