営業秘密侵害罪とは?不正取得・不正使用・不正開示にあたる行為や罰則を解説

企業が保有する顧客情報、取引先情報、技術情報、製造ノウハウ、営業資料などは、事業活動を支える重要な情報資産です。これらの情報が外部に流出すると、競争力の低下、信用の毀損など、会社に大きな不利益が生じるおそれがあります。
特に、従業員や退職者が会社の情報を無断で持ち出し、転職先や競合他社で使用した場合には、営業秘密侵害罪として刑事責任を問われる可能性があります。
ただし、会社の情報が外部に持ち出されたからといって、直ちに犯罪が成立するわけではありません。対象となる情報が法律上の「営業秘密」にあたることに加え、故意や不正の利益を得る目的または営業秘密保有者に損害を加える目的などが問題になります。
本記事では、営業秘密侵害罪と不正競争防止法の関係、成立要件、処罰対象となる行為、退職者・転職者による営業秘密侵害、罰則、民事責任との違い、会社側・従業員側が取るべき対応について解説します。
営業秘密侵害罪とは
営業秘密侵害罪とは、不正競争防止法上の「営業秘密」を不正に取得したり、使用したり、第三者に開示したりした場合に成立し得る犯罪です。
営業秘密というと、技術情報や製造ノウハウがイメージしやすいかもしれません。しかし、顧客名簿、取引先情報、価格情報、営業資料、仕入先リスト、開発中の商品情報、社内マニュアルなど、営業上の情報も保護対象になり得ます。
もっとも、会社が重要だと考えている情報であれば、すべて営業秘密侵害罪の対象になるわけではありません。法律上の営業秘密として保護されるには、秘密として管理されていること、事業活動に有用な情報であること、公然と知られていないことが必要です。
そのうえで、営業秘密侵害罪が成立するには、不正取得、不正使用、不正開示など、法律上処罰対象とされる行為が必要になります。単に社内で情報にアクセスできた、業務上その情報を知っていたというだけで、直ちに犯罪になるわけではありません。
一方で、前職で身につけた一般的な知識や経験、技能を転職先で活かすことまで、当然に営業秘密侵害罪になるわけではありません。問題となるのは、法律上保護される営業秘密を、不正な目的で取得・使用・開示したといえるかどうかです。
そのため、営業秘密侵害罪を理解するには、「どの情報が営業秘密にあたるのか」と「どの行為が不正取得・不正使用・不正開示にあたるのか」を分けて考える必要があります。
営業秘密侵害罪と不正競争防止法の関係
営業秘密侵害罪は、不正競争防止法に定められています。
不正競争防止法は、事業者間の公正な競争を守るための法律です。他人の商品表示をまねて混同を生じさせる行為、商品の形態を模倣する行為、競争関係にある他社の信用を害する虚偽の告知をする行為など、さまざまな不正競争行為を規制しています。
その中で、営業秘密を不正に取得・使用・開示する行為も、不正競争の一つとして位置づけられています。企業が保有する営業秘密は、長年の営業活動、研究開発、取引関係、社内ノウハウなどによって蓄積されるものです。こうした情報が競合他社に流出すると、公正な競争が損なわれ、営業秘密を保有していた会社に大きな不利益が生じるおそれがあります。
そこで、不正競争防止法は、営業秘密を民事上・刑事上の両面から保護しています。営業秘密を侵害された会社は、民事上、差止請求や損害賠償請求を検討できます。さらに、一定の悪質な行為については、営業秘密侵害罪として刑事罰の対象になる可能性があります。
不正競争防止法における営業秘密の保護
不正競争防止法上、営業秘密として保護されるためには、秘密として管理されていること、事業活動に有用な技術上または営業上の情報であること、公然と知られていないことが必要です。
ただし、本記事で中心となるのは、営業秘密そのものの詳しい要件ではありません。重要なのは、営業秘密にあたる情報について、どのような取得、使用、開示が犯罪として問題になるのかという点です。
例えば、従業員が退職後に利用する目的で顧客情報を無断で保存した場合や、技術資料を競合他社に渡した場合には、不正競争防止法上の営業秘密侵害が問題となります。さらに、行為者に故意があり、不正の利益を得る目的または営業秘密保有者に損害を加える目的が認められる場合には、営業秘密侵害罪として刑事責任を問われる可能性があります。
このように、不正競争防止法における営業秘密の保護は、会社の内部情報を守るだけでなく、公正な競争秩序を維持する役割も担っています。
民事責任と刑事責任の位置づけ
営業秘密の侵害があった場合には、民事責任と刑事責任を分けて考える必要があります。
