会社から前の経営者への貸付金を買主が回収する方法

会社の株式を取得いたしましたが、決算書を確認いたしましたところ、前の経営者に対する貸付金が相当額計上されておりました。株式譲渡契約においては、決済の時までに精算する旨が定められておりましたが、現実には精算されないまま決済が行われております。前の経営者に対して返済を求めましたが、応じてもらえません。どのように回収すればよいのでしょうか。このようなご相談をいただくことがあります。

結論から申し上げます。会社が前の経営者に対して有する貸付金の債権は、株式の譲渡により影響を受けるものではなく、会社が引き続き有しております。したがって、会社から前の経営者に対して返還を請求することとなります。あわせて、契約において精算の義務が定められていた場合には、その違反として売主に対する請求を検討いたします。もっとも、債権の存在を示す資料が不十分であること、前の経営者が「役員報酬の未払と相殺されるはずである」等と主張することが、現実の障害となります。本記事では、回収の手順を整理いたします。

第1節 債権の主体と請求の相手方

 債権者は会社です

貸付金の債権を有するのは、対象会社です。買主ではありません。したがって、返還の請求は、会社から前の経営者に対して行うこととなります。

買主は、対象会社の株主として、会社に請求を行わせることとなります。

 売主に対する請求

他方、株式譲渡契約において、決済の時までに精算する旨が定められていた場合には、その義務の違反として、売主に対して損害の賠償を請求することが考えられます(民法第415条第1項)。

前の経営者と売主とが同一の者である場合には、実質的に同一の相手方に対する二つの請求となります。

 二つの請求の関係

表1 二つの請求の相違

項目 会社からの請求 買主から売主への請求
請求の主体 対象会社 買主
根拠 消費貸借契約 株式譲渡契約における誓約
相手方 前の経営者 売主
期間の制限 債権の消滅時効 契約上の請求期間及び消滅時効
立証すべき事項 貸付けの事実と金額 精算の義務と不履行

 まず契約上の請求期間を確認いたします

売主に対する請求については、契約上の請求期間が定められていることがあります。期間が短い場合には、まず通知を行うことが必要となります。

第2節 債権の存在と金額を確認いたします

 資料の収集

買主は、譲受け後は対象会社の帳簿に接することができますので、この点では売主よりも有利な立場にあります。

表2 確認すべき資料

資料 確認する事項
計算書類 役員貸付金の計上
勘定科目の内訳明細書 相手方ごとの内訳
総勘定元帳 個々の出金及び入金の記録
金銭消費貸借契約書 貸付けの合意、利息、返還の時期
取締役会の議事録 貸付けの承認
出金の記録 現実に金銭が交付されたこと
使途に関する記録 貸付金として処理された経緯

 契約書がない場合

中小の会社においては、金銭消費貸借契約書が作成されていないことが少なくありません。この場合には、計算書類における計上、内訳明細書の記載、出金の記録から、貸付けの事実を示すこととなります。

 性質が争われる場合

前の経営者から、次のような反論がされることがあります。第一に、貸付けではなく役員報酬であったという主張です。第二に、会社の経費を立て替えたものであり、精算されていないという主張です。第三に、既に返済しているという主張です。

これらの反論に備えるためには、出金の趣旨を示す資料が必要となります。会社が長年にわたり貸付金として計上し、前の経営者がこれを是正していなかったことは、貸付けであったことを裏付ける事情となり得ます。

 相殺の主張

前の経営者から、未払の役員報酬又は役員退職慰労金と相殺する旨の主張がされることがあります(民法第505条第1項)。

この場合、当該債権が現実に存在するかを検討いたします。役員報酬については、定款又は株主総会の決議により定められていることが必要とされております(会社法第361条第1項)。役員退職慰労金についても、同様の手続が必要とされております。

これらの手続を経ていない場合には、相殺の対象となる債権が存在しないと主張することが考えられます。

第3節 返還の請求

 返還の時期

返還の時期が定められている場合には、その期日の到来により請求することができます。定められていない場合には、相当の期間を定めて返還の催告をすることとなります(民法第591条第1項)。

 催告の方法

会社の名義により、書面で催告いたします。債権の内容、金額、返還を求める期限を記載いたします。内容証明郵便に配達証明を付すことにより、内容と到達の日を記録に残すことができます。

 資力の調査

前の経営者の資力を確認いたします。譲渡代金を受領しているはずですので、その使途を検討することとなります。

不動産については、登記事項証明書により所有と担保の状況を確認することができます。

 保全

前の経営者が財産を処分するおそれがある場合には、仮差押えを検討いたします(民事保全法第20条第1項)。譲渡代金が振り込まれた口座が判明している場合には、これを対象とすることが考えられます。

 時効

貸金の返還請求権についても、消滅時効が進行いたします(民法第166条第1項)。長年にわたり返済がされていない債権については、時効が完成している可能性があります。

もっとも、決算において債務として計上され、前の経営者がこれを認識していた場合には、承認に当たり時効が更新されていると主張する余地があります(民法第152条第1項)。

第4節 売主に対する請求

 精算の義務がある場合

契約において、決済の時までに精算する旨が定められていたにもかかわらず、これが行われていない場合には、義務の違反となります。

もっとも、買主がこれを認識した上で決済を行った場合には、義務の履行を免除したとの主張がされる余地があります。決済の際のやり取りに関する記録を確認いたします。

 前提条件との関係

精算が決済の前提条件とされていた場合には、条件が満たされていないにもかかわらず決済を行ったことになります。この場合の取扱いについては、契約の定めを確認いたします。

