買主が単独で作成した計算書に異議を述べる手順

株式を譲渡いたしましたところ、買主から価格調整に関する計算書が送られてまいりました。計算書は買主が単独で作成したものであり、こちらは作成の過程に一切関与しておりません。契約書には「買主が算定書を作成し、売主が30日以内に異議を述べなかった場合には確定する」と定められております。内容に納得できないのですが、どのような書面をいつまでに出せばよいのでしょうか。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。異議は、契約に定められた期限内に、書面により、争う項目を特定して述べる必要があります。検討が十分に及んでいない項目についても、留保を付して異議の対象に含めておくことが安全です。期限を徒過すると、算定書の内容が確定し、争うことが著しく困難となります。本記事では、異議を述べるまでの手順を、期限の管理、資料の請求、書面の記載事項、その後の協議の順に整理いたします。
第1節 まず期限を確定いたします
起算点の確認
異議の期限は、算定書の「交付の日」から起算されるのが通例ですが、「受領の日」「到達の日」「送付の日」と定められている場合があります。契約の文言を確認し、いずれの日から起算されるかを確定いたします。
電子メールにより送付された場合には、契約における「交付」の定義を確認いたします。定義が置かれていない場合には、受領した日を起算点として計算しておくことが安全です。
期間の計算
期間の計算については、日、週、月又は年によって期間を定めたときは、期間の初日は算入しないとされております(民法第140条本文)。また、期間の末日が休日に当たり、その日に取引をしない慣習がある場合には、期間は翌日に満了するとされております(民法第142条)。
もっとも、契約に別段の定めが置かれている場合には、その定めによります。余裕をもって行動することが望まれます。
期限の管理
表1 期限の管理において確認する事項
| 項目 | 確認の内容 |
|---|---|
| 起算点 | 交付、受領、到達、送付のいずれか |
| 期間 | 日数又は営業日数 |
| 営業日の定義 | 土曜日、日曜日、祝日の扱い |
| 末日 | 休日に当たる場合の扱い |
| 到達の要否 | 期限内の発送で足りるか、到達を要するか |
| 方法 | 書面、電子メール、指定された宛先 |
「期限内に到達すること」が要件とされている場合には、郵送に要する日数を考慮する必要があります。
第2節 算定書の内容を確認いたします
形式の確認
まず、契約に定められた形式を備えているかを確認いたします。作成者、作成の日付、算定の対象となる期間又は基準日、契約に定められた添付資料の有無を確認いたします。
形式を備えていない場合には、算定書としての効力を争う余地があります。この点も、異議の書面において指摘しておきます。
算定の方法の確認
契約に定められた算定の方法に従っているかを確認いたします。定義された勘定科目が用いられているか、基準額が契約のとおりであるか、基準時が契約のとおりであるかを確認いたします。
数値の確認
算定書に記載された数値が、対象会社の帳簿と整合しているかを確認いたします。売主が保有する譲渡前の資料と比較することにより、不自然な変動を見付けることができる場合があります。
資料が不足している場合
算定の根拠となる資料が添付されていない場合には、検討を行うことができません。この場合であっても、期限の進行が止まるとは限りませんので、資料の交付を求めるとともに、期限内に異議を述べておく必要があります。
第3節 資料の交付を求めます
求めるべき資料
表2 交付を求める資料
| 資料 | 確認できる事項 |
|---|---|
| 基準日の貸借対照表 | 各科目の残高 |
| 勘定科目の内訳明細書 | 個別の債権債務の内容 |
| 売掛金の年齢表 | 回収の状況及び引当ての要否 |
| 棚卸資産の明細 | 評価の方法及び滞留の状況 |
| 調整項目の明細 | 加算及び減算の根拠 |
| 会計処理に関する説明 | 従前の処理からの変更の有無 |
| 基準額の算定の資料 | 基準額の根拠 |
求め方
資料の交付は、書面により、契約上の根拠を示して求めます。契約に交付の義務が定められている場合には、その条項を摘示いたします。定めがない場合であっても、算定の当否を検討するために必要である旨を記載して求めることになります。
交付されない場合
買主が資料を交付しない場合には、その経緯を記録しておきます。後の協議又は訴訟において、買主が算定の根拠を示さなかったという事情は、買主に不利に評価される余地があります。
第4節 異議の書面の記載事項
記載すべき事項
表3 異議の書面に記載する事項
| 項目 | 記載する内容 |
|---|---|
| 契約の特定 | 契約の名称、締結日、当事者 |
| 算定書の特定 | 受領の日、算定書の日付 |
| 異議の趣旨 | 算定書の内容に異議がある旨 |
| 争う項目 | 項目ごとの区分と理由 |
| あるべき数値 | 売主が相当と考える金額(判明している範囲) |
| 留保 | 資料の不足により検討が及んでいない項目がある旨 |
| 資料の請求 | 交付を求める資料の特定 |
| 協議の申入れ | 協議の場を求める旨と期日の候補 |
項目の特定の程度
契約において「争う項目を特定して」と定められている場合には、勘定科目又は調整項目の単位で特定することが求められます。「全体として不当である」という記載のみでは、特定として不十分であると争われる可能性があります。
留保の記載
資料が交付されていないために検討が及んでいない項目については、その旨を明記した上で、資料の交付を受けた後に追加して異議を述べる旨を記載いたします。
