M&Aにおける粉飾決算の類型と発覚した場合の対応

この記事の位置付け

粉飾決算の類型と対応に関するメインのページです。本ページは、M&Aで会社を譲り受けた後に決算の操作が判明した場面で、手掛かりと時期ごとの対応をご説明します。簿外債務の請求の道筋は中核のページをご参照ください。

買収の後に判明した債務の請求の全体像、通知の期限の管理、保証債務及び係争の評価については、本ページの末尾に掲げる関連するページもあわせてご覧ください。

同じ主題を扱う関連ページ

M&Aの後に、買収した会社の決算書が実態を表していなかったことが判明する事案は、決して珍しいものではありません。売上が水増しされていた、在庫が実際には存在しなかった、決算書に載っていない債務が残っていた、といった事態は、買主の投資判断の前提そのものを覆します。本ページは、M&Aの場面で問題となる粉飾決算について、どのような類型があるのか、デューデリジェンスの過程でどのような手掛かりから発見し得るのか、そして判明した時期に応じてどのような対応を採り得るのかを、実務の順序に沿って整理するものです。

粉飾決算の問題は、会計の問題であると同時に、契約の問題です。決算書の数値が誤っていたという事実だけでは、直ちに売主に対する請求が認められるわけではありません。株式譲渡契約においてどのような表明保証が与えられていたか、開示資料にどこまで記載されていたか、通知の期限をいつまでとしていたか、といった契約上の設計が、請求の可否と範囲を大きく左右します。本ページでは、会計上の兆候と契約上の請求とを結び付けて説明します。

Contents
  1. M&Aの場面における粉飾決算の意味
    1. 粉飾決算という言葉が指す範囲
    2. 中小規模の会社において粉飾決算が生じやすい背景
    3. 買主が受ける不利益の内容
  2. 粉飾決算の類型
    1. 売上の架空計上及び期間帰属の操作
    2. 原価及び費用の繰延べ
    3. 在庫の過大計上
    4. 貸倒引当金の不足
    5. 簿外債務の隠蔽
    6. 関係会社を用いた循環取引
  3. デューデリジェンスにおいて粉飾を発見する手掛かり
    1. 勘定科目内訳書と決算書の突合
    2. 売掛金の年齢調べ
    3. 在庫の実地棚卸の記録の確認
    4. 資金繰り表と損益の乖離
    5. 税務申告書の別表との照合
    6. 金融機関への提出資料との比較
  4. 粉飾が判明した時期による対応の違い
    1. クロージング前に判明した場合の前提条件による対応
    2. クロージング前に判明した場合の解除及び価格の再交渉
    3. クロージング後に判明した場合の表明保証違反に基づく請求
    4. 通知の手続と期限の管理
  5. 損害額の算定の考え方
    1. 差額説を基礎とする算定
    2. 収益を基礎とする算定の方法における影響
    3. 補償の上限、下限及び免責額による制約
    4. 付随して生じた費用の取扱い
  6. 売主の側の反論の型
    1. 既に開示済みであるという反論
    2. 価格に織り込み済みであるという反論
    3. 通知の期限を徒過しているという反論
    4. 故意ではないという反論
  7. 刑事の問題となり得る場面と、これを直ちに断定すべきでない理由
    1. 刑事の規律が及び得る場面
    2. 直ちに断定すべきでない理由
  8. 粉飾を予防するための契約上の手当て
    1. 表明保証の作り込み
    2. 補償条項及び担保の設計
    3. 価格の調整及び取引の構造による対応
  9. よくあるご質問
    1. デューデリジェンスを実施していれば、後から粉飾決算を理由に請求することはできないのでしょうか
    2. 粉飾決算の疑いを抱いた段階で、まず何をすべきでしょうか
    3. 売主が個人であり、既に対価を費消しているようです。回収の見込みはあるのでしょうか
    4. 買収の後に判明した簿外の債務について、対象会社が支払を求められています。売主に請求できるのでしょうか
    5. 粉飾決算の内容が、税務上の処理の誤りにとどまる場合はどうなるのでしょうか
    6. 売主に対する請求と、対象会社の経理の担当者に対する責任の追及とは、どのように整理すべきでしょうか
    7. 刑事の告訴を行うべきかどうかを迷っています。判断の目安はありますか
    8. 紛争を解決するまでに、どの程度の期間を要するのでしょうか
  10. まとめ

