M&Aの最終契約を解除できる場合とその効果

この記事の位置付け

M&Aの最終契約の解除は、クロージングの前と後とで難易が大きく異なります。本記事では、契約上の解除事由と法律上の解除とを整理したうえ、解除の効果及び解除に代わる手段を売主買主の双方の視点から扱います。

クロージングの前提条件が満たされない場合の対応については別の記事で扱っています。あわせて御覧ください。

株式譲渡契約に調印したものの、決済の日を迎える前に対象会社で思わぬ事実が判明した、あるいは買主から代金の支払を先延ばしにしたいという申入れが届いた、という場面は、中小企業のM&Aでも珍しくありません。売主としては「この話はもうなかったことにしたい」と考え、買主としては「この状態で代金を払うわけにはいかない」と考えます。そのときに真っ先に浮かぶのが、契約を解除できるのかという問いです。

ところが、最終契約の解除は、当事者の気持ちの問題ではなく、契約書に何が書かれているか、そして民法がどのような場合に解除を認めているかという、きわめて技術的な問題です。しかも、決済の前か後かによって、答えは大きく変わります。決済の前であれば解除は現実的な選択肢になり得ますが、決済の後になると、株式も代金も動いてしまっている以上、元に戻すこと自体が難しく、契約書でもあらかじめ解除を封じている例が多くあります。

ここでは、株式譲渡契約その他のM&Aの最終契約について、契約に定められた解除事由、法律上の解除、決済後の解除が困難である理由、解除の効果、解除に代えて補償又は損害賠償を求めるという選択、解除の意思表示の方法と立証、そして解除が認められなかった場合の不利益を、売主の立場と買主の立場の双方から順を追って整理します。譲渡代金が1億円から10億円程度の非上場の同族企業を念頭に置いて説明します。

Contents
  1. 最終契約の解除がどのような場面で問題になるのか
    1. 調印と決済が同じ日か、別の日かをまず確認します
    2. 売主が解除を考える典型的な場面
    3. 買主が解除を考える典型的な場面
  2. 契約に定められた解除事由
    1. クロージングの前提条件が満たされない場合
    2. 表明保証の重大な違反があった場合
    3. 誓約事項の違反があった場合
    4. 一定の期日までにクロージングが行われない場合
    5. 重大な悪影響がないことを内容とする条項
  3. 法律上の解除が問題になる場面
    1. 債務不履行による解除の基本的な考え方
    2. 催告による解除
    3. 催告によらない解除
    4. 解除する側に原因がある場合の制限
  4. クロージング後の解除が原則として困難である理由
    1. 原状回復の実現可能性という壁
    2. 対象会社の事業が変動してしまうこと
    3. 第三者との関係で戻せなくなること
    4. 契約でクロージング後の解除を排除する定めが置かれる理由
  5. 解除の効果として何が起こるのか
    1. 原状回復義務の内容
    2. 既払代金の返還をめぐる実際の問題
    3. 株式の返還と対抗要件の手当て
    4. 対象会社に生じた変動をどう清算するか
  6. 解除に代えて補償又は損害賠償を求めるという選択
    1. 契約に基づく補償の請求
    2. 民法に基づく損害賠償の請求
    3. 売主の立場からみた金銭解決の意味
  7. 解除の意思表示の方法と立証
    1. 内容証明郵便を用いる理由
    2. 通知の書面に書くべき事項
    3. 立証のために残しておくべき資料
  8. 解除が認められなかった場合に生じる不利益
    1. 自らが履行遅滞に陥る危険
    2. 違約金の定めがある場合の負担
    3. 紛争が長期化することの負担
  9. 売主と買主それぞれが契約の交渉段階で行うべき備え
    1. 売主が確認すべき条項
    2. 買主が確認すべき条項
    3. 双方に共通する準備
  10. よくあるご質問
    1. 調印してしまった後でも、気が変わったことを理由に解除できますか
    2. 買主が決済の期日に代金を払ってくれません。どうすればよいですか
    3. 決済が済んだ後に簿外の債務が見つかりました。契約を白紙に戻せますか
    4. 表明保証の違反があれば、必ず解除できるのでしょうか
    5. 解除の通知を出したいのですが、後で撤回することはできますか
    6. 解除ではなく、代金を減額してもらうことはできますか
    7. 売主が複数いる場合、一人の売主の違反で契約全体を解除できますか
  11. まとめ