民事責任は、営業秘密を侵害された会社が、侵害行為をやめるよう求めたり、損害の回復を求めたりする場面で問題になります。具体的には、営業秘密の使用差止め、資料やデータの廃棄、損害賠償請求などが考えられます。
これに対し、営業秘密侵害罪は刑事責任の問題です。刑事責任では、営業秘密を侵害した行為について、国が犯罪として処罰するかどうかが問題になります。会社が相手方に損害賠償を求める民事事件とは、手続の目的や進み方が異なります。
もっとも、民事責任と刑事責任は、どちらか一方だけが問題になるものではありません。同じ営業秘密の流出事案について、差止請求や損害賠償請求を検討しつつ、悪質性が高い場合には刑事告訴を行うこともあります。
営業秘密侵害罪の成立要件
営業秘密侵害罪が成立するためには、会社の情報が外部に流出したというだけでは足りません。対象となる情報が不正競争防止法上の「営業秘密」に該当することに加え、行為者に故意があること、不正の利益を得る目的または営業秘密保有者に損害を加える目的があることなどが問題になります。
つまり、営業秘密侵害罪では、「どのような情報が持ち出されたのか」だけでなく、「誰が、どのような認識で、何の目的で行ったのか」を確認する必要があります。
例えば、従業員が顧客情報を誤って社外に送信してしまった場合と、退職後に転職先で利用する目的で意図的にダウンロードした場合とでは、法的な評価が異なります。
以下では、営業秘密侵害罪の成立要件について、営業秘密性、故意、目的要件に分けて解説します。
営業秘密に該当すること
営業秘密侵害罪が成立する前提として、対象となる情報が不正競争防止法上の「営業秘密」に該当する必要があります。
営業秘密とは、秘密として管理されていること、事業活動に有用な技術上または営業上の情報であること、公然と知られていないことという3つの要件を満たすものをいいます。
顧客名簿、取引先情報、販売価格、原価情報、営業戦略、製造ノウハウ、設計図、研究開発データなどは、営業秘密に該当する可能性があります。ただし、これらの情報であれば常に営業秘密になるわけではありません。
特に重要なのは、会社がその情報を秘密として管理していたかどうかです。アクセスできる従業員を限定している、ファイルにパスワードを設定している、秘密情報であることを明示している、就業規則や秘密保持契約で取扱いを定めているといった事情は、秘密管理性を判断する際の要素になります。
反対に、誰でも自由に閲覧できる状態だったり、秘密情報であることが示されていなかったりする場合には、会社にとって重要な情報であっても、営業秘密としての保護が認められにくくなります。
会社側が営業秘密侵害罪を主張する場合には、単に「重要な情報を持ち出された」と説明するだけでは不十分です。その情報がどのように管理されていたのか、誰がアクセスできる状態だったのか、秘密情報であることが従業員に分かる状態だったのかを整理しておく必要があります。
故意があること
営業秘密侵害罪が成立するためには、行為者に故意があることも必要です。
故意とは、自分の行為が営業秘密の不正取得、不正使用、不正開示にあたることを認識しながら行うことをいいます。偶然情報を見てしまった場合や、誤操作でファイルを送信してしまった場合には、故意があるといえるかが問題になります。
例えば、従業員が退職前に、会社の顧客情報や営業資料を私物のUSBメモリに保存したり、個人メールアドレスに送信したりした場合、本人がその情報の性質や社内ルールを認識していたかが重要になります。
会社がその情報を社外秘として管理しており、従業員にも秘密情報として取り扱うよう周知していた場合には、行為者が営業秘密であることを認識していたと評価されやすくなります。反対に、管理があいまいで、どの情報が秘密なのか分かりにくい状態だった場合には、故意の判断にも影響する可能性があります。
故意の有無は、本人の言い分だけで判断されるものではありません。持ち出した情報の内容、時期、方法、回数、退職や転職との関係、持ち出し後の利用状況などから判断されます。
不正の利益を得る目的があること
営業秘密侵害罪では、不正の利益を得る目的があったかどうかも問題になります。
ここで注意すべきなのは、「不正の利益を得る目的」と「営業秘密保有者に損害を加える目的」の両方が必要という意味ではないことです。営業秘密侵害罪では、不正の利益を得る目的または営業秘密保有者に損害を加える目的のいずれかが問題になります。
不正の利益を得る目的とは、営業秘密を利用して、自分や第三者に不正な利益を得させようとする目的をいいます。金銭的な利益だけでなく、営業上の優位性を得ること、転職先で成果を上げること、競合他社の事業に利用することなども含まれ得ます。
