主要な取引先の離脱による損害を売主に請求できるのか

会社の株式を取得いたしましたが、譲受けから半年の間に、売上の3割を占めていた取引先が取引を終了いたしました。譲渡の交渉においては、売主から「主要な取引先との関係は安定している」との説明を受けており、株式の価格もこれを前提として算定しております。後になって、当該取引先が譲渡の前から取引の縮小を検討していたことが判明いたしました。売主に損害の賠償を請求することはできるのでしょうか。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。主要な取引先の離脱による損失を売主に請求することができるかは、株式譲渡契約における表明保証の内容と、開示別紙の記載により定まります。取引先の離脱そのものは、売主が支配し得る事柄ではありませんので、表明保証の対象とされていなければ請求は困難です。他方、譲渡の前から離脱の兆候が存在し、これが開示されていなかった場合には、請求の余地があります。本記事では、検討の順序と、損害の主張の方法を整理いたします。
第1節 まず表明保証の内容を確認いたします
取引先に関する表明保証
株式譲渡契約においては、取引先に関する表明保証がされているのが通例です。次のような事項が対象とされます。
表1 取引先に関する表明保証の例
| 事項 | 内容 |
|---|---|
| 契約の一覧 | 主要な取引先との契約の一覧が正確であること |
| 契約の有効性 | 契約が有効に存続していること |
| 違反の不存在 | 契約に違反する事実がないこと |
| 解除の事由 | 解除の事由が生じていないこと |
| 終了の意向 | 取引を終了する意向を示している取引先がないこと |
| 支配権の異動に関する条項 | 当該条項の有無及び内容 |
| 紛争の不存在 | 取引先との間に紛争がないこと |
最も重要な項目
この類型において最も重要となるのは、「取引を終了する意向を示している取引先がない」旨の表明保証です。この表明保証がされている場合において、譲渡の前から意向が示されていたときは、その違反となります。
表明保証の限定
表明保証に「売主の知る限り」といった限定が付されている場合には、売主が認識していたことを主張し、立証する必要があります。
限定が付されていない場合には、売主の認識を問わず、事実に反することを主張すれば足ります。この相違は大きなものです。
開示別紙の確認
デューデリジェンスにおいて取引の縮小に関する事情が開示され、開示別紙に記載されている場合には、補償の請求が制限されることがあります。
記載が抽象的である場合には、当該事項が開示されていたといえるかが争点となります。
第2節 譲渡前の兆候を示す資料
資料の収集
買主は、譲受け後は対象会社の資料に接することができます。譲渡の前から離脱の兆候が存在していたことを示す資料を、社内から収集いたします。
表2 兆候を示し得る資料
| 資料 | 示す事項 |
|---|---|
| 取引先との往復の書面 | 取引の縮小又は終了に関する申入れ |
| 電子メールの記録 | 担当者間のやり取り |
| 営業に関する報告書 | 社内における状況の共有 |
| 会議の記録 | 経営会議における議題 |
| 受注の推移 | 譲渡前からの減少の傾向 |
| 入札及び見積りの記録 | 失注の状況 |
| クレームの記録 | 品質又は納期に関する問題 |
受注の推移
譲渡の前の期間における受注の推移を確認いたします。譲渡の直前から減少の傾向が現れている場合には、離脱の兆候が存在していたことをうかがわせる事情となります。
他方、譲渡の後に減少が始まっている場合には、買主の側の事情によるとの反論がされます。
取引先からの聴取
取引先に対して、終了の理由と、その検討を開始した時期を確認することが考えられます。もっとも、取引の再開を目指す立場からは、慎重な対応が必要です。
従業員からの聴取
当該取引先を担当していた従業員が対象会社に残っている場合には、その者から事情を聴取いたします。譲渡の前の状況を最もよく知る立場にあります。
第3節 離脱の原因を区分いたします
三つの類型
離脱の原因を、次のように区分して検討いたします。
第一に、譲渡の前から存在していた事情によるものです。品質又は納期に関する問題、価格の競争、取引先の方針の変更が該当いたします。この場合、表明保証の違反が問題となります。
第二に、支配権の異動そのものによるものです。取引先が新たな支配株主を望まない場合が該当いたします。この場合、支配権の異動に関する条項の開示の有無が問題となります。
第三に、譲渡の後の買主の運営によるものです。担当者の交代、価格の変更、品質の低下が該当いたします。この場合、売主に対する請求は困難です。
区分の重要性
売主からは、離脱は買主の運営によるものであるとの反論がされるのが通例です。したがって、離脱の原因が譲渡の前から存在していたことを示すことが、主張の中心となります。
複数の原因がある場合
実際には、複数の原因が重なっていることが少なくありません。この場合、それぞれの寄与の程度が争点となります。
損害の額の算定において、この点が考慮されることとなります。
第4節 損害の主張
損害の内容
表3 主張し得る損害
| 内容 | 算定の考え方 |
|---|---|
| 失われた利益 | 当該取引により得られたであろう利益 |
| 企業価値の減少 | 離脱を前提とした場合の株式の価値との差額 |
| 代替の取引先の確保に要した費用 | 営業の費用、条件の譲歩による減収 |
| 余剰となった設備及び人員 | 維持に要する費用、整理に要する費用 |
| 仕掛品及び在庫 | 処分により生じた損失 |
失われた利益
当該取引先との取引により得られたであろう利益を主張することが考えられます。過去の取引の実績、利益率、取引が継続したであろう期間から算定いたします。
