M&A仲介業者の利益相反の構造と売主の自衛の手段

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M&A仲介業者が売主と買主の双方から報酬を受ける形態には、構造的な利益相反が内在します。本記事では、売主の立場から、この構造がもたらす危険と、自らの利益を守るために採り得る手段を整理いたします。

M&A仲介会社が売主と買主の双方に関与する仕組みそのものはM&A仲介会社が売主と買主の双方に関与する仕組みと留意点に、売主に対する情報の提供が不足した場合の不利益と責任はM&A仲介会社の情報提供義務の不足と売主が受ける不利益に、それぞれ整理しています。本記事は、この形態に内在する構造的な利益相反と、売主が採り得る自衛の手段を扱います。

会社の譲渡を決意され、声を掛けてきたM&A仲介業者と面談を重ね、いよいよ相手先の候補が絞られてきた段階で、ふと手元の契約書を読み返して違和感を覚えた、というご相談をいただくことがあります。自分が署名した契約書には、当該M&A仲介業者が買主となる候補者との間でも同様の契約を締結し、双方から報酬を受け取ることがある旨が、目立たない書き方で記載されている。担当者は熱心で、こちらの事情もよく理解してくれている。しかし、その担当者は買主候補に対しても同じ顔で接しているのではないか。そうした疑問は、譲渡代金という一点で利害が真正面から対立する取引においては、決して神経質に過ぎるものではありません。

中小企業のM&Aでは、売主と買主の双方から報酬を受け取る形態が広く用いられています。この形態そのものが直ちに違法となるわけではありません。当事者双方が事情を理解して合意している限り、取引を円滑に成立させるうえで一定の効用も認められます。しかしながら、譲渡価格を1円でも高くしたい売主と、1円でも安く買いたい買主との間に立つ者が、両者から報酬を受けるという構造は、その内部に避けがたい緊張を抱えています。売主が注意を払わなければ、その緊張は売主の不利益という形で解消されがちです。

本稿では、譲渡代金が1億円から10億円程度の同族経営の非上場会社を想定し、売主のお立場から、この報酬構造がどのような具体的な危険を生むのか、そして御自身の利益を守るために何を確認し、何を求め、どの資料をどう残しておくべきかを順に整理いたします。抽象的な警戒を述べるのではなく、契約書のどの条項を読むか、どの場面で何を書面で求めるかという水準まで踏み込んで申し上げます。

Contents
  1. 利益相反の程度を見極めるための着眼点
    1.  報酬の体系と発生の時期を確かめます
    2.  誰が買主側の窓口となっているかを確かめます
    3.  情報がどちらの方向に流れているかを確かめます
  2. 双方から報酬を受ける構造が生む利益相反
    1. 代理する立場と間を取り持つ立場との違いを踏まえます
    2. 成約しなければ報酬が生じない構造を直視します
    3. 買主が反復して依頼する顧客である場合の力学を考慮します
  3. 買主側に有利な条件で成約に誘導される危険
    1. 価格以外の条項で調整される危険に注意します
    2. 表明保証と補償の条項の重さを理解します
    3. 譲渡後の拘束に関する条項を金額に置き換えて考えます
  4. 価格交渉が実質的に行われない危険
    1. 企業価値の評価が一方通行になっていないかを確かめます
    2. 相手先が複数打診されたかどうかを確認します
    3. 減額の要求がそのまま伝えられていないかを見ます
  5. 売主が別途の助言者を起用するという手段
    1. 売主のためだけに働く立場の者を確保します
    2. 起用する時期は早いほど選択肢が残ります
    3. 費用は確保できる金額との比較で判断します
  6. 書面による確認と交渉経過の記録
    1. 契約締結の前に確認すべき事項を書面で求めます
    2. 利益相反に関する開示を明示的に求めます
    3. 交渉の経過を売主自身の手で記録します
  7. 契約書を独立して検討するという手当て
    1. 契約書の案文を誰が作成したかを確認します
    2. 売主の負担を定める条項を優先して読みます
    3. 調査で指摘された事項の扱いを契約書上で整理します
  8. よくあるご質問
    1. 双方から報酬を受け取ること自体が違法ではないのでしょうか
    2. 既に契約を締結してしまいましたが、今から取り得る手段はありますか
    3. 担当者は誠実で、こちらの事情もよく理解してくれています
    4. 買主候補が1社しか現れないと言われていますが、そのまま進めてよいでしょうか
    5. 報酬の金額が高いと感じますが、交渉する余地はありますか
    6. 成約後に不利な条件であったことに気付いた場合、責任を問えますか
    7. 売主が最初に確認すべき事項を簡潔に教えてください
  9. まとめ

