株式を引き渡した後に譲渡代金が支払われない場合の回収の手順

株式を譲渡し、株主名簿の名義書換えも完了して経営権を引き渡しました。ところが、代金の一部が支払われないまま数か月が経過しております。買主に連絡いたしますと「資金繰りの都合でもう少し待ってほしい」と言われるばかりで、具体的な支払の期日が示されません。会社の実権は既に買主側に移っており、こちらから採れる手段が見当たりません。このようなご相談をいただくことがあります。

結論から申し上げます。譲渡代金の未払が生じた場合、回収の可否は、着手の早さと、買主の資産の状況によって大きく左右されます。判決を得るまでには相応の期間を要しますので、その間に買主の資産が処分されてしまえば、判決を得ても回収することができません。したがって、手順としては、事実の確定、請求、保全、訴訟、執行という順序を、期間の管理とともに進めることになります。本記事では、この手順を整理いたします。

第1節 まず事実を確定させます

 確認すべき事項

表1 最初に確定させる事実

区分 確認事項 確認する資料
債権の内容 譲渡代金の総額、既払額、未払額 株式譲渡契約書、入金の記録
支払の期限 一括払か分割払か、各回の期日 株式譲渡契約書
遅滞の有無 いずれの期日から支払われていないか 通帳、入金の記録
期限の利益 期限の利益の喪失に関する定め 株式譲渡契約書
遅延損害金 利率の定めの有無 株式譲渡契約書
担保 株式の質入れ、抵当権、保証の有無 契約書、登記事項証明書
相殺の主張 買主が補償請求等を主張していないか 買主からの通知
履行の状況 売主の側の義務が履行されているか 名義書換えの記録、引継ぎの記録
買主の資産 買主の財産、取引先、預金口座 登記事項証明書、決算公告、取引の記録
買主の信用 支払の遅延、他の債権者の存在 買主からの説明、公開情報

 自らの義務の履行を確認します

代金の請求にあたっては、売主の側が契約上の義務を履行していることが前提となります。株式の引渡し(株券発行会社においては株券の交付。会社法第128条第1項)、株主名簿の名義書換え(会社法第133条)、役員の辞任、引継ぎに関する誓約の履行といった事項について、履行が完了しているかを確認いたします。

売主の側に未履行の義務がある場合、買主は同時履行の抗弁(民法第533条)を主張する余地があります。

 期限の利益の喪失に関する定め

分割払の場合、株式譲渡契約書に期限の利益の喪失に関する定めが置かれていることがあります。「買主が本契約に定める支払を1回でも怠ったときは、当然に期限の利益を失い、残額を直ちに支払う」といった定めです。

この定めがある場合、1回の遅滞により残額全部が直ちに請求できることになります。定めがない場合には、期限が到来した分についてのみ請求することができるのが原則です。この点はMT02において詳述いたします。

 遅延損害金

金銭の給付を目的とする債務の不履行については、損害賠償の額は法定利率によって定めるものとされ、約定利率が法定利率を超えるときは約定利率によります(民法第419条第1項)。法定利率は年3パーセントを出発点とし、3年ごとに見直される仕組みが定められています(民法第404条)。契約に遅延損害金の定めがある場合には、その利率によります。

第2節 請求と交渉

 催告

まず、書面により支払を求めます。内容証明郵便によることが一般的です。記載すべき事項は、契約の特定、未払額、支払の期限、支払われない場合に採る措置です。

催告には、契約の解除の前提としての意味(民法第541条)と、消滅時効の完成猶予としての意味(民法第150条第1項。催告があったときは、その時から6か月を経過するまでの間は時効は完成いたしません)とがあります。

 催告の内容の設計

催告の書面は、後に訴訟となった場合の証拠となります。事実関係について正確に記載する必要があります。

なお、催告を行うことによって、買主が資産を処分する契機を与える可能性もあります。買主の資産の状況によっては、催告に先立って保全の手続を検討することがあります。この点の判断は、事案の状況によって異なります。

