簿外債務、不良在庫及び未払残業代が発覚した場合の損害額の算定
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簿外債務、不良在庫及び未払残業代は、発覚した額をそのまま損害とすることができるとは限りません。本記事では、類型ごとの算定の考え方と、税効果及び買収価格の算定方法による違いを整理いたします。
損害額算定の総論及び利益倍率による算定の当否については別の記事で扱っています。あわせて御覧ください。
株式の譲渡が完了して数か月が経ち、買主として対象会社の帳簿を自ら動かし始めた頃に、決算書に載っていなかった支払の請求書が届き、倉庫の奥に何年も動いていない在庫が積み上がっており、従業員から残業代の未払を指摘される、という事態は珍しくありません。いずれも、譲渡の前から存在していたにもかかわらず、譲渡の時点では買主に見えていなかった負担です。買主としては、こうした負担を売主に負わせたいと考えるのが自然です。
もっとも、実際に売主に請求しようとすると、最初の関門は「いくら請求するのか」という点にあります。請求書の額面、在庫の帳簿価額、未払残業代の計算結果は、いずれも数字としては出てきますが、それがそのまま法的に請求できる損害額になるとは限りません。買収価格をどのように算定したか、株式譲渡契約の補償条項をどう定めたか、税金の負担がどう動くか、時効により消滅する部分があるか、といった事情によって、請求できる金額は大きく変わります。
本稿では、弁護士法人M&A総合法律事務所での取扱いを踏まえ、簿外債務、不良在庫及び未払残業代その他の労務債務という3つの類型について、それぞれ損害額をどのように算定するか、その過程でどこが争点になるか、売主からどのような反論が返ってくるかを整理します。譲渡代金1億円から10億円程度の中小企業の株式譲渡を想定しています。
発覚した負担を損害額に翻訳する作業の全体像
買主が最初にすべきことは、発覚した事項を「対象会社が現に負担する金額」と「買主が売主に請求できる金額」に分けて考えることです。この2つは別の数字であり、混同すると請求の組立てが崩れます。対象会社が負担する金額は会計と税務の問題であり、売主に請求できる金額は契約と法律の問題です。両者の間には、税効果、時効、価格への織込み、契約上の制限という4つの調整弁が入ります。
算定に必要な5つの手順
実務上は、次の順序で数字を作ります。第1に、発覚した事項ごとに額面を確定します。請求書、在庫台帳、賃金台帳といった一次資料に基づいて、金額と発生時期を特定します。第2に、そのうち譲渡実行日より前の原因に基づく部分を切り分けます。譲渡後の営業活動から生じた部分は、原則として買主の負担です。第3に、時効により既に消滅している部分、及び相手方が請求してこないことが明らかな部分を除外するかどうかを検討します。第4に、法人税等の減少という税効果を控除するかどうかを検討します。第5に、株式譲渡契約の補償条項が定める上限、免責額、通知期限といった制限を当てはめます。
額面と損害が一致しない理由
額面がそのまま損害にならない理由は、買主が取得したものが「個別の資産と負債」ではなく「株式」だからです。株式の価値は対象会社の純資産と将来の収益力から算定されており、簿外債務が1000万円あったということは、その分だけ純資産が過大に評価されていたということを意味します。したがって、株式の価値がいくら下がったかが本来の損害です。ただし、株式譲渡契約の多くは、この計算の煩雑さを避けるため、対象会社に生じた損失額をそのまま買主の損害とみなす旨の条項を置いています。この条項の有無が、実際の請求額を左右します。
簿外債務が発覚した場合の損害額の算定
簿外債務は、決算書の負債の部に計上されていないにもかかわらず、対象会社が支払義務を負う可能性のあるものの総称です。中小企業の株式譲渡で頻出するのは、未計上の買掛金、代表者又は関係会社の借入に対する債務保証、係争中の請求、返品や値引きに対する引当ての不足の4つです。それぞれ性質が異なり、損害額の算定方法も異なります。
