管理監督者として扱われていた従業員からの請求

会社の株式を取得いたしましたところ、退職した元従業員から未払割増賃金の請求を受けました。当該従業員は「部長」の肩書を有しており、対象会社では管理監督者として扱い、割増賃金を支払っておりませんでした。売主からも、管理監督者であるから問題はないとの説明を受けておりました。ところが、請求の書面には、実態は管理監督者に当たらないと記載されております。どのように対応すればよいのでしょうか。このようなご相談をいただくことがあります。

結論から申し上げます。管理監督者に当たるかどうかは、肩書ではなく、職務の内容と権限、勤務の態様、待遇という実態により判断されます。中小の会社においては、肩書のみにより管理監督者として扱われている例が少なくなく、請求を受けた場合に会社側の主張が認められないことがあります。まず実態を確認して見通しを立て、労働者への対応と、売主に対する補償の請求とを並行して進めることになります。本記事では、その手順を整理いたします。

第1節 管理監督者に関する定め

 適用が除外される範囲

労働基準法においては、監督若しくは管理の地位にある者について、労働時間、休憩及び休日に関する規定を適用しないとされております(労働基準法第41条第2号)。この規定に該当する場合には、時間外労働及び休日労働に対する割増賃金の支払を要しないこととなります。

 深夜の割増賃金は除外されません

他方、深夜の時間帯における労働に対する割増賃金に関する規定は、適用の除外の対象とされておりません。したがって、管理監督者に当たる場合であっても、深夜の労働に対する割増賃金の支払は必要です(労働基準法第37条第4項)。

この点は見落とされやすく、管理監督者性が認められた場合であっても、深夜の割増賃金について支払を要することがあります。

 年次有給休暇は除外されません

年次有給休暇に関する規定も、適用の除外の対象とされておりません。管理監督者に当たる場合であっても、年次有給休暇は付与されます。

第2節 管理監督者に当たるかの判断

 判断の要素

管理監督者に当たるかは、肩書ではなく実態により判断されます。判断において考慮される要素は、次のとおりです。

表1 管理監督者性の判断において考慮される要素

要素 確認の視点
職務の内容 経営に関する事項に関与しているか
責任及び権限 採用、解雇、人事考課、予算の決定に関与しているか
勤務の態様 出退勤の時刻について裁量があるか
労働時間の管理 遅刻及び早退により賃金が減額されないか
待遇 地位にふさわしい賃金が支払われているか
部下との比較 部下の賃金の水準と逆転していないか

 否定されやすい事情

次のような事情がある場合には、管理監督者性が否定される方向に働きます。第一に、出退勤の時刻が定められ、遅刻及び早退により賃金が減額されていることです。第二に、部下の採用及び人事考課に関与していないことです。第三に、店舗又は部門の運営について、本部の指示に従うにとどまることです。第四に、役職手当の額が、時間外労働の実態に照らして低いことです。

 中小の会社における実情

中小の会社においては、部長又は課長といった肩書を付し、役職手当を支給することにより、割増賃金の支払を要しないものとして運用されている例が少なくありません。

この運用は、実態を伴わない限り、法令上の根拠を欠くこととなります。デューデリジェンスにおいて、この点が指摘されることがあります。

第3節 請求を受けた場合の初動

 事実の確認

表2 確認すべき資料

資料 確認する事項
労働条件通知書及び雇用契約書 職位、賃金の内訳、労働時間の定め
就業規則及び賃金規程 管理監督者の範囲、役職手当の性質
組織図及び職務分掌 権限の範囲
出退勤の記録 労働時間及び管理の有無
賃金台帳 支給額及び控除の状況
人事に関する記録 採用及び考課への関与
会議の記録 経営に関する事項への関与

 労働時間の把握

管理監督者として扱っていた場合、労働時間が記録されていないことがあります。この場合には、入退館の記録、業務用の電子機器の使用の記録、業務日報、電子メールの送信の記録等から、労働時間を推認することとなります。

会社が労働時間を記録していない場合、労働者側が提出する記録に基づいて認定される場面がありますので、会社に不利に働くことがあります。

 請求の期間

賃金の請求権は、これを行使することができる時から5年間行使しないときは、時効によって消滅するとされております(労働基準法第115条)。もっとも、当分の間、退職手当を除く賃金の請求権については3年とされております(労働基準法附則第143条第3項)。

したがって、遡って請求される期間は、現行法の下では3年が上限となるのが通例です。

 付加金

裁判所は、割増賃金の支払をしなかった使用者に対し、労働者の請求により、未払金と同一額の付加金の支払を命ずることができるとされております(労働基準法第114条)。訴訟となった場合には、この点も考慮する必要があります。

第4節 会社側の対応の方針

 管理監督者性を主張する場合

実態が伴っている場合には、管理監督者に当たる旨を主張いたします。職務の内容、権限、勤務の態様、待遇に関する資料を整理して示すこととなります。

もっとも、この主張が認められる範囲は限られております。肩書と役職手当のみを根拠とする主張は、認められないことが少なくありません。

 深夜の割増賃金の確認

管理監督者性が認められる場合であっても、深夜の労働に対する割増賃金は支払を要します。この部分については、支払が必要となる可能性が高いものです。

 労働時間及び算定の基礎を争う場合

管理監督者性が認められない場合であっても、労働者が主張する労働時間の全部が認められるとは限りません。休憩の取得、業務に従事していない時間の有無を検討いたします。

また、割増賃金の算定の基礎となる賃金の範囲についても検討いたします。家族手当、通勤手当、住宅手当のうち一定のものは、算定の基礎から除外されるとされております(労働基準法第37条第5項、労働基準法施行規則第21条)。もっとも、名称のみによらず、支給の実態により判断されます。