 協議による解決

買主に支払の意思があり、かつ一時的な資金繰りの問題にすぎない場合には、支払の方法について合意し直すことが現実的な解決となることがあります。この場合、次の点を明確にいたします。

表2 支払の方法を合意し直す場合に定める事項

事項 内容
残額の確認 未払額を金額で確定いたします
支払の方法 各回の金額と期日を明記いたします
期限の利益の喪失 1回でも怠った場合に残額を一括して請求できる旨を定めます
遅延損害金 利率を定めます
担保 不動産への抵当権の設定、保証人の追加を検討いたします
公正証書 強制執行を認諾する旨の記載のある公正証書を作成いたします

強制執行を認諾する旨の記載のある公正証書は、金銭の一定の額の支払を目的とする請求について債務名義となります(民事執行法第22条第5号)。この場合、訴訟を経ずに強制執行を行うことができます。

第3節 保全の手続

 保全の必要性

訴訟を提起し、判決を得て、強制執行を行うまでには相応の期間を要します。その間に買主が資産を処分してしまえば、判決を得ても回収することができません。これを防ぐのが保全の手続です。

金銭の支払を目的とする債権について強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき等には、仮差押命令を発することができるとされています(民事保全法第20条第1項)。

 仮差押えの対象

表3 仮差押えの対象となる財産

対象 内容 留意点
不動産 買主が所有する土地及び建物 登記により公示され、効果が明確です
預金債権 買主が金融機関に有する預金 金融機関及び支店の特定を要します
売掛金債権 買主が取引先に対して有する債権 第三債務者及び債権の特定を要します
動産 機械、在庫等 換価の見込みを検討いたします
株式 買主が保有する株式 対象会社の株式を含みます

対象財産を特定するためには、事前の調査が必要です。不動産については登記事項証明書により確認いたします。預金債権については、取引のある金融機関を特定する必要があります。

 手続の流れ

保全命令の申立ては、その趣旨並びに保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性を明らかにして行い、これらについては疎明しなければならないとされています(民事保全法第13条)。

裁判所は、担保を立てさせて保全命令を発することができるとされています(民事保全法第14条第1項)。担保の額は、請求債権の額、対象財産の内容、疎明の程度等を踏まえて裁判所が定めます。担保は供託により提供するのが通例です。

保全の手続は、債務者に知られないまま進められるのが通常です(不動産及び債権の仮差押えについては、債務者を審尋しないで発せられるのが通例です)。

 保全の効果

仮差押えがされますと、買主は当該財産を処分することが事実上困難となります。また、預金債権の仮差押えは、金融機関に対して買主の信用不安を知らせることになりますので、事実上の効果も大きいものです。

他方、保全の申立てには担保の提供を要し、また、後に本案の訴訟において敗訴した場合には損害賠償の責任を負う可能性があります。申立ての当否は慎重に判断する必要があります。

第4節 訴訟その他の法的手続

 手続の選択

表4 代金の回収に用いる法的手続

手続 特徴 適する場面
訴訟 判決により債務名義を得ます 争いがある場合、金額が大きい場合
支払督促 書面審査により発せられます(民事訴訟法第382条以下) 争いがないと見込まれる場合
民事調停 話合いによる解決を図ります 関係の継続を要する場合
訴え提起前の和解 裁判所において和解を成立させます(民事訴訟法第275条) 合意ができている場合
公正証書の作成 強制執行認諾文言により債務名義となります 合意ができている場合

支払督促については、債務者が督促異議を申し立てると通常の訴訟に移行いたします。争いが予想される場合には、当初から訴訟を提起する方が結果的に早いことがあります。

 訴訟における主張

代金の請求は、契約に基づく請求です。主張すべきは、契約の成立、代金の額、支払の期日の到来、未払の事実です。株式譲渡契約書が作成されていれば、立証は比較的容易です。

