アーンアウト条項の達成の判定を争うための資料と手順

株式の譲渡に際して、譲渡後2年間の営業利益が一定の水準に達した場合には追加の代金を支払うという条項を設けました。ところが、期間の満了後、買主から「目標に達しなかったため追加代金は発生しない」との通知を受け取りました。算定の根拠として1枚の集計表が添付されているのみで、どのように計算したのかが分かりません。既に株主ではありませんので、会社の帳簿を見ることもできません。このようなご相談をいただくことがあります。

結論から申し上げます。アーンアウト条項に関する紛争は、目標が真に未達成であった事案と、算定の方法に問題がある事案と、買主の側の運営により達成が妨げられた事案とに分かれます。いずれであるかを判断するためには、算定の根拠となる資料を確認する必要があります。譲渡後は株主でなくなるため、会社法上の株主の権利を用いることができませんので、契約上の定めと訴訟上の手続によって資料を確保することになります。本記事では、その手順を整理いたします。

第1節 アーンアウト条項の構造

 条項の内容

アーンアウト条項とは、株式の譲渡後の一定期間における対象会社の業績が所定の水準に達した場合に、売主に対して追加の代金を支払う旨を定める条項です。法律に定めのある制度ではなく、契約上の特約です。

売主にとっては、譲渡の時点における評価の隔たりを埋め、事業が計画どおりに推移した場合には追加の代金を得られるという意味があります。買主にとっては、将来の業績が不確実である場合に、当初の支払額を抑えることができるという意味があります。

 構造上の問題

アーンアウト条項には、構造上の問題があります。すなわち、追加代金の支払義務を負う買主が、算定の基礎となる業績を左右する立場にあるということです。

譲渡後、対象会社の経営は買主が行います。売主は株主でなくなり、役員も退任しているのが通例です。したがって、売主は、算定の基礎となる数値がどのように形成されたのかを把握する手段を持ちません。この情報の偏りが、紛争の背景にあります。

 条項において定められるべき事項

表1 アーンアウト条項において定められるべき事項

区分 定めるべき事項 定めがない場合に生ずる問題
指標 売上高、営業利益、経常利益、税引前利益等のいずれか いずれの数値によるかが争われます
定義 指標の算定方法、除外する項目 算定の方法が争われます
期間 算定の対象となる期間 対象期間が争われます
会計方針 従前の会計方針を継続して適用する旨 会計方針の変更により数値が動きます
費用の配賦 買主のグループから配賦される費用の扱い 配賦により利益が圧縮されます
取引条件 買主のグループとの取引の条件 取引条件の変更により利益が動きます
組織の変更 事業の移管、合併、分割の扱い 対象会社の範囲が変わります
運営に関する義務 買主が通常の方法により事業を運営する義務 運営の変更を争う根拠が乏しくなります
算定書の作成 作成者、作成期限、提出先 算定の根拠が示されません
資料の開示 売主が確認できる資料の範囲 検証が不可能となります
異議の手続 異議を述べる期間と方法 争う手続が定まりません
紛争の解決 第三者による判定、専門家の関与 訴訟によるほかなくなります

第2節 判定を争う3つの類型

表2 判定を争う場合の3つの類型

類型 主張の内容 主たる根拠
第1類型 算定の方法が契約の定めに反する 契約の解釈
第2類型 買主の行為により達成が妨げられた 民法第130条第1項、契約上の義務の違反
第3類型 算定の基礎となる数値が正確でない 事実の主張及び立証

 第1類型 算定の方法が契約の定めに反する場合

契約に定められた指標の定義に従わずに算定が行われている場合です。具体例としては、次のものが挙げられます。

  • 契約に定めのない費用が控除されている場合
  • 買主のグループから配賦された本社費用が控除されている場合
  • 会計方針が変更され、従前の方法によれば計上されなかった費用が計上されている場合
  • 対象期間の区切り方が契約の定めと異なる場合
  • 一時的な費用(買収に伴う費用、組織再編に要した費用)が控除されている場合

