買主の資産が動く前に行う保全の手続

株式を引き渡したにもかかわらず、買主が譲渡代金を支払いません。買主に催告いたしましたところ、支払う意思はあると述べるものの、期日を示しません。買主が所有する不動産を売却しようとしているという話も聞こえてまいりました。訴訟を提起して判決を得るまでに時間がかかると聞いておりますが、その間に買主の財産がなくなってしまうのではないかと心配です。このようなご相談をいただくことがあります。

結論から申し上げます。判決を得る前に買主の財産を確保する手続として、民事保全法に基づく仮差押えがあります。仮差押えは、債権者からの申立てにより、裁判所が買主の財産の処分を制限する手続です。買主に知られることなく手続が進みますので、財産が移転される前に申し立てることが重要です。本記事では、仮差押えの要件、対象財産の選定、担保金、申立ての手順を整理いたします。

第1節 判決を得る前に財産を確保する必要

 判決だけでは回収できない

訴訟において勝訴の判決を得たとしても、それだけで代金が支払われるわけではありません。買主が任意に支払わない場合には、強制執行の手続を採ることになります。強制執行は、買主が現に有する財産に対して行いますので、その時点で買主に財産が残っていなければ、判決は回収の役に立ちません。

訴訟の提起から判決の確定までには、争点の内容によっては相当の期間を要します。その間に買主が財産を処分し、又は他の債権者に対する弁済に充ててしまうことは、現実に起こり得ます。

 仮差押えの機能

仮差押えは、金銭の支払を目的とする債権について、将来の強制執行を保全するために、あらかじめ買主の財産の処分を制限する手続です。仮差押命令は、金銭の支払を目的とする債権について、強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき、又は強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができるとされております(民事保全法第20条第1項)。

仮差押えがされますと、買主は当該財産を処分することができなくなります。もっとも、仮差押えは、代金の支払を直ちに受けられる手続ではありません。あくまで、後の強制執行のために財産を留め置く手続です。

 事実上の効果

仮差押えには、法律上の効果のほかに、事実上の効果が生じることがあります。預金債権を仮差押えいたしますと、買主の取引金融機関に仮差押えの事実が伝わります。不動産を仮差押えいたしますと、登記記録にその旨が記録されます。

これらの事情により、買主が交渉に応じる姿勢を示すことがあります。もっとも、買主の信用に影響を及ぼす手続でもありますので、要件を満たさないまま申し立てることは適切ではありません。

 着手の時期

仮差押えは、財産が現に存在する間に行わなければ意味がありません。買主が財産の処分に着手した後では、間に合わないことがあります。

代金の不払が生じ、買主の対応が明確でない場合には、訴訟の準備と並行して保全の可否を検討することになります。

第2節 仮差押えの要件

 被保全権利

まず、保全すべき権利が存在することを示す必要があります。株式譲渡代金の請求権であれば、株式譲渡契約書、株主名簿の名義書換に関する書面、株券を交付した場合にはその受領書、決済に関する記録が資料となります。

表1 被保全権利を示す資料

資料 示す事実
株式譲渡契約書 代金の額、支払期日、支払方法
株主名簿の写し 買主への名義書換が完了していること
株券の受領書 株券を交付したこと
決済に関する議事録 決済が行われたこと
催告書及び配達証明 支払を求めたこと及び到達
買主からの連絡の記録 買主が支払を認めていること

 保全の必要性

次に、保全の必要性を示す必要があります。買主に資力があり、財産を処分するおそれがないのであれば、仮差押えは認められません。

保全の必要性を示す事情としては、買主が財産の売却に着手していること、買主の事業が悪化していること、買主が他の債権者からも請求を受けていること、買主が支払を約束しながら履行しないことを繰り返していることなどが挙げられます。

 疎明

保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性は、疎明しなければならないとされております(民事保全法第13条第2項)。疎明は、証明よりも軽い程度の心証を得させることをいいます。

もっとも、実務上は、書証によって具体的な事実を示すことが求められます。伝聞にとどまる事情のみでは、必要性の疎明として十分でないと判断される場合があります。

 審尋の有無

仮差押えの手続においては、買主を呼び出して意見を聴く手続が採られないのが通例です。買主に知られますと、財産を移転されるおそれがあるためです。

この点が、仮差押えを早期に検討すべき理由でもあります。買主に対する訴訟の提起や交渉を先行させますと、買主が財産の移転に着手する契機を与えることになりかねません。

第3節 対象となる財産の選定と調査

 財産の種類

表2 仮差押えの対象となる財産と留意点

財産 特定に必要な事項 留意点
不動産 所在、地番、家屋番号 先順位の担保権の有無を確認いたします
預金債権 金融機関名、支店名 残高がなければ空振りとなります
売掛金債権 取引先の名称、債権の内容 買主の取引関係に影響が及びます
株式 発行会社、株式の種類及び数 譲り受けた株式そのものも対象となり得ます
動産 所在場所 換価が困難な場合があります

 譲り受けた株式に対する仮差押え

買主が譲り受けた対象会社の株式そのものを仮差押えすることが考えられます。買主が代金を支払わないまま株式を第三者に転売する事態を防ぐという意味があります。

もっとも、対象会社の株式に譲渡制限が付されている場合の手続や、株式の評価をめぐる問題がありますので、他の財産と併せて検討することになります。

 財産の調査

仮差押えの申立てにおいては、対象財産を特定する必要があります。不動産であれば登記事項証明書、預金債権であれば取引の履歴に現れた金融機関名及び支店名が手掛かりとなります。

株式譲渡の過程で得た資料が手掛かりとなることがあります。代金の支払に用いられる予定であった口座、買主の登記事項証明書に記載された本店所在地、買主が提出した決算書類などです。これらは、交渉の段階から保管しておくことが望まれます。