買主側からは、次のような主張がされることがあります。

表5 買主側から主張されることのある事項

主張 内容 検討する点
同時履行の抗弁 売主の義務が未履行であるとの主張 履行の完了を示す資料
相殺 表明保証違反に基づく補償請求権との相殺 補償請求権の成否、請求期間
価格調整 契約上の価格調整により減額されるとの主張 調整の手続の履践、異議の期間
錯誤又は詐欺 契約の効力を争う主張 民法第95条、第96条の要件
契約不適合 対象会社に問題があったとの主張 契約の定め、期間制限
支払の猶予の合意 支払を猶予する合意があったとの主張 合意の有無を示す資料

このうち実務上多いのが、表明保証違反に基づく補償請求権との相殺の主張です。これに対しては、補償の請求期間、通知の有無、損害の発生と額といった点を検討することになります。

 契約の解除

代金が支払われない場合、契約を解除することも考えられます。当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は契約の解除をすることができます(民法第541条本文)。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでないとされています(同条ただし書)。

もっとも、株式譲渡契約を解除した場合、原状回復として株式を取り戻すことになります(民法第545条第1項)。既に経営が混ざった後の会社の株式を取り戻すことが、売主にとって望ましい結果であるとは限りません。この点はMT32及びMT34において詳述いたします。

 代表者個人に対する請求

買主が法人である場合、原則として請求の相手方は当該法人です。もっとも、一定の場合には代表者個人に対する請求が考えられます。

株式会社は、代表取締役その他の代表者がその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償する責任を負うとされています(会社法第350条)。また、役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負うとされています(会社法第429条第1項)。

もっとも、単に代金が支払われないという事実のみによって、これらの責任が認められるものではありません。この点はMT04において詳述いたします。

 消滅時効

債権は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき、又は権利を行使することができる時から10年間行使しないときは、時効によって消滅いたします(民法第166条第1項)。

譲渡代金の請求権については、支払の期日が定められているのが通例ですので、当該期日から起算することになります。分割払の場合には、各回の支払期日ごとに起算するのが原則です。時効の完成猶予及び更新については、民法第147条以下に定めが置かれています。

第5節 強制執行

判決その他の債務名義を得た後、買主が任意に支払わない場合には、強制執行を行います。強制執行は、執行力のある債務名義の正本に基づいて実施いたします(民事執行法第22条、第25条)。

保全の手続を先行させていれば、仮差押えの対象とした財産に対して執行を行うことになります。保全を行っていない場合には、執行の段階で財産を探索する必要が生じます。

債務者の財産の状況を調査する手続として、財産開示手続及び第三者からの情報取得手続が民事執行法に定められています。これらの手続を用いることにより、預金債権、給与債権、不動産に関する情報を取得できる場合があります。

第6節 時間の経過による不利益

表6 時間の経過により生ずる不利益

経過 生ずる不利益
買主の資産の処分 判決を得ても回収できなくなります
買主の信用の悪化 他の債権者との競合が生じます
対象会社の財務の悪化 買主の返済原資が失われます
証拠の散逸 交渉の経緯を示す資料が失われます
消滅時効の進行 権利そのものが消滅する可能性があります

譲渡代金の未払が生じた場合、時間の経過は債権者にとって不利に働きます。買主から「もう少し待ってほしい」との申出があった場合であっても、支払の期日、金額、担保を書面により確定させることが必要です。

なお、対象会社が譲渡代金の支払について連帯保証をしている場合、又は買主の親会社が保証をしている場合には、これらの者に対する請求を併せて検討いたします。契約書に保証に関する定めが置かれているかを確認する必要があります。

第7節 弁護士に相談する意味

譲渡代金の回収において弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、契約書及び入金の記録を確認し、請求できる金額と期日を確定させることです。第二に、買主の資産の状況を調査し、保全の手続の要否と対象を判断することです。第三に、催告、保全、訴訟の順序と時期を設計することです。第四に、買主側から主張され得る抗弁を想定し、これに対する資料を整えることです。