最終契約の解除がどのような場面で問題になるのか

解除の可否を検討する前に、その最終契約がどのような時間の流れで組み立てられているのかを押さえておく必要があります。解除をめぐる議論は、この時間の流れのどこに立っているかによって、まったく別の問題に変わるからです。

調印と決済が同じ日か、別の日かをまず確認します

M&Aの最終契約には、調印と同時に株式と代金を交換してしまう型と、調印から一定の期間を置いて決済を行う型とがあります。前者は同日決済と呼ばれ、後者では調印の後、許認可の取得、取引先や金融機関の承諾の取得、対象会社の株主総会の決議、名義株の整理、簿外の債務の解消といった作業が行われ、それが済んでから決済に至ります。中小企業のM&Aでは、1か月から3か月程度の期間が置かれることが一般的です。解除が現実の武器として機能するのは、ほとんどがこの調印から決済までの期間です。

売主が解除を考える典型的な場面

売主が解除を検討するのは、多くの場合、買主の側に代金の支払能力についての不安が生じたときです。買収資金を金融機関からの借入れで賄う予定であったところ融資が下りない、買主の親会社の方針が変わって決裁が止まった、決済の期日を過ぎても代金が振り込まれない、といった事情です。また、買主が決済の直前になって価格の引下げを求めてきた場合に、その交渉から離脱するための手段として解除を検討することもあります。従業員や取引先に対して既にM&Aの説明を始めている段階では、話を止めること自体に大きな負担が生じますので、離脱の判断は慎重に行う必要があります。

買主が解除を考える典型的な場面

買主が解除を検討するのは、調印後に対象会社の状態について聞いていた話と違う事実が出てきたときです。主要な取引先との契約が解約された、想定していなかった訴訟の提起を受けた、代表者の個人的な資金の流用が判明した、未払の残業代の規模がデュー・ディリジェンスで把握していた金額を大きく超えることが分かった、といった事情です。これらは、後述する表明保証の違反や前提条件の不充足として構成されることが多く、買主にとっては、代金を支払う前に手を引けるかどうかという切実な問題になります。

契約に定められた解除事由

最終契約には、通常、どのような場合に解除できるのかが明文で定められています。実務では、法律上の解除よりも、この契約上の解除事由が先に検討されます。要件がはっきりしているぶん、主張と立証が容易だからです。契約書のどの条項を見るべきかを、事由ごとに整理します。

クロージングの前提条件が満たされない場合

最終契約には、決済を行うための前提条件が列挙されています。表明保証が決済の日においても真実かつ正確であること、決済までに履行すべき義務が履行されていること、必要な許認可や承諾が取得されていること、重大な悪影響が生じていないこと、といった項目です。そして、これらの前提条件が満たされない場合、その条件によって守られている側の当事者は、決済の義務を負わず、一定の期間の経過をもって契約を解除できる、という構造が置かれます。ここで確認すべきは、その前提条件が誰のために置かれたものかという点です。買主のために置かれた条件であれば、条件が満たされなくても買主が放棄して決済に進むことができます。売主が「条件が満たされていないから決済しない」と主張できるのは、売主のために置かれた条件についてだけです。

表明保証の重大な違反があった場合

表明保証とは、対象会社や株式について一定の事実が真実かつ正確であることを、当事者が相手方に対して保証する定めです。この表明保証に違反があった場合に解除できるという条項は、ほとんどの最終契約に置かれています。ただし、多くの契約では「重大な違反」に限定されており、この重大性の判断が争いの中心になります。判断の手がかりとしては、違反によって生じる金銭的な影響が譲渡代金に対してどの程度の割合を占めるか、対象会社の事業の継続に支障を生じるか、買主が当該事実を知っていたなら価格や取引の是非についての判断を変えたと言えるか、といった点が挙げられます。契約の中で「重大」の意味を金額で定義している例もあり、その場合は定義に従います。売主の立場からは、この定義を置いておくことが、後の争いを避ける意味を持ちます。

誓約事項の違反があった場合

誓約事項とは、調印から決済までの間、あるいは決済の後に、当事者が行うべきこと及び行ってはならないことを定めた条項です。対象会社の事業を従前どおりの方法で運営すること、重要な資産を処分しないこと、役員報酬や従業員の給与を勝手に引き上げないこと、多額の借入れをしないこと、他の買収候補者と交渉しないこと、といった内容が典型です。これらに違反した場合も、相手方は解除できるという定めが置かれるのが通常です。実務で問題になりやすいのは、売主が調印後に決算賞与を支給した、退職金規程を変更した、親族に対する貸付金を新たに実行した、といった事例です。契約の中で「通常の業務の範囲内の行為」がどこまでかを具体的に書いておくことが、双方にとって有益です。

