M&Aトラブルを和解により解決する場合の条件の設計

この記事の位置付け

和解による解決においては、解決金の額のみならず、清算条項の範囲、個人保証の解除及び履行の担保をどのように定めるかが後の紛争の有無を左右します。本記事では、和解条項の設計を実務の手順として整理いたします。

紛争解決条項の確認並びに訴訟に要する費用及び期間については別の記事で扱っています。あわせて御覧ください。

株式の譲渡が終わった後になって、買主から表明保証の違反を理由とする請求が届いた、あるいは売主の側から未払の役員退職慰労金や譲渡代金の残額を求める通知を出した、という段階で、当事者の双方が同じことを考え始めます。このまま訴訟に進んで判決まで争うのか、それとも、どこかで折り合いを付けて終わらせるのか、という問題です。中小企業のM&Aをめぐる紛争では、判決まで進むよりも、和解によって終わる例のほうが実際には多くあります。ところが、和解を選ぶという判断そのものは早くに固まっても、では、どのような条件で和解をするのかという段になると、途端に検討が止まります。

和解は、単に「解決金をいくら払うか」を決めるだけの作業ではありません。金額と同じくらい、あるいはそれ以上に重いのが、その支払をどうやって確保するか、どの範囲の争いが終わったことにするか、対象会社に残っている株式や役員の地位、そして売主が個人で差し入れている保証をどう処理するか、という一連の条件です。ここを詰めないまま金額だけで握手をすると、半年後に、同じ当事者の間で、今度は和解書の解釈をめぐる第2の紛争が起こります。実際に、和解書の清算条項の範囲が曖昧であったために、後から出てきた簿外の債務について改めて請求ができるかどうかが争われる、という事態は珍しくありません。

ここでは、M&Aに関する紛争を和解により解決する場合について、和解条項の設計を実務の手順として整理します。和解を検討すべき局面の見極め、解決金の額の組み立て、清算条項の範囲、株式・役員・個人保証に関する条項、秘密保持及び相互に誹謗しないことを内容とする条項、履行の担保、そして和解が調わなかった場合に備えた進行の設計という順に見ていきます。譲渡代金が1億円から10億円程度の非上場の同族企業を念頭に置き、売主の立場と買主の立場の双方から述べます。

Contents
  1. 和解を検討すべき局面の見極め
    1. 立証の見通しを冷静に測ります
    2. 回収可能性を先に調べます
    3. 時間、費用、事業への影響及び波及を計ります
  2. 解決金の額の組み立て
    1. 請求額との関係を整理します
    2. 分割払とする場合の期限の利益喪失条項
    3. 遅延損害金の定め
    4. 公正証書又は訴訟上の和解による債務名義の取得
  3. 清算条項の範囲をどこまでとするか
    1. 当事者の範囲を明示します
    2. 対象とする紛争の範囲を特定します
    3. 将来判明する事項を除外するかどうか
    4. 対象会社を当事者に加えるかどうか
  4. 株式、役員及び個人保証に関する条項
    1. 残余株式の取扱いを決めます
    2. 役員の退任と登記の手続を定めます
    3. 個人保証の解除の履行期限と不履行の場合の措置
  5. 秘密保持及び相互に誹謗しないことを内容とする条項
    1. 秘密保持の範囲と例外を定めます
    2. 相互に誹謗しないことを内容とする条項の設計
    3. 違約金の定め方
  6. 履行を担保するための仕組み
    1. 保証人を立ててもらいます
    2. 担保権を設定します
    3. 第三者への預託を用います
  7. 和解が調わなかった場合に備えた進行の設計
    1. 期限を切って交渉します
    2. 権利を保全するための手続を準備します
    3. 訴訟又は調停への移行を組み立てます
  8. 売主の立場と買主の立場から見た条件設計の勘所
    1. 売主の立場から
    2. 買主の立場から
  9. よくあるご質問
    1. 和解に応じることは、こちらの主張が誤っていたと認めたことになるのでしょうか。
    2. 解決金を分割払とする場合、何回くらいまでが現実的でしょうか。
    3. 清算条項に「将来判明する事項を除く」と書けば十分でしょうか。
    4. 個人保証が外れないまま和解をしてしまってよいのでしょうか。
    5. 和解書は当事者間で取り交わすだけでよいのでしょうか。公正証書にする必要はありますか。
    6. 対象会社を和解の当事者に加えると、どのような利点と注意点がありますか。
    7. 相互に誹謗しないことを内容とする条項は、実際に守られるのでしょうか。
  10. まとめ