利益相反の程度を見極めるための着眼点

双方から報酬を受ける形態であるからといって、常に同じ程度の利益相反が生じるわけではありません。個々の案件において、その程度は、報酬の定め方、担当者の配置、及び情報の流れ方によって大きく異なります。売主としてまず行うべきは、自らの案件がどの程度の危険を抱えているかを見極めることです。ここでは、そのための3つの着眼点を整理いたします。

 報酬の体系と発生の時期を確かめます

第1の着眼点は、報酬がどのような場合に、いくら発生するかという点です。売主から受ける報酬と買主から受ける報酬の双方について、算定の基礎となる金額、料率、及び最低額の定めを確かめてください。売主側の報酬が譲渡の価格に連動し、買主側の報酬も同じ価格に連動する場合には、価格を引き上げることがM&A仲介会社の利益にも一応かなうことになります。

これに対し、買主側の報酬に高い最低額が定められている場合、又は買主側が定額とされている場合には、価格の水準がM&A仲介会社の報酬にほとんど影響しないことになります。この場合、早期に成約させることの方が強く動機付けられますので、価格の交渉が十分に行われない危険が高まります。報酬の体系は、契約書の別紙に記載されていることが多いため、本文とともに必ず確認してください。

 誰が買主側の窓口となっているかを確かめます

第2の着眼点は、担当者の配置です。売主側と買主側とを同一の担当者が担当している場合と、社内で担当者を分け、両者の間で情報の共有を制限している場合とでは、利益相反の程度が異なります。後者の体制が採られている場合には、その内容を書面により確認しておくことが有益です。

もっとも、担当者を分けている旨の説明がありましても、上位の責任者が双方を統括しているのであれば、実質は変わりません。報告の系統がどのようになっているかまで確かめてください。

 情報がどちらの方向に流れているかを確かめます

第3の着眼点は、情報の流れ方です。こちらが提供した資料や発言がどこまで買主側に伝えられているのか、逆に買主側の検討の状況がどこまでこちらに伝えられているのかを、具体的なやり取りに即して確かめます。こちらの譲歩の余地や資金の事情といった交渉上の弱みが買主側に伝わっている一方で、買主側の予算の上限や競合する他の候補の有無がこちらに伝えられていない、という偏りが生じている場合には、注意を要します。

この偏りは、面談の場での発言と、その後に届く提案の内容とを突き合わせますと、見えてくることがあります。気付いた点は、その都度、日付とともに記録に残してください。

双方から報酬を受ける構造が生む利益相反

売主と買主の利害は、譲渡価格をはじめとする主要な条件において正面から対立します。この対立する両者から報酬を受け取る立場は、構造として利益相反の状態にあります。ここでは、その相反が具体的にどのような力として働くのかを分解して申し上げます。

代理する立場と間を取り持つ立場との違いを踏まえます

民法は、同一人が契約の当事者双方の代理人となる双方代理を原則として禁じています。相反する利益を代表することが本来的に困難であるという判断が、その根拠にあります。もっとも、M&A仲介業者は、法律上、売主又は買主を代理して意思表示を行う立場に立つとは限らず、両者の間を取り持って交渉の場を整える立場にとどまる場合が多くあります。そのため、双方代理の禁止がそのまま適用されるわけではありません。しかし、法律上の禁止に当たらないことと、売主の利益が現実に守られていることとは別の問題です。契約書上は中立の立場を取ると書かれていても、価格の相当性について助言を受け、資料の作り方について指導を受け、相手方との連絡を全て委ねている以上、売主は事実上その者を代理人と同視して行動しています。この認識と実態の乖離が、後の紛争の温床となります。

