売主が個人であり資力に不安がある場合の回収

会社の株式を取得いたしましたところ、契約書に記載のない債務が判明いたしました。売主に対して補償を請求しようと考えておりますが、売主は個人であり、譲渡代金の大半を借入金の返済に充てたと聞いております。仮に訴訟で勝訴したとしても、回収できないのではないかと心配です。売主が個人である場合には、どのように進めればよいのでしょうか。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。売主が個人である場合には、請求が認められるかという問題と、認められた場合に現実に回収できるかという問題とを、分けて検討する必要があります。回収の見込みが乏しい場合には、訴訟に要する費用と時間に見合わないことがあります。他方、契約上の請求期間は進行いたしますので、まず通知により権利を保全した上で、資力の調査と回収の方法の検討を並行して進めることになります。本記事では、その手順を整理いたします。
第1節 まず権利を保全いたします
通知を先行させます
売主の資力に不安があるとしても、契約上の請求期間は進行いたします。期間を徒過すれば、資力の有無にかかわらず請求することができなくなります。
したがって、資力の調査に先立ち、期限内に補償の請求に関する通知を行います。通知の記載事項は、契約の定めによります。
時効の管理
契約上の請求期間とは別に、補償請求権について消滅時効が進行いたします。債権は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき、又は権利を行使することができる時から10年間行使しないときは、時効によって消滅いたします(民法第166条第1項)。
協議が長期に及ぶ場合には、協議を行う旨の合意による時効の完成猶予(民法第151条)を検討いたします。
保全の検討
売主が財産を処分するおそれがある場合には、仮差押えを検討いたします。仮差押命令は、金銭の支払を目的とする債権について、強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき等に発することができるとされております(民事保全法第20条第1項)。
売主が個人である場合には、財産の処分が容易であることが少なくありません。資力に不安があると判断した段階で、保全の可否を検討することが望まれます。
第2節 資力を調査いたします
譲渡の過程で得た情報
表1 資力の調査の手掛かり
| 資料 | 分かる事項 |
|---|---|
| 代金の振込先 | 売主の取引金融機関及び支店 |
| 売主の住所 | 不動産の所有の有無を調べる手掛かり |
| 対象会社の帳簿 | 役員貸付金、役員借入金の有無 |
| 対象会社の登記 | 売主が他に役員である会社の有無 |
| 譲渡の際の説明 | 代金の使途に関する説明 |
| 保証の解除の記録 | 売主が保証していた債務の内容 |
不動産の調査
売主の住所地の登記事項証明書を取得し、所有者及び担保権の設定の状況を確認いたします。担保権が設定されており、被担保債権の額が不動産の価値を上回る場合には、実質的な価値がないことがあります。
売主が居住する不動産の名義が配偶者となっている場合もあります。この場合には、当該不動産を対象とすることはできません。
判決を得た後の手続
債務名義を得た後には、財産開示手続を申し立てることができます(民事執行法第196条以下)。また、登記所、市町村、金融機関等から債務者の財産に関する情報を取得する手続が設けられております(民事執行法第204条以下)。
これらの手続により、不動産、給与、預貯金に関する情報を得られる場合があります。もっとも、手続には時間を要しますので、その間に財産が処分される可能性があります。
調査の限界
債務名義を得る前の段階では、調査の手段は限られております。弁護士会を通じた照会(弁護士法第23条の2)が用いられることがありますが、回答が得られないこともあります。
第3節 売主以外の者に対する請求を検討いたします
売主が複数である場合
売主が複数である場合には、契約における責任の負担の定めを確認いたします。連帯して責任を負う旨が定められている場合には、いずれの売主に対しても全額を請求することができます。
持分に応じて責任を負う旨が定められている場合には、各売主に対する請求の額が限られます。資力のある売主が含まれているかを確認いたします。
保証又は預託の有無
契約において、売主の債務について第三者が保証している場合、代金の一部が預託されている場合、又は保険が付されている場合があります。契約及び関係書類を確認いたします。
表2 回収を確保する仕組み
| 仕組み | 内容 |
|---|---|
| 代金の一部の預託 | 一定期間、代金の一部を第三者に預託いたします |
| 代金の一部の留保 | 一定期間、代金の一部の支払を留保いたします |
| 第三者による保証 | 売主の親族又は法人が保証いたします |
| 表明保証に関する保険 | 保険により損失を填補いたします |
| 分割払との相殺 | 未払の代金と補償請求権とを相殺いたします |
未払の代金との相殺
代金の一部が未払である場合には、補償請求権と未払代金債務との相殺を検討いたします(民法第505条第1項)。相殺は、相手方の資力にかかわらず回収と同一の結果を得られる方法です。
もっとも、契約において相殺を制限する定めが置かれている場合があります。また、相殺の意思表示の時期及び方法についても検討が必要です。
役員としての責任
売主が対象会社の取締役であった場合には、会社に対する任務懈怠責任(会社法第423条第1項)を対象会社が追及することが考えられます。契約上の補償とは別の根拠による請求です。
もっとも、この請求の主体は対象会社であり、買主自身ではありません。また、責任の要件を満たす必要があります。
第4節 財産の処分がされた場合
詐害行為取消権
売主が、債権者を害することを知って財産の処分をした場合には、その行為の取消しを裁判所に請求することができるとされております(民法第424条第1項)。
