M&A仲介業者の手数料の算定方法と成約に至らなかった場合の負担の考え方
この記事の位置付け
M&A仲介業者の報酬は、基準額の取り方及び最低報酬額の定めにより、同じ譲渡代金であっても負担額が大きく異なります。本記事では、売主の立場から、報酬の算定方法と、成約に至らなかった場合の負担の考え方を整理いたします。
M&A仲介契約を途中で解約する場合の手順については別の記事で扱っています。あわせて御覧ください。
長年育ててきた会社を譲り渡そうと決めて、M&A仲介業者との面談に臨まれた売主の方が、最初に戸惑われるのが手数料の話です。着手金、月額報酬、中間金、成功報酬といった耳慣れない区分が並び、成功報酬はレーマン方式という段階的な料率表で決まると説明されます。譲渡代金が3億円だから料率5%で1500万円だろうと頭の中で計算していたところ、契約書をよく読むと基準額が譲渡代金ではなく移動総資産とされていて、実際の請求額が倍近くになっていた、という御相談は珍しくありません。
さらに難しいのが、成約に至らなかった場合の負担です。1年近く候補先を探して結局まとまらなかった、買主候補の意向表明書まで進んだのに最終条件で折り合わなかった、途中で方針を変えて譲渡そのものを取りやめた、という場面で、それまでに支払った着手金や月額報酬が戻るのか、中間金はどうなるのか、契約を解約した後に別の経路で成約したときに元のM&A仲介業者から成功報酬を請求されることはあるのか。これらはすべて、契約書の文言で決まります。
本稿では、中小企業の株式譲渡(譲渡代金1億円から10億円程度、同族経営、非上場)を念頭に、売主の立場から、M&A仲介業者の報酬の算定方法と、成約に至らなかった場合、中途で解約した場合、テール条項が適用される場合の負担の考え方を整理します。数字の例は説明のための仮のものであり、当事務所の報酬額を示すものではありません。
M&A仲介業者の手数料が発生する4つの場面
M&A仲介業者の報酬は、一つの金額として請求されるものではなく、案件の進行段階に応じて複数回に分けて発生します。契約書を読むときは、まずこの区分がいくつ設けられているかを確認します。区分が多いほど、成約に至らなかった場合に手元から出ていく金額が大きくなる構造になっているからです。
着手金、月額報酬、中間金、成功報酬という4つの区分
一般的な業界慣行として、報酬は次の4つに分けられています。着手金は、M&A仲介契約を締結した時点で支払うもので、企業概要書の作成や候補先リストの作成といった初期作業の対価とされます。月額報酬は、契約期間中に毎月発生するもので、リテイナーフィーと呼ばれることもあります。中間金は、基本合意書の締結時など案件が一定の段階に達した時点で発生するもので、成功報酬の一部前払いとして位置付けられる例が多く見られます。成功報酬は、株式譲渡契約の締結時又は譲渡代金の決済時に発生する最も大きな金額です。
近年は、着手金と月額報酬を設けず成功報酬のみとする完全成功報酬型を掲げるM&A仲介会社も増えています。ただし完全成功報酬型であっても、中間金は別に発生する契約になっていることがありますので、名称に惑わされず条項そのものを確認する必要があります。
手数料の総額は契約書の組合せで決まります
4つの区分のうちどれが設けられ、それぞれいくらになるかは、M&A仲介業者ごとに異なります。着手金100万円、月額報酬30万円、中間金は成功報酬の10%、成功報酬はレーマン方式という組合せであれば、仮に成約まで10か月かかった場合、成約前の段階ですでに400万円が手元から出ていく計算になります。この400万円は、後述するとおり、成約に至らなかったとしても原則として戻りません。
したがって売主としては、成功報酬の料率だけを見比べるのではなく、成約に至らなかった場合に確定的に失う金額がいくらになるかという観点から、契約書全体を見る必要があります。料率が低くても着手金と月額報酬が重い契約と、料率がやや高くても成約時にしか発生しない契約とでは、破談の可能性を織り込んだときの期待負担額が逆転することがあります。
着手金と月額報酬の意味と確認すべき事項
着手金と月額報酬は、成約の有無にかかわらず発生する費用です。金額そのものは成功報酬に比べれば小さく見えますが、案件が長期化した場合の累積額は無視できません。ここでは、契約書のどの部分を読み、何を交渉の対象とするかを整理します。
