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工場の消防法違反が表明保証違反とされた場合、どこまでの改修費用を補償させられるか―東京地方裁判所平成27年6月22日判決

公開 2015年12月2日更新 2026年11月2日

▶ 裁判例から読み解く表明保証違反の場合に補償されるべき損害の範囲

買収した会社の半導体製造工場で、消防法の指定数量以上の危険物が許可なく貯蔵・取り扱われていたことが判明した。買主は違反状態を解消するため、薬液の自動供給・廃液システムを含む約3億円の改修工事を行い、売主に表明保証違反を理由として費用の補償を求めた。この場合、売主はどこまでの費用を負担しなければならないのでしょうか。東京地方裁判所平成27年6月22日判決は、表明保証違反を認めつつ、補償は保証の内容の実現に必要な限度にとどまるとして、より安価な方法を前提に補償額を算定しました。買主会社が控訴しましたが、東京高等裁判所平成27年12月2日判決も、この結論を維持しました。

本記事が扱う場面と、扱わない場面

本記事は、買収後に判明した工場の消防法違反について、買主が株式譲渡契約の補償条項に基づき改修費用等の補償を求めた一つの事件の第一審判決と控訴審判決を解説します。行政処分の当否、表明保証違反を理由とする契約の解除や代金減額、売主の不法行為責任は対象としていません。表明保証違反の場合に補償される損害の範囲の全体像は、裁判例から読み解く表明保証違反の場合に補償されるべき損害の範囲をご覧ください。

Contents
  1. 裁判例の基本情報と当事者の表記
  2. 事案の概要―半導体工場で、許可なく指定数量以上の危険物が扱われていた
    1. 半導体事業を承継した子会社の全株式が譲渡された
    2. 工場のクリーンルームが消防法に違反していた
    3. 買主会社は自動供給・廃液システムを含む改修工事を行った
  3. 事案の経緯
  4. 判断の出発点となった契約条項
  5. 買主会社が求めたもの―改修工事費用等3億4,446万7,079円
  6. 争点
  7. 第一審の判断―補償は保証の内容の実現に必要な限度にとどまる
    1. 許認可と不動産の二つの表明保証に違反するとされた
    2. 補償の範囲は保証の内容の実現に必要な限度とされた
    3. 稼働台数は17台を前提にすれば足りるとされた
    4. 自動供給・廃液システムの費用は補償の範囲外とされた
    5. システム化以外の工事の価格は相当とされた
    6. 手運び供給を採った場合の費用は初年度1年分が補償された
    7. 人件費は約40パーセント、弁護士費用は約1割が認められた
  8. 第一審判決の結論
  9. 控訴審の判断―第一審の結論を維持し、立証責任などの理由を補った
    1. 費用の必要性と合理性は、補償を求める買主が立証する
    2. 補償の前提は塗布現像装置25台の稼働ではない
    3. 集中供給・廃液システムは半導体工場に不可欠とまではいえない
    4. 見積りの根拠と、手運び供給の現実性
    5. 法令の遵守を超える安全面の改善は、補償の範囲を超える
    6. 工場の閉鎖を考慮して補償期間を1年間としたことは合理的
    7. 審級ごとの結論の推移
  10. 実務上の着眼点
  11. 本判決が扱っていない事項
  12. 消防法違反と補償の範囲についてのよくあるご質問
    1. 違反を解消するために実際にかかった工事費は、全額補償されますか。
    2. 特命発注で工事をすると、工事費は過大とされますか。
    3. 弁護士費用はどの程度認められましたか。
    4. 表明保証違反の補償を求める場合、費用が必要だったことは誰が立証するのですか。
  13. 根拠条文
  14. 買収後の法令違反と補償をめぐるご相談

裁判例の基本情報と当事者の表記

裁判所・裁判日 東京地方裁判所民事第17部・平成27年6月22日
事件番号 平成24年(ワ)第22058号
事件名 損害補償請求事件
審級 第1審
結論 一部認容(請求額3億4,446万7,079円のうち1億5,276万500円及び遅延損害金)
控訴審 東京高等裁判所第20民事部・平成27年12月2日判決・平成27年(ネ)第4025号。買主会社の控訴を棄却(控訴費用は買主会社の負担)