和解を検討すべき局面の見極め

和解の条件を考える前に、そもそもこの事案が和解に向いているのかどうかを判断する必要があります。この判断は、感情や疲労ではなく、立証の見通し、回収可能性、時間と費用、対象会社の事業への影響、そして取引先や従業員への波及という5つの物差しを当てて行います。いずれか一つが決め手になることもありますし、複数が重なって和解に傾くこともあります。

立証の見通しを冷静に測ります

最初に確認するのは、自分の主張を裏付ける証拠が、いま手元にどれだけあるかということです。表明保証の違反を主張する買主であれば、開示資料の一覧と受領日、デュー・ディリジェンスにおける質問と回答の記録、最終契約に至るまでの電子メール、そして違反を示す帳簿や契約書の写しが揃っているかを点検します。売主であれば、開示した資料の範囲、買主が確認したはずの事項、開示された事実に基づいて価格が調整された経緯を示す資料を並べます。M&Aの紛争では、当事者の記憶が食い違う点について、結局は書面の有無が結論を左右します。証拠が対象会社の内部にしか存在せず、買主が対象会社を支配している場合には、売主は文書提出命令の申立てを検討することになりますが、それが認められるかどうかには不確実性があります。この不確実性の大きさが、そのまま和解を検討すべき度合いに反映されます。

回収可能性を先に調べます

勝訴の見込みが高くても、相手方に支払う資力がなければ、判決は紙のままで終わります。買主が個人又は資産の乏しい持株会社である場合、売主が譲渡代金をすでに費消している場合には、判決を得ることの実益が乏しくなります。相手方が法人であれば、登記事項証明書、決算書、不動産の登記事項証明書、公表されている情報から資産の状況を推測します。相手方が個人であれば、居住している不動産の登記事項、勤務先の有無、他の債権者の存在を確認します。回収の見込みが薄いと判断される場合には、分割払でもよいから確実に受け取れる金額を取りに行くという方針が、判決を目指すよりも合理的になる場面があります。逆に、相手方に十分な資力があると分かれば、和解の場面でも強い条件を求める余地が生まれます。

時間、費用、事業への影響及び波及を計ります

訴訟は、第1審だけでも1年から2年、控訴審まで進めばさらに時間がかかることが通常です。その間、当事者は主張書面の作成、資料の収集、期日への出席に時間を割かれ、弁護士費用も継続して発生します。中小企業では、社長が紛争に注意を奪われること自体が事業の停滞につながります。加えて、対象会社が当事者になる場合や、訴訟の存在が取引先の知るところとなる場合には、金融機関の与信判断、主要な取引先との契約の更新、従業員の離職といった形で、紛争の勝敗とは関係のない損失が生じます。許認可を要する業種では、行政庁への報告や更新の審査に影響が及ぶこともあります。これらを金額に置き換えて考えたときに、争って得られる金額との差が小さいのであれば、和解によって早期に終わらせる判断が合理的です。

解決金の額の組み立て

解決金の額は、単に足して2で割るという発想で決めるものではありません。請求額との関係、支払の方法、遅延した場合の扱い、そして支払が滞ったときに直ちに強制執行ができるかどうかという要素を、一つの仕組みとして組み立てます。

請求額との関係を整理します

解決金の水準を検討する際には、まず請求額を、性質の異なる部分に分解します。表明保証の違反に基づく損害の部分、譲渡代金の未払部分、役員退職慰労金の未払部分、遅延損害金の部分、といった具合です。そのうえで、それぞれの部分について、証拠の強さと法的な争点の難易度を評価し、訴訟に進んだ場合に認容される可能性の高さを見積もります。可能性が8割と見る部分と、3割にとどまる部分とでは、和解における扱いが変わります。この作業をしておくと、交渉の場で相手方から金額の根拠を問われたときに説明ができますし、社内や親族に対して和解を受け入れる理由を示すこともできます。なお、和解による解決金には、税務上の取扱いが問題となる場合があります。損害賠償として支払われるのか、代金の一部の調整として支払われるのかによって、課税関係が変わり得ますので、金額の合意と並行して顧問税理士に確認しておくことが必要です。