着手金が何の対価とされているか
着手金の条項では、対価の内容が明示されているかを確認します。企業概要書の作成、譲渡希望価額の算定、候補先リストの作成といった具体的な作業が列挙されていれば、その作業が実際に行われたかどうかを後から検証できます。他方、単に「本契約の締結の対価として」とだけ書かれている場合、作業が進まないまま時間が経過しても、返還を求める法的な根拠を組み立てにくくなります。
また、着手金の支払時期が契約締結後何日以内とされているか、成功報酬から控除されるか否かも確認します。着手金を成功報酬の内金として扱い、成約時に控除する取扱いであれば、成約した場合の総額負担は軽くなります。控除の定めがない場合、着手金は成功報酬とは別に支払ったままになります。この点は条項に一文を加えるだけの話ですので、契約締結前であれば交渉の余地があります。
月額報酬が発生する期間と上限
月額報酬については、発生の始期と終期、そして支払回数の上限を確認します。契約期間を1年とし、その後は自動更新とする契約であれば、更新を止めない限り月額報酬は発生し続けます。売主としては、支払回数の上限を設ける、あるいは一定期間内に候補先の紹介がない場合には月額報酬の発生を停止するといった条項を求めることが考えられます。
実務上、候補先への打診が始まらないまま数か月が経過する事例があります。月額報酬の対価として、月次の進捗報告書の提出、打診先の一覧と反応の開示といった具体的な義務を書き込んでおけば、進捗が滞った場合に契約の履行を求めやすくなります。何も定めがない場合、報告を求めても任意の対応にとどまり得ます。
中間金の位置付けと返還の可否
中間金は、売主にとって最も判断の難しい費目です。金額が着手金より大きく、しかも発生時点では成約が確定していないためです。基本合意書を締結した段階で数百万円を支払い、その後のデュー・ディリジェンスで条件が折り合わず破談になった、という場面で、この中間金が戻るかどうかが問題となります。
中間金が発生する時点の定め方
中間金の発生時点は、基本合意書の締結時とされる例が多く見られますが、意向表明書の受領時、あるいは買主候補による最終的な条件提示の時点とされる例もあります。発生時点が早いほど、破談の可能性が残った段階で支払うことになりますので、売主にとっての負担は重くなります。売主としては、発生時点をできる限り後ろにずらすこと、具体的にはデュー・ディリジェンスの完了後や最終条件の合意後とすることを求める余地があります。
金額の定め方も確認します。定額とする例、成功報酬の見込額の一定割合とする例があります。成功報酬の10%から20%程度とされる例が一般的ですが、この割合が高いほど、破談時に失う金額が大きくなります。
破談となった場合に返還されるか
契約書に「中間金は理由のいかんを問わず返還しない」と明記されている場合、その文言に従って処理されるのが原則です。逆に、返還に関する定めが置かれていない場合には、中間金の法的性質が何であるかという解釈の問題になります。成功報酬の内払いであると位置付けられるのであれば、成約に至らなかった以上、支払の前提を欠くとして返還を求める議論が成り立つ余地があります。他方、基本合意書の締結までの役務の対価であると位置付けられるのであれば、役務は提供済みとして返還は認められにくくなります。
この争いを避けるためには、契約締結の段階で、中間金の性質と、成約に至らなかった場合の取扱いを条項に書き込んでおくことが有効です。例えば、買主候補側の事情で破談となった場合には中間金の全部又は一部を返還する、あるいは次の候補先に対する手続の中間金に充当する、といった定め方が考えられます。売主から一方的に交渉を打ち切った場合と、買主候補が撤退した場合とで取扱いを分けることも、交渉として持ち出しやすい論点です。
成功報酬の算定に用いられるレーマン方式の仕組み
成功報酬の算定には、レーマン方式と呼ばれる段階的な料率表が用いられるのが通例です。金額が大きくなるほど料率が下がる仕組みで、多くのM&A仲介業者が同種の表を採用しています。ただし、同じ料率表であっても、後述する基準額の取り方と、料率の適用方法によって、実際の金額は大きく変わります。
段階的に料率が下がる仕組み