この類型については、契約の文言の解釈が中心の争点となります。契約に「本件対象期間における対象会社の営業利益」とのみ定められ、詳細な定義が置かれていない場合には、解釈の幅が生じます。

 第2類型 買主の行為により達成が妨げられた場合

条件が成就することによって不利益を受ける当事者が故意にその条件の成就を妨げたときは、相手方は、その条件が成就したものとみなすことができるとされています(民法第130条第1項)。

アーンアウト条項において、追加代金の支払は業績の達成という条件に係らしめられています。買主が故意に達成を妨げた場合には、この規定の適用が問題となります。

もっとも、要件は厳格です。「故意に妨げた」といえるかどうかは、買主の行為の内容、その目的、通常の経営判断の範囲内といえるかどうかによって判断されます。買主が経営者として合理的な判断を行った結果として業績が伸びなかった場合には、この規定は適用されません。

具体的に問題となり得る行為としては、次のものが挙げられます。

表3 達成の妨げが問題となり得る行為の例

行為 検討する点
対象会社の主要な事業を他のグループ会社へ移管した 移管の必要性、対価の相当性
対象会社の売上をグループ会社に付け替えた 取引の実態、価格の相当性
対象会社に対する本社費用の配賦を新たに開始した 配賦の根拠、算定の方法
グループ会社との取引条件を対象会社に不利に変更した 変更の理由、市場の条件との比較
対象期間の末に多額の費用を前倒しで計上した 計上の時期の相当性
対象会社の営業活動を制限した 制限の理由、経営判断としての合理性
主要な従業員を他のグループ会社へ異動させた 異動の必要性、対象会社への影響

契約において「買主は、対象期間中、対象会社の事業を従前と同様の方法により通常の業務の範囲内で運営する」という義務が定められている場合には、当該義務の違反として構成することも考えられます(民法第415条第1項)。この場合、民法第130条第1項の要件よりも立証の負担が軽くなることがあります。

 第3類型 算定の基礎となる数値が正確でない場合

計上すべき売上が計上されていない、実在しない費用が計上されている、といった事実の問題です。この類型については、資料の確認が不可欠となります。

第3節 資料をどのように確保するか

 譲渡後は株主の権利を用いることができません

株式を譲渡すると、売主は株主でなくなります。したがって、計算書類及びその附属明細書の閲覧謄写の請求(会社法第442条第3項)、会計帳簿及びこれに関する資料の閲覧謄写の請求(会社法第433条第1項)といった株主の権利を行使することができません。

この点が、アーンアウトに関する紛争を難しくしている主な原因です。

 契約上の定めによる開示の請求

株式譲渡契約において、算定の根拠となる資料の開示に関する定めが置かれている場合には、これに基づいて開示を求めます。

表4 契約上の開示に関する定めの類型

定め 内容
算定書の交付 買主が算定書を作成し、売主に交付する義務
根拠資料の添付 算定書に根拠となる資料を添付する義務
帳簿の閲覧 売主又はその指定する専門家が帳簿を閲覧する権利
質問への回答 売主からの質問に対して回答する義務
監査法人等の関与 独立した専門家による検証の手続
異議の手続 異議を述べる期間と、その後の協議の手続

これらの定めが置かれていない場合には、次の手段を検討することになります。

 弁護士会照会

弁護士は、受任している事件について、所属する弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができるとされています(弁護士法第23条の2)。

もっとも、照会を受けた団体が報告に応ずるか否かは、当該団体の判断によります。対象会社が報告を拒否する可能性もあります。

 訴訟上の手続

訴訟を提起した場合には、文書提出命令の申立てが考えられます。裁判所は、一定の場合に文書の所持者に対してその提出を命ずることができるとされています(民事訴訟法第223条第1項)。文書提出義務については民事訴訟法第220条に定めが置かれ、申立ての方式については同法第221条に定めが置かれています。

