M&Aトラブルで内容証明郵便を送る前及び訴えを提起する前に確認すべきこと
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内容証明郵便による請求は、相手方に対する働きかけであると同時に、その後の紛争の帰趨を左右する記録でもあります。本記事では、送付の前及び訴えの提起の前に確認しておくべき事項を実務の手順として整理いたします。
M&Aトラブルで集めるべき証拠及び電磁的記録の保全については別の記事で扱っています。あわせて御覧ください。
M&Aの後になって、譲り受けた会社の帳簿に記載のない借入れが見つかった、譲渡代金の一部が期日を過ぎても支払われない、譲渡後は競業しないという約束が破られている、といった事態に直面される方は少なくありません。相手方に何度か連絡をしても誠意ある回答が返ってこないとき、次に思い浮かぶのが内容証明郵便による請求であり、その先にあるのが訴えの提起です。
もっとも、内容証明郵便は一度差し出せば取り消すことができません。訴えの提起も同じで、いったん訴状を裁判所に提出すれば、その内容は相手方に送達され、記録として残ります。準備の足りない段階で強い手段に出ますと、かえって自らの立場を弱め、相手方に反論を組み立てる時間を与え、場合によっては財産を移されてしまう結果を招きます。逆に、慎重を期しすぎて時間を空けますと、権利を行使できる期間が過ぎてしまうこともあります。
本稿では、M&Aに関する紛争において、相手方に内容証明郵便で請求を行う前、及び訴えを提起する前に、順序立てて確認しておくべき事項を、実務の手順として整理します。以下に挙げる10の観点は、いずれも後戻りのできない一歩を踏み出す前に点検していただきたい事柄です。想定しているのは、譲渡代金が1億円から10億円程度の非上場の同族会社を対象とするM&Aであり、読み手として譲渡側及び譲受側の経営者の方を念頭に置いています。
請求の根拠をどの条項に求めるかを確定する
紛争の入口で最も多い誤りは、相手方の行為が不誠実であることと、法的な請求が成り立つこととを混同することです。内容証明郵便を差し出す前に、まず行うべきは、自らの請求が契約書のどの条項に基づくものかを一つひとつ特定する作業です。この作業をしないまま「話が違う」という趣旨の通知を出しますと、相手方から「どの条項の違反を主張しているのか」と問われた時点で反論が続かなくなります。
表明保証違反、債務不履行、不法行為のどれで構成するか
M&Aの紛争における請求の根拠は、大きく分けて三つの筋道があります。第一に、株式譲渡契約に定められた表明保証、すなわち一定の事実が真実であることを相手方が保証した条項に違反したとして、契約に定められた補償条項に基づいて金銭の支払を求める筋道です。第二に、代金の支払、株券の交付、名義書換への協力、競業避止、従業員の引継ぎといった契約上の義務が履行されていないとして、債務不履行に基づく損害賠償を求める筋道です。民法第415条第1項は、債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときに、債権者が損害賠償を請求できる旨を定めています。第三に、契約締結の前後に相手方が積極的に虚偽の情報を伝えた、あるいは知っている重大な事実をあえて伏せたとして、民法第709条の不法行為に基づく損害賠償を求める筋道です。
条項の文言を一字ずつ読み直す
筋道を決めましたら、次に該当条項の文言を一字ずつ読み直します。表明保証条項であれば、保証の対象となる事実が何か、基準となる時点が契約締結日か決済日か、その両方か、「売主の知る限り」といった限定が付いていないか、重要性の限定が付されていないかを確認します。補償条項であれば、補償の上限額、免責額、すなわち一定額を超えた部分のみを補償するという定め、補償を請求できる期間の制限が置かれていることが通例です。デュー・ディリジェンスで判明していた事項については補償の対象から除外するという条項が置かれている例もあります。ここを読み落としたまま請求を行いますと、相手方から一行の反論で封じられます。