分割払とする場合の期限の利益喪失条項

相手方に一括で支払う資力がない場合には、分割払とすることがあります。この場合に必ず置くべきなのが、期限の利益喪失条項です。これは、支払が滞ったときに、残っている全部の金額について直ちに支払を求めることができるとする定めです。実務上は、1回でも支払を怠ったときに直ちに全額の支払義務が生じるとする書き方と、怠った金額が2回分に達したときに生じるとする書き方があります。受け取る側は前者を、支払う側は後者を望みます。さらに、通知や催告を要するかどうかも定めます。催告を要しないと定めておけば、手続が速くなります。分割の回数と1回あたりの金額を決める際には、相手方の資金繰りの実態を確認し、実際に払える金額に設定することが重要です。払えない金額を約束させても、結局は不履行となり、回収は進みません。頭金を大きく取り、残りを短い期間で分割するという組み方が、受け取る側にとっては安全です。

遅延損害金の定め

支払が遅れた場合の遅延損害金についても、和解書の中で明示します。約定がない場合には法定利率によることになりますが、法定利率は3年ごとに見直される仕組みとなっていますので、和解書に率を書き込んでおくほうが後の争いを防げます。率を定める際には、遅延を抑止する程度に高く設定したいという受け取る側の考えと、負担を軽くしたいという支払う側の考えが対立します。また、遅延損害金の起算日をいつにするかも定めます。各回の支払期日の翌日からとするのか、期限の利益を喪失した日の翌日からとするのかによって、金額が変わります。細かく見えますが、分割の期間が長い事案では、結果として数十万円から数百万円の差が生じます。

公正証書又は訴訟上の和解による債務名義の取得

和解書を当事者の間で取り交わしただけでは、支払が滞ったときに直ちに相手方の財産を差し押さえることはできません。改めて訴訟を起こし、判決を得る必要があります。これを避けるために用いるのが債務名義の取得です。方法は主に2つあります。第1は、公証役場で、強制執行認諾文言の付いた公正証書を作成する方法です。金銭の支払を目的とする請求については、この方法によって、支払が滞ったときに直ちに強制執行の申立てができます。第2は、すでに訴訟や民事調停が係属している場合に、その手続の中で和解を成立させる方法です。訴訟上の和解の調書及び調停調書は、確定判決と同じ効力を持ちます。訴訟が起きていない段階であっても、和解の内容を確実にするために、あえて民事調停の申立てをして調停調書の形にするという選択もあります。分割払とする場合や、金額が大きい場合には、債務名義を取得しておくことの価値は高いと言えます。公正証書の作成には手数料がかかりますが、後の回収に要する費用と時間を考えれば、負担する価値があります。

清算条項の範囲をどこまでとするか

清算条項は、和解書の中で最も紛争を生みやすい部分です。「本件に関し、当事者間には本和解書に定めるほか何らの債権債務がないことを相互に確認する」という一文の解釈をめぐって、後から争いが起こります。誰と誰の間で、どの範囲の争いが終わったのかを、意識して書き分ける必要があります。

当事者の範囲を明示します

中小企業のM&Aでは、当事者が単純ではありません。売主が複数の親族である場合、売主が個人と資産管理会社の両方である場合、買主が持株会社と事業会社の両方である場合があります。清算条項の当事者の範囲を狭く書くと、和解の当事者になっていない親族が別途請求を受ける余地が残り、和解の意味が失われます。逆に広く書きすぎると、本来は別の紛争として残しておきたい関係まで消えてしまいます。実務では、売主の側の親族、売主が支配する資産管理会社、買主の側の親会社及び子会社、そして対象会社について、それぞれ和解の効力を及ぼすかどうかを一つずつ確認して書きます。第三者のために効力を及ぼす場合には、その第三者が異議を述べない旨を確保する手当ても検討します。