同法第220条第4号は、一定の除外事由に該当しない限り文書の提出義務を認めるものですが、専ら文書の所持者の利用に供するための文書等は除外されています。会計帳簿がこれに当たるかについては、文書の性質に応じた判断となります。

また、対象会社が訴訟の当事者でない場合には、第三者に対する文書提出命令の申立てとなります。

 証拠保全

証拠の使用が困難となる事情があると認めるときは、あらかじめ証拠調べをすることができるとされています(民事訴訟法第234条)。資料が改変され、又は廃棄されるおそれがある場合には、この手続を検討することがあります。

もっとも、要件の充足について疎明を要します。

 公開されている情報

対象会社が計算書類の公告を行っている場合には、これを確認することができます(会社法第440条第1項)。もっとも、公告の内容は貸借対照表又はその要旨にとどまることが多く、アーンアウトの算定に必要な詳細は含まれないのが通例です。

第4節 手順の整理

表5 判定を争う場合の手順

順序 作業 目的
1 契約書の確認 指標の定義、算定の方法、異議の手続、期間の確認
2 異議の期間の確認 期間を徒過していないかを確認いたします
3 受領した算定書の分析 算定の方法が契約に適合するかを検証いたします
4 書面による質問 算定の根拠及び前提の説明を求めます
5 資料の開示の請求 契約上の定めに基づいて資料を求めます
6 譲渡時の資料との比較 譲渡前の数値の推移と比較いたします
7 主張の構成 3つの類型のいずれによるかを整理いたします
8 手続の選択 協議、調停、訴訟のいずれによるかを判断いたします

 異議の期間の管理

契約において「売主は、算定書の受領後30日以内に異議を述べることができる」といった定めが置かれている場合、この期間を徒過すると算定が確定する構成となっていることがあります。

したがって、算定書を受領した後、最初に確認すべきは異議の期間です。内容の検討に時間を要する場合であっても、まず期間内に異議を述べておく必要があります。

 書面による質問

算定の根拠が不明である場合、書面により質問を行います。質問すべき事項としては、算定に用いた数値の出典、控除した費用の内訳とその根拠、会計方針の変更の有無、買主のグループとの取引の内容が挙げられます。

質問及び回答の記録は、後に訴訟となった場合の資料となります。回答が得られない場合、その事実自体も一つの事情となります。

 譲渡時の資料との比較

譲渡の際に作成された事業計画、デューデリジェンスにおいて提出した資料、譲渡前の計算書類と、算定書の数値とを比較いたします。譲渡前と譲渡後とで費用の構造が大きく変化している場合には、その理由の説明を求めることになります。

 消滅時効

追加代金の請求権についても、消滅時効が問題となります。債権は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき、又は権利を行使することができる時から10年間行使しないときは、時効によって消滅いたします(民法第166条第1項)。起算点は、契約における支払期日の定めによります。この点はMT10において詳述いたします。

 手続の選択

表6 紛争の解決に用いる手続

手続 特徴 適する場面
協議 当事者間で算定の前提を確認いたします 争点が算定の技術的な点にとどまる場合
契約上の第三者判定 契約に定められた専門家が判定いたします 契約に手続の定めがある場合
民事調停 裁判所において話合いを行います 関係の継続を要する場合
訴訟 判決により権利関係を確定いたします 資料の開示が得られない場合、争点が大きい場合

契約において、算定について争いが生じた場合に独立した公認会計士等の判定に委ねる旨の定めが置かれていることがあります。この定めがある場合には、その手続に従うことになります。判定を行う者の選任方法、判定の対象となる事項の範囲、判定の効力について、契約の定めを確認いたします。

資料の開示が得られない場合には、訴訟を提起した上で文書提出命令の申立てを行うという順序が現実的となることがあります。訴訟の提起は、資料を確保するための手段としての意味も有しています。