未計上の買掛金
期末に納品を受けていながら請求書の到着が遅れ、買掛金として計上されていない、というのが典型です。この類型は、支払義務の存在と金額がほぼ争いなく確定するため、損害額の算定は比較的単純です。確認すべき資料は、納品書、検収書、取引先からの請求書、及び譲渡実行日以後の支払記録です。ここで注意すべきは、その仕入に対応する商品が譲渡実行日時点で在庫として残っていたかどうかです。在庫が残っていれば、買掛金が増える一方で棚卸資産も増えるため、純資産の減少は生じません。この場合、損害を主張することは困難です。逆に、既に販売済みであれば、売上原価が過少に計上されていたことになり、純資産は実際に減少しています。
債務保証と偶発債務
代表者個人の借入、関係会社の借入、取引先の手形について、対象会社が保証人になっている例があります。保証債務は、主債務者が支払を続けている限り現実の支出を生じませんが、対象会社の信用力を確実に毀損します。損害額の算定は、保証債務の額面をそのまま損害とする考え方と、主債務者の弁済可能性を踏まえた期待値で算定する考え方に分かれます。実務では、まず売主に対して保証の解除又は保証債務の免脱を求め、それが実現しない場合に金銭による補償を求めるという二段構えが現実的です。確認すべき資料は、金融機関との保証契約書、主債務者の決算書、返済予定表です。
係争中の請求と引当ての不足
譲渡の前から取引先や元従業員との間で争いがあり、対象会社が請求を受けているにもかかわらず、引当金が計上されていない例があります。この類型の損害額は、譲渡実行日時点で合理的に見積もられる支払額です。判決や和解によって最終的な金額が確定するまでは、損害額が未確定であるという売主の反論を招きやすい部分です。買主としては、代理人弁護士の意見書、相手方からの請求書面、過去の同種案件の解決水準といった資料を揃え、見積りの合理性を説明できるようにしておく必要があります。返品引当ての不足も同様で、過去数年の返品率の実績と譲渡実行日時点の出荷残高から、必要な引当額を算定します。
不良在庫が発覚した場合の損害額の算定
在庫は、中小企業の株式譲渡において最も評価が動きやすい項目です。帳簿上は資産として計上されていても、実際には販売できない、値引きしなければ売れない、そもそも存在しない、という状態が併存していることがあります。損害額の算定にあたっては、この3つを区別することが出発点になります。
滞留在庫と評価減が必要な在庫
滞留在庫とは、一定期間出荷実績のない在庫です。これ自体は直ちに無価値ではなく、時間をかければ販売できる可能性があります。損害額は、帳簿価額と正味売却価額の差額として算定します。正味売却価額は、販売可能な価格から販売に要する費用を控除した額です。実務では、過去3年間の出荷実績、直近の販売単価、同業他社への転売価格の見積り、廃棄処分費用の見積りといった資料を揃えます。買主が「販売できないから全額が損害である」と主張しても、実際に値引き販売した実績があると、その分は損害から控除されることになります。したがって、譲渡後に在庫を処分する際は、処分価格と処分費用の記録を残しておくことが重要です。
実在しない在庫
棚卸資産の水増しは、決算書の利益を実際より大きく見せるために行われる操作です。実地棚卸を行った結果、帳簿数量と実数量に差異が生じた場合、その差額は原則として全額が損害となります。ここで買主が直面する困難は、その差異が譲渡実行日より前に生じていたことをどう立証するかです。譲渡から実地棚卸までの間に、買主自身の管理下で在庫が減少した可能性を売主から指摘されるためです。対策としては、譲渡実行日又はその直近に立会いのうえで実地棚卸を行い、その結果を売主との間で確認しておくことが最も確実です。これを怠った場合は、譲渡後の入出庫記録を遡って積み上げ、譲渡実行日時点の理論在庫を復元する作業が必要になります。
在庫に関する損害額の算定資料