M&Aの場面における粉飾決算の意味

粉飾決算という言葉は、日常的には広く用いられますが、M&Aの実務においては、その内容を正確に切り分けて把握する必要があります。会計処理の見解の相違にとどまるものと、事実を作出して数値を動かしたものとでは、売主に対して主張し得る内容が異なるためです。

粉飾決算という言葉が指す範囲

ここでいう粉飾決算とは、会社の財政状態又は経営成績を実際よりも良好に見せるために、会計帳簿及び決算書の数値を意図的に操作することをいいます。売上を実際よりも大きく見せる方向の操作が典型ですが、利益を圧縮する方向の操作、いわゆる逆粉飾も、M&Aの場面では問題となります。逆粉飾は税負担の圧縮を目的として行われることが多く、これが発覚した場合には、過年度の税務上の追徴の負担が対象会社に生じ、結果として買主が引き受けた会社の価値を毀損します。

他方で、引当金の見積りの幅、減価償却の方法の選択、収益の認識時期に関する解釈の相違など、会計上の判断の余地の範囲内にとどまる事項も存在します。これらは、直ちに粉飾決算と評価されるものではありません。買主としては、発見した事象が、判断の幅の問題なのか、事実の作出の問題なのかを、初期の段階で見極める必要があります。

中小規模の会社において粉飾決算が生じやすい背景

中小規模の会社では、会計監査人による監査を受けていない場合が多く、決算書の作成が、経理を担当する少数の従業員と顧問の税理士との間で完結していることが少なくありません。内部の牽制が働きにくく、代表者の意向が会計処理にそのまま反映されやすい構造にあります。

加えて、金融機関からの借入れを継続するために一定の利益及び純資産を維持する必要があるという事情が、数値の操作の動機となる場合があります。M&Aの局面では、これに売却価格を引き上げたいという動機が重なります。買主としては、対象会社が置かれてきた資金調達の状況を把握することが、粉飾決算の有無を検討する上での出発点となります。

買主が受ける不利益の内容

粉飾決算が存在した場合、買主が受ける不利益は、単に決算書の数値が誤っていたということにとどまりません。利益の水準を前提として算定した買収価格が過大であったという価格面の不利益、事業計画の前提が崩れることによる投資回収の遅れ、金融機関に対する説明の必要、さらには対象会社の従業員及び取引先の信頼の低下といった、広範な影響が生じます。請求を検討する際には、これらのうちどこまでが法的に賠償の対象となる損害であるかを、慎重に切り分ける必要があります。

粉飾決算の類型

粉飾決算は、その手口ごとに、決算書に残る痕跡と発見の手掛かりが異なります。以下では、M&Aのデューデリジェンスで現実に問題となることの多い類型を取り上げ、それぞれの仕組みと、後の段階で確認すべき視点を述べます。

売上の架空計上及び期間帰属の操作

最も基本的な類型は、実際には存在しない取引を売上として計上するものです。架空の取引先を用いる場合のほか、実在する取引先との間で、納品の実体を伴わない伝票のみを起こす場合があります。この類型では、相手方の勘定である売掛金が回収されないまま滞留するため、貸借対照表の売掛金が売上の規模に比して不自然に大きくなるという痕跡が残ります。

これに対し、期間帰属の操作は、取引そのものは実在するものの、その計上の時期を早める手口です。翌期に納品する予定の商品を決算期末の直前に出荷したこととして売上に計上し、翌期の期初に返品として処理する方法が典型です。取引が実在する分だけ発見が難しく、期末の直前及び期初の直後の取引の推移を時系列で並べて確認する作業が必要となります。

原価及び費用の繰延べ

当期に発生した費用を、翌期以降の費用として先送りすることによって、当期の利益を大きく見せる手口です。仕入の請求書を意図的に翌期に回す、外注費を前渡金として資産に計上したまま費用に振り替えない、修繕費として処理すべき支出を固定資産に計上する、といった方法が用いられます。

この類型では、貸借対照表の資産の側に、内容の説明がつきにくい前渡金、仮払金、立替金といった科目が積み上がるという特徴があります。これらの科目の残高が数期にわたって減少していない場合には、費用として処理すべきものが資産として滞留している可能性を疑う必要があります。

