M&Aトラブルで集めるべき証拠の一覧と電磁的記録の保全
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M&Aの紛争においては、証拠の多くが相手方又は対象会社の手元にあり、時の経過とともに失われます。本記事では、類型別に集めるべき証拠を一覧化し、併せて電磁的記録の保全の方法を整理いたします。
内容証明郵便を送る前及び訴えを提起する前の確認事項については別の記事で扱っています。あわせて御覧ください。
会社を譲り渡した後になって、買主から表明保証に違反があったとして代金の返還を求められた。あるいは、譲り受けた会社の帳簿を開けてみたところ、説明を受けていなかった債務が出てきた。M&Aの後に紛争が起きるとき、当事者が最初に直面するのは、法律の難しさではなく、「あのときの話を裏づける資料が手元にない」という現実です。交渉の場で確かに聞いたはずの説明も、記憶だけでは主張を支えられません。
M&Aの紛争は、契約の締結から表面化までに1年から3年ほどの間が空くことが珍しくありません。その間に担当者が退職し、パソコンが入れ替えられ、電子メールが自動で削除され、M&A仲介業者との連絡に使っていた資料共有の仕組みが閉じられます。争いが具体的になった時点で慌てて探し始めても、決定的な資料がすでに失われていることがあります。証拠は、あるかないかで結論が変わるものであり、後から作り出すことはできません。
本稿では、M&Aに関する紛争で必要となる証拠を類型ごとに整理し、あわせて電磁的記録、すなわちパソコンやサーバーの中に電子的な形で残っている記録の保全について説明します。譲渡代金1億円から10億円程度の中小企業のM&Aを想定し、売主側と買主側のいずれの立場でも使えるように、何をどこから集めるかを具体的に示します。
M&Aの紛争において証拠が果たす役割
紛争の場面では、当事者の言い分は必ず食い違います。売主は「決算書を見せて説明した」と述べ、買主は「その点の説明は受けていない」と述べます。裁判所は、どちらの人柄が誠実かを判断するのではなく、提出された資料から何が認められるかを判断します。したがって、主張の当否は、証拠の有無と質によって大きく左右されます。
主張することと立証することは別の作業です
「説明義務に違反した」「表明保証に違反した」という主張は、言葉としては簡単に組み立てられます。しかし、実際に求められるのは、いつ、誰が、どのような場面で、どのような説明をし、または隠したのかを、資料によって示すことです。たとえば簿外債務の存在を主張するのであれば、その債務の存在を示す契約書や請求書に加えて、それが開示資料に含まれていなかったことを示す開示資料の一覧が必要になります。片方だけでは足りません。
時間の経過とともに証拠は失われます
紙の資料は保管場所が変われば散逸し、電子的な記録は設定によって自動的に消えていきます。電子メールの保存期間を6か月や1年に設定している会社は多く、退職者のアカウントは退職の直後に削除される運用が一般的です。会計システムの操作履歴も、一定期間で上書きされることがあります。争いの兆しを感じた時点で保全に着手するかどうかが、後の立証の可否を分けます。
最初の数日で行うべきことがあります
相手方から通知書が届いた、または自ら請求を検討し始めた段階で、まず行うべきは反論の作成ではなく、資料の凍結です。具体的には、関係する電子メールの自動削除を止め、関係者の業務用端末を回収して現状のまま保管し、紙の資料を一つの場所に集めます。この作業は、弁護士に相談する前であっても着手できますし、着手が早いほど選択肢が広がります。
取引文書として確保すべき資料
取引文書は、当事者が何を合意したのかを示す最も基本的な証拠です。M&Aでは、初期の秘密保持契約書から最終のクロージング書類まで、段階ごとに複数の文書が作られます。そのすべてを、締結日と署名押印のある完成版の形で確保する必要があります。手元にあるのが署名前の案文だけであれば、それは合意の内容を示す証拠としては弱いものにとどまります。
秘密保持契約書から基本合意書までの初期の文書
秘密保持契約書は、開示した情報の範囲や目的外使用の禁止を定めるものであり、情報の流用が問題になる場面で意味を持ちます。意向表明書は、買主が示した当初の価格や条件を記録した文書であり、その後の減額の経緯を説明する起点になります。基本合意書には、独占交渉権、デュー・ディリジェンスすなわち買収監査への協力義務、費用の負担などが定められることが多く、交渉が破談になった場合の責任を論じる際に中心となります。これらは案文の段階から複数の版が作られますので、最終版だけでなく、やり取りの過程で交換された版も残しておく価値があります。
