譲渡した後に会社の計算書類を確認する方法

株式を譲渡いたしましたが、株式譲渡契約にアーンアウト条項が定められており、譲渡後の一定期間の業績に応じて追加の代金が支払われることになっております。ところが、買主からは業績が目標に達しなかったとの連絡があったのみで、その根拠となる数値が示されません。既に株主ではありませんので、会社の帳簿を見せてほしいと申し出ても応じてもらえません。どのようにして計算書類を確認すればよいのでしょうか。このようなご相談をいただくことがあります。

結論から申し上げます。株式を譲渡した後は、株主としての権利に基づいて会計帳簿の閲覧を求めることはできません。したがって、確認の手掛かりは、第一に株式譲渡契約に定められた情報提供に関する条項、第二に公開されている情報、第三に法的手続における証拠の収集という順序で検討することになります。本記事では、それぞれの方法と限界を整理いたします。

第1節 株主でなくなることの意味

 会計帳簿の閲覧謄写請求権

株主は、一定の議決権又は株式の数を有する場合に、会社の営業時間内はいつでも、会計帳簿又はこれに関する資料の閲覧又は謄写を請求することができるとされております(会社法第433条第1項)。

この権利は、株主の資格に基づくものです。株式を譲渡し、株主でなくなった時点で、この権利を行使することはできなくなります。

 計算書類等の閲覧請求

株主及び債権者は、会社の営業時間内はいつでも、計算書類等について閲覧又は謄本の交付等を請求することができるとされております(会社法第442条第3項)。

アーンアウトに基づく追加代金の請求権を有する売主が、ここでいう「債権者」に当たるかについては、議論があるところです。会社に対する債権者ではなく買主に対する債権者である場合には、この規定によることは困難です。他方、対象会社自身が支払義務を負う定めとなっている場合には、検討の余地があります。

 したがって契約の定めが中心となります

以上のとおり、会社法上の権利による確認には限界があります。そのため、株式譲渡契約において、譲渡後の情報提供に関する定めを置いておくことが重要となります。

第2節 契約に定められた情報提供の条項

 確認すべき条項

表1 譲渡後の情報提供に関する条項の類型

条項 内容
計算書類の交付 各事業年度の計算書類を一定の期日までに交付する義務
算定資料の交付 アーンアウトの算定の根拠となる資料を交付する義務
帳簿の閲覧 売主又はその指定する者が帳簿を閲覧できる旨
質問への回答 売主からの照会に対して回答する義務
第三者による検証 公認会計士等による検証を求めることができる旨
異議申述の手続 算定に異議がある場合の申述の期限と手続

 条項がある場合の進め方

条項がある場合には、まず、その条項に基づく請求を書面により行います。口頭での申入れにとどめますと、後に請求の時期が争われることがあります。

書面には、根拠となる条項、求める資料の範囲、回答の期限を記載いたします。異議申述の期限が定められている場合には、その期限との関係を意識して行動する必要があります。

 条項があっても交付されない場合

買主が交付に応じない場合には、契約上の義務の違反となります。この場合、資料の交付を求める請求と、追加代金そのものの請求とを検討することになります。

また、買主が資料を交付しないことは、後の手続において、買主に不利な事情として評価される余地があります。請求と拒絶の経緯は、書面により記録しておく必要があります。

 条項がない場合

情報提供に関する条項が置かれていない場合であっても、契約上の義務に付随する義務として、算定の根拠を説明すべき義務が認められる余地があります。アーンアウトの金額の算定を買主に委ねる定めとなっている場合には、その算定が誠実に行われることが前提とされていると解する余地があるためです。

もっとも、条項がない場合の請求は、条項がある場合と比べて主張の負担が重くなります。

第3節 公開されている情報からの確認

 決算公告

株式会社は、定時株主総会の終結後遅滞なく、貸借対照表又はその要旨を公告しなければならないとされております(会社法第440条第1項)。公告の方法は、定款に定められており、官報、日刊新聞紙又は電子公告のいずれかです。

電子公告による場合には、会社のウェブサイト等において確認することができます。もっとも、中小の会社においては、公告が現実に行われていないことも少なくありません。

 登記事項証明書

登記事項証明書からは、役員の異動、本店の移転、資本金の額の変更、目的の変更、支店の設置等を確認することができます。誰でも取得することができます。

アーンアウトの目標が達成されなかった理由として買主が挙げる事情と、登記から読み取れる事実とが整合しているかを確認いたします。

 その他の公開情報

対象会社のウェブサイト、採用に関する情報、取引先の公表資料、業界の団体が公表する資料等から、事業の状況をうかがい知ることができる場合があります。

これらは間接的な資料にすぎませんが、買主の説明の当否を検討する手掛かりとなります。

第4節 法的手続における資料の収集

 訴えの提起前の照会

訴えを提起しようとする者は、提訴の予告の通知をした場合に、相手方に対して照会をすることができる制度が設けられております(民事訴訟法第132条の2)。また、裁判所に対して証拠収集の処分を申し立てることができる制度もあります(民事訴訟法第132条の4)。

これらの制度は、要件と対象が限られておりますので、事案に応じて利用の可否を検討することになります。

 弁護士会を通じた照会

弁護士は、受任している事件について、所属する弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができるとされております(弁護士法第23条の2)。