在庫の過大計上

棚卸資産は、粉飾決算の手段として用いられやすい科目です。実際には存在しない在庫を帳簿に計上する、既に販売価値を失った滞留品及び不良品を取得原価のまま計上し続ける、他社から預かっている商品を自社の在庫に含める、といった方法があります。在庫が過大に計上されると、売上原価がその分だけ小さくなり、利益が増加します。

買主としては、在庫の金額そのものよりも、在庫の回転期間の推移に注目することが有効です。売上の規模が変わらないにもかかわらず在庫の残高のみが増加している場合には、販売できない商品が滞留しているか、実在しない在庫が計上されている可能性を検討することになります。

貸倒引当金の不足

回収の見込みが乏しい売掛金及び貸付金について、本来計上すべき貸倒引当金を計上せず、又は過少にしか計上しないことによって、利益及び純資産を大きく見せる手口です。既に事業を停止した取引先に対する債権が、そのまま満額で資産に計上されているという事例も見受けられます。

この類型は、意図的な操作と、単なる見積りの甘さとの境界が判然としない場合が多く、売主との交渉においても評価が分かれやすい論点です。買主としては、個別の債権ごとに、最終の入金の時期、取引の継続の有無、相手方の状況を確認し、回収の可能性を具体的に検討する必要があります。

簿外債務の隠蔽

貸借対照表に計上されていない債務が存在する場合、対象会社の純資産は実態よりも大きく表示されます。未払の残業代、退職給付に係る債務、係属中の紛争に係る賠償の負担、取引先に対する保証債務、リース契約に係る債務などが、典型的な簿外債務です。

保証債務は、書面が代表者の手元にのみ保管され、経理の担当者すら把握していない場合があるため、特に注意を要します。契約書の網羅的な提出を求めるとともに、金融機関との取引の履歴、取締役会及び株主総会の議事録から、保証の意思決定の痕跡を確認することが有効です。

関係会社を用いた循環取引

代表者又はその親族が支配する別の会社との間で、商品又は役務を循環させ、それぞれの段階で売上を計上する手口です。取引の全体を通じて見れば経済的な実体を欠くにもかかわらず、個々の会社の帳簿の上では売上と仕入とが対応しているため、単体の決算書のみを見ても発見が困難です。

この類型を発見するためには、関係会社との取引の一覧を求め、取引の金額、利益率、決済の条件を、第三者との取引と比較する作業が必要となります。関係会社との取引のみ利益率が著しく高い、決済が相殺によって行われている、商品の物理的な移動を伴わないといった事情は、実体を欠く取引を疑うべき手掛かりです。

デューデリジェンスにおいて粉飾を発見する手掛かり

粉飾決算は、決算書の表面のみを眺めていても発見できません。決算書を構成する内訳の資料、社内で作成された管理用の資料、外部に提出された資料を相互に突き合わせ、整合しない箇所を手掛かりとして掘り下げていく作業が必要です。以下では、財務デューデリジェンス及び法務デューデリジェンスの過程で実施すべき代表的な確認の方法を述べます。

勘定科目内訳書と決算書の突合

勘定科目内訳明細書は、売掛金、買掛金、借入金といった主要な科目について、相手方ごとの残高を記載した資料です。決算書の合計額と内訳の合計額とが一致しているかを確認することが出発点となります。一致しない場合には、内訳に記載されていない残高がどこから生じたのかを説明させる必要があります。

また、内訳に記載された相手方の名称を確認し、実在する法人であるか、対象会社の代表者と関係のある法人ではないか、同一の相手方の残高が複数の期にわたって同額のまま動いていないか、といった点を確認します。残高が固定している相手方は、実際の取引が存在しない可能性を検討すべき対象です。

売掛金の年齢調べ

売掛金の年齢調べとは、売掛金の残高を、発生からの経過期間ごとに区分して把握する作業をいいます。通常の回収の条件から見て、経過期間が著しく長い債権が存在する場合には、架空の売上に由来する債権であるか、回収の見込みを失った債権であるかのいずれかである可能性が高いといえます。

あわせて、決算期末の後に実際に入金があったかどうかを、預金の通帳の記録によって確認します。期末の残高のうち、翌期の初めの数箇月の間に入金が確認できない部分については、その理由を個別に説明させることが有効です。この確認は、架空計上と期間帰属の操作の双方を見分ける上で有力な手掛かりとなります。

