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株式譲渡から除外した老人ホーム事業の運営委託と収益の清算―東京高等裁判所平成29年11月1日判決

公開 2017年11月1日更新 2017年11月1日

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有料老人ホームを運営する会社の株式全部を売却したオーナーが、株式譲渡の対象から1つのホームの事業を除外し、後日、自分の指定する会社に移すことにした。ところが、買主による追加買受けの話がまとまらず、行政上の手続を経て移転が完了するまでに1年以上かかり、その間は株式を売却した後の対象会社がそのホームを運営していた。この場合、その期間のホームの収益は誰に帰属し、どのように清算されるのでしょうか。

東京高等裁判所平成29年11月1日判決は、この場面について、株式譲渡に関する基本合意書と株式譲渡契約書に明文の規定がなくても、分離されたホーム事業の運営について業務委託の合意があり、その期間の収益等を清算する黙示の合意があったと認めました。そのうえで、運営期間中の事業利益等2,809万3,421円の支払義務を認め、対象会社が主張した工事費用、本社管理運営費及び受託者としての報酬との相殺を一部認めて、970万6,470円の支払を命じました。売主側の請求をすべて棄却した第一審判決は変更されています。

本記事では、株式譲渡の前の収益と後の収益をどのように区別したのか、入居者から預かった保証金等をどのように扱ったのか、相殺の主張のうち何が認められ何が退けられたのかを、判決本文に沿って整理します。

Contents
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要―株式譲渡から除外した老人ホーム事業を、移転までの間、対象会社が運営した
    1. 7つの有料老人ホームを運営する会社の株式譲渡
    2. 代金の減額と、ホームHNMの除外
    3. 株式の受け渡しと、HNM事業の分離
    4. 追加買受けの不調と、受皿会社NRKへの移転
    5. 移転後の清算協議と訴訟
  4. 事案の経緯の時系列
  5. 判断の前提となった契約条項
    1. 基本合意書9条1項―HNM事業の分離
    2. 基本合意書9条2項―分離に伴う債権債務の扱い
    3. 基本合意書12条―買主MTBによる追加買受け
    4. 基本合意書7条及び株式譲渡契約書9条―受け渡し
  6. 当事者の請求と主要な主張
    1. 売主側の3つの請求
    2. 請求(1)の内訳
    3. 対象会社KGR及び買主MTBの主張
  7. 結論を左右した争点
  8. 第一審の判断
  9. 控訴審の判断
    1. 第一審の結論を変更し、請求の一部を認めた
    2. 第一審判決を引用しつつ補正した箇所
  10. 裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
    1. 移転完了までの法律関係は「業務委託」
    2. 業務委託である以上、収益等を清算する黙示の合意がある
    3. 清算の対象は、分離後の受託期間の収益等に限られる
  11. 各主張を採用し又は排斥した理由
    1. 明示の合意以外に合意はないとの主張―採用しない
    2. 株式譲渡前の事業利益、過去3年分の利益、介護保険料収入―認めない
    3. 受託期間中の事業利益―全額を認める
    4. 入居者の保証金等―受託期間中に受領した分だけを認める
    5. 不当利得返還請求と匿名組合契約の主張―認めない
    6. 相殺①工事費用349万3,700円―認める
    7. 相殺②借入金の一部2,043万6,300円―認めない
    8. 相殺③本社管理運営費602万6,785円―認める
    9. 相殺④受託者としての報酬―事業利益の35パーセントで認める
    10. 相殺の結果
    11. 請求(3)虚偽説明による共同不法行為―認めない
  12. 審級ごとの結論の推移
  13. 主文及び結論
  14. 判断の射程―参考となる点と一般化できない点
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
    3. 契約や交渉で確認しておきたいこと
  15. よくあるご質問
    1. 株式譲渡の対象から除外した事業を、移転まで対象会社が運営していた場合、その間の利益は誰のものになりますか。
    2. 株式譲渡の前に対象会社が得ていた利益も、売主側が取り戻せますか。
    3. 入居者から預かった保証金の返還債務を引き継いだ場合、その分の資金も請求できますか。
    4. 移転までの間に事業を運営した対象会社は、報酬や経費を差し引くことができますか。
    5. この事件で、買主は責任を負いましたか。
  16. 関連する記事と御相談のご案内

裁判例の基本情報

審級 裁判所 裁判日 事件番号 裁判の形式 結論
第一審(原審) 控訴審の判決本文に記載がありません 控訴審の判決本文に記載がありません 控訴審の判決本文に記載がありません 判決(控訴審の判決本文が「原判決」と表示しています) 売主側(売主HSM氏及び受皿会社NRK)の請求をいずれも棄却
控訴審 東京高等裁判所第5民事部 平成29年11月1日 平成29年(ネ)第1694号 判決 原判決を変更。対象会社KGRに対し、受皿会社NRKへ970万6,470円及び平成27年7月7日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を命じ、その余の請求をいずれも棄却。訴訟費用は第1、2審を通じて10分し、その1を対象会社KGR、その余を売主側の負担。支払を命じた部分に仮執行宣言

この表は、控訴審の判決本文の冒頭、主文及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。控訴審判決に対する上告又は上告受理の申立ての有無及び判決の確定は、確認できていません。