もっとも、照会先に報告の義務があるかについては議論があり、回答が得られないこともあります。会社の内部の帳簿を取得する方法としては、限界があります。

 文書提出命令

訴訟を提起した後には、文書の所持者に対してその提出を命ずるよう裁判所に申し立てることができます(民事訴訟法第219条以下)。文書提出義務の範囲は民事訴訟法第220条に定められており、いわゆる自己利用文書に当たるとして提出が否定される場合があります。

会社の会計帳簿については、事案に応じて判断が分かれ得るところです。もっとも、契約において開示が予定されていた資料については、提出が認められる余地が高まると考えられます。

 訴訟の中での主張立証責任

アーンアウトの追加代金を請求する訴訟においては、目標が達成されたことについて、原則として売主が主張立証すべきこととなります。資料が買主の手元にあることから、立証が困難となる場面があります。

このため、契約における情報提供の条項が重要となるほか、買主が資料を開示しないことをどのように評価すべきかを主張することになります。

第5節 譲渡の前に備えておくこと

 契約における手当て

アーンアウト条項を定める場合には、併せて、算定の根拠資料の交付、閲覧の権利、第三者による検証、異議申述の手続を定めておく必要があります。金額の定めのみを置き、確認の方法を定めないことは、後の紛争の原因となります。

 譲渡前の資料の保管

譲渡の前の期間における計算書類、月次の試算表、主要な取引先との契約書の写しを、適法な範囲で保管しておくことが考えられます。譲渡後の数値と比較するための基準となります。

もっとも、対象会社の営業秘密に当たる情報の持出しは、別の問題を生じます。契約における秘密保持の定めと、営業秘密に関する法令に留意する必要があります。

 関与を残す方法

譲渡後の一定期間、売主が顧問又は取締役として対象会社に関与する場合には、その地位に基づいて情報に接することができます。アーンアウト条項を定める場合には、この点も併せて検討されることがあります。

第6節 弁護士に相談する意味

譲渡後の資料の確認に関して弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、株式譲渡契約における情報提供に関する条項を確認し、請求の根拠と範囲を特定することです。第二に、買主に対する請求の書面を作成し、異議申述の期限との関係を管理することです。第三に、公開されている情報を収集し、買主の説明との整合を検討することです。第四に、交渉によって解決しない場合に、訴訟における資料の収集の方法を検討することです。

資料が買主の手元にあるという構造は、売主にとって不利に働きます。異議申述の期限が定められている場合には、期限を徒過しないことが第一となります。

具体的な資料の求め方や主張の組み立ては、契約の定め、買主の対応、事業の内容等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。

よくあるご質問

質問1 株式を譲渡した後でも会計帳簿を見ることはできますか。

株主としての権利に基づく閲覧謄写請求(会社法第433条第1項)は、株主でなくなった時点で行使することができなくなります。契約に情報提供の条項が置かれている場合には、これに基づく請求を検討いたします。

質問2 買主が資料を出しません。どうすればよいですか。

契約上の義務の違反となる場合には、その旨を書面により指摘し、期限を定めて交付を求めます。応じない場合には、追加代金の請求とともに、資料の不開示を主張することを検討いたします。

質問3 1株だけ残しておけば帳簿を見られますか。

会計帳簿の閲覧謄写請求には、議決権又は株式の数に関する要件が定められております(会社法第433条第1項)。1株のみでは要件を満たさないのが通例です。また、譲渡の交渉において買主が全部の株式の取得を求めることが多く、実際に採り得る方法であるとは限りません。

質問4 異議を述べる期限が過ぎてしまいました。

契約に定められた期限を徒過した場合、算定の結果を争うことが困難となるのが通例です。もっとも、算定が契約に定められた方法によっていない場合や、買主に信義に反する事情がある場合には、なお主張の余地が残ることがあります。事実関係を確認した上で検討いたします。

質問5 公認会計士に検証してもらうことはできますか。

契約において第三者による検証の手続が定められている場合には、これに従います。定めがない場合には、買主の同意が必要となります。なお、税務に関する業務は税理士が、会計監査に関する業務は公認会計士が行うものであり、当事務所はこれらの業務を行うものではありません。必要に応じて、これらの専門家と連携して検討いたします。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、譲渡後の追加代金及び資料の確認に関するご相談をお受けしております。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • 受付時間 8時00分から21時00分まで
  • 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
  • ご相談は事前予約制です

ご相談の際に、株式譲渡契約書、アーンアウトに関する条項及び別紙、買主からの連絡の記録、譲渡前の計算書類をご用意いただけますと、検討が早く進みます。異議申述の期限が定められている場合には、その期日をお知らせください。

弁護士費用は、弁護士費用一覧のページをご覧ください。結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。

本記事の根拠条文

会社法 第433条第1項(会計帳簿の閲覧等の請求)、第440条第1項(計算書類の公告)、第442条第3項(計算書類等の閲覧等の請求)

民事訴訟法 第132条の2(訴えの提起前における照会)、第132条の4(訴えの提起前における証拠収集の処分)、第219条以下(書証及び文書提出命令)、第220条(文書提出義務)

弁護士法 第23条の2(報告の請求)

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