売主が、補償の請求を受けた後に、不動産を親族に贈与し、又は不相当に低い価額で譲渡した場合には、この制度による対応を検討いたします。
要件
この制度を用いるためには、債権者を害する行為であること、売主がそのことを知っていたこと、受益者も知っていたことなど、複数の要件を満たす必要があります。また、行使の期間についても定めが置かれております(民法第426条)。
要件の立証は容易ではありませんが、親族間の無償の処分については、認められる余地が比較的高いと考えられます。
早期の着手
処分がされた後の回復は、処分の前の保全よりも困難です。売主の資力に不安が生じた段階で、保全の可否を検討することが望まれます。
第5節 方針の判断
費用と回収の見込みの比較
訴訟には、費用と時間を要します。回収の見込みが乏しい場合には、請求が認められたとしても、実質的な利益が得られないことがあります。
したがって、資力の調査の結果を踏まえて、訴訟によるか、和解によるか、請求を見送るかを判断することになります。
分割払による和解
売主に一括して支払う資力がない場合には、分割払による和解を検討いたします。この場合には、期限の利益の喪失に関する定め、遅延損害金の定め、担保の設定を併せて検討いたします。
訴訟上の和解によることにより、債務名義を得ることができます。売主が履行を怠った場合に、直ちに強制執行に移ることができます。
金銭以外による解決
売主が対象会社に対して貸付金を有している場合には、その放棄を求めることが考えられます。売主が対象会社の不動産を個人で所有している場合には、その譲渡を求めることが考えられます。
売主が譲渡後も顧問等として関与している場合には、その報酬との調整を検討することもあります。
譲渡の前の手当て
売主が個人である案件においては、譲渡の前の段階で、代金の一部の留保又は預託、分割払、第三者による保証といった手当てを検討しておくことが望まれます。締結後に回収の手段を確保することは、容易ではありません。
第6節 弁護士に相談する意味
売主の資力に不安がある案件について弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、契約上の請求期間内に通知を行い、権利を保全することです。第二に、譲渡の過程で得た資料に基づき、売主の財産を調査することです。第三に、財産の処分のおそれがある場合に、保全の手続を検討することです。第四に、未払代金との相殺、第三者による保証、預託金といった回収の手段の有無を確認することです。第五に、費用と回収の見込みを比較して、方針を判断することです。
この類型においては、請求の当否よりも、回収の可能性が結論を左右いたします。早い段階で資力の調査に着手することが重要です。
具体的な調査及び回収の方法は、売主の状況、契約の定め、判明した債務の内容等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 売主に財産がなさそうです。それでも通知は必要ですか。
必要です。契約上の請求期間を徒過すれば、後に売主の資力が回復した場合であっても請求することができなくなります。まず通知により権利を保全した上で、方針を検討いたします。
質問2 売主の預金口座を差し押さえることはできますか。
判決等の債務名義を得た後に、差押えの手続を採ることができます。債務名義を得る前の段階では、仮差押えを検討いたします。いずれの場合も、金融機関名及び支店の特定が必要となります。
質問3 まだ支払っていない代金があります。相殺できますか。
補償請求権と未払代金債務とが相殺に適する状態にあれば、相殺を検討いたします(民法第505条第1項)。もっとも、契約において相殺を制限する定めが置かれている場合がありますので、契約の確認が必要です。
質問4 売主が自宅を親族に贈与しました。
債権者を害する行為として、その取消しを裁判所に請求することを検討いたします(民法第424条第1項)。要件の立証が必要となりますが、親族間の無償の処分については認められる余地があります。行使の期間にも定めがありますので、速やかな検討が必要です。
質問5 売主が複数います。誰に請求すればよいですか。
契約における責任の負担の定めによります。連帯して責任を負う旨が定められている場合には、いずれの売主に対しても全額を請求することができます。資力のある売主に対する請求を優先することが考えられます。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、売主に対する補償の請求及び回収に関するご相談をお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、株式譲渡契約書、開示別紙、代金の支払に関する記録、判明した債務に関する資料、売主に関する資料をご用意いただけますと、検討が早く進みます。売主が財産を処分しているとお考えの場合には、その旨をお申し出ください。
弁護士費用は、弁護士費用一覧のページをご覧ください。結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
民法 第151条(協議を行う旨の合意による時効の完成猶予)、第166条第1項(債権の消滅時効)、第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第424条第1項(詐害行為取消請求)、第426条(詐害行為取消権の期間の制限)、第505条第1項(相殺)
民事保全法 第20条第1項(仮差押命令の要件)
民事執行法 第196条以下(財産開示手続)、第204条以下(第三者からの情報取得手続)
会社法 第423条第1項(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)
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