一定の期日までにクロージングが行われない場合

最終契約には、一定の期日までに決済が行われなかった場合には、いずれの当事者も相手方に通知して契約を解除できる、という定めが置かれることがあります。取引を無期限に宙づりにしないための仕組みです。売主にとっては、買主の資金調達が整わないまま時間だけが過ぎていく状態から抜け出すための出口になり、買主にとっては、売主の側で許認可や承諾の取得が進まない状態から抜け出すための出口になります。ここで注意すべきは、自らの義務の不履行によって決済が遅れている当事者は、この定めによる解除を主張できないと定められていることが多い点です。したがって、期日の到来だけを頼りに解除を通知すると、相手方から「遅れの原因は自分たちにある」と反論され、かえって不利な立場に置かれる余地があります。

重大な悪影響がないことを内容とする条項

重大な悪影響がないことを内容とする条項とは、対象会社の財政状態、経営成績又は事業に重大な悪影響が生じていないことを、決済の前提条件とし、これが生じた場合には買主が取引から離脱できるとする定めです。自然災害、主要な取引先の喪失、大規模な訴訟、法規制の変更といった事象が想定されています。もっとも、この条項に基づく離脱が実際に認められる場面は限られます。多くの契約では、景気の全般的な悪化、業界全体に及ぶ変動、法令の改正といった、対象会社に固有ではない事情は除外されており、また「重大」であることの立証責任は離脱を主張する買主の側にあると解されるためです。売主としては、除外される事情の範囲を広く書くこと、買主としては、対象会社の主要な取引先や主力商品に関する事象を具体的に書き込むことが、それぞれの交渉の勘所になります。

法律上の解除が問題になる場面

契約に解除の定めが置かれていない場合、あるいは定められた事由に当てはまらない場合であっても、民法の規定に基づいて解除できることがあります。契約上の解除事由と法律上の解除は、いずれか一方しか使えないという関係ではなく、要件を満たす限り、双方を主張することができます。

債務不履行による解除の基本的な考え方

契約の一方の当事者が、契約で約束した義務を果たさない場合、相手方はその契約を解除できます。M&Aの最終契約で最も分かりやすいのは、買主が決済の期日に代金を支払わない場合です。売主の側では、株式の引渡しの準備を整え、株主名簿の名義書換に必要な書類を用意し、対象会社の実印や通帳を引き渡す準備をしていたにもかかわらず、代金が振り込まれない、という状況です。反対に、代金は用意されているのに売主が株券や必要書類を交付しない、対象会社の重要な資産を既に第三者に処分してしまっていた、といった場合には、買主の側に解除の余地が生じます。なお、契約の解除をしたからといって損害賠償を請求できなくなるわけではなく、民法第545条第4項は、解除が損害賠償の請求を妨げない旨を定めています。

催告による解除

債務不履行を理由に解除する場合、原則として、相当の期間を定めて履行を催告し、その期間内に履行がないことが必要とされます。民法第541条がこれを定めています。実務では、内容証明郵便で「本書面到達後7日以内に、契約第何条に定める譲渡代金を指定の口座に振り込んでください。期間内に履行がない場合には、あらためて通知することなく本契約を解除します」といった形で通知します。相当の期間がどの程度かは、義務の内容によって異なりますが、金銭の支払であれば1週間から2週間程度が一つの目安になります。ただし、同条には、期間が経過した時点における不履行が契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは解除できないという趣旨のただし書が置かれており、ごく一部の書類の交付が遅れているだけといった事情では、解除は認められにくくなります。

催告によらない解除

一方で、催告をしても意味がない場合には、催告をせずに直ちに解除できます。民法第542条は、債務の全部の履行が不能であるとき、債務者が債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき、契約の目的を達することができないときなどを挙げています。M&Aの場面では、買主が「資金調達ができなかったので、この取引は履行できない」と明確に述べた場合、あるいは売主が対象株式を既に別の相手に譲渡してしまい引渡しが不能になった場合が、これに当たり得ます。もっとも、電話でのやり取りだけでは、後になって「そのような趣旨で述べたのではない」と争われる余地がありますので、書面又は電子メールでの確認を残しておくことが重要です。

