譲り受けた会社に契約書にない債務が見つかった場合の請求の道筋

株式を取得して半年が経過した頃、取引先から「前の代表者との間で保証の約束があった」と言われ、書面を示されました。決算書にも計上されておらず、デューデリジェンスにおいても説明を受けていない事項です。売主に連絡いたしますと「そのような約束はしていない」との回答でした。誰に対して、どのような根拠で、いつまでに請求すればよいのかが分かりません。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。契約書に記載のない債務が判明した場合、最初に確認すべきは株式譲渡契約に定められた通知の期限です。多くの契約では、補償を請求するためには一定の期間内に売主へ通知することが要件とされており、この期間を徒過すると請求ができなくなります。債務の内容の調査や金額の確定に時間を要する場合であっても、まず期間内に通知を行う必要があります。本記事では、初動、請求の根拠、手順の順に整理いたします。
第1節 最初に行うこと
通知の期限の確認
株式譲渡契約書の補償に関する条項を確認いたします。次の事項を最初に確認する必要があります。
表1 最初に確認する事項
| 確認事項 | 内容 |
|---|---|
| 請求期間 | 決済の日から起算した期間(1年、2年等) |
| 特則 | 租税、労務等について別の期間が定められているか |
| 通知の要件 | 期間内に通知することが請求の要件とされているか |
| 通知の方式 | 書面によることを要するか、記載すべき事項は何か |
| 通知の相手方 | 売主のほか通知先が指定されているか |
| 最低請求額 | 一定額に満たない請求ができない旨の定めの有無 |
| 累積の下限 | 損害の累計が一定額を超えた場合にのみ請求できる定めの有無 |
| 上限額 | 補償の上限額 |
| 損害の範囲 | 逸失利益等が除外されているか |
とりわけ重要であるのは、請求期間と通知の要件です。「本条に基づく補償の請求は、決済日から1年以内に、その内容を書面により売主に通知した場合に限り行うことができる」という定めが置かれている場合、この期間を徒過すると請求ができなくなります。
金額が確定していなくても通知を行います
債務の内容や金額が確定していない段階であっても、期間内に通知を行う必要があります。契約において「その内容を合理的な範囲で特定して通知する」といった定めが置かれている場合、判明している事実を記載した上で、金額については追って通知する旨を付記することが考えられます。
通知が形式的に不十分であるとして争われることを避けるため、契約に定められた記載事項を確認した上で作成いたします。
通知の方法
書面によることが要件とされている場合には、内容証明郵便によることが望まれます。契約に通知の方法に関する条項(宛先、送付方法)が置かれている場合には、これに従います。
事実関係の保全
判明した債務に関する資料を保全いたします。相手方から示された書面、対象会社の帳簿、当時の担当者の記憶、電子メールその他の記録が対象となります。
対象会社の帳簿及び資料は、買主が支配する会社の内部にありますので、確保することが可能です。他方、売主の側にある資料については、後に開示を求めることになります。
第2節 請求の根拠
表2 請求の根拠の類型
| 根拠 | 内容 | 期間の制限 |
|---|---|---|
| 補償条項に基づく請求 | 表明保証違反を理由とする補償 | 契約に定められた請求期間 |
| 債務不履行に基づく損害賠償 | 契約上の義務の違反 | 民法第166条第1項 |
| 契約不適合責任 | 民法第562条以下(株式譲渡への適用は見解が分かれます) | 民法第566条 |
| 詐欺による取消し | 民法第96条第1項 | 民法第126条 |
| 錯誤による取消し | 民法第95条第1項 | 民法第126条 |
| 不法行為に基づく損害賠償 | 民法第709条 | 民法第724条 |
| 契約の解除 | 民法第541条、第542条 | 契約の定め |
補償条項に基づく請求
最も基本となる請求の根拠です。株式譲渡契約における表明保証として「対象会社には、計算書類に計上されたもののほか債務が存在しない」といった項目が置かれている場合、その違反を理由として補償を請求いたします。
検討すべきは、次の点です。
第一に、当該事項が表明保証の対象に含まれているかです。表明保証の項目を確認いたします。