第一審の判決本文は、本記事の作成に当たって参照していません。控訴審の判決本文には、第一審の裁判所名、裁判日及び事件番号の記載がないため、本記事には記載していません。第一審の判断は、控訴審の判決本文から分かる範囲に限って記載しています。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いている符号も、そのままは使わずに次の表記へ置き換えています。

本記事の表記 立場
売主である元オーナー経営者HSM氏(以下「売主HSM氏」) 第一審の原告で、控訴人。対象会社KGRの発行済株式全部を保有し、その代表取締役であった人物です。対象会社KGRの株式全部を買主MTBに譲渡しました
売主HSM氏が代表取締役を務める受皿会社NRK(以下「受皿会社NRK」) 第一審の原告で、控訴人。株式会社です。株式譲渡の対象から除外されたホームHNMの事業の移転を受けた会社です
対象会社である有料老人ホーム運営会社KGR(以下「対象会社KGR」) 第一審の被告で、被控訴人。株式会社です。ホームHNMを含む7つの有料老人ホームを運営していました
買主である会社MTB(以下「買主MTB」) 第一審の被告で、被控訴人。株式会社です。対象会社KGRの発行済株式全部を、関連会社の発行済株式全部などとともに譲り受けました。業種は判決本文に記載がありません
有料老人ホームHNM(以下「ホームHNM」。その事業を「HNM事業」) 対象会社KGRが運営していた有料老人ホームの一つで、株式譲渡の対象から除外され、受皿会社NRKに移転されたホームです
有料老人ホーム紹介誌LFG(以下「紹介誌LFG」)とその発行会社EDS(以下「発行会社EDS」) 受皿会社NRKが、対象会社KGRと買主MTBから虚偽の説明を受けたと主張した紹介誌とその発行会社です
工事業者KJS 対象会社KGRとの請負契約に基づき、ホームHNMの改修工事等を行った業者です
関係者FJT氏及びGTO氏 ホームHNMの運営を対象会社KGRに委ねていた趣旨を認めたとして、判決本文に名前が挙げられている2名です

判決本文を引用する部分では、当事者の呼称を上記の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。判決本文の数字は全角の算用数字で記載されているため、引用部分では判決本文の表記のままとしています。

事案の概要―株式譲渡から除外した老人ホーム事業を、移転までの間、対象会社が運営した

以下は、控訴審が第一審の認定事実を引用し、これを踏まえて判断の中で整理した事実です。

7つの有料老人ホームを運営する会社の株式譲渡

対象会社KGRは、ホームHNMを含む7つの有料老人ホームを運営していました。売主HSM氏は、対象会社KGRの発行済株式全部を保有し、その代表取締役でした。売主HSM氏は、対象会社KGRが運営する有料老人ホーム事業を関連事業とともに買主MTBに移転することとし、対象会社KGRの発行済株式全部を、関連会社の発行済株式全部などとともに、買主MTBに譲渡することになりました。

代金の減額と、ホームHNMの除外

当初は、株式譲渡の方式により代金4億5,000万円で事業を譲渡することで話がまとまりかけていました。しかし、買主MTBが資金を調達できなかったことから、譲渡代金を3億8,000万円に減額し、譲渡対象の事業からHNM事業を除外することになりました。売主HSM氏と買主MTBは、この内容で基本合意書と株式譲渡契約を締結しました。

この合意の時点で、買主MTBからは、半年くらいで追加資金の調達の見込みがあるとして、HNM事業を追加で買い受ける意向が示されていました。そのため基本合意書には追加買受けに関する12条が設けられ、買主MTBからの買受けの希望の申し出期間は平成25年12月末日とされました。

株式の受け渡しと、HNM事業の分離

基本合意書9条1項は、HNM事業は対象会社KGRの受け渡し日に売主HSM氏の指定する者に変更されて分離されると定めていました。対象会社KGRの受け渡しは、基本合意書7条及び株式譲渡契約書9条の規定に従い、対象会社KGRの経営支配権が売主HSM氏から買主MTBに移転した平成25年2月18日に実施されました。そのため、HNM事業は、同日をもって対象会社KGRの事業から分離された扱いとなりました。

もっとも、分離されたHNM事業の運営は、買主MTBによる追加買受けの有無も含めて、その帰趨が定まるまでの一定の期間は、対象会社KGRが担わざるを得ない状況にありました。

追加買受けの不調と、受皿会社NRKへの移転

買主MTBは、平成25年8月、売主HSM氏に対し、代金4,000万円でHNM事業を追加で買い受けたいと申し出ました。しかし、売主HSM氏は7,000万円でなければ応じないとして、合意に至りませんでした。その後、売主HSM氏は、受皿会社NRKを譲受人として行政上の手続を行うなどし、平成26年3月末までに、HNM事業の対象会社KGRから受皿会社NRKへの移転が完了しました。

移転後の清算協議と訴訟

移転の完了後、受皿会社NRKは、対象会社KGRに対し、運営委託期間中(平成25年2月18日から平成26年3月末日まで)のHNM事業からの収益等の支払を求めて協議を申し入れました。対象会社KGRもこれに応じ、委託料を差し引いた収益の分配等について提案していました。受皿会社NRKは、平成26年4月16日付けの内容証明通知で、対象会社KGRに宛てて、1年以上にわたりホームHNMを預け、代わりに運営してもらったことに言及しています。