対象とする紛争の範囲を特定します

「本件に関し」という書き方は、一見すると穏当ですが、何が本件なのかが後から争われます。株式譲渡契約に関する一切の紛争を終わらせるのか、それとも今回問題となった特定の表明保証違反だけを終わらせるのかによって、意味が全く変わります。安全な書き方は、和解書の冒頭で「本件」を定義し、株式譲渡契約の締結、履行及びこれに関連する一切の事項をいうと明記したうえで、清算条項でその定義を用いる方法です。他方、争いが1つの論点に限られており、他の論点は今後の交渉に残したいのであれば、対象を限定したうえで、限定していない部分については清算条項の効力が及ばないことを明記します。この点を曖昧にしたまま署名すると、後で必ず解釈の争いになります。

将来判明する事項を除外するかどうか

買主の立場からは、和解の時点では知り得なかった簿外の債務が後から出てきた場合に備え、清算条項からその部分を除外したいという要望が出ます。例えば、和解の成立後に税務調査によって追徴課税を受けた場合、あるいは従業員から未払の割増賃金の請求を受けた場合です。これに対して売主の立場からは、和解をする最大の目的が、この取引に関する責任からすべて解放されることにありますので、除外を認めることには強い抵抗があります。折衷的な処理としては、除外の対象を具体的に列挙し、金額の上限と請求ができる期間を定める方法があります。「和解成立の日から1年以内に、税務署による更正処分により対象会社に生じた本件株式譲渡の実行日より前の事業年度に係る納税義務については、金いくらを上限として本条項の適用を除外する」といった形です。何も定めずに包括的に除外すると、和解をした意味が失われますので、限定の仕方が要となります。

対象会社を当事者に加えるかどうか

紛争の実質的な当事者は売主と買主であっても、金銭を負担するのが対象会社であったり、売主が対象会社に対して貸付金や未払の役員退職慰労金を有していたりする場合があります。この場合、対象会社を和解の当事者に加えるかどうかを決めなければなりません。加えれば、対象会社との間の貸借関係も一度に整理でき、後から対象会社が別途請求をするという事態を防げます。ただし、対象会社が和解の当事者となる場合には、その意思決定について取締役会又は株主総会の決議を要するかどうか、利益相反取引に該当しないかどうかを確認する必要があります。買主が対象会社を支配している段階では、買主が対象会社を代表して署名することになりますが、その権限の所在を登記事項証明書で確認しておきます。

株式、役員及び個人保証に関する条項

M&Aの紛争では、金銭だけでは解決しない事項が残っていることが多くあります。売主の手元に残った株式、退任していない役員の地位、そして売主個人が金融機関に差し入れている連帯保証です。これらを和解書の中で同時に処理しないと、金銭の授受が終わった後も関係が続いてしまいます。

残余株式の取扱いを決めます

段階的な譲渡が予定されていた事案や、一部の親族が譲渡に応じなかった事案では、売主の側に少数の株式が残っていることがあります。この株式をどうするかについては、和解に際して買主が買い取る、売主が保有を続ける、又は第三者に譲渡するという選択肢があります。買主が買い取る場合には、1株あたりの価格、支払の時期、株主名簿の書換えの時期、株券が発行されている会社であれば株券の交付の手順を定めます。売主が保有を続ける場合には、譲渡制限の扱い、将来の配当の方針、株主としての権利をどこまで行使するかについて、あらかじめ取決めを置くことを検討します。何も定めずに株式が残ると、後日、株主名簿の閲覧謄写や会計帳簿の閲覧の請求、株主総会における議決権の行使をめぐって、新たな紛争が起こります。

役員の退任と登記の手続を定めます

売主又はその親族が対象会社の取締役や監査役にとどまっている場合、和解に際して退任の時期を明記します。退任の意思表示は辞任によるのか、株主総会の決議によるのかを決め、辞任届の差入れの期限、株主総会の開催の期限、そして役員変更の登記の申請を誰がいつ行うかを書きます。あわせて、未払の役員報酬及び役員退職慰労金の有無、支給する場合の金額と時期、源泉徴収の扱いを定めます。役員退職慰労金については、株主総会の決議を要する点に注意が必要です。また、退任と同時に、社用の携帯電話、自動車、事務所の鍵、法人の印鑑、金融機関の届出印及びインターネットバンキングの権限をいつどのように引き渡すかも、条項に落とし込みます。ここを口約束にすると、退任後の資料の持ち出しをめぐって新しい紛争が発生します。