在庫の損害を主張する場合に用意すべき資料を整理します。第1に、譲渡実行日時点の在庫一覧表で、品番、数量、単価、最終入庫日、最終出荷日が記載されたものです。第2に、実地棚卸の結果報告書と、立会者の署名があるものが望ましいです。第3に、過去3年から5年の品番別出荷実績です。第4に、評価減の根拠となる価格資料です。第5に、譲渡後の処分実績です。これらを揃えたうえで、品番ごとに帳簿価額、正味売却価額、差額を並べた一覧を作成します。この一覧が、そのまま請求額の根拠資料になります。
未払残業代その他の労務債務が発覚した場合の損害額の算定
労務債務は、金額の算定が最も技術的であり、かつ潜在的な金額が最も大きくなりやすい類型です。中小企業では、労働時間の管理が行き届いておらず、賃金体系も長年見直されていないことが多いため、精査すると相当額の未払が判明します。しかも、対象会社が現実に支払うかどうかが従業員の請求の有無に依存するため、損害の確定性という論点が正面から問題になります。
固定残業代の不足
固定残業代は、一定時間分の割増賃金をあらかじめ定額で支払う制度です。有効と認められるためには、通常の労働時間の賃金部分と割増賃金部分が判別できること、及び固定額が何時間分に相当するかが明確であることが必要とされています。中小企業では、給与規程に「役職手当には残業代を含む」とだけ書かれ、何時間分かが定められていない例が多く見られます。この場合、その手当が割増賃金の支払として認められないだけでなく、その手当自体が割増賃金の算定基礎に組み込まれることになり、未払額は二重に膨らみます。確認すべき資料は、就業規則、賃金規程、雇用契約書、給与明細、及び労働時間の記録です。
割増賃金の算定基礎の誤り
割増賃金は、1時間当たりの賃金額に割増率を乗じて計算します。この1時間当たりの賃金額の計算から除外できる手当は、家族手当、通勤手当、住宅手当、別居手当、子女教育手当、臨時に支払われる賃金、1か月を超える期間ごとに支払われる賃金に限られると解されています。しかも、名称が家族手当であっても、扶養家族の有無にかかわらず一律に支給されている場合は除外できません。中小企業では、実質を伴わない名称の手当が算定基礎から除かれている例が多く、この見直しだけで未払額が大きく変動します。損害額の算定にあたっては、まず正しい算定基礎を確定し、そのうえで労働時間の記録に基づいて再計算する、という二段階の作業が必要です。
社会保険料の未納
短時間労働者を適用対象から外していた、役員報酬の届出額が実際の支給額と異なっていた、賞与の届出をしていなかった、といった事情から、社会保険料の未納が生じている例があります。この類型の特徴は、行政機関が調査に入った場合に遡って徴収される可能性がある一方、徴収権に時効の定めがあるため、遡及の範囲が限られる点にあります。損害額は、遡及して徴収され得る保険料の事業主負担分に、延滞金の見込額を加えた額として算定します。従業員負担分は、本来従業員が負担すべきものであるため、対象会社が肩代わりして回収できない部分に限って損害に含めるという整理が一般的です。
時効により消滅する部分の取扱い
未払賃金の請求権については、労働基準法第115条が消滅時効を定めており、現行法では原則5年としつつ、当分の間は3年とする経過措置が置かれています。したがって、譲渡実行日の時点で既に3年を超えて経過した部分は、従業員が請求しても対象会社が時効を援用すれば支払義務を免れます。損害額の算定にあたっては、この部分を除外するのが原則です。ただし、実務では二つの留保が必要です。第1に、対象会社が時効を援用しない経営判断をする場合があり、従業員との関係を維持するためにあえて全額を支払うこともあります。第2に、時効は請求により更新されるため、既に従業員から請求書が届いている場合は、その時点から新たに時効期間が進行します。株式譲渡契約の補償条項において、時効により消滅した部分を損害から除く旨を明記しておくかどうかは、交渉上の重要な論点です。
税効果を控除すべきかどうか