在庫の実地棚卸の記録の確認

在庫については、決算期末に実地の棚卸が行われたか、その記録が残されているかを確認します。棚卸の原票が保存されておらず、帳簿の残高のみが存在するという状況は、在庫の実在性に疑いを生じさせます。原票が保存されている場合には、原票の合計と帳簿の残高とが一致しているかを確認します。

さらに、可能であれば、買主の側の担当者が現地に赴き、主要な品目について現物を確認することが望まれます。倉庫の面積及び保管の状況から見て、帳簿上の数量を収容し得るかという観点は、簡易でありながら有効な確認の方法です。

資金繰り表と損益の乖離

利益が計上されているにもかかわらず、営業の活動による資金の流入が乏しく、借入れによって資金を賄っている状態が継続している場合には、利益の質を疑う必要があります。架空の売上は資金の裏付けを伴わないため、利益と資金の動きとの間に乖離が生じるからです。

複数の期にわたる資金繰りの実績と損益の推移とを並べ、両者の差がどのような科目の増減によって説明されるのかを確認します。差の大部分が売掛金及び棚卸資産の増加によって説明される場合には、これらの科目の実在性を重点的に検討することになります。

税務申告書の別表との照合

法人税の確定申告書に添付される別表には、所得の金額の計算に関する調整の内容が記載されています。決算書の当期純利益と申告書における所得の金額との関係、繰越欠損金の残高、過年度における更正又は修正申告の有無を確認することにより、決算書の数値の信頼性を検証することができます。

また、対象会社から提示された決算書と、税務署に提出された申告書に添付された決算書とが同一のものであるかを確認することも重要です。金融機関に提出するための決算書と、税務署に提出する決算書とが異なるという事態は、粉飾決算の存在を強く推認させる事情となります。

金融機関への提出資料との比較

対象会社が金融機関に提出した決算書、試算月次の資料、事業計画は、対象会社が外部に対して行った説明の記録です。これらとM&Aの過程で買主に提示された資料とを比較し、同一の期間について異なる数値が示されていないかを確認します。

差異が発見された場合には、その理由の説明を求めます。合理的な説明が得られない差異は、後に表明保証違反を主張する際の重要な根拠となり得ますので、資料の授受の経緯とともに記録を残しておくことが望まれます。

粉飾が判明した時期による対応の違い

採り得る手段は、粉飾決算の存在が判明した時期によって大きく異なります。クロージングの前であれば、取引を実行しないという選択が可能ですが、クロージングの後は、既に対価を支払った上での事後の請求という形にならざるを得ません。以下では、それぞれの局面における対応を整理します。

クロージング前に判明した場合の前提条件による対応

株式譲渡契約には、通常、クロージングの前提条件が定められています。売主の表明保証が重要な点において真実かつ正確であること、契約に定める義務が履行されていること、対象会社の事業及び財産に重大な悪影響を及ぼす事象が生じていないことなどが、その内容です。粉飾決算の存在は、財務諸表に関する表明保証が真実でないことを意味しますので、前提条件が満たされていないと主張し得る場面となります。

前提条件が満たされない場合、買主はクロージングを実行しないという判断を採ることができます。もっとも、前提条件の充足の有無について当事者の見解が分かれることも多く、実際には、条件の放棄と引換えに他の手当てを求めるという交渉に移行することが少なくありません。

クロージング前に判明した場合の解除及び価格の再交渉

契約に解除の条項が定められている場合には、その要件に従って解除を主張することが考えられます。あわせて、民法上の錯誤又は詐欺を理由とする取消しの主張が問題となる場面もありますが、これらの主張は要件が厳格であり、契約上の手当てによって処理することが実務上は一般的です。

他方で、買収そのものは進めたいという場合には、価格の再交渉が中心の課題となります。粉飾によって過大に表示されていた利益の額を特定し、これに買収価格の算定において用いた倍率を乗じることによって、価格の引下げの幅を算定する方法が採られます。あわせて、判明した事項に対応する個別の補償の条項を追加し、将来の追加の負担に備えることが考えられます。

クロージング後に判明した場合の表明保証違反に基づく請求

クロージングの後に粉飾決算が判明した場合、中心となるのは、株式譲渡契約に定められた表明保証の違反に基づく補償の請求です。財務諸表が一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に従って作成され、対象会社の財政状態及び経営成績を正確に表示している旨の表明保証は、多くの契約に置かれています。粉飾決算の存在は、この表明保証に違反する事実に当たります。

