経営者の持株比率を偽って株式を買い取らせた監査役の不法行為責任―東京地方裁判所令和7年7月30日判決

この記事の位置付け

ベンチャー企業の株式を創業者から買い受けた投資家に向けて、経営者の持株比率が実際より高く見せかけられていた場面の判例を、勧誘した監査役の不法行為責任と損害額の観点から解説します。

株式譲渡で売主側の説明と異なる事実が判明した場合の当事務所の対応は、表明保証違反の御相談のページで御案内しています。

新規株式公開を目指すベンチャー企業の創業者から株式を買い受けた投資家が、後になって、創業者の持株比率が株主名簿の記載よりも大幅に低かったことを知った場面の判例です。創業者は保有株式の一部を第三者に譲渡しながら名義書換えをせず、株主名簿上は過半数前後の株式を持っているように見えていました。東京地方裁判所令和7年7月30日判決は、投資家に株式の購入を持ち掛けた対象会社の監査役が、名義書換えが留保されている事実を告げなかったことを「不作為による故意の欺罔行為」に当たると判断し、3回の株式譲渡の代金合計6,000万円全額の賠償を命じました。

一方で、同じく名義書換えの留保を知っていた顧問会計士と2人の取締役については、責任を否定しています。また、被告側が主張した損益相殺(取得した株式には高い価値があるという主張)と、投資家側の調査不足を理由とする9割の過失相殺は、いずれも退けられました。本記事では、株式の売主ではない監査役がなぜ責任を負ったのか、表明保証条項のない株式譲渡で損害額がどのように判断されたのかを、判決本文に沿って整理します。

Contents
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要―名義書換えをしない株式譲渡で、創業者の持株比率が高く見えていた
    1. 創業者が保有株式を譲渡しながら、株主名簿には反映させなかった
    2. 監査役が、ファンドに創業者の株式を買い取る方法での投資を持ち掛けた
    3. 3回にわたって合計6,000万円の株式譲渡が行われた
    4. 創業者の死亡の前後に、実際の持株比率が明らかになった
  4. 名簿上の持株比率と実際の持株比率
  5. 事案の経緯の時系列
  6. 株式譲渡契約と覚書の内容
    1. 売戻しの条項
    2. 第3契約の際の覚書
    3. 表明保証条項はなかった
  7. 投資ファンドの請求と当事者の主な主張
    1. 投資ファンドVTFの請求
    2. 監査役の不法行為をめぐる主張
    3. 取締役2名の任務懈怠をめぐる主張
    4. 損益相殺と過失相殺をめぐる主張
  8. 結論を左右した争点
  9. 裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
    1. ベンチャー企業への投資では、経営者の持株比率が重要な考慮要素になる
    2. 実際の持株比率を知っていれば、契約を締結しなかった
    3. 信義則上の告知義務と、不作為による欺罔
  10. 各主張を採用し又は排斥した理由
    1. 第2契約と第3契約―先行する欺罔そのものを告げる義務
    2. 単純な株式譲渡で、監査役は事後報告を受けただけであるとの主張
    3. ファンドは持株比率を前提としていなかったとの主張
    4. 名義書換えの猶予は違法ではないとの主張
    5. 顧問会計士の共謀―認められなかった
    6. 開発担当取締役の任務懈怠―認められなかった
    7. 取締役ISD氏の任務懈怠―認められなかった
    8. 損害額―代金全額の6,000万円
    9. 損益相殺―株価算定書を採用せず、株式に積極的な価値は認められない
    10. 過失相殺―故意の不法行為には行わない
  11. 主文及び結論
  12. 判断の射程―参考となる点と一般化できない点
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
    3. 取引の際に確認しておきたいこと
  13. よくあるご質問
    1. 株式の売主ではない会社の役員に、損害賠償を請求できますか。
    2. 株式譲渡契約に表明保証条項がない場合でも、買主は救済を受けられますか。
    3. 株式を取得している以上、その株式の価値は損害額から差し引かれるのではありませんか。
    4. 買主の側にも調査不足があった場合、賠償額は減額されますか。
    5. 名義書換えをしていない株式があることを知っていた取締役は、責任を負いますか。
  14. 関連する記事と御相談のご案内

裁判例の基本情報

裁判所 東京地方裁判所民事第18部
裁判日 令和7年7月30日
事件番号 令和4年(ワ)第14493号
裁判の形式 判決
審級 第一審
結論 監査役に対する請求を全部認容(6,000万円及び遅延損害金)。顧問会計士及び取締役2名に対する請求は棄却。第1項に限り仮執行宣言
上訴の状況 上訴の有無及び確定は確認できていません

この表は、判決本文の冒頭、主文及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いている符号も、そのままは使わずに次の表記へ置き換えています。判決本文を引用する部分でも同じ表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。

本記事の表記 立場
投資ファンドVTF 原告。株式会社の発行する株式等の取得及び保有等を事業とする投資事業有限責任組合で、株式の買主です
運営会社GPC 投資ファンドVTFの無限責任組合員である株式会社
ファンド側のHSM氏 運営会社GPCの代表取締役(設立当初から令和4年8月15日まで)。本件当時、投資ファンドVTFの業務執行について実質的な判断をしていた人物です
対象会社RGM 再生医療製品の研究、開発、製造、販売等を目的とする株式会社で、公開会社でない会社(株式の譲渡に会社の承認を要する会社)です
創業者KZM氏 対象会社RGMの代表取締役で、株式の売主。令和2年12月6日に死亡しており、本件の被告ではありません
監査役MRT氏 被告。対象会社RGMの監査役で、主に資金調達を担当していました。投資ファンドVTFに株式の購入を持ち掛けた人物です
顧問会計士FJW氏 被告。対象会社RGMの顧問会計士として、新規株式公開に関するコンサルタントを担当していました
開発担当取締役NKG氏 被告。対象会社RGMの取締役で、主に再生医療事業の開発に携わっていました
取締役ISD氏 被告。令和元年10月29日から対象会社RGMの取締役を務めていました
貸付会社LND 令和3年3月に対象会社RGMに1,000万円を貸し付けた合同会社
譲受予定会社QBC 対象会社RGMが弁済を怠った場合に、対象会社RGMの特許実施権等の譲渡を受けるとされた株式会社
株価算定会社AVS 令和元年9月に対象会社RGMの株価算定書を作成した会社