個人保証の解除の履行期限と不履行の場合の措置

中小企業の売主にとって、金銭の額と並んで重いのが、金融機関に対する個人の連帯保証です。株式を譲渡しても、金融機関が承諾しない限り、保証は自動的には外れません。和解書では、買主が個人保証の解除に向けて金融機関と交渉する義務、その履行期限、そして期限までに解除されなかった場合の措置を定めます。買主が負う義務は、結果として解除を実現する義務なのか、それとも解除に向けて誠実に努力する義務なのかを明確にします。金融機関の判断が介在する以上、結果の実現を約束させることには困難が伴いますが、努力義務にとどめると実効性が失われます。折衷として、期限までに解除されない場合には、買主が売主に対して一定の金額を支払う、又は売主が保証債務を履行した場合に買主が直ちにその全額を補償するという定めを置く方法があります。あわせて、対象会社の借入金を借換えによって整理する予定があるのか、代表者の交代に伴う担保の差替えが必要かを、金融機関の担当者に確認したうえで期限を設定します。売主が提供している不動産の担保についても、同様の手当てが必要です。

秘密保持及び相互に誹謗しないことを内容とする条項

紛争の当事者は、和解が成立した後も同じ業界の中で活動を続けます。取引先が重なることも、従業員が行き来することもあります。和解の内容や紛争の経緯が外部に伝わることによって生じる不利益は、双方にとって小さくありません。

秘密保持の範囲と例外を定めます

秘密保持の対象を、和解の内容だけとするのか、紛争が存在したという事実そのものを含めるのかを決めます。実務上は、和解の内容、金額、及び和解に至る交渉の経緯を対象とし、紛争の存在自体については既に外部に知られている範囲を考慮して定めます。例外として、法令に基づく開示、税務申告のための開示、弁護士、税理士、公認会計士等の職業上の秘密保持義務を負う者への開示、金融機関に対する開示、そして裁判所の命令に基づく開示を並べます。従業員や親族への開示についても、必要な範囲に限って認めるという形で書いておかないと、実際の行動が条項に違反してしまいます。開示を受けた者にも同等の義務を課す旨を加えます。

相互に誹謗しないことを内容とする条項の設計

この条項は、当事者が相手方の名誉や信用を損なう発言をしないことを約束するものです。中小企業のM&Aの紛争では、共通の取引先、業界団体、金融機関の担当者に対して、一方の当事者が相手方の評判を落とす話をするという事態が現実に起こります。条項では、対象となる行為を、口頭による発言、書面、電子メール、交流サイトへの投稿を含む形で具体的に書きます。また、対象となる相手方の範囲に、相手方の役員、従業員、親族を含めるかどうかを決めます。ただし、真実の事実を述べることまで一切禁じると、他の場面で不都合が生じることがありますので、対象を名誉又は信用を毀損する内容に限定するといった書き方が用いられます。

違約金の定め方

秘密保持や誹謗をしない義務は、違反があっても損害の額を証明することが困難です。そこで、違反があった場合に一定の金額を支払う旨の違約金の条項を置くことがあります。金額は、和解の解決金の額との均衡を考えて設定します。あまりに高額であると、公序良俗に反するとして効力が争われる余地がありますので、事案に応じた合理的な水準にとどめます。また、違約金を支払えばそれ以上の責任を負わないという趣旨なのか、損害額がこれを超える場合には超過分も請求できる趣旨なのかを明記します。あわせて、違反があった場合に差止めを求めることができる旨を書き添えておくことも検討に値します。

履行を担保するための仕組み

和解が成立しても、支払われなければ意味がありません。特に分割払とする場合や、金融機関の判断が絡む個人保証の解除のように、履行までに時間がかかる約束が含まれる場合には、履行を担保する仕組みをあわせて設計します。