契約に補償の条項が置かれていない場合、又は補償の条項の適用に疑義がある場合には、債務不履行による損害賠償の請求として構成することが考えられます。民法第415条は、債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときの損害賠償について定めています。また、売主が事実を知りながら秘匿していたと評価し得る場合には、不法行為に基づく損害賠償の請求として、民法第709条による構成が問題となる場面もあります。

通知の手続と期限の管理

補償の請求においては、期間内に、契約に定める方法によって通知を行うことが極めて重要です。多くの契約は、クロージングから一定の期間内に、違反の内容及び損害の見込額を記載した書面によって通知することを、補償の請求の要件としています。この期限を徒過した場合には、実体において違反が存在するとしても、請求が認められない結果となり得ます。

粉飾決算の疑いを抱いた段階では、損害の額を確定できていないことが通常です。しかし、額が確定していないことを理由として通知を遅らせることは適切ではありません。判明している事実と、想定される違反の内容を記載した通知を先に行い、額については追って補充する旨を付記しておくという対応が実務上は採られます。

損害額の算定の考え方

粉飾決算が判明した場合において、売主に対していくらを請求し得るのかという点は、実務上、最も争いになりやすい論点です。決算書の数値の誤りの額がそのまま損害の額となるわけではありません。以下では、算定の基本的な考え方と、契約の条項による制約を述べます。

差額説を基礎とする算定

損害の額は、粉飾がなく真実の財務の内容が開示されていたならば買主が支払ったであろう価格と、現実に支払った価格との差額として把握することが基本となります。この考え方によれば、買収の価格がどのような算定の方法によって決定されたのかが、損害の額を左右することになります。

したがって、価格の算定に用いた資料、算定の過程を記録した書面、交渉の経緯を示す電子メールなどは、損害の主張を支える資料として重要です。買主としては、これらを買収の当時から整理して保存しておくことが、後の請求において有利に働きます。

収益を基礎とする算定の方法における影響

対象会社の利益に一定の倍率を乗じて価格を算定した場合には、水増しされていた利益の額に、その倍率を乗じた額が、価格の過大の部分に当たると主張することが考えられます。ただし、粉飾が一時的な期間帰属の操作にとどまり、継続的な収益力そのものには影響しない場合には、倍率を乗じることの合理性が争われます。

他方、純資産の額を基礎として価格を算定した場合には、在庫の過大計上、貸倒引当金の不足、簿外債務といった事項について、正しい処理を行った場合の純資産の減少額が、そのまま価格の過大の部分に対応することになります。いずれの方法によったかによって主張の構成が変わりますので、契約及び算定の資料の確認が出発点となります。

補償の上限、下限及び免責額による制約

株式譲渡契約には、補償の限度額、個別の請求について補償の対象とするための最低の金額、請求の総額が一定の額に達するまでは補償を請求できない旨の定めが置かれることが一般的です。これらの定めは、実体において違反が認められる場合であっても、現実に回収し得る金額を大きく制約します。

もっとも、売主が事実を知りながら開示しなかったと評価される場合について、これらの制約を適用しない旨の例外が定められていることがあります。粉飾決算の事案では、この例外に該当するかどうかが、回収し得る金額を左右する重要な争点となります。契約の文言を精査し、例外の要件に該当する事実を主張し得るかを検討する必要があります。

付随して生じた費用の取扱い

粉飾決算の調査のために要した専門家の費用、過年度の税務申告の是正に要した費用、金融機関との協議に要した費用などについて、損害として請求し得るかが問題となります。契約に補償の対象となる損害の定義が置かれている場合には、その定義に合理的な範囲の専門家の費用が含まれているかを確認します。定義に含まれていない費用については、請求が認められにくい傾向にありますので、契約の作成の段階での手当てが重要となります。

売主の側の反論の型

買主が請求を行った場合、売主の側からは、いくつかの定型的な反論が示されます。あらかじめこれらを想定し、反論を封じるための資料を準備しておくことが、交渉及び紛争の解決を有利に進める上で有益です。

