代金の分割払が途中で止まった場合に残額を一括して請求できるか

株式の譲渡代金1億円を、決済時に5,000万円、その後は毎月200万円ずつ25回に分けて支払うという契約を締結いたしました。ところが、8回目の支払から入金が止まり、既に3か月が経過しております。買主に問い合わせても要領を得ません。残りの3,400万円をまとめて請求することができるのか、それとも毎月の期日が来るたびに請求しなければならないのかが分かりません。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。残額を一括して請求することができるかどうかは、株式譲渡契約書に期限の利益の喪失に関する定めが置かれているかによって決まります。定めがある場合には、その要件を満たすことにより残額の全部を直ちに請求することができます。定めがない場合には、原則として期日が到来した分についてのみ請求することができるにとどまります。もっとも、定めがない場合であっても、契約の解除その他の方法を検討する余地があります。本記事では、この点を整理いたします。
第1節 期限の利益とその喪失
期限の利益
期限は、債務者の利益のために定めたものと推定されます(民法第136条第1項)。分割払の定めは、買主が各回の期日まで支払を猶予されるという利益を与えるものです。これを期限の利益と申します。
期限の利益は、放棄することができますが、これによって相手方の利益を害することはできないとされています(民法第136条第2項)。
法律上の期限の利益の喪失
民法は、次の場合に債務者が期限の利益を主張することができない旨を定めています(民法第137条)。
表1 民法第137条による期限の利益の喪失事由
| 号 | 事由 |
|---|---|
| 第1号 | 債務者が破産手続開始の決定を受けたとき |
| 第2号 | 債務者が担保を滅失させ、損傷させ、又は減少させたとき |
| 第3号 | 債務者が担保を供する義務を負う場合において、これを供しないとき |
もっとも、これらの事由は限定的です。単に支払を怠ったという事実だけでは、民法第137条による期限の利益の喪失は生じません。したがって、契約における定めが重要となります。
契約による期限の利益の喪失に関する定め
株式譲渡契約書には、次のような定めが置かれるのが通例です。
「買主が本契約に基づく金銭の支払を1回でも怠ったときは、買主は当然に期限の利益を失い、売主に対し、直ちに未払の代金の全額及びこれに対する遅延損害金を支払うものとする。」
このような定めがある場合には、要件を満たすことにより残額の全部を直ちに請求することができます。
第2節 定めの読み方
当然喪失型と請求喪失型
期限の利益の喪失に関する定めは、大きく2つの型に分かれます。
表2 期限の利益の喪失に関する定めの2つの型
| 型 | 書きぶり | 効果 |
|---|---|---|
| 当然喪失型 | 「当然に期限の利益を失う」 | 事由の発生により当然に期限の利益が失われます |
| 請求喪失型 | 「売主の請求により期限の利益を失う」 | 売主が請求の意思表示をすることにより期限の利益が失われます |
請求喪失型の場合、売主が請求の意思表示をしなければ期限の利益は失われません。この意思表示は、後の立証のため、内容証明郵便によって行うことが望まれます。
同一の契約において、事由に応じて2つの型を使い分ける定めもあります。たとえば、破産手続開始の申立てがあった場合等は当然喪失とし、支払の遅滞については請求喪失とする構成です。
喪失事由の内容
表3 期限の利益の喪失事由として定められる事項
| 事由 | 内容 | 確認する点 |
|---|---|---|
| 支払の遅滞 | 金銭の支払を怠った場合 | 1回でも足りるか、一定回数を要するか |
| 猶予期間 | 遅滞の後の一定期間 | 催告を要するか、期間の定めがあるか |
| 契約違反 | 本契約上の義務の違反 | 対象となる義務の範囲 |
| 手形又は小切手の不渡り | 不渡り処分を受けた場合 | 事由の定めの有無 |
| 差押え等 | 財産に対する差押え、仮差押え、競売の申立て | 事由の定めの有無 |
| 倒産手続 | 破産、民事再生、会社更生等の申立て | 申立ての時点か、開始決定の時点か |
| 解散 | 買主の解散 | 事由の定めの有無 |
| 信用不安 | 買主の信用状態が著しく悪化した場合 | 「著しく」の判断基準 |
「1回でも怠ったとき」とされている場合と、「2回以上怠り、かつ催告後14日以内に支払わないとき」とされている場合とでは、要件が大きく異なります。契約書の文言を正確に確認する必要があります。
催告を要する定めの場合
「売主が相当の期間を定めて催告したにもかかわらず、当該期間内に支払われないとき」という定めが置かれている場合には、催告を経る必要があります。この場合、催告の事実及び期間の経過を後に立証できるよう、内容証明郵便により行うことが望まれます。
遅延損害金の起算点
期限の利益が失われた場合、残額の全部について遅延損害金が発生いたします。起算点は、期限の利益が失われた日の翌日とされるのが通例ですが、契約の定めによります。
金銭の給付を目的とする債務の不履行については、損害賠償の額は法定利率によって定めるものとされ、約定利率が法定利率を超えるときは約定利率によります(民法第419条第1項)。法定利率は年3パーセントを出発点とし、3年ごとに見直される仕組みが定められています(民法第404条)。
第3節 定めがない場合の対応
原則
期限の利益の喪失に関する定めが置かれていない場合、原則として、期日が到来した分についてのみ請求することができます。将来の期日が到来していない分については、直ちに請求することができません。
将来の給付を求める訴え
将来の給付を求める訴えは、あらかじめその請求をする必要がある場合に限り、提起することができるとされています(民事訴訟法第135条)。既に支払が滞っている状況においては、将来の分についても「あらかじめ請求をする必要がある場合」に当たるとして、将来の給付を求める訴えを提起することが考えられます。
もっとも、要件の充足については個別の判断となります。
契約の解除
代金の支払が滞っている場合、契約の解除を検討することも考えられます。当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は契約の解除をすることができます(民法第541条本文)。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでないとされています(同条ただし書)。