例えば、退職後に新しい勤務先で営業活動に使うため、前職の顧客リストを持ち出した場合には、不正の利益を得る目的が疑われます。自分自身が直接利益を得る場合だけでなく、転職先や第三者に利益を得させる目的がある場合も問題になります。
保有者に損害を加える目的があること
営業秘密侵害罪では、不正の利益を得る目的のほか、営業秘密保有者に損害を加える目的がある場合も問題になります。
ここでいう営業秘密保有者とは、営業秘密を保有している会社などを指します。従業員や退職者が、会社に損害を与える目的で営業秘密を持ち出したり、第三者に開示したりする場合には、営業秘密侵害罪が成立し得ます。
ただし、前述のとおり、不正の利益を得る目的と営業秘密保有者に損害を加える目的の両方が必要なわけではありません。いずれかの目的が認められる場合には、営業秘密侵害罪の要件になります。
例えば、会社への不満から顧客情報を外部に流出させる行為、競合他社に技術情報を渡して会社の競争力を低下させようとする行為、会社の信用を傷つけるために営業上重要な情報を第三者に開示する行為などは、営業秘密保有者に損害を加える目的が疑われる場面です。
ここでいう損害は、金銭的な損害だけに限られません。取引先からの信用低下、競争上の優位性の喪失、営業機会の逸失、社内外への対応コストの発生なども問題となり得ます。
営業秘密侵害罪の対象となる行為
営業秘密侵害罪では、営業秘密を不正に取得する行為だけでなく、不正に使用する行為や、第三者に開示する行為も問題になります。
会社の情報を持ち出す場面では、社外秘資料を盗み出すような分かりやすいケースだけが対象になるわけではありません。業務上アクセスできた情報を退職前に保存する、私物端末に転送する、転職先で利用する、競合他社に提供するなど、さまざまな行為が問題になり得ます。
また、営業秘密が記録された媒体やデータを持ち出す行為にも注意が必要です。紙の資料やUSBメモリだけでなく、メール送信、クラウドへの保存、私物端末への転送、スクリーンショットなども、実質的には情報の持ち出しと評価される場合があります。
以下では、営業秘密侵害罪の対象となる主な行為について、不正取得、不正使用、不正開示、媒体・データの持ち出しに分けて解説します。
営業秘密を不正に取得する行為
営業秘密を不正に取得する行為とは、営業秘密保有者の管理に反して、営業秘密を手に入れる行為をいいます。
典型例としては、社内システムに無断でアクセスして顧客情報を取得する、権限のない技術資料をダウンロードする、他人のIDやパスワードを使って秘密情報にアクセスする、社外秘資料を無断でコピーするといった行為が挙げられます。
会社からアクセス権限を与えられている従業員であっても、その権限を業務目的以外に利用して情報を取得した場合には、不正取得が問題になることがあります。例えば、退職後に転職先で利用する目的で、通常業務では必要のない顧客情報まで大量にダウンロードした場合には、業務上の権限を逸脱したものと評価される可能性があります。
情報を物理的に持ち出していなくても、不正取得と評価されることがあります。クラウドストレージに保存する、個人メールに送信する、私物端末に同期するなど、社外から利用できる状態にした場合には、営業秘密を取得したものとして問題になり得ます。
営業秘密を不正に使用する行為
営業秘密を不正に使用する行為とは、営業秘密保有者の承諾なく、営業秘密を自分や第三者のために利用する行為をいいます。
不正使用が問題になりやすいのは、退職後や転職後の場面です。例えば、前職の顧客リストを使って営業活動を行う、前職で得た価格情報をもとに競合提案をする、製造ノウハウや技術データを転職先の商品開発に利用するなどのケースが考えられます。
一方で、従業員が前職で身につけた一般的な知識、経験、技能を転職先で活かすことまで、当然に営業秘密の不正使用になるわけではありません。問題となるのは、法律上保護される営業秘密そのものを利用した場合です。
会社側が不正使用を主張する場合には、単に「同じ業界で働いている」「似たような営業をしている」というだけでは不十分です。どの営業秘密が、どの場面で、どのように使われたのかを具体的に整理する必要があります。
営業秘密を不正に開示する行為
営業秘密を不正に開示する行為とは、営業秘密を第三者に漏らしたり、第三者が利用できる状態にしたりする行為をいいます。
開示というと、資料を直接手渡す場面を想像しやすいかもしれません。しかし、実際には、メールで送信する、チャットツールで共有する、クラウドフォルダへのアクセス権を付与する、オンライン会議で画面共有する、スクリーンショットを送るなど、さまざまな方法が考えられます。