広く用いられている料率表は、基準額のうち5億円以下の部分に5%、5億円を超え10億円以下の部分に4%、10億円を超え50億円以下の部分に3%、50億円を超え100億円以下の部分に2%、100億円を超える部分に1%を乗じるというものです。中小企業のM&Aでは、基準額が5億円以下に収まる例が多く、その場合は一律5%となります。
この料率表自体は業界内でほぼ共通していますので、料率の数字だけを見比べても差は出にくいのが実情です。差が出るのは、次に述べる適用方法と、基準額の定義です。
料率区分の適用方法に注意します
料率の適用には2つの方法があります。一つは、区分ごとに料率を乗じて合算する方法です。基準額が7億円であれば、5億円までの部分に5%を乗じた2500万円と、5億円を超える2億円の部分に4%を乗じた800万円を合算し、3300万円となります。もう一つは、基準額の全体に、その基準額が属する区分の料率を一律に乗じる方法です。この方法では、7億円全体に4%を乗じて2800万円となります。
前者が一般的ですが、契約書の文言が曖昧で、どちらの方法によるのか読み取れない例があります。「基準額に応じて下記の料率を乗じた金額とする」とだけ書かれている場合には、算定例を契約書の別紙として添付してもらうか、条項に「各区分に対応する部分ごとに料率を乗じて合算する」と明記してもらうことが考えられます。数千万円単位の差になり得る論点ですので、口頭の説明で済ませず、書面に落とすことが重要です。
基準額の取り方が報酬額を大きく変えます
レーマン方式で最も注意すべきは、料率を乗じる対象となる基準額が何かという点です。同じ料率表でも、基準額の定義が異なれば報酬額は倍以上変わります。売主が「譲渡代金の5%」と理解していたのに、契約書上は「移動総資産の5%」となっていた、というのが最も多い認識の食い違いです。
株式価額基準、企業価値基準、移動総資産基準の違い
基準額の取り方には、主に3つの類型があります。第一は株式価額基準で、売主が実際に受け取る株式の譲渡代金そのものを基準とするものです。売主にとって最も分かりやすく、負担も最も軽くなります。第二は企業価値基準で、株式の譲渡代金に有利子負債を加えた金額を基準とするものです。第三は移動総資産基準で、株式の譲渡代金に、対象会社の負債の総額を加えた金額を基準とするものです。負債には有利子負債だけでなく買掛金や未払金といった事業上の債務も含まれ得ますので、3つの中で基準額が最も大きくなります。
なお、名称は業者ごとに異なります。「企業価値」と書かれていても、その定義が移動総資産と同じ内容になっている例もあります。名称ではなく、契約書の定義規定に書かれている計算式そのものを読む必要があります。
具体的な数値で比較します
仮に、株式の譲渡代金が3億円、対象会社の借入金が4億円、買掛金その他の負債が1億円という会社を想定します。株式価額基準であれば、基準額は3億円ですので、5%を乗じて1500万円となります。企業価値基準で有利子負債を加えるのであれば、基準額は7億円となり、区分ごとに計算して3300万円となります。移動総資産基準で負債の総額を加えるのであれば、基準額は8億円となり、3700万円となります。
株式価額基準と移動総資産基準では2200万円の差が生じます。売主が手にする金額は3億円で変わらないにもかかわらず、支払う成功報酬が倍以上になるわけです。借入金の多い会社ほどこの差は開きますので、金融機関からの借入れが大きい製造業や不動産賃貸業などでは、基準額の定義が譲渡の手取り額を左右する決定的な要素になります。
役員退職慰労金と借入金の取扱いを確認します
基準額には、株式の譲渡代金のほかに何が加算されるかという問題もあります。売主に対して支払われる役員退職慰労金は、株式の譲渡代金とは別に支払われますが、これを基準額に含める条項が置かれていることがあります。税務上の理由から譲渡代金の一部を役員退職慰労金として受け取る設計は珍しくありませんので、この加算の有無は事前に確認します。
また、代表者が会社に対して有する貸付金の返済額、逆に代表者が会社の借入れについて負担している連帯保証の解除に伴う処理なども、基準額に含まれるかどうかで金額が変わります。契約書の定義規定に列挙されていない項目については、後から加算されることのないよう、「基準額は本条に定めるものに限る」といった限定の一文を入れておくことが考えられます。
最低報酬額の定めが実質的な負担を決めることがあります