解除する側に原因がある場合の制限

債務の不履行が、解除しようとする側の責めに帰すべき事由によるものであるときは、解除できません。民法第543条がこれを定めています。M&Aの場面では、買主が資料の提供を怠ったために許認可の申請が遅れ、その結果として決済が遅れたにもかかわらず、買主が売主の履行遅滞を理由に解除を主張する、といった構図が問題になり得ます。したがって、解除を検討する当事者は、まず自らの側に不履行や協力の懈怠がないかを点検する必要があります。相手方の対応を記録するのと同じ熱心さで、自らの履行の経過を記録しておくことが、後の攻防で効いてきます。

クロージング後の解除が原則として困難である理由

決済が済んでしまった後になって「やはり解除したい」という相談を受けることがあります。しかし、決済後の解除は、法律上の理屈としては考えられても、実際に実現することは極めて困難です。その理由を、三つの角度から説明します。

原状回復の実現可能性という壁

解除の効果は、契約がなかった状態に戻すことです。株式譲渡契約であれば、買主は株式を売主に返し、売主は受け取った代金を買主に返すことになります。ところが、中小企業のM&Aでは、売主は受領した代金を、金融機関からの借入れの返済、連帯保証の解除に伴う担保の解消、相続税の納付の準備、次の事業への投資、親族への分配などに充ててしまっていることが通常です。数億円の代金を数か月後に一括で返すことは、多くの売主にとって現実的ではありません。返還が事実上できないのであれば、解除を主張しても、結局は金銭の争いに帰着します。

対象会社の事業が変動してしまうこと

決済の後、買主は対象会社の株主として経営に関与します。役員を入れ替え、就業規則を改定し、取引条件を見直し、システムを統合し、不採算部門を整理し、新たな設備投資を行うといったことが進みます。従業員が退職することもあれば、逆に買主のグループから人員が送り込まれることもあります。こうした変動を経た会社の株式は、譲渡の時点の株式と同じものとは言えません。仮に株式を返還したとしても、売主が受け取るのは、自分が手放した会社とは異なる状態の会社です。この差をどのように清算するのかという問題が必ず生じ、その清算自体が新たな紛争になります。

第三者との関係で戻せなくなること

決済の後、買主が対象会社の株式を第三者に譲渡したり、株式に担保権を設定したりしていることがあります。また、対象会社が新株を発行して資本構成が変わっていることもあります。民法第545条第1項は、解除によって当事者が原状回復義務を負うことを定めるとともに、そのただし書において、第三者の権利を害することができないと定めています。したがって、既に第三者が関与している場合、売主が株式そのものを取り戻すことは難しくなります。対象会社が金融機関から新たな借入れを行い、買主が保証を提供しているといった事情も、関係を巻き戻しにくくする要因です。

契約でクロージング後の解除を排除する定めが置かれる理由

以上の事情から、最終契約では、決済がなされた後は本契約を解除することができない、という趣旨の定めが置かれることが多くあります。決済後に問題が判明した場合には、解除ではなく、補償又は損害賠償という金銭の請求によって処理する、という設計です。この定めは、一見すると買主に不利に見えますが、買主にとっても意味があります。買収した会社を安定して経営していくためには、株主の地位が後から覆されない状態を確保する必要があるからです。売主にとっては、代金を返す義務から解放されるという利益があります。双方にとって、決済という一線を引いて、その前後で救済の手段を切り替えるという整理には合理性があるのです。ただし、詐欺に当たるような場合や、売主が事実を知りながら隠していた場合まで一切の解除を封じる文言になっているかどうかは、契約ごとに確認すべき点です。

解除の効果として何が起こるのか

解除が認められた場合に、当事者の間で何をどのように戻すことになるのかを整理します。ここを理解しておくと、解除を求めるべきか、金銭の請求にとどめるべきかという判断がしやすくなります。

原状回復義務の内容

契約が解除されると、各当事者は相手方を原状に復させる義務を負います。民法第545条第1項が定めるところです。株式譲渡契約であれば、買主は株式を売主に返還し、売主は受領した代金を買主に返還します。加えて、同条第2項は、金銭を返還するときは受領の時からの利息を付さなければならないと定めており、同条第3項は、金銭以外の物を返還するときは受領の時以後に生じた果実も返還しなければならないと定めています。株式の場合、受領後に支払われた配当金がこの果実に当たり得ます。決済の日から解除までに1年以上が経過している事案では、この利息と果実の計算だけでも、相当の金額になり得ます。