株式譲渡契約書及びその別紙
紛争の核心は、多くの場合、株式譲渡契約書の中にあります。表明保証の条項、補償の条項、補償の上限額と下限額、請求できる期間、解除の条項が、請求の可否と金額を直接に左右します。とりわけ重要なのが別紙です。表明保証の例外として列挙された事項、いわゆる開示別紙に何が書かれていたかによって、同じ事実であっても違反になる場合とならない場合が分かれます。契約書の本文だけを保管し、別紙を欠いている例は実務上少なくありませんので、別紙、附属明細、添付の一覧表まで含めて一体で確保してください。
変更合意書及びクロージング書類
契約締結後に価格や条件を修正した場合には、変更合意書が作られます。この文書を見落とすと、前提となる合意内容を誤って主張することになります。クロージング、すなわち代金の支払と株式の引渡しを行う日には、株主名簿の名義書換請求書、株券の引渡しに関する書面、取締役の辞任届、代表者印や通帳の引継ぎに関する受領書、前提条件の充足を確認する書面などが取り交わされます。これらは、いつ何が引き渡されたのかを示す資料であり、引継ぎの不履行を主張する場面で直接の証拠となります。
デュー・ディリジェンスの記録
デュー・ディリジェンスすなわち買収監査の記録は、「買主が何を知り得たか」と「売主が何を出したか」を示す資料です。表明保証違反の紛争では、買主が調査によって知っていた事実については補償を求められないという趣旨の条項が置かれていることが多く、その適用の有無を判断する材料になります。売主側にとっても、必要な資料は出したと反論するための基礎になります。
資料依頼リストと開示資料の一覧
買主側の弁護士や公認会計士は、調査の初期に資料依頼リストを交付します。このリストには、求めた資料の項目が番号を付して並んでいます。そして、実際に提出された資料には、提出日と対応する番号が記録されます。この2つを突き合わせることで、依頼したにもかかわらず提出されなかった資料が特定できます。「求めたのに出さなかった」という事実は、不誠実な対応を示す有力な材料になりますので、リストの原本と、未提出の項目に印を付けた作業用の控えの双方を保管してください。
質疑応答の記録
調査の過程では、買主側からの質問と売主側の回答が、書面や表計算のファイルの形でやり取りされます。この質疑応答の記録は、特定の事項について明確に質問がなされ、それに対してどのような回答があったのかを示す点で、極めて価値の高い証拠です。たとえば「未払残業代の有無」を質問し、「該当なし」との回答があったにもかかわらず、後に多額の未払が判明した場合、その回答自体が虚偽の説明を示す資料となります。回答が口頭でなされた場合には、その場で確認の電子メールを送っておくことが、記録を残す確実な方法です。
開示資料室への登録の履歴
近年の中小企業のM&Aでも、開示資料室、すなわちインターネット上で資料を共有する仕組みが用いられます。この仕組みには、どの資料がいつ登録され、誰がいつ閲覧または取得したかという履歴が記録されています。この履歴は、資料が実際に開示されていたかどうかを客観的に示すものであり、記憶に頼らない立証を可能にします。ただし、案件の終了とともに利用契約が終了し、履歴ごと削除されることが通例です。案件の終盤には、登録された資料の一式と履歴の一覧を、必ず自社の側に取得しておいてください。
交渉の経過を示す資料
説明義務違反や詐欺的な言動を主張する場合、争点は契約書の文言ではなく、交渉の過程で何が語られたかに移ります。この領域の立証は、日常のやり取りの記録に依存します。したがって、公式な文書だけでなく、担当者同士の連絡までを含めて残す必要があります。
電子メールの本文と添付ファイル
電子メールは、日付と発信者が自動的に記録される点で、証拠としての価値が高い資料です。集める際には、本文だけでなく添付ファイルを含めて保存してください。添付されていた事業計画や試算表こそが、説明の内容を示す実体だからです。保存の方法としては、印刷した紙とあわせて、電子的なファイルの形でも残すことが望まれます。送受信の日時や経路の情報が失われないためです。相手方の担当者だけでなく、社内での検討の経過を示す往復も、認識の推移を示す資料になります。
打合せの議事録と手控え
対面や画面越しの打合せは、記録が残りにくい場面です。議事録が作成されていれば最良ですが、作成されていない場合でも、担当者の手帳、ノート、日報、当日の予定表が手がかりになります。これらは正式な文書ではありませんが、作成の時期が争いの発生前であることから、後から作った資料と比べて信用性が認められやすい性質を持ちます。打合せの直後に「本日の確認事項」として相手方へ送った電子メールがあれば、それは実質的な議事録として機能します。
