会計方針の変更が価格調整の金額に与える影響

株式を譲渡いたしました後、買主から価格調整として代金の返還を求められております。示された算定書を確認いたしますと、貸倒引当金が譲渡前よりも大幅に増えており、棚卸資産の評価も下がっております。買主は「自社の基準に合わせた」と説明しております。会計処理を変えられただけで返還を求められることに納得ができません。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。価格調整は、基準額と決済日の数値との差額を求めるものですから、両者が同一の会計処理を前提としていなければ意味がありません。買主が譲渡後に会計処理を変更し、その結果として生じた差額を調整の対象とすることは、契約に会計処理の継続に関する定めがある場合には契約に反します。定めがない場合であっても、条項の趣旨に照らして争う余地があります。本記事では、影響を受けやすい項目、変更を見付ける方法、主張の組み立て方を整理いたします。
第1節 会計処理の変更が金額に影響する仕組み
差額を求める構造
価格調整は、あらかじめ定めた基準額と、決済日における実際の数値との差額により行われます。基準額は、譲渡前の対象会社の計算書類に基づいて算定されるのが通例です。
したがって、決済日の数値が、基準額の算定に用いられたものと異なる会計処理により算出された場合には、その差額は、対象会社の財政状態の変動ではなく、処理の変更によって生じたものということになります。
変更の主体
決済の後は、対象会社の会計処理を決定するのは買主です。買主は、自らの企業集団において統一された処理に合わせることを求めることがあります。
この変更が、企業集団の管理として合理的なものであったとしても、価格調整の算定においてまで反映させてよいかは、別の問題です。
契約における定め
多くの株式譲渡契約においては、価格調整の算定に用いる会計処理について、対象会社が従前採用していた処理を継続する旨、又は基準額の算定に用いた処理と同一の処理による旨が定められております。
この定めがある場合には、買主による変更は契約に反することとなります。まず、契約にこの定めがあるかを確認いたします。
第2節 影響を受けやすい項目
貸倒引当金
表1 会計処理の変更により金額が動きやすい項目
| 項目 | 変更の内容 | 調整への影響 |
|---|---|---|
| 貸倒引当金 | 計上の基準及び率の変更 | 売上債権が減少し、運転資本が減少いたします |
| 棚卸資産の評価 | 評価の方法及び滞留品の処理 | 資産が減少し、運転資本が減少いたします |
| 収益の認識 | 計上の時期の変更 | 売上債権の額が変動いたします |
| 未払費用 | 計上の範囲の拡大 | 負債が増加し、運転資本が減少いたします |
| 賞与引当金 | 従前計上していなかったものの計上 | 負債が増加いたします |
| 退職給付に係る負債 | 算定の方法の変更 | 負債が増加いたします |
| 資産の減損 | 新たな判定による計上 | 資産が減少いたします |
中小の会社において生じやすい変更
中小の会社においては、税務上の取扱いに沿った処理が行われていることが少なくありません。買主が上場会社又はその企業集団に属する場合には、より厳格な基準による処理が求められます。
この差が、そのまま調整の金額として現れることがあります。譲渡前の処理が誤っていたのではなく、拠って立つ基準が異なるにすぎない場合があります。
見積りに関する項目
引当金や評価損のように、見積りの要素を含む項目は、判断の幅が大きいものです。同一の基準によったとしても、判断により金額が異なり得ます。
買主が、譲渡前と異なる前提により見積りを行っている場合には、その前提の当否を確認する必要があります。
第3節 変更を見付ける方法
譲渡前の資料との比較
まず、譲渡前の計算書類、勘定科目の内訳明細書、月次の試算表と、算定書に記載された数値とを比較いたします。特定の科目のみが不自然に変動している場合には、処理の変更が疑われます。
算定の根拠の照会
買主に対し、各科目の算定の根拠を明らかにするよう求めます。とりわけ、引当金及び評価に関する項目については、計上の基準、率、対象とした債権又は資産の明細の交付を求めます。
買主が「自社の基準による」と説明した場合には、その基準の内容と、従前の基準との相違を明らかにするよう求めます。この説明自体が、変更の事実を示す資料となります。
譲渡前の担当者からの聴取
譲渡前に経理を担当していた従業員が対象会社に残っている場合には、従前の処理の内容を確認できることがあります。ただし、譲渡後は買主の指揮の下にありますので、接触の方法には配慮が必要です。
売主が譲渡前に関与していた税理士に、従前の処理の内容を確認することも考えられます。
デューデリジェンスの資料
買収に先立って行われたデューデリジェンスにおいて、対象会社の会計処理が調査され、報告書に記載されていることがあります。買主がその内容を認識していたことを示す資料となります。
デューデリジェンスにおいて指摘された事項が、価格の交渉に反映されていた場合には、同一の事項を改めて調整の対象とすることの当否が問題となります。
第4節 主張の組み立て
契約に継続性の定めがある場合
この場合の主張は明快です。買主の算定は、契約に定められた算定の方法によっていないことになります。したがって、算定書は契約に適合せず、その内容に拘束されない旨を主張いたします。
あわせて、従前の処理によった場合の数値を示し、あるべき調整の額を主張いたします。
定めがない場合
この場合には、条項の趣旨に基づく主張を行います。価格調整は、基準日から決済日までの財政状態の変動を代金に反映させるための条項であり、会計処理の変更により生じた差額を反映させることは、その趣旨に反すると主張いたします。
また、基準額の算定と決済日の算定とで異なる前提を用いることは、比較として意味をなさないという点も主張の根拠となります。
法令又は基準の変更による場合
会計基準の改正により処理を変更せざるを得なかったと買主が主張することがあります。この場合には、当該改正が対象期間において適用されるものであるか、対象会社に適用されるものであるかを確認いたします。