その後、売主HSM氏と受皿会社NRKは、対象会社KGR及び買主MTBを相手に訴訟を提起しました。訴状は平成27年7月6日に対象会社KGRと買主MTBに送達されています(判決本文は遅延損害金の起算日である同年7月7日を「訴状送達の日の翌日」としています)。

事案の経緯の時系列

日付 出来事(控訴審の判決本文による)
(時期の記載なし) 株式譲渡の方式により代金4億5,000万円で事業を譲渡する話がまとまりかけるが、買主MTBが資金を調達できず、代金を3億8,000万円に減額し、HNM事業を除外することとなる。基本合意書と株式譲渡契約を締結
平成24年4月1日 対象会社KGRの平成23年度の決算日の翌日(売主側が請求した事業利益の起算日)
平成25年2月18日 対象会社KGRの経営支配権が売主HSM氏から買主MTBに移転(受け渡し)。HNM事業が対象会社KGRの事業から分離された扱いとなり、対象会社KGRによる運営の受託期間が始まる
平成25年2月28日 ホームHNMについて改修工事が必要となり、対象会社KGRが工事業者KJSと請負契約を締結
平成25年3月29日 対象会社KGRが工事業者KJSに改修工事の報酬300万7,900円を支払う
平成25年3月31日 対象会社KGRが、浴室の手すり取付工事及び脱衣場扉取付工事について工事業者KJSと請負契約を締結
平成25年4月30日 対象会社KGRが工事業者KJSに上記工事の報酬48万5,800円を支払う
平成25年8月 買主MTBが代金4,000万円でHNM事業の追加買受けを申し出るが、売主HSM氏は7,000万円でなければ応じないとし、合意に至らず
平成25年12月末日 基本合意書12条による買主MTBの買受けの希望の申し出期間の末日
平成26年3月末 HNM事業の対象会社KGRから受皿会社NRKへの移転が完了(受託期間は同月31日まで)
移転の完了後 受皿会社NRKが運営委託期間中の収益等の支払を求めて協議を申し入れ、対象会社KGRが委託料を差し引いた収益の分配等を提案
平成26年4月16日付け 受皿会社NRKから対象会社KGR宛ての内容証明通知
平成27年7月6日 訴状が対象会社KGR及び買主MTBに送達される(翌7日が遅延損害金の起算日)
平成28年1月20日付け 対象会社KGRが第一審の準備書面で、受託者としての報酬は事業利益の30パーセントを下らないと主張
平成28年4月22日付け 対象会社KGRが第一審の準備書面で、報酬は事業利益の70パーセントが相当であると主張を変更
(日付の記載なし) 第一審が売主側の請求をいずれも棄却。売主側が控訴
平成29年11月1日 東京高等裁判所が原判決を変更し、970万6,470円等の支払を命じる判決

判断の前提となった契約条項

以下は、判決本文が基本合意書の定めとして記載した内容です。契約書原本の条文をそのまま再現したものではなく、判決本文が要約して記載したものです(当事者の呼称は本記事の表記に置き換えています)。

基本合意書9条1項―HNM事業の分離

HNM事業は、対象会社KGRの受け渡し日に、売主HSM氏の指定する者に変更されて分離される。

判決は、分離されたHNM事業の運営は、その帰趨が定まるまでの一定の期間は対象会社KGRが担わざるを得ず、そのことはこの9条1項においても当然の前提としていると述べています。

基本合意書9条2項―分離に伴う債権債務の扱い

日常の運営によって生じる債権債務、入居者関連の債権債務、建物賃貸借契約関連の債権債務その他これらに準ずる債権債務については、分離日である平成25年2月18日をもって清算し、その他の債権債務については、分離後のHNM事業は承継しない。

判決は、この条項が、分離後、移転完了までの間のHNM事業の収益等の帰属については定めていないことを指摘しています。基本合意書と株式譲渡契約書のいずれにも、その点の明文の規定はありませんでした。

基本合意書12条―買主MTBによる追加買受け

買主MTBからのHNM事業の買受けの希望の申し出期間は、平成25年12月末日とする(判決本文は、同条1項及び2項に買受けの協議が定められていたとしています)。

基本合意書7条及び株式譲渡契約書9条―受け渡し

判決本文は、対象会社KGRの受け渡しが、基本合意書7条及び株式譲渡契約書9条の規定に従い、経営支配権が売主HSM氏から買主MTBに移転した平成25年2月18日に実施されたとしています。条項の文言そのものは判決本文には記載されていません。