損害額の算定で見落とされやすく、かつ金額への影響が大きいのが税効果です。対象会社が簿外債務を支払い、在庫を評価減し、未払残業代を支払うと、その分だけ損金が増え、法人税等の負担が減ります。売主からは、この減少分を損害から控除すべきであるという主張がなされます。
税効果の控除を認める考え方
損害賠償の目的は、損害がなかった状態に回復することにあります。1000万円の未計上買掛金を支払った対象会社は、その1000万円が損金となることで、実効税率を仮に30パーセントとすれば300万円だけ法人税等の負担が減ります。したがって、正味の負担は700万円であり、1000万円全額を補償させると買主が300万円だけ利得することになる、というのがこの立場です。株式譲渡契約の補償条項に「損害額は、当該損害に係る税務上の便益を控除した額とする」という文言が入っていれば、この考え方が契約上明示されたことになります。
税効果の控除を認めない考え方と繰越欠損金
これに対し、買主の側からは次の反論が可能です。第1に、対象会社に多額の繰越欠損金があり、当面法人税を納付する見込みがない場合には、損金が増えても現実の税負担は減りません。将来の課税所得と相殺できるとしても、その時期は不確実であり、現在価値は額面より小さくなります。第2に、税効果を認めるのであれば、逆に補償金を受領したことによる課税も考慮すべきであるという議論が生じ、計算が際限なく複雑になります。第3に、株式譲渡契約に税効果の控除に関する定めがない場合、当然に控除されるとは限りません。実務上は、この論点を事後の争いに委ねるのではなく、契約締結時に税効果を控除するのかしないのかを明記しておくことが最善です。
買収価格の算定方法による損害額の違い
同じ簿外債務が発覚しても、買収価格をどのように算定したかによって、請求できる金額の理屈は変わります。売主が最も多く用いる反論が「既に価格に織り込み済みである」というものであるため、買主としては自らの価格算定過程を説明できるようにしておく必要があります。
時価純資産に営業権を加算して算定した場合
中小企業の株式譲渡で最も多く用いられる算定方法です。対象会社の資産と負債を時価に引き直した純資産額に、営業利益の数年分といった営業権を加算して価格を決めます。この方法を採った場合、簿外債務や不良在庫は純資産の計算に直接影響するため、損害額の説明は比較的容易です。1000万円の簿外債務が判明すれば、時価純資産が1000万円少なかったことになり、その分だけ価格が過大であったと説明できます。不良在庫についても、評価減が必要であった額だけ純資産が過大に評価されていたことになります。
収益力に基づいて算定した場合
将来の収益又は営業利益に減価償却費を加えた額を基礎とし、これに一定の倍率を乗じて価格を算定した場合、話は複雑になります。この方法では、価格は貸借対照表の純資産ではなく損益に連動しているためです。未払残業代のように毎期継続して発生する費用が漏れていた場合は、基礎となる利益が過大であったことになり、その過大部分に倍率を乗じた額が価格の過大分になります。したがって、年間の未払残業代が300万円であり、倍率が4倍であったとすれば、価格への影響は1200万円に及ぶという主張も理論的には成り立ちます。これに対し、過去の一時点で生じた簿外債務のように一回限りのものは、将来の収益力に影響しないため、額面のみが問題になります。この違いは、請求額に数倍の開きを生じさせます。
価格に織り込まれていた場合の二重取りの問題
デュー・ディリジェンスの結果を受けて価格を減額した項目については、同じ項目について補償を求めると二重取りになります。例えば、在庫について一律5パーセントの評価減を前提に価格を決めていた場合、実際の評価減が7パーセントであったとすれば、損害となるのは差額の2パーセント分です。買主としては、価格交渉の過程で何をいくら織り込んだのかを、議事録、価格算定資料、意向表明書の記載、価格調整の経緯を示す往復書面によって明らかにできるようにしておくべきです。この記録がないと、売主の「織込み済み」という主張に対して有効に反論できません。