レーマン方式による計算結果が一定額を下回る場合に、その一定額を成功報酬とするという定めが置かれるのが通例です。これを最低報酬額といいます。中小企業のM&Aでは、この最低報酬額が実際の請求額になる事例が相当数あります。
小規模な案件では料率よりも最低報酬額が効きます
一般的な業界慣行として、最低報酬額は2000万円から3000万円程度とされる例が多く見られます。仮に最低報酬額が2500万円と定められている契約で、株式の譲渡代金が2億円、基準額も株式価額基準で2億円という案件を考えます。レーマン方式による計算結果は1000万円ですが、最低報酬額の定めによって、実際に支払う成功報酬は2500万円となります。この場合、実質的な料率は12.5%に相当します。
したがって、譲渡代金が5億円を下回る規模の案件では、レーマン方式の料率表を検討する実益は乏しく、最低報酬額がいくらかという一点が最も重要になります。M&A仲介業者を比較する際には、料率表ではなく最低報酬額を並べて比べることが有効です。
最低報酬額の交渉と支払方法の工夫
最低報酬額は、M&A仲介業者にとって案件を受任する採算ラインを示すものですので、大幅な引下げには応じにくい傾向があります。もっとも、譲渡代金の規模が明らかに小さい案件では、最低報酬額を引き下げる代わりに月額報酬を設定するといった組替えに応じる例もあります。また、譲渡代金の決済が2回に分かれる場合には、成功報酬の支払も同じ時期に分割するという交渉は比較的通りやすいところです。
売主として注意すべきは、成功報酬の支払時期が譲渡代金の入金時期より前に設定されている契約です。株式譲渡契約の締結時に成功報酬の全額を支払う定めであると、決済までの間に自己資金で立て替える必要が生じます。支払時期を「譲渡代金の受領後5営業日以内」とするなど、入金と連動させる条項を求めることが考えられます。
成約に至らなかった場合の負担の考え方
候補先が見つからない、条件が折り合わない、デュー・ディリジェンスで問題が発見されて買主候補が撤退する。いずれも実際に起きることです。この場合に、それまでに支払った金額がどうなるかを整理します。
既払いの着手金及び月額報酬は原則として戻りません
着手金と月額報酬は、成約を条件とせずに発生する費用として設計されています。契約書にも「成約の有無にかかわらず返還しない」と明記されているのが通例です。したがって、成約に至らなかったとしても、既に支払った着手金と月額報酬の返還を求めることは、原則として困難です。
例外的に返還を求め得る余地があるのは、M&A仲介業者が契約上の義務をほとんど履行していない場合です。候補先への打診を一度も行っていない、企業概要書を作成していない、月次の報告を全く行っていないといった事情があれば、債務の不履行を理由として契約を解除し、既払金の返還を求める議論が成り立ち得ます。もっとも、これを主張するには、いつ何を求め、どのような回答があったかという記録が必要になります。M&A仲介業者とのやり取りは、口頭ではなく電子メールで残しておくことが実際上の備えになります。
どの段階で破談になったかで負担が変わります
候補先の打診にすら至らなかった段階であれば、負担は着手金と月額報酬にとどまります。基本合意書の締結後に破談となった場合には、中間金が加わります。デュー・ディリジェンスの段階で破談となった場合には、これらに加えて、売主側が自ら依頼した専門家の費用が発生していることが通例です。
売主が自ら負担する費用としては、株式譲渡契約の検討を依頼する弁護士の費用、株価の算定を依頼する公認会計士又は税理士の費用、株主名簿や登記の整備に要する費用などがあります。これらはM&A仲介業者の報酬とは別に発生します。M&A仲介業者の報酬体系を検討する際には、これらの自己負担分も含めた総額で、破談時の損失を見積もっておくことが実際的です。
売主から中途で解約する場合の取扱い
方針を変更して譲渡を取りやめる、M&A仲介業者の対応に不満があって契約を終わらせたい、別のM&A仲介会社に切り替えたい。こうした場面で、契約を途中で終わらせる際の手続と負担を確認します。
解約の申入れの方法と予告期間