当事者の請求と主要な主張

売主側の3つの請求

売主HSM氏と受皿会社NRKは、控訴審で次の支払を求めました。遅延損害金はいずれも平成27年7月7日から支払済みまで、民法所定の年5分の割合によるものです。

請求 当事者 内容
請求(1)事業利益等 売主HSM氏又は受皿会社NRKから対象会社KGRへ(いずれか一方が認められれば足りるとするもの) HNM事業の譲渡に伴い、事業利益と介護保険料収入を売主HSM氏又は受皿会社NRKに支払う黙示の合意があったとして、1億589万5,232円。予備的に、受皿会社NRKによる不当利得返還請求
請求(2)保証金等 受皿会社NRKから対象会社KGRへ 受皿会社NRKが入居者に対する保証金及び入居一時金の返還債務を承継し、その相当額を対象会社KGRが支払う黙示の合意があったとして、1,603万1,510円。予備的に、不当利得返還請求
請求(3)虚偽説明 受皿会社NRKから対象会社KGR及び買主MTBへ(連帯) 対象会社KGRが買主MTBと共謀し、紹介誌LFGの発行会社EDSに「〔ホームHNM〕は事業を行っていない」旨の虚偽の説明をし、ホームHNMが同誌に紹介されなくなったとして、共同不法行為に基づく損害賠償1,680万円

請求(1)の内訳

請求(1)の1億589万5,232円は、次の4つの項目の合計です。

項目 金額
①平成24年4月1日から平成25年2月17日までのHNM事業の事業利益 1,686万2,366円
②平成25年2月18日から平成26年3月31日まで(受託期間)のHNM事業の事業利益 2,533万2,761円
③過去3年分の利益相当額(株式譲渡日前のHNM事業の利益のうち、他の老人ホーム事業の費用に回された分と主張) 5,013万2,000円
④平成25年2月18日以降に対象会社KGRが受領した、平成24年12月分から平成25年2月分までの介護保険料収入 1,356万8,105円
合計 1億589万5,232円

当事務所で検算すると、4項目の合計は1億589万5,232円となり、判決本文の記載と一致します。請求(2)の1,603万1,510円は、平成26年3月31日時点の保証金等の合計額です。売主側は、控訴審では、これとは別に匿名組合契約に基づく主張もしました。

対象会社KGR及び買主MTBの主張

対象会社KGRと買主MTBは、売主側と対象会社KGRとの間で合意したものは、株式譲渡契約により明示に合意したものがすべてであって、これ以外に合意したことはないと主張しました。

対象会社KGRは、控訴審で、仮に請求(1)又は請求(2)が認められるとしても、次の4つの債権を自働債権として相殺すると主張しました(控訴審で争点4として追加されたものです)。

自働債権 金額 対象会社KGRの主張の要旨
ホームHNMのために支出した工事費用 349万3,700円 改修工事等の費用は分離先が負担すべきもので、不当利得返還請求権がある
対象会社KGRの借入金の一部 2,043万6,300円 株式譲渡日現在の金融機関からの借入金2億2,707万円は7つのホームに割り付けられ、HNM事業はひと月の返済金の9パーセントを負担していた。9条2項の「その他これらに準ずる債権債務」として受皿会社NRKが引き継ぐべきで、その旨の黙示の合意もある
本社管理運営費 602万6,785円 株式譲渡日前は毎月500万円を本社運営管理費として計上し、HNM事業の負担額は45万円だった。受託期間中もこれを負担しており、不当利得返還請求権がある
受託者としての報酬(商法512条) 1,773万2,932円 受託期間の事業利益2,533万2,761円の70パーセントを下らない

これに対し、売主側は相殺の主張を争い、株式譲渡日現在の借入金は9条2項の「日常の運営によって生じる債権債務」ではなく「その他の債権債務」に当たるから、分離後のHNM事業が承継しないことは明らかであると主張しました。

結論を左右した争点

控訴審の判決本文によれば、争点は、請求(1)及び請求(2)に関する争点1及び2、請求(3)に関する争点3、控訴審で追加された相殺の可否(争点4)です。結論を左右したのは、次の3点でした。

  1. 基本合意書と株式譲渡契約書に明文の規定がない中で、分離後、移転完了までの間のHNM事業の収益等を清算する合意があったといえるか。
  2. 清算の対象となるのはどの期間のどの収益等か。特に、株式譲渡前の事業利益や介護保険料収入、入居者から預かった保証金等が対象になるか。
  3. 対象会社KGRが主張する工事費用、借入金、本社管理運営費及び受託者としての報酬による相殺が認められるか。

第一審の判断

第一審の判決本文は本記事では参照していないため、ここでは、控訴審の判決本文から分かる範囲で第一審の判断を記載します。

  • 第一審は、売主HSM氏及び受皿会社NRKの請求をいずれも棄却しました(控訴審の判決本文は「原審は控訴人らの請求をいずれも棄却し、控訴人らが控訴した。」と記載しています)。
  • 第一審の争点は3つまでで、相殺の可否(争点4)は、控訴審が原判決9頁に加える形で追加したものです。
  • 控訴審は、認定事実について、原判決の「事実及び理由」中「第4 当裁判所の判断」の1を、2か所を補正したうえで引用しています。事実認定の大部分は第一審のものが維持されています。
  • 請求(3)(虚偽説明による共同不法行為)について、控訴審は原判決41頁12行目冒頭から43頁8行目末尾までをそのまま引用しています。第一審がこの請求を棄却した理由は控訴審でも維持されていますが、その具体的な内容は控訴審の判決本文からは分かりません。

第一審が、請求(1)及び請求(2)について、どのような理由で黙示の合意を認めなかったのかは、控訴審の判決本文からは分かりません。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