M&A仲介業者を介したやり取り
中小企業のM&Aでは、当事者が直接に交渉せず、M&A仲介業者や仲立ちを担う担当者を経由して条件が伝えられることが多くあります。この場合、重要な説明がM&A仲介会社の担当者の口から伝えられ、当事者間の文書には残っていないという事態が生じます。M&A仲介業者との間で交わした電子メール、送られてきた企業概要書や事業計画の資料、報酬に関する契約書と請求書は、必ず確保してください。担当者名と所属、連絡の日時が分かる形で整理しておくと、後に事情を尋ねる必要が生じた際に役立ちます。
提示資料の版の変遷
企業概要書、事業計画、財務の予測表は、交渉の進行に伴って何度も改訂されます。初期に提示された数値と最終の数値との間に大きな開きがある場合、その開きが生じた理由と時期が争点になります。各版のファイルを、受領した日付が分かる形で、上書きせずに別々に保存してください。ファイルの更新日時の情報も、いつ作成されたかを示す材料になりますので、内容を確認する目的であっても、原本のファイルを開いて保存し直すことは避けたほうが安全です。
対象会社の会計及び税務の資料
簿外債務、粉飾、資産の過大計上といった財務に関する紛争では、対象会社の会計資料そのものが証拠になります。買主が対象会社を支配下に置いた後であれば社内に資料がありますが、売主の側では、譲渡後に資料を手放していることが多く、確保が難しくなります。いずれの立場であっても、どの資料が必要かを把握しておくことが出発点です。
決算書と勘定科目内訳書
決算書、すなわち貸借対照表と損益計算書は、交渉の基礎となった数値を示す資料です。ただし、決算書だけでは中身が分かりません。実務上より重要なのは勘定科目内訳書であり、売掛金や買掛金の相手先ごとの残高、借入金の借入先ごとの残高、仮払金や貸付金の相手先が記載されています。同族経営の会社では、代表者やその親族に対する貸付金、代表者からの借入金がここに表れます。これらが譲渡の際にどう処理されたかは、頻繁に争点となります。
総勘定元帳と証憑
総勘定元帳は、日々の取引が勘定科目ごとに記録された帳簿であり、決算書の数値がどのような取引の積み重ねから生じたかをたどることができます。不自然な計上を主張する場合には、元帳から該当の仕訳を特定し、その裏づけとなる証憑、すなわち請求書、領収書、契約書、銀行の取引明細を確認する作業が必要になります。証憑まで確認しなければ、架空の売上か実在の取引かを区別できません。なお、株主の立場にある場合には、会社法第433条第1項に基づき、会計帳簿及びこれに関する資料の閲覧または謄写を請求できる場合があります。要件と手続については個別の検討が必要です。
税務申告書と税務調査の記録
法人税、消費税、地方税の申告書は、決算書と整合しているかを確認する資料です。申告書に添付される別表からは、税務上の処理と会計上の処理の差異が読み取れます。また、譲渡前に税務調査を受けていた場合には、調査の指摘事項をまとめた書面、修正申告書、更正処分の通知書が存在します。指摘を受けていた事項が買主に開示されていなかった場合には、それ自体が説明義務や表明保証との関係で問題となり得ます。顧問税理士が保管している場合もありますので、所在の確認を早めに行ってください。
損害を裏付ける資料
責任の存在が認められても、損害の額を示す資料がなければ、実際に支払を受けられる金額は限られます。損害の立証は、責任の立証と同じだけの重みを持ちます。何をもって損害と構成するかによって、必要な資料が変わりますので、早い段階で方針を定めることが有益です。
価値の差額を示す資料
表明保証違反による損害は、開示されていた事実を前提とした株式の価値と、実際の事実を前提とした価値との差額として構成されることがあります。この構成を採る場合、譲渡代金の算定根拠となった資料が必要です。具体的には、買主側で作成した価値の算定に関する書面、M&A仲介業者が提示した価格の試算、交渉の過程で用いられた収益の予測表です。あわせて、判明した事実の内容と金額を示す資料、たとえば未払残業代の計算書や、係属している訴訟の訴状が必要になります。
現に支出した費用
簿外債務の支払、追加で発生した税額、是正のために要した工事や改修の費用は、支出の事実を領収書や振込の記録で示すことができるため、比較的立証しやすい損害です。あわせて、調査や対応のために支出した専門家の費用、たとえば公認会計士や社会保険労務士への報酬も、事案によっては損害として主張し得ます。支出のたびに、支払先、金額、支払日、支出の理由を一覧にまとめておくと、後の整理が容易になります。
逸失した利益と評価に関する資料