通知期限、除斥期間及び消滅時効の残りを確認する
請求の根拠が定まりましたら、次に時間の残量を測ります。M&Aの紛争では、法律上の消滅時効よりも、契約書に定められた期間制限のほうが先に到来することが圧倒的に多く、この点の見落としが致命傷になります。時間の残量は、内容証明郵便を送るか否か、いつ送るか、訴えを先に提起すべきかという判断のすべてを左右します。
契約書に定められた補償請求期間
株式譲渡契約の補償条項には、決済日から1年、あるいは2年といった期間内に補償請求の通知を行わなければ請求権が消滅するという定めが置かれることが一般的です。税務に関する事項については税務調査の期間に合わせて長めの期間が定められ、公租公課や社会保険に関する事項、あるいは会社の所有権に関する根本的な事項については期間制限を設けないという整理がされることもあります。まず自らの主張する事実がどの区分に当たるかを確定し、残る日数を日単位で数えます。期間の起算日が決済日か、契約締結日か、違反を知った日かによって結論が変わりますので、条項の文言を確認します。
法律上の消滅時効との関係
契約書に期間の定めがない場合、又は定めがあっても既に経過している場合には、法律上の消滅時効を検討します。民法第166条第1項は、債権は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間、又は権利を行使することができる時から10年間行使しないときに時効によって消滅する旨を定めています。不法行為に基づく損害賠償請求権については、民法第724条が、損害及び加害者を知った時から3年間、不法行為の時から20年間という期間を定めています。なお、民法第150条第1項は、催告があったときは、その時から6か月を経過するまでの間は時効が完成しない旨を定めています。内容証明郵便による請求はこの催告に当たり得ますが、これはあくまで6か月の猶予にとどまり、その間に訴えの提起等を行わなければ時効の完成を止めることはできません。この点を誤解して内容証明郵便を出したまま放置しますと、権利を失います。
契約書に定められた通知の方法、宛先及び様式を守る
補償請求の通知は、契約書に定められた方法で行わなければ効力を認められないおそれがあります。内容証明郵便を出したこと自体は間違いではないのに、宛先を誤ったために期間内の通知として扱われないという事態は、実際に起こります。通知に関する条項は契約書の末尾近くの一般条項に置かれていることが多く、交渉の過程で注意が向きにくい箇所ですので、改めて読み直します。
通知条項の記載事項を一つずつ照合する
通知条項では、通常、次の事項が定められています。第一に、通知の宛先となる住所及び担当者名です。譲渡側が個人の場合には契約書記載の自宅住所が宛先となっていることがあり、その後に転居している可能性を考えます。第二に、通知の方法です。書面の交付、郵便による送付、電子メールの送信のいずれが認められているか、郵便であれば書留郵便に限る旨の定めがないかを確認します。第三に、効力発生の時期です。到達した時に効力を生ずるのか、発送から一定日数の経過により到達したものとみなすのかによって、期限内か否かの判断が変わります。
通知の内容として何を書くことが求められているか
補償条項には、通知に際して違反の内容、根拠となる条項及び損害額の見積りを記載することを求める定めが置かれていることがあります。この場合、単に「表明保証違反があるので補償を求めます」とだけ記載した通知では、要件を満たしていないと反論される余地が生じます。金額を確定できない段階であっても、判明している範囲での見積額と、算定の根拠、及び調査の進展に応じて金額を変更する余地がある旨を記載しておくことが穏当です。差出しの記録として、内容証明郵便に配達証明を付し、いつ誰に届いたかを証拠として残します。
請求額の算定と根拠資料の確保を先に済ませる
