売主と買主の双方から報酬を受ける形態と情報提供の不足

会社を譲渡した後になって、仲介会社が買主からも報酬を受けていたことを知りました。契約書を読み返しますと、その旨の記載はあったものの、当時は意識しておりませんでした。交渉の過程を振り返りますと、価格についても条件についても、買主側の意向に沿った提案ばかりを受けていたように思われます。双方から報酬を受けること自体に問題はないのかを知りたいというご相談をいただくことがあります。

結論から申し上げます。M&A仲介会社が売主と買主の双方から報酬を受ける形態それ自体が、直ちに違法となるものではありません。この形態は、中小企業のM&Aにおいて広く用いられており、相手方を効率的に探索するという実務上の役割を果たしています。もっとも、双方の間に立つ以上、いずれの側に対しても必要な情報を提供する必要があり、これを欠いた場合には善管注意義務の違反が問題となり得ます。本記事では、この形態の構造と、問題となり得る場面を整理いたします。

なお、当事務所は、M&A仲介会社からのご紹介によるご依頼もお受けしており、仲介会社との間で良好な関係を築いております。本記事は、この形態を否定する趣旨のものではありません。

第1節 双方から報酬を受ける形態の構造

 なぜこの形態が用いられるのか

中小企業のM&Aにおいては、売主と買主の双方が同一の仲介会社と契約する形態が広く用いられています。その理由としては、次の点が挙げられます。

第一に、取引の規模が小さい場合、売主側と買主側とがそれぞれ専門家を起用すると、費用の負担が過大となることです。第二に、双方の意向を把握している者が調整を行う方が、交渉が円滑に進むことです。第三に、仲介会社が保有する買主候補の情報を効率的に活用できることです。

 助言の形態との違い

表1 仲介の形態と助言の形態の比較

項目 仲介の形態 一方の当事者に対する助言の形態
契約の相手方 売主と買主の双方 いずれか一方
立場 双方の間に立って取引の成立を図ります 依頼者の利益のために行動いたします
価格に関する立場 双方の間の調整を行います 依頼者に有利な条件を求めます
報酬 双方から受けるのが通例です 依頼者から受けます
費用 一方当たりの負担は相対的に小さくなります 一方当たりの負担は大きくなります
中小企業における利用 多く用いられています 一定の規模以上の取引で用いられます

いずれの形態にも合理性があり、取引の規模及び性質に応じて選択されるものです。重要であるのは、当事者が自らの契約がいずれの形態であるかを理解した上で手続を進めることです。

 構造上の特徴

双方から報酬を受ける形態においては、次の特徴があります。

第一に、仲介会社は取引が成立した場合に双方から報酬を得ますので、取引を成立させることに利益を有します。第二に、価格については、売主は高い方を、買主は低い方を望みますので、双方の意向が対立いたします。第三に、仲介会社は双方の情報を保有することになります。

これらの特徴は、この形態に内在するものです。したがって、当事者としては、この構造を理解した上で、自らの判断に必要な情報を確保することが重要となります。

 法令上の位置付け

M&Aの仲介について、双方から報酬を受けることを直接に規制する法令は設けられていません。不動産取引における宅地建物取引業のような業法上の規制も、M&Aの仲介については設けられていません。

中小企業のM&Aに関しては、国が策定した指針が公表されており、この形態における情報提供のあり方について一定の考え方が示されています。もっとも、これは法令ではなく行政上の指針であり、直ちに私法上の義務を基礎付けるものではありません。

第2節 問題となり得る場面

 情報提供が不足した場合

仲介会社は、準委任の受任者として、善良な管理者の注意をもって業務を処理する義務を負い(民法第644条、第656条)、また報告義務を負います(民法第645条)。双方の間に立つ以上、いずれの側に対しても、判断に必要な情報を提供する必要があります。

問題となり得る場面としては、次のものが挙げられます。

表2 情報提供が問題となり得る場面

場面 内容
相手方の状況 相手方の財務状況、係争、信用に関する重要な情報が伝えられなかった
他の候補者 他に有利な条件を提示していた候補者の存在が伝えられなかった
価格の水準 価格の算定の根拠が示されないまま合意に至った
条件の意味 契約条項の意味及び当事者に与える影響が説明されなかった
手続の選択 取引の手法の選択について選択肢が示されなかった
報酬の構造 双方から報酬を受けることが十分に説明されなかった
専門家の関与 弁護士等の関与の必要性が示されなかった

 秘密保持義務との関係

仲介会社は、一方の当事者に対して秘密保持義務を負っている場合があります。したがって、一方から得た情報を他方に開示することが常に義務となるものではありません。

問題は、いずれの情報が秘密保持の対象であり、いずれの情報が取引の判断に必要なものとして提供されるべきであったかという点にあります。この線引きは容易ではなく、事案ごとの判断となります。

契約の締結の段階において、相手方に関する情報の提供の範囲を明確にしておくことが、後の紛争の予防につながります。

 双方から報酬を受けることの説明

媒介契約書には、双方から報酬を受ける旨が記載されているのが通例です。もっとも、記載があることと、当事者がその意味を理解していたこととは別の事柄です。

この形態においては、仲介会社が一方の当事者の代理人として交渉するものではないという点を、当事者が理解している必要があります。売主が「仲介会社は自分の側に立って交渉してくれる」と理解していた場合、後に認識の相違が生ずることになります。

 取引の成立に対する利益との関係

仲介会社は取引が成立した場合に報酬を得ますので、取引を成立させることに利益を有します。この点は、業務の性質に由来するものであり、それ自体が問題となるものではありません。