M&A仲介契約には、解約に関する条項が置かれているのが通例です。多くは、書面による通知によって解約できるとしつつ、1か月から3か月程度の予告期間を設けています。予告期間中は月額報酬が発生し続けますので、解約を決めたのであれば速やかに書面で通知することが負担の抑制につながります。電子メールでの通知が有効とされているかどうかも、条項で確認します。
また、専任条項が置かれている契約では、解約が完了するまでの間、他のM&A仲介業者に依頼することができません。切替えを検討している場合には、新しいM&A仲介会社との契約開始時期を、解約の効力発生日以降に設定する必要があります。この点を誤ると、二重に契約している状態となり、成功報酬を二重に請求される事態を招き得ます。
解約に伴う違約金の定め
解約に際して違約金を支払う旨の条項が置かれていることがあります。違約金の額が、それまでに提供された役務の内容に照らして著しく高額である場合には、その効力が争われる余地はあります。もっとも、事業者間の契約においては、消費者契約に関する規律がそのまま及ぶものではなく、争いには時間と費用がかかります。契約締結の段階で違約金条項の有無と金額を確認し、必要であれば削除又は減額を求めることが、結果として最も確実な対処になります。
なお、解約したにもかかわらず、その後にM&A仲介業者が紹介していた候補先と成約した場合には、次に述べるテール条項によって成功報酬の支払義務が生じ得ます。解約は、報酬の問題を完全に終わらせるものではないという点に注意が必要です。
テール条項が適用される場合の負担
テール条項は、M&A仲介契約が終了した後の一定期間内に、契約期間中に紹介を受けた候補先との間で成約した場合には、契約が終了していても成功報酬を支払うという条項です。M&A仲介業者の労力の横取りを防ぐという趣旨で置かれるもので、それ自体に合理性はありますが、範囲が広すぎると売主の行動が長期間にわたって縛られます。
テール条項の典型的な内容
典型的な条項は、契約終了後2年から3年の間に、契約期間中にM&A仲介業者が売主に紹介した候補先又はその関係会社との間で株式譲渡その他の取引が成立した場合には、契約期間中に成約した場合と同額の成功報酬を支払う、というものです。期間が5年とされている例もあります。
売主としては、まず期間の長さを確認します。中小企業のM&Aでは、一度破談になった相手先と1年後に再び交渉が始まることは十分にあり得ますので、期間が長いほど適用の可能性は高まります。6か月から1年程度への短縮を求めることは、交渉として持ち出す価値があります。
対象となる候補先の範囲を限定します
より重要なのは、対象となる候補先の範囲です。「紹介した候補先」とだけ書かれている場合、口頭で社名を挙げただけの相手も含まれるのか、資料を送付した相手に限られるのかが不明確になります。売主としては、契約終了時にM&A仲介業者から書面で候補先の一覧の交付を受け、その一覧に記載された会社に限ってテール条項が適用される、という定め方を求めることが有効です。一覧の交付を条件とすれば、後から「あの会社も紹介済みだった」という主張が出てくる事態を避けやすくなります。
また、「その関係会社」という文言も範囲を広げます。関係会社の定義が置かれていない場合には、資本関係のある会社の範囲がどこまで及ぶかが争いになり得ます。定義規定を置くか、対象を候補先そのものに限定することを求めます。
別のM&A仲介会社と重ねて契約する場合の危険
テール条項に関して最も深刻な事態は、成功報酬の二重払いです。前のM&A仲介業者から紹介を受けた候補先と、契約終了後に別のM&A仲介会社の関与のもとで成約した場合、新しいM&A仲介会社に成功報酬を支払い、さらに前のM&A仲介業者からもテール条項に基づく請求を受ける可能性があります。基準額が5億円であれば、それぞれ2500万円で合計5000万円という負担になり得ます。
これを避けるためには、新しいM&A仲介会社と契約する前に、前の契約のテール条項の期間と対象先を確認し、対象先の一覧を新しいM&A仲介会社に伝えて、その一覧に含まれる会社への打診を行わないよう合意しておくことが必要です。仮に対象先と交渉することになるのであれば、前のM&A仲介業者との間で報酬の取扱いを事前に協議し、書面で合意しておくべきです。
契約書のどこを確認し、どのように交渉するか
報酬に関する条件は、契約を締結してしまえば原則として変更できません。締結前の段階でどこまで確認し、どこまで交渉できるかが、最終的な手取り額を決めます。ここでは、実際に確認すべき項目と、交渉の見通しを整理します。
