未払割増賃金は何年分まで遡って請求されるのか

譲り受けた会社の元従業員から、未払割増賃金の請求を受けております。請求の書面には、10年以上前からの分が記載されております。労働時間の記録は数年分しか残っておりません。未払割増賃金は、何年分まで遡って請求されるのでしょうか。また、その間の遅延損害金はどのようになるのでしょうか。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。賃金の請求権の消滅時効は5年とされておりますが、当分の間、退職手当を除く賃金については3年とされております。したがって、現行法の下では、遡って請求される期間は3年が上限となるのが通例です。もっとも、時効の完成が猶予され、又は更新されている場合には、これを超えることがあります。また、改正の前に生じた賃金については、経過措置により2年とされる場合があります。本記事では、期間の計算と、負担の見積りの方法を整理いたします。
第1節 賃金の請求権の消滅時効
規定の内容
労働基準法においては、賃金の請求権はこれを行使することができる時から5年間行使しない場合においては、時効によって消滅するとされております(労働基準法第115条)。
もっとも、当分の間、退職手当の請求権を除く賃金の請求権については、3年とする経過措置が置かれております(労働基準法附則第143条第3項)。
実務上の取扱い
したがって、現行法の下では、割増賃金の請求権について遡って請求される期間は、3年が上限となるのが通例です。
表1 期間の整理
| 対象 | 期間 | 根拠 |
|---|---|---|
| 賃金(原則) | 5年 | 労働基準法第115条 |
| 賃金(当分の間) | 3年 | 同法附則第143条第3項 |
| 退職手当 | 5年 | 労働基準法第115条 |
| 改正前に生じた賃金 | 2年 | 改正前の労働基準法第115条 |
起算点
賃金の請求権は、これを行使することができる時から進行いたします。各月の賃金については、それぞれの支払期日から進行いたします。
したがって、月ごとに時効が完成していくこととなります。請求の時点から遡って3年分が対象となるのが通例です。
改正の前に生じた賃金
改正前の労働基準法においては、賃金の請求権の消滅時効は2年とされておりました。改正法の施行日前に支払期日が到来した賃金については、従前の例によるものとされております。
古い請求については、支払期日の時期を確認した上で検討する必要があります。
第2節 時効の完成が猶予され又は更新される場合
主な場合
時効の完成猶予及び更新に関する民法の規定は、賃金の請求権についても適用されます。
表2 主な事由
| 事由 | 効果 | 根拠 |
|---|---|---|
| 裁判上の請求 | 手続の終了まで完成猶予、確定により更新 | 民法第147条 |
| 催告 | その時から6箇月を経過するまで完成猶予 | 民法第150条 |
| 協議を行う旨の合意 | 一定の期間、完成猶予 | 民法第151条 |
| 承認 | その時から新たに進行を始めます | 民法第152条 |
催告がされていた場合
労働者から書面により請求がされていた場合には、その時から6箇月を経過するまでの間、時効は完成しないとされております(民法第150条第1項)。
過去に請求を受けていた場合には、その時期を確認いたします。
承認に当たる場合
会社が未払の存在を認める言動をした場合には、承認に当たり、時効が更新されている可能性があります。労働基準監督署の指導を受けて是正の報告を行った場合や、一部を支払った場合には、この点が問題となり得ます。
労働審判及び訴訟
労働審判の申立て又は訴えの提起があった場合には、その手続の終了まで時効は完成しないとされております。
第3節 負担の見積り
構成する要素
表3 負担を構成する要素
| 要素 | 内容 |
|---|---|
| 未払の割増賃金 | 遡ることができる期間の元本 |
| 遅延損害金 | 各月の支払期日の翌日からの利息 |
| 付加金 | 裁判所が命ずることがある未払金と同額の金銭 |
| 他の従業員への波及 | 同種の取扱いを受けている者の人数 |
遅延損害金
賃金の支払が遅れた場合には、遅延損害金が生じます。在職中の期間については、法定利率によるのが通例です(民法第404条、第419条第1項)。
退職した労働者に係る賃金については、賃金の支払の確保等に関する法律において、より高い利率による遅延利息の定めが置かれております。適用の要件と例外については、同法及び関係する政令の定めによります。
付加金
裁判所は、割増賃金の支払をしなかった使用者に対し、労働者の請求により、未払金と同一額の付加金の支払を命ずることができるとされております(労働基準法第114条)。
訴訟となった場合には、元本と同額の負担が加わる可能性を見積もる必要があります。
他の従業員への波及
賃金の制度は、通常、同一の職種又は等級に属する従業員に一律に適用されます。したがって、一人について未払が認められた場合には、同様の取扱いを受けていた従業員の全員について、同種の問題が生じ得ます。
負担の見積りにおいては、この点が最も大きな要素となります。対象となる従業員の人数と在籍期間から、総額を算定いたします。
第4節 労働時間の認定
記録がない期間
労働時間の記録が残っていない期間については、労働時間の認定が問題となります。会社が記録を保有していない場合には、労働者が提出する記録に基づいて認定される場面があります。
推認される場合
一部の期間について記録がある場合には、その期間の実績から他の期間を推認するという主張がされることがあります。この主張の当否は、業務の内容の変化、人員の状況、繁忙の程度により判断されることとなります。
会社側の反論
労働者が主張する労働時間の全部が認められるとは限りません。休憩の取得、業務に従事していない時間の有無、事業場外における業務の状況を検討いたします。
記録の保存
