買収された会社に対するM&A仲介報酬の請求と前代表者の代理権濫用―東京地方裁判所令和7年7月8日判決

この記事の位置付け

M&A仲介会社と、仲介を経て買収された会社の双方に向けて、売主であるオーナー経営者が会社名義で結んだ報酬契約を買収後の会社が争った場面の判例を、契約の成否と代理権の濫用の観点から解説します。

M&A仲介会社やアドバイザーの責任全般は、M&A仲介会社の善管注意義務が問題となる場面をご覧ください。

オーナー経営者が自分の株式を売却する際に、M&A仲介会社との報酬契約を、自分個人ではなく会社の名義で結んでいた。株式の売却後、買主の傘下に入った会社は、その報酬を支払わなければならないのでしょうか。東京地方裁判所令和7年7月8日判決は、売主である前代表者が会社の代表取締役として結んだ業務委託契約と、株式譲渡契約の締結日に報酬額を増額した覚書について、契約の成立を知らないとする会社側の主張と、前代表者が自分の利益を図るために代理権を濫用したもので無効であるとの主張をいずれも退け、仲介会社の報酬825万円と年10パーセントの遅延損害金の請求を全部認めました。

本判決は、取引の経緯を示すメール等から契約の成立を認めたうえで、株式譲渡の前は前代表者とその親族が株主兼取締役であり、取締役と会社・株主の利益が対立する状況になかったこと、買主が従業員の雇用継続や買掛金の立替払の義務を負い、会社にも利益があったことを理由に、代理権の濫用を否定しました。M&A仲介会社として対象会社に報酬を請求する立場の方にも、買収した会社に前経営者時代の報酬契約が残っていた買主側の方にも参考になる判決です。

Contents
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要―オーナー経営者の株式売却で、会社名義の仲介報酬が残った
    1. 会社の売却の相談から、買主候補との三者協議へ
    2. 買主との仲介契約と、対象会社との業務委託契約
    3. 株式譲渡の調印日に、報酬を750万円に増額する覚書
    4. 報酬の不払と、支払猶予の合意書
  4. 事案の経緯の時系列
  5. 判断の前提となった契約条項
    1. 業務委託契約第2条―業務の内容と契約金額、完了日
    2. 業務委託契約第3条1項―業務委託料の支払時期
    3. 業務委託契約第5条―業務の内容の変更
    4. 令和5年3月15日付け覚書第1条―契約金額の変更
    5. 令和5年6月20日付け合意書―支払猶予と遅延利息
    6. 買主との仲介契約―対象会社側との契約を予定する条項
  6. 原告の請求と当事者の主な主張
    1. GNCの請求
    2. GNCの主な主張
    3. WMRの主な主張
  7. 結論を左右した争点
  8. 裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
    1. 契約書の存在と、締結に至る経緯の自然さ
    2. 報酬の増額は、グループ全体でみれば増額ではない
    3. 支払猶予の合意書は、延滞していた会社にとって自然な合意
    4. 代理権の濫用の判断枠組み
  9. 各主張を採用し又は排斥した理由
    1. 業務の遂行と報酬請求権の発生―株式譲渡契約の締結で業務は完了した
    2. 代理権の濫用―会社と株主の利益が対立する状況になかった
    3. 遅延損害金―約定の年10パーセントを認めた
  10. 主文及び結論
  11. 判断の射程―参考となる点と一般化できない点
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
    3. 契約や交渉で確認しておきたいこと
  12. よくあるご質問
    1. オーナー経営者が会社名義で結んだ仲介報酬の契約は、株式を売却して会社の支配者が変わった後も有効ですか。
    2. 売主が自分の株式を高く売るために会社に仲介報酬を負担させた場合、代理権の濫用になりませんか。
    3. 契約書の業務内容が「資本政策コンサルティング業務」のように抽象的でも、報酬を請求できますか。
    4. 株式譲渡の当日に、対象会社が支払う仲介報酬を大幅に増額する覚書は有効ですか。
    5. 合意書に、会社の印ではなく親会社の印が押されていた場合でも、合意は成立しますか。
  13. 関連する記事と相談のご案内