成約しなければ報酬が生じない構造を直視します

報酬の大部分が成功報酬である以上、当該M&A仲介業者にとって最も避けたい結果は、交渉が決裂して取引が成立しないことです。売主にとっては、条件が見合わなければ取引を成立させないという選択肢も当然にあり得ます。しかし当該M&A仲介業者にとって、その選択は報酬がゼロとなることを意味します。この非対称性が、条件面での踏み込んだ交渉を避け、双方が受け入れやすい着地点へ早期に誘導する動機を生みます。「この条件を出すと相手が降りてしまいます」「この時期を逃すと買手が付きません」といった説明が繰り返される場合、それが事実に基づく助言なのか、決裂を避けたい立場からの言葉なのかを、売主は区別して受け止める必要があります。

買主が反復して依頼する顧客である場合の力学を考慮します

会社を譲渡する売主にとって、M&Aは生涯に一度の出来事であることがほとんどです。これに対し、買主となる会社は、事業拡大の手段として継続的に買収を繰り返している場合があります。当該M&A仲介業者から見れば、売主は一度限りの相手であり、買主は今後も案件を持ち込むことのできる継続的な取引先です。この関係が、無意識のうちにも買主の意向を優先する方向に働き得ることは、率直に認識しておくべきです。担当者に悪意がなくとも、日常的に接している買主の考え方や基準の方が、判断の前提として自然に採用されてしまう傾向があります。相手方候補が過去に何件の買収を行っているか、当該M&A仲介業者との取引実績があるかを尋ねることは、失礼な質問ではありません。

買主側に有利な条件で成約に誘導される危険

利益相反が現実の不利益として現れる場面は、価格の欄だけではありません。むしろ、価格は据え置いたまま、それ以外の条項で買主の負担を軽くする調整が行われる例が多く見受けられます。価格に目を奪われて他の条件を軽視すると、実質的な手取り額が大きく目減りします。

価格以外の条項で調整される危険に注意します

譲渡価格が3億円と決まった後も、実際に売主の手元に残る金額を左右する要素は数多く残されています。譲渡代金の一部を成約後の業績に連動させる仕組み、代金の一部を一定期間留保して補償の引当てとする仕組み、役員退職慰労金の支給額とその原資の負担、譲渡日までに生じた費用の負担区分、運転資本の基準額と差額の精算方法などです。これらはいずれも金額に直結しますが、「実務上の技術的な調整です」という説明とともに処理されがちです。価格の交渉が終わった後に持ち出される条件変更については、それが手取り額をいくら減らすものかを、必ず金額に換算して確認してください。

表明保証と補償の条項の重さを理解します

株式譲渡契約には、売主が会社の状態について事実を保証する表明保証の条項が置かれ、その内容に誤りがあった場合に売主が金銭で補償する定めが置かれます。この条項は、範囲、期間、金額の上限、免責となる下限額の設定によって、売主の負担が何倍にも変わります。補償の上限が譲渡価格の全額とされているか2割とされているかで、譲渡後に負う危険は全く異なります。また、期間が譲渡後1年とされているか3年とされているかでも、日々の安心の度合いは変わります。これらの調整は交渉によって動く事項ですが、価格に比べて売主の関心が向きにくく、そのために買主に有利な内容のまま通過してしまう危険があります。

譲渡後の拘束に関する条項を金額に置き換えて考えます

譲渡後も一定期間は代表者として会社に残ることを求める条項、同種の事業を行わない旨の競業避止の条項、従業員を引き抜かない旨の条項もまた、売主の生活と将来を直接に拘束します。残留期間が2年とされ、その間の報酬が従前の半額とされれば、実質的には代金の減額と同じです。競業避止の範囲が地域を限定せず期間も5年とされていれば、その後の再起の道が事実上閉ざされます。これらの条項について、当該M&A仲介業者から「通常はこの程度です」という説明のみが行われる場合、その通常がどの規模のどのような取引を指すのかを確認してください。