請求額は、通知を出した後に大きく減額することが難しい数字です。当初に過大な金額を掲げますと、後に減額したときに主張全体の信用が損なわれ、和解の交渉においても不利に働きます。逆に、控えめな金額を掲げますと、その金額が交渉の上限として扱われます。したがって、通知を出す前に、算定の方法と根拠資料をひととおり固めておく必要があります。
損害の算定方法を選び、計算過程を残す
M&Aの紛争における損害額の算定には、いくつかの考え方があります。第一に、簿外債務や未払残業代のように、判明した債務の額そのものを損害と捉える考え方です。この方法は金額が明確で、裏付けも取りやすいという利点があります。第二に、真実の情報を知っていれば支払ったであろう価格と、実際に支払った価格との差額を損害と捉える考え方です。企業価値評価の考え方に依存するため、算定が複雑になり、相手方から評価の前提を争われます。第三に、契約の解除を求めて支払った代金の返還を求める考え方です。もっとも、株式譲渡契約の解除は、既に経営が引き継がれ、従業員や取引先の関係が変化した後では、原状回復が困難であるとして認められにくい傾向にあります。いずれの方法を採るにしても、計算過程を書面に残し、後から説明できるようにしておきます。
相手方の手元にある資料を意識する
損害の立証に必要な資料が自らの手元にあるとは限りません。譲渡側から請求する場面、例えば譲渡代金の一部が支払われていない、あるいは業績に連動する追加の対価が支払われていないという場面では、対象会社の決算書や管理会計の資料が譲受側の手元にあります。この場合、株主としての地位が残っているのであれば、会社法第433条第1項に基づく会計帳簿等の閲覧謄写の請求を先行させ、資料を確保してから請求に進むという順序が考えられます。地位が残っていない場合には、訴訟における文書提出命令の申立てや調査嘱託の申立てによって資料を得ることを想定し、どの資料がどこにあるかを整理しておきます。
相手方の資力と回収可能性を見極める
勝訴判決を得ることと、金銭を回収することは別のことです。判決は、相手方が任意に支払わない場合には、強制執行によって実現するほかありません。強制執行は、差し押さえるべき財産を債権者の側で特定して申し立てる必要がありますので、財産が見当たらなければ判決は紙のままになります。訴えを提起する前に、この点を冷静に見積もることが、費用と時間の浪費を避ける最大の要点です。
相手方の財産を調べる方法
相手方が法人である場合には、まず商業登記簿を取得し、本店所在地、代表者、資本金の額、支店の有無、及び目的の変更や商号の変更の履歴を確認します。決算公告をしている場合には、その内容も手がかりになります。相手方が不動産を保有している可能性がある場合には、不動産登記簿を取得し、抵当権や根抵当権がどの程度設定されているかを確認します。担保が目一杯設定されている不動産は、差し押さえても配当を受けられません。相手方が個人である場合には、譲渡代金の入金先として用いられた金融機関の支店が、預金の差押えを検討する際の手がかりになります。
回収可能性が低い場合の選択肢
調査の結果、回収可能性が低いと見込まれる場合には、次のような選択肢を検討します。第一に、請求を断念し、費用の支出を止めるという判断です。感情としては受け入れがたいものですが、経営の判断としては合理的な場合があります。第二に、相手方個人ではなく、資力のある別の主体に請求できないかを検討することです。M&A仲介会社やファイナンシャル・アドバイザー、あるいは会計や税務の助言を行った専門家の説明義務違反を問う余地がないか、対象会社の役員であった者に対する責任追及の余地がないかを検討します。第三に、分割払の合意を含む早期の和解を目指すという判断です。全額の回収は望めなくとも、判決を得るまでに要する時間と費用を考えれば、実質的に有利となる場合があります。
保全の必要性と、通知を先行させる危険とを衡量する