もっとも、取引が将来にわたり継続したであろうことを立証する必要があり、容易ではありません。契約に期間の定めがある場合には、その期間を基礎とすることが考えられます。
企業価値の減少
株式の価格の算定において当該取引が織り込まれていた場合には、これを除外した場合の価格との差額を主張することが考えられます。
価格の算定に関する資料が残っている場合には、この主張が採りやすくなります。デューデリジェンスの報告書、価格の算定に関する資料を確認いたします。
契約における損害の定義
契約において、補償の対象となる損害の範囲が定められていることがあります。逸失利益を除外する旨、間接的な損害を除外する旨の定めが置かれている場合には、主張が制限されます。
この定めがある場合には、企業価値の減少を主張することが困難となることがあります。
補償の上限及び下限
契約において、補償の額に上限が定められている場合には、その範囲となります。また、一定の額を超える損害についてのみ請求することができる旨の定めがある場合には、その要件を確認いたします。
第5節 進め方
期限内の通知
離脱を知った時点で、契約に定められた期間内に、売主に対する通知を行います。損害の額が確定していない場合であっても、判明している範囲で通知を行い、確定後に改めて通知する旨を付記いたします。
取引の回復の努力
取引先との関係の回復に努めることも必要です。契約において、買主が損害の拡大を防ぐ義務を負う旨の定めが置かれていることがあるためです。
回復のために採った措置と、その費用は、記録しておきます。
売主への照会
売主に対し、譲渡の前における当該取引先の状況、認識していた事情について説明を求めます。回答の内容自体が、後の手続における資料となります。
協議
協議においては、譲渡の前から離脱の兆候が存在していたことを、資料により示すことが中心となります。売主が事実を認識していたことを示す資料は、とりわけ重要です。
譲受けの前の備え
主要な取引先への依存の程度が高い会社を取得する場合には、契約において、取引先の離脱が生じた場合の取扱いを定めておくことが望まれます。代金の一部の留保、一定期間内の離脱による減額、違約金の定めが考えられます。
第6節 弁護士に相談する意味
この類型について弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、株式譲渡契約における取引先に関する表明保証の内容と、開示別紙の記載を確認することです。第二に、譲渡の前から離脱の兆候が存在していたことを示す資料を、社内から収集することです。第三に、離脱の原因を区分し、売主の側の事情によるものであることを主張することです。第四に、契約における損害の定義を踏まえて、主張し得る損害を構成することです。第五に、期限内に通知を行い、協議を進めることです。
この類型においては、離脱の原因が譲渡の前から存在していたことを示すことが、主張の中心となります。譲受け後の早い段階で、社内の資料を収集することが重要です。
具体的な主張の組み立ては、契約の定め、取引の内容、離脱の経緯等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 取引先が離れたら売主に請求できるのですか。
当然に請求できるものではありません。株式譲渡契約における表明保証の内容と、開示別紙の記載により定まります。とりわけ、取引を終了する意向を示している取引先がない旨の表明保証がされているかを確認いたします。
質問2 売主は「買主の経営のせいだ」と言っています。
離脱の原因が争点となります。譲渡の前から兆候が存在していたことを、受注の推移、社内の記録、取引先との往復の書面により示すことが中心となります。
質問3 「売主の知る限り」と書かれています。
この限定が付されている場合には、売主が認識していたことを主張し、立証する必要があります。社内の会議の記録、報告書、電子メールから、売主が報告を受けていたことを示すこととなります。
質問4 損害はどのように算定しますか。
失われた利益、企業価値の減少、代替の取引先の確保に要した費用が考えられます。もっとも、契約において逸失利益又は間接的な損害を除外する定めが置かれている場合には、主張が制限されます。
質問5 まず何をすべきですか。
契約上の請求期間内に売主へ通知を行うことです。あわせて、譲渡の前の状況を示す社内の資料を収集いたします。時間の経過により、資料が失われ、また担当者が退職することがあります。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、譲受け後の取引先の離脱に関するご相談をお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、株式譲渡契約書、開示別紙、デューデリジェンスにおける質問と回答、取引先との契約書、受注の推移に関する資料、社内の記録をご用意いただけますと、検討が早く進みます。契約上の請求期間が迫っている場合には、その旨をお申し出ください。
弁護士費用は、弁護士費用一覧のページをご覧ください。結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
民法 第95条(錯誤)、第96条第1項(詐欺)、第166条第1項(債権の消滅時効)、第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第416条(損害賠償の範囲)、第709条(不法行為)、第724条(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
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