控訴審の判断

第一審の結論を変更し、請求の一部を認めた

控訴審は、冒頭で次のとおり結論を示しました。

「当裁判所は、〔受皿会社NRK〕の〔対象会社KGR〕に対する請求は970万6470円及びこれに対する平成27年7月7日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、控訴人らのその余の請求はいずれも理由がないから棄却すべきものと判断する。」

第一審が売主側の請求をすべて棄却したのに対し、控訴審は、受皿会社NRKの対象会社KGRに対する請求の一部を認めました。控訴審は第一審の判断を変更したものです。もっとも、売主HSM氏の請求、請求(3)(虚偽説明)及び買主MTBに対する請求の棄却は、第一審と同じ結論です。

第一審判決を引用しつつ補正した箇所

補正の箇所(控訴審の判決本文の表示による) 補正の内容
原判決9頁(争点) 争点として「相殺の可否」(争点4)を加えた
原判決20頁から23頁、26頁(当事者の主張) 一部を削除し、原判決21頁4行目から23頁8行目までの対象会社KGRの主張を争点4の主張として移動した。その際、対象会社KGRが主張する債権の相手方を、委託者である売主HSM氏又は受皿会社NRKとする等の補正をし、売主側の反論を加えた
原判決27頁(認定事実) 「(本各駅法人)」を「(本各法人)」に改めた(誤記の訂正)
原判決29頁(認定事実) 21行目の「(換言」から25行目の「た。)」までを削除した。削除された記載の内容は控訴審の判決本文からは分かりません
争点1及び2(請求(1)及び(2)) 控訴審が独自に判断し、業務委託の合意と黙示の清算合意を認めた
争点4(相殺) 控訴審が新たに判断し、一部を認めた
争点3(請求(3)) 原判決41頁12行目から43頁8行目までを引用(第一審の判断を維持)

裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み

以下は、控訴審の判断の内容です。

移転完了までの法律関係は「業務委託」

控訴審は、基本合意書と株式譲渡契約書が、平成25年2月18日に分離され平成26年3月末に受皿会社NRKに移転されるまでの間のHNM事業に関する法律関係について明文の規定を置いていないことを認めました。そのうえで、次の事情を挙げています。

  • 売主HSM氏が、対象会社KGRに運営を委託したと供述していること
  • 受皿会社NRKの対象会社KGR宛ての平成26年4月16日付け内容証明通知に、「1年以上の長きに亘り、〔ホームHNM〕をお預けし、この間私共に代わって運営して頂きました事」との表現があること
  • 関係者FJT氏及びGTO氏もその趣旨を認めていること

これらから、控訴審は、基本合意書と株式譲渡契約書は次の合意を当然に含むと判断しました。

「〔受皿会社NRK〕から〔対象会社KGR〕に対する〔HNM〕事業の運営についての業務委託の合意を当然に含むものというべきである。」

業務委託である以上、収益等を清算する黙示の合意がある

次に、控訴審は、9条2項が分離日をもって清算する債権債務と承継しない債権債務を定める一方で、分離後、移転完了までの間の収益等の帰属については明文の規定がないことを指摘しました。しかし、その期間の法律関係が受皿会社NRKと対象会社KGRとの間の業務委託であることからすると、次のとおり認めるべきであるとしました。

「当然に、この間の同事業からの収益等を清算する黙示の合意がなされているものと認めるべきであり」

控訴審は、移転完了後に受皿会社NRKが運営委託期間中の収益等の支払を求めて協議を申し入れ、対象会社KGRもこれに応じて委託料を差し引いた収益の分配等を提案していたことも、この判断を裏付ける事情として挙げています。

清算の対象は、分離後の受託期間の収益等に限られる

控訴審は、黙示の清算合意の対象を、HNM事業の分離後の業務委託期間の収益等に限りました。株式譲渡前の収益等は、経営支配権の譲渡が行われる以前の収益等として対象会社KGRに帰属すべきものであり、株式譲渡代金と対価関係にある法人の価値の内容をなすという考え方です。

各主張を採用し又は排斥した理由

明示の合意以外に合意はないとの主張―採用しない

対象会社KGRと買主MTBは、株式譲渡契約で明示に合意したもの以外に合意はないと主張しました。控訴審は、基本合意書と株式譲渡契約の締結時点では、買主MTBは資金調達ができ次第HNM事業も追加で買い受ける意向を示していたのであるから、その買受けの協議の中で収益等の清算の協議も行われることが想定されていたともいえるとしました。そのうえで、次のように述べています。

「本件基本合意書等に収益等の清算についての規定がないことが、業務委託の実質にも関わらず清算を行わない趣旨を明らかにしているとはいえず」

また、HNM事業の収益等の清算は、譲渡対象事業以外の事業の業務委託に伴うものであるとして、次のとおり判断しました。

「これを認めることが、本件株式譲渡契約における譲渡価格の妥当性の判断を超えて、買受人である〔買主MTB〕に不測の損害を与えるものともいえない。」

こうして、控訴審は、対象会社KGRと買主MTBの主張を失当としました。

株式譲渡前の事業利益、過去3年分の利益、介護保険料収入―認めない

請求(1)の内訳のうち、①平成24年4月1日から平成25年2月17日までの事業利益(1,686万2,366円)、③過去3年分の事業利益相当額(5,013万2,000円)及び④平成24年12月分から平成25年2月分の介護保険料収入(1,356万8,105円)について、控訴審は、分離後の業務委託期間の収益等の清算を求めるものではないから、黙示の清算合意の対象とはならないとしました。これらは株式譲渡による経営支配権の譲渡以前の収益等として対象会社KGRに帰属すべきものであり、次のとおり判断しています。