以下では、株式を買い受けた原告を「買主会社」、株式を売り渡した被告を「売主会社」、売主会社の全額出資子会社で株式譲渡の対象となった会社を「対象会社A」と表記します。対象会社Aは株式譲渡の後に商号を変更しています。引用中の当事者名も、この独自の表記に置き換えています。

本記事は、上記の第一審判決と、買主会社が控訴した控訴審判決(東京高等裁判所平成27年12月2日判決)の解説です。控訴審判決に対する上告又は上告受理の申立ての有無及び判決の確定は、確認できていません。

事案の概要―半導体工場で、許可なく指定数量以上の危険物が扱われていた

半導体事業を承継した子会社の全株式が譲渡された

買主会社は、集積回路を含む各種半導体製品の開発、設計、製造及び販売等を営む会社、売主会社は、電気機械器具の製造及び販売等を営む会社です。対象会社Aは売主会社の全額出資子会社で、売主会社の半導体事業を吸収分割により承継していました。

平成21年2月4日、買主会社と売主会社は、対象会社Aの発行済株式の80パーセントを同年4月1日に、残りを平成24年4月1日(後に平成22年10月1日に変更)に譲渡する株式譲渡契約を結びました。買主会社は、平成21年4月1日から平成22年10月1日までの間に合計78億6,612万6,255円を支払い、対象会社Aの全株式を取得しました。

工場のクリーンルームが消防法に違反していた

対象会社Aの工場は、平成2年10月に操業を開始した半導体製造工場です。平成22年5月頃、この工場で消防法に違反した状態が発覚しました。クリーンルームでは、株式譲渡契約の締結時から第一次譲渡時までの間に、消防法の定める指定数量以上の危険物が貯蔵され又は取り扱われていたにもかかわらず、消防法第11条第1項第1号により必要とされる市長の許可が取得されていませんでした。

また、電気設備や製造装置のモーター等に防爆対策がされていないこと、床が危険物の浸透しない構造になっておらず傾斜や貯留設備もないこと、危険物の配管の一部が熱で変形するおそれのない材質ではないこと、クリーンルームの耐火性能が準耐火建築物にとどまることから、政令で定める技術上の基準も満たしていませんでした。

買主会社は自動供給・廃液システムを含む改修工事を行った

買主会社は、違反状態を解消するため、クリーンルームの内外に独立した危険物管理区画(少量危険物貯蔵所)を新設して危険物を集中的に保管し、そこから配管で塗布現像装置に薬液を供給し、装置から出る廃液も配管で集中的に回収・排出する方法を採用しました。あわせて、所轄の消防本部の指導の下、条例上の技術上の基準を満たすための改修工事も行いました。工事は平成23年2月から平成24年7月にかけて行われ、買主会社は施工業者に合計3億4万9,890円(消費税込み)を支払いました。

買主会社は、平成24年1月11日、書面で売主会社に表明保証違反に基づく補償を求め、同年5月1日に改めて請求しました。判決によれば、買主会社側は、同年1月11日まで改修工事の内容等を売主会社に伝えていませんでした。その一方で、買主会社は、平成24年3月末、この工場を平成25年9月で閉鎖することを決定し、工場は同月に閉鎖されました。

事案の経緯

年月日 出来事
平成2年10月 対象会社Aの工場が操業を開始
平成21年2月4日 買主会社と売主会社が株式譲渡契約を締結
平成21年4月1日 第一次譲渡(発行済株式の80パーセント)
平成22年5月頃 工場で消防法に違反した状態が発覚
平成22年10月1日 第二次譲渡(残りの全株式)。代金は合計78億6,612万6,255円
平成23年2月から平成24年7月 買主会社が改修工事を実施(工事代金合計3億4万9,890円)
平成24年1月11日 買主会社が売主会社に、表明保証違反に基づく補償として2億8,808万1,800円を書面で請求
平成24年2月14日 売主会社の求めに応じ、買主会社が請求内容の補足説明書面を送付
平成24年3月末 買主会社が、工場を平成25年9月で閉鎖することを決定
平成24年5月1日 買主会社が改めて2億8,828万3,800円の補償を請求
平成24年7月末 改修工事後のシンナー供給ユニットの納入期日
平成24年8月9日 訴状送達の日の翌日(遅延損害金の起算日)
平成25年9月 工場が閉鎖される
平成27年6月22日 東京地方裁判所が一部認容の判決