価格交渉が実質的に行われない危険

売主が最も期待するのは、より高い価格を引き出すための交渉です。しかし両手取引においては、その交渉が形だけのやり取りに終わる危険があります。ここでは、交渉が実質を欠いていることを見抜くための着眼点を申し上げます。

企業価値の評価が一方通行になっていないかを確かめます

譲渡価格の出発点となるのは、対象会社の企業価値の評価です。中小企業においては、純資産の額に営業利益の数年分を加算する方法が用いられることが多く、この「数年分」の年数の取り方一つで価格は大きく動きます。3年とするか5年とするかで、営業利益が5000万円の会社であれば1億円の差が生じます。当該M&A仲介業者から示された評価について、算定の前提となった数値、加算した年数の根拠、役員報酬や地代家賃の調整の有無を尋ね、その説明が数字で返ってくるかを確かめてください。「市場の相場です」という説明のみで根拠が示されない場合、その評価は買主が受け入れやすい水準に置かれている可能性を疑うべきです。

相手先が複数打診されたかどうかを確認します

価格を引き上げる最も確実な方法は、関心を持つ候補者を複数並べることです。1社としか交渉していない状態では、価格は相手の提示額を基準に動かざるを得ません。当該M&A仲介業者に対し、何社に打診したのか、そのうち何社が関心を示したのか、辞退した会社の理由は何かを尋ね、その回答を記録してください。打診先の一覧、いわゆるロングリストとショートリストの提示を求めることも有効です。打診先が実質的に1社のみであり、その1社が当該M&A仲介業者と継続的な関係にある会社である場合、価格交渉が働く余地は乏しくなります。

減額の要求がそのまま伝えられていないかを見ます

デュー・ディリジェンスと呼ばれる買主による調査の後、買主から価格の減額が申し入れられることは珍しくありません。問題は、その申入れが当該M&A仲介業者を経由して売主に伝えられる際に、検証を経ているかどうかです。本来であれば、指摘された事項が本当に価値の減少をもたらすのか、その金額の算定は妥当か、既に価格に織り込まれていないかを吟味したうえで売主に伝えるべきです。しかし、減額に応じれば取引が成立するという状況では、その吟味が省かれ、「これを受け入れなければ破談です」という形で伝達されがちです。減額の申入れを受けた場合には、根拠となった調査報告書の該当部分の提示を求め、金額の算定過程を確認してください。

売主が別途の助言者を起用するという手段

構造上の危険に対する最も直接的な手当ては、当該M&A仲介業者とは別に、売主のためだけに働く助言者を持つことです。費用が生じることは事実ですが、条件面で確保できる金額と比較すれば、多くの場合に見合うものとなり得ます。

売主のためだけに働く立場の者を確保します

ここでいう助言者とは、売主とのみ契約を締結し、買主から一切の報酬を受け取らない立場の者を指します。弁護士、公認会計士、税理士のいずれか、又はその組合せが考えられます。役割は明確です。当該M&A仲介業者から示された資料と説明を、売主の立場から検証することです。企業価値の算定根拠の妥当性、契約条項の均衡、税務上の取扱いの有利不利といった論点について、成約するか否かに利害を持たない者の意見を得ることに意味があります。当該M&A仲介業者に対しては、別途の助言者を起用する旨を率直に伝えて差し支えありません。これを嫌う姿勢を示す業者があるとすれば、その反応自体が一つの判断材料となります。

起用する時期は早いほど選択肢が残ります

助言者を起用する時期として最も効果が大きいのは、当該M&A仲介業者との契約を締結する前です。その段階であれば、契約期間、専任とするか否か、報酬の算定基準、途中で解約した場合の取扱いといった条件を交渉する余地があります。次に効果が大きいのは、基本合意書を締結する前です。基本合意書には価格の目安と独占的な交渉権が記載されることが多く、ここで大枠が固まってしまうと、その後の変更は困難になります。株式譲渡契約の案文を受け取ってから初めて相談される方も多くありますが、その段階では既に動かせる範囲が限られています。それでも、補償の上限や期間といった条項には交渉の余地が残ることが通例です。