裁判例の基本情報

裁判所 東京地方裁判所民事第5部
裁判日 令和7年7月8日
事件番号 令和5年(ワ)第23916号
裁判の形式 判決
審級 第一審
結論 原告(M&A仲介会社)の請求を全部認容。被告(対象会社)に825万円及び令和5年7月1日から支払済みまで年10パーセントの割合による金員の支払を命じ、訴訟費用は被告の負担、支払を命じた部分に仮執行宣言
関連する判決 同じ訴えで分離前の相被告であった買主に対する請求については、東京地方裁判所が令和6年2月13日に請求を認容する判決をし、その判決は確定した旨が判決本文に記載されています
上訴の状況 本判決の上訴の有無及び確定は確認できていません

この表は、判決本文の冒頭、主文及び前提事実の記載に基づいて当事務所が作成したものです。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いている符号も、そのままは使わずに次の表記へ置き換えています。

本記事の表記 立場
M&A仲介会社GNC(以下「GNC」) 原告。企業の買収、合併、株式交換、事業譲渡、資本提携等の企画立案、斡旋、仲介及びコンサルティング等を目的とする株式会社
GNCの取締役YMZ氏(以下「YMZ氏」) GNC側で本件の仲介を担当した取締役
対象会社である携帯端末周辺機器メーカーWMR(以下「WMR」) 被告。高機能携帯電話端末及びタブレット端末の付属機器・周辺機器の企画、設計、開発、生産、販売等を目的とする株式会社。株式譲渡により買主の子会社となった会社
売主である前代表者HSM氏(以下「HSM氏」) 令和5年3月15日までWMRの代表取締役であり、同日時点でWMRの唯一の株主。保有株式の全部を買主に譲渡した人物
買主である資源関連会社RVL(以下「RVL」) 鉱物資源・再生資源及びその関連製品の開発・製造・売買等を目的とする株式会社。WMRの株式全部を譲り受けた買主で、本件訴訟の分離前の相被告
RVLの代表者OKD氏(以下「OKD氏」) RVLの代表取締役。株式譲渡に伴い、令和5年3月15日から同年9月13日までWMRの代表取締役も務めた人物

判決本文を引用する部分では、当事者の呼称を上記の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。判決本文の「原告」はGNC、「被告」はWMRを指します。

事案の概要―オーナー経営者の株式売却で、会社名義の仲介報酬が残った

会社の売却の相談から、買主候補との三者協議へ

判決が認定した事実によれば、WMRの当時の代表取締役であったHSM氏と、GNCの取締役YMZ氏やその部下は、遅くとも令和4年11月頃には、WMRの事業の譲渡について協議を始めていました。HSM氏は、当初、WMRを法人ごと売却する方法を相談しましたが、YMZ氏からそれは難しいとの見解を示され、同月28日には、WMRの特定の部門の事業と、それに付随する在庫や従業員を譲渡することを打診しました。YMZ氏らは、同年12月2日までに、この希望をRVLに伝えています。

YMZ氏は、同年12月3日までに、同月13日にYMZ氏、HSM氏及びRVLの代表者OKD氏の三者が面会する会合を設定しました。さらに同月19日までに、RVLへの株式譲渡に向けてWMR側に確認したい財務状況等の項目を列挙し、WMRの希望事項に対するRVL側の回答を伝えて、再度三者での打合せを設定しています。

買主との仲介契約と、対象会社との業務委託契約

GNCは、令和4年12月6日付けで、買主側のRVLとの間で企業提携仲介契約を結びました。成功報酬の最低額は2,000万円で、GNCが対象会社側とも契約を結んで報酬を得ることをRVLが承諾する条項も置かれていました(後記の契約条項を参照)。

次いで、令和5年1月5日、HSM氏は、GNCとWMRとの間の業務委託契約書の案と、RVLとWMR側との間の株式譲渡契約書の案を確認し、YMZ氏に対し、業務委託契約書については問題がなく、顧問弁護士の確認が完了した後に最終的に合意したい旨を回答しました。GNCとWMRは同日付けで業務委託契約書に調印しました。業務の内容は「資本政策コンサルティング業務」、契約金額は定額100万円(消費税等別)で、業務の完了日は「資本政策の効力が発生した日」とされていました。株式譲渡契約書の案については、HSM氏は3点の修正を求めています。