内容証明郵便を出すという行為には、相手方に対して「これから法的手続に進む」という予告を与えるという性質があります。誠実な相手方であれば、これを機に協議に応じることが期待できますが、そうでない相手方の場合には、通知を受けた時点から財産を移す動きを始めることがあります。譲渡代金として受け取った金銭は、いったん散逸しますと追跡が困難です。したがって、通知を先行させるか、保全を先行させるかの判断は、慎重に行う必要があります。
仮差押えを検討すべき場面
民事保全法第20条第1項は、金銭の支払を目的とする債権について、強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき、又は強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに、仮差押命令を発することができる旨を定めています。仮差押えは相手方に知らせずに申し立てることができ、裁判所が認めれば、預金や不動産を先に押さえることができます。次のような事情がある場合には、通知に先立って仮差押えを検討する意味があります。相手方が既に住所を移している、対象会社の資産を関連会社に移す動きが見られる、相手方が事業を廃止しようとしている、相手方の他の債権者が回収に動いている、といった事情です。
仮差押えに伴う負担と副作用
他方で、仮差押えには相応の負担が伴います。裁判所は、申立てを認めるに際して担保を立てることを求めるのが通例であり、請求債権額の一定割合に相当する金銭を法務局に供託する必要があります。この金銭は手続が終わるまで戻りません。また、仮差押えは相手方の信用に大きな影響を与えますので、後に本案の訴訟で敗訴した場合には、相手方から損害賠償を求められる危険があります。さらに、預金の仮差押えを行いますと、相手方の取引金融機関に事実が伝わり、交渉による解決の余地が失われることがあります。保全に踏み切るか否かは、証拠の強さ、財産隠匿の具体的な兆候の有無、及び和解による解決の見込みを総合して判断します。
管轄と紛争解決手続の定めを確認する
どの裁判所に訴えを提起するかは、事件の進め方と費用に直接影響します。M&Aの契約書には、紛争が生じた場合の管轄裁判所を定める条項が置かれていることがほとんどですので、まずその内容を確認します。相手方の所在地が遠方である場合、出頭の負担や代理人の選任の在り方が変わりますので、早い段階で見通しを立てておきます。
合意管轄の条項をどう読むか
民事訴訟法は、当事者が第一審に限り、書面によって管轄裁判所を合意することを認めています。契約書に「本契約に関する一切の紛争については、東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする」といった定めがある場合には、原則としてその裁判所に訴えを提起することになります。ここで注意すべきは、専属的とされているか、付加的にとどまるかの区別です。専属的であればその裁判所に限られますが、付加的であれば法律上の管轄がある裁判所にも訴えを提起できます。また、株式譲渡契約とは別に、譲渡側と対象会社との間で顧問契約や賃貸借契約が締結されている場合には、それぞれの契約に異なる管轄の定めが置かれていることがあり、複数の裁判所に分かれる可能性を検討します。
仲裁又は調停の定めがある場合
契約書に、紛争を仲裁によって解決する旨の条項が置かれている場合には、原則として裁判所に訴えを提起することができません。仲裁は、1回の判断で終結し、非公開で行われるという利点がある一方で、費用が高額になりやすく、判断に不服があっても争う余地がほとんどないという特徴があります。仲裁条項がある場合には、仲裁機関の名称、仲裁人の数、審理の言語、仲裁地の定めを確認します。また、訴えの提起の前に当事者間の協議を一定期間行うことを義務付ける条項が置かれている例もあります。この協議前置の定めを無視して訴えを提起しますと、手続の適法性を争われる余地がありますので、協議を行った経過を記録に残しておきます。
相手方から反対に請求を受ける可能性を点検する