費用は確保できる金額との比較で判断します

別途の助言者を起用する費用を負担に感じられることは理解できます。しかし、譲渡価格が3億円の取引において、価格の見直しにより1割の増額が実現すれば3000万円、補償の上限を全額から2割に引き下げられれば負う危険が2億4000万円分減少します。これらと比較して費用の水準を検討するという発想が有用です。助言者に依頼する場合には、業務の範囲、報酬の算定方法、成約の有無で報酬が変わるか否かを、契約前に書面で確認してください。成約と連動しない報酬体系であることが、中立性を担保する条件となります。

書面による確認と交渉経過の記録

口頭での説明は、後になって内容を再現することができません。当該M&A仲介業者との間で問題が生じる場面の多くは、「そのような説明は受けていない」「いや説明した」という水掛け論の形を取ります。記録を残すことは、相手を疑うことではなく、双方の理解を一致させるための手続です。

契約締結の前に確認すべき事項を書面で求めます

当該M&A仲介業者との契約を締結する前に、次の事項について書面又は電子メールでの回答を求めることをお勧めいたします。買主候補からも報酬を受け取る予定があるか否か、受け取る場合の算定基準と概算額、報酬の算定基準となる金額の定義、最低報酬額の有無と金額、契約期間と中途解約の可否及びその場合の費用、専任の条項の有無と他の業者への相談の可否、成約後に売主が負う義務の範囲です。これらは当然に説明されるべき事項ですので、回答を求めることに遠慮は要りません。回答が曖昧である場合、その曖昧さ自体が後の紛争の種となります。

利益相反に関する開示を明示的に求めます

国が示している中小企業のM&Aに関する指針においても、売主と買主の双方と契約を締結する場合には、その旨と双方から報酬を受け取ることを明示し、利益相反となり得る事項を開示することが求められています。したがって、売主が開示を求めることは正当な要求です。具体的には、買主候補と当該M&A仲介業者との間に資本関係、役員の兼任、継続的な業務委託の関係があるか、過去に当該買主候補との間で何件の取引を成立させたかを尋ねます。回答を電子メールで受け取り、保存してください。

交渉の経過を売主自身の手で記録します

面談ごとに、日付、場所、出席者、示された資料の名称、示された金額、当該M&A仲介業者の説明の要点を、その日のうちに記録してください。形式は手書きの手帳でも表計算のファイルでも構いません。重要な説明を受けた場合には、その日のうちに「本日の御説明を次のとおり理解いたしましたので、相違があれば御指摘ください」という趣旨の電子メールを送り、相手方の返信を保存する方法が有効です。この方法は、記録を残すと同時に、認識の齟齬をその場で解消する効果も持ちます。受領した資料は、表紙に受領日を記入して原本のまま保存し、電子データは上書きせず日付を付したファイル名で保管してください。

契約書を独立して検討するという手当て

最終的に売主の権利義務を決めるのは、株式譲渡契約その他の契約書の文言です。交渉の過程でどれほど良い説明を受けていても、契約書に書かれていない事項は権利となりません。契約書の検討を当該M&A仲介業者だけに委ねないことが、最後の防波堤となります。

契約書の案文を誰が作成したかを確認します

まず確認すべきは、手元にある契約書の案文を誰が作成したかです。買主側の代理人である弁護士が作成した案文である場合、その内容が買主に有利に傾いていることは当然の前提として読む必要があります。当該M&A仲介業者が用意した書式である場合には、その書式がどちらの立場に立って作られたものかを検討します。案文の作成者を尋ねることは、失礼な質問ではありません。そのうえで、売主の立場から修正の申入れを行うことは、取引を壊す行為ではなく、通常の交渉の一部です。