株式譲渡の調印日に、報酬を750万円に増額する覚書

その後、YMZ氏らが間に入って、株式譲渡契約書の条件面の調整や三者での打合せが重ねられました。WMR側の検討・調整に時間を要していたことから、YMZ氏がWMRの顧問弁護士に直接メールを送り、RVL側が提案した契約書の改訂案の検討を求めたこともありました。

令和5年3月8日、YMZ氏の調整により同月15日に調印することが決まり、同日、RVLとHSM氏(同日時点でWMRの唯一の株主)は、HSM氏が保有するWMRの発行済株式の全部をRVLに譲渡する株式譲渡契約を締結しました。同じ日に、GNCとWMR(代表者はHSM氏)は覚書を交わし、業務委託契約の契約金額を750万円(消費税等別)、消費税込みで825万円に変更しました。

この株式譲渡により、HSM氏は同日付けでWMRの代表取締役を退任して会長職の従業員となり、RVLがWMRの唯一の株主となり、OKD氏がWMRの代表取締役に就任しました。

報酬の不払と、支払猶予の合意書

GNCは、令和5年3月15日付けで、WMRに対し、業務委託契約及び覚書に基づく報酬825万円を同月31日までに支払うよう求める請求書を交付しました。WMRは、裁判所が業務委託契約書の定めによる正確な弁済期と解した同年4月28日までに、これを支払いませんでした。

令和5年6月20日、GNCとWMR(代表者はOKD氏)は合意書を交わし、825万円の支払を同月30日まで猶予すること、それまでに支払がない場合には年10パーセントの遅延利息が発生することを定めました。この合意書のWMRの記名の横に押された印影には、WMRではなくRVLの文字が記されていました。

結局、支払はされず、GNCは、令和5年9月15日、WMRと、分離前の相被告であるRVLを相手に訴えを提起しました。OKD氏がWMRの代表取締役であったのは、同年9月13日までです。RVLに対する請求(RVLとの仲介契約に基づく報酬合計1,650万円及び遅延損害金)は、請求原因事実に争いがないものとして令和6年2月13日に認容され、その判決は確定しています。本判決は、残るWMRに対する請求について判断したものです。

事案の経緯の時系列

日付 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実による)
令和4年11月頃まで HSM氏とYMZ氏らがWMRの事業の譲渡について協議を開始
令和4年11月28日 HSM氏が特定部門の事業と在庫・従業員の譲渡を打診
令和4年12月2日まで YMZ氏らがHSM氏の希望をRVLに伝達
令和4年12月6日付け GNCとRVLが企業提携仲介契約を締結(成功報酬の最低額2,000万円)
令和4年12月13日 YMZ氏、HSM氏、OKD氏の三者の会合(同月3日までに設定)
令和4年12月19日まで YMZ氏が確認事項を列挙し、RVL側の回答を伝え、再度の三者打合せを設定
令和5年1月5日 GNCとWMRが業務委託契約を締結(定額100万円、消費税等別)
令和5年1月以降 YMZ氏らが間に入り、株式譲渡契約書の条件調整と三者打合せ
令和5年3月8日 同月15日の調印が決定
令和5年3月15日 RVLとHSM氏が株式譲渡契約を締結。GNCとWMRが報酬を825万円(消費税込み)とする覚書を締結。HSM氏が代表取締役を退任し、OKD氏がWMRの代表取締役に就任。GNCが825万円の請求書を交付
令和5年4月28日 裁判所が解した報酬の弁済期。支払なし
令和5年6月20日 GNCとWMR(代表者OKD氏)が支払猶予と年10パーセントの遅延利息の合意書を締結
令和5年6月30日 猶予した支払期限。支払なし
令和5年9月13日 OKD氏がWMRの代表取締役を退任
令和5年9月15日 GNCがWMR及びRVLに対して訴えを提起
令和6年2月13日 分離されたRVLに対する請求を認容する判決(その後確定)
令和7年7月8日 東京地方裁判所がWMRに対する請求を全部認容する判決