既に開示済みであるという反論

最も多く見られるのは、当該事項は開示の別紙に記載していた、又はデータルームに資料を格納していたのであるから、表明保証の違反には当たらないという反論です。多くの契約は、開示された事項について表明保証の対象から除外する旨を定めていますので、この反論は形式的には成り立ち得ます。

これに対しては、開示が特定性を欠くこと、資料が大量の他の資料に紛れて格納されていたにすぎず買主が認識し得る状態ではなかったこと、開示の別紙に記載された内容と実際の事実との間に隔たりがあることなどを主張することが考えられます。デューデリジェンスの過程における質問と回答の記録は、この局面で重要な意味を持ちます。

価格に織り込み済みであるという反論

次に、当該事情は買収の価格の交渉において既に考慮されており、価格の減額として反映済みであるから、重ねて補償を求めることは二重の請求に当たるという反論があります。価格の交渉の過程で特定の懸念が話題となっていた場合には、この反論に一定の説得力が生じます。

買主としては、価格の算定の資料において当該事項がどのように扱われていたかを示し、減額の対象とされていなかったことを立証することになります。交渉の経緯を記録した書面を残しておくことが、ここでも有効に働きます。

通知の期限を徒過しているという反論

補償の請求の期間が経過した後に通知を行った場合、売主は期限の徒過を主張します。この反論は形式的な判断に親しむため、買主にとって不利に働きやすい論点です。粉飾決算は発見までに時間を要することが多く、期限の徒過が現実に問題となる事案は少なくありません。

これに対しては、契約に定められた期間の起算点の解釈を争うこと、売主が事実を知りながら秘匿した場合について期間の制限を適用しない旨の例外の適用を主張することが考えられます。もっとも、これらの主張には限界がありますので、疑いを抱いた段階で速やかに通知を行うことが最善の対応です。

故意ではないという反論

売主からは、自らは会計の詳細を把握しておらず、経理の担当者又は税理士に任せていたのであるから、意図的な操作ではないという反論が示されることがあります。表明保証に基づく補償の責任は、売主の故意又は過失を要件としない構成が採られていることが一般的ですので、この反論は補償の請求そのものを妨げるものではありません。

ただし、補償の限度額の適用の除外、不法行為に基づく損害賠償の請求、詐欺を理由とする取消しの主張といった場面では、売主の認識の有無が要件となります。この点については、決算の承認に関与した事実、金融機関に対する説明の場に同席した事実、経理の担当者に対する指示の記録などから、認識の有無を推認していく作業が必要となります。

刑事の問題となり得る場面と、これを直ちに断定すべきでない理由

粉飾決算の事案では、依頼を受けた当初から、刑事の責任を追及したいというご相談を受けることがあります。もっとも、刑事の問題は、民事の請求とは判断の枠組みが異なりますので、慎重な検討が必要です。

刑事の規律が及び得る場面

売主が、真実に反する決算書を示して買主を誤信させ、これによって財産の交付を受けたと評価される場合には、刑法第246条が定める詐欺の罪に当たり得ます。また、金融機関に対して真実に反する決算書を提出して融資を受けていた場合についても、同様の評価がされる余地があります。会社の役員がその任務に背いて会社に損害を与えたと評価される場合には、会社法上の特別背任の規律が及び得る場面もあります。

もっとも、これらはいずれも、行為の態様、認識の内容、因果の関係といった要件を個別に検討した上で判断されるべき事柄です。決算書の数値が誤っていたという事実のみから、犯罪が成立すると評価することはできません。

直ちに断定すべきでない理由

第一に、会計処理の誤りには、判断の幅の範囲内にとどまるものと、事実の作出によるものとがあり、両者の境界は必ずしも明瞭ではありません。専門家の間でも評価が分かれる事項について、直ちに犯罪の成立を主張することは、後に主張の全体の信用を損なう結果を招きかねません。

第二に、刑事の手続の開始を前提として交渉を進めることは、事案の解決を遠ざける場合があります。売主が全面的に争う姿勢に転じ、任意の弁済による解決の可能性が失われることがあるためです。損害の回復という目的から見て、いずれの手段が有効であるかを冷静に検討する必要があります。

第三に、事実の裏付けを欠いたまま犯罪に当たる旨を対外的に述べた場合、買主の側が名誉に関する責任を問われる余地が生じます。したがって、刑事の問題については、断定的な表現を避け、証拠の収集の状況に応じて評価を留保しながら検討を進めることが適切です。