このほか、創業者KZM氏から名義書換えをしないまま株式の譲渡を受けるなどした第三者が3名いますが、本記事ではまとめてその他の第三者と表記します。

事案の概要―名義書換えをしない株式譲渡で、創業者の持株比率が高く見えていた

創業者が保有株式を譲渡しながら、株主名簿には反映させなかった

対象会社RGMは、平成28年8月31日に設立された再生医療のベンチャー企業で、創業者KZM氏が同年12月7日から代表取締役を務めていました。監査役MRT氏は平成29年4月27日から監査役に、開発担当取締役NKG氏は同年7月10日から取締役に就任しています。顧問会計士FJW氏は、顧問会計士として新規株式公開に関するコンサルタントを担当していました。

判決の認定によれば、創業者KZM氏は、自らが保有する対象会社RGMの株式の一部を、監査役MRT氏と顧問会計士FJW氏に、それぞれ1株10円で譲渡していました。しかし、これらの譲渡については名義書換えを行わず、株主名簿にも反映させていませんでした。創業者KZM氏は、その後も株式をその他の第三者に譲渡し、又は借入れの担保に供するなどしましたが、これらについても名義書換えをしていません。判決は、名簿上は創業者KZM氏の名義のままで、実際には第三者に譲渡され又は担保に供されていた株式を「名義貸株式」と呼んでいます。

監査役MRT氏は、平成31年4月25日付けで「実質株主」と題する書面(以下「実質株主名簿」といいます)を作成し、同月30日に創業者KZM氏と顧問会計士FJW氏に送信していました。そこには、創業者KZM氏の実質的な持株比率が40.23%であり、監査役MRT氏と顧問会計士FJW氏が購入した株式を合わせると、名義上の持株比率が55.28%となることなどが記載されていました。

監査役が、ファンドに創業者の株式を買い取る方法での投資を持ち掛けた

令和元年5月14日、監査役MRT氏は、事業を通じて知り合ったファンド側のHSM氏に、対象会社RGMが新株発行による資金調達を進めているとして、面談を申し入れました。同月16日の面談で、監査役MRT氏は、事業紹介の書面と平成31年4月25日付けの株主名簿等を示し、対象会社RGMが令和4年7月に新規株式公開を行う予定であること、そのために令和元年7月に20億円(1株5,000円で40万株)の第三者割当増資を予定していることを説明しました。そのうえで、増資までのつなぎ資金が必要であるとして、創業者KZM氏の保有株式を買い取る方法での投資を依頼しました。判決本文によれば、監査役MRT氏は、その際、次のように述べています(固有名詞は本記事の表記に置き換えています)。

「今月を乗り越えるのにどうしても1000万円が必要で、今月さえ乗り越えれば〔対象会社RGM〕は必ず成功します。」

このとき示された株主名簿には、創業者KZM氏の持株数が49万5,833株(持株比率55.3%)と記載され、名義貸株式は記載されていませんでした。監査役MRT氏は、名義貸株式があることをファンド側のHSM氏に説明していません。

監査役MRT氏は、翌17日に面談の結果を顧問会計士FJW氏と開発担当取締役NKG氏にメールで報告し、18日には、ファンド側から2期分の税務申告書の提出を求められたことを伝えるとともに、「〔運営会社GPC〕からの1,000万円の調達は、私が必ず決めます。」とメールで伝えていました(固有名詞は本記事の表記に置き換えています)。

3回にわたって合計6,000万円の株式譲渡が行われた

創業者KZM氏は、令和元年5月20日、ファンド側のHSM氏に2期分の税務申告書を送付したうえで、監査役MRT氏とともにHSM氏と面談して契約条件を協議し、同日付けで株式譲渡契約を締結しました。その後も、資金が不足するたびに監査役MRT氏らが追加の投資を依頼し、合計3回の株式譲渡が行われています。

本記事の呼称 契約日 株式数 代金 創業者KZM氏から対象会社RGMへの貸付け
第1契約 令和元年5月20日 6万株 3,000万円 うち2,500万円
第2契約 令和元年12月20日 2万株 1,000万円 うち900万円
第3契約 令和2年4月30日 10万株 2,000万円 全額
合計 ― 18万株 6,000万円 ―

いずれも形式上は、投資ファンドVTFと創業者KZM氏個人との間の株式譲渡契約です。もっとも、創業者KZM氏は受け取った代金の大部分又は全部を対象会社RGMに貸し付けており、実質的には対象会社RGMの資金調達として機能していました。監査役MRT氏は、各契約に関して、創業者KZM氏に対し、第1契約について150万円、第2契約について50万円、第3契約について100万円のコンサルタント料を請求し、少なくとも合計200万円を受領していました。

なお、予定されていた令和元年7月の20億円の第三者割当増資は、実際には行われませんでした。

創業者の死亡の前後に、実際の持株比率が明らかになった

対象会社RGMには、令和2年10月29日付けで、名義貸株式に係る株式譲渡(6件の譲渡承認請求)を取締役会で承認したとする議事録が存在します。創業者KZM氏は、同年12月6日に死亡しました。

監査役MRT氏は、令和2年12月20日、ファンド側のHSM氏に対し、創業者KZM氏が生前に知人等から名義借りをしていた合計20万9,750株を正当な保有者の名義に変更したとして、創業者KZM氏の持株数が10万3,583株(持株比率11.5%)と記載された株主名簿等を送付しました。同月24日、ファンド側のHSM氏は、監査役MRT氏、顧問会計士FJW氏及び開発担当取締役NKG氏と面談し、名義貸株式について説明を求めました。

