買主の代表者個人に請求できる場合

会社の株式を譲渡いたしましたが、買主である会社が譲渡代金を支払いません。買主の会社には見るべき財産がなく、訴訟を提起しても回収できないのではないかと考えております。他方、買主の代表者は、交渉の場において「必ず支払う」と述べておりました。買主の代表者個人に対して請求することはできないのでしょうか。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。買主が会社である場合、代金の支払義務を負うのは会社であり、代表者個人は当然には責任を負いません。もっとも、代表者が保証をしている場合、代表者に任務懈怠があり悪意又は重大な過失が認められる場合、代表者の行為が不法行為に当たる場合には、代表者個人に対する請求が成り立つ余地があります。本記事では、それぞれの根拠と、主張するために必要な事実を整理いたします。
第1節 原則 会社と代表者は別の主体です
契約の当事者
株式譲渡契約の買主が会社である場合、代金の支払義務を負うのは当該会社です。代表者は、会社を代表して契約を締結したにすぎず、契約上の当事者ではありません。
したがって、契約に基づく代金請求権を、代表者個人に対して行使することは原則としてできません。代表者個人に請求するためには、契約とは別の根拠が必要となります。
契約書の名義の確認
まず、契約書の名義を確認いたします。買主欄が「株式会社○○ 代表取締役○○」となっている場合には、契約の当事者は会社です。「○○(個人)」と併記されている場合や、代表者が併せて署名している場合には、代表者も当事者となっている可能性があります。
また、契約書とは別に、代表者が個人として差し入れた書面が存在しないかを確認いたします。念書、確認書、支払確約書といった表題の書面が該当することがあります。
検討する順序
表1 代表者個人に対する請求の根拠
| 根拠 | 必要となる事実 | 立証の負担 |
|---|---|---|
| 連帯保証 | 書面による保証の合意 | 比較的軽い |
| 併存的な債務の引受け | 代表者が自ら債務を負う旨の合意 | 比較的軽い |
| 役員等の第三者に対する責任 | 任務懈怠及び悪意又は重大な過失 | 重い |
| 不法行為 | 欺罔行為等及び故意又は過失 | 重い |
| 法人格の否認 | 形骸化又は濫用の事情 | 極めて重い |
立証の負担が軽い根拠から順に検討することが実際的です。
第2節 保証又は債務の引受けがある場合
連帯保証
代表者が代金債務について連帯保証をしている場合には、代表者個人に対して直接請求することができます。保証契約は、書面でしなければ効力を生じないとされております(民法第446条第2項)。電磁的記録によってされたときも書面によるものとみなされます(同条第3項)。
したがって、口頭で「私が責任を持ちます」と述べていたにとどまる場合には、保証としての効力を主張することが困難です。
書面の探索
保証の合意が、契約書本文の条項に置かれている場合と、別紙又は別の書面によっている場合とがあります。契約書の末尾、覚書、差入れ書の類を確認いたします。
また、決済の場において授受された書面の中に、代表者個人が署名した書面が含まれていることがあります。決済に関する記録を確認いたします。
併存的な債務の引受け
代表者が、会社の債務と並んで自らも同一の債務を負う旨を合意している場合には、併存的債務引受として、代表者個人に請求することができます。
不払が生じた後の交渉において、代表者が支払を約束する書面を作成した場合、その書面の趣旨が問題となります。会社の債務の履行を約束したにとどまるのか、代表者自身が債務を負う趣旨であるのかは、文言と経緯により判断されます。したがって、交渉の過程で書面を取り交わす場合には、その趣旨を明確に記載しておく必要があります。
第3節 役員等の第三者に対する責任
制度の内容
役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負うとされております(会社法第429条第1項)。
この責任は、会社に対する任務を怠ったことにより第三者に損害が生じた場合に、役員個人が負う責任です。契約上の責任とは別のものです。
主張すべき事実
表2 役員等の責任を主張する場合の要素
| 要素 | 内容 |
|---|---|
| 任務懈怠 | 代表者としての職務上の義務に違反したこと |
| 悪意又は重大な過失 | 義務違反について認識し、又は著しく注意を欠いたこと |
| 損害 | 代金を回収できないことによる損害 |
| 因果関係 | 任務懈怠と損害との間の関係 |
問題となり得る場面
支払の見込みがないことを認識しながら、これを秘して株式譲渡契約を締結させた場合には、任務懈怠が問題となる余地があります。契約の締結後に、会社の財産を代表者又はその関係者に移転し、支払の原資を失わせた場合も同様です。
他方、事業の見込みが外れて支払が困難となったにとどまる場合には、この責任が認められるとは限りません。経営上の判断の誤りが直ちに悪意又は重大な過失に当たるものではないためです。
立証のための資料
契約の締結時における買主の資力に関する資料が重要となります。買主から交付された決算書類、資金調達の計画に関する説明資料、金融機関との折衝に関する説明の記録が該当いたします。
また、契約後の財産の動きを示す資料として、買主の登記事項証明書、対象会社の登記事項証明書、対象会社の財産の処分に関する記録が挙げられます。
第4節 不法行為に基づく請求
欺罔行為があった場合
代表者が、支払う意思も能力もないにもかかわらず、支払う旨を述べて株式の引渡しを受けた場合には、不法行為に基づく損害賠償の請求が成り立つ余地があります(民法第709条)。