判断の前提となった契約条項

以下は、判決本文が契約書等の「要旨以下の条項(抜粋)」として掲げた記載に基づくものです。契約書原本の条文をそのまま再現したものではありません。当事者の呼称は本記事の表記に置き換え、数字は半角の算用数字に改めています。

業務委託契約第2条―業務の内容と契約金額、完了日

1項 本業務の内容と契約金額は下記のとおりとする。
本業務の内容:WMRの企業価値向上に資する資本政策コンサルティング業務
契約金額:定額100万円(消費税等別)

2項 前項の本業務の完了日は、資本政策の効力が発生した日とする。

業務委託契約第3条1項―業務委託料の支払時期

WMRは、GNCに対し、前条2項における本業務完了日の属する月の翌月末日限り、本業務の対価として前条1項に定める契約金額をGNCに支払う。

業務委託契約第5条―業務の内容の変更

WMR、GNCは、本契約締結後の事情により、本業務の内容の一部を変更する場合において、本契約内容を変更する必要があるときは、WMR、GNCが協議して書面によりこれを定める。

令和5年3月15日付け覚書第1条―契約金額の変更

WMR及びGNCは、原契約2条1項に定める契約金額を750万円(消費税等別)とすることに合意する。

覚書の柱書きでは、令和5年1月5日付けで締結した業務委託契約書を「原契約」としています。覚書の末尾には、WMRの代表者としてHSM氏の記名と押印がありました。

令和5年6月20日付け合意書―支払猶予と遅延利息

(柱書き)WMRとGNCは令和5年3月15日付け発行の請求書に基づくGNCの債権、金825万円について下記のとおり合意した。

1項 WMRによるGNCの支払による弁済[原文ママ]について令和5年6月30日まで支払を猶予する。

2項 WMRによる弁済が令和5年6月30日までに完了しない場合は、年率10パーセントの遅延利息が発生することにWMRは合意する。

1項の「[原文ママ]」は判決本文に付されている注記です。合意書の末尾には、WMRの代表者としてOKD氏の記名がありましたが、WMRの記名横の印影にはRVLの文字が記されていました。

買主との仲介契約―対象会社側との契約を予定する条項

判決が認定したGNCとRVLとの企業提携仲介契約は、情報収集・調査、基本スキームの立案・助言、契約書等の草案作成、交渉立会、企業精査の設定等の仲介業務をRVLがGNCに委託し(第1条から第3条)、譲渡対価等の合計額に応じた成功報酬(最低額2,000万円。合計額が4億円を超える部分は、その額に応じて5パーセントから1パーセントの手数料率を乗じた額)を支払うもの(第4条)でした。さらに、GNCが対象会社又はその株主との間で企業提携仲介に関する契約を結んで業務を提供し、報酬を得ることを承諾する条項(第10条)がありました。この条項は、後に見るとおり、WMRとの業務委託契約の成立を認める理由の一つとされています。

原告の請求と当事者の主な主張

GNCの請求

GNCは、WMRに対し、業務委託契約、覚書及び合意書に基づき、報酬825万円と、弁済期の翌日である令和5年7月1日から支払済みまで約定の年10パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めました。

GNCの主な主張

  • 令和5年1月5日、WMRとの間で、資本政策コンサルティング業務に係る業務委託契約を締結した。
  • 業務の内容は、WMRがRVLの傘下に入るという資本政策の効力を生じさせること、すなわちRVLにWMRの株式を譲渡するための相談、助言、指導等である。HSM氏との面談、譲渡候補先としてのRVLの提案、RVLとの面談、各種書類の作成支援、条件調整等を行い、令和5年3月15日の株式譲渡により資本政策の効力を生じさせた。
  • 同日、覚書により報酬額を825万円に変更し、同年6月20日、合意書により支払猶予と遅延損害金を合意した。
  • 株式譲渡により、WMRには、RVLが従業員の雇用を同一条件で維持し、支払を遅延している買掛金を支払うといった、雇用維持や資金繰り援助等の利益があったのであり、HSM氏が代理権を濫用したものではない。