契約締結前に確認する項目
売主として最低限確認すべき項目は、次のとおりです。
- 成功報酬の基準額が、株式の譲渡代金であるか、有利子負債を加えた金額であるか、負債の総額を加えた金額であるか
- 基準額に、役員退職慰労金、代表者の貸付金の返済額その他の金銭が加算されるか
- 料率を区分ごとに適用して合算するのか、全体に一律の料率を適用するのか
- 最低報酬額がいくらであるか、その適用によって実質的な料率がどの程度になるか
- 着手金及び月額報酬が成功報酬から控除されるか
- 中間金の発生時点、金額、破談時の返還の有無
- 成功報酬の支払時期が、譲渡代金の入金時期と連動しているか
- 契約期間、自動更新の有無、解約の予告期間
- 専任条項の有無とその範囲
- テール条項の期間、対象先の特定方法、関係会社の定義
- 消費税及び実費の負担
これらを確認したうえで、想定される譲渡代金の水準を複数置いて、それぞれの場合に支払う総額がいくらになるかを試算します。M&A仲介業者に対して、譲渡代金が2億円の場合、3億円の場合、5億円の場合の成功報酬の金額を書面で示すよう求めることは、正当な要求です。書面で回答が得られない場合には、その理由を確認します。
交渉が通りやすい条項と通りにくい条項
実務上、比較的交渉が通りやすいのは、成功報酬の支払時期を入金と連動させること、着手金を成功報酬から控除する扱いとすること、テール条項の対象先を書面の一覧に限定すること、月額報酬の支払回数に上限を設けることです。これらはM&A仲介業者の採算に直接響くものではないため、応じられる例が多く見られます。
他方、基準額の定義を移動総資産基準から株式価額基準に変更すること、最低報酬額を大幅に引き下げることは、収益の根幹に関わるため、応じられない例が多くあります。この場合は、条項の変更を求めるのではなく、別のM&A仲介会社と比較して選択するという対応になります。複数のM&A仲介業者から契約書の案を取り寄せ、同じ譲渡代金の前提で総額を比較することが、最も実効性のある方法です。契約書の案を提示しない、あるいは締結の場でしか見せないという対応をとる業者については、その姿勢自体を判断材料とすべきです。
よくあるご質問
ここでは、M&A仲介業者の報酬に関して売主の方から実際に寄せられることの多い御質問と、その考え方を整理します。いずれも契約書の文言によって結論が変わり得るものですので、具体的な事案では御自身の契約書の該当条項を確認したうえで御判断ください。
完全成功報酬型と説明された場合、成約しなければ一切の支払は生じないのでしょうか
必ずしもそうとは限りません。完全成功報酬型という名称は、着手金と月額報酬を設けないという意味で用いられていることが多く、中間金は別に発生する契約になっている例があります。中間金は基本合意書の締結時に発生する定めが多く、その後に破談となっても返還されない扱いとされているのが通例です。契約書に中間金の条項があるかどうかを確認してください。また、デュー・ディリジェンスに要する第三者の費用や、資料の作成に要する実費を売主の負担とする条項が置かれていることもあります。
移動総資産を基準とする定めは、変更を求めることができるのでしょうか
求めること自体は可能ですが、応じられない例が多いのが実情です。基準額の定義はM&A仲介業者の収益構造の根幹に関わるためです。もっとも、借入金の一部を譲渡の実行前に返済する予定がある場合に、返済後の残高を基準とする、あるいは特定の負債を基準額から除外するといった部分的な調整であれば、交渉の余地がある場合もあります。変更が難しい場合には、その基準による総額を前提として、他のM&A仲介会社の条件と比較して選択することになります。
1年間候補先の紹介がないまま月額報酬を支払い続けました。返還を求めることはできるのでしょうか
契約上の義務が履行されていたか否かによります。契約書に候補先への打診や月次報告の義務が明記されており、それが全く行われていなかったのであれば、債務の不履行を理由として契約を解除し、既払金の返還を求める議論が成り立つ余地はあります。ただし、打診は行ったが反応がなかったという事情であれば、義務は履行されたと評価される可能性が高くなります。まずは、これまでの打診先の一覧と各社の反応について、書面での開示を求めることから始めるのが実際的です。