とりわけ重要であるのは、保全の要否の判断です。買主の資産の状況によっては、催告に先立って保全の手続に着手すべき場合があります。この判断は、着手の時期を左右する重要な事項です。

具体的な回収の進め方は、買主の資産の状況、契約の内容、従前の経緯等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。

よくあるご質問

質問1 買主から「必ず払う」と言われています。待つべきでしょうか。

支払の期日、金額、担保を書面により確定させることをお勧めいたします。口頭の約束のみでは、後に事実関係が争われることになります。また、時間の経過は回収の可能性を低下させます。

質問2 株式を取り戻すことはできますか。

契約を解除して原状回復を求めることが考えられます(民法第541条、第545条第1項)。もっとも、経営が混ざった後の会社の株式を取り戻すことが望ましい結果であるとは限りません。解除の可否と当否は、事案に応じて検討いたします。

質問3 買主の会社に資産がありません。社長個人に請求できますか。

一定の場合には代表者個人に対する請求が考えられます(会社法第350条、第429条第1項)。もっとも、単に代金が支払われないという事実のみによって責任が認められるものではありません。個別の事情に照らして検討いたします。

質問4 仮差押えにはどのくらいの費用がかかりますか。

裁判所に納める費用のほか、担保の提供を要します。担保の額は請求債権の額、対象財産の内容、疎明の程度等を踏まえて裁判所が定めますので、事案により大きく異なります。担保は、事件の終了後に取り戻すことができます。

質問5 どのくらいの期間で回収できますか。

事案によって大きく異なります。買主に支払の意思と資力があり、協議により解決する場合には短期間で終わることもありますが、訴訟及び強制執行を要する場合には相応の期間を見込む必要があります。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、M&Aの譲渡代金の未払に関するご相談をお受けしております。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • 受付時間 8時00分から21時00分まで
  • 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
  • ご相談は事前予約制です

ご相談の際に、株式譲渡契約書、入金の記録が分かる資料、買主とのやり取りの記録、買主に関する登記事項証明書、担保に関する書面をご用意いただけますと、検討が早く進みます。これらがお手元にないことを理由にご相談をお断りすることはありません。

結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。

本記事の根拠条文

民法 第147条以下(時効の完成猶予及び更新)、第150条第1項(催告による時効の完成猶予)、第166条第1項(債権の消滅時効)、第404条(法定利率)、第412条(履行期と履行遅滞)、第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第419条第1項(金銭債務の特則)、第533条(同時履行の抗弁)、第541条(催告による解除)、第542条(催告によらない解除)、第545条第1項(解除の効果)、第95条(錯誤)、第96条(詐欺)、第505条(相殺)

会社法 第128条第1項(株券発行会社における譲渡の効力)、第130条第1項(対抗要件)、第133条(名義書換え)、第350条(代表者の行為についての損害賠償責任)、第429条第1項(役員等の第三者に対する損害賠償責任)

民事保全法 第13条(申立て及び疎明)、第14条第1項(担保)、第20条第1項(仮差押命令の必要性)

民事執行法 第22条(債務名義)、第25条(強制執行の実施)

民事訴訟法 第275条(訴え提起前の和解)、第382条以下(支払督促)

関連するご案内

M&Aの譲渡代金が支払われずお困りではありませんか のページで、確認すべき事項と採り得る手続を整理しております。ご相談は事前予約制です。

あわせてお読みください。

必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。

このページの位置付けと、関連するページ

本ページは、譲渡代金の未払及び回収に関する解説の中核となるページです。個別の論点は、次の各ページに整理しています。

具体的な御相談をお考えの皆様へ

本ページの主題に関し、当事務所の取扱内容、対応の進め方及び費用の考え方は、次の御案内のページに整理しています。あわせて御覧ください。