WMRの主な主張

  • 業務委託契約の成立は不知である(当時の代表者であるHSM氏が契約を締結したのか確認が取れない)。
  • GNCが業務を遂行したことは否認する。資本政策コンサルティング業務がどのような業務か特定されておらず、対価との関係も明らかでない。
  • 覚書による合意の成立は不知であり、その効力を争う。
  • 合意書による合意は成立していない。記名横の印影はRVLのものであって、WMRの押印がなく、WMRの意思表示があったとはいえない。
  • 代理権の濫用:RVLが株式を買収しても、両社はともに資金繰りに苦慮していたので実効的な資金融通は想定されず、GNCの業務はWMRの利益にならない。報酬を増額した覚書はなおさら利益にならない。他方で、HSM氏とその妻は、株式を譲渡することで、譲渡対価の取得、譲渡後もWMRで雇用されること、役員退職慰労金の受領、HSM氏についてはWMRを主債務者とする連帯保証債務を免れることという明確な利益を得る。HSM氏は自己及び妻の利益を図る目的で業務委託契約と覚書を締結したものであり、GNCは業務の中でRVLの買収の意図や株式譲渡契約の内容を熟知していたから、その目的を知っていた。したがって、両契約はWMRに対して効力を有しない。

結論を左右した争点

判決は、争点を次の2つに整理しました。

  1. 業務委託契約、報酬合意(覚書)及び利息合意(合意書)が成立したか、また、報酬請求権が発生したか。
  2. 業務委託契約及び覚書の締結が、HSM氏の代理権の濫用により無効となるか。

第1の争点では、会社の代表者が交代した後に、前代表者が会社名義で結んだ契約の成立を会社が不知(知らない)として争った点と、業務の内容が「資本政策コンサルティング業務」という抽象的な表現にとどまっていた点が問題になりました。第2の争点では、売主であるオーナー経営者が株式売却のために会社名義で仲介報酬を約束したことが、会社に対する代理権の濫用に当たるかが問われました。

裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み

契約書の存在と、締結に至る経緯の自然さ

裁判所は、業務委託契約、覚書及び合意書のいずれについても、書面が存在することに加えて、その締結に至る経緯が自然かどうかを検討する方法で、契約の成立を判断しました。業務委託契約書と覚書については、判決本文はいずれも「成立の真正に争いのない」書面が存在すると述べています。そのうえで、HSM氏がYMZ氏らに自社の買収の仲介を打診し、RVLとのマッチングが見込まれたことから業務委託契約を締結するに至った経緯は自然であり、RVLとの仲介契約にも対象会社側との契約の締結を予定する条項(第10条)があったことから、業務委託契約の締結は不自然とはいえないとしました。

報酬の増額は、グループ全体でみれば増額ではない

覚書によって、WMRが支払う報酬額は100万円から750万円(いずれも消費税等別)に増加しました。裁判所は、これに先立って、RVLとの仲介契約の成功報酬額(最低2,000万円)が750万円に減額されていたことを認定し、次のように述べました。

「グループ企業となる両社合計での報酬額が増額されたものではなく、〔WMR〕がこのような変更に合意することが不自然であるとはいえない」

つまり、裁判所は、対象会社が支払う報酬だけを切り出して見るのではなく、株式譲渡後に親子会社となる買主と対象会社の両社が支払う報酬の合計で、覚書の自然さを評価しています。

支払猶予の合意書は、延滞していた会社にとって自然な合意

合意書については、報酬が支払われていないことに争いがないことを前提に、裁判所は、弁済期を延長する代わりに、支払を怠ったときに法定利率を上回る遅延損害金を支払う内容であることを指摘し、次のように判断しました。