請求を行えば、相手方は防御にとどまらず、反対の請求を行ってくることが少なくありません。訴訟においては反訴という形を採り、交渉においては相殺の主張という形を採ります。自らの請求額が相手方の請求額を下回る場合には、請求を行ったことによってかえって支払義務を負う結果になり得ます。したがって、通知を出す前に、相手方の立場に立って請求の材料を洗い出す作業が必要です。
譲渡側が請求する場合に想定される反撃
譲渡側が未払の譲渡代金や業績連動の追加対価を請求する場合、譲受側からは、表明保証違反に基づく補償請求が持ち出されることが多くあります。具体的には、簿外債務の存在、未払残業代、取引先との契約における支配権の変動に関する条項への抵触、許認可の不備、係属中の紛争の不開示、在庫や売掛金の評価の誤りといった主張です。また、引継ぎの義務や競業避止の義務に違反したという主張が併せて行われることもあります。自らの側に不利な事実がないかを、譲渡時に提出した資料と照らして点検します。
譲受側が請求する場合に想定される反撃
譲受側が表明保証違反を主張する場合には、譲渡側から、デュー・ディリジェンスの過程で当該事実が開示されていた、あるいは開示資料から容易に判明する事実であったという反論が行われます。株式譲渡契約に、譲受側が知っていた事実については補償を求めないという趣旨の条項が置かれている場合には、この反論が決定的な意味を持ちます。したがって、開示資料の一覧、質疑応答の記録、データルームの閲覧履歴を確認し、当該事実がどこまで開示されていたかを事前に把握しておきます。併せて、未払の譲渡代金や役員退職慰労金がある場合には、相殺の主張が行われることを見込んでおきます。
交渉による解決の見込みと、訴訟に要する時間及び費用を比べる
訴訟は解決の手段の一つであって、唯一の手段ではありません。M&Aの紛争は、事実関係が複雑で、証拠が双方に分散しており、企業価値の評価という専門的な判断を伴うことが多いため、審理が長期にわたる傾向があります。訴えを提起する前に、要する時間と費用、及び事業に与える影響を見積もり、交渉による解決の見込みと比較する作業を行います。
時間、費用及び事業への影響を見積もる
第一審の判決までに要する期間は、争点の数と証人尋問の要否によって大きく変わりますが、M&Aに関する紛争では1年を超えることが通例であり、鑑定を要する場合にはさらに長くなります。控訴されればさらに期間が加わります。費用としては、訴えの提起の際に納める手数料が請求額に応じて増加すること、代理人の費用、証拠の収集に要する費用、鑑定を要する場合の鑑定費用を見込みます。加えて見落とされやすいのが、経営者及び従業員が資料の準備や打合せに費やす時間です。金銭には現れませんが、事業の運営に対する影響としては小さくありません。取引先や金融機関に紛争が知られることによる影響も考慮に入れます。
交渉、調停、訴訟の順序を設計する
これらを踏まえますと、多くの事案では、まず代理人を通じた交渉を試み、進展がなければ民事調停や訴訟に進むという順序が穏当です。ただし、権利を行使できる期間の残りが乏しい場合、又は財産隠匿の兆候がある場合には、この順序を組み替える必要があります。交渉を行う場合には、あらかじめ自らの譲れない線と、譲歩できる範囲を決めておきます。分割払、支払期限の猶予、対象会社の役員としての地位や退職金の扱い、競業避止の範囲の緩和、守秘義務と口外しない旨の合意といった条件は、金銭以外の調整の材料になります。和解が成立した場合には、公正証書の作成や訴え提起後の和解調書とすることで、支払がされないときに直ちに強制執行ができる状態にしておくことが重要です。
内容証明郵便の書き方の勘所
内容証明郵便は、いつ、誰に、どのような内容の文書を差し出したかを郵便事業者が証明する制度です。証明されるのは差出しの事実と文書の内容であって、記載された主張が正しいことが証明されるわけではありません。この文書は、後に訴訟となった場合には、こちらの当初の主張として証拠に提出されます。したがって、書き方の巧拙が後の手続に長く影響します。
過大な主張を避け、確実な事実に絞る