「本書面は、現在までに開示された資料に基づく検討の結果を記載したものです。算定の根拠となる資料が交付されていない項目については、検討を留保いたします。資料の交付を受けた後、速やかに追加して異議を申し述べます。本書面に記載しなかった項目について、算定書の内容を承認する趣旨ではありません。」
方法
契約に定められた方法によります。定めがない場合には、内容証明郵便に配達証明を付して送付することが考えられます。内容と到達の日を記録に残すことができるためです。
電子メールによる送付が認められている場合であっても、あわせて書面を送付しておくことが安全です。
宛先
契約に通知の宛先に関する条項が置かれている場合には、これに従います。買主の担当者宛てに電子メールで送るのみでは、契約上の通知として認められないことがあります。
第5節 異議を述べた後の進め方
協議
異議を述べた後は、買主との協議に入ります。協議においては、争点を項目ごとに整理し、それぞれについて契約上の根拠を示して主張することが有効です。
協議の経過は、議事録又は電子メールにより記録に残します。口頭の了解にとどめますと、後に内容が争われます。
第三者による判断
契約において、協議が調わない場合に公認会計士等の第三者の判断に委ねる旨が定められていることがあります。この場合、判断の対象となる事項の範囲を確認いたします。契約の解釈に関する争点は、第三者の判断の対象とされていないことがあります。
第三者の選任の方法、費用の負担、判断の効力についても、契約の定めを確認いたします。
支払の留保
買主から返還を求められている場合には、争いがある間の支払について検討いたします。争いながら支払う場合には、支払が算定書の内容を承認する趣旨ではない旨を明記しておく必要があります。
訴訟
協議が調わない場合には、訴訟によることになります。買主から返還を求める訴訟が提起される場合と、売主から残代金の支払を求める訴訟を提起する場合とがあります。
いずれの場合であっても、期限内に異議を述べていたことが前提となります。異議の書面は、訴訟における重要な証拠となります。
第6節 弁護士に相談する意味
算定書に対する異議に関して弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、契約の条項から異議の期限、方法、記載の要件を特定し、期限を管理することです。第二に、算定書の内容を契約に定められた算定の方法と照合し、争うべき項目を洗い出すことです。第三に、資料の交付を求める書面と、異議の書面を作成することです。第四に、協議において項目ごとの主張を整理し、必要に応じて第三者の判断又は訴訟の手続に進むことです。
異議の手続は、期限を徒過すれば、内容の当否にかかわらず争うことができなくなります。算定書を受領した時点で、直ちに期限を確認することが第一となります。
なお、会計処理及び税務に関する事項は、公認会計士又は税理士の業務に属します。当事務所は、これらの業務を行うものではなく、必要に応じてこれらの専門家と連携して検討いたします。
具体的な異議の組み立ては、契約の定め、算定書の内容、買主の対応等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 資料がないので内容を検討できません。それでも異議を述べるべきですか。
述べるべきです。資料が不足している旨と、検討を留保する旨を記載した上で、期限内に異議を述べます。資料の不足を理由として期限が延長されるとは限らないためです。
質問2 電子メールで異議を述べれば足りますか。
契約における通知の方法に関する定めによります。定めが置かれていない場合には争いとなり得ますので、内容証明郵便によることをお勧めいたします。電子メールで先に連絡した上で、書面を送付する方法もあります。
質問3 異議の書面に金額を書く必要がありますか。
契約が金額の記載を求めている場合には記載いたします。求めていない場合であっても、売主が相当と考える金額を示すことにより、協議が進みやすくなることがあります。金額が確定していない場合には、その旨を付記いたします。
質問4 一部の項目のみ異議を述べた場合、他の項目はどうなりますか。
契約に、異議を述べなかった項目は確定する旨の定めが置かれていることがあります。この場合、異議を述べなかった項目について後から争うことは困難となります。検討が及んでいない項目についても、留保を付しておく必要があります。
質問5 異議を述べると買主との関係が悪化しませんか。
異議は、契約に定められた手続に従って権利を保全するためのものです。書面において、事実関係の確認と協議を求める趣旨である旨を付記することにより、無用な対立を避けることが考えられます。他方、期限を徒過すれば争う手段が失われますので、関係への配慮を理由として異議を述べないという選択は適切ではありません。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、価格調整の算定書に対する異議及びその後の協議に関するご相談をお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、株式譲渡契約書、価格調整に関する別紙、買主から交付された算定書及び添付資料、受領の日が分かる記録をご用意いただけますと、検討が早く進みます。異議の期限が迫っている場合には、その旨をお申し出ください。
弁護士費用は、弁護士費用一覧のページをご覧ください。結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
民法 第97条第1項(意思表示の効力発生時期)、第140条(期間の起算)、第142条(期間の末日が休日である場合)、第166条第1項(債権の消滅時効)、第412条(履行期と履行遅滞)、第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第505条第1項(相殺)
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