「殊更に〔WMR〕に不利な内容でもなく、債務の弁済を懈怠していた〔WMR〕が上記合意を締結することは自然である」

WMRの記名の横にRVLの印影があった点については、OKD氏が株式譲渡によりRVLとWMRの両社の代表取締役になっており、両社のM&Aに関与したGNCとの合意にRVLの実印を押すことは不自然とはいえず、押印の事実をもってOKD氏に合意を締結する意思がなかったということはできないとしました。判決本文の表現では、RVLの「実印を押捺することが不自然であるとはいえず」とされています。

以上から、裁判所は、各契約を締結した旨のYMZ氏の陳述は信用性が高いとして、業務委託契約、覚書による合意及び合意書による合意の締結の事実を認定しました。代表者の交代を理由に契約の成立を不知とするWMRの主張は、採用されませんでした。

代理権の濫用の判断枠組み

WMRは、HSM氏が自己及び妻の利益を図る目的で契約を締結し、GNCもその目的を知っていたから、契約はWMRに対して効力を有しないと主張しました。判決本文は条文を挙げていませんが、この主張は、代理人が自己又は第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をし、相手方がその目的を知り又は知ることができたときは、その行為を代理権を有しない者がした行為とみなすという民法107条の考え方に立つものです(同条は、平成29年の民法改正で設けられ、令和2年4月1日から施行されています。本件の各契約は令和5年に締結されています)。この段落の条文の説明は、当事務所によるものです。

裁判所は、HSM氏に「自己又は第三者の利益を図る目的」があったといえるかという第一段階で、WMRの主張を退けました。そのため、GNCがその目的を知り又は知ることができたかという第二段階については、判断していません。

各主張を採用し又は排斥した理由

業務の遂行と報酬請求権の発生―株式譲渡契約の締結で業務は完了した

裁判所は、現存しているメール等の資料から認められるだけでも、GNCが、YMZ氏らを通じて、WMRとRVLとの間の株式譲渡契約の内容の調整や契約書の草案の作成、三者間での会合の設定等の業務を行ったものと認め、「本件株式譲渡契約の締結によりその業務が完了しているということができる」として、報酬請求権の発生を認めました。

業務の内容と対価との関係が特定されていないというWMRの主張に対しては、業務委託契約の締結前から、WMRがGNCに自社のM&Aを打診し、RVLに絞って協議を進めていたことから、両社の間では、一次的にはRVLによる買収を目的とするという共通認識があったことは明らかであるとしました。そして、次のように述べてWMRの主張を退けています。

「契約の性質上、個々の業務と対価に個別的な結び付きがあるものではないから、〔WMR〕の上記主張は採用できない」

契約書上の業務の内容が「資本政策コンサルティング業務」という抽象的な表現であっても、契約締結前の協議の経過から業務の目的が特定でき、その目的である株式譲渡契約が締結された以上、個々の作業と報酬額との対応関係を示す必要はないという判断です。

代理権の濫用―会社と株主の利益が対立する状況になかった

代理権の濫用について、裁判所は、まず、株式譲渡契約の実行前のWMRでは、HSM氏とその親族が株主兼取締役の地位にあったことを指摘し、次のように述べました。

「取締役の利益と会社ひいては株主の利益とが対立する状況にはない」

次に、RVLが、株式譲渡契約後、WMRに雇用されている従業員を1年間は契約時と同一水準で継続雇用し、WMRが支払を遅滞している取引先への買掛金を立替払する等の義務を負うことを、株式譲渡契約書の条項に基づいて認定しました。そのうえで、「〔HSM氏〕の利益と共通しない部分においても、〔WMR〕にとって利益があったものと認められる」としました。

結論として、裁判所は次のように判断しました。

「本件株式譲渡契約の締結が、〔HSM氏〕において自己又は第三者の利益を図る目的で行ったものとはいえず、〔WMR〕の上記主張はその前提を欠く」

WMRが主張したHSM氏とその妻の利益(譲渡対価、雇用の継続、役員退職慰労金、連帯保証債務からの解放)について、判決は、その有無を個別に認定していません。オーナー家が株主兼取締役であったことと、会社自体にも独自の利益があったことから、図利目的そのものを否定したものです。

