価格調整をめぐって争いとなった場合の弁護士対応 運転資本と純有利子負債の確定

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価格の調整をめぐる争いのご依頼に関するメインのページです。本ページは、M&Aの後に決済を終えてから代金の返還を求められた場面で、運転資本と有利子負債の確定をご説明します。旧経営者の株式の整理は別のページをご参照ください。

▶ M&Aトラブルを弁護士に依頼するとき 譲渡の後に紛争が生じた場合の相談の時期と進め方

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決済が終わり、代金も入金された2か月後に、買主の代理人から書面が届いた。基準日の運転資本が契約に定めた基準額を1億2000万円下回っていたので、その額を返還せよという内容である。添付は1枚の集計表のみで、内訳は分からない。帳簿は既に買主の管理下にある。本記事は、そのような通知を受け取った譲り渡し側の方に向けた解説です。

譲渡代金は、通常、数か月前の決算書の数値を基礎として算定されます。ところが、署名から決済までの間にも売掛金は回収され、在庫は増減し、借入れは返済されます。そこで、基準日の財政状態を確定させ、前提とした数値との差を代金に反映させる仕組みが用いられます。弱点は、その計算書を作るのが買主であり、売主は作成の過程に立ち会えないという点にあります。

結論から申し上げます。争うべきは金額の当否ではなく、契約書の定義条項に買主が持ち出した項目が含まれるかどうかであり、当たらない項目を除いていくことで差額の大部分は消えます。以下、順にご説明します。

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代金の返還を求められる場合でも、根拠となる条項によって反論の組立ても期限も変わります。

決済の後に代金の返還を求められるという場面

まず、時間の流れを押さえてください。署名の日に算定式が定まり、決済の日には暫定の数値で支払が行われます。その後、基準日を対象とする計算書が作成されて売主に交付され、期間内に異議が述べられなければ数値が確定します。異議があれば協議に入り、まとまらなければ第三者の判断に付されます。差額は決済の後に精算され、預託の仕組みがなければ売主が自らの資産から支払います。

この場面に特有の困難は、反論の材料となる帳簿と証憑が、すべて買主の支配下にある点です。会計帳簿及びその事業に関する重要な資料は、帳簿閉鎖の時から10年間保存しなければなりませんので(会社法第432条第2項)、書類は失われていません。問題は、それを見る手段を売主が持っているかどうかです。

調整の対象は、契約書のどこで決まっているのか

調整の可否と金額は、契約書の三つの箇所で決まります。定義条項において「運転資本」「純有利子負債」「基準額」「基準日」がどう定義されているか。算定の手続を定める条項において、誰がいつまでに計算書を作成し、何を添付し、売主が何日以内に異議を述べられるか。そして、別紙の算定の見本です。

最も強い武器となるのが、この別紙です。見本に現れていない勘定科目を新たに持ち込むことは、当事者が合意した算定方法から外れるという主張につながります。買主から届いた集計表と見本とを、科目ごとに並べて対照する作業から着手してください。

あわせて、会計方針に関する定めを確認します。会社法第431条は、株式会社の会計は、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うものとする旨を定めています。多くの契約書は、これに加え、基準日の計算書は基準期と同一の会計方針及び見積りの方法によって作成する旨を定めています。この定めがあれば、買主のグループの方針に合わせて見積りを厳格化した部分は除くべきであると主張できます。

なお、株式譲渡契約は個別に交渉して定めるものであり、民法第548条の2にいう定型約款には当たらないのが通常です。条項の内容が一方に不利であることを理由として、約款に関する規律によりその効力を否定することはできず、争いは条項の文言の解釈として組み立てることになります。

運転資本の定義に含まれるもの、含まれないもの

運転資本は、一般に、売上債権と棚卸資産の合計から仕入債務等を控除した額として定義されます。もっとも、契約書の定義は、勘定科目を列挙する方式と包括的な文言による方式とに分かれ、どちらかによって争いの様相が変わります。

列挙方式であれば、争点は限定されます。列挙された科目に含まれない項目を買主が持ち込んでいれば、その一事で除外を主張できます。包括方式の場合には、貸倒引当金の見積り、滞留在庫の評価減、未払の残業代や賞与の引当て、未払消費税、前受金の扱いが争点です。基準期の決算でどのように処理されていたかが、判断の出発点となります。

純有利子負債として控除される項目の争い方

純有利子負債は、借入金、社債その他の利息を伴う債務の合計から、現金及び現金同等物を控除した額として定義されるのが通常です。争いは、定義に明示されていないにもかかわらず、買主が実質的に負債であるとして控除を求める項目、いわゆるデットライク・アイテムをめぐって生じます。

