アーンアウト条項を設ける場合に定めておくべき算定の前提

会社の譲渡について、買主から、譲渡代金の一部を譲渡後の業績に応じて支払うという提案を受けております。いわゆるアーンアウト条項です。提示された条項の案は「譲渡後2期の営業利益が一定の額を超えた場合に追加の代金を支払う」という短い定めにとどまっております。この定め方で問題はないのでしょうか。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。アーンアウト条項は、指標の定義、会計処理の前提、買主の運営に関する制約、算定の手続、異議の手続、支払の時期という6つの事項を定めておかなければ、後に紛争となりやすい条項です。金額の定めのみを置くことは避けるべきです。本記事では、定めておくべき前提の内容と、それぞれを欠いた場合に生じ得る問題を整理いたします。
第1節 アーンアウト条項の仕組みと紛争が生じる理由
仕組み
アーンアウト条項は、譲渡代金の一部について、譲渡後の一定期間における対象会社の業績等を条件として支払うことを定める条項です。売主と買主との間で企業の価値に関する見方が異なる場合に、その差を埋めるために用いられます。
紛争が生じやすい構造
この条項には、次の構造上の問題があります。第一に、算定の基礎となる数値を作り出すのは、譲渡後に対象会社を支配する買主であることです。第二に、資料が買主の手元にあり、売主は確認することが困難であることです。第三に、買主には、支払額を抑えるという利害があることです。
したがって、条項の作成に当たっては、この構造を前提として、買主の裁量が及ぶ範囲をあらかじめ限定しておく必要があります。
定めておくべき6つの事項
表1 アーンアウト条項において定めるべき事項
| 事項 | 定めないことにより生じる問題 |
|---|---|
| 指標の定義 | 何を基準とするかが争われます |
| 会計処理の前提 | 処理の変更により数値が動きます |
| 買主の運営に関する制約 | 費用の付替え等により目標が未達成となります |
| 算定の手続 | 算定の主体と時期が定まりません |
| 異議の手続 | 争う方法と期限が定まりません |
| 支払の時期及び方法 | 支払が遅延しても遅滞の主張が困難となります |
第2節 指標の定義
指標の選び方
指標としては、売上高、営業利益、経常利益、税引前当期純利益、利払前税引前償却前利益といったものが用いられます。
売上高は、算定が容易であり、買主の裁量が及ぶ余地が比較的小さいという特徴があります。他方、利益を基準とする指標は、費用の計上によって数値が変動しますので、買主の裁量が及ぶ余地が大きくなります。
定義を条項に書き込む
「営業利益」と記載するだけでは足りません。いずれの計算書類における営業利益であるか、どのような調整を加えるかを、条項又は別紙において具体的に定める必要があります。
表2 定義において明確にする事項
| 項目 | 定めるべき内容 |
|---|---|
| 基礎となる計算書類 | 対象会社の個別の計算書類によるか、連結によるか |
| 対象期間 | 事業年度によるか、決済日からの12か月によるか |
| 調整項目 | 加算又は減算する項目を列挙いたします |
| 除外項目 | 買主が課す本社費用、特別損益等の扱い |
| 算定の例示 | 数値を用いた計算の例を別紙に添付いたします |
算定の例を別紙として添付しておくことは、後の解釈の争いを避ける上で有効です。
期間の設定
対象期間が長いほど、買主の運営による影響が大きくなります。他方、期間が短いほど、譲渡直後の一時的な要因に左右されやすくなります。
また、決算期を変更された場合の扱いを定めておく必要があります。買主が決算期を変更することにより、対象期間の判定が困難となることがあるためです。
第3節 会計処理の前提
処理の継続
算定の基礎となる会計処理は、譲渡前に対象会社が採用していた処理を継続することを原則とする旨を定めることが考えられます。
買主の企業集団において統一された処理に変更されますと、費用の計上額が変わり、利益の額が動きます。減価償却の方法、引当金の計上、収益の認識の時期といった項目が影響を及ぼします。
変更が必要となる場合の扱い
法令又は会計基準の変更により処理を変更せざるを得ない場合には、変更前の処理によった場合の数値により算定する旨を定めておくことが考えられます。
この点を定めておかない場合、買主が「基準の変更に従ったにすぎない」と主張し、売主が反論することが困難となります。
新たに生じる費用の扱い
譲渡後、買主の企業集団に属することにより新たに生じる費用があります。本社の経費の配賦、企業集団の管理に関する費用、買収に要した費用の負担、企業集団の役員の報酬の負担といったものです。
これらを算定において除外する旨を定めておかない場合、目標の達成が事実上困難となることがあります。
第4節 買主の運営に関する制約
条件成就の妨害に関する規定
条件が成就することによって不利益を受ける当事者が故意にその条件の成就を妨げたときは、相手方は、その条件が成就したものとみなすことができるとされております(民法第130条第1項)。
もっとも、この規定を適用するためには、故意による妨害を主張し、立証する必要があります。通常の経営判断の範囲内であるとの反論がされることが少なくありません。
契約上の義務として定める意味
このため、買主が対象期間中に行ってはならない行為、又は売主の同意を要する行為を、契約上の義務として具体的に定めておくことが有効です。義務として定めておけば、条件成就の妨害を主張するまでもなく、債務不履行に基づく損害賠償を請求することが考えられます(民法第415条第1項)。
表3 買主の運営に関して定める事項の例
| 事項 | 定め方の例 |
|---|---|
| 事業の継続 | 対象期間中は事業の内容を実質的に変更しない |
| 費用の付替え | 合理的な理由なく費用を対象会社に負担させない |
| 取引の移転 | 対象会社の取引を企業集団内の他社に移転しない |
