事業譲渡により支払を免れようとする動きへの対応

取引先に対して売掛金がありますが、支払が滞っております。ところが、当該取引先が、主要な事業と従業員を別の会社に譲り渡したことが判明いたしました。新しい会社は、同じ場所で、同じ従業員により、同じ取引先を相手に営業を続けております。他方、当社の債権は元の会社に残されたままで、元の会社には資産がほとんどありません。どのように対応すればよいのでしょうか。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。事業譲渡により債務の履行を免れようとする動きに対しては、詐害行為取消権の行使、詐害的な事業譲渡に関する会社法の規定による請求、商号を続用している場合の責任、債務を引き受ける旨の広告に関する責任という手段が考えられます。いずれも期間の制限がありますので、速やかな検討が必要です。本記事では、採り得る手段と、その前提となる事実の確認の方法を整理いたします。
第1節 まず事実を確認いたします
事業譲渡と会社分割の区別
事業を移す方法には、事業譲渡と会社分割とがあります。両者は法的な性質が異なり、採り得る手段も異なりますので、まずいずれによるものかを確認いたします。
会社分割は登記されますので、登記事項証明書により確認することができます。登記に記載がない場合には、事業譲渡による可能性が高いと考えられます。
確認すべき事項
表1 確認すべき事項
| 事項 | 確認の方法 |
|---|---|
| 新会社の存在 | 登記事項証明書(設立の時期、役員、目的、本店) |
| 役員の重複 | 両社の登記事項証明書の対照 |
| 事業所の同一性 | 本店及び事業所の所在 |
| 従業員の移動 | 取引先からの情報、対外的な表示 |
| 商号及び屋号 | 両社の名称の同一性又は類似性 |
| 取引先への通知 | 新会社からの案内の内容 |
| 元の会社の資産 | 計算書類、登記された不動産 |
| 対価の有無 | 元の会社に対価が支払われたか |
新会社の設立の時期
新会社の設立の時期が、支払の遅滞が生じた時期に近接している場合には、債務の履行を免れる目的をうかがわせる事情となります。
対価の有無
事業譲渡が行われた場合、元の会社には対価が支払われているはずです。対価が支払われていない場合や、著しく低い価額とされている場合には、債権者を害する行為であるとの主張が成り立ちやすくなります。
対価が支払われていたとしても、それが直ちに関係者への弁済に充てられている場合には、なお主張の余地があります。
第2節 第一の手段 詐害的な事業譲渡に関する規定
規定の内容
譲渡会社が譲受会社に承継されない債務の債権者を害することを知って事業を譲渡した場合には、当該債権者は、譲受会社に対して、承継した財産の価額を限度として、当該債務の履行を請求することができるとされております(会社法第23条の2第1項)。
ただし、譲受会社が事業の譲渡の効力が生じた時において債権者を害することを知らなかったときは、この限りでないとされております。
要件
第一に、債権者が、承継されない債務の債権者であることです。第二に、譲渡会社が債権者を害することを知って譲渡したことです。第三に、譲受会社が悪意であることです。
役員が重複している場合や、実質的に同一の者が支配している場合には、譲受会社の悪意が認められやすくなります。
請求することができる範囲
承継した財産の価額を限度として、債務の履行を請求することができます。
期間の制限
この規定による請求をする権利は、譲渡会社が残存債権者を害することを知って事業を譲渡したことを知った時から2年以内に請求又は請求の予告をしない場合には、消滅するとされております。事業の譲渡の効力が生じた日から20年を経過したときも、同様とされております(会社法第23条の2第2項)。
利点
この規定による請求は、裁判所の手続を経ることなく、直接に譲受会社に対して行うことができる点に利点があります。
第3節 第二の手段 詐害行為取消権
規定の内容
債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを裁判所に請求することができるとされております(民法第424条第1項)。
相当の対価を得てした処分
債務者が、その有する財産を処分する行為をした場合において、相当の対価を取得しているときは、一定の要件を満たす場合に限り、取消しを請求することができるとされております(民法第424条の2)。
要件としては、財産の種類の変更により隠匿等の処分をするおそれを現に生じさせるものであること、債務者に隠匿等の処分をする意思があったこと、受益者がその意思を知っていたことが挙げられます。
特定の債権者に対する弁済等
事業譲渡の対価が、特定の債権者に対する弁済に充てられている場合には、当該弁済についても取消しの対象となり得ます(民法第424条の3)。
期間の制限
詐害行為取消請求に係る訴えは、債務者が債権者を害することを知って行為をしたことを債権者が知った時から2年を経過したときは、提起することができません。行為の時から10年を経過したときも、同様とされております(民法第426条)。
手続
この権利は、裁判所に請求することにより行使いたします。書面による請求のみでは足りません。
第4節 第三の手段 商号を続用している場合
規定の内容
事業を譲り受けた会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合には、その譲受会社も、譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負うとされております(会社法第22条第1項)。
この規定は、取引の相手方が同一の事業主体であると信じることを保護する趣旨によるものと解されております。
免責の手続
譲受会社が、事業を譲り受けた後、遅滞なく、譲渡会社の債務を弁済する責任を負わない旨を登記した場合には、この責任は生じないとされております。譲受会社及び譲渡会社から第三者に対しその旨の通知をした場合において、その通知を受けた第三者についても、同様とされております(会社法第22条第2項)。
この登記又は通知がされているかを確認いたします。
商号が同一でない場合
商号が完全に同一でない場合であっても、要部が共通する場合や、屋号、店舗の名称、取引上の表示が同一である場合には、なお主張の余地があるとの議論があります。
取引の相手方が同一の事業主体であると誤認するおそれがあるかという観点から検討することとなります。
責任の範囲