取引先が離れた、許認可が得られなかったといった事情による将来の利益の減少を主張する場合には、過去の実績と、その後の推移を対比する資料が必要です。得意先ごとの売上の推移表、取引が終了したことを示す通知書、代替の取引先を確保するために要した費用などが該当します。もっとも、将来の利益の減少は算定に幅が生じやすく、認められる範囲は事案により異なります。過大な主張を掲げるよりも、確実に裏づけられる部分を積み上げるほうが、結果として実益にかなうことが多いといえます。
電磁的記録の保全
ここまで挙げた資料の多くは、紙ではなく電子的な形で存在します。電磁的記録は、複製が容易である反面、消去も容易であり、しかも自動的に消えていく点に特徴があります。保全とは、記録を現状のまま変更せずに確保することであり、単に必要なファイルをコピーすることとは異なります。以下、実務上まず行うべき措置を挙げます。
サーバー及び業務用端末の現状保存
社内の共有サーバーと、関係者が使用していた業務用の端末は、そのままの状態で確保することが原則です。端末を使い続けると、新しいデータが書き込まれ、削除されたファイルの復元が難しくなります。関係する担当者の端末については、使用を止めて別の端末を貸与し、元の端末は起動せずに施錠した場所で保管することが望まれます。やむを得ず使用を続ける場合には、記録媒体全体の複製を作成しておく方法があります。この作業は専門の事業者に依頼することができます。
電子メールの自動削除設定の停止
電子メールの保存期間の設定は、多くの会社で管理者が一括して定めています。争いが予想される時点で、この自動削除を直ちに停止してください。加えて、関係者に対して、個人の判断でメールを削除しないよう周知することが必要です。削除済みの項目のフォルダも、一定期間で自動的に空になる設定になっていることがありますので、あわせて確認してください。会社が用いている情報の仕組みによっては、特定の利用者の記録を消去できない状態にする機能が用意されていることがあります。
退職者の端末とアカウントの確保
M&Aの担当者が、その後に退職している例は多くあります。退職の手続の中で、アカウントの削除と端末の初期化が行われると、交渉の経過を示す記録が一括して失われます。争いが予想される場合には、人事や情報を管理する部署に対して、関係者のアカウントを削除しないよう明示的に依頼してください。すでに退職している場合でも、端末が保管されていないか、引継ぎのために複製が作られていないかを確認する価値があります。
会計システムの操作履歴
会計のソフトウエアには、入力、修正、削除の履歴が記録されているものがあります。決算の数値が後から書き換えられたかどうかを判断するうえで、この履歴は重要な意味を持ちます。ただし、履歴の保存期間には限りがあり、古いものから順に失われることがあります。また、システムを入れ替えると過去のデータが参照できなくなることがありますので、旧システムのデータの複製を確保しておく必要があります。会計事務所側にバックアップが保管されている場合もありますので、照会してください。
書面による保全の通知
相手方が保有する記録について、削除しないよう求める通知を書面で送っておくことには意味があります。この通知は、直ちに相手方に義務を生じさせるものではありませんが、通知の到達後に記録が失われた場合、その事情は裁判所の判断において考慮され得ます。通知には、対象となる期間、関係する人物、記録の種類を、できる限り具体的に記載します。あわせて、社内に対しても同様の指示を書面で出し、指示を出した日付と宛先を記録として残してください。
保全を怠った場合の不利益
証拠の保全を怠ることの影響は、単に「資料がない」という事実にとどまりません。手続の中で、より積極的に不利な評価を受けることがあります。ここでは、実際に生じ得る不利益を整理します。
主張が認められない結果になります
最も直接的な影響は、主張の裏づけを示せず、請求が認められない結果になることです。相手方が説明をしたかどうかが争われている場面で、こちらに記録がなく、相手方の側に説明したとする資料があれば、判断はその資料に基づいて行われます。記憶に基づく供述だけで争うことは、実務上きわめて不利です。
証拠を失わせた事情が不利に働くことがあります
紛争の見込みが生じた後に、自らの管理する記録を消去した場合、その行為自体が争点になります。裁判所は、当事者が文書提出命令に従わないときは、その文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができるとされています。命令に至る前の段階であっても、意図的に記録を失わせたと評価される事情は、全体の心証に影響し得ます。したがって、自らに不利に見える資料であっても、独断で処分することは避けるべきです。