 超過する仮差押えの制限

仮差押えは、被保全権利の額の範囲で行われます。請求する金額を大きく超える財産を対象とすることは認められません。

他方、対象とした財産に価値がなかった場合には、保全の目的を達することができません。複数の財産を対象として申し立てることも検討いたします。

第4節 担保金

 担保を立てる必要

保全命令は、担保を立てさせて発することができるとされております(民事保全法第14条第1項)。実務上は、担保を立てることを条件として発令されるのが通例です。

担保は、仮差押えが後に不当であったと判断された場合に、買主が被る損害を担保するためのものです。

 金額の決まり方

担保の額は、裁判所が事案に応じて定めます。被保全権利の疎明の程度、対象財産の種類、買主が被る影響などが考慮されるとされております。具体的な金額は事案により異なりますので、あらかじめ確定的に申し上げることはできません。

担保は、多くの場合、供託の方法により立てます。手続を進めるに当たっては、担保に充てる資金を準備しておく必要があります。

 担保の取戻し

本案の訴訟において勝訴が確定した場合や、買主との間で和解が成立した場合には、担保の取戻しの手続を行います。担保は、事件が終了すれば返還されるのが通例です。

もっとも、取戻しには一定の手続と期間を要します。この点も、資金の計画において考慮する必要があります。

第5節 申立てから執行までの流れ

 手続の流れ

表3 仮差押えの手続の流れ

段階 内容
資料の収集 契約書、名義書換の記録、催告書、財産に関する資料
申立書の作成 被保全権利、保全の必要性、対象財産の特定
申立て 管轄する裁判所に申し立てます
面接 裁判官と債権者側との間で行われるのが通例です
担保決定 担保の額と期限が定められます
供託 定められた期限内に担保を立てます
発令 仮差押命令が発せられます
執行 登記、第三債務者への送達等が行われます

 執行の期間の制限

保全執行は、債権者に対して保全命令が送達された日から2週間を経過したときは、してはならないとされております(民事保全法第43条第2項)。発令を得た後、速やかに執行の手続を行う必要があります。

 発令後に買主が採り得る手続

買主は、仮差押命令に対して保全異議を申し立てることができます(民事保全法第26条)。また、債務者の申立てにより、裁判所が債権者に対し、一定の期間内に本案の訴えを提起すべきことを命ずる手続があります(民事保全法第37条第1項)。

したがって、仮差押えを行った後は、本案の訴訟を提起する準備を進めることになります。仮差押えのみで手続が終わるものではありません。

 仮差押えが不当であった場合

本案の訴訟において債権者が敗訴した場合、買主から損害賠償を請求されることがあります。仮差押えは、要件を満たすことを確認した上で行う必要があります。

第6節 弁護士に相談する意味

仮差押えに関して弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、被保全権利の疎明に用いる資料を選別し、契約の内容から代金請求権の発生と履行期の到来を示すことです。第二に、保全の必要性を基礎付ける事実を整理し、書証として提出できる形に組み立てることです。第三に、対象となる財産を選定し、特定に必要な事項を調査することです。第四に、申立てから執行までの手続を、期間の制限を踏まえて進めることです。

仮差押えは、時機を失すると効果が失われる手続です。買主の対応に不審な点が生じた段階で、資料の保全と併せて検討を始めることが望まれます。

具体的な財産の選定や疎明の組み立ては、買主の資力、契約の定め、これまでの経緯等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。

よくあるご質問

質問1 仮差押えをすれば代金を受け取れるのですか。

仮差押えは、財産の処分を制限する手続であり、直ちに代金の支払を受けられる手続ではありません。代金を回収するためには、本案の訴訟等により債務名義を得た上で、強制執行の手続を採ることになります。

質問2 買主に知られずに手続を進められますか。

仮差押えの審理においては、買主を呼び出して意見を聴く手続が採られないのが通例です。買主が仮差押えを知るのは、執行がされた後となるのが一般的です。

質問3 担保金はいくら必要ですか。

裁判所が事案に応じて定めますので、あらかじめ確定的に申し上げることはできません。被保全権利の疎明の程度、対象財産の種類等が考慮されるとされております。申立ての前に、資金の準備について検討しておく必要があります。

質問4 買主の財産が分からない場合はどうすればよいですか。

仮差押えの申立てには、対象財産の特定が必要です。株式譲渡の過程で得た資料、登記事項証明書、これまでの入出金の記録が手掛かりとなります。判決を得た後には、財産開示手続及び第三者から情報を取得する手続を用いることも考えられます。

質問5 仮差押えを申し立てた後、必ず訴訟を提起しなければなりませんか。

買主の申立てにより、裁判所が一定の期間内に本案の訴えを提起すべきことを命ずることがあります(民事保全法第37条第1項)。この命令に従わない場合には、保全命令が取り消されることがありますので、本案の訴訟を準備しておく必要があります。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、株式譲渡代金の不払に関する保全及び回収のご相談をお受けしております。

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ご相談の際に、株式譲渡契約書、株主名簿の写し、決済に関する記録、買主とのやり取りの記録、買主の財産に関する資料をご用意いただけますと、検討が早く進みます。買主が財産の処分に着手しているとお考えの場合には、その旨をお申し出ください。

弁護士費用は、弁護士費用一覧のページをご覧ください。結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。

本記事の根拠条文

民事保全法 第13条第2項(疎明)、第14条第1項(担保)、第20条第1項(仮差押命令の要件)、第26条(保全異議)、第37条第1項(本案の訴えの提起等)、第43条第2項(保全執行の期間)

民法 第166条第1項(債権の消滅時効)、第412条(履行期と履行遅滞)、第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第419条(金銭債務の特則)

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