使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入れ、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を、一定の期間保存しなければならないとされております(労働基準法第109条)。
この期間についても、経過措置が置かれております。記録の保存の状況を確認いたします。
第5節 対応の方針
請求額の検証
まず、請求額を検証いたします。対象となる期間が時効の範囲内であるか、労働時間の主張が資料と整合しているか、算定の基礎となる賃金の範囲が適切であるかを確認いたします。
時効の援用
時効が完成している部分については、時効を援用することが考えられます。時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができないとされております(民法第145条)。
もっとも、援用することが交渉に与える影響についても、併せて検討いたします。
早期の解決
争いが長期に及ぶ場合、付加金及び遅延損害金の負担が増大し、また他の従業員への波及が生じることがあります。事案によっては、早期に和解することが合理的な場合があります。
将来に向けた是正
制度に問題がある場合には、将来に向けて是正いたします。労働時間の管理の方法を整備し、割増賃金を適正に支払う運用に改めることとなります。
売主に対する補償
労働に関する法令の遵守及び未払賃金の不存在について表明保証がされている場合には、その違反として補償を請求することが考えられます。労務に関する事項については、他の事項よりも長い請求期間が定められていることがありますので、契約の定めを確認いたします。
第6節 弁護士に相談する意味
この類型について弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、請求の対象となる期間を時効の観点から検証することです。第二に、労働時間の認定について、資料に基づく反論を組み立てることです。第三に、付加金及び遅延損害金を含めた負担の総額を見積もることです。第四に、他の従業員への波及の範囲を検討することです。第五に、売主に対する通知を行い、補償の請求を進めることです。
この類型においては、遡ることができる期間よりも、他の従業員への波及の方が負担として大きいことが少なくありません。請求を受けた段階で、全体の影響を見積もることが重要です。
具体的な検証及び対応の方針は、記録の状況、賃金の制度、契約の定め等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 何年分まで請求されますか。
賃金の請求権の消滅時効は5年とされておりますが、当分の間、退職手当を除く賃金については3年とされております(労働基準法第115条、同法附則第143条第3項)。したがって、遡って請求される期間は3年が上限となるのが通例です。
質問2 10年前からの分を請求されています。
時効が完成している部分については、時効を援用することが考えられます。もっとも、過去に請求を受けていた場合や、会社が未払の存在を認める言動をしていた場合には、時効の完成が猶予され、又は更新されている可能性があります。
質問3 労働時間の記録がありません。
会社が記録を保有していない場合、労働者が提出する記録に基づいて認定される場面があります。入退館の記録、業務用の電子機器の使用の記録等により、可能な限り実態を確認する必要があります。
質問4 元本のほかにどのような負担がありますか。
遅延損害金と、裁判所が命ずることがある付加金があります。付加金は未払金と同一額とされております(労働基準法第114条)。訴訟となった場合には、これらを含めて見積もる必要があります。
質問5 他の従業員にも波及しますか。
賃金の制度は同一の職種又は等級の従業員に一律に適用されるのが通例ですので、同種の問題が生じ得ます。負担の見積りにおいては、この点が最も大きな要素となります。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、譲受け後の未払割増賃金の請求に関するご相談をお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、請求の書面、就業規則及び賃金規程、賃金台帳、出退勤の記録、株式譲渡契約書及び開示別紙をご用意いただけますと、検討が早く進みます。
弁護士費用は、弁護士費用一覧のページをご覧ください。結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
労働基準法 第37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)、第109条(記録の保存)、第114条(付加金の支払)、第115条(時効)、附則第143条(経過措置)
賃金の支払の確保等に関する法律 第6条(退職労働者の賃金に係る遅延利息)
民法 第145条(時効の援用)、第147条(裁判上の請求等による時効の完成猶予及び更新)、第150条(催告による時効の完成猶予)、第151条(協議を行う旨の合意による時効の完成猶予)、第152条(承認による時効の更新)、第404条(法定利率)、第419条第1項(金銭債務の特則)
関連するご案内
M&Aの後に未払残業代を請求されてお困りではありませんか のページで、確認すべき事項と採り得る手続を整理しております。ご相談は事前予約制です。
あわせてお読みください。
必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
このページの位置付けと、関連するページ
本ページは、未払割増賃金及び労務の承継に関する解説のうちの一つです。全体像は、次の中核となるページを御覧ください。
同じ主題を扱う関連ページ
具体的な御相談をお考えの皆様へ
本ページの主題に関し、当事務所の取扱内容、対応の進め方及び費用の考え方は、次の御案内のページに整理しています。あわせて御覧ください。