株式譲渡契約の補償条項による違い
最終的に請求できる金額を決めるのは、株式譲渡契約の条項です。同じ事実関係でも、条項の書き方次第で請求できる額はゼロにも満額にもなります。譲渡が終わってから条項を読み返して愕然とする、という事態を避けるためにも、条項の構造を理解しておくことが有益です。
補償の上限、免責額及び通知期限
補償条項には、通常次の制限が置かれます。
- 補償の上限額。譲渡代金の10パーセントから30パーセント程度とされることが多く、この額を超える部分は請求できません。
- 免責額。1件当たり又は累計で一定額に達するまでは請求できないという定めです。累計額に達した場合に全額を請求できるのか、超過部分のみを請求できるのかは、文言によって異なります。
- 通知期限。表明保証違反を知った日から一定期間内、又は譲渡実行日から一定期間内に通知しなければ請求権が消滅するという定めです。一般の事項は1年から2年、税務及び労務については3年から5年と長めに定める例があります。
- 補償の対象となる損害の範囲。逸失利益、間接損害、弁護士費用を含むか否かを明記します。
特別補償の設計
デュー・ディリジェンスで具体的な懸念が判明した項目については、一般の表明保証とは別に、その項目に限った補償条項を設けることがあります。未払残業代のように、金額の見込みは立つが確定していない項目に適しています。特別補償の条項では、上限額、免責額、通知期限の制限を適用しない、開示されていたことを理由に補償を免れない、という定め方をするのが通常です。買収価格からの減額と特別補償のいずれを選ぶかは、金額の確度によります。確度が高ければ減額、低ければ特別補償又は代金の一部を第三者に預託する方法が適します。
損害額の擬制条項
先に述べたとおり、株式の価値の下落額を立証することは容易ではありません。そこで、対象会社に生じた損失額を買主の損害とみなす旨の条項、又は対象会社に生じた損失額に買主の持株比率を乗じた額を損害とみなす旨の条項を置くことが実務上広く行われています。この条項があるかどうかで、立証の負担は大きく変わります。既に締結済みの契約にこの条項がない場合は、株式の価値の下落を価格算定の方法に即して説明する必要があります。
売主からの反論の型と買主の対応
請求書を送ると、売主からは類型化された反論が返ってきます。あらかじめ想定しておけば、通知書の段階で先回りして手当てすることができます。以下では4つの典型的な反論を取り上げます。
既に買収価格に織り込み済みであるという反論
最も多い反論です。これに対しては、価格算定の過程を具体的に示すことで対応します。時価純資産に基づく算定であれば、価格算定の基礎とした貸借対照表とその修正一覧を示し、当該項目が修正対象に含まれていないことを指摘します。収益力に基づく算定であれば、基礎とした利益の計算過程を示します。また、価格交渉の過程で当該項目が話題に上っていないことを、議事録や往復書面で示すことも有効です。逆に、当該項目について一定額を減額していた場合は、減額分を超える部分に請求を絞る方が、全体の主張の信用性が保たれます。
通知期限を徒過しているという反論
補償請求には通知期限が定められているのが通常であり、これを過ぎると請求権自体が失われます。買主としては、事実関係の全容が判明する前であっても、まず期限内に通知を行うことが不可欠です。通知の段階では金額が確定していなくてもよく、事象の内容、判明した経緯、違反したと考える表明保証の条項、現時点での見込額と算定の前提を記載して発送します。金額は追って補充する旨を付記します。通知の方法が契約で指定されている場合は、その方法に従います。配達証明付内容証明郵便を用いれば、到達の事実と時期を後日証明できます。
デュー・ディリジェンスで開示済みであるという反論