既払代金の返還をめぐる実際の問題

代金の返還は、理屈としては単純ですが、実務では最も難しい部分です。売主が代金を既に使ってしまっている場合、一括での返還は困難です。売主が複数いる場合、たとえば創業者とその配偶者と子が株式を分け合って保有していた場合には、それぞれがいくらを返すのかという分担の問題も生じます。契約に連帯して責任を負う旨の定めがあるかどうかを確認する必要があります。さらに、売主が受領した代金について既に譲渡所得として申告し、納税を済ませている場合には、税務上の取扱いをどうするかという問題も残ります。解除を求める買主の側は、こうした回収可能性を冷静に見積もったうえで、解除という手段が実益を持つかどうかを判断すべきです。

株式の返還と対抗要件の手当て

買主が株式を返還する場合、単に「返します」と述べるだけでは足りません。非上場会社の株式では、株主名簿の名義書換が権利の帰属を対外的に示す基本になりますので、対象会社に対して名義書換を請求し、株主名簿の記載を売主に戻す手続が必要です。株券発行会社であれば株券の交付も必要になります。加えて、譲渡制限が付されている株式であれば、対象会社の取締役会又は株主総会の承認の手続を踏むことになります。買主が経営を握っている状態でこれらの手続に協力しない事態も想定されますので、解除を求める側は、名義書換の請求や地位を保全するための手続を並行して検討する必要があります。

対象会社に生じた変動をどう清算するか

決済から解除までの間に、対象会社の資産や負債は動きます。買主が対象会社に資金を貸し付けている、買主のグループ会社との取引によって売上が積み上がっている、逆に不採算部門の整理によって従業員が減っている、といった変動です。これらをどのように清算するかについて、民法は具体的な答えを用意していません。したがって、実際には、当事者の間で清算の方法を協議し、合意によって解決することになります。協議が整わない場合には、不当利得の返還や損害賠償の枠組みで争うことになりますが、いずれも金額の算定が難しく、長期の紛争になりやすい部分です。この点も、決済後の解除が現実的でない理由の一つです。

解除に代えて補償又は損害賠償を求めるという選択

実務で最も多く選ばれるのは、解除ではなく金銭による解決です。とりわけ決済後に問題が判明した場合には、この選択がほぼ唯一の現実的な道になります。どのような請求の仕方があるのかを整理します。

契約に基づく補償の請求

最終契約には、表明保証の違反や誓約事項の違反によって買主又は対象会社に損害が生じた場合に、売主が金銭で補償することを定めた条項が置かれます。補償の請求は、民法に基づく損害賠償と異なり、売主の帰責事由を立証する必要がない形で設計されていることが多く、買主にとっては使いやすい手段です。ただし、請求できる期間の制限、1件あたりの下限額、累計額が一定額に達するまで請求できない定め、総額の上限といった制約が置かれているのが通常です。買主としては、まず補償の条項を読み、期間内に、定められた方式で通知を行うことが最優先です。通知の期限を過ぎると、それだけで請求の道が閉ざされる余地があります。

民法に基づく損害賠償の請求

契約上の補償とは別に、債務の不履行があった場合には、民法第415条第1項に基づいて損害賠償を請求することもできます。ただし、最終契約に「本契約に定める補償を唯一の救済手段とする」という趣旨の定めが置かれている場合には、この請求が制限されることがあります。契約書の中に、救済手段を限定する条項があるかどうかを確認してください。また、売主が事実を知りながら告げなかった場合には、契約とは別に、不法行為に基づく請求や、詐欺を理由とする取消しの主張が問題になることもあります。これらは要件が厳しく、立証の負担も重いものですが、補償の上限額を超える損害が生じている場合には検討する価値があります。

売主の立場からみた金銭解決の意味

売主にとっても、解除より金銭解決のほうが望ましい場合が多くあります。解除になれば代金の全額を返さなければならないのに対し、補償であれば、契約に定められた上限の範囲内で負担が確定するからです。したがって、買主から解除を求められた売主は、感情的に応じるのではなく、金銭による解決の余地を早い段階で示すことが、結果として負担を小さくすることにつながり得ます。反対に、買主から見れば、対象会社の事業の中核が失われているような事案では、金銭で埋め合わせても目的を達せられないことがあり、その場合には解除を求める実益が残ります。どちらの手段を選ぶかは、失われたものが金銭で置き換えられる性質のものかどうかによって判断することになります。