判決本文によれば、この面談で、HSM氏から、創業者の持株比率を偽装して資金を引き出したのではないかと問われた監査役MRT氏は、「そうです。そう言われればそうです」と答え、さらに「嘘をついたと言われればもう仕方ないですね。はい」、「白か黒か正しいのか正しくないかと言われたら正しくないですから」などと述べました。また、名義貸株式を知っていたかと問われた開発担当取締役NKG氏は「知ってました」と答え、顧問会計士FJW氏は、自分はずっと当事者であるという趣旨の返答をしています。

名簿上の持株比率と実際の持株比率

判決は、各契約の時点について、ファンド側に示された株主名簿上の持株比率、監査役MRT氏が作成した実質株主名簿を前提とした持株比率、実際の持株比率を比較しています。判決本文に記載された数値を整理すると、次のとおりです。

契約 ファンドに示された株主名簿 監査役MRT氏作成の実質株主名簿を前提とした比率(契約時→譲渡後) 実際の比率(契約時→譲渡後)
第1契約 49万5,833株(55.3%) 40.23%→33.54% 37.19%→30.5%
第2契約 43万5,833株(48.6%) 33.54%→31.14% 28.91%→26.68%
第3契約 41万3,833株(46.1%) 31.09%→19.94% 26.07%→14.92%

第2契約及び第3契約の譲渡後の数値は、判決本文が、その間に名義書換えが行われた取引を考慮して示したものです。ファンド側に示された株主名簿では、創業者KZM氏はいずれの契約の時点でも3分の1を大きく上回る株式を保有しているように見えていました。しかし、実際には、第1契約による譲渡の後には3分の1を下回り、第3契約による譲渡の後には15%を下回っていたことになります。名義貸株式が名簿に反映された令和2年10月29日付けの株主名簿では、創業者KZM氏の持株比率は11.5%とされていました。

事案の経緯の時系列

日付 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実による)
平成28年8月26日 運営会社GPCが投資ファンドVTFに加入し、無限責任組合員となる
平成28年8月31日 対象会社RGMの設立(同年12月7日に創業者KZM氏が代表取締役に就任)
平成29年4月27日 監査役MRT氏が監査役に就任(同年7月10日に開発担当取締役NKG氏が取締役に就任)
平成30年2月から10月 対象会社RGMが、1株当たりの払込金額を5,000円とする新株発行を4回行う
平成31年4月25日付け 創業者KZM氏の持株比率を55.3%とする株主名簿。同日付けで監査役MRT氏が実質株主名簿を作成(実質40.23%)し、同月30日に創業者KZM氏と顧問会計士FJW氏に送信
令和元年5月14日 監査役MRT氏がファンド側のHSM氏に面談を申し入れる
令和元年5月16日 監査役MRT氏が単独でHSM氏と面談し、株主名簿等を示して、創業者KZM氏の株式を買い取る方法での投資を依頼
令和元年5月18日 監査役MRT氏が顧問会計士FJW氏と開発担当取締役NKG氏に、税務申告書の提出を求められたこと等をメールで報告
令和元年5月20日 創業者KZM氏が税務申告書を送付し、第1契約(6万株、3,000万円)を締結
令和元年5月22日 投資ファンドVTFが代金を支払う。監査役MRT氏が創業者KZM氏から150万円のコンサルタント料を受領
令和元年5月23日 創業者KZM氏が、監査役MRT氏を写しの宛先に入れて、持株比率を48.6%とする株主名簿(同月24日付け)をHSM氏に送付
令和元年6月10日頃 監査役MRT氏が実質株主名簿を作り直す(実質33.54%)
令和元年7月 予定されていた20億円の第三者割当増資が行われない
令和元年9月6日 株価算定会社AVSが、1株当たり5,480円から5,960円とする株価算定書を作成
令和元年10月29日 取締役ISD氏が取締役に就任
令和元年12月19日・20日 監査役MRT氏と創業者KZM氏がHSM氏に追加投資を依頼し、第2契約(2万株、1,000万円)を締結
令和元年12月23日・24日 監査役MRT氏が50万円のコンサルタント料を受領。投資ファンドVTFが代金を支払う
令和2年4月17日 監査役MRT氏と創業者KZM氏が追加投資を依頼。監査役MRT氏が持株比率を46.1%とする株主名簿を送付
令和2年4月30日 第3契約(10万株、2,000万円)を締結し、投資ファンドVTF、対象会社RGM及び創業者KZM氏が覚書を作成
令和2年5月1日 投資ファンドVTFが代金を支払う。監査役MRT氏が100万円のコンサルタント料の支払を求める
令和2年10月29日付け 名義貸株式に係る株式譲渡を承認したとする取締役会議事録
令和2年12月3日 監査役MRT氏が「潜在株式の一覧表」を創業者KZM氏と顧問会計士FJW氏に送付
令和2年12月6日 創業者KZM氏が死亡
令和2年12月20日 監査役MRT氏が、持株比率を11.5%とする株主名簿等をHSM氏に送付
令和2年12月24日 HSM氏が、監査役MRT氏、顧問会計士FJW氏及び開発担当取締役NKG氏と面談
令和3年2月12日 監査役MRT氏、開発担当取締役NKG氏及び取締役ISD氏が、それぞれ対象会社RGMの役員でなくなる
令和3年3月10日 貸付会社LNDが対象会社RGMに1,000万円を貸し付ける。その後、譲渡担保権が実行される
令和7年7月30日 東京地方裁判所が、監査役MRT氏に6,000万円の支払を命じ、その余の被告らに対する請求を棄却する判決

株式譲渡契約と覚書の内容

判決本文には、株式譲渡契約書や覚書の条項の文言そのものは記載されていません。以下は、判決本文が認定した契約の内容を当事務所が要約したものです。

売戻しの条項

判決本文によれば、各株式譲渡契約には、投資ファンドVTFが一定の日以降、創業者KZM氏に対して、譲渡代金額と同額で株式を売り戻すことができる旨の条項がありました。売戻しが可能となる日は、第1契約が令和元年11月25日から、第2契約が令和2年6月25日から、第3契約が同年11月1日からとされていました。

第3契約の際の覚書

第3契約を締結した令和2年4月30日、投資ファンドVTF、対象会社RGM及び創業者KZM氏は、「株式譲渡契約書に関する覚書」と題する書面を作成し、次の内容等を合意しました。