基本合意書を締結した後に買主候補が撤退した場合、中間金は戻るのでしょうか
契約書に「返還しない」と明記されていれば、その定めに従うのが原則です。明記がない場合には、中間金が成功報酬の内払いであるのか、基本合意書の締結までの役務の対価であるのかという性質の解釈によって結論が分かれ得ます。前者と位置付けられるのであれば、返還を求める余地があります。実務上は、次の候補先との手続における中間金に充当するという形で調整される例もありますので、まずはその協議を申し入れることが考えられます。
契約を解約した後に、自分で見つけた相手と成約した場合はどうなるのでしょうか
その相手がテール条項の対象となる候補先に該当するかどうかによります。M&A仲介業者から紹介を受けた先であれば、契約終了後2年から3年の期間内の成約について、成功報酬の支払義務が生じ得ます。他方、売主が独自に見つけた相手であって、M&A仲介業者が関与していないのであれば、テール条項の適用はありません。この判断のためにも、契約終了の際に、紹介済みの候補先の一覧を書面で受領しておくことが重要です。一覧がないと、後から範囲について争いが生じやすくなります。
成功報酬は譲渡代金を受け取る前に支払う必要があるのでしょうか
契約書の支払時期の定めによります。株式譲渡契約の締結時を支払時期とする定めであれば、決済までの間に自己資金で立て替える必要が生じ得ます。譲渡代金の決済と成功報酬の支払を同日又は入金後の数営業日以内とする条項を求めることは、交渉として通りやすい部類に属します。また、譲渡代金が分割で支払われる案件では、成功報酬も同じ割合で分割する取扱いを求めることが考えられます。
M&A仲介業者は売主と買主の双方から報酬を受け取ると聞きましたが、問題はないのでしょうか
双方から報酬を受け取る形態は、M&A仲介業者の業務の構造上、広く行われています。もっとも、売主の利益と買主の利益は譲渡価額をめぐって対立しますので、双方から報酬を受け取る立場にある者が、売主の利益のみを最大化するとは限らないという構造的な問題はあります。売主としては、譲渡価額の妥当性や株式譲渡契約の条項の当否については、M&A仲介業者とは別に、売主のみの立場に立つ専門家の意見を得ることが考えられます。契約書に、買主側からも報酬を受領する旨とその金額の開示に関する定めが置かれているかどうかも確認してください。
まとめ
M&A仲介業者の報酬は、料率表の数字だけを見ても実際の負担は分かりません。基準額を株式の譲渡代金とするか、負債を加えた金額とするかで倍以上の差が生じ、譲渡代金が小さい案件では最低報酬額が実質的な料率を決めます。成約に至らなかった場合には、着手金、月額報酬、中間金が戻らないのが原則であり、契約を解約した後もテール条項によって成功報酬の支払義務が残り得ます。
報酬条件は契約締結前にしか動かせません
これらの条件は、すべてM&A仲介契約の締結時点で確定します。締結後に基準額の定義や最低報酬額を変更することは、事実上できません。したがって、売主として最も費用対効果の高い行動は、契約書の案を事前に取り寄せ、想定される譲渡代金の水準ごとに総額を試算し、複数のM&A仲介会社の条件を同じ前提で比較することです。あわせて、テール条項の期間と対象先、専任条項の範囲、解約の予告期間を確認しておけば、途中で方針を変更する場合の負担も見通せます。
判断に迷われる場合の御相談について
M&A仲介契約の条項の読み方、基準額の定義が手取り額に与える影響、テール条項の適用範囲、既払金の返還を求め得るかどうかといった論点は、契約書の文言と交渉の経過によって結論が変わります。弁護士法人M&A総合法律事務所では、M&A仲介契約の締結前の検討から、成約に至らなかった場合の負担をめぐる交渉まで、売主の立場に立った対応を行っています。契約書の案を受け取られた段階、あるいは既に支払った金額の取扱いに疑問を持たれた段階で、御相談いただくことが可能です。事案の内容によって採り得る手段は異なりますので、契約書及びこれまでのやり取りの記録を御持参のうえ、具体的な状況をお聞かせください。
具体的な御相談をお考えの皆様へ
本ページの主題に関し、当事務所の取扱内容、対応の進め方及び費用の考え方は、次の御案内のページに整理しています。あわせて御覧ください。