解除の意思表示の方法と立証

解除は、当事者の一方の意思表示によって効力を生じます。民法第540条第1項がこれを定めており、同条第2項は、いったんした意思表示を撤回できないと定めています。撤回できない以上、通知を出す前の準備が決定的に重要です。

内容証明郵便を用いる理由

解除の意思表示は、口頭でも効力を生じますが、後に「そのような通知は受けていない」「そのような内容ではなかった」と争われることを避けるため、実務では内容証明郵便に配達証明を付けて送付します。内容証明郵便は、どのような文面の書面を、いつ、誰から誰に宛てて差し出したかを郵便局が証明する制度であり、配達証明は、それがいつ相手方に届いたかを証明するものです。相手方が法人であれば登記されている本店所在地宛てに、個人であれば住民票上の住所宛てに送付します。相手方が受領を拒んだり不在であったりして戻ってきた場合に備えて、電子メールなど別の経路でも同じ内容を送り、到達の事実を重ねて確保しておくことが有益です。

通知の書面に書くべき事項

解除の通知には、少なくとも次の事項を明記します。曖昧な書き方をすると、解除の効力そのものが争われることになります。

  • 契約の特定。契約の名称、締結の年月日、当事者の表示を記載し、どの契約についての通知かを明らかにします。
  • 解除の根拠。契約の第何条に基づくのか、民法の規定に基づくのかを示します。両方を主張する場合は、その旨を併記します。
  • 解除の原因となる事実。いつ、どのような事実が生じ、それが契約のどの定めに違反するのかを、日付と金額を含めて具体的に記載します。
  • 催告を要する場合には、履行すべき内容と期限。期限を過ぎた場合には別途の通知なく解除する旨をあわせて記載する方法もあります。
  • 解除の意思表示そのもの。「本書面の到達をもって本契約を解除します」と明確に述べます。
  • 原状回復に関する求め。代金の返還を求めるのか、株式の返還に応じる用意があるのかを示し、返還の方法と期限を提示します。

立証のために残しておくべき資料

解除の効力が争われた場合、解除事由に当たる事実を主張する側が、その事実を立証する責任を負うのが原則です。したがって、通知を出す前の段階から、証拠を集めておく必要があります。表明保証の違反であれば、違反の内容を示す帳簿、契約書、通帳の記録、取引先からの通知書、労働基準監督署からの是正勧告書といった資料です。誓約事項の違反であれば、対象会社の取締役会議事録、稟議書、送金の記録などです。買主の支払能力に関する事情であれば、金融機関からの融資が下りなかったことを示すやり取りです。また、調印から通知までの間に相手方と交わした電子メールや通信アプリの記録は、経過を示す資料として重要な意味を持ちますので、削除せずに保存し、時系列に沿って整理しておいてください。

解除が認められなかった場合に生じる不利益

解除の通知は、いったん出せば撤回できません。したがって、解除が認められなかった場合に自らがどのような立場に置かれるのかを、通知の前に必ず検討しておく必要があります。

自らが履行遅滞に陥る危険

解除の要件を満たしていないのに解除を通知し、決済に応じなかった場合、その当事者自身が契約上の義務を履行しない状態に陥ります。買主が「表明保証に違反があるので解除する」と通知して代金を支払わなかったところ、後にその違反が重大なものではないと判断されれば、買主は代金の支払を怠ったことになります。売主が「買主に支払能力がない」と判断して株式の引渡しを拒んだところ、実際には買主に支払の準備があったのであれば、売主が引渡しを怠ったことになります。履行が遅れた期間について遅延損害金の支払を求められる余地があり、さらに相手方から解除と損害賠償を求められる立場に転じることもあります。

違約金の定めがある場合の負担

最終契約には、正当な理由なく決済を行わなかった場合に一定の金額を支払う旨の違約金の定めが置かれていることがあります。譲渡代金の5パーセントから10パーセント程度といった水準が用いられます。民法第420条第1項は、当事者が債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる旨を定めており、違約金は賠償額の予定と推定されます。つまり、実際の損害がその金額に達していなくても、定められた金額の支払を求められる可能性があるということです。解除の可否が微妙な事案では、この違約金の負担が判断を左右します。契約書に違約金の定めがあるか、その金額はいくらか、どのような場合に発生するのかを、通知の前に必ず確認してください。