保証人を立ててもらいます

買主が資産の乏しい持株会社である場合には、その代表者個人、又は資力のある親会社に連帯保証をしてもらうことを求めます。連帯保証の意思は、和解書の中で明確にし、保証人自身も和解書に署名押印する形を取ります。個人が事業に係る債務の保証をする場面では、公正証書によって保証の意思を確認する手続が必要となる場合がありますので、対象となる保証かどうかを事前に確認します。保証人の資力については、確定申告書の写しや不動産の登記事項証明書によって、形だけの保証にならないことを確かめます。売主の側が支払義務を負う場合にも、同じことが逆の立場から求められます。

担保権を設定します

相手方が不動産を保有している場合には、抵当権又は根抵当権の設定を求めることが考えられます。設定の登記まで完了して初めて第三者に対抗できますので、和解書には、登記の申請を行う期限と費用の負担者を明記します。対象会社の株式に質権を設定するという方法もあります。株式に質権を設定する場合には、株主名簿への記載又は記録を要しますので、その手続を誰が行うかも定めます。担保の目的物にすでに他の担保権が設定されている場合には、登記事項証明書で順位と被担保債権の額を確認し、実際に回収できる余地があるかどうかを見積もります。

第三者への預託を用います

解決金の一部を、弁護士又は信託銀行等の第三者に預け、一定の条件が満たされた時点で相手方に交付するという仕組みも用いられます。例えば、個人保証の解除が完了した時点で預けた金額を買主に返す、あるいは、対象会社の税務調査が終わって追徴が生じなかった時点で売主に交付する、といった組み方です。預託を用いる場合には、預託先、預託の期間、交付又は返還の条件、条件の成否について争いが生じたときの取扱い、そして預託に要する費用の負担を、和解書とは別に預託に関する契約として整えます。条件の判断を第三者に委ねる場合には、その第三者が判断を引き受けることを事前に確認しておく必要があります。

和解が調わなかった場合に備えた進行の設計

和解の交渉は、必ず成立するとは限りません。交渉に時間をかけている間に、相手方が資産を移転してしまう、証拠が失われる、消滅時効が完成に近づくといった事態が生じ得ます。交渉を始める時点で、調わなかった場合の道筋をあわせて用意しておくことが必要です。

期限を切って交渉します

交渉の開始にあたって、社内では、いつまでに合意に至らなければ次の手続に移るという期限を決めておきます。期限がないまま交渉を続けると、相手方に時間を稼がれ、こちらの立場が弱くなります。期限は、相手方に対して露骨に通告する必要はありませんが、譲歩の限度額とあわせて、社内又は親族の間で共有しておきます。あわせて、交渉の過程で相手方に提示した資料が、後の訴訟で不利に働かないかを検討します。和解の交渉の中でされた提案が、直ちに請求権の存在を認めたものとされるわけではありませんが、書面の書き方には注意を払い、和解のための提案であることを明記しておきます。

権利を保全するための手続を準備します

相手方が資産を処分するおそれがある場合には、仮差押えの申立てを検討します。仮差押えは、将来の強制執行を確保するために、あらかじめ相手方の財産の処分を制限する手続で、申立てにあたっては担保として一定額を供託することが求められるのが通常です。申立ての準備には、対象となる財産の特定、疎明資料の準備、供託金の用意といった作業が必要で、いずれも時間がかかります。交渉と並行して準備を進め、交渉が決裂した時点で速やかに申し立てられる状態にしておくことが実務上の要点です。また、消滅時効の完成が近い債権については、催告や協議を行う旨の合意によって完成を先延ばしにする方法がありますので、期間の計算を早い段階で確認します。

訴訟又は調停への移行を組み立てます

交渉が調わない場合の移行先としては、民事訴訟のほか、民事調停があります。調停は、裁判所の調停委員会が間に入って話合いを進める手続で、非公開で行われますので、紛争の存在が外部に知られることを避けたい場合には利点があります。調停が成立すれば調停調書が作成され、確定判決と同じ効力を持ちます。他方、相手方が話合いに応じない姿勢であれば、調停は不成立に終わり、時間だけを費やす結果になりますので、相手方の態度を見極めて選択します。訴訟を選ぶ場合には、管轄の裁判所、請求の内容と金額、予納する印紙の額、そして立証の計画を、あらかじめ組み立てておきます。なお、株式譲渡契約に仲裁の合意や専属的な管轄の合意が置かれている場合には、その定めに従うことになりますので、契約書の末尾の条項を必ず確認します。