売主の負担を定める条項を優先して読みます

限られた時間で契約書を検討する場合、優先して読むべき条項があります。表明保証の範囲と、その中に「売主の知る限り」という限定が付されているか否か。補償の上限額、期間、免責となる下限額。譲渡代金の支払時期と、留保される金額の有無及び返還の条件。譲渡実行の前提となる条件と、それが満たされない場合の取扱い。競業避止及び従業員の勧誘の禁止に関する期間と地域の範囲。契約解除の要件と、解除された場合の金銭の扱い。紛争が生じた場合の管轄裁判所。これらは、いずれも成約後に売主の負担として現実化する条項です。

調査で指摘された事項の扱いを契約書上で整理します

デュー・ディリジェンスにおいて買主から指摘を受けた事項がある場合、その事項が契約書上どのように処理されているかを必ず確認してください。指摘を受けた事項について既に価格を減額しているにもかかわらず、同じ事項が表明保証の対象からも除外されず、成約後に改めて補償を請求され得る状態になっている例があります。これは同一の不利益について二重に負担を負う結果となります。指摘事項の一覧を作成し、それぞれについて、価格に反映したのか、表明保証の例外として明記したのか、特別の補償の対象としたのかを整理し、重複がないことを確認してください。

よくあるご質問

ここでは、売主の方から実際に寄せられることの多い御質問について、考え方の整理を申し上げます。個別の事案においては契約書の文言と経緯によって結論が変わり得ますので、あくまで一般的な整理として御参照ください。

双方から報酬を受け取ること自体が違法ではないのでしょうか

直ちに違法となるものではありません。M&A仲介会社は、当事者を代理して意思表示を行うのではなく、両者の間を取り持つ立場に立つ場合が多く、民法が禁じる双方代理には該当しないと整理されるのが通例です。ただし、双方から報酬を受け取る事実を売主に説明しないまま契約を締結させ、その結果として売主に損害が生じた場合には、説明義務の違反として損害賠償の対象となる余地があります。また、売主のためにのみ行動する旨を約束しながら買主の利益を優先した場合には、契約上の義務の違反が問題となり得ます。事案の経緯によって結論は異なります。

既に契約を締結してしまいましたが、今から取り得る手段はありますか

取り得る手段はあります。まず、契約書の中途解約に関する条項を確認し、解約した場合に生じる費用の額を把握してください。次に、専任の条項がある場合でも、他の専門家に相談すること自体が禁じられているとは限りませんので、条項の文言を確認します。そのうえで、契約を継続したまま、売主のためだけに働く助言者を別途起用するという方法が現実的です。価格の算定根拠と契約書の条項を独立して検証するだけでも、確保できる条件は変わり得ます。解約に伴う費用と、条件の改善により見込まれる金額とを比較して判断されることをお勧めいたします。

担当者は誠実で、こちらの事情もよく理解してくれています

担当者の人柄と、報酬構造が生む力学とは、別の問題です。誠実な担当者であっても、成約しなければ報酬が生じない体系の下に置かれていること、日常的に接している買主の基準が判断の前提となりやすいことは変わりません。したがって、担当者を疑うという発想ではなく、構造上生じ得る偏りを別の目で点検するという発想で臨まれることをお勧めいたします。良い担当者であれば、売主が別途の助言者を起用することを理解し、むしろ説明の手間が省けると受け止める場合も多くあります。

買主候補が1社しか現れないと言われていますが、そのまま進めてよいでしょうか

進める前に、打診の実態を確認してください。何社に打診したのか、どのような資料を用いて打診したのか、辞退した会社の理由は何であったかを尋ね、回答を書面で受け取ります。打診先が数社にとどまる場合や、業種や地域が偏っている場合には、打診先の範囲を広げるよう求めることができます。会社の規模や業種によっては買主候補が限られることも事実ですが、それは打診を尽くした結果として判断されるべき事柄です。1社しかないという説明が、交渉における売主の立場を弱める材料として用いられていないかを見極めてください。