判断の出発点となった契約条項

以下は、判決本文が要旨として記載する株式譲渡契約の条項の引用です。当事者の呼称のみ上記の表記へ置き換えています。

株式譲渡契約 第9条第12項(1)号(許認可に関する表明保証)

売主会社及び本件関係会社(対象会社A他8社)が現在行っている事業を行うために必要な行政当局の許認可、免許及びその他類似の承認は、全て売主会社及び本件関係会社によりそれぞれ適法に取得されており、かつ有効である。

株式譲渡契約 第9条第7項(1)号(不動産に関する表明保証)

売主会社及び対象会社Aは、契約書記載の売主会社及び対象会社Aが所有するとされている不動産に対して、完全な所有権を有しており、その現状における使用を第三者により妨げられない。また、本件不動産には、抵当権、その他の担保権は付されておらず、新会社(第1次譲渡実行後の対象会社A)の営業の継続に重大な影響を及ぼす欠陥、瑕疵、その他の不具合は存在しない。

株式譲渡契約 第18条第1項(補償)

売主会社は、売主会社の表明保証の違反が発生又は判明した場合、これに起因して買主会社に発生した損害(第三者からの請求の結果生じたものか否かを問わない。また、合理的な弁護士費用を含み、これに限定されない。)を買主会社に対して補償する。

買主会社が求めたもの―改修工事費用等3億4,446万7,079円

買主会社は、補償条項に基づき、次の合計3億4,446万7,079円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成24年8月9日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めました。

  • 改修工事費用:3億4万9,890円(消費税込み)
  • 改修工事に関わった設備エンジニア等の人件費:1,310万2,000円
  • 弁護士費用:3,131万5,189円

判決は、改修工事のうち、薬液の集中供給、集中廃液、少量危険物取扱所の新設、集中供給配管の各工事を「本件システム化工事」、危険物倉庫設計費、少量危険物貯蔵所の新設工事、自動消火システムその他の工事を「本件システム化以外の工事」と区分しています。

争点

  • 本件システム化工事の費用が表明保証による補償の範囲に含まれるか(争点1)
  • 本件システム化以外の工事の価格が適正か(争点2)
  • 本件システム化工事が補償の範囲に含まれない場合に、売主会社が負担すべき費用の額(争点3)
  • 設備エンジニア等の人件費及び弁護士費用が補償の範囲に含まれるか(争点4)

買主会社は、本来は塗布現像装置25台すべてを稼働させても違反とならない状態で工場を引き渡すべきであり、稼働台数を17台に絞ったうえでも、集中供給・廃液システムは必要かつ合理的であったと主張しました。手運びで薬液を交換する方法では、指定数量未満に抑えるためにシンナーの交換が1日24回又は91回必要になり、装置改造費、薬液費、人件費の増加で約2年でシステム化の費用を上回るとも主張しました。売主会社は、表明保証は法令違反がないことを保証するもので、適法化を超えて効率化を図る費用まで補償するものではなく、手運び供給の方法で足りると主張しました。

第一審の判断―補償は保証の内容の実現に必要な限度にとどまる

許認可と不動産の二つの表明保証に違反するとされた

裁判所は、クリーンルームが消防法上要求される政令で定める技術上の基準を満たさず、同法第11条第1項に違反し、市長の許可を取得していなかったことから、事業を行うために必要な「行政当局の許認可、免許及びその他類似の承認」が適法に取得されておらず、第9条第12項(1)号の表明保証に違反するとしました。

また、技術上の基準を満たしていないことは、改善しなければ危険物施設の使用停止命令の対象ともなり得るものであるから、「営業の継続に重大な影響を及ぼす欠陥、瑕疵、その他の不具合」があったとして、第9条第7項(1)号の表明保証にも違反するとしました。そして、違反状態を解消するために買主会社が要する費用は、違反に起因して買主会社に発生した損害であるとしました。

補償の範囲は保証の内容の実現に必要な限度とされた

もっとも、裁判所は、表明保証は一定の時点の事実が真実かつ正確である旨を表明し保証するものであり、本件の表明保証は、工場に営業の継続に重大な影響を及ぼす欠陥等がないこと、事業に必要な許認可等を適法に取得していることを保証するものであるから、「売主会社の補償もその保証内容の実現に必要な限度にとどまると解すべきである」としました。