問題となり得るのは、取引を成立させるために、当事者に対して必要な情報を提供しなかった場合、又は事実と異なる説明を行った場合です。

第3節 当事者が採り得る対応

 契約の締結の段階における対応

表3 契約の締結の段階で確認する事項

確認事項 内容
契約の形態 仲介か、一方の当事者に対する助言か
報酬の相手方 双方から報酬を受けるか、その旨の記載の位置
報酬の額 相手方が支払う報酬の額を知ることができるか
業務の範囲 行う業務と行わない業務の特定
情報の提供 相手方に関する情報の提供の範囲
報告 報告の頻度と内容
専門家の関与 弁護士、税理士、公認会計士の関与の要否

 取引の過程における対応

仲介会社が双方の間に立つ形態においては、当事者が自らの判断に必要な情報を能動的に求めることが重要となります。

具体的には、価格の算定の根拠、相手方の状況に関する情報、契約条項の意味と自らに与える影響について、書面により説明を求める方法があります。書面による質問と回答は、後に事実関係が争われた場合の資料ともなります。

 専門家の関与

契約書の作成及び検討は法律事務に当たり得ますので、仲介会社の業務の範囲外とされているのが通例です。したがって、契約書の検討については、別途、弁護士に依頼することが考えられます。

専任専属の媒介契約が締結されている場合であっても、弁護士に対して契約書の検討を依頼することは、仲介業務とは性質を異にいたします。もっとも、契約書の文言が広範に過ぎる場合には、専門家への相談が除外されることを明確にしておくことが望まれます。

税務上の取扱いについては税理士に、財務の分析については公認会計士に、それぞれ確認することが考えられます。

 記録を残すこと

やり取りを記録として残しておくことが重要です。口頭での説明については、その内容を電子メールにより確認する方法があります。

第4節 責任を追及する場合

 枠組み

情報提供が不足したことを理由として責任を追及する場合、次の事項を示す必要があります。

表4 立証すべき事項

事項 内容
義務の内容 当該情報を提供すべき義務があったこと
仲介会社の認識 仲介会社が当該情報を認識していたこと
情報の重要性 当該情報が判断に影響する重要なものであったこと
秘密保持との関係 秘密保持義務により提供が制約されなかったこと
違反の事実 提供されなかったこと
損害の発生 現に損害が生じたこと
因果関係 情報が提供されていれば異なる判断をしていたこと

このうち、因果関係の立証が最も困難です。「当該情報を知っていれば、この条件では取引をしていなかった」ということを示す必要があります。

 請求の根拠

債務不履行に基づく損害賠償(民法第415条第1項)、不法行為に基づく損害賠償(民法第709条)、使用者責任(民法第715条)が考えられます。消滅時効の期間及び起算点が異なりますので(民法第166条第1項、第724条)、いずれの構成によるかを検討いたします。

 資料の確保

取引の経過に関する記録が資料となります。電子メール、面談の記録、仲介会社から交付された資料、報告の書面が対象となります。取引の終了後は資料が散逸しやすくなりますので、問題を認識した時点で整理して保存することが必要です。

第5節 弁護士に相談する意味

この形態に関して弁護士が行う業務は、局面によって異なります。

契約の締結の段階においては、媒介契約書の内容を確認し、契約の形態、報酬の構造、情報の提供の範囲を明確にすることです。取引の過程においては、契約書の検討を行い、当事者が判断するために必要な情報を整理することです。取引の終了後においては、取引の経過を整理し、義務の内容と違反の有無を検討することです。

この形態においては、仲介会社が一方の当事者の代理人として交渉するものではないという構造があります。したがって、契約書の検討及び法的な判断については、別途、当事者の側で専門家を確保することに意味があります。これは仲介会社の役割を否定するものではなく、役割を分担するという趣旨です。

具体的な進め方は、契約の内容、取引の経過、資料の状況等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。

よくあるご質問

質問1 双方から報酬を受けることは違法ではないのですか。

直ちに違法となるものではありません。M&Aの仲介について、双方から報酬を受けることを直接に規制する法令は設けられていません。問題となり得るのは、いずれの側に対しても必要な情報が提供されなかった場合です。

質問2 仲介会社は自分の味方ではないのですか。

仲介の形態においては、仲介会社は双方の間に立って取引の成立を図る立場にあり、一方の当事者の代理人として交渉するものではありません。この点を理解した上で、必要な情報を能動的に求めることが重要です。

質問3 相手方がいくら報酬を支払っているのかを知ることはできますか。

契約に定めがない限り、当然に知ることができるものではありません。契約の締結の段階において、この点を確認しておくことが考えられます。

質問4 仲介会社に契約書の検討を頼んでもよいですか。

契約書の作成及び検討は法律事務に当たり得ますので、仲介会社の業務の範囲外とされているのが通例です。契約書の検討については、弁護士に依頼することになります。

質問5 既に取引が終わっています。今から責任を追及できますか。

事実関係と消滅時効の状況によります。まず、媒介契約書と取引の経過を確認し、義務の内容と違反の有無を検討いたします。資料が散逸する前に整理しておくことをお勧めいたします。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、M&A仲介会社との関係に関するご相談を、売主側及び買主側の双方からお受けしております。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • 受付時間 8時00分から21時00分まで
  • 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
  • ご相談は事前予約制です

ご相談の際に、媒介契約書、交付された資料、仲介会社とのやり取りの記録、株式譲渡契約書、報酬に関する書面をご用意いただけますと、検討が早く進みます。

結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。

本記事の根拠条文

民法 第166条第1項(債権の消滅時効)、第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第416条(損害賠償の範囲)、第643条(委任)、第644条(受任者の注意義務)、第645条(報告義務)、第648条(報酬)、第651条(委任の解除)、第656条(準委任)、第709条(不法行為)、第715条(使用者等の責任)、第724条(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)

弁護士法 第72条(非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止)

その他 中小企業のM&Aに関する国の指針は、法令ではなく行政上の指針です。

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