第二に、開示別紙に記載されていないかです。開示別紙に記載された事項は、表明保証の対象から除外されるのが通例です。
第三に、限定が付されていないかです。「重要な点において」「売主の知る限り」といった限定が付されている場合、その要件を満たす必要があります。「売主の知る限り」という限定が付されている場合には、売主が当該債務を認識していたことを示す必要があります。
第四に、請求期間内の通知がされているかです。
第五に、最低請求額及び累積の下限を満たしているかです。
デューデリジェンスにおいて知り得た事項の扱い
買主がデューデリジェンスにおいて当該事実を知り得たとして、補償の請求が制限されるかという問題があります。契約において「買主が本件調査により知り得た事実であっても、表明保証の違反の成否に影響しない」という趣旨の定めが置かれている場合には、この定めに従うことになります。
このような定めが置かれていない場合には、契約の解釈の問題となります。買主が現に知っていた事項について補償を請求できるかについては、見解が分かれ得ます。
契約不適合責任
売買の目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は履行の追完、代金の減額、損害賠償及び契約の解除を求めることができるとされています(民法第562条から第564条まで)。種類又は品質に関する契約不適合については、買主がその不適合を知った時から1年以内にその旨を売主に通知しないときは、原則としてこれらを主張することができないとされています(民法第566条)。
もっとも、株式の譲渡について、対象会社の状態が「目的物の品質」に関する契約不適合に当たるかについては、見解が分かれています。実務上は、契約において表明保証及び補償の条項を設けることにより、この問題を回避する構成が採られています。
詐欺又は錯誤による取消し
売主が債務の存在を認識しながらこれを秘して契約を締結させた場合には、詐欺による取消しが問題となり得ます(民法第96条第1項)。また、契約の重要な前提について認識に誤りがあった場合には、錯誤による取消しが問題となり得ます(民法第95条第1項)。
錯誤については、表意者に重大な過失があった場合には、原則として取消しをすることができないとされています(民法第95条第3項)。デューデリジェンスを行ったにもかかわらず発見できなかったという事情が、この点においてどのように評価されるかが問題となります。
取消権は、追認をすることができる時から5年間行使しないときは時効によって消滅し、行為の時から20年を経過したときも同様とされています(民法第126条)。
取消しが認められた場合、契約は初めから無効であったものとみなされます(民法第121条)。すなわち、株式を返還し、代金の返還を受けることになります。もっとも、既に経営が混ざった後に原状回復を行うことは現実には困難です。この点はMT34において詳述いたします。
不法行為に基づく損害賠償
売主が積極的に虚偽の説明を行った場合には、不法行為に基づく損害賠償の請求が問題となり得ます(民法第709条)。この請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき、又は不法行為の時から20年を経過したときは、時効によって消滅いたします(民法第724条)。
契約上の補償の請求期間が経過した後であっても、不法行為に基づく請求が可能な場合があります。もっとも、契約において「本契約に定める補償が売主の負う唯一の責任である」旨の定めが置かれている場合には、その効力が問題となります。
請求の相手方
原則として、請求の相手方は株式譲渡契約の当事者である売主です。売主が複数である場合には、契約における責任の分担の定めを確認いたします。連帯して責任を負う旨の定めが置かれているか、持株比率に応じた分担とされているかによって、請求の方法が異なります。
売主が個人である場合には、資力が問題となります。この点はMT17において詳述いたします。
第3節 債務の類型ごとの検討
表3 判明することの多い債務の類型
| 類型 | 内容 | 検討する点 |
|---|---|---|
| 保証債務 | 対象会社が第三者の債務を保証していた | 保証契約の成否、機関決定の有無 |
| 未計上の買掛金 | 決算書に計上されていない仕入代金 | 発生時期、金額の確定 |
| 未払の割増賃金 | 従業員に対する未払賃金 | 遡る期間、対象者の範囲 |