報酬の金額が高いと感じますが、交渉する余地はありますか

契約締結の前であれば、交渉の余地は十分にあります。料率そのもの、最低報酬額、算定の基準となる金額の定義、着手金や中間金の有無と成功報酬への充当の可否は、いずれも交渉の対象となり得ます。特に、算定基準を企業価値ではなく実際に売主が受け取る譲渡価格とすること、最低報酬額を引き下げることは、売主の手取り額に直接に影響します。契約締結後の場合、報酬の減額を求めることは難しくなりますが、業務の範囲について当初の説明と異なる点があれば、その点を指摘して協議を求める余地は残ります。

成約後に不利な条件であったことに気付いた場合、責任を問えますか

結論は事案によって異なります。問題となり得るのは、当該M&A仲介業者が説明すべき事項を説明しなかったこと、誤った説明をしたこと、売主の利益を害する形で買主の利益を優先したことです。いずれについても、交渉の経過を示す資料が判断の中心となります。電子メールの往復、受領した資料、面談の記録が残っていれば、どの時点で何が説明され、何が説明されなかったかを立証できます。逆に、口頭のやり取りのみで資料が残っていない場合、主張の裏付けは困難となります。この点からも、交渉の過程における記録の保存が重要となります。

売主が最初に確認すべき事項を簡潔に教えてください

次の事項を最初に確認してください。第一に、契約書に買主からも報酬を受け取る旨の条項があるか。第二に、報酬の算定基準となる金額の定義と最低報酬額。第三に、契約期間、専任の条項の有無、中途解約の条件。第四に、打診先の候補者の数と選定の方法。第五に、企業価値の算定根拠が数字で説明されているか。これらの5点について書面で回答を得るだけでも、御自身が置かれている立場は格段に明確になります。そのうえで、株式譲渡契約の案文を受け取る段階までに、売主のためだけに働く助言者を確保しておくことが望ましいといえます。

まとめ

M&A仲介業者が売主と買主の双方から報酬を受け取る形態は、中小企業のM&Aにおいて広く用いられており、それ自体が違法な仕組みではありません。しかし、譲渡価格をめぐって利害が正面から対立する両者の間に立ち、成約しなければ報酬が生じない立場に置かれた者が、常に売主の利益のみを追求するという前提は成り立ちません。売主が守るべきは、その構造を正確に理解したうえで、自らの目と自らの記録を持つことです。

具体的には、御自身の契約書における報酬の算定基準と最低報酬額を数字で把握すること、打診先の数と企業価値の算定根拠を書面で確認すること、面談ごとに記録を残し重要な説明は電子メールで確認すること、そして株式譲渡契約の案文を売主のためだけに働く助言者に検討させることです。これらはいずれも、当該M&A仲介業者との関係を悪化させるものではなく、双方の理解を一致させ、後の紛争を避けるための手続にすぎません。

会社の譲渡は、多くの経営者にとって生涯に一度の判断です。取引の相手方も、間に立つ者も、その分野を日常としている専門家です。この経験の差を埋める手立てを講じないまま進めることは、条件面での不利益として現れやすいものといえます。弁護士法人M&A総合法律事務所では、売主のお立場から、契約条件の検証、契約書の条項の検討、交渉経過の整理について御相談を承っております。既に交渉が進んでいる段階でありましても、確認できる事項は残されていることが少なくありませんので、御懸念をお持ちの場合には早い段階で御相談ください。

具体的な御相談をお考えの皆様へ

本ページの主題に関し、当事務所の取扱内容、対応の進め方及び費用の考え方は、次の御案内のページに整理しています。あわせて御覧ください。

執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件に関与し、平成23年には最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得ております。現在は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士を務めております。

主として取り扱う分野 M&A、株式買取請求権、非上場株式の価格の決定、企業価値評価、事業承継及び企業法務

所在地 〒105-6017 東京都港区虎ノ門4丁目3番1号 森トラスト城山トラストタワー17階/電話番号 03-6435-8418/受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)

本記事の記載は一般的な法律情報であり、個別の事案に関する法律上の助言ではありません。記載した経歴は事実の記述であり、個別の事件の結果を保証するものではありません。