売主からは、開示資料に含まれていたのだから買主は知り得たはずである、という主張がなされます。この反論の当否は、株式譲渡契約に開示に関する条項があるかどうかで決まります。開示された事項を表明保証の例外とする旨の条項があり、かつ当該事項が開示別紙に具体的に記載されていれば、売主の主張が通る可能性が高くなります。他方、開示が資料室に大量の資料を置いただけであり、当該事項が特定されていない場合は、開示による免責を認めない扱いが妥当です。買主としては、開示別紙の記載内容、資料の受領記録、質問回答書の内容を照合し、当該事項が具体的に特定して開示されていたかを検証します。
損害の発生が未確定であるという反論
従業員がまだ請求していない未払残業代、行政機関の調査が入っていない社会保険料、判決が出ていない係争案件について、売主は損害が現実化していないと主張します。この反論への対応は二つです。第1に、現実化した時点で請求できる旨を確認する書面を交わし、通知期限の起算点を明確にしておく方法です。第2に、対象会社が既に支出した部分に請求を限定し、未確定部分は留保する方法です。実務では、代金の一部を一定期間第三者に預託しておき、確定した都度そこから充当するという設計が、この問題を最も円滑に処理します。
請求を組み立てる際の実務上の留意点
算定の理屈が整理できたとしても、それを相手方に伝わる形にまとめなければ交渉は進みません。中小企業の株式譲渡では、売主が個人株主であり、譲渡代金を既に費消していることも多いため、回収可能性を見据えた組立てが必要になります。
通知書と算定書の作り方
通知書には、事象ごとに、判明した事実、判明の経緯と時期、違反すると考える表明保証の条項、損害額とその算定根拠、根拠資料の一覧を記載します。算定書は、事象ごとに1行を割り当て、額面、譲渡実行日前の原因に基づく部分、時効消滅部分、税効果、契約上の制限適用後の額という列を並べた表形式にすると、争点がどこにあるかが双方に明確になります。この形式にしておくと、売主の反論も列単位で返ってくるため、争点の整理が進みます。
回収可能性を踏まえた選択
売主が個人である場合、勝訴しても回収できなければ意味がありません。譲渡代金の一部が第三者に預託されていれば、まずそこからの充当を求めます。預託がない場合は、売主が譲渡代金で取得した資産の状況を把握し、必要に応じて仮差押えの申立てを検討します。仮差押えには担保の提供が必要であり、被保全債権の疎明も求められますので、算定の裏付けを早期に固めておくことが有利に働きます。また、売主が譲渡後も顧問又は役員として対象会社に関与している場合は、その報酬との相殺や、関与の継続と引換えの解決といった、金銭以外の要素を含む合意も選択肢になります。
よくあるご質問
以下では、簿外債務、不良在庫及び未払残業代の発覚に関して、買主となった経営者の方から実際に寄せられることの多いご質問を取り上げます。個別の事案では契約の文言と事実関係によって結論が変わりますので、あくまで検討の出発点としてお読みください。
簿外債務の請求書が届きました。まず何をすればよいですか。
第1に、株式譲渡契約の補償条項を確認し、通知期限が定められているかを調べてください。期限が短い契約では、この確認が最優先です。第2に、当該債務の発生原因が譲渡実行日より前にあることを示す資料、すなわち契約書、納品書、検収書を確保してください。第3に、金額が未確定であっても、期限内に売主に対して通知を発してください。通知が遅れたことのみを理由に請求が認められなくなる事態は、避けることができます。
不良在庫の帳簿価額全額を損害として請求できますか。
全額が認められるのは、実在しない在庫であることが実地棚卸によって確認された場合か、廃棄以外に処分方法がないことが客観的に示された場合に限られると考えられます。滞留在庫であっても値引きすれば販売できる場合は、帳簿価額と正味売却価額の差額が損害となります。したがって、譲渡後に在庫を処分する際は、処分価格と処分費用を品番ごとに記録しておくことが、後の請求で有利に働きます。
未払残業代について、従業員がまだ請求していない分も売主に請求できますか。