 早期の解決の検討

争いが長期に及ぶ場合、付加金及び遅延損害金の負担が増大し、また他の従業員への波及が生じることがあります。事案によっては、早期に和解することが合理的な場合があります。

和解に際しては、清算に関する条項を置き、他の請求が残らないようにいたします。

第5節 他の従業員への波及

 同様の取扱いを受けている者

一人の請求を契機として、同様の取扱いを受けていた他の従業員からの請求が続くことがあります。対象会社における管理監督者としての取扱いの範囲を確認し、影響の大きさを見積もる必要があります。

 将来に向けた是正

実態が伴っていない場合には、将来に向けて取扱いを是正する必要があります。管理監督者としての取扱いを改め、労働時間を管理し、割増賃金を支払う運用に改めることが考えられます。

是正に当たっては、賃金の体系の変更を伴うことがあります。労働条件の不利益な変更に当たる場合には、その手続に留意する必要があります(労働契約法第9条、第10条)。

 労働時間の管理

使用者は、労働者の労働時間の状況を把握しなければならないとされております。是正に当たっては、記録の方法を整備することが前提となります。

第6節 売主に対する補償の請求

 表明保証との関係

株式譲渡契約においては、対象会社が労働に関する法令を遵守していること、未払の賃金が存在しないことについて、表明保証がされているのが通例です。管理監督者としての取扱いに問題がある場合には、この表明保証に違反する可能性があります。

 開示別紙の確認

デューデリジェンスにおいてこの点が指摘され、開示別紙に記載されている場合には、補償の請求が制限されることがあります。開示の記載の範囲と、現実に生じた請求との対応を確認いたします。

開示の記載が抽象的である場合には、当該事項が開示されていたといえるかが争点となります。

 通知の期限

労務に関する事項については、賃金の請求権の時効を考慮して、他の事項よりも長い請求期間が定められていることがあります。契約の定めを確認いたします。

いずれにしても、請求を受けた時点で、速やかに売主に対する通知を行う必要があります。

 売主の関与

契約において、第三者からの請求について売主に通知し、対応方針を協議する手続が定められている場合があります。労働者との和解に先立って、この手続を経る必要がないかを確認いたします。

第7節 弁護士に相談する意味

この類型について弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、管理監督者性に関する実態を資料により確認し、見通しを立てることです。第二に、労働時間及び算定の基礎となる賃金の範囲を検討し、請求額の当否を検証することです。第三に、労働者との交渉又は手続に対応することです。第四に、他の従業員への波及の範囲を見積もり、将来に向けた是正の方針を検討することです。第五に、売主に対する通知を行い、補償の請求を進めることです。

この類型は、対応が遅れるほど請求の対象となる期間が延び、他の従業員への波及も生じます。請求を受けた段階で、速やかに実態の確認に着手することが望まれます。

具体的な対応の方針は、実態、資料の状況、契約の定め等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。

よくあるご質問

質問1 部長の肩書があれば管理監督者ではないのですか。

肩書のみによって判断されるものではありません。職務の内容、責任及び権限、勤務の態様、待遇という実態により判断されます。肩書と役職手当のみを根拠とする主張は、認められないことが少なくありません。

質問2 管理監督者であれば一切の割増賃金は不要ですか。

深夜の労働に対する割増賃金は、適用の除外の対象とされておりません(労働基準法第37条第4項)。管理監督者に当たる場合であっても、深夜の労働については支払を要します。

質問3 何年分まで請求されますか。

賃金の請求権の消滅時効は5年とされておりますが、当分の間、退職手当を除く賃金については3年とされております(労働基準法第115条、同法附則第143条第3項)。したがって、遡って請求される期間は3年が上限となるのが通例です。

質問4 労働時間の記録がありません。どうなりますか。

会社が記録を保有していない場合、労働者が提出する記録に基づいて労働時間が認定される場面があります。入退館の記録、業務用の電子機器の使用の記録等により、可能な限り実態を確認する必要があります。

質問5 売主に請求できますか。

労働に関する法令の遵守及び未払賃金の不存在について表明保証がされている場合には、その違反として補償を請求することが考えられます。開示別紙の記載と、契約上の請求期間を確認する必要があります。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、譲受け後の未払割増賃金の請求及び売主に対する補償に関するご相談をお受けしております。

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弁護士費用は、弁護士費用一覧のページをご覧ください。結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。

本記事の根拠条文

労働基準法 第32条(労働時間)、第37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)、第41条第2号(労働時間等に関する規定の適用除外)、第114条(付加金の支払)、第115条(時効)、附則第143条第3項(賃金請求権の時効に関する経過措置)

労働契約法 第9条及び第10条(就業規則による労働条件の変更)

民法 第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第166条第1項(債権の消滅時効)

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