稼働台数は17台を前提にすれば足りるとされた

工場の製品の販売数は平成20年頃から減少傾向にあり、株式譲渡契約の締結時から閉鎖までの塗布現像装置の稼働台数は最大17台であったことから、裁判所は、契約締結に際しても実際の稼働台数は17台程度が想定されていたと認め、補償の対象となる適法な状態も17台を前提に検討すれば足りるとしました。

自動供給・廃液システムの費用は補償の範囲外とされた

17台以下の稼働で薬液ボトルを小型化すれば、手運びで薬液を交換する方法でも違反状態を解消できることは、当事者間でも争いがありませんでした。裁判所は、平成20年から22年当時、国内の半導体メーカーで集中供給システムが必ずしも一般的に採用されていたわけではなく、より安価な手運び供給の方法で違反状態を解消できる以上、自動供給・廃液システムを採用することが必要かつ合理的といえる特段の事情がない限り、売主会社は手運び供給の方法を採ることで生じる費用を補償すれば足りるとしました。

買主会社が主張した装置改造費の見積りは内訳等の根拠が明らかでなく値引きも考慮されていないこと、人件費は作業の工夫で工数を減らせるという売主会社の主張を排斥するに足りないこと、薬液費の見積りは工場の閉鎖が公表された後の現実の発注可能性がない状況で取得されたもので、小分けするだけで1リットル450円のシンナーが約1,583円になるとする点は疑問であることなどから、約2年でシステム化の費用を上回るという主張は採用されませんでした。裁判所の試算では、両方式の工事費用等の差額をランニングコストの増加が上回るには約15年を要し、工場の閉鎖も決まっていたことから、システム化が合理的な選択であったとは認められませんでした。品質面・安全面の主張や、消防本部から早急に行う必要があると指導されたという主張も、システム化の必要性を示すものではないとされました。

システム化以外の工事の価格は相当とされた

売主会社は、特命発注が多用され、刊行物の価格と比べて6割以下で施工できたと主張しました。裁判所は、稼働中の半導体工場でクリーンルームの清浄度を保ちながら行う難易度の高い工事であること、特命で選んだ業者の多くは工場での施工実績がある者であったこと、特命発注でも見積りを吟味して複数回の値引き交渉を行い、競争入札が可能な工事は競争入札を行っていたこと、刊行物の価格は大量受注を前提とするもので単発の施工発注にどこまで妥当するか疑問があることなどから、価格は相当であるとしました。認められた費用は、危険物倉庫設計費52万5,000円、少量危険物貯蔵所新設工事費1,874万2,500円、自動消火システムその他の工事費5,204万2,200円の合計7,130万9,700円(消費税込み)です。

手運び供給を採った場合の費用は初年度1年分が補償された

裁判所は、手運び供給の方法を採った場合に追加で必要となる費用は、違反状態の解消に必要不可欠な費用として補償の範囲に含まれるとしました。少量危険物貯蔵所の追加設置費用1,785万円(消費税込み)は買主会社の主張どおり認め、装置改造費、薬液費及び人件費は、直接算定できる証拠がないことから、売主会社が仮定的に試算した装置改造費3,189万2,000円、薬液費の増加分年374万4,000円、人件費の増加分年884万4,000円の限度で認めました。

補償期間については、改修工事後のシンナー供給ユニットの納入期日が平成24年7月末で、そのころには製造が開始されたと考えられること、工場が平成25年9月末に閉鎖されていることなどを総合し、初年度1年分の合計6,233万円を補償すべきであるとしました。

人件費は約40パーセント、弁護士費用は約1割が認められた

設備エンジニア等の人件費1,310万2,000円については、手運び供給の方法を採った場合の工事費用の合計1億2,105万1,700円が、改修工事費用の総額3億4万9,890円の約40パーセントに当たることから、その40パーセントに相当する524万800円の限度で補償の範囲に含まれるとしました。