営業秘密の開示が問題となる典型例としては、従業員が競合他社に顧客情報を提供する場合、退職者が転職先に技術資料を渡す場合、取引先に社内の価格情報や仕入条件を漏らす場合などがあります。
また、営業秘密であることを知りながら受け取り、それを事業に利用した場合には、受領者側にも法的責任が生じる可能性があります。特に競合他社や転職先が、営業秘密であることを認識しながら利用した場合には、民事責任だけでなく、刑事責任を問われる可能性もあります。
営業秘密が記録された媒体・データを持ち出す行為
営業秘密が記録された媒体やデータを持ち出す行為も、営業秘密侵害罪との関係で問題になります。
従来であれば、紙の資料を持ち出す、USBメモリに保存する、CDや外付けハードディスクにコピーする、といった行為が典型例でした。しかし、現在では情報の保存・共有方法が多様化しており、物理的な媒体を持ち出さなくても、営業秘密を社外で利用できる状態にすることは容易です。
例えば、会社の顧客情報を個人メールに送信する、クラウドストレージにアップロードする、私物のパソコンやスマートフォンに保存する、チャットツールで自分宛てに送る、画面をスクリーンショットで保存する、といった行為も問題になり得ます。
このような行為は、本人に「紙の資料を盗んだ」という意識がなくても、実質的には営業秘密の持ち出しにあたる可能性があります。特に、退職前後に会社の情報を個人的に保存する行為は、後に転職先で利用する目的があったのではないかと疑われやすい場面です。
もっとも、媒体やデータを持ち出した事実だけで、直ちに営業秘密侵害罪が成立するわけではありません。対象情報が営業秘密に該当するか、行為者に故意があったか、不正の利益を得る目的または営業秘密保有者に損害を加える目的があったかなどが検討されます。
退職者・転職者による営業秘密侵害
営業秘密侵害罪が問題になりやすい場面の一つが、従業員の退職や転職に伴う情報の持ち出しです。
在職中の従業員は、業務上、顧客情報、取引先情報、価格情報、営業資料、技術情報などにアクセスできる立場にあります。そのため、退職前にこれらの情報を保存したり、転職後に利用したりすることで、営業秘密侵害が問題になることがあります。
退職者や転職者の側では、「自分が担当していた顧客だから問題ない」「自分で作成した資料だから持ち出してもよい」と考えてしまうことがあります。しかし、業務上取り扱っていた情報であっても、会社が営業秘密として管理している情報であれば、退職後に自由に利用できるわけではありません。
退職時の顧客情報の持ち出し
退職時に問題となりやすいのが、顧客情報の持ち出しです。
顧客名、担当者名、連絡先、取引履歴、購入実績、商談状況、価格条件などは、営業活動に直結する情報です。これらの情報が競合他社に渡れば、既存顧客への営業や価格交渉に利用されるおそれがあります。
例えば、退職前に顧客リストをダウンロードする、名刺管理データを私物端末に移す、顧客とのやり取りを個人メールに転送する、といった行為は注意が必要です。紙の資料を持ち出していなくても、データを社外で利用できる状態にすれば、営業秘密の持ち出しと評価される可能性があります。
もっとも、顧客情報のすべてが当然に営業秘密となるわけではありません。誰でも入手できる情報なのか、会社が秘密として管理していた情報なのか、従業員がその管理状況を認識していたのかが問題になります。
転職先での営業秘密の使用
退職時に持ち出した情報を、転職先で使用した場合には、さらに問題が大きくなります。
例えば、前職の顧客リストを使って営業をかける、前職の価格情報を参考に見積条件を設定する、前職の提案資料を転職先で流用するような行為は、営業秘密の不正使用にあたる可能性があります。
転職者が前職で得た知識や経験を活かすこと自体は、当然に禁止されるものではありません。問題となるのは、前職の会社が営業秘密として管理していた具体的な情報を、転職先の業務に利用する場合です。
そのため、転職先の会社も注意が必要です。新しく入社した従業員が前職の資料やデータを持ち込んだ場合、それを安易に利用すると、転職先側もトラブルに巻き込まれるおそれがあります。営業秘密であることを知りながら利用した場合には、民事責任や刑事責任を問われる可能性もあります。
競合他社への情報開示
退職者や在職中の従業員が、競合他社に営業秘密を開示するケースもあります。
例えば、顧客情報を競合他社に渡す、技術資料を提供する、仕入条件や価格情報を知らせる、開発中の商品情報を共有するなどの行為です。このような開示は、営業秘密保有者である会社の競争上の利益を直接害するおそれがあります。