株式譲渡契約を解除した場合、原状回復として株式を取り戻すことになります(民法第545条第1項)。もっとも、既に経営が混ざった後の会社の株式を取り戻すことが売主にとって望ましい結果であるとは限りません。この点はMT32及びMT34において詳述いたします。
合意による解決
期限の利益の喪失に関する定めがない場合であっても、買主との協議により、残額の支払方法を定め直すことは可能です。この場合、次の点を明確にいたします。
表4 支払方法を定め直す場合に定める事項
| 事項 | 内容 |
|---|---|
| 残額の確認 | 未払額を金額で確定いたします |
| 期限の利益の喪失 | 1回でも怠った場合に残額を一括して請求できる旨を定めます |
| 遅延損害金 | 利率を定めます |
| 担保 | 不動産への抵当権の設定、保証人の追加を検討いたします |
| 公正証書 | 強制執行を認諾する旨の記載のある公正証書を作成いたします |
強制執行を認諾する旨の記載のある公正証書は、金銭の一定の額の支払を目的とする請求について債務名義となります(民事執行法第22条第5号)。訴訟を経ずに強制執行を行うことができるという利点があります。
第4節 一括請求の前に確認すべき事項
買主側の主張の有無
一括請求を行う前に、買主が支払を止めている理由を確認いたします。単なる資金繰りの問題である場合と、買主が契約上の主張をしている場合とでは、その後の対応が異なります。
買主が表明保証違反に基づく補償請求権を主張し、これと相殺する旨を述べている場合には、当該補償請求権の成否を検討する必要があります。相殺の主張については、補償の請求期間内に通知がされているか、損害が現に発生しているか、金額が立証されているかといった点を検討いたします。
担保の有無
契約において担保が設定されている場合には、その実行を検討いたします。株式に質権が設定されている場合、不動産に抵当権が設定されている場合、買主の代表者が連帯保証をしている場合など、契約の内容によって採り得る手段が異なります。
買主の資産の状況
一括請求を行っても、買主に資産がなければ回収することができません。買主の資産の状況を調査し、必要に応じて保全の手続を検討いたします。仮差押命令については、民事保全法第20条第1項に定めが置かれています。
消滅時効
分割払の場合、各回の支払期日ごとに消滅時効が進行するのが原則です。債権は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき等に時効によって消滅いたします(民法第166条第1項)。期限の利益が失われた場合には、残額全部について、その時から時効が進行することになります。
第5節 弁護士に相談する意味
分割払が止まった場合において弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、契約書の期限の利益の喪失に関する定めを確認し、一括請求の可否と要件を判断することです。第二に、要件を満たすために必要な意思表示又は催告を行うことです。第三に、買主側の主張を検討し、これに対する資料を整えることです。第四に、買主の資産の状況を踏まえ、保全の手続の要否を判断することです。
期限の利益の喪失に関する定めは、契約書の一般条項として置かれることが多く、締結時には注意が向けられにくい部分です。しかし、未払が生じた局面においては、回収の可否を左右する重要な条項となります。
具体的な回収の進め方は、買主の資産の状況、契約の内容、従前の経緯等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 契約書に期限の利益の喪失に関する定めがありません。一括請求はできませんか。
原則として、期日が到来した分についてのみ請求することができます。もっとも、将来の給付を求める訴え(民事訴訟法第135条)、契約の解除、合意による支払方法の変更といった方法を検討する余地があります。
質問2 「当然に期限の利益を失う」と書かれています。通知は不要ですか。
当然喪失型の定めであれば、事由の発生により期限の利益は失われます。もっとも、後の紛争を避けるため、期限の利益が失われた旨と残額の請求を書面により通知しておくことが望まれます。
質問3 1回遅れただけで一括請求してよいものでしょうか。
契約の定めが「1回でも怠ったとき」であれば、要件は満たされます。もっとも、買主に支払の意思と資力がある場合には、支払方法を定め直し、担保及び公正証書により実効性を確保する方が、現実の回収につながることがあります。判断は事案によります。
質問4 買主が「補償請求権と相殺する」と言っています。
相殺の主張の当否を検討いたします。補償の請求期間内に通知がされているか、損害が現に発生しているか、金額が立証されているかといった点が問題となります。主張の内容を書面で示していただくことが出発点となります。
質問5 いつまでに請求しなければなりませんか。
債権は、権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき等に時効によって消滅いたします(民法第166条第1項)。分割払の場合、各回の期日ごとに進行するのが原則です。期間の管理が必要ですので、早期のご相談をお勧めいたします。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、株式譲渡代金の分割払が止まった場合のご相談をお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、株式譲渡契約書、入金の記録が分かる資料、買主とのやり取りの記録、担保に関する書面をご用意いただけますと、検討が早く進みます。
結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
民法 第136条(期限の利益及びその放棄)、第137条(期限の利益の喪失)、第166条第1項(債権の消滅時効)、第404条(法定利率)、第412条(履行期と履行遅滞)、第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第419条第1項(金銭債務の特則)、第505条(相殺)、第541条(催告による解除)、第545条第1項(解除の効果)
民事訴訟法 第135条(将来の給付を求める訴え)
民事執行法 第22条第5号(強制執行認諾文言のある公正証書)
民事保全法 第20条第1項(仮差押命令)
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