「まさに、株式譲渡代金と対価関係にある法人の価値の内容をなすものといえるから、これについて清算を求める根拠はない。」

④の介護保険料収入は、対象会社KGRが平成25年2月18日以降に受領したものでしたが、控訴審は、受領の時期ではなく、平成24年12月分から平成25年2月分という分離前の期間に対応する収益であることに着目して、清算の対象外としたものと読めます(この点の読み方は当事務所の理解です)。

受託期間中の事業利益―全額を認める

②の受託期間(平成25年2月18日から平成26年3月31日まで)の事業利益については、控訴審は、証拠及び弁論の全趣旨により、対象会社KGRが得たHNM事業の事業利益は2,533万2,761円と認め、対象会社KGRは委託者である受皿会社NRKに対しその支払義務を負うと判断しました。

入居者の保証金等―受託期間中に受領した分だけを認める

請求(2)の保証金等(1,603万1,510円)について、控訴審は、まず、9条2項が入居者関連の債権債務を分離日に清算すると定めていることから、入居者に対する入居保証金等の返還債務は受皿会社NRKが対象会社KGRから承継する趣旨に解することができるとしました。現に受皿会社NRKは、HNM事業の移転を受けた後、退去者に入居保証金等を返還していました。

しかし、控訴審は、経営支配権が買主MTBに移転する前に対象会社KGRが受領した入居保証金等については保全措置がとられず、すべて事業資金に充てられていたと認定しました。そのため、対象会社KGRが株式譲渡で買主MTBに移る際には入居保証金等に見合う引当金が併せて譲渡されていないのに、同時にHNM事業を分離して受皿会社NRKに移転する際には引当金も付されて譲渡されたというためには、次のことが必要であるとしました。

「入居保証金等に見合う引当金も付されて譲渡されたというためには、その旨の明確な合意がなされる必要があるというべきである。」

基本合意書は「清算する」と定めるのみで、このような合意が成立したとは認められないとして、控訴審はこの点の主張を採用しませんでした。

もっとも、対象会社KGRがHNM事業の業務を受託していた期間(平成25年2月18日から平成26年3月31日まで)にホームHNMに入居した入居者から受領した入居保証金等は、受託期間終了後、委託者である受皿会社NRKに返還すべきであるとしました。その結果、入居者2名からの入居保証金等の平成26年3月31日時点の残高276万660円の限度で、対象会社KGRの返還義務を認めています。

以上により、対象会社KGRが受皿会社NRKに支払うべき額は、事業利益2,533万2,761円と入居保証金等276万660円の合計2,809万3,421円とされました。

不当利得返還請求と匿名組合契約の主張―認めない

売主側が予備的に主張した不当利得返還請求権について、控訴審は、以上の説示によれば理由がないとしました。控訴審で追加された匿名組合契約に基づく主張についても、これを認めるに足りる証拠はないとしています。

相殺①工事費用349万3,700円―認める

控訴審は、対象会社KGRが平成25年2月28日に工事業者KJSと請負契約を締結して同年3月29日に300万7,900円を支払ったこと、同月31日に浴室の手すり取付工事及び脱衣場扉取付工事の請負契約を締結して同年4月30日に48万5,800円を支払ったことを認めました。これらの工事費用は対象会社KGRが受託期間中に支出したものであり、委託者である受皿会社NRKが負担すべきであるから、対象会社KGRは不当利得返還請求権に基づき349万3,700円の支払を求めることができると判断しました。

相殺②借入金の一部2,043万6,300円―認めない

控訴審は、対象会社KGRの金融機関からの借入金は、日常の運営によって生ずる債権債務若しくはこれに準ずる債権債務とはいい難く、9条2項の「その他これらに準ずる債権債務」として受皿会社NRKが引き継ぐべき債務とは解することができないとしました。そのうえで、次のとおり述べています。

「本件全証拠によるも、本件株式譲渡契約書を締結するにあたり、〔受皿会社NRK〕が〔対象会社KGR〕の債務の一部を承継することが検討された様子は窺えない。」

さらに、金融機関からの借入債務を承継するためには金融機関との協議等も必要であるが、そのような協議等がされた事実は全くうかがえないとして、この相殺の主張を採用しませんでした。

相殺③本社管理運営費602万6,785円―認める

控訴審は、対象会社KGRが受託してHNM事業を運営するに当たり一定の経費を支出したと認められ、株式譲渡日前は毎月500万円を本社運営管理費として計上し、HNM事業の負担額を45万円としていたことから、他に特段の主張立証もない以上、受皿会社NRKは602万6,785円の支払義務があると判断しました。この金額は、対象会社KGRの主張どおり、45万円×11日/28日に45万円×13か月分を加えたものです(当事務所の検算でも、約17万6,785円と585万円の合計で602万6,785円となります)。