費用と時間の負担が増えます
保全を怠った場合、後から代替の証拠を探す作業が必要になります。取引先への照会、金融機関からの取引明細の取得、専門の事業者による記録の復元など、いずれも費用と時間を要します。記録の復元は、対象となる端末の台数によっては100万円を超える費用を要することもあり、しかも必ず復元できるとは限りません。初期の段階で保全に取り組んでおくほうが、結果として負担が軽く済みます。
相手方が保有する証拠を得る方法
必要な資料が相手方や第三者の手元にあり、任意には出してもらえない場合があります。この場合でも、裁判の手続を通じて資料を入手する方法が用意されています。いずれも要件と手続がありますので、弁護士と相談しながら進めることになりますが、制度の存在を知っておくことは方針の検討に役立ちます。
文書送付嘱託
文書送付嘱託は、裁判所から文書の所持者に対して、その文書を送付するよう求める手続です。民事訴訟法第226条に定めがあります。官公署、金融機関、医療機関などが保管する資料を得る場合に用いられることが多く、相手方本人ではなく第三者が持っている資料に適しています。強制力を伴う手続ではありませんが、裁判所からの求めであることから、実際には応じられることが多い手続です。M&Aの紛争では、対象会社の税務申告に関する資料や、金融機関の融資に関する資料を求める場面が考えられます。
文書提出命令
文書提出命令は、文書を所持する者に対して、裁判所がその提出を命じる手続です。民事訴訟法第221条により申立てを行い、第220条に定める提出義務の有無が判断されます。申立てにあたっては、文書の表示、趣旨、所持者、証明すべき事実を明らかにする必要がありますので、対象となる文書をある程度特定できていることが前提となります。相手方が正当な理由なく命令に従わない場合には、民事訴訟法第224条により、その文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができるとされています。この効果があるため、申立て自体が任意の開示を促す働きをすることもあります。
証拠保全の申立て
証拠保全は、あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情がある場合に、訴えの提起前でも証拠調べを行う手続です。民事訴訟法第234条に定めがあります。裁判所が相手方の所在地に赴き、その場で資料を検証する形で行われることがあり、記録の改ざんや廃棄を防ぐ働きを持ちます。申立てには、保全の必要性を具体的に示すことが求められ、決定から実施までの期間も短いため、準備には相応の作業を要します。用いる場面は限られますが、電磁的記録が失われる危険が高い事案では検討に値します。
証拠の整理と提出に向けた実務
集めた資料は、そのままでは使えません。相手方や裁判所に理解してもらえる形に整理する作業が必要です。この整理の過程で、不足している資料が明らかになることも多く、早い段階で着手する意味があります。
時系列表を作ります
最初に行うべきは、日付、出来事、関係者、対応する資料の番号を並べた一覧表を作ることです。秘密保持契約書の締結から、基本合意、調査の実施、契約の締結、代金の支払、問題の発覚に至るまでを、1行ずつ記載します。この表を作ると、説明があった時点と資料が作成された時点との前後関係が明確になり、主張の組み立てが容易になります。あわせて、資料が存在しない期間も浮かび上がります。
原本と写しを区別して管理します
契約書については、原本の所在を確認し、写しと区別して保管してください。押印のある原本は、成立の真正を示すうえで意味を持ちます。電子的な記録については、原本にあたるファイルを変更せずに保管し、検討や書き込みには複製を用います。ファイルには、取得元、取得日、取得の方法を記録した一覧を添えておくと、後に出所を説明する際に役立ちます。
弁護士への提出は取捨選択をせずに行います
相談を受ける立場から申し上げますと、依頼者の側で「これは関係がない」「これは不利だから見せない」と選別されることが、最も判断を誤らせます。不利に見える資料が、文脈の中では有利に働くことがありますし、逆に有利だと思われた資料が、他の資料と矛盾していることもあります。関係し得る資料は、判断を加えずにそのまま提出してください。弁護士法人M&A総合法律事務所では、資料の量が多い場合であっても、時系列に沿って整理する作業からお引き受けしています。
よくあるご質問