弁護士費用について、売主会社は、買主会社が事前に工事内容や金額を伝えず検証の機会を与えなかったことが紛争の原因であると主張しました。裁判所は、買主会社側が平成24年1月11日まで売主会社に改修工事の内容等を伝えなかったという事情を考慮しても、表明保証の範囲や工事金額の妥当性等が争われた訴訟の内容や経過に照らせば、弁護士費用の支出は表明保証違反に起因する損害であるとし、補償すべき合計額1億3,888万500円の約1割に当たる1,388万円を認めました。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

第一審判決の結論

裁判所は、売主会社に対し、合計1億5,276万500円及びこれに対する平成24年8月9日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払を命じ、その余の請求を棄却しました。内訳は次のとおりです。訴訟費用は20分し、その11を買主会社、その余を売主会社の負担とされ、金銭の支払を命じた部分には仮執行宣言が付されました。

  • 本件システム化以外の工事に係る費用:7,130万9,700円(消費税込み)
  • 手運び供給による方法を採った場合の初年度1年分のコスト:6,233万円(少量危険物貯蔵所の設置費用1,785万円、装置改造費3,189万2,000円、薬液費増加分374万4,000円、人件費増加分884万4,000円)
  • 設備エンジニア等の人件費:524万800円
  • 弁護士費用:1,388万円

控訴審の判断―第一審の結論を維持し、立証責任などの理由を補った

第一審判決に対しては、買主会社が控訴しました。控訴審の判決本文には、売主会社が控訴又は附帯控訴をした旨の記載はありません。買主会社は、控訴審で、第一審判決を変更して請求の全部(3億4,446万7,079円及び遅延損害金)を認めるよう求めました。

東京高等裁判所は、平成27年12月2日、買主会社の請求は1億5,276万500円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないとして、買主会社の控訴を棄却し、控訴費用を買主会社の負担としました。理由は、第一審判決の理由を引用したうえで、買主会社が控訴審で強調した主張に答える形で、次の点を補っています。なお、判決は、株式譲渡契約の表明保証と補償の定めを「本件表明保証条項」と呼んでいます。以下の引用中の〔 〕は、本記事の表記への置き換えです。

費用の必要性と合理性は、補償を求める買主が立証する

買主会社は、契約交渉の時に違反が発覚していれば、解消の費用は買収価格から減額されたはずであるから、買主は違反の事実と工事費用を支出したことを立証すれば足り、工事費用が不必要かつ不合理であることは売主会社が立証すべきであると主張しました。

控訴審は、補償の定めにより、買収の対象である対象会社Aの企業価値は担保されていると評価できるから、工事費用が不必要かつ不合理であることの立証責任を売主に負わせなければ定めの趣旨に沿わないとまではいえず、定めの文言にも買主会社の主張を裏付けるものはないとしました。また、契約交渉の時の買収価格は合意により確定するのに対し、契約締結後に買主会社の主張のように解すると、補償額が買主会社の判断で決まりかねない危険を売主会社が負うことになり、利害状況が異なるとしました。そのうえで、控訴審は、「本件表明保証条項の存在により、本件株式譲渡契約締結後に〔買主会社〕の判断で行った本件システム化工事の必要性、更には〔買主会社〕が補償を求める損害額の相当性が推定されるなどと解することはできず、補償を求める〔買主会社〕において、本件システム化工事の必要性、合理性を主張立証すべき」であると判断しました。

補償の前提は塗布現像装置25台の稼働ではない

買主会社は、表明保証の定めは文言に忠実に解釈すべきであり、17台の稼働を補償の対象とすると明記した条項がない以上、工場に設置されていた塗布現像装置25台すべての稼働が補償の対象であると主張しました。控訴審は、契約書には装置が何台稼働することを前提としていたかを示す文言が見当たらず、文言解釈から25台という解釈は導かれないから、契約書の文言以外の事情も考慮して両当事者の合理的な意思を探るほかないとしました。そして、契約当時に25台が設置され、かつて全台が稼働したことがあったことは認めつつ、「一般に、工場の価値評価に当たってその稼働能力が最大限発揮されることを前提に評価するものであるとまではいえない」とし、買主会社が利益見込み等についてどのような前提を置いて工場や対象会社Aの価値を評価したのかを認めるに足りる的確な証拠もないとして、買主会社の主張を採用しませんでした。