最も避けるべきは、根拠の乏しい事実を並べ、金額を大きく掲げることです。相手方の代理人は、内容証明郵便の記載と、後に提出される証拠との食い違いを丹念に探します。一箇所でも根拠を欠く記載があれば、それを足がかりに主張全体の信用性が争われます。記載すべきは、確実な証拠のある事実に限ります。具体的には、次の要素を過不足なく記載します。
- 当事者の特定、及び対象となる契約の名称と締結日
- 相手方の行為又は不作為のうち、問題とする事実を日付とともに特定したもの
- その事実がどの条項に違反するかという法的な位置付け
- 請求の内容、すなわち支払を求める金額又は履行を求める行為の内容
- 算定の根拠を示す要旨
- 回答の期限と、期限までに回答がない場合に採る手続
期限を切り、後の訴訟で不利にならない表現を用いる
回答の期限は、必ず具体的な日付で記載します。「速やかに」といった表現では、いつ次の手続に進むかの基準が定まりません。期限は、相手方が資料を確認して回答するのに必要な期間として、2週間から1か月程度を目安とすることが多くあります。期限までに回答がない場合に採る手続については、「法的措置を検討します」といった曖昧な表現ではなく、訴えの提起その他の法的手続を採る旨を端的に記載します。ただし、実際に行う意思のない措置を書いてはなりません。予告した措置を採らないまま時間が経過しますと、次の通知の重みが失われます。
書いてはならない表現
後の手続で不利に働く表現として、次のものに注意します。第一に、相手方の人格を非難する表現や、感情的な言葉です。裁判所に提出されたときに、書き手の側の印象を損ないます。第二に、刑事の告訴や捜査機関への申告を持ち出して支払を迫る表現です。書き方によっては相手方から不当な圧力であると主張される余地が生じます。第三に、事実関係について断定を避けるべき箇所での断定です。調査の途上にある事項については、現時点で判明している範囲である旨を明記します。第四に、請求額を確定的な数字として書き切ってしまうことです。追加の調査により金額を変更する余地がある旨を付記しておきますと、後に増額する際の説明が容易になります。最後に、文書の作成者と差出人を明確にし、控えを保管し、配達証明によって到達の日を記録に残します。
よくあるご質問
ここでは、M&Aに関する紛争について当事務所にお寄せいただくご質問のうち、内容証明郵便の差出しと訴えの提起に関するものを取り上げ、実務の観点からお答えします。事案によって結論は変わりますので、あくまで一般的な考え方としてお読みください。
内容証明郵便は自分で書いても差し支えないでしょうか
制度上、どなたでも差し出すことができます。ただし、M&Aに関する紛争では、契約書の条項の解釈が結論を左右し、記載した内容がそのまま後の訴訟における当初の主張として扱われます。補償請求の通知としての要件を満たしていない、期限の記載がない、根拠のない事実を書いてしまったといった事情があると、後から取り返しがつきません。差し出す前に、契約書と手元の資料を持参して弁護士にご相談いただくことをお勧めします。
内容証明郵便を送らずに、いきなり訴えを提起することはできるでしょうか
可能です。訴えの提起の前に催告を行うことは、法律上の一般的な要件ではありません。財産隠匿のおそれが強い場合や、権利を行使できる期間の残りが乏しい場合には、通知を省いて訴えの提起や仮差押えの申立てに進むほうが適切なことがあります。ただし、契約書に協議前置の条項がある場合や、補償請求の通知を要件とする条項がある場合には、所定の手続を先に踏む必要があります。
相手方が内容証明郵便の受取りを拒んだ場合はどうなるでしょうか
受取りを拒まれた場合や不在のまま保管期間が経過した場合には、郵便物は差出人に戻ります。この場合、意思表示が到達したといえるかが問題となります。実務では、同じ内容の文書を特定記録郵便で改めて送る、相手方の勤務先や別の住所に送る、といった対応を重ねて、到達したと評価できる状況を作ります。返送された封筒は開封せずに保管し、送達の努力の記録として残します。