粉飾を予防するための契約上の手当て

粉飾決算による損失を最小限にとどめるためには、紛争が生じた後の対応よりも、契約の作成の段階における手当てが重要です。以下では、株式譲渡契約において検討すべき条項を述べます。

表明保証の作り込み

財務諸表に関する表明保証については、対象となる決算期を明示し、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に従って作成されていること、対象会社の財政状態及び経営成績を重要な点において正確に表示していることを明記します。あわせて、開示された債務のほかに債務が存在しないこと、偶発的な債務が存在しないことについて、独立の項目を設けることが有効です。

また、表明保証の対象を売主が知る限りという限定にとどめる文言は、買主にとって不利に働きます。財務諸表及び簿外債務に関する項目については、この限定を付さない形とすることを求めることが望まれます。

補償条項及び担保の設計

補償の請求ができる期間については、粉飾決算の発見に時間を要することを踏まえ、財務及び税務に関する事項については他の事項よりも長い期間を設けることを求めます。税務に関する事項については、更正の期間の制限を踏まえた期間を設定することが合理的です。

あわせて、補償の実効性を確保するための手当てが必要です。対価の一部を第三者に預託し、一定の期間の経過後に売主に交付する仕組み、対価の一部を分割して支払う仕組み、売主の資産に対する担保の設定などが用いられます。売主が個人であり、対価を受領した後に資産を費消した場合には、判決を得ても回収に至らないという事態が生じ得ますので、この手当ての重要性は高いといえます。

価格の調整及び取引の構造による対応

クロージングの時点の純資産の額を基準として対価を調整する仕組みを設けることにより、決算書の数値の誤りの一部を価格に反映させることができます。また、事業を対象とする譲渡の方法によることとすれば、承継する債務の範囲を契約によって限定することができ、簿外債務を引き受ける危険を減らすことが可能です。

さらに、クロージングの後に一定の期間を設けて対象会社の財務の状況を確認する権利を買主に留保すること、対象会社の経理の担当者に対する事情の聴取を売主が妨げない旨を定めることも、実務上有効です。契約の作成の段階からこれらを検討することが、後の紛争の予防につながります。

よくあるご質問

粉飾決算に関して、買主の皆様から寄せられることの多いご質問と、その考え方を整理します。実際の対応は、契約の文言及び事案の事情によって異なりますので、個別のご相談の際には、株式譲渡契約書及びデューデリジェンスの報告書をご持参いただくと、より具体的な検討が可能となります。

デューデリジェンスを実施していれば、後から粉飾決算を理由に請求することはできないのでしょうか

そのようなことはありません。デューデリジェンスを実施したことが、直ちに請求を妨げる事情となるわけではありません。ただし、調査の過程で認識し得た事項について、契約に買主の認識を理由として補償を制限する旨の定めが置かれている場合には、その適用が争点となります。調査の範囲、提示を受けた資料、質問と回答の記録を整理し、当該事項を認識し得る状態であったかどうかを検討することになります。

粉飾決算の疑いを抱いた段階で、まず何をすべきでしょうか

第一に、証拠の保全です。会計帳簿の電子データ、経理の担当者が作成した資料、金融機関との往復の書面、電子メールの記録などが散逸しないように、速やかに保全の措置を講じます。第二に、株式譲渡契約における補償の請求の期間を確認し、期限の管理を開始します。第三に、通知の要否と時期を検討します。額の確定を待たずに通知を行うことが適切な場合が多いといえます。

売主が個人であり、既に対価を費消しているようです。回収の見込みはあるのでしょうか

回収の可能性は、売主の資産の状況によって左右されます。対価の一部が預託されている場合、分割の支払が残っている場合には、これらを引当てとすることが考えられます。残余の資産については、不動産の登記の状況、金融資産の所在などを調査した上で、必要に応じて保全の手続を検討します。対価の支払が既に完了しており、資産の所在も明らかでない場合には、回収が困難となる場合があることは否定できません。

買収の後に判明した簿外の債務について、対象会社が支払を求められています。売主に請求できるのでしょうか

債務の存在について表明保証が与えられていた場合には、その違反に基づく補償の請求が考えられます。ここで留意を要するのは、支払を求められているのは対象会社であり、株式を取得した買主ではないという点です。契約において、対象会社に生じた損失を買主の損害として扱う旨の定めが置かれているかどうかを確認する必要があります。定めがない場合には、株式の価値の減少として構成することになります。