契約の文言によります。損害を「現実に支出した額」と定義している契約では、従業員に支払う前の段階での請求は困難です。他方、対象会社が負担する債務の額を損害とみなす条項がある場合や、未払残業代について特別補償が設けられている場合は、支払前でも請求できる余地があります。いずれにしても、通知期限を守るため、未確定であることを明示したうえで通知だけは先に行っておくことが安全です。
税効果は必ず控除しなければならないのですか。
必ず控除されるとは限りません。株式譲渡契約に税務上の便益を控除する旨の定めがあれば控除されますが、定めがない場合は当然に控除されるわけではありません。また、対象会社に繰越欠損金があり、当面法人税の納付が見込まれない場合には、控除すべき便益が現実には生じていないと主張する余地があります。控除の要否は、金額への影響が大きいため、契約締結の段階で明記しておくことをお勧めします。
デュー・ディリジェンスで資料を受け取っていた項目は、もう請求できないのでしょうか。
資料室に資料が置かれていたというだけでは、直ちに請求が封じられるわけではありません。開示による免責が認められるためには、株式譲渡契約に開示された事項を表明保証の例外とする条項があり、かつ当該事項が開示別紙等で具体的に特定されている必要があると考えられます。買主としては、開示別紙の記載、質問回答書、資料の受領記録を照合し、当該事項が特定して開示されていたかどうかを確認してください。
3つの類型が同時に発覚しました。まとめて請求すべきですか。
算定の性質が異なるため、事象ごとに区分して算定したうえで、一つの通知書にまとめて記載する方法が実務的です。免責額が累計額で定められている契約では、複数の事象を合算することで請求可能な水準に達することがあります。逆に、1件当たりの免責額が定められている契約では、事象の切り分け方が請求可能額を左右します。契約の文言を確認したうえで、区分の仕方を決めてください。
売主が譲渡代金を使ってしまい、支払能力がないようです。どうすればよいですか。
まず、譲渡代金の一部が第三者に預託されていないか、譲渡代金の分割払が残っていないかを確認してください。分割払が残っていれば、未払分との相殺という手段があります。預託も残代金もない場合は、売主の資産状況を把握したうえで、仮差押えの申立てを検討することになります。売主が譲渡後も対象会社に関与している場合は、その関係を踏まえた解決の枠組みを模索する余地もあります。
まとめ
簿外債務、不良在庫及び未払残業代の発覚に対する請求は、額面を並べただけでは通りません。発覚した事象を、譲渡実行日前の原因に基づく部分に切り分け、時効により消滅する部分を検討し、税効果の控除の要否を判断し、買収価格の算定方法に照らして価格への影響を説明し、最後に補償条項の上限、免責額、通知期限を当てはめる、という順序で数字を作る必要があります。この過程を経た数字であれば、売主の反論に対しても、どの部分について争いがあるのかを明確にしながら交渉を進めることができます。
実務上、最も取り返しがつかない失敗は、通知期限の徒過です。金額が固まっていない、事実関係が調査中である、といった事情は、通知を遅らせる理由になりません。事象を認識した段階で、暫定的な内容であっても通知を発しておくことが、その後の選択肢を確保します。また、譲渡実行日における実地棚卸の記録、価格算定の過程を示す資料、開示別紙と質問回答書の保管といった準備は、いずれも請求の可否を左右します。
弁護士法人M&A総合法律事務所では、株式譲渡後に判明した簿外債務、不良在庫及び労務債務に関する損害額の算定、売主に対する通知書及び算定書の作成、交渉並びに訴訟の対応を取り扱っています。契約書の文言と発覚した事実関係を踏まえて、請求し得る範囲と回収の見通しを整理することが、解決への第一歩となります。事案により結論は異なりますので、資料をお手元にご準備のうえ、早期にご相談いただくことをお勧めします。
具体的な御相談をお考えの皆様へ
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