遅延損害金―約定の年10パーセントを認めた

裁判所は、合意書による合意の成立を認め、主文で、825万円に対する令和5年7月1日から支払済みまで年10パーセントの割合による金員の支払を命じました。判決本文は、業務委託契約書第3条によれば、正確な報酬の弁済期は、株式譲渡契約締結日の翌月末日直近の銀行営業日である令和5年4月28日であると解されると付言していますが、請求は、合意書で猶予した期限の翌日である7月1日からの遅延損害金に限られていました。

主文及び結論

判決の主文は、「被告は、原告に対し、825万円及びこれに対する令和5年7月1日から支払済みまで年10パーセントの割合による金員を支払え。」「訴訟費用は被告の負担とする。」「この判決は、第1項に限り仮に執行することができる。」というものです(数字の表記も判決本文のとおりとしています。「原告」はGNC、「被告」はWMRを指します)。M&A仲介会社GNCの請求は、全部認められました。

判断の射程―参考となる点と一般化できない点

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。裁判所が示した判断そのものとは区別してお読みください。

参考となる点

第1に、オーナー経営者が株式を売却する際に、対象会社の名義で結んだ仲介報酬の契約は、株式譲渡の後、会社の支配権が買主に移っても、会社の債務として残り得ることです。本件では、代表者が交代した後の会社が契約の成立を不知として争いましたが、契約書の存在と取引の経緯から成立が認められました。買主の側からみれば、株式譲渡の前に対象会社が仲介会社等と結んでいる報酬契約の有無と内容を確認しておかないと、買収後の対象会社が支払義務を負うことになります。

第2に、売主個人の利益を図る目的で会社名義の契約が結ばれたという代理権の濫用の主張について、本判決は、売却前の株主と取締役が同じオーナー家であれば、取締役の利益と会社・株主の利益とが対立する状況にないとし、さらに会社自身が得る利益(従業員の雇用継続、買掛金の立替払)も認定して、図利目的を否定しました。株式譲渡契約書に対象会社のための条項(雇用の維持、債務の弁済への協力等)が置かれていることが、対象会社にとっての利益を基礎付ける事情として使われた点は、実務上も注目されます。

第3に、仲介会社が買主と対象会社の双方と契約し、取引の最終段階で両社の報酬の配分を変えた場合に、裁判所が両社の報酬の合計で覚書の自然さを評価したことです。対象会社の報酬が7.5倍に増額されていても、買主側の報酬の減額と合わせてみれば、グループ全体では増額されていないという評価が、覚書の成立を認める理由とされました。

第4に、業務の内容が「資本政策コンサルティング業務」という抽象的な表現にとどまる契約でも、締結前の協議の経緯から業務の目的が特定でき、その目的とする取引が実現した場合には、報酬請求権の発生が認められたことです。他方で、裁判所は、現存するメール等の資料から仲介会社の具体的な業務を認定しています。仲介会社にとっては、業務の経過をメール等で残しておくことが、報酬を請求する場面での立証の支えになります。

一般化できない点

本判決は、売却前の株主がオーナー経営者とその親族に限られ、その全員が取締役でもあったという事情を前提にしています。オーナー家以外の株主がいる会社や、会社の債権者の利益が大きく損なわれる場面では、取締役の利益と会社・株主の利益が対立しないとはいえず、結論が異なり得ます。

また、判決が利益の有無を検討したのは、主に株式譲渡契約の締結が会社にとって利益になるかという点です。WMRは、報酬を100万円から750万円に増額した覚書は「なおのこと」会社の利益にならないと主張していましたが、判決は、覚書の増額については、契約の成立の場面で両社合計の報酬額が増額されていないことを指摘するにとどまり、増額そのものが代理権の濫用に当たるかを独立して論じていません。買主側の報酬の減額と対応しない一方的な増額や、売主個人だけが利益を受ける内容の契約について、本判決から一般的な結論を導くことはできません。

代理権の濫用の第二段階である、仲介会社が売主の目的を知り又は知ることができたかについても、判決は判断していません。仲介会社が売主個人の利益のために会社の負担を増やすことを承知していたような事案では、別の検討が必要です。さらに、仲介会社が買主と対象会社の双方から報酬を受ける形態の当否や、取締役の利益相反取引の規律との関係は、本件では争点とされておらず、判決は判断していません。