集中供給・廃液システムは半導体工場に不可欠とまではいえない

控訴審は、当時、集中供給・廃液システムがある程度普及していたことはうかがえるとしつつ、証人の証言等から、平成20年から平成22年当時、国内大手のメーカーの半導体工場でも、同システムが設けられた区域とそうでない区域とが混在していたと認めました。また、買主会社自身が、工場の一部の薬液について同システムがないことを認識しながら対象会社Aを買収し、違反の発覚まで同システムのない状態で生産を続けていたことは、買主会社が同システムを半導体工場に不可欠なものとまでは認識していなかったことを示すとしました。第一審が「国内の半導体メーカーにおいて、集中供給システムが必ずしも一般的に採用されている状況ではなく」としていた部分は、「集中供給・廃液システムが国内の半導体工場において不可欠なものであったとはいえず」と改められています。

見積りの根拠と、手運び供給の現実性

控訴審は、装置の改造費の見積書について、見積額の大半を占める改造部品の内訳の記載がないなど、見積りの根拠が明らかであるとはいい難いとし、差額が生ずることの合理性を基礎付ける事情について的確な立証はないと表現を改めました。また、買主会社は、手運び供給の方法ではシンナーの交換が1日24回又は91回、別の薬液では1日240回又は910回となり非現実的であると主張しましたが、控訴審は、買主会社の想定する作業工数が合理的かつ効率的なものとは認められず、手運び供給の方法が非現実的であることを示す的確な証拠もないとして、この主張を採用しませんでした。

法令の遵守を超える安全面の改善は、補償の範囲を超える

控訴審は、買主会社が主張する安全面の問題は、消防法が危険物の貯蔵や取扱いの規制により対処しようとしている事柄そのものであり、同法を遵守するだけでは賄われない点を指摘するものであるから、「消防法違反の解消という本件表明保証条項の範囲を超えるものというほかない」としました。以上から、控訴審も、違反状態の解消のために本件システム化工事を行うことが必要かつ合理的であったとは認められず、その費用は補償の範囲に含まれないと判断しました。

工場の閉鎖を考慮して補償期間を1年間としたことは合理的

買主会社は、契約締結の当時には工場を閉鎖する予定がなかったから、閉鎖の事実を考慮するのは不当であると主張しました。控訴審は、補償の定めの文言上、買主会社に生ずる増加コスト(ランニングコスト)が補償の対象に含まれるか、含まれるとして補償すべき期間がどの程度かは一義的に明らかでなく、衡平の観点から決するほかないとしました。そして、ランニングコストの補償は現実に支出すべき費用を補填するもので、支出の蓋然性が認められる限りで将来の分も対象となり得るものの、工場の閉鎖により負担がなくなった後まで売主会社に補償させることは衡平の理念に反するとしました。補償請求権は一度発生すればその後の事由によって損害の内容が左右されないという考え方についても、衡平性の裏付けを欠く場合にまで及ぼすことは相当でないとし、工場の閉鎖を一要素として考慮して補償すべき期間を1年間とした判断には合理性があるとしました。

審級ごとの結論の推移

項目(請求額) 第一審(東京地方裁判所平成27年6月22日判決) 控訴審(東京高等裁判所平成27年12月2日判決)
本件システム化工事の費用(2億2,874万190円) 補償の範囲外。手運び供給の方法を採った場合の初年度1年分のコスト6,233万円を認容 維持(必要性と合理性の立証責任は買主会社にあるとの理由を補足)
本件システム化以外の工事の費用(7,130万9,700円) 全額を認容 維持
設備エンジニア等の人件費(1,310万2,000円) 524万800円を認容 維持
弁護士費用(3,131万5,189円) 1,388万円を認容 維持
合計(3億4,446万7,079円) 1億5,276万500円及び遅延損害金の限度で認容し、その余を棄却 買主会社の控訴を棄却(控訴費用は買主会社の負担)

以下は当事務所の評価です。控訴審の判断を踏まえると、表明保証違反の補償を求める買主は、違反の事実と費用の支出だけでなく、選んだ解消の方法が必要かつ合理的であったことまで立証する必要があります。違反の是正に着手する前に、複数の方法の比較や見積りの根拠を記録に残しておくことが重要です。