  • 創業者KZM氏は、代金2,000万円の全てを対象会社RGMに貸し付けること
  • 対象会社RGMによる取締役及び監査役への報酬の支払を制限すること
  • 30万円以上の支払は、投資ファンドVTFの事前の承諾を要すること

表明保証条項はなかった

判決は、各株式譲渡契約に表明保証条項はなく、ファンド側のHSM氏は明示的には創業者KZM氏に持株比率を確認しておらず、契約後に創業者KZM氏が第三者に株式を譲渡することも制限していなかったと認めています。この点は、被告側の主張の根拠の一つとされましたが、判決の結論は左右しませんでした(後述)。

投資ファンドの請求と当事者の主な主張

投資ファンドVTFの請求

投資ファンドVTFは、創業者KZM氏と監査役MRT氏が顧問会計士FJW氏と共謀のうえで創業者KZM氏の持株比率を偽装し、投資ファンドVTFを欺いて株式譲渡契約を締結させたなどと主張し、次の請求をしました。請求額は、いずれも株式譲渡代金相当額の6,000万円と、各訴状送達の日の翌日からの年3%の遅延損害金で、連帯しての支払を求めるものです。

  • 監査役MRT氏及び顧問会計士FJW氏に対し、共同不法行為に基づく損害賠償
  • 開発担当取締役NKG氏及び取締役ISD氏に対し、会社法429条1項(役員等が職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときの第三者に対する責任)に基づく損害賠償

監査役の不法行為をめぐる主張

投資ファンドVTFは、監査役MRT氏が、名義貸株式を考慮した創業者KZM氏の実際の持株比率が既に34%を下回り、新規株式公開までの追加の資金調達が困難な状態であることを認識しながら、持株比率が55.3%であるかのような株主名簿を示して欺き、追加の資金調達ができる状態であると誤信させて第1契約を締結させたと主張しました。第2契約及び第3契約についても、実際の持株比率を秘したまま締結させたと主張しています。

これに対し、被告らは、次のように主張しました。

  • 各株式譲渡契約は、対象会社RGMへの投資契約ではなく、投資ファンドVTFと創業者KZM氏個人との単純な株式譲渡契約であり、取引内容は両者の間で検討・確定されたもので、監査役MRT氏は事後報告を受けたにすぎない。
  • 投資ファンドVTFが、創業者KZM氏の持株比率が一定の割合を超えていることを前提としていた事実はない。そのことは、投資ファンドVTFが訴訟の中で前提とする持株比率の主張を変えていることからも明らかである。
  • 購入した株式の名義書換えを猶予していたこと自体は違法ではない。監査役MRT氏は、投資ファンドVTFが持株比率を前提としていたことを知らず、監査役MRT氏ら以外の名義貸株式は令和2年10月29日の取締役会で初めて知った。

取締役2名の任務懈怠をめぐる主張

投資ファンドVTFは、開発担当取締役NKG氏について、名義貸株式を以前から認識し、ファンド側が税務申告書の提出を求めたことも知っていたのであるから、名義貸株式を解消し、又は名義貸株式がファンド側に説明されているかを確認して説明させるよう監督すべきであったと主張しました。開発担当取締役NKG氏は、創業者KZM氏個人の株式売買は会社の業務執行ではなく監視義務の対象にならない、名義貸株式も知らなかったと反論しました。

取締役ISD氏については、創業者KZM氏の死後に一度に6件も行われた不自然な譲渡承認請求を、背景を確認せずに承認したこと、創業者KZM氏にファンド側に知られずに会社から資金を抜くことを指南したことが、任務懈怠に当たると主張しました。取締役ISD氏はこれを争いました。

損益相殺と過失相殺をめぐる主張

被告らは、仮に責任があるとしても、次のとおり主張しました。

  • 損益相殺:投資ファンドVTFは株式を取得しており、令和元年9月時点の株価は1株5,480円、対象会社RGMの事業価値は49億1,166万6,000円であった。さらに、投資ファンドVTFは貸付会社LNDに対象会社RGMへの貸付けと特許実施権等の譲渡担保の合意をさせ、意図的に弁済を怠らせて譲渡担保権を実行させることで事業を奪取した。したがって、49億1,166万6,000円の利益について損益相殺が認められるべきである。
  • 過失相殺:投資ファンドVTFは、ベンチャー投資を専門とする投資事業有限責任組合として当然取るべき、対象会社を含む三者間の投資契約、デュー・ディリジェンス、表明保証、代表取締役の株式譲渡を制限する取決め、資本政策表の確認等の措置を怠り、単純な株式譲渡のように漫然と取引をした。9割の過失相殺が認められるべきである。

投資ファンドVTFは、事業価値の金額は虚偽の事実や実行可能性のない計画に基づくもので根拠がなく、事業を奪取した事実もないと反論しました。

結論を左右した争点

判決は、争点を、監査役MRT氏による不法行為の有無、顧問会計士FJW氏との共謀の有無、取締役2名の任務懈怠の有無、損害の有無及び額、損益相殺の可否、過失相殺の可否の7つに整理しました。結論を左右したのは、次の点です。

  1. 株式の売主ではない監査役MRT氏が、名義書換えが留保されている事実をファンド側に告げる義務を負っていたか。告げなかったことが欺罔行為に当たるか。
  2. 名義書換えの留保を知っていたことだけで、顧問会計士FJW氏や取締役らに責任が生じるか。
  3. 取得した株式に価値があるとして、損害額から差し引くべきか。投資家の調査不足を理由に過失相殺すべきか。

裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み

ベンチャー企業への投資では、経営者の持株比率が重要な考慮要素になる

判決は、証拠及び弁論の全趣旨により、次の事実を認めました(以下は判決本文の要約です)。

  • 一般的に、ベンチャー企業の経営者の持株比率が低い場合、新規株式公開を目指して資金調達をしようとしても、公開後も安定して経営が行われるかが疑問視され、経営者が新規株式公開を目指す動機も低いとみなされるため、投資家が消極的になり、資金調達自体が困難となりかねないこと。
  • そのため、ベンチャー企業に出資等を行う者にとって、新規株式公開までの間は、経営者の持株比率が重要な考慮要素となること。
  • 特に、経営者の持株比率が3分の1を超える場合には、定款変更、組織再編行為等に必要な株主総会の特別決議(会社法309条2項)を単独で否決することが可能となるため、3分の1を超える株式を保有することが重大な意味を持つこと。
  • 対象会社RGMは、新規株式公開を実現するために、投資ファンドVTFから資金を調達した後も資金調達を続ける必要があり、令和元年7月に第三者割当増資を予定していたこと。
  • ファンド側のHSM氏も、同様の認識の下で、示された株主名簿のとおり創業者KZM氏の持株比率が55.3%であることを前提に、譲渡後も資金調達を続けることができ、新規株式公開を実現する可能性が十分にあると判断して第1契約を締結したこと。

実際の持株比率を知っていれば、契約を締結しなかった

判決は、第1契約による譲渡の後の実際の持株比率は30.5%と3分の1を下回ることを指摘し、上記の認識を持つ投資家がこれを知れば、投資に消極的になり、資金調達が困難な状態になると認めました。監査役MRT氏が作成した実質株主名簿を前提としても、譲渡後の持株比率は33.54%と僅かに3分の1を上回る程度であり、持株比率を更に押し下げる増資や株式譲渡による資金調達は困難であったとして、新規株式公開の実現可能性は相当程度低かったと判断しています。そのうえで、次のとおり判示しました(固有名詞等は本記事の表記に置き換えています)。

「以上に照らすと、〔HSM氏〕が、〔第1契約〕を締結するまでに、〔創業者KZM氏〕が〔監査役MRT氏〕及び〔顧問会計士FJW氏〕に対して〔対象会社RGM〕の株式を譲渡し、その名義書換えを留保している事実を認識したと仮定すれば、〔投資ファンドVTF〕は〔第1契約〕を締結しなかったものと認めるのが相当である。」

信義則上の告知義務と、不作為による欺罔

判決は、監査役MRT氏について、次の4点を認めました(判決本文の要約です)。

  1. 投資をしようとする者が、経営者である創業者KZM氏の持株比率を重視することが多く、特に3分の1を超えていることが重要であるとされていることを十分に理解していたこと。
  2. 創業者KZM氏が、同じ理解の下で、監査役MRT氏らに株式を譲渡しながら、投資を得やすくするために、あえて名義書換えを留保していたことを認識し、実質株主名簿を作成してその内容を十分認識していたこと。
  3. これらの事情の下では、株式譲渡の記載のない株主名簿を示して投資を依頼するに当たり、株式譲渡がされ、名義書換えが留保されている旨を告げる信義則上の義務を負っていたこと。
  4. その義務に違反して、告げないまま投資を依頼したこと。

そして、判決は次のとおり結論付けました(固有名詞等は本記事の表記に置き換えています)。

「このような〔監査役MRT氏〕の行為は、〔投資ファンドVTF〕に対する不作為による故意の欺罔行為に当たるというべきである。」

判決は、この欺罔行為によって投資ファンドVTFが誤信し、その結果として第1契約を締結して代金3,000万円を支払ったと認め、不法行為の成立を認めました。

各主張を採用し又は排斥した理由

第2契約と第3契約―先行する欺罔そのものを告げる義務

判決は、第2契約と第3契約についても、契約時点の実際の持株比率(第2契約の時点で28.91%、第3契約の時点で26.07%)や、実質株主名簿を前提とした譲渡後の持株比率がいずれも3分の1を下回ることから、新規株式公開の実現可能性は相当程度低かったとしました。

これに加えて判決が重視したのは、投資ファンドVTFが第1契約より前に創業者KZM氏や監査役MRT氏と取引をしたことがなかったという事情です。判決は、第1契約の際の欺罔行為について、次のとおり述べています(固有名詞等は本記事の表記に置き換えています)。

「〔監査役MRT氏〕が同締結に際して〔投資ファンドVTF〕に対する不作為による欺罔行為をしたことは、〔第2契約〕の締結の前提となる〔投資ファンドVTF〕と〔創業者KZM氏〕又は〔監査役MRT氏〕との間の信頼関係を著しく毀損するものであると認められる。」

判決は、監査役MRT氏が、第1契約の後に創業者KZM氏が名義貸株式を反映しない株主名簿をファンド側に送ったメールの写しの宛先に入っていたことから、ファンド側がその名簿を前提にしていることを認識していたと認めました。そのうえで、更なる投資を依頼するに当たり、名義書換えの留保の事実だけでなく、第1契約の際にその事実を故意に告げなかったことも告げる信義則上の義務を負っていたとし、これを告げずに第2契約を締結させたことを、不作為による故意の欺罔行為と判断しました。第3契約についても、監査役MRT氏自身が名義貸株式を反映しない株主名簿を送付したことを踏まえ、同様に判断しています。

単純な株式譲渡で、監査役は事後報告を受けただけであるとの主張

判決は、監査役MRT氏が、第1契約の前に単独でファンド側のHSM氏と面談し、資金調達の方法として創業者KZM氏の株式を放出させるので投資を考えてほしいと説得していたこと、ファンドからの1,000万円の調達は自分が必ず決めるとメールしていたこと、第2契約及び第3契約でも追加投資を依頼していたことを指摘しました。

さらに、監査役MRT氏が各契約に関して合計300万円のコンサルタント料の支払を求め、少なくとも200万円を受領していたことも重視しています。判決は、第3契約のコンサルタント料について、対象会社RGMにある程度まとまった資金が入った時に支払うよう求めていたことから、対象会社RGMと無関係に創業者KZM氏個人に請求したものでないことは明らかであるとしました。こうして、監査役MRT氏が報酬を受領して締結交渉に積極的に関与し、資金調達の方法として株式譲渡を提案していた以上、事後報告を受けたにすぎないとは認められないと判断しました。契約の当事者が形式上は投資ファンドVTFと創業者KZM氏であることも、この判断を左右しないとしています。

