買主の運営により目標の達成が妨げられた場合の主張

株式の譲渡後2年間の営業利益を基準とするアーンアウト条項を設けました。ところが、譲渡の直後から、対象会社の主力商品の販売が買主のグループ会社に移され、対象会社は当該グループ会社に対して製造のみを行う立場となりました。その結果、対象会社の売上は大きく減少し、目標には遠く及ばない数値となっております。買主からは「業績が伸びなかったのだから追加代金は発生しない」と言われております。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。買主の行為により目標の達成が妨げられた場合、条件の成就の妨害に関する民法の規定による構成と、契約上の運営に関する義務の違反による構成という、2つの主張の道筋があります。いずれによるかは、契約に運営に関する義務の定めが置かれているかによって決まります。定めがある場合には後者の方が立証の負担が軽いことが多く、定めがない場合には前者によることになります。本記事では、この2つの構成を整理いたします。
第1節 2つの構成
表1 2つの構成の比較
| 項目 | 条件の成就の妨害による構成 | 契約上の義務の違反による構成 |
|---|---|---|
| 根拠 | 民法第130条第1項 | 民法第415条第1項及び契約の定め |
| 前提 | 追加代金の支払が条件に係らしめられていること | 契約に運営に関する義務の定めがあること |
| 主観的要件 | 「故意に」妨げたこと | 義務の違反があれば足ります |
| 効果 | 条件が成就したものとみなすことができます | 損害賠償の請求ができます |
| 請求する金額 | 追加代金の額 | 損害の額(追加代金相当額を主張いたします) |
| 立証の負担 | 妨害の故意の立証を要します | 義務の内容及び違反の事実の立証を要します |
条件の成就の妨害による構成
条件が成就することによって不利益を受ける当事者が故意にその条件の成就を妨げたときは、相手方は、その条件が成就したものとみなすことができるとされています(民法第130条第1項)。
アーンアウト条項において、追加代金の支払は、業績が所定の水準に達するという条件に係らしめられています。買主は、条件が成就すれば追加代金を支払うことになりますので、条件の成就によって不利益を受ける当事者に当たります。
この構成による場合、条件が成就したものとみなされる結果、売主は追加代金そのものを請求することができます。
契約上の義務の違反による構成
株式譲渡契約において、次のような義務が定められていることがあります。
「買主は、本件対象期間中、対象会社の事業を従前と実質的に同様の方法により、通常の業務の範囲内において誠実に運営するものとし、本条に定める追加代金の発生を妨げることを目的として対象会社の事業の内容、組織又は取引条件を変更してはならない。」
このような定めがある場合、買主の行為が当該義務に違反するときは、債務不履行として損害の賠償を請求することができます(民法第415条第1項)。賠償の範囲は、通常生ずべき損害及び当事者が予見すべきであった特別の事情による損害です(民法第416条)。
この構成による場合、「故意に妨げた」ことの立証は不要であり、義務の内容とその違反を立証すれば足ります。他方、損害の額の立証が必要となります。
第2節 条件の成就の妨害に関する要件
「故意に」の意味
民法第130条第1項は「故意にその条件の成就を妨げた」ことを要件としています。したがって、単に結果として業績が伸びなかったというだけでは足りません。
問題となるのは、買主の行為が経営判断として合理的なものであった場合です。買主は対象会社の所有者として、事業の方針を決定する権限を有しています。事業の再編、取引条件の見直し、費用の配分の変更といった行為は、通常の経営判断の範囲内である限り、条件の成就を妨げる目的で行われたものとは評価されないのが通例です。
したがって、この構成による場合には、買主の行為が通常の経営判断の範囲を超えるものであったこと、又は追加代金の発生を回避する目的で行われたものであることを示す必要があります。
妨害の態様
表2 妨害が問題となり得る行為の類型
| 類型 | 行為の例 | 検討する点 |
|---|---|---|
| 売上の移転 | 対象会社の顧客をグループ会社に移した | 移転の必要性、対価の有無、時期 |
| 事業の移管 | 主力事業を他のグループ会社へ移管した | 移管の理由、対価の相当性 |
| 取引条件の変更 | グループ会社との取引価格を対象会社に不利に変更した | 市場の価格との比較、変更の理由 |
| 費用の付替え | 本社費用、管理費用を新たに配賦した | 配賦の根拠、算定方法の合理性 |
| 費用の前倒し | 対象期間の末に多額の費用を計上した | 計上時期の相当性、会計基準との整合 |
| 会計方針の変更 | 引当金の計上基準を変更した | 変更の理由、継続性の原則との関係 |
| 人員の異動 | 主要な営業担当者を他社へ異動させた | 異動の必要性、対象会社への影響 |
| 投資の抑制 | 必要な設備投資を行わなかった | 投資の必要性、抑制の理由 |
| 営業活動の制限 | 新規の受注を制限した | 制限の理由、経営判断としての合理性 |
これらの行為が単独で行われた場合と、対象期間中に集中して行われた場合とでは、評価が異なり得ます。行為の時期が対象期間の終期に近いほど、その目的が問題とされやすくなります。
立証のための事実
「故意に」の立証は、直接の証拠によることは通常困難です。したがって、次のような間接的な事実を積み上げることになります。
- 買主が対象期間中にアーンアウトの見込みについて言及していた記録
- 事業の移管等について、対象会社の側に相応の理由が示されていないこと
- 移管等の対価が支払われていないこと、又は対価が相当でないこと
- 対象期間の終了後に、移管された事業が元に戻されていること
- 費用の配賦が対象期間中にのみ行われていること
- 譲渡の交渉の過程における買主の発言
第3節 契約上の義務の違反に関する要件
義務の内容の特定
契約に運営に関する義務の定めが置かれている場合、まずその内容を特定いたします。「従前と同様の方法により運営する」という定めであれば、従前の運営の方法がいかなるものであったかを示す必要があります。
譲渡前の計算書類、事業計画、取引の記録、組織図といった資料が、従前の運営の方法を示す資料となります。デューデリジェンスにおいて提出した資料も有用です。
義務の違反の立証