契約書に定められた補償請求の期間が既に過ぎている場合、何もできないのでしょうか
直ちに諦める必要はありません。第一に、期間の起算日の解釈によって、まだ期間内であると評価できる場合があります。第二に、相手方が事実を知りながら故意に隠していたような事案では、期間制限の適用を主張することが信義に反するとして制限される余地があります。第三に、契約上の補償請求とは別に、不法行為に基づく損害賠償請求という筋道が残っていることがあります。いずれも事案の具体的な事実関係によりますので、資料をお持ちのうえでご相談ください。
訴えを提起した事実が取引先や金融機関に知られてしまわないでしょうか
民事訴訟の記録は、原則として何人も閲覧することができますので、外部に知られる可能性は否定できません。もっとも、実際には、当事者以外の者が特定の事件の記録を探し当てることは容易ではありません。むしろ、相手方が業界内で事情を話すことによって伝わる例のほうが多くあります。信用への影響を強く懸念される場合には、訴え提起の前に、非公開で進む民事調停の利用や、守秘義務を含む和解の交渉を検討する価値があります。
相手方に資産がないように見えるのですが、それでも請求すべきでしょうか
回収可能性が乏しいと見込まれる場合、費用をかけて訴えを提起することが合理的とは限りません。ただし、判断の前に、相手方が譲渡代金を何に充てたかを確認する価値があります。不動産の取得、親族への贈与、関連会社への貸付けといった形で財産が移されている場合には、その行為を取り消して財産を戻すことを求める余地があります。また、判決を得ておくことで、将来相手方に財産が生じたときに執行できる状態を作るという考え方もあります。
相手方から先に内容証明郵便が届いた場合、どう対応すればよいでしょうか
まず、記載された期限を確認し、期限内に何らかの回答を返すことを前提に準備します。無視をしますと、相手方が訴えの提起に進む口実を与えます。他方で、慌てて事実を認める趣旨の回答を返すことは避けます。回答書は、後に証拠として提出されます。当面は、内容を確認しているため回答に一定の時間を要する旨を伝えたうえで、契約書と手元の資料を整理し、こちらから反対に請求できる材料がないかを併せて検討します。
まとめ
ここまで述べてきた10の作業は、いずれも一歩を踏み出す前に済ませておくことで、その後の展開を大きく変えるものです。最後に、優先順位の付け方と、ご相談いただく際にお持ちいただきたい資料を整理します。
先に片付けるべき二つの作業
内容証明郵便の差出しと訴えの提起は、いずれも相手方との関係を後戻りのできない段階に進める行為です。その一歩を踏み出す前に、請求の根拠となる条項の特定、期間の残量の測定、通知の方法の遵守、請求額の算定と資料の確保、相手方の資力の調査、保全の要否の判断、管轄と手続の定めの確認、反対請求の点検、交渉と訴訟の比較、そして文書の書き方という10の作業を順に済ませておくことで、その後の展開は大きく変わります。
とりわけ重要なのは、期間の管理と、財産隠匿の危険との衡量です。この二つは、判断を誤りますと後から取り戻すことができません。契約書の補償請求期間が迫っている、相手方が財産を移す動きを見せている、といった事情がある場合には、準備が整うのを待たずに手続を先行させる判断が必要になることもあります。
ご相談の際にお持ちいただきたい資料
弁護士法人M&A総合法律事務所では、M&Aに関する紛争について、契約書の条項の精査から、通知書の作成、保全の申立て、交渉及び訴訟の追行まで、一貫してお引き受けしています。譲渡側、譲受側のいずれの立場であっても、まずは株式譲渡契約その他の契約書、デュー・ディリジェンスの報告書、開示資料の一覧、及び相手方とのやり取りの記録をお持ちのうえで、お早めにご相談ください。手元の資料と残された時間を確認したうえで、採り得る手段を具体的にご提示します。
具体的な御相談をお考えの皆様へ
本ページの主題に関し、当事務所の取扱内容、対応の進め方及び費用の考え方は、次の御案内のページに整理しています。あわせて御覧ください。