買主に対する請求は、請求原因事実に争いがないものとして認容されており、買主側の仲介契約の内容について裁判所が実質的に審理したものではありません。本判決の上訴の有無及び確定は確認できていないため、その点にも留意が必要です。

契約や交渉で確認しておきたいこと

仲介会社の側では、対象会社と結ぶ契約の業務内容を、目的とする取引と結び付けて記載しておくこと、報酬額を変更する場合には書面で合意し、変更の理由(買主側の報酬との配分等)を説明できるようにしておくことが考えられます。買主の側では、株式譲渡契約の締結前に、対象会社が仲介会社等と結んでいる契約とその報酬額を開示させ、取引費用を売主と買主のどちらが負担するのかを株式譲渡契約の中で明確にしておくことが重要です。対象会社が負担する場合には、譲渡価格の算定にその金額を反映させる方法も考えられます。これらは本判決を踏まえた当事務所の着眼点であり、本判決が特定の条項例の有効性を判断したものではありません。

よくあるご質問

オーナー経営者が会社名義で結んだ仲介報酬の契約は、株式を売却して会社の支配者が変わった後も有効ですか。

株主が変わっても、会社が結んだ契約の効力は当然には失われません。本判決では、前代表者が会社の代表取締役として結んだ業務委託契約と覚書について、買収後の会社が成立を争いましたが、契約書の存在と取引の経緯から成立が認められ、会社に報酬の支払が命じられました。

売主が自分の株式を高く売るために会社に仲介報酬を負担させた場合、代理権の濫用になりませんか。

事案によります。本判決は、売却前の株主と取締役がオーナー家で共通しており、取締役と会社・株主の利益が対立する状況になかったこと、株式譲渡契約により会社も従業員の雇用継続や買掛金の立替払という利益を得たことから、売主に自己又は第三者の利益を図る目的があったとはいえないと判断しました。株主構成や会社が得る利益が異なる事案では、結論が変わり得ます。

契約書の業務内容が「資本政策コンサルティング業務」のように抽象的でも、報酬を請求できますか。

本判決では、契約締結前から特定の買主候補への売却を前提に協議が進んでいたことから、業務の目的は共通認識として明らかであるとされ、契約の性質上、個々の業務と対価に個別的な結び付きがあるものではないとして、報酬請求権の発生が認められました。もっとも、仲介会社が実際に行った業務は、メール等の資料で具体的に認定されています。

株式譲渡の当日に、対象会社が支払う仲介報酬を大幅に増額する覚書は有効ですか。

本判決では、覚書で対象会社の報酬が100万円から750万円(消費税等別)に増額された一方、それに先立って買主側の成功報酬が最低2,000万円から750万円に減額されていたことから、グループ企業となる両社の合計では報酬が増額されておらず、対象会社が合意することは不自然でないとされました。買主側の報酬の減額と対応しない増額の場合については、本判決は判断していません。

合意書に、会社の印ではなく親会社の印が押されていた場合でも、合意は成立しますか。

本判決では、合意書を交わした代表者が親会社と対象会社の両社の代表取締役を兼ねていたことから、親会社の実印を押したことは不自然でなく、合意の意思がなかったとはいえないとされ、合意の成立が認められました。押印された印影だけでなく、誰がどのような立場で合意したかが判断の材料になります。

関連する記事と相談のご案内

株式譲渡の前後で、M&A仲介会社から対象会社や買主に報酬を請求され、その支払義務や金額をめぐって意見が食い違った場合は、契約書の文言だけでなく、誰がどの立場で契約を結んだか、取引の経過や報酬の配分を示すメール等の記録を整理して検討します。仲介会社・アドバイザーの義務が問題となる場面については、M&A仲介会社の善管注意義務が問題となる場面で解説しています。当事務所の対応は、M&A仲介会社の対応についてのご相談でご案内しています。

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件に関与し、平成23年には最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得ております。現在は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士を務めております。

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