開示の方法は、資料の手渡しに限られません。メール送信、クラウド共有、チャットツールでの送信、オンライン会議での画面共有、スクリーンショットの送付など、さまざまな形が考えられます。
競合他社への情報開示が疑われる場合、会社側は、どの情報が、誰に、どのような方法で渡されたのかを確認する必要があります。退職前後のアクセスログ、メール送信履歴、クラウドサービスの利用履歴、端末の保存状況などは、事実関係を把握するための重要な手がかりになります。
営業秘密侵害罪の罰則
営業秘密侵害罪に該当する行為をした場合、行為者本人には拘禁刑や罰金刑が科される可能性があります。また、法人の業務に関して違反行為が行われた場合には、法人にも罰金が科されることがあります。
営業秘密侵害罪の主な罰則を整理すると、次のとおりです。
| 区分 | 罰則の内容 | 補足 |
|---|---|---|
| 個人に科される刑罰 | 10年以下の拘禁刑または2,000万円以下の罰金 | 営業秘密を不正に取得・使用・開示した行為者本人に科される可能性があります。 |
| 拘禁刑と罰金刑の併科 | 拘禁刑と罰金刑が併せて科される場合がある | 行為の悪質性、被害の程度、得た利益などによっては、両方の刑が科される可能性があります。 |
| 法人に科される罰金 | 5億円以下の罰金 | 法人の業務に関して営業秘密侵害行為が行われた場合、両罰規定により法人も処罰対象となる可能性があります。 |
| 海外使用等の場合 | 個人は3,000万円以下の罰金、法人は10億円以下の罰金 | 営業秘密が海外で使用された場合や、海外で使用する目的で取得・開示された場合には、通常より重い刑事罰の対象になる可能性があります。 |
| 収益の没収 | 営業秘密侵害によって得た収益が没収される場合がある | 犯罪によって得た利益を保持させないため、営業秘密侵害によって得た収益が没収される可能性があります。 |
営業秘密は、いったん外部に流出すると、完全に回収することが難しい情報です。そのため、不正競争防止法では、個人に対する拘禁刑・罰金刑だけでなく、法人に対する罰金や、海外使用等の場合の加重処罰、収益の没収についても定めています。
以下では、表で整理した各罰則について、個人・法人・海外使用等の場合に分けて補足します。
個人に科される拘禁刑・罰金刑
営業秘密侵害罪に該当する行為をした個人には、原則として10年以下の拘禁刑または2,000万円以下の罰金が科される可能性があります。
ここでいう個人には、会社の従業員、元従業員、役員、転職者、競合他社の担当者などが含まれます。罰金刑だけでなく拘禁刑も定められているため、営業秘密侵害罪は、単なる情報管理上のトラブルでは済まない場合があります。
拘禁刑と罰金刑の併科
営業秘密侵害罪では、拘禁刑または罰金刑のいずれか一方だけでなく、両方が併科される場合があります。
併科とは、拘禁刑と罰金刑の両方が科されることをいいます。実際の処分は、情報の重要性、被害の程度、行為者の目的、反省や被害回復の状況などを踏まえて判断されます。
法人に科される両罰規定による罰金
営業秘密侵害罪では、行為者本人だけでなく、法人にも罰金が科される場合があります。これは、いわゆる両罰規定によるものです。
法人の業務に関して営業秘密侵害行為が行われた場合、法人に対して5億円以下の罰金が科される可能性があります。例えば、競合会社が、転職者から前職の営業秘密であることを知りながら顧客情報や技術情報を受け取り、自社の営業活動や商品開発に利用した場合などが考えられます。
海外使用等の場合の加重処罰
営業秘密が海外で使用されたり、海外で使用する目的で取得・開示されたりする場合には、通常より重い刑事罰の対象になる可能性があります。
海外使用等の場合には、個人について3,000万円以下の罰金、法人について10億円以下の罰金が科される可能性があります。営業秘密が国外に流出すると、国内での対応や被害回復が一層難しくなるためです。
営業秘密侵害による収益の没収
営業秘密侵害罪では、刑罰に加えて、営業秘密侵害によって得た収益が没収される可能性があります。
没収とは、犯罪によって得た利益や、その利益に由来する財産を国が取り上げる制度です。営業秘密を不正に利用して利益を得た場合、その収益を保持させないため、営業秘密侵害によって得た収益が没収される可能性があります。
営業秘密侵害罪と民事責任の違い
営業秘密の侵害が問題となる場合、刑事責任と民事責任を分けて考える必要があります。
営業秘密侵害罪は、営業秘密を不正に取得・使用・開示した行為について、国が犯罪として処罰するかどうかの問題です。これに対し、民事責任は、営業秘密を侵害された会社が、侵害行為の停止や損害の回復を求めるものです。