ファンドは持株比率を前提としていなかったとの主張

判決は、新規株式公開を目指すベンチャー企業に出資を検討する投資家が、経営者の持株比率が3分の1を超えていることを重視していると認められること、面談での発言からすれば監査役MRT氏もこれを十分に認識していたことを指摘しました。面談での発言は創業者KZM氏から聞いた説明を伝えただけである、感情的になって真意と異なることを述べたという監査役MRT氏の供述は、発言の内容に照らして採用されませんでした。

表明保証条項がなく、HSM氏が明示的に持株比率を確認していない点については、示された株主名簿等の資料を信用していたからにすぎないというHSM氏の証言が不自然、不合理とまではいえないとされました。訴訟の途中で前提とする持株比率の主張(35%か、34%超か)に変遷があった点についても、3分の1を超えていることを重視していたこと自体は当初から一貫して主張していたとして、判断を左右しないとしています。

名義書換えの猶予は違法ではないとの主張

判決は、名義書換えの猶予それ自体の適法性と、告知義務の問題を区別しました(固有名詞等は本記事の表記に置き換えています)。

「〔監査役MRT氏〕及び〔顧問会計士FJW氏〕が〔創業者KZM氏〕から購入した株式についてその名義書換えを猶予していたことが違法な行為でないことは、そのことを告知する信義則上の義務の発生等に影響を及ぼすものではない。」

また、仮に監査役MRT氏が、自分たちが購入した株式以外の名義貸株式を各契約の時点で認識していなかったとしても、自ら購入した株式の名義書換えの留保についての事実だけで欺罔行為が認められるとして、被告らの主張を退けました。

顧問会計士の共謀―認められなかった

判決は、顧問会計士FJW氏が、名義貸株式を保有し、監査役MRT氏から実質株主名簿を受け取り、各契約の経過報告を受けていたこと、面談で名義貸株式を認識していた旨の発言をしたことを認めました。

しかし、顧問会計士FJW氏は新規株式公開に関するコンサルタントとして専ら内部体制の構築に携わり、資金調達は監査役MRT氏が担当していたこと、締結交渉は監査役MRT氏と創業者KZM氏が行い、顧問会計士FJW氏はファンド側と直接のやり取りをしていないこと、経過報告とその返答の中に創業者KZM氏の持株比率に言及するものは見当たらないことが認められました。判決は、次のようにも述べています。

「株式の譲受人が譲り受けた株式の名義書換えを留保すること自体は、当該会社の他の株式の買主との関係で、直ちに違法なものになるとは認められない。」

こうして、顧問会計士FJW氏が監査役MRT氏の不法行為について共謀し黙認していたとは認められないとされました。

開発担当取締役の任務懈怠―認められなかった

判決は、開発担当取締役NKG氏が、面談で名義貸株式を「知ってました」と答えており、契約に先立って名義貸株式の存在をある程度認識していたことがうかがわれること、ファンド側が税務申告書の提示を求めたことをメールで認識していたことを認めました。そのうえで、名義貸株式を解消すべき義務については、次のとおり判断しました(固有名詞は本記事の表記に置き換えています)。

「譲渡がされたものの、名義書換えが未了である株式が存在するからといって、そのことが直ちに違法であるとまではいえないし、株式譲受人からの名義書換請求がされていない段階において、〔対象会社RGM〕の方からこれを解消する手段も見当たらない。」

また、開発担当取締役NKG氏は専ら再生医療事業の開発に携わり、締結交渉でファンド側と直接やり取りをしておらず、受け取ったメールやその返答にも持株比率への言及が見当たらないことから、名義貸株式をファンド側に説明しているかを確認すべき監督義務を負っていたとは認められないとしました。結論として、少なくとも悪意又は重大な過失による任務懈怠は認められないと判断しています。

取締役ISD氏の任務懈怠―認められなかった

譲渡承認請求の承認については、判決は、各請求について株式名義書換請求書が存在し、前提となる株式譲渡契約についても1件を除き契約書が存在し、創業者KZM氏がその1件を含めて各契約の存在を自認していたことから、承認に賛成したことに任務懈怠があったとは認めませんでした。

さらに判決は、会社が譲渡承認をしない場合には、会社又は会社の指定する者が株式を買い取ることになる(会社法140条)ため、いずれにしても創業者KZM氏が名義を失い持株比率が低下することに変わりはないと指摘しました。そのため、持株比率の低下によって株式の評価額が下落したと仮定しても、取締役会決議がその原因とはいえず、取締役会決議によって投資ファンドVTFに損害が発生したとは認められないとしています。

取締役ISD氏が第3契約の日に創業者KZM氏に送った、社長経費の範囲で適切な勘定項目を作ってもらい少しずつ「抜いていく」のはだめかという趣旨のメールについては、判決は、表現は措辞不適切といえるとしつつ、覚書の合意の範囲内で、社長経費として許される範囲内で税務上適切な勘定項目で支出させることを示唆したにすぎず、背任行為や覚書に反する行為を教唆するものとまでは認められないとしました。

損害額―代金全額の6,000万円

判決は、投資ファンドVTFが監査役MRT氏の各不法行為によって各契約を締結し、代金合計6,000万円を支払ったのであるから、同額の損害を被ったと認めました。

損益相殺―株価算定書を採用せず、株式に積極的な価値は認められない

被告側が根拠とした株価算定書について、判決は、ディスカウンテッド・キャッシュフロー法(将来のフリー・キャッシュフローを基に価値を算出する方法)が採用され、そのフリー・キャッシュフローが専ら対象会社RGMの提出した事業計画に基づいて算定されていることを指摘しました。そして、対象会社RGMは創業以来毎期数千万円単位の営業損失しか計上できず、売上高は平成30年7月期が1,323万円、令和元年7月期が10万円であったのに、事業計画では令和2年7月期の売上高が11億3,050万円と急増するとされていたこと、令和2年7月時点でもそのような売上高等は実現しておらず、依然として資金繰りに窮していたことを認めました。そのため、株価算定書は具体的な根拠を欠く事業計画に基づくものであり、その算定結果を基に株価を算定することはできないとしました。