この規定による責任は、譲渡会社の事業によって生じた債務に及びます。売掛金債権のように、事業により生じた債務については、対象となります。
第5節 第四の手段 債務を引き受ける旨の広告
規定の内容
事業を譲り受けた会社が、譲渡会社の商号を引き続き使用しない場合においても、譲渡会社の事業によって生じた債務を引き受ける旨の広告をしたときは、譲渡会社の債権者は、その譲受会社に対して弁済の請求をすることができるとされております(会社法第23条第1項)。
広告に当たる場合
新会社が取引先に対して送付した挨拶状や案内に、「従前の取引を引き継ぎます」「これまでの債権債務を承継いたします」といった記載がある場合には、この広告に当たる余地があります。
新会社から受領した書面は、保管しておく必要があります。
単なる営業の案内との区別
「新会社として営業を開始いたします」という記載にとどまる場合には、債務を引き受ける旨の広告に当たらないと解されることがあります。記載の具体的な文言により判断されます。
第6節 その他の手段
法人格の否認
新会社の法人格が形骸にすぎない場合や、債務の履行を免れるために濫用されている場合には、両社を別の主体として扱わないという考え方が、判例上認められております。
もっとも、この主張が認められる場面は限られております。新会社が実体のある事業を営んでいる場合には、認められないのが通例です。
役員に対する責任の追及
譲渡を主導した役員について、第三者に対する責任が問題となり得ます(会社法第429条第1項)。任務懈怠並びに悪意又は重大な過失を主張し、立証する必要があります。
保全
新会社が承継した財産をさらに処分するおそれがある場合には、仮差押えを検討いたします(民事保全法第20条第1項)。
倒産手続
元の会社について破産手続の開始を申し立てることも、選択肢となり得ます。管財人により否認権が行使されることが期待されるためです。もっとも、費用と時間を要しますので、債権の額と併せて検討いたします。
第7節 進め方
速やかな着手
会社法の規定による請求も、詐害行為取消権も、期間の制限は2年とされております。事業の移転を知った段階で、速やかに検討を始める必要があります。
書面による請求
まず、新会社に対して書面により請求いたします。根拠となる規定を摘示し、請求する金額と期限を記載いたします。内容証明郵便に配達証明を付すことにより、請求の時期を記録に残すことができます。
元の会社への請求
元の会社に対する請求も併せて行います。両社を相手方として訴訟を提起することが考えられます。
平時における備え
継続的な取引に関する基本契約において、事業の譲渡を行う場合の事前の通知、支配権の異動があった場合の取扱い、期限の利益の喪失に関する定めを置いておくことが考えられます。債権の額が大きい場合には、担保の設定又は保証を求めることを検討いたします。
第8節 弁護士に相談する意味
この類型について弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、登記事項証明書等により事実を確認し、事業譲渡と会社分割のいずれによるものかを判断することです。第二に、詐害的な事業譲渡に関する規定による請求の要件を検討し、期間内に請求を行うことです。第三に、商号の続用及び債務を引き受ける旨の広告に関する責任の有無を検討することです。第四に、詐害行為取消権の行使を検討することです。第五に、保全の手続及び訴訟を進めることです。
この類型においては、期間の制限が短いことが最大の課題です。事業の移転を知った段階で、速やかに請求を行うことが重要です。
具体的な手段の選択及び主張の組み立ては、移転の態様、対価の状況、新会社の表示等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 事業譲渡は当事者の自由なのではありませんか。
取引そのものは自由に行うことができますが、債権者を害することを知って行われた場合には、譲受会社に対して、承継した財産の価額を限度として履行を請求することができる旨の規定が設けられております(会社法第23条の2第1項)。
質問2 新会社の名前が元の会社と似ています。
商号を引き続き使用している場合には、譲受会社も債務を弁済する責任を負うとされております(会社法第22条第1項)。完全に同一でない場合であっても、要部が共通する場合等には、なお主張の余地があります。
質問3 新会社から取引を引き継ぐという案内が届いていました。
債務を引き受ける旨の広告に当たる余地があります(会社法第23条第1項)。記載の具体的な文言により判断されますので、受領した書面を保管しておいてください。
質問4 いつまでに動けばよいですか。
会社法の規定による請求は、知った時から2年以内に請求又は請求の予告をしない場合には消滅するとされております。詐害行為取消請求に係る訴えについても、知った時から2年とされております。速やかな着手が必要です。
質問5 元の会社と新会社の両方に請求できますか。
できます。元の会社に対する契約に基づく請求と、新会社に対する法令に基づく請求とを、併せて行うことが考えられます。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、事業譲渡による債務逃れへの対応に関するご相談をお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、取引に関する契約書、請求書及び納品の記録、取引先及び新会社の登記事項証明書、新会社から受領した案内、取引先からの通知をご用意いただけますと、検討が早く進みます。
弁護士費用は、弁護士費用一覧のページをご覧ください。結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
会社法 第21条(譲渡会社の競業の禁止)、第22条(譲受会社による商号の続用)、第23条第1項(債務の引受けの広告)、第23条の2(詐害事業譲渡に係る債務の履行の請求)、第429条第1項(役員等の第三者に対する損害賠償責任)、第467条第1項(事業譲渡等の承認)
民法 第166条第1項(債権の消滅時効)、第424条(詐害行為取消請求)、第424条の2(相当の対価を得てした財産の処分行為の特則)、第424条の3(特定の債権者に対する担保の供与等の特則)、第426条(詐害行為取消権の期間の制限)
民事保全法 第20条第1項(仮差押命令の要件)
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