買主が持ち出す典型的な項目は、未消化の有給休暇に係る債務、退職給付に係る積立不足、リース債務、役員又は関係会社からの借入金、係争中の事件の予想支払額、税務調査による見込みの追徴額です。定義に明記されているものは争えませんが、明記されていないものは、定義条項に列挙されていないことと見本に現れていないことを根拠に除外を求めます。未払賞与を運転資本でも控除しながら重ねてここでも控除する処理は、二重の控除に当たります。

控除される現金の側にも争点があります。買主は、担保に供されている預金や、事業の運営上手元に置くべき現金は控除できないと主張することがあります。当否は、定義条項が「現金及び現金同等物」とのみ定めているか、拘束性のあるものを除く旨を定めているかによります。定めがなければ、全額の控除を求めるのが出発点です。

基準日の計算書類を、誰が作成し、誰が確認するのか

基準日の計算書は、会社法第435条第2項に定める各事業年度に係る計算書類そのものではなく、契約に基づいて作成される書類です。したがって、同法第436条に定める監査の対象にもなりません。監査を経ていない以上、その数値が当然に正しいわけではありませんので、内訳の検証を求める理由になります。

作成の主体は、ほとんどの契約書で買主又は対象会社とされています。そこで確認していただきたいのが、売主又はその指定する公認会計士が、作成の過程に立ち会い、又は根拠となる帳簿及び証憑を閲覧謄写することができる旨の定めの有無です。定めがあれば直ちに行使してください。

定めがない場合、あるいは買主が応じない場合には、異議の通知の中で、閲覧を求める帳簿と証憑を、対象期間、勘定科目、証憑の種類を明記して特定し、開示を請求します。開示に応じないまま確定を主張することは信義に反する旨も記載しておきます。

異議の申立てに定められた期間を過ぎた場合

異議の期間に関する条項は、期間内に異議が述べられなければ計算書の数値をもって確定する旨を定め、合意によって争いを打ち切る仕組みです。期間の徒過は極めて重い結果を招きますので、期間内に異議の意思を到達させることを最優先としてください。

既に経過している場合でも、なお検討すべき点が三つあります。第一に、交付が契約所定の方法によって行われたかどうかです。通知の宛先や添付すべき資料が定められている場合、これを満たさない交付は期間の起算をもたらさないと主張する余地があります。第二に、添付すべき明細が欠けていた場合です。異議に必要な資料が交付されていない以上、期間は進行しないという主張が成り立ち得ます。第三に、記載に虚偽がある場合です。

なお、これらの期間の問題と、債権の消滅時効とは別の事柄です。増額の精算を請求する場合の消滅時効は、民法第166条第1項の定めによります。異議の期間が短いことと、時効の期間が長いことを混同しないでください。

第三者である公認会計士の判断は、どこまで当事者を拘束するのか

多くの契約書は、協議が調わない場合には両当事者が合意して選任する公認会計士の判断により、その判断は最終的で当事者を拘束する旨を定めています。この定めがある場合、手続を経ずに訴えを提起しますと、手続を尽くしていないとして争われます。付託は、争いのある項目を列挙して行うのが通常です。

拘束力の及ぶ範囲にも注意を要します。この手続に委ねられているのは、契約に定められた算定方法を数値に当てはめる作業であって、条項の法的な解釈そのものではないと解するのが自然です。定義条項の意味自体に争いがある場合には、その点を付託の対象から外し、法的な争いとして留保する設計が考えられます。

また、数値が確定した後は、同じ事実を理由に民法第415条第1項に基づく損害賠償を請求することは、原則としてできなくなると考えるべきです。手続に入る前に、表明保証の違反として構成すべき事実がないかを整理してください。なお、売主の支払義務と買主の義務とが引換給付の関係にあると定められている場合には、民法第533条により、相手方が履行を提供するまで履行を拒むことができます。

なぜ買主は、決済の後に調整を持ち出すのか

買主の行動を、すべて値下げの企てとして捉えるのは正しくありません。価格調整は契約が予定した手続であり、基準日の数値が暫定の数値を下回っていれば、買主が精算を求めるのは当然の運用です。この点を無視した反論は説得力を失います。他方、決済の後に価格の水準への不満が生じた場合、買主に残された唯一の値下げの手段がこの条項であることも事実です。

そして、買主は情報において圧倒的に有利です。売主が採るべき行動は明快で、通知を受け取った日に、異議を述べる旨と資料の開示を求める旨を書面で発し、同時に会計の専門家を確保することです。これから譲渡を行う方であれば、決済の日に、基準日の残高試算表と主要な勘定科目の内訳明細の写しを手元に確保しておいてください。