相殺④受託者としての報酬―事業利益の35パーセントで認める

控訴審は、対象会社KGRはホームHNMの運営を受託していたのであるから、委託者である受皿会社NRKに対し、商法512条に基づく報酬請求権を有するとしました。報酬額については、次の事情が判決本文に挙げられています。

  • 対象会社KGRは、受皿会社NRKとの清算協議の過程で、長期間すべてのリスクを負担していたことを考慮して、当期収益の折半が委託手数料として相当であるという提案をしていたこと
  • 売主HSM氏は、ホテルの運営委託でも委託料は利益が出た場合は利益の20パーセントが相場であり、本件でもその程度であると供述していたこと
  • 対象会社KGRは、第一審の準備書面で、当初は事業利益の30パーセントを下らないと主張していたが、根拠を特段示さないまま70パーセントが相当であると主張を変更したこと

そのうえで、控訴審は次のとおり報酬額を定めました。

「本件において〔HNM〕事業の業務委託がなされるに至った経緯、業務委託の期間が長期化した原因、受託業務の難易度、従前の交渉経過等をも併せ斟酌すれば、報酬額は受託期間における〔HNM〕の事業利益2533万2761円の35パーセントにあたる886万6466円とするのが相当である。」

相殺の結果

項目 金額
受託期間の事業利益 2,533万2,761円
受託期間中に受領した入居保証金等の残高 276万660円
対象会社KGRの支払義務(小計) 2,809万3,421円
相殺①工事費用 マイナス349万3,700円
相殺②借入金の一部 認めず(0円)
相殺③本社管理運営費 マイナス602万6,785円
相殺④受託者としての報酬(事業利益の35パーセント) マイナス886万6,466円
相殺が認められた額の合計 1,838万6,951円
相殺後の支払義務 970万6,470円

当事務所で検算すると、相殺が認められた3項目の合計は1,838万6,951円、2,809万3,421円からこれを差し引いた額は970万6,470円となり、判決本文の金額と一致します。

請求(3)虚偽説明による共同不法行為―認めない

請求(3)について、控訴審は原判決の該当部分を引用しており、第一審と同じく請求を棄却しました。棄却の具体的な理由は、控訴審の判決本文からは分かりません。

審級ごとの結論の推移

項目 第一審(原審) 控訴審(東京高等裁判所平成29年11月1日判決)
請求(1)事業利益等(1億589万5,232円) 棄却 受託期間の事業利益2,533万2,761円について、受皿会社NRKの請求の基礎として認める(変更)。株式譲渡前の事業利益、過去3年分の利益及び介護保険料収入は認めず。売主HSM氏の請求は棄却
請求(2)保証金等(1,603万1,510円) 棄却 受託期間中に受領した入居保証金等の残高276万660円に限り認める(変更)
相殺の主張 (争点とされていない) 工事費用、本社管理運営費及び報酬(35パーセント)の合計1,838万6,951円の限度で認める。借入金の一部は認めず
請求(3)虚偽説明(1,680万円) 棄却 棄却(第一審の理由を引用して維持)
結論 請求をいずれも棄却 原判決を変更し、対象会社KGRに受皿会社NRKへの970万6,470円及び遅延損害金の支払を命じる。その余の請求は棄却
訴訟費用 第一審の判決本文を参照していないため未確認 第1、2審を通じて10分し、その1を対象会社KGR、その余を売主側の負担

主文及び結論

控訴審判決の主文は、次のとおりです(引用中の当事者の呼称は本記事の表記に置き換えています。「控訴人ら」は売主HSM氏及び受皿会社NRKを指します)。

  1. 「原判決を次のとおり変更する。」
  2. 「〔対象会社KGR〕は、〔受皿会社NRK〕に対し、970万6470円及びこれに対する平成27年7月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。」
  3. 「控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。」
  4. 「訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを10分し、その1を〔対象会社KGR〕の負担とし、その余は控訴人らの負担とする。」
  5. 「この判決の2項は、仮に執行することができる。」

控訴審は、理由の結びで次のとおり述べています。

「よって、これと異なる原判決は失当であり、本件控訴は一部理由があるから、原判決を変更して、主文のとおり判決する。」

売主側が請求した総額(請求(1)から(3)までで約1億3,872万円)に対し、認められたのは受皿会社NRKの対象会社KGRに対する970万6,470円と遅延損害金でした。買主MTBに対する請求と売主HSM氏の請求は、いずれも認められていません。

遅延損害金の年5分は、判決当時の民法(平成29年法律第44号による改正前の民法)の法定利率によるものです。現在の民法では法定利率は変動制となっており、令和2年4月1日以降に生じた遅延損害金には改正後の規定が適用されます。

判断の射程―参考となる点と一般化できない点

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。裁判所が示した判断そのものとは区別してお読みください。判断の射程は、最終的な判断である控訴審の判断を基準としています。第一審は請求をすべて棄却しており、控訴審はその結論を変更しています。

参考となる点

第1に、株式譲渡の対象から一部の事業を除外し、移転まで対象会社が運営を続けるという取引の形では、契約書に明文の規定がなくても、その期間の法律関係が業務委託と評価され、収益等を清算する黙示の合意が認められ得ることです。本判決は、売主の供述、移転後の内容証明通知の表現、関係者の供述、清算協議での対象会社の提案といった、取引の前後の記録から合意の内容を認定しています。