| 企業集団内の取引条件 | 独立した当事者間の条件によるものとする |
| 人員及び設備 | 合理的な理由なく縮小しない |
| 組織再編 | 対象期間中の合併等には売主の同意を要する |
| 誠実な運営 | 目標の達成を不当に妨げないよう努める |
定めの限界
買主としては、取得した会社の経営について制約を受けることを望みません。したがって、これらの定めは、交渉により範囲が限定されるのが通例です。
制約を厳格に定めることが難しい場合には、指標を売上高とする、対象期間を短くする、追加代金の割合を小さくして固定の代金を増やすといった方法により、構造そのものを見直すことが考えられます。
第5節 算定の手続、異議の手続及び支払
算定の手続
誰が、いつまでに、どのような資料を添えて算定を行うかを定めます。買主が算定書を作成し、対象期間の終了後一定の期日までに、算定の根拠となる資料とともに売主に交付する、といった定め方が考えられます。
交付すべき資料の範囲を具体的に列挙しておくことが望まれます。計算書類、勘定科目の内訳明細書、調整項目の明細といったものです。
異議の手続
売主が算定に異議を述べる期限、方法、その後の協議の手続を定めます。第三者である公認会計士等による検証の手続を定めることもあります。
異議の期限は、資料の交付を受けてから検討するために十分な期間を確保する必要があります。また、資料が交付されない場合には期限が進行しない旨を定めておくことが考えられます。
支払の時期及び遅延した場合の扱い
支払の期日を明確に定めます。期日を定めておくことにより、その経過により履行遅滞となり、遅延損害金を請求することができます。
また、支払を確保するための手当てとして、買主の親会社による保証、代表者による保証、代金の一部の預託といった方法が考えられます。買主の資力に不安がある場合には、これらの検討が必要となります。
紛争の解決方法
算定に関する争いについて、第三者の判断に委ねる旨を定める例があります。この場合、第三者の選任の方法、判断の対象となる事項の範囲、判断の効力を定めておく必要があります。
判断の対象を明確にしておかなければ、第三者の判断に委ねる事項であるか否かをめぐって、さらに争いが生じることがあります。
第6節 弁護士に相談する意味
アーンアウト条項に関して弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、提示された条項の案について、指標の定義、会計処理の前提、買主の運営に関する制約の各点から不足を洗い出すことです。第二に、算定の例を別紙として作成し、解釈の余地を減らすことです。第三に、異議の手続と期限を、売主が現実に検討できる内容に定めることです。第四に、支払の確保に関する手当てを検討することです。
アーンアウト条項は、締結の時点では合意が容易に見えても、対象期間の経過後に紛争となることが少なくありません。締結の前の段階で条項を整えることが、最も費用と時間を要しない対応となります。
なお、会計処理及び税務に関する事項は、公認会計士又は税理士の業務に属します。当事務所は、これらの業務を行うものではなく、必要に応じてこれらの専門家と連携して検討いたします。
具体的な条項の設計は、事業の内容、買主の企業集団の構成、交渉の状況等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 指標は営業利益と売上高のいずれがよいのですか。
一概には申し上げられません。売上高は買主の裁量が及ぶ余地が比較的小さい一方、利益の状況を反映いたしません。事業の内容と、買主の運営に関する制約をどこまで定められるかを踏まえて検討いたします。
質問2 買主が費用を付け替えた場合、どのように争いますか。
契約に費用の付替えを禁ずる定めがある場合には、契約上の義務の違反を主張いたします。定めがない場合には、条件成就の妨害に関する規定(民法第130条第1項)や、契約に付随する義務の違反を主張することを検討いたします。
質問3 買主が資料を交付しない場合はどうなりますか。
契約に交付の義務が定められている場合には、その履行を求めます。あわせて、資料が交付されない間は異議の期限が進行しない旨を、あらかじめ定めておくことが有効です。
質問4 対象期間中に対象会社が合併された場合はどうなりますか。
対象会社の数値を独立して算定することが困難となります。このため、組織再編を行う場合には売主の同意を要する旨、又は行われた場合の算定の方法を、あらかじめ定めておく必要があります。
質問5 既に締結した契約の条項が不十分です。今からできることはありますか。
締結後であっても、買主との間で覚書を取り交わし、算定の前提を明確にすることが考えられます。買主が応じない場合には、資料の交付を書面により求め、その経緯を記録しておくことになります。対象期間が経過する前に着手することが望まれます。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、アーンアウト条項の設計及びこれに関する紛争のご相談をお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、株式譲渡契約書の案又は締結済みの契約書、アーンアウトに関する別紙、対象会社の直近の計算書類をご用意いただけますと、検討が早く進みます。
弁護士費用は、弁護士費用一覧のページをご覧ください。結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
民法 第130条第1項(条件の成就の妨害)、第166条第1項(債権の消滅時効)、第412条(履行期と履行遅滞)、第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第419条(金銭債務の特則)、第420条(賠償額の予定)
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