もっとも、契約の時点において支払う意思がなかったことを立証する必要があり、これは容易ではありません。契約の時点では支払う意思があったが、その後に資力を失ったという主張がされるのが通例です。
資力に関する説明
買主が資力について虚偽の説明をしていた場合には、その説明の内容と、実際の状況との差異を示す資料が重要となります。
交渉の過程で買主から提示された資料は、保管しておく必要があります。電子メール、提示された資金計画、面談の記録が該当いたします。
消滅時効
不法行為に基づく損害賠償請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき、又は不法行為の時から20年を経過したときは、時効によって消滅いたします(民法第724条)。
契約に基づく代金請求権の時効(民法第166条第1項)とは期間が異なりますので、いずれの請求を行うかにより、時効の管理が変わります。
第5節 法人格の否認
考え方
会社の法人格が形骸にすぎない場合や、法律の適用を回避するために濫用されている場合には、会社と代表者とを別の主体として扱わないという考え方が、判例上認められております。これを法人格否認の法理といいます。条文に定めがあるものではありません。
認められる場面は限られます
この法理が認められるのは、会社と代表者個人の財産が区別されていない、会社としての手続が全く行われていない、債務の履行を免れる目的で会社が設立された、といった事情がある場合に限られます。
買主が実体のある事業を営んでいる場合には、認められないのが通例です。安易に主張することは適切ではありません。
新たな会社に事業が移された場合
買主が、代金を支払わないまま、別の会社に事業を移転した場合には、法人格の濫用が問題となり得ます。事業譲渡又は会社分割の形式が採られている場合には、会社法上の規定に基づく請求を検討することになります。
第6節 弁護士に相談する意味
代表者個人に対する請求に関して弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、契約書及び関連する書面を確認し、保証又は債務の引受けの合意が存在しないかを検討することです。第二に、契約の締結時及び締結後の事情を整理し、役員等の責任又は不法行為の主張が成り立つかを検討することです。第三に、代表者個人の財産について保全の可否を検討することです。第四に、会社と代表者の双方を相手方として、訴訟の構成を組み立てることです。
代表者個人に対する請求は、会社に対する請求と比べて立証の負担が重いものです。他方、会社に資力がない場合には、これを検討せざるを得ません。契約書及び交渉の記録が残っているうちに、資料を整理しておくことが望まれます。
具体的な主張の組み立ては、契約の内容、買主の状況、経緯等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 代表者が「必ず払う」と言っていました。これで請求できますか。
口頭の発言のみでは、保証としての効力を主張することが困難です。保証契約は書面によらなければ効力を生じないとされております(民法第446条第2項)。もっとも、その発言が録音や電子メールに残っている場合には、他の主張を裏付ける資料となり得ます。
質問2 会社に財産がない場合、代表者に請求すれば回収できますか。
代表者個人に責任が認められた場合であっても、代表者に財産がなければ回収は困難です。請求の可否とともに、代表者の資力についても検討する必要があります。
質問3 会社法第429条第1項による請求は認められやすいのですか。
任務懈怠並びに悪意又は重大な過失を主張し、立証する必要がありますので、容易ではありません。契約の締結時における資力の状況や、契約後の財産の移転といった具体的な事実を示す必要があります。
質問4 会社と代表者の両方を相手方とすることはできますか。
できます。会社に対する契約上の請求と、代表者に対する責任の追及とを、同一の訴訟において行うことが考えられます。請求の根拠が異なりますので、それぞれについて主張を整理する必要があります。
質問5 代表者が交代した場合、前の代表者に請求できますか。
役員等の第三者に対する責任は、職務を行った当時の役員が負うものです。したがって、交代の前後を問わず、責任の原因となる行為を行った者に対する請求を検討することになります。当時の役員構成は、登記事項証明書により確認いたします。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、株式譲渡代金の不払と買主の代表者に対する責任の追及に関するご相談をお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、株式譲渡契約書、代表者が署名した書面、交渉の過程で提示された資料、買主及び対象会社の登記事項証明書をご用意いただけますと、検討が早く進みます。
弁護士費用は、弁護士費用一覧のページをご覧ください。結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
会社法 第429条第1項(役員等の第三者に対する損害賠償責任)、第430条(役員等の連帯責任)
民法 第166条第1項(債権の消滅時効)、第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第446条第2項及び第3項(保証契約の方式)、第709条(不法行為)、第724条(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
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