 表明保証との関係

計算書類が正確である旨の表明保証がされている場合において、貸付金の計上が実態と異なるときは、その違反が問題となります。

 通知

売主に対する請求については、契約に定められた期間内に通知を行う必要があります。会社からの請求を進めることと並行して、期限を管理いたします。

第5節 解決の方法

 分割による返済

前の経営者に一括して返済する資力がない場合には、分割による返済の合意を検討いたします。期限の利益の喪失に関する定め、遅延損害金の定め、担保の設定を併せて検討いたします。

 公正証書による合意

分割による返済の合意をする場合には、強制執行を受諾する旨の記載のある公正証書によることが考えられます。履行が怠られた場合に、訴訟を経ずに強制執行に移ることができます。

 譲渡代金との調整

譲渡代金の一部が未払である場合には、これとの調整により解決することが考えられます。買主が支払うべき代金と、会社が有する債権とは主体が異なりますので、三者間の合意により整理することとなります。

 資産による弁済

前の経営者が会社の事業に用いられていた不動産等を個人で所有している場合には、その譲渡により弁済を受けることが考えられます。

 税務上の取扱い

債権の放棄、返済、代金への反映のいずれによるかにより、税務上の取扱いが異なります。この点は税理士の業務に属しますので、当事務所は行うものではありません。解決の方法を定めるに際しては、税理士に確認いただくことが必要です。

第6節 譲受けの前に備えておくこと

 決済の前に精算いたします

最も確実な方法は、決済の前に精算することです。精算を決済の前提条件とし、履行を確認した上で決済を行います。

 残高の確認

決済の際に、債権の残高を確認する書面を、前の経営者との間で取り交わしておきます。後に金額及び性質が争われることを避けるためです。

 代金からの控除

精算が困難な場合には、債権の額を譲渡代金から控除する方法が考えられます。この場合、会社が有する債権はそのまま残りますので、その取扱いを明確にしておく必要があります。

 デューデリジェンスにおける確認

デューデリジェンスにおいて、役員に対する貸付金の有無、金額、返済の見込みを確認いたします。この段階で把握しておけば、契約において適切な手当てを講じることができます。

第7節 弁護士に相談する意味

この類型について弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、株式譲渡契約における精算に関する定めを確認し、売主に対する請求の可否を判断することです。第二に、会社の帳簿から債権の存在及び金額を確定することです。第三に、会社の名義により催告及び請求を行うことです。第四に、前の経営者からの相殺その他の反論を検討することです。第五に、資力を調査し、保全の必要性を判断することです。

この類型においては、譲受けの前の設計が最も重要です。決済の前に精算する形とすることができれば、後の紛争を避けることができます。

具体的な回収の方法は、契約の定め、前の経営者の資力、資料の状況等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。

よくあるご質問

質問1 誰から請求するのですか。

貸付金の債権を有するのは対象会社ですので、会社から前の経営者に対して請求いたします。あわせて、契約において精算の義務が定められていた場合には、買主から売主に対する請求を検討いたします。

質問2 前の経営者が「報酬の未払と相殺する」と言っています。

相殺の対象となる債権が現実に存在するかを検討いたします。役員報酬については、定款又は株主総会の決議により定められていることが必要とされております(会社法第361条第1項)。手続を経ていない場合には、債権が存在しないと主張することが考えられます。

質問3 貸付けではなく報酬であったと言われました。

出金の趣旨を示す資料により検討いたします。会社が長年にわたり貸付金として計上し、前の経営者がこれを是正していなかったことは、貸付けであったことを裏付ける事情となり得ます。

質問4 精算されないまま決済してしまいました。

契約における精算の義務の違反を主張することが考えられます。もっとも、買主がこれを認識した上で決済を行った場合には、履行を免除したとの主張がされる余地があります。決済の際のやり取りに関する記録を確認いたします。

質問5 古い債権ですが、時効は大丈夫でしょうか。

長年にわたり返済がされていない債権については、時効が完成している可能性があります。もっとも、決算において債務として計上され、前の経営者がこれを認識していた場合には、承認に当たり時効が更新されていると主張する余地があります。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、前の経営者に対する貸付金の回収に関するご相談をお受けしております。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • 受付時間 8時00分から21時00分まで
  • 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
  • ご相談は事前予約制です

ご相談の際に、株式譲渡契約書、計算書類及び勘定科目の内訳明細書、総勘定元帳、金銭消費貸借契約書、取締役会の議事録、前の経営者とのやり取りの記録をご用意いただけますと、検討が早く進みます。

弁護士費用は、弁護士費用一覧のページをご覧ください。結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。

本記事の根拠条文

民法 第152条第1項(承認による時効の更新)、第166条第1項(債権の消滅時効)、第412条(履行期と履行遅滞)、第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第505条第1項(相殺)、第587条(消費貸借)、第591条(返還の時期)

会社法 第356条第1項(競業及び利益相反取引の制限)、第361条第1項(取締役の報酬等)、第365条第1項(取締役会設置会社における承認)、第423条第1項(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)

民事保全法 第20条第1項(仮差押命令の要件)

関連するご案内

M&Aの後に役員貸付金が清算されないまま残りお困りではありませんか のページで、確認すべき事項と採り得る手続を整理しております。ご相談は事前予約制です。

あわせてお読みください。

必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。

このページの位置付けと、関連するページ

本ページは、役員貸付金の清算に関する解説の中核となるページです。個別の論点は、次の各ページに整理しています。

具体的な御相談をお考えの皆様へ

本ページの主題に関し、当事務所の取扱内容、対応の進め方及び費用の考え方は、次の御案内のページに整理しています。あわせて御覧ください。