改正が適用される場合であっても、契約に定めがあるときは、変更前の処理によった場合の数値により算定すべきであると主張することが考えられます。
開示されていた事項
デューデリジェンスにおいて開示され、買主が認識していた事項について、決済後に処理を変更して調整の対象とすることは、信義に反するとの主張が考えられます。開示別紙の記載と対照いたします。
第5節 補償の請求との関係
二重の負担
会計処理の変更により資産の額が減少した場合、買主が、価格調整による減額と、表明保証の違反に基づく補償の請求との双方を行うことがあります。同一の事項について二重に負担することとなります。
契約に、価格調整の対象とされた事項については補償の請求をすることができない旨の定めが置かれていることがあります。定めがない場合であっても、二重の回復は許されないとの主張が考えられます。
計算書類に関する表明保証
計算書類が一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に従って作成されている旨の表明保証がされている場合には、その基準の内容が問題となります。中小の会社については、これに対応する指針が公表されておりますので、いずれの基準によるかを契約において明確にしておくことが望まれます。
過年度の処理
買主が、譲渡前の処理そのものが誤っていたと主張することがあります。この場合には、価格調整の問題ではなく、表明保証の違反の問題として扱われることになります。主張の根拠が異なりますので、区別して検討いたします。
第6節 譲渡の前に備えておくこと
契約における定め
価格調整に関する条項を定める際には、算定に用いる会計処理を明記いたします。「対象会社が従前採用していた会計処理を継続して適用する」「基準額の算定に用いた処理と同一の処理による」といった定めです。
あわせて、算定の例を別紙として添付し、主要な科目についての処理を具体的に示しておくことが有効です。
資料の保管
譲渡前の計算書類、勘定科目の内訳明細書、引当金の計上に関する資料を保管しておきます。譲渡後は対象会社の資料に接することが困難となりますので、決済の前に写しを保管しておくことが望まれます。
基準額の根拠の共有
基準額の算定の過程を、買主との間で書面により共有しておきます。どのような処理を前提として基準額が算定されたかが明らかであれば、後の争いを避けることができます。
第7節 弁護士に相談する意味
会計処理の変更に関する争いについて弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、契約における会計処理に関する定めを確認し、主張の根拠を特定することです。第二に、算定書と譲渡前の資料とを対照し、変更が生じている項目を洗い出すことです。第三に、買主に対して算定の根拠の説明と資料の交付を求める書面を作成することです。第四に、異議の期限を管理し、期限内に必要な主張を行うことです。第五に、補償の請求との重複を確認することです。
この類型の争いは、会計に関する事項を含みますが、その中心は契約の解釈です。契約が何を前提として調整を定めたかという視点から検討することが出発点となります。
なお、会計処理及び税務に関する事項は、公認会計士又は税理士の業務に属します。当事務所は、これらの業務を行うものではなく、必要に応じてこれらの専門家と連携して検討いたします。
具体的な検証と主張の組み立ては、契約の定め、事業の内容、買主の企業集団の方針等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 買主が自社の基準に合わせたと説明しています。争えますか。
契約に会計処理の継続に関する定めがある場合には、契約に反する算定であると主張することが考えられます。定めがない場合であっても、基準額と同一の前提により算定すべきであるとの主張の余地があります。
質問2 譲渡前の処理が誤っていたと言われました。
その主張は、価格調整の問題ではなく、計算書類に関する表明保証の違反の問題です。根拠が異なりますので、区別して検討する必要があります。いずれの基準による処理が求められていたかを確認いたします。
質問3 どの資料を見れば変更が分かりますか。
譲渡前の勘定科目の内訳明細書と、算定書に添付された明細とを比較いたします。引当金の計上の基準、率、対象とした債権の範囲が示されていれば、変更の有無を判断することができます。
質問4 会計基準が改正されたと言われました。
当該改正が対象会社に適用されるものであるかを確認いたします。契約に、変更前の処理によった場合の数値により算定する旨の定めが置かれている場合には、その定めによります。
質問5 価格調整と補償の両方を請求されています。
同一の事項について二重に負担することとならないかを確認いたします。契約に重複を排除する定めが置かれていることがあります。定めがない場合であっても、二重の回復は許されないとの主張が考えられます。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、価格調整における会計処理の変更に関するご相談をお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、株式譲渡契約書、価格調整に関する別紙、買主から交付された算定書及び明細、譲渡前の計算書類及び勘定科目の内訳明細書をご用意いただけますと、検討が早く進みます。
弁護士費用は、弁護士費用一覧のページをご覧ください。結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
民法 第1条第2項(信義誠実の原則)、第166条第1項(債権の消滅時効)、第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第505条第1項(相殺)
会社法 第431条(会計の原則)、第432条第1項(会計帳簿の作成)、第435条第2項(計算書類の作成)
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