平成30年に1株5,000円で行われた新株発行についても、払込金額がどのような事情を考慮して決まったか不明であり、これだけで株式が積極的な価値を持っていたと推認することはできないとしています。かえって、対象会社RGMの純資産額は、平成29年7月期がマイナス1,114万4,000円、平成30年7月期がマイナス5,373万9,000円、令和元年7月期がマイナス1億741万5,000円で、第1契約の時点で既に大幅な債務超過であったこと、創業者KZM氏の急死で経営体制に混乱が生じ、譲渡担保権の実行により事業のための特許実施権を失い、事業の継続が困難になったことが認められました。判決は、投資ファンドVTFが取得した株式が、口頭弁論終結の時点で何らかの積極的な価値を持っていたとは認められないと判断しました。

貸付けと譲渡担保権の実行によって投資ファンドVTFが利益を得たという主張についても、判決は、損益相殺の考え方を次のように示しました。

「損益相殺は、被害者が、当該不法行為と同一の原因によって利益を受けた場合には、損害と利益との間に同質性がある限り、公平の見地から、その利益の額を損害の額から控除するものと解される。」

そのうえで、貸付けから譲渡担保権の実行までの経過は、各株式譲渡契約の締結から社会通念上必然的に生ずるものではないから、仮に投資ファンドVTFが何らかの利益を受ける立場にあったとしても、それは不法行為とは異なる原因によるものであり、損害との同質性も認められないとして、損益相殺を否定しました。

過失相殺―故意の不法行為には行わない

投資ファンドVTFがデュー・ディリジェンスや表明保証等の措置を怠ったとして9割の過失相殺を求めた主張について、判決は、次のとおり簡潔に退けました(固有名詞等は本記事の表記に置き換えています)。

「〔監査役MRT氏〕が本件各株式譲渡の締結につき〔投資ファンドVTF〕に対して故意の不法行為に及んだものと認められることは、前記2(1)から(3)までの各ウのとおりであるから、これらについて、〔投資ファンドVTF〕との関係で過失相殺を行うことは相当ではない。」

主文及び結論

判決の主文は、次のとおりです(当事者の表記は本記事の表記に置き換えています)。

「1 〔監査役MRT氏〕は、〔投資ファンドVTF〕に対し、6000万円及びこれに対する令和4年7月14日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
2 〔投資ファンドVTF〕の〔顧問会計士FJW氏〕、〔開発担当取締役NKG氏〕及び〔取締役ISD氏〕に対する請求をいずれも棄却する。」

訴訟費用は、投資ファンドVTFに生じた費用の4分の3と、顧問会計士FJW氏、開発担当取締役NKG氏及び取締役ISD氏に生じた費用を投資ファンドVTFの負担とし、投資ファンドVTFに生じたその余の費用と監査役MRT氏に生じた費用を監査役MRT氏の負担とされました。第1項に限り、仮に執行することができるとされています。

遅延損害金の起算日である令和4年7月14日は、判決本文によれば、不法行為の日の後であり、監査役MRT氏への訴状送達の日の翌日です。投資ファンドVTFは、請求の段階から訴状送達の日の翌日以降の遅延損害金を求めていました。

判断の射程―参考となる点と一般化できない点

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。裁判所が示した判断そのものとは区別してお読みください。

参考となる点

  • 株式の売主でなくても、勧誘に関与した者が責任を負うことがあること。本判決で責任を負ったのは、株式の売主である創業者ではなく、投資を持ち掛けた監査役でした。判決は、監査役が単独で面談して投資を依頼し、資金調達を「必ず決めます」と述べ、売主からコンサルタント料を受領していたことなどから、交渉に積極的に関与していたと認め、信義則上の告知義務を肯定しました。株式譲渡の場面で、売主側の役員や助言者が買主に資料を示して取引を勧める場合、その者自身が不法行為責任を問われ得ることを示す一例です。
  • 積極的に虚偽を述べなかったというだけでは足りない場合があること。監査役は、株主名簿の数字を書き換えたわけではなく、名義書換えが留保されている事実を告げなかっただけです。それでも判決は、投資家が経営者の持株比率を重視することを理解し、実際の比率を把握していた者が、それを反映しない株主名簿を示して投資を依頼したことを、不作為による故意の欺罔行為と評価しました。
  • 表明保証条項がない株式譲渡でも、不法行為で代金全額の回復が認められ得ること。本件の各契約には表明保証条項がなく、買主は持株比率を明示的に確認してもいませんでした。それでも、示された株主名簿を信用したことが不自然、不合理とまではいえないとされ、代金全額が損害と認められました。もっとも、これは故意の欺罔が認定された事案であり、表明保証条項があれば、相手方の故意を立証しなくても契約上の責任を問える余地があります。買主としては、本判決があるからといって表明保証やデュー・ディリジェンスを省いてよいことにはなりません。
  • 故意の不法行為では、被害者の調査不足を理由とする過失相殺がされなかったこと。被告側は、投資の専門家であるファンドが三者間の投資契約やデュー・ディリジェンスを怠ったとして9割の過失相殺を求めましたが、判決は、故意の不法行為であることを理由に過失相殺を行いませんでした。
  • 根拠を欠く事業計画に基づく株価算定は、損益相殺の根拠にならないこと。判決は、ディスカウンテッド・キャッシュフロー法による算定書について、基礎となった事業計画の売上高が実績とかけ離れていたことを具体的に検討し、採用しませんでした。過去の新株発行の払込金額だけでは株式の価値を推認できないとした点も、ベンチャー企業の株式の評価が争われる場面で参考になります。
  • 一度欺いた後の追加取引では、先行する欺罔そのものを告げる義務が問題になること。判決は、第2契約以降について、名義書換えの留保の事実に加えて、第1契約の際にそれを故意に告げなかったことも告げる義務があったとしました。取引が複数回に及ぶ場合、最初の取引での説明の誤りが、その後の取引の責任にも及び得ることを示しています。
  • 名義書換えの留保を知っていただけの役員等は、責任を否定されたこと。顧問会計士と開発担当取締役は名義貸株式を認識していましたが、交渉に関与せず、ファンド側と直接やり取りをしていなかったことなどから、共謀や任務懈怠は認められませんでした。名義書換えの留保自体は直ちに違法ではないとの判断も示されています。