紛争が長期化することの負担

解除の効力が争われると、対象会社の状態が宙づりになります。誰が株主なのかが定まらないまま、金融機関との取引、取引先との契約の更新、従業員の処遇についての判断が滞ります。訴訟になれば、解決までに1年から数年を要することも珍しくありません。その間、対象会社の事業価値は下がっていくのが通常であり、最終的に勝訴しても、取り戻す対象そのものが痩せてしまっているという事態が起こり得ます。したがって、解除を検討する場面では、法的な当否だけでなく、時間の経過が誰に不利に働くのかという観点も含めて判断する必要があります。

売主と買主それぞれが契約の交渉段階で行うべき備え

解除をめぐる紛争の多くは、契約の交渉段階での書き方によって、避けられたり、少なくとも見通しを立てやすくしたりできるものです。調印の前に確認しておくべき点を、立場ごとに整理します。

売主が確認すべき条項

売主としては、まず、買主が離脱できる場面がどこまで広いかを確認します。表明保証の違反による解除が「重大な違反」に限られているか、その重大性が金額で定義されているか、重大な悪影響がないことを内容とする条項から除外される事情が十分に書かれているか、といった点です。次に、決済の期日までに決済が行われない場合の解除について、その期日が現実的な日程になっているか、遅れの原因が売主にない場合に売主も解除できる建て付けになっているかを確認します。さらに、買主の支払を確実にするための手当て、たとえば買主の親会社による保証、資金の証明書類の提出、違約金の定めがあるかどうかを検討します。

買主が確認すべき条項

買主としては、決済までの間に対象会社の状態が変わった場合に離脱できる道が確保されているかを確認します。前提条件の列挙が十分か、表明保証が決済の日にも真実であることを求める建て付けになっているか、誓約事項として売主に禁じる行為が具体的に書かれているかといった点です。加えて、決済の後については解除ができない定めになっているのが通常ですから、補償の条項が実効性を持つかどうかが決定的に重要になります。補償の上限額、請求できる期間、通知の方法、そして売主に支払能力があるかどうか、代金の一部を一定期間留保する仕組みや第三者に預ける仕組みを設けるかどうかを検討することになります。

双方に共通する準備

いずれの立場であっても、調印から決済までの間、相手方とのやり取りを書面又は電子メールで残すことを習慣にしてください。口頭での了解は、後の紛争において最も脆い部分です。また、決済までに履行すべき事項について、担当者、期限、必要書類を一覧にして双方で共有し、進捗を記録しておくことが有益です。この一覧は、後に「どちらの側の事情で決済が遅れたのか」を判断する際の資料になります。弁護士法人M&A総合法律事務所では、最終契約の交渉の段階から、解除に関する条項が実際に機能するかどうかという観点で条文を点検し、双方の立場に応じた条項の設計と、紛争が生じた場合の通知や証拠の整理についてお手伝いしています。

よくあるご質問

最終契約の解除について、実際にご相談をお受けする中で繰り返し尋ねられる事項をまとめました。個別の事案では契約書の文言と事実関係によって結論が変わりますので、あくまで一般的な考え方としてお読みください。

調印してしまった後でも、気が変わったことを理由に解除できますか

できません。最終契約は、当事者を法的に拘束する契約です。単に気持ちが変わった、他により良い条件の候補者が現れた、といった理由では解除できず、無理に決済を拒めば、こちらが債務不履行の責任を負うことになります。解除できるのは、契約に定められた解除事由に当たる場合か、相手方に債務不履行があって民法の要件を満たす場合に限られます。ただし、基本合意書の段階であれば、法的な拘束力を持たせない旨の定めが置かれていることが多く、その場合は事情が異なります。まず、締結した書面がどの段階のものかを確認してください。

買主が決済の期日に代金を払ってくれません。どうすればよいですか

まず、契約書で決済の期日と支払の方法がどのように定められているか、遅延した場合の定めがあるかを確認してください。そのうえで、内容証明郵便で相当の期間を定めて支払を催告し、期間内に支払がない場合には解除する旨を通知するのが一般的な手順です。同時に、遅延損害金や違約金を請求できるかどうかも確認します。なお、解除して契約を終わらせるのが得策とは限りません。買主に支払の意思と能力が残っているのであれば、期日を組み直して取引を成立させるほうが、売主にとって有利な場合もあります。買主の資金調達の状況を確認したうえで判断してください。

決済が済んだ後に簿外の債務が見つかりました。契約を白紙に戻せますか

実際にはきわめて困難です。多くの最終契約では、決済の後は解除できない旨が定められていますし、仮にその定めがなかったとしても、代金の返還と株式の返還を現実に行うことは容易ではありません。この場合に取るべき手段は、表明保証の違反を理由とする補償の請求です。契約に定められた通知の期限を確認し、期限内に、定められた方式で、違反の内容と損害の額を具体的に示して通知してください。通知が遅れると請求できなくなる余地がありますので、発見した時点で速やかに動くことが重要です。