同じ営業秘密の流出事案であっても、刑事責任と民事責任では、目的や手続、求める結果が異なります。
刑事罰と差止請求の違い
刑事罰は、営業秘密侵害罪に該当する行為をした者に対して、拘禁刑や罰金刑などを科すものです。処罰を行うのは国であり、捜査機関による捜査や、検察官による起訴・不起訴の判断を経て、刑事手続が進みます。
一方、差止請求は、営業秘密を侵害された会社が、相手方に対して営業秘密の使用や開示をやめるよう求める民事上の手段です。例えば、退職者が前職の顧客情報を使って営業活動をしている場合には、その使用停止を求めることが考えられます。
会社にとっては、相手方を処罰することだけが目的ではありません。営業秘密がこれ以上使われないようにすること、流出した資料やデータを削除・廃棄させることが急務となる場面もあります。
刑事罰と損害賠償請求の違い
損害賠償請求は、営業秘密の侵害によって会社に損害が発生した場合に、その損害の回復を求める手続です。
例えば、営業秘密である顧客情報が競合他社に利用され、取引先を奪われた場合や、技術情報が流出して競争上の優位性を失った場合には、損害賠償請求が問題になります。
刑事罰は、違反行為に対する制裁です。これに対し、損害賠償請求は、被害を受けた会社の損害を金銭的に回復するためのものです。刑事事件で有罪となったとしても、それだけで会社の損害が当然に補填されるわけではありません。
そのため、会社側としては、刑事責任を追及するかどうかとは別に、損害の内容や金額を整理し、民事上の請求を検討する必要があります。
刑事告訴と民事訴訟の関係
営業秘密侵害が疑われる場合、会社は刑事告訴と民事訴訟の両方を検討することがあります。
刑事告訴は、捜査機関に対して、営業秘密侵害罪にあたる行為があったとして処罰を求める手続です。悪質な持ち出しや競合他社での利用が疑われる場合には、警察への相談や刑事告訴が選択肢になります。
一方、民事訴訟では、営業秘密の使用差止め、資料やデータの廃棄、損害賠償などを求めることが中心になります。営業秘密の利用を早急に止めたい場合や、損害の回復を求めたい場合には、民事上の対応が重要になります。
刑事告訴と民事訴訟は、どちらか一方しか選べないものではありません。事案によっては、刑事告訴を行いながら、並行して差止請求や損害賠償請求を行うこともあります。
営業秘密侵害罪が問題となりやすい典型事例
営業秘密侵害罪は、企業の重要な情報が外部に流出した場面で問題になります。なかでも、元従業員による顧客情報の持ち出し、技術情報や製造ノウハウの流出、競合他社や転職先での利用は、実務上も典型的なケースです。
元従業員による顧客情報の持ち出し
営業秘密侵害罪が問題となりやすい典型例の一つが、元従業員による顧客情報の持ち出しです。
顧客情報には、顧客名や連絡先だけでなく、担当者名、取引履歴、購入実績、商談状況、契約条件、価格交渉の経緯などが含まれることがあります。これらの情報は、競合他社が新規営業や既存顧客の奪取に利用できるため、会社にとって重要な営業上の情報です。
例えば、退職前に顧客リストをダウンロードし、転職先で営業活動に利用した場合には、営業秘密の不正取得や不正使用が問題になります。顧客とのメール履歴を個人アカウントに転送したり、名刺管理データを私物端末に移したりする行為も、事案によっては営業秘密の持ち出しと評価される可能性があります。
技術情報・製造ノウハウの流出
技術情報や製造ノウハウの流出も、営業秘密侵害罪が問題となりやすいケースです。
設計図、研究開発データ、試験結果、製造工程、品質管理方法、原材料の配合、プログラムのソースコードなどは、企業が長期間にわたって蓄積してきた重要な情報です。これらが競合他社に流出すれば、開発期間の短縮、製造コストの削減、類似商品の開発などに利用されるおそれがあります。
例えば、技術者が退職前に設計データを私物端末に保存し、転職先で類似製品の開発に利用した場合には、営業秘密の不正取得・不正使用が問題になります。また、在職中の従業員が競合他社に技術資料を提供したような場合には、不正開示が問題となり得ます。
技術情報やノウハウの場合、一般的な技術知識や経験と、会社固有の営業秘密との区別が重要です。前職で身につけた一般的な技能を転職先で活かすこと自体は、直ちに営業秘密侵害とはいえません。
競合他社・転職先での利用
営業秘密の持ち出しが特に問題になるのは、その情報が競合他社や転職先で利用された場合です。
例えば、前職の顧客情報を使って営業先を選定する、前職の価格表をもとに競争上有利な見積りを出す、前職の技術資料を転職先の商品開発に利用する、といったケースが考えられます。このような利用があると、営業秘密保有者の競争上の利益が直接害されるおそれがあります。