一般化できない点

  • 本判決は、監査役自身が実質株主名簿を作成していたこと、面談で持株比率の偽装を認める趣旨の発言をしていたこと、コンサルタント料を受領していたことなど、本件に特有の具体的な事実に基づく判断です。売主側の役員であれば当然に告知義務を負うという一般論を示したものではありません。
  • 経営者の持株比率、とりわけ3分の1という水準の重要性は、新規株式公開を目指し、追加の資金調達を予定していたベンチャー企業への投資という本件の事情の下で、証拠に基づいて認められたものです。上場を予定しない会社の株式譲渡や、経営権の取得を目的とする株式譲渡に、そのまま当てはまるとは限りません。
  • 株式の売主である創業者は既に死亡しており、本件の被告ではありません。判決は、売主自身の責任や、株式譲渡契約の取消しや無効が認められるかについては判断していません。
  • 各契約には、投資ファンドVTFが代金と同額で創業者に株式を売り戻すことができる条項がありましたが、判決は、この条項が行使されたかどうかや、損害額との関係について判断を示していません。
  • 顧問会計士と取締役2名の責任は、交渉への関与の程度や担当業務などの事実関係から否定されたものです。名義書換えの留保を知る役員等が常に責任を負わないとまで一般化することはできません。
  • 上訴の有無及び確定は確認できていません。

取引の際に確認しておきたいこと

本判決を踏まえると、ベンチャー企業の株式を経営者等から譲り受ける場合には、株主名簿の写しを受け取るだけでなく、名義書換えが未了の株式譲渡や株式の担保差入れがないこと、経営者の持株比率を表明保証の対象とすること、契約後に経営者が株式を譲渡し又は担保に供することを制限することなどを、契約で手当てしておくことが考えられます。被告側が過失相殺の根拠として挙げた、対象会社を含む三者間の投資契約や資本政策表の確認も、紛争を防ぐうえでは有用です。これらは本判決を踏まえた当事務所の着眼点であり、本判決が特定の契約条項の必要性を判断したものではありません。

よくあるご質問

株式の売主ではない会社の役員に、損害賠償を請求できますか。

事情によっては可能です。本判決では、株式の売主ではない監査役が、投資を持ち掛け、資料を示し、売主からコンサルタント料を受け取るなどして交渉に積極的に関与していたことから、名義書換えが留保されている事実を告げる信義則上の義務を負っていたとされ、代金全額の賠償責任が認められました。一方、交渉に関与していなかった顧問会計士や取締役の責任は否定されています。

株式譲渡契約に表明保証条項がない場合でも、買主は救済を受けられますか。

本判決では、表明保証条項がなく、買主が持株比率を明示的に確認していなかったにもかかわらず、示された株主名簿を信用したことは不自然、不合理とまではいえないとされ、不法行為に基づく損害賠償が認められました。ただし、相手方の故意の欺罔が認定された事案であり、立証の負担は契約上の表明保証違反を主張する場合より重くなるのが通常です。

株式を取得している以上、その株式の価値は損害額から差し引かれるのではありませんか。

本判決では、被告側が株価算定書に基づいて株式に高い価値があると主張しましたが、判決は、算定書が根拠を欠く事業計画に基づくものであり、会社は大幅な債務超過で事業の継続も困難になったとして、株式に積極的な価値があったとは認めませんでした。その結果、代金全額の6,000万円が損害と認められています。株式に実際に価値が残っている場合には、別の判断になる可能性があります。

買主の側にも調査不足があった場合、賠償額は減額されますか。

本判決では、被告側がデュー・ディリジェンスや表明保証等を怠ったとして9割の過失相殺を求めましたが、判決は、故意の不法行為であることを理由に過失相殺を行いませんでした。過失による不法行為や契約責任が問題となる場面では、買主側の事情が考慮される余地があります。

名義書換えをしていない株式があることを知っていた取締役は、責任を負いますか。

本判決では、名義書換えが未了の株式があること自体は直ちに違法とはいえず、名義書換請求がされていない段階で会社の側から解消する手段もないとして、名義貸株式を知っていた取締役の責任は否定されました。取締役が交渉に関与せず、投資家と直接やり取りをしていなかったことも理由とされています。

関連する記事と御相談のご案内

株式を買い受けた後に、売主側から示された株主名簿や説明と異なる事実が判明した場合は、契約書に表明保証条項があるか、誰がどの資料を示して取引を勧めたか、売主側が事実を認識していたことを示すメール等の記録があるかを整理し、契約上の責任と不法行為責任の両面から検討します。表明保証違反に関する当事務所の対応は表明保証違反の御相談のページで、契約の解消を検討する場合の考え方は株式譲渡契約を解消する場合の要件と効果で解説しています。

M&A紛争に関する御相談
弁護士法人M&A総合法律事務所
03-6435-8418
受付時間 8:00~21:00(土日祝含む)

資料がすべてそろっていない段階でも御相談いただけます。御相談は事前予約制です。秘密は厳守します。

具体的な御相談をお考えの皆様へ

株式譲渡の後に、売主側の説明や示された資料と異なる事実が判明した場合の当事務所の取扱内容及び対応の進め方は、次のご案内をご覧ください。

M&Aの表明保証違反に関する御相談

執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件に関与し、平成23年には最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得ております。現在は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士を務めております。

主として取り扱う分野 M&A、株式買取請求権、非上場株式の価格の決定、企業価値評価、事業承継及び企業法務

所在地 〒105-6017 東京都港区虎ノ門4丁目3番1号 森トラスト城山トラストタワー17階/電話番号 03-6435-8418/受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)

本記事の記載は一般的な法律情報であり、個別の事案に関する法律上の助言ではありません。記載した経歴は事実の記述であり、個別の事件の結果を保証するものではありません。