| 退職金 | 退職金規程に基づく債務の未計上 | 規程の存否、支給の慣行 |
| 係属中の紛争 | 訴訟、労働審判、調停 | 開示の有無、結果の見込み |
| 租税 | 過去の申告に関する追徴 | 税務調査の状況 |
| 返還義務 | 補助金の返還、預り金 | 返還の要件 |
| リース債務 | 契約に計上されていないリース | 契約の内容 |
| 手形 | 融通手形、裏書に伴う遡求義務 | 手形の存否 |
| 環境 | 土壌汚染に関する措置の費用 | 調査の要否 |
保証債務が判明した場合
対象会社が第三者の債務を保証していたことが判明した場合、まず保証契約が有効に成立しているかを確認いたします。保証契約は、書面又は電磁的記録によってしなければ効力を生じません(民法第446条第2項、第3項)。
また、対象会社にとって多額の保証である場合には、取締役会の決議その他の機関決定を要する場合があります(会社法第362条第4項)。機関決定を欠く場合の効力については、相手方の認識等を踏まえた検討を要します。
未払の割増賃金が判明した場合
労働者に対する債務ですので、労働者との関係での対応と、売主に対する請求とを並行して進める必要があります。この点はMT19において詳述いたします。
係属中の紛争が判明した場合
訴訟その他の紛争が係属している場合、その結果が確定するまで損害の額が確定いたしません。この場合であっても、契約に定められた請求期間内に通知を行う必要があります。「損害の額が確定した時から起算する」旨の定めがある場合を除き、通知の期限は損害の確定を待たないのが通例です。
第4節 手順の整理
表4 初動から請求までの手順
| 順序 | 作業 | 期限の管理 |
|---|---|---|
| 1 | 株式譲渡契約書の補償条項の確認 | 発見後直ちに行います |
| 2 | 請求期間の確認 | 最優先で確認いたします |
| 3 | 事実関係の保全 | 資料の散逸を防ぎます |
| 4 | 期間内の通知 | 金額が未確定でも行います |
| 5 | 債務の内容の調査 | 通知の後に進めます |
| 6 | 損害の額の算定 | 費用の支出を記録いたします |
| 7 | 請求の根拠の整理 | 補償条項のほかの根拠も検討いたします |
| 8 | 売主との協議 | 協議の経過を記録いたします |
| 9 | 手続の選択 | 協議、調停、訴訟のいずれによるか |
損害の範囲
補償の対象となる損害の範囲は、契約の定めによります。対象会社が現に支払った金額のほか、これに関して要した弁護士費用、専門家の費用が含まれるかを確認いたします。逸失利益及び間接損害が除外されている場合には、その範囲を確認いたします。
なお、損害を受けたのは対象会社であり、買主自身ではないという点が問題となることがあります。この点について、契約において「対象会社に生じた損害を買主に生じた損害とみなす」旨の定めが置かれていることがあります。定めの有無を確認いたします。
損失の軽減
契約において、買主が損害の拡大を防ぐ義務を負う旨の定めが置かれていることがあります。この場合、判明した債務について、その拡大を防ぐための措置を採る必要があります。
第三者からの請求への対応
第三者から対象会社に対して請求がされている場合、契約において、その対応について売主が関与できる手続が定められていることがあります。売主への通知、対応方針の協議、和解に際しての売主の同意といった手続です。この手続を経ずに和解した場合、補償の請求が制限される定めが置かれていることがありますので、注意を要します。
売主が複数である場合の請求
売主が複数である場合、契約における責任の分担の定めを確認いたします。連帯して責任を負う旨の定めが置かれている場合には、いずれの売主に対しても全額を請求することができます。持株比率に応じた分担とされている場合には、各売主に対してその割合に応じた金額を請求することになります。
定めが置かれていない場合には、契約の解釈の問題となります。売主のうち一部の者のみが対象会社の経営に関与していた場合には、その者の認識をもって「売主の知る限り」の要件を判断するか否かが争点となり得ます。
資力の確保
補償の請求が認められても、売主に資力がなければ現実の回収はできません。売主が個人であり、譲渡代金を既に費消している場合には、この問題が顕在化いたします。
このため、契約の締結の段階において、代金の一部を一定期間留保する定め、エスクローの利用、売主による担保の提供といった手当てを検討することに意味があります。既に決済が完了している場合には、売主の資産の状況を調査し、保全の手続を検討いたします。この点はMT17において詳述いたします。