また、転職先の会社も注意が必要です。転職者が前職の資料やデータを持ち込んだ場合、それが営業秘密にあたる可能性を認識しながら利用すれば、転職先側にも責任が及ぶことがあります。特に、資料に「社外秘」「confidential」などの表示がある場合や、明らかに前職の内部資料と分かる場合には、安易に受け取ったり利用したりすべきではありません。
営業秘密侵害罪が疑われる場合の対応
営業秘密侵害罪が疑われる場合には、感情的に相手を問い詰めるのではなく、まず事実関係を整理することが大切です。
営業秘密の持ち出しや不正使用が疑われる場面では、退職者、転職先、競合他社、社内関係者など、複数の関係者が関わることがあります。初動を誤ると、証拠が失われたり、相手方に警戒されて調査が難しくなったりするおそれがあります。
会社側は、持ち出された可能性のある情報、アクセスした人物、持ち出しの方法、利用・開示の有無を確認しながら、民事上・刑事上の対応を検討することになります。
会社側が確認すべき事項
会社側がまず確認すべきなのは、どの情報が問題になっているのかという点です。
顧客情報なのか、技術情報なのか、価格情報なのか、製造ノウハウなのかによって、被害の内容や今後の対応は変わります。また、その情報が営業秘密として管理されていたかどうかも重要です。アクセス権限、秘密表示、社内規程、秘密保持契約、管理ルールなどを確認する必要があります。
次に、誰が、いつ、どのような方法で情報にアクセスしたのかを調べます。退職直前に大量のデータをダウンロードしていないか、個人メールに送信していないか、クラウドサービスや私物端末に保存していないかなどを確認することになります。
さらに、持ち出された情報が実際に使用・開示されたかも重要です。転職先で営業活動に使われている、競合他社の商品開発に利用されている、第三者に共有されているといった事情があれば、民事上・刑事上の対応をより具体的に検討する必要が出てきます。
証拠保全と社内調査
営業秘密侵害が疑われる場合には、証拠保全が重要になります。
アクセスログ、ダウンロード履歴、メール送信履歴、チャット履歴、クラウドサービスの利用履歴、端末の操作履歴などは、持ち出しや開示の有無を確認するための手がかりになります。これらのデータは時間の経過とともに削除されたり、上書きされたりすることがあるため、早期に保全することが望まれます。
社内調査を行う場合には、調査対象者への聞き取りだけでなく、客観的な資料を確認することが大切です。本人が「持ち出していない」「業務上必要だった」と説明しても、ログや送信履歴から別の事実が判明することがあります。
ただし、従業員の私物端末や個人アカウントを無断で確認することは、プライバシーや労務上の問題を生じさせる可能性があります。社内調査では、就業規則や情報管理規程、本人の同意、調査範囲の相当性を確認しながら進めるべきです。
刑事告訴・民事請求の検討
事実関係を確認した結果、営業秘密侵害罪にあたる可能性が高い場合には、刑事告訴を検討することがあります。
刑事告訴を行う場合には、単に「情報を持ち出された」と主張するだけでは足りません。対象情報が営業秘密に該当すること、行為者が不正に取得・使用・開示したこと、故意や目的要件が認められることを、資料に基づいて整理する必要があります。
一方で、会社にとっては、刑事処罰だけが目的ではない場合もあります。営業秘密の使用を止めたい、持ち出されたデータを削除させたい、損害を回復したいという場合には、民事上の差止請求や損害賠償請求も検討対象になります。
刑事対応と民事対応は、事案に応じて組み合わせることができます。相手方に使用停止やデータ削除を求めつつ、悪質性が高い場合には刑事告訴を検討することもあります。
従業員・退職者側の注意点
営業秘密侵害が疑われた従業員や退職者の側も、慎重に対応する必要があります。
会社から問い合わせを受けた場合には、安易に事実と異なる説明をしたり、関係するデータを削除したりすることは避けるべきです。証拠隠滅を疑われる行動を取ると、かえって状況が悪化する可能性があります。
また、「自分が作成した資料だから自由に使える」「担当していた顧客情報だから持ち出してよい」といった考え方は危険です。業務上作成・利用していた資料であっても、会社が営業秘密として管理している情報であれば、退職後に自由に使えるとは限りません。
転職先で前職の情報を利用している場合には、その情報が営業秘密にあたるかどうか、利用の経緯や範囲を確認する必要があります。疑いを受けた段階で、自己判断で対応するのではなく、事実関係を整理したうえで、必要に応じて専門家に相談することが望まれます。