表明保証の違反があれば、必ず解除できるのでしょうか

必ず解除できるわけではありません。多くの契約では、解除できるのは重大な違反があった場合に限られています。軽微な違反、たとえば取引先の一覧に数社の記載漏れがあったといった事情では、解除は認められにくく、補償による処理にとどまるのが通常です。また、買主がデュー・ディリジェンスの過程で当該事実を知っていた場合には、その事実についての補償や解除を主張できないと定められていることもあります。契約書の中に、買主が知っていた事項の取扱いについてどのような定めが置かれているかを確認してください。

解除の通知を出したいのですが、後で撤回することはできますか

できません。解除の意思表示は、相手方に到達した時点で効力を生じ、その後に撤回することはできないと定められています。したがって、通知を出す前に、解除事由に当たる事実があること、それを裏付ける資料が手元にあること、解除が認められなかった場合に自らが負う不利益、そして解除が認められた場合に原状回復を実際に行えるかどうかを、すべて検討しておく必要があります。判断に迷う場合は、直ちに解除を通知するのではなく、まず事実の説明を求める通知や、履行を求める催告の通知にとどめておくという段取りも考えられます。

解除ではなく、代金を減額してもらうことはできますか

当事者の合意によって代金を変更することは可能です。決済の前に問題が判明した場合には、解除を主張して交渉を打ち切るよりも、価格の調整や、一定額を一定期間留保する仕組みを設けることで折り合いをつけることが実務では多くあります。決済の後であれば、補償の請求という形で実質的に代金の一部を取り戻すことになります。いずれの場合も、合意した内容は必ず書面にし、その合意によって他の請求権を放棄することになるのかどうかを明確にしてください。「本件について当事者間に他に何らの債権債務がないことを確認する」という文言が入っていると、後から別の問題が出てきたときに請求できなくなる余地があります。

売主が複数いる場合、一人の売主の違反で契約全体を解除できますか

契約書の定め方によります。売主が連帯して義務を負う旨の定めがあり、解除についても契約全体を一体として扱う建て付けであれば、一人の売主の違反を理由に契約全体を解除できる可能性があります。他方、売主ごとに義務と責任が分けられている場合には、違反した売主との関係でのみ解除が問題になり得ます。もっとも、株式の一部だけを取得しても目的を達せられない取引であれば、全体を解除する必要が生じます。中小企業のM&Aでは、創業者と親族が株式を分け合って保有していることが多いため、この点は調印の前に必ず確認しておくべき事項です。

まとめ

M&Aの最終契約の解除は、決済の前か後かで、まったく性質の異なる問題になります。決済の前であれば、前提条件の不充足、表明保証の重大な違反、誓約事項の違反、期日までに決済が行われないこと、重大な悪影響の発生といった契約上の解除事由が使え、これに加えて民法に基づく解除も主張できます。決済の後は、原状回復の困難さ、対象会社の事業の変動、第三者との関係という三つの壁があり、契約でも解除が排除されているのが通常ですから、補償又は損害賠償という金銭の請求が現実的な道になります。

解除を検討する場面では、まず契約書の解除に関する条項と前提条件の条項を読み直し、自らの立場でどの事由に当たるのかを特定してください。そのうえで、それを裏付ける資料を集め、内容証明郵便で通知を出す準備を整えます。同時に、解除が認められなかった場合に自らが負う履行遅滞の責任や違約金の負担を見積もり、金銭による解決と比較して、どちらが自らの目的にかなうのかを判断することになります。解除は撤回できない一方通行の手段ですから、勢いで通知を出すことだけは避けていただきたいところです。

そして、最も効果があるのは、契約の交渉の段階で、解除に関する条項を実際に使う場面を想定しながら文言を詰めておくことです。重大性の基準を金額で定義する、除外される事情を具体的に列挙する、決済までに履行すべき事項を一覧にして進捗を共有する、といった地味な作業が、後の紛争を防ぎ、あるいは紛争になったときの見通しを大きく変えます。最終契約の解除についてご不安のある場合には、契約書と経過を示す資料をお持ちのうえ、弁護士法人M&A総合法律事務所にご相談ください。

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件に関与し、平成23年には最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得ております。現在は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士を務めております。

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