弁護士に任せられる範囲と、依頼の時期

弁護士に依頼していただける事項は、定義条項及び算定手続条項の解釈の検討、異議の通知書の作成と発送、帳簿及び証憑の開示の請求、公認会計士と連携した項目ごとの検証、協議の代理、付託書の作成、並びに訴訟の提起及び応訴です。

依頼の時期は、計算書又は精算の請求を受け取った当日です。異議の期間が20日から30日とされている契約書が多く、その中で内訳の検討と通知書の作成を終える必要があるためです。既に経過している場合でも、通知の方法や添付資料の欠落を理由とする主張の余地があります。

決済の前のご相談であれば、なお有効な手当てができます。控除の対象を列挙させること、算定の見本を別紙として添付すること、会計方針を基準期と同一とする旨を明記すること、売主側の会計士の立会権を定めること、異議の期間を60日とすることです。いずれも決済の後には交渉できません。

いま確認していただきたいこと

最終契約書について、運転資本の定義が列挙方式か包括方式か、純有利子負債の定義に借入金及び社債以外の項目が挙げられているか、基準額と基準日はいつか、算定の見本が添付されているか、会計方針を基準期と同一とする定めがあるか、売主側の立会権又は閲覧権があるか、異議の期間は何日かを確認してください。

次に、買主から届いた書面を点検します。添付資料が揃っているか。集計表の各項目が見本の科目に対応しているか。同一の項目が両方で控除されていないか。基準期と比べて見積りの方法が変わっていないか。デュー・ディリジェンスで既に開示していた事項が新たな控除項目とされていないか。

してはならないのは、金額の一部を認める趣旨の返信を送ること、電話で「精査します」とだけ答えて期間を進行させること、そして異議を述べる前に資料の開示だけを求めることです。開示の請求と異議の申立ては、必ず同一の書面で、同時に行ってください。

よくあるご質問

買主から届いたのは1枚の集計表だけです。これで期間が進行するのでしょうか

契約書に添付すべき明細や根拠資料が定められている場合、それらを欠く交付については、期間の起算をもたらさないと主張する余地があります。ただし、これに頼って期間を徒過することは避け、期間内に異議を述べた上で、あわせて期間が進行していない旨を主張する二段構えで対応します。

未消化の有給休暇に相当する額を負債として控除すると買主が主張しています

まず、純有利子負債の定義にこの項目が挙げられているかを確認してください。挙げられていなければ、定義に含まれないことと見本に現れていないことを理由に除外を求めます。基準期の決算書でも負債として計上されていなかったはずですので、会計方針を同一とする定めがあれば、その点も根拠となります。

会社の帳簿を見せてほしいと求めましたが、買主が応じません

契約に閲覧権が定められている場合には、その履行を求めます。定めがない場合には、閲覧を求める帳簿と証憑を特定した上で、開示に応じない限り数値を検証できず、確定を主張することは相当でない旨を書面で通知してください。開示を拒んだ経過は、後の協議及び訴訟で買主に不利な事情として作用します。

精算の結果、逆に買主から追加で支払を受けられる場合もありますか

あります。基準日の運転資本が基準額を上回っていた場合や、純有利子負債が想定より少なかった場合には、増額の精算を請求することになります。買主が減額を主張してきた場面でも、検証の結果、増額の方向に振れることは珍しくありません。買主の計算をそのまま前提にせず、独自に算定してください。

すでに異議の期間を過ぎてしまいました。もう争えないのでしょうか

直ちに諦める必要はありません。交付が契約所定の方法によっていない場合、添付すべき資料が欠けていた場合、又は記載に虚偽がある場合には、なお主張の余地があります。持ち出された項目の中に表明保証の違反として構成すべき事実があれば、別の条項に基づく検討も可能です。

おわりに

価格調整をめぐる争いは、会計の争いのように見えて、その実質は契約書の定義条項を読む作業です。持ち出された項目を一つずつ定義に当てはめ、当たらないものを外していく。この作業によって、当初の請求額が数分の一になることは珍しくありません。必要なのは、期間内に異議を述べることと、内訳を検証することの二つです。

当事務所では、公認会計士と連携し、項目ごとの検証書面を作成して協議に臨んでいます。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。

価格調整条項による代金の返還請求に関するご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)

出典

  • 民法第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第533条(同時履行の抗弁)、第166条第1項(債権等の消滅時効)、第548条の2(定型約款の合意)
  • 会社法第431条(会計の原則)、第432条第2項(会計帳簿の保存)、第435条第2項(計算書類等の作成)、第436条(計算書類等の監査等)

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