営業秘密侵害罪を防ぐための最低限の対策
営業秘密侵害罪を防ぐためには、会社がどの情報を営業秘密として扱うのかを明確にし、従業員がその情報を無断で持ち出したり、外部で使用したりしないように管理することが大切です。
もっとも、ここでいう対策は、営業秘密一般の管理体制を網羅的に整えるという話ではありません。本記事では、営業秘密侵害罪を防ぐために、特に確認しておきたい最低限のポイントに絞って整理します。
秘密情報の範囲の明確化
まず重要なのは、会社として秘密にしたい情報の範囲を明確にすることです。
営業秘密侵害罪が問題になるためには、対象となる情報が法律上の営業秘密に該当する必要があります。そのため、会社側が「重要な情報だった」と後から主張するだけでは不十分です。従業員から見ても、その情報が秘密として扱われていることが分かる状態にしておく必要があります。
例えば、顧客情報、価格情報、技術情報、製造ノウハウ、営業資料、開発中の商品情報などについて、どの情報を秘密情報として扱うのかを社内規程や情報管理ルールで定めておくことが考えられます。資料やデータに「社外秘」「confidential」などの表示を付けることも、秘密情報であることを示す手段になります。
アクセス権限と持ち出し制限
次に、営業秘密にアクセスできる人を必要な範囲に限定することが重要です。
すべての従業員が自由に顧客情報や技術情報を閲覧できる状態では、秘密として管理されているとはいえない場合があります。また、情報の持ち出しが容易であれば、退職時や転職時のトラブルにつながりやすくなります。
そのため、営業秘密を含むデータについては、部署、役職、担当業務に応じてアクセス権限を設定することが望まれます。あわせて、ダウンロード制限、外部記憶媒体の使用制限、個人メールへの送信制限、クラウドサービスへのアップロード制限なども検討対象になります。
また、ログ管理も重要です。誰が、いつ、どの情報にアクセスし、どのような操作をしたのかを記録しておけば、不審なアクセスや大量ダウンロードを早期に発見しやすくなります。営業秘密の持ち出しが疑われる場合にも、ログは事実関係を確認するための重要な資料になります。
退職時の誓約書・返還確認
営業秘密侵害は、退職時や転職時に問題になりやすい傾向があります。そのため、退職時の確認手続も重要です。
退職者に対しては、会社の秘密情報を持ち出していないか、私物端末や個人メール、クラウドサービスに会社のデータが残っていないかを確認する必要があります。貸与パソコン、スマートフォン、USBメモリ、紙資料、IDカードなどの返還確認も欠かせません。
また、退職時に秘密保持義務を確認する誓約書を取得することも有効です。誓約書では、在職中に知った営業秘密を退職後に使用・開示しないこと、会社資料やデータを返還・削除すること、転職先で会社の営業秘密を利用しないことなどを確認します。
もっとも、誓約書を取得すればそれだけで十分というわけではありません。実際にどの情報が返還されたのか、データが削除されたのか、退職直前に不自然なアクセスやダウンロードがなかったかを確認することも大切です。
営業秘密侵害罪のまとめ
営業秘密侵害罪は、不正競争防止法に定められた犯罪であり、営業秘密を不正に取得・使用・開示した場合などに問題となります。
ただし、会社の情報が外部に流出したからといって、直ちに営業秘密侵害罪が成立するわけではありません。対象となる情報が法律上の営業秘密に該当することに加え、行為者の故意や不正の利益を得る目的または営業秘密保有者に損害を加える目的があったかどうかが重要になります。
特に、従業員や退職者による顧客情報の持ち出し、技術情報や製造ノウハウの流出、転職先や競合他社での利用は、営業秘密侵害罪が問題となりやすい場面です。紙の資料やUSBメモリだけでなく、メール、クラウド、私物端末、スクリーンショットなどによる持ち出しにも注意しなければなりません。
営業秘密侵害罪に該当する場合、個人には拘禁刑や罰金刑が科される可能性があります。また、法人に対する両罰規定による罰金、海外使用等の場合の加重処罰、営業秘密侵害によって得た収益が没収される可能性もあります。
会社側としては、営業秘密の範囲を明確にし、アクセス権限や持ち出し制限を設け、退職時の返還確認や誓約書の取得を行うなど、最低限の管理体制を整えておくことが大切です。
営業秘密の侵害が疑われる場合には、情報の内容、管理状況、持ち出し方法、使用・開示の有無、行為者の目的などを整理する必要があります。そのうえで、刑事告訴、差止請求、損害賠償請求など、事案に応じた対応を検討することが望まれます。