売主の立場と買主の立場から見た条件設計の勘所

同じ和解書でも、売主と買主とでは、重く見る条項が異なります。自分の立場で何を優先し、どこを譲るかを整理しておくと、交渉が前に進みます。相手方が何を重く見ているかを推し量ることも、合意に近づくための手がかりになります。

売主の立場から

売主にとって最も重要なのは、この取引に関する責任から完全に解放されることです。したがって、清算条項の範囲を広く取ること、将来判明する事項の除外を認めないか、認めるとしても金額と期間を厳しく限定すること、そして個人保証と担保提供が確実に外れることが優先事項となります。解決金を支払う立場であれば、分割払の回数と1回あたりの金額を、自身の資金繰りに照らして無理のない水準に設定することが必要です。受け取る立場であれば、債務名義の取得と履行の担保を求めます。また、退任後に競業を制限する条項が新たに提案されることがありますが、その範囲と期間が過大でないかを確認します。次の事業の計画がある場合には、この点が金額よりも重い意味を持つことがあります。

買主の立場から

買主にとって重要なのは、対象会社の中に残っている不確実性をどこまで解消できるかということです。したがって、和解によって売主の協力を確保すること、すなわち、引継ぎに必要な資料の提出、取引先や金融機関への説明への同行、従業員への説明の機会の設定といった作為を条項に書き込むことに価値があります。また、売主が退任した後に競業や従業員の引抜きを行わないことを定め、違反があった場合の措置を書きます。清算条項については、和解の時点で把握できていない事項を可能な範囲で除外し、税務や労務のように後から表面化しやすい領域については、期間と金額を区切った形で残すことを検討します。解決金を支払う立場であれば、支払と引換えに、株式の移転、役員の退任、資料の引渡しが確実に履行される構成にすることが要点となります。

よくあるご質問

和解の条件の設計について、経営者の方から実際に多く寄せられるご質問を整理しました。事案によって結論は変わりますが、考え方の道筋としてご参照ください。

和解に応じることは、こちらの主張が誤っていたと認めたことになるのでしょうか。

和解書の書き方によります。実務では、和解書の中に「本和解は、当事者の主張の当否を認めるものではない」という趣旨の条項を置くことがよくあります。これを入れておけば、解決金を支払ったことが直ちに責任を認めたことにはなりません。関係者への説明が必要な場面や、他の取引先との関係で立場を保ちたい場面では、この一文の有無が実際上の意味を持ちます。反対に、こうした条項がないまま高額の解決金を支払うと、後日、別の関係で不利に働く余地が残ります。金額の交渉と同時に、この点も条項として詰めておくことをお勧めします。

解決金を分割払とする場合、何回くらいまでが現実的でしょうか。

事案によって異なりますが、相手方の資金繰りに照らして無理のない金額に設定し、期間はできる限り短くするという考え方が基本です。期間が長くなるほど、途中で相手方の事業環境が変わり、支払が滞る可能性が高まります。頭金をできる限り大きく取り、残りを12回から36回程度で分割するという組み方が用いられることが多くあります。あわせて、期限の利益喪失条項と債務名義の取得を必ず組み合わせてください。分割の期間が長い場合には、保証人を立ててもらうことや、担保権を設定することも検討します。

清算条項に「将来判明する事項を除く」と書けば十分でしょうか。

不十分です。その書き方では、何が将来判明する事項に当たるのかをめぐって、後から必ず争いになります。除外するのであれば、対象とする事項を具体的に列挙し、請求ができる期間と金額の上限を定めてください。例えば、税務署による更正処分に係るもの、従業員からの未払の割増賃金の請求に係るもの、といった形で領域を特定し、それぞれについて和解成立の日から1年又は2年といった期間と、上限額を書きます。この限定がないと、売主にとっては和解をした意味が失われ、買主にとっては範囲が曖昧なまま実効性を欠く条項になります。