実務上の着眼点

本判決は、表明保証違反による補償の範囲を、表明保証した状態(適法に許認可を取得し、営業の継続に重大な影響を及ぼす欠陥がない状態)を実現するのに必要な限度に限りました。違反を解消する方法が複数ある場合、買主が設備の効率化を兼ねた高額な方法を選んでも、より安価な方法で足りるときは、その差額は補償されない可能性があります。

また、補償額の算定では、契約締結時に想定されていた稼働の規模(本件では装置17台)や、工場の閉鎖の予定が考慮されました。買主としては、違反の是正工事に着手する前に売主に工事内容や見積りを示し、方法の選択について協議しておくことが、補償額をめぐる争いを減らすことにつながります。本件でも、買主会社側は、平成23年2月に工事を始めた後、平成24年1月11日まで改修工事の内容等を売主会社に伝えていませんでした。これらは本判決を踏まえた着眼点であり、本判決が特定の条項例の有効性を一般的に判断したものではありません。

M&Aの後に表明保証違反が判明し、売主に補償を請求する場合の進め方は、次のページでご案内しています。

本判決が扱っていない事項

  • 裁判所は、使用停止命令がされる可能性は現実には高くなかったと考えられるとしつつ、早期に違反を解消したいと考えることはやむを得ないとしたにとどまり、行政処分の当否は判断していません。
  • 表明保証違反を理由とする株式譲渡契約の解除や代金の減額は、請求されていません。
  • 買主会社が違反を知っていた場合に補償請求が制限されるかは、争点とされていません。
  • 工場の閉鎖がなかった場合に、2年目以降の手運び供給のコストが補償の対象となるかは判断されていません。

消防法違反と補償の範囲についてのよくあるご質問

違反を解消するために実際にかかった工事費は、全額補償されますか。

本判決は、補償は保証の内容の実現に必要な限度にとどまるとし、より安価な手運び供給の方法で違反を解消できた以上、自動供給・廃液システムの工事費用は補償の範囲に含まれないとしました。実際にかかった費用でも、必要かつ合理的といえる特段の事情がなければ全額が認められるとは限りません。

特命発注で工事をすると、工事費は過大とされますか。

本件では、稼働中の工場での難易度の高い工事であり、施工実績のある業者を選んだこと、見積りを吟味して値引き交渉をしていたこと、競争入札が可能な工事は競争入札にしていたことから、特命発注による価格も相当と認められました。発注の理由と交渉の経過を記録しておくことが重要です。

弁護士費用はどの程度認められましたか。

本件の補償条項は合理的な弁護士費用を含むと定めており、裁判所は、補償すべき合計額の約1割に当たる1,388万円を認めました。

表明保証違反の補償を求める場合、費用が必要だったことは誰が立証するのですか。

本件の控訴審は、表明保証の定めがあるからといって、買主が契約締結後に自らの判断で行った工事の必要性や損害額の相当性が推定されるわけではなく、補償を求める買主が工事の必要性と合理性を主張立証すべきであるとしました。

M&Aトラブルで請求する損害額の算定の考え方は、次のページでご案内しています。

根拠条文

  • 本件株式譲渡契約第9条第12項(1)号、第9条第7項(1)号(表明保証)、第18条第1項(補償)
  • 消防法第10条第1項・第3項・第4項、第11条第1項、第12条の2第1項・第2項
  • 危険物の規制に関する政令第9条第1項、第10条第1項、第19条第1項(技術上の基準)
  • 平成29年法律第45号による改正前の商法第514条(商事法定利率年6分)

買収後の法令違反と補償をめぐるご相談

買収後に工場や設備の法令違反が判明した場合は、表明保証の文言、是正方法の選択肢と費用、売主への通知の時期、補償の範囲を整理して検討します。会社を買った後に簿外債務が見つかり売主に請求したいとお困りではありませんかでは、当事務所の対応をご案内しています。

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件に関与し、2024年(令和6年)10月には最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得ました。現在は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士を務めています。

主として取り扱う分野 M&A、株式買取請求権、非上場株式の価格の決定、企業価値評価、事業承継及び企業法務

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著書

非上場会社における少数株主対策の手法と実務
『非上場会社における少数株主対策の手法と実務』(日本法令)
中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策
『中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策』(清文社)
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