粉飾決算の内容が、税務上の処理の誤りにとどまる場合はどうなるのでしょうか

過年度の税務申告に誤りがあり、修正申告又は更正によって追加の納税が生じる場合には、税務に関する表明保証の違反として、補償の請求の対象となり得ます。多くの契約は、税務に関する事項について、他の事項よりも長い補償の期間を定めています。あわせて、追加の納税の額のほか、延滞に係る負担及び加算に係る負担が補償の対象に含まれるかを、契約の文言によって確認する必要があります。

売主に対する請求と、対象会社の経理の担当者に対する責任の追及とは、どのように整理すべきでしょうか

経理の担当者は、買収の後は買主が支配する対象会社の従業員です。従業員に対する責任の追及は、対象会社の内部の問題として、就業規則に基づく手続によって進めることになります。もっとも、当該担当者は、粉飾の経緯を最もよく知る立場にありますので、事実の解明への協力を得ることが、売主に対する請求を進める上で重要となる場合があります。責任の追及と事実の解明のいずれを優先するかは、事案の状況に応じて判断することが適切です。

刑事の告訴を行うべきかどうかを迷っています。判断の目安はありますか

刑事の手続は、損害の回復を直接の目的とするものではありません。したがって、まずは民事の請求によって回収を図ることを基本とし、売主が交渉に一切応じない場合、資産の隠匿の疑いが強い場合など、他に手段がない場面において検討することが一般的です。また、行為が犯罪に当たるかどうかは、要件を個別に検討した上で判断されるべき事柄であり、直ちに断定することは適切ではありません。証拠の収集の状況を踏まえ、弁護士と協議しながら判断することが望まれます。

紛争を解決するまでに、どの程度の期間を要するのでしょうか

交渉によって解決に至る場合には、数箇月から1年程度を要することが多いといえます。訴訟による解決を選択した場合には、会計に関する専門的な争点を含むため、第一審の判決に至るまでに1年半から3年程度を要する場合があります。期間を短縮するためには、初期の段階で事実関係を精密に把握し、争点を絞り込んだ上で交渉に臨むことが有効です。

まとめ

M&Aにおける粉飾決算の問題は、会計上の兆候を的確に捉えることと、契約上の権利を期限内に行使することとの、両面の作業を必要とします。売上の架空計上、期間帰属の操作、費用の繰延べ、在庫の過大計上、貸倒引当金の不足、簿外債務の隠蔽、関係会社を用いた循環取引といった類型ごとに、決算書に残る痕跡は異なります。勘定科目内訳明細書との突合、売掛金の年齢調べ、実地の棚卸の記録の確認、資金の動きと損益との比較、税務申告書との照合、金融機関への提出資料との比較といった手順を積み重ねることが、発見への近道です。

粉飾決算が判明した場合の対応は、判明した時期によって異なります。クロージングの前であれば、前提条件の不充足、解除、価格の再交渉という手段があります。クロージングの後は、表明保証違反に基づく補償の請求が中心となり、通知の期限の管理が結果を大きく左右します。損害の額については、価格の算定の方法に即した構成を行い、補償の限度額及び免責の額による制約と、その例外の適用の可否を検討する必要があります。

売主からは、開示済みである、価格に織り込み済みである、通知の期限を徒過している、故意ではないといった反論が示されます。これらを想定した資料の整理を早い段階から進めておくことが、交渉を有利に進める上で有益です。刑事の問題については、断定を避け、民事の請求による回収を基本としながら、事案の状況に応じて慎重に検討することが適切です。

そして、最も重要なことは、契約の作成の段階における手当てです。表明保証の範囲、補償の請求の期間、対価の一部の預託又は分割の支払、価格の調整の仕組みといった設計が、後の損失の大きさを決めます。弁護士法人M&A総合法律事務所では、買収の前の契約の設計から、粉飾決算が判明した後の売主に対する請求まで、一貫して対応しています。決算書の内容に疑いを抱かれた場合には、早い段階でご相談いただくことをお勧めします。

具体的なご相談をお考えの皆様へ

本ページの主題に関し、当事務所の取扱内容、対応の進め方及び費用の考え方は、次のご案内のページに整理しています。あわせてご覧ください。