義務の内容が特定されれば、買主の行為が当該義務に違反することを立証いたします。前記の表2に掲げた行為が、契約に定められた義務に反するかを検討することになります。
損害の額
契約上の義務の違反による構成では、損害の額を立証する必要があります。買主の行為がなければ目標が達成されていたこと、及びその場合に発生していた追加代金の額を主張することになります。
損害の額の立証には、次の資料が用いられます。
表3 損害の額の立証に用いる資料
| 資料 | 内容 |
|---|---|
| 譲渡前の業績の推移 | 3期から5期程度の売上及び利益の推移 |
| 譲渡時の事業計画 | 対象期間における業績の見込み |
| 移管された事業の実績 | 移管先における当該事業の売上及び利益 |
| 費用の配賦の内訳 | 新たに配賦された費用の額 |
| 同業他社の状況 | 市場の環境が変化していないことを示す資料 |
裁判所は、損害が生じたことが認められる場合において、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができるとされています(民事訴訟法第248条)。
第4節 契約に定めがない場合の対応その他の留意点
定めがない場合の困難
契約に運営に関する義務の定めが置かれていない場合、契約上の義務の違反による構成を採ることが困難となります。この場合、条件の成就の妨害による構成によることになりますが、「故意に」の要件の立証が課題となります。
もっとも、契約に明示の定めがない場合であっても、契約の趣旨に照らして、買主が信義則上一定の義務を負うと解する余地はあります。アーンアウト条項を設けた趣旨は、対象期間中に事業が通常どおり運営されることを前提として、その成果に応じた追加代金を支払うことにあると考えられるためです。
条項を設ける段階での対応
将来の紛争を防ぐためには、アーンアウト条項を設ける段階において、運営に関する義務、費用の配賦の扱い、グループ会社との取引条件、組織の変更の扱いを明記しておくことが重要です。この点はMT09において詳述いたします。
売主が対象期間中に会社に関与する場合
アーンアウト条項が設けられる場合、売主が対象期間中は顧問又は取締役として対象会社に関与する構成が採られることがあります。この場合、売主は対象会社の内部の状況を把握することができますので、資料の確保という点では有利です。
他方、売主が経営に関与している以上、業績が伸びなかったことについて売主の側にも責任があるという主張がされることがあります。売主の関与の範囲、権限の内容、報告を受けていた事項を、契約において明確にしておく必要があります。
また、対象期間中に売主が退任させられた場合には、その理由と時期が問題となります。退任の経緯を記録として残しておくことが重要です。
対象期間中に採るべき行動
対象期間中に買主の運営について疑義が生じた場合、その時点で書面により指摘しておくことに意味があります。対象期間の終了後に初めて問題を指摘した場合、なぜ当時は何も述べなかったのかという点が問われることになります。
指摘の内容としては、事実の摘示、契約上の根拠、対応の求めを記載いたします。買主からの回答は、後の主張における資料となります。
第5節 弁護士に相談する意味
買主の運営により目標の達成が妨げられた場合において弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、契約書に運営に関する義務の定めが置かれているかを確認し、いずれの構成によるかを判断することです。第二に、買主の行為を時系列に沿って整理し、通常の経営判断の範囲を超えるといえるかを検討することです。第三に、譲渡前の運営の方法を示す資料を整えることです。第四に、資料の開示を求める手段を選択し、これを実行することです。
この類型の紛争においては、譲渡後の対象会社の内部の事情を売主が把握できないという構造上の問題があります。資料の確保をどのように行うかが、主張の成否を左右いたします。この点はMT06において詳述いたします。
具体的な進め方は、契約の内容、買主の行為の態様、資料の状況等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 買主が事業を移管したこと自体が違法ではないのですか。
対象会社の株主となった買主が事業の方針を決定すること自体は、権限の範囲内の行為です。問題となるのは、その行為がアーンアウトの発生を回避する目的で行われたか、又は契約上の運営に関する義務に違反するかという点です。
質問2 「故意に」というのは、どのように立証するのですか。
直接の証拠によることは通常困難ですので、間接的な事実を積み上げることになります。行為の時期、必要性の有無、対価の相当性、対象期間の終了後の状況といった事実が手がかりとなります。
質問3 契約に運営に関する義務が書かれていません。
条件の成就の妨害に関する規定(民法第130条第1項)による構成を検討することになります。明示の定めがない場合であっても、契約の趣旨に照らした解釈の余地はありますが、立証の負担は重くなります。
質問4 損害の額はどのように計算するのですか。
買主の行為がなければ達成されていたであろう業績を示し、その場合に発生する追加代金の額を主張いたします。譲渡前の業績の推移、譲渡時の事業計画、移管先における実績といった資料を用います。
質問5 まず何から始めればよいですか。
契約書における異議の期間を確認し、期間内に異議を述べることが最優先です。その上で、算定の根拠及び買主の行為について書面により説明を求め、資料を確保していくことになります。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、アーンアウト条項に関する紛争についてご相談をお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、株式譲渡契約書、買主から受領した算定書、譲渡時の事業計画、譲渡前3期分の計算書類、対象期間中の買主とのやり取りの記録をご用意いただけますと、検討が早く進みます。
結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
民法 第130条第1項(条件の成就の妨害)、第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第416条(損害賠償の範囲)、第1条第2項(信義誠実の原則)
民事訴訟法 第248条(損害額の認定)
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