第2に、株式譲渡の前の収益と後の収益が明確に区別されたことです。本判決は、経営支配権の移転前の事業利益、過去の利益の他事業への流用分、移転前の期間に対応する介護保険料収入を、「株式譲渡代金と対価関係にある法人の価値の内容」をなすものとして清算の対象から除きました。株式譲渡は会社そのものを売買するものであり、譲渡前に会社に生じた利益は、譲渡代金の中で評価されるという考え方が示されています。

第3に、入居者から預かった保証金等のように、将来返還が必要な預り金については、返還債務を承継させる合意と、それに見合う資金を移す合意とが区別されたことです。本判決は、基本合意書の「清算する」という定めから返還債務の承継は認めつつ、対象会社が保証金等を保全せず事業資金に充てていたことを踏まえ、引当金も付して移転したというには明確な合意が必要であるとしました。事業の一部を切り出す取引では、預り金の扱いを契約で明確にしておくことの重要性を示す例です。

第4に、運営を受託した側の費用と報酬が相殺によって考慮されたことです。受託期間中の工事費用と本社管理運営費の負担割合分は委託者の負担とされ、商法512条に基づく報酬も事業利益の35パーセントで認められました。他方で、対象会社の金融機関からの借入金は、日常の運営によって生ずる債権債務に準ずるものとはいえず、承継が検討された形跡も金融機関との協議もないとして、分離後の事業への負担の割付けは認められませんでした。

一般化できない点

本判決は、買主が当初HNM事業の追加買受けを予定していたこと、その話がまとまらず行政上の手続を経て移転したため受託期間が1年以上に及んだこと、移転後に双方が清算協議をしていたことなど、本件に固有の経緯に基づく判断です。除外した事業の扱いについて契約で別の定めをしていた場合や、移転までの運営について当事者の認識が一致していなかった場合には、結論が異なり得ます。

報酬を事業利益の35パーセントとした点は、業務委託に至った経緯、期間が長期化した原因、受託業務の難易度、従前の交渉経過等を斟酌した本件限りの判断であり、運営受託の報酬の一般的な水準を示したものではありません。

また、請求(3)の虚偽説明による共同不法行為については、控訴審は第一審の理由を引用しており、その内容は控訴審の判決本文からは分かりません。第一審が請求(1)及び(2)を退けた理由も分からないため、第一審と控訴審の判断の違いがどこにあったかを詳しく比較することはできません。上告又は上告受理の申立ての有無及び判決の確定は確認できていないため、その点にも留意が必要です。

契約や交渉で確認しておきたいこと

売主の側では、株式譲渡の対象から事業を除外して自分の指定する者に移す場合に、移転までの運営主体、その期間の収益と費用の帰属、運営を担う対象会社への報酬、入居者等からの預り金とそれに見合う資金の移転、借入金や共通費の割付けを、基本合意書や株式譲渡契約書で明確にしておくことが考えられます。買主の側では、除外した事業を対象会社が引き続き運営する場合に、その期間の収益を売主側に引き渡す義務を負う可能性があることを前提に、費用と報酬の精算の方法をあらかじめ定めておくことが考えられます。これらは本判決を踏まえた当事務所の着眼点であり、本判決が特定の条項例の有効性を判断したものではありません。

よくあるご質問

株式譲渡の対象から除外した事業を、移転まで対象会社が運営していた場合、その間の利益は誰のものになりますか。

契約の定めと取引の経緯によります。本判決では、契約書に明文の規定はありませんでしたが、移転までの期間の法律関係は事業の移転先から対象会社への業務委託であると評価され、その期間の収益等を清算する黙示の合意があったとして、受託期間の事業利益について移転先への支払義務が認められました。

株式譲渡の前に対象会社が得ていた利益も、売主側が取り戻せますか。

本判決では認められませんでした。経営支配権の移転前の事業利益、過去の利益の他事業への流用分、移転前の期間に対応する介護保険料収入は、株式譲渡代金と対価関係にある法人の価値の内容をなすものとして、清算を求める根拠はないとされました。

入居者から預かった保証金の返還債務を引き継いだ場合、その分の資金も請求できますか。

本判決では、返還債務の承継は認められましたが、それに見合う資金の移転は、受託期間中に受領した保証金等の残高276万660円に限って認められました。それ以前に受領した保証金等は保全されず事業資金に充てられており、引当金も付して移転したというには明確な合意が必要であるとされました。

移転までの間に事業を運営した対象会社は、報酬や経費を差し引くことができますか。

本判決では、受託期間中の工事費用349万3,700円と本社管理運営費602万6,785円、商法512条に基づく報酬として事業利益の35パーセントに当たる886万6,466円の相殺が認められました。他方で、対象会社の金融機関からの借入金の一部を分離後の事業に負担させる主張は認められませんでした。

この事件で、買主は責任を負いましたか。

買主に対する請求は、紹介誌の発行会社への虚偽説明を理由とする共同不法行為の請求でしたが、第一審でも控訴審でも認められませんでした。支払を命じられたのは、事業を運営していた対象会社です。

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件に関与し、2024年(令和6年)10月には最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得ました。現在は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士を務めています。

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著書

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『中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策』(清文社)
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