証拠の収集と保全について、ご相談の際に多くいただくご質問と、それに対する一般的な考え方をまとめました。個別の事案では前提となる事実が異なりますので、実際の対応にあたっては、契約書と資料を確認したうえでの検討が必要になります。
すでに会社を譲り渡してしまい、資料が手元にありません。どうすればよいでしょうか
売主の立場では、譲渡とともに帳簿や資料を対象会社に残してくることが通常ですので、この状態は珍しくありません。まず、ご自身の個人の携帯電話やパソコンに残っている電子メール、M&A仲介業者から受け取った資料、顧問税理士や顧問会計事務所が保管している決算書や申告書の控えを確認してください。税理士事務所は申告書の控えを相当期間保管していることが一般的です。それでも不足する場合には、訴訟の中で文書送付嘱託や文書提出命令を用いて取得する方法を検討します。
相手方が資料を捨ててしまう恐れがあります。今できることはありますか
まず、記録を保存するよう求める通知を書面で送ることが考えられます。内容証明郵便によることで、送付の事実と内容を後に示すことができます。あわせて、失われる危険が高く、かつその資料がなければ立証が困難になるという事情があるのであれば、証拠保全の申立てを検討します。ただし、この手続は必要性の疎明を求められますので、どの資料がなぜ失われる危険があるのかを具体的に説明できることが前提となります。事案により採り得る手段は異なります。
電子メールを印刷して保管しておけば十分でしょうか
印刷したものも証拠として用いることはできますが、それだけでは不十分な場合があります。印刷では、送受信の日時に関する詳細な情報や、添付ファイルの中身が失われることがあるためです。また、相手方から改変を疑われた際に、電子的なデータが残っていれば反論が容易になります。印刷とあわせて、電子的な形でも保存してください。保存の際は、複数の場所に複製を置いておくと安全です。
担当していた社員がすでに退職しています。証言を求めることはできますか
退職者に対して、証人として法廷で述べてもらうよう求めることは可能です。ただし、退職者には協力する義務がなく、任意の協力が得られるとは限りません。また、退職の経緯によっては、こちらに不利な内容を述べる可能性もあります。したがって、証言に依存する組み立ては避け、その社員が在職中に作成した電子メール、報告書、日報といった書面の資料をまず探すことが優先されます。退職時にアカウントや端末がどう処理されたかも確認してください。
M&A仲介会社に資料の提供を求めることはできますか
M&A仲介会社との間の契約に基づき、案件に関する資料の提供を求めることが考えられます。契約書に記録の保管や引渡しに関する定めがあれば、それを根拠とします。任意に応じてもらえない場合には、訴訟の中で文書送付嘱託によって求める方法があります。なお、M&A仲介会社の対応自体に問題があると考えられる事案では、その会社に対する責任追及を併せて検討することになりますので、やり取りの記録は当事者間のものと区別して整理しておいてください。
証拠の収集はどの段階で弁護士に相談すればよいでしょうか
争いの兆しを感じた時点、たとえば相手方から問い合わせや指摘の連絡が来た段階でご相談いただくことが望まれます。この段階であれば、保全すべき記録の範囲を定め、自動削除を止めるといった措置を間に合わせることができます。請求書や訴状が届いてからでは、すでに記録が失われている場合があります。相談の時点で資料が揃っていなくても差し支えありません。何が手元にあり、何がないかを整理するところから始められます。
まとめ
M&Aの紛争における証拠は、取引文書、デュー・ディリジェンスの記録、交渉の経過、対象会社の会計及び税務の資料、そして損害を裏づける資料に整理できます。これらの多くは電磁的な形で存在し、放置すれば自動的に失われていきます。したがって、争いの兆しを感じた時点で、電子メールの自動削除を止め、関係者の端末を確保し、関係する資料を一か所に集めるという初動が、その後の見通しを大きく左右します。
手元に資料がない場合であっても、文書送付嘱託、文書提出命令、証拠保全といった手続を通じて、相手方や第三者が保有する資料を得られる余地があります。もっとも、これらの手続は対象を特定できていることが前提となりますので、自ら保全できる範囲は自ら確保しておくことが、選択肢を広げる最も確実な方法です。弁護士法人M&A総合法律事務所では、資料の所在の確認と保全の手順の設計から、収集した資料の整理、手続の選択に至るまで、事案の段階に応じたご相談をお受けしています。
具体的な御相談をお考えの皆様へ
本ページの主題に関し、当事務所の取扱内容、対応の進め方及び費用の考え方は、次の御案内のページに整理しています。あわせて御覧ください。