対象会社の役員に対する請求
譲渡前の期間について、当時の取締役が任務を怠ったといえる場合には、対象会社に対する損害賠償責任が問題となることがあります(会社法第423条第1項)。売主が対象会社の取締役でもあった場合には、この構成を併せて検討する余地があります。
もっとも、この責任は対象会社に対するものであり、買主に対するものではありません。請求の主体は対象会社となります。
第5節 弁護士に相談する意味
契約書に記載のない債務が判明した局面において弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、株式譲渡契約書の補償条項を確認し、請求期間及び通知の要件を特定することです。第二に、期間内に必要な通知を行うことです。第三に、判明した債務の法的な性質を検討し、そもそも対象会社が負担すべき債務であるかを確認することです。第四に、請求の根拠を整理し、補償条項のほかに用い得る主張を検討することです。
第三の点は見落とされやすい事項です。判明した債務が、そもそも法的に有効に成立していない場合、あるいは既に消滅している場合があります。まず債務の存否を検討することが、対象会社にとっての損害を減らすことにつながります。
具体的な請求の進め方は、債務の内容、契約の定め、売主の対応等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 まず何をすればよいですか。
株式譲渡契約書の補償条項を確認し、請求期間を特定してください。期間内に売主へ書面により通知することが最優先です。債務の内容の調査は、通知を行った後に進めることができます。
質問2 金額がまだ分かりません。通知できますか。
判明している事実を記載した上で、金額については追って通知する旨を付記する方法が考えられます。契約に定められた記載事項を確認した上で作成いたします。
質問3 デューデリジェンスで見落としていた場合、請求できませんか。
契約の定めによります。「買主が調査により知り得た事実であっても表明保証の違反の成否に影響しない」旨の定めが置かれている場合には、その定めに従います。定めがない場合には、契約の解釈の問題となります。
質問4 契約を解除して株式を返すことはできますか。
決済後の解除を認めない旨の定めが置かれていることが多くあります。定めがない場合であっても、既に経営が混ざった後の原状回復は現実には困難です。まずは補償の請求を検討することになります。
質問5 補償の請求期間が過ぎてしまいました。
契約上の補償の請求はできなくなりますが、不法行為に基づく請求(民法第709条)、詐欺又は錯誤による取消し(民法第96条、第95条)といった主張の余地が残る場合があります。事実関係を確認した上で検討いたします。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、株式の取得後に判明した債務に関するご相談をお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、株式譲渡契約書、開示別紙、デューデリジェンスにおける質問と回答の記録、判明した債務に関する資料、売主とのやり取りの記録をご用意いただけますと、検討が早く進みます。
結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
民法 第95条(錯誤)、第96条第1項(詐欺)、第121条(取消しの効果)、第126条(取消権の期間の制限)、第166条第1項(債権の消滅時効)、第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第416条(損害賠償の範囲)、第446条第2項及び第3項(保証契約の方式)、第541条(催告による解除)、第542条(催告によらない解除)、第562条から第564条まで(契約不適合責任。株式譲渡への適用については見解が分かれます)、第566条(期間の制限)、第709条(不法行為)、第724条(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
会社法 第362条第4項(取締役会の専決事項)
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