個人保証が外れないまま和解をしてしまってよいのでしょうか。

お勧めできません。個人保証が残ったままでは、対象会社の経営が悪化した場合に、売主が自宅を含む個人の財産で責任を負う事態が生じ得ます。和解の際には、買主が金融機関と交渉する義務、その履行期限、そして期限までに解除されなかった場合の措置を必ず定めてください。措置としては、期限までに解除されない場合に買主が一定の金額を支払う定め、又は売主が保証債務を履行したときに買主が直ちに全額を補償する定めが考えられます。あわせて、金融機関の担当者に対して、借換えや担保の差替えの見込みを事前に確認し、実現し得る期限を設定することが実務上は重要です。

和解書は当事者間で取り交わすだけでよいのでしょうか。公正証書にする必要はありますか。

金銭の支払を分割とする場合、金額が大きい場合、又は相手方の資力に不安がある場合には、強制執行認諾文言の付いた公正証書にしておくことを強くお勧めします。当事者間で取り交わしただけの和解書では、支払が滞ったときに、改めて訴訟を提起して判決を得なければ差押えができません。その手続に要する時間と費用を考えれば、公証役場の手数料は十分に見合います。すでに訴訟や民事調停が係属している場合には、その手続の中で和解を成立させれば、和解調書又は調停調書が確定判決と同じ効力を持ちますので、別途の公正証書は不要です。

対象会社を和解の当事者に加えると、どのような利点と注意点がありますか。

利点は、売主と対象会社との間に残っている貸付金、未払の役員報酬、未払の役員退職慰労金、社宅の賃貸借といった関係を、一度に整理できることです。これらを残しておくと、和解の成立後に対象会社が別途請求をする、あるいは売主が対象会社に請求をするという形で、紛争が再燃します。注意点は、対象会社が和解の当事者となるには、その意思決定の手続が適法に踏まれている必要があるということです。取締役会の決議を要するか、利益相反取引に該当しないか、代表権のある者が署名しているかを、登記事項証明書と議事録によって確認してください。

相互に誹謗しないことを内容とする条項は、実際に守られるのでしょうか。

条項があるからといって、発言が物理的に止まるわけではありません。しかし、条項があることによって、当事者が発言を控える動機が生まれますし、違反があった場合に、違約金の請求や差止めの請求という手段を取ることができます。実効性を高めるには、対象となる行為を口頭の発言、書面、電子メール、交流サイトへの投稿といった形で具体的に書き、対象となる相手方の範囲に役員や従業員を含めるかどうかを明示し、違約金の額を定めることです。ただし、違反の事実を立証することには困難が伴いますので、条項に過大な期待を寄せるのではなく、関係者への説明の仕方を双方で事前に擦り合わせておくといった実際的な工夫もあわせて行うことが有効です。

まとめ

M&Aに関する紛争を和解によって解決する場合、条件の設計は、解決金の額を決める作業ではなく、支払の確保、争いの終わらせ方の範囲、株式と役員の地位の整理、個人保証の解除、そして履行の担保という複数の要素を一つの仕組みとして組み上げる作業です。どれか一つが抜けると、和解の成立から数か月のうちに、同じ当事者の間で新しい紛争が始まります。特に、清算条項の範囲と個人保証の処理は、後から取り返しがつかない部分ですので、金額の合意ができた段階で気を緩めることなく、条項の一つ一つを確認してください。

和解に向かうかどうかの判断も、証拠の状況、相手方の資力、要する時間と費用、対象会社の事業や取引先への影響を並べて、比べたうえで行うべきものです。和解が調わない場合に備え、仮差押えの準備や消滅時効の管理を並行して進めておけば、交渉の場でも落ち着いて臨むことができます。売主の立場でも買主の立場でも、優先する事項と譲れる事項をあらかじめ整理しておくことが、納得のいく解決に近づく道筋になります。M&Aをめぐる紛争でお困りの際には、弁護士法人M&A総合法律事務所にご相談ください。

具体的な御相談をお考えの皆様へ

本ページの主題に関し、当事務所の取扱内容、対応の進め方及び費用の考え方は、次の御案内のページに整理しています。あわせて御覧ください。