 譲渡の交渉の段階における記録の重要性

アーンアウトに関する紛争においては、条項の解釈が争点となることが多くあります。条項の解釈にあたっては、契約の締結に至る経緯、当事者の認識、交渉の過程における説明が考慮されます。

したがって、譲渡の交渉の段階における記録は、後の紛争において重要な資料となります。電子メール、面談の記録、仲介会社を通じて授受された書面、算定の前提として提示された数値の資料は、保存しておく必要があります。譲渡から数年が経過した後にこれらの資料を集めることは、容易ではありません。

なお、アーンアウトに関する紛争は、譲渡から数年を経た後に顕在化いたします。当時の担当者が退職している、資料が保存されていないといった事情が重なりますと、事実関係の確認自体が困難となります。対象期間中から資料を整理しておくことが、結果として最も効果的な備えとなります。

第5節 弁護士に相談する意味

アーンアウトの判定を争う局面において弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、契約書における指標の定義、算定の方法、異議の手続を確認し、争い得る点を特定することです。第二に、異議の期間を管理し、期間内に必要な意思表示を行うことです。第三に、資料の開示を求める手段を選択し、これを実行することです。第四に、3つの類型のいずれによって主張を構成するかを判断することです。

とりわけ重要であるのは、資料の確保です。売主は株主でなくなっているため、資料へのアクセスが構造的に制約されています。契約上の定め、弁護士会照会、訴訟上の手続を組み合わせて資料を確保することが、この類型の紛争における中心的な作業となります。

具体的な進め方は、契約の内容、買主の対応、資料の状況等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。

よくあるご質問

質問1 算定書の内容が信用できません。どうすればよいですか。

まず、契約における異議の期間を確認し、期間内に異議を述べます。次に、算定の根拠について書面により質問を行い、資料の開示を求めます。開示が得られない場合には、訴訟上の手続を検討いたします。

質問2 株主ではないため、会社の帳簿を見ることができません。

そのとおりです。株主でなくなると、会社法上の閲覧謄写の請求権は行使できません。契約上の開示に関する定め、弁護士会照会(弁護士法第23条の2)、訴訟における文書提出命令(民事訴訟法第220条、第221条、第223条)といった手段を検討いたします。

質問3 買主が事業を他のグループ会社に移してしまいました。

事案によっては、条件の成就の妨害(民法第130条第1項)又は契約上の運営に関する義務の違反(民法第415条第1項)として主張する余地があります。移管の必要性、対価の相当性、通常の経営判断の範囲内といえるかといった点を検討いたします。

質問4 契約に算定の詳細が書かれていません。

契約の解釈の問題となります。契約の締結に至る経緯、当事者の認識、譲渡時に用いられた数値の算定方法といった事情を踏まえて解釈することになります。締結時の資料の保存が重要です。

質問5 異議の期間を過ぎてしまいました。

契約の定めによりますが、期間の徒過により算定が確定する構成となっている場合があります。もっとも、算定の前提に虚偽がある場合など、なお争う余地が残る場合もあります。契約の文言と事実関係を確認した上で検討いたします。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、アーンアウト条項に関する紛争についてご相談をお受けしております。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • 受付時間 8時00分から21時00分まで
  • 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
  • ご相談は事前予約制です

ご相談の際に、株式譲渡契約書、買主から受領した算定書及びその添付資料、譲渡時の事業計画、譲渡前3期分の計算書類、買主とのやり取りの記録をご用意いただけますと、検討が早く進みます。

結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。

本記事の根拠条文

民法 第130条第1項(条件の成就の妨害)、第166条第1項(債権の消滅時効)、第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第416条(損害賠償の範囲)

会社法 第433条第1項(会計帳簿の閲覧等)、第440条第1項(計算書類の公告)、第442条第3項(計算書類等の閲覧等)

民事訴訟法 第220条(文書提出義務)、第221条(文書提出命令の申立ての方式)、第223条第1項(文書提出命令)、第234条(証拠保全)

弁護士法 第23条の2(弁護士会照会)

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