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株式の売却を勧誘した外国上場会社の会長の欺罔と会社の使用者責任―東京高等裁判所平成30年1月16日判決

公開 2018年1月16日更新 2018年1月16日

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外国の上場会社の株式を保有していた日本の投資会社が、その会社の業務執行取締役兼会長から株式の売却を勧誘され、株式を売っても会社の資産は別の受け皿会社を通じて確実に移転されるという趣旨の説明を信じて、市場価格を下回る価格で保有株式のすべてを売り渡した。ところが資産の移転は行われず、売却の直後に予定されていた大規模な第三者割当増資を経て株価は高騰した。このような場面で、売主の側が、会長本人と上場会社に損害賠償を求めた事件の判例です。

東京高等裁判所平成30年1月16日判決は、日本で売却の意思表示がされた以上、不法行為の結果発生地は日本であり、日本法が準拠法になるとしたうえで、会長の勧誘は欺罔行為に当たり、会長は取締役会の指揮監督の下にある「被用者」として「事業の執行に付き」この行為をしたとして、上場会社の使用者責任(民法715条)を認めた第一審の判断を維持しました。損害は、売却価格と売却当時の市場価格との差額(171万3,540香港ドル)に弁護士費用250万円を加えた額とされ、控訴審は、香港ドルを日本円に換算する基準日を控訴審の口頭弁論終結日に改めた結果として、認容額を2,774万0,444円から2,743万2,007円に変更しました。

本記事では、控訴審の判決本文に基づいて、取引の仕組み、会長の説明の内容、準拠法、使用者責任、損害の算定についての判断を整理し、この判決から読み取れることと読み取れないことを区別して解説します。第一審の判決本文は入手できていないため、第一審の判断は、控訴審の判決本文から分かる範囲で記載しています。

Contents
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要―資産は受け皿会社に移ると説明され、市場価格を下回る価格で株式を売却した
    1. 不動産開発事業による利益還元を期待して株式を保有していた
    2. 会長HRK氏らによる会議での説明
    3. メールでの説明と、急がされた署名
    4. 売却と、その後の第三者割当増資による株価の高騰
    5. 会社分割による承継と訴えの提起
  4. 事案の経緯の時系列
  5. 判断の前提となった定款の規定と取引の仕組み
    1. 定款104条(1)―取締役会の権限
    2. 定款107条―取締役への権限の委任
    3. 説明された資産移転の仕組み
  6. 投資会社NKSの請求と当事者の主な主張
    1. 投資会社NKSの請求
    2. 投資会社NKSの主な主張
    3. 上場会社LMCの控訴審での主な主張
  7. 結論を左右した争点
  8. 第一審の判断
  9. 控訴審の判断
    1. 責任の判断は維持し、換算の基準日を改めて認容額を変更した
    2. 主な補正の箇所
  10. 裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
    1. 準拠法―結果発生地は、直接侵害された権利の所在地
    2. 被用者―雇用関係の有無を問わない
    3. 事業の執行に付き―行為の外形から判断する
    4. 損害―売却価格と売却当時の市場価格との差額
  11. 各主張を採用し又は排斥した理由
    1. 準拠法の主張―日本での意思表示で結果が発生し、香港がより密接ともいえない
    2. 欺罔行為がなかったとの主張―説明と資料は十分にあった
    3. 取引は合理的であったとの主張―投資目的に照らし合理的とはいえない
    4. 被用者ではないとの主張―一般の委任関係とは性質が異なる
    5. 権限外の行為であるとの主張―外形上職務の範囲内
    6. 重大な過失の主張―疑問を抱く状況を認める証拠がない
    7. 損害の主張―具体的な価格下落の立証がない
    8. 公序良俗違反の主張―資産移転は架空で、規制違反を知っていた証拠もない
    9. 時機に後れた攻撃防御方法の申立て―却下はしない
  12. 審級ごとの結論の推移
  13. 主文及び結論
  14. 判断の射程―参考となる点と一般化できない点
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
    3. 取引の場面で確認しておきたいこと
  15. よくあるご質問
    1. 外国の会社の株式を売却した場合でも、日本の法律で損害賠償を求められますか。
    2. 会社の役員にだまされた場合、役員個人だけでなく会社にも責任を問えますか。
    3. だまされて安く株式を売った後に株価が高騰した場合、高騰分も損害になりますか。
    4. 相手方の取締役会の承認がないことを調べなかった場合、責任を問えなくなりますか。
  16. 関連する記事と相談のご案内

裁判例の基本情報

審級 裁判所 裁判日 事件番号 裁判の形式 結論
第一審(原審) 控訴審の判決本文に記載がありません 控訴審の判決本文に記載がありません 控訴審の判決本文に記載がありません 判決(控訴審の判決本文が「原判決」と表示しています) 上場会社と会長に対し、連帯して2,774万0,444円及び遅延損害金の支払を命じ、その余の請求を棄却(一部認容)
控訴審 東京高等裁判所第19民事部 平成30年1月16日 平成29年(ネ)第2356号 判決 原判決中上場会社に関する部分を変更し、上場会社に2,743万2,007円及び遅延損害金の支払を命じ、その余の請求を棄却。訴訟費用は第1審・第2審を通じて10分の7を投資会社、10分の3を上場会社の負担

この表は、控訴審の判決本文の冒頭、主文、事案の概要及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。控訴したのは上場会社だけであり、控訴審の判決は、原判決のうち上場会社に関する部分だけを変更しています。控訴審判決に対する上告又は上告受理の申立ての有無及び判決の確定は、確認できていません。

第一審の判決本文は、現時点で入手できていません。第一審の裁判所名、裁判日及び事件番号は控訴審の判決本文に記載がないため、本記事には記載していません。第一審の結論は、控訴審の判決本文の「事案の概要」に記載された原審の判断の要約によっています。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いている略称や符号も、そのままは使わずに次の表記へ置き換えています。

本記事の表記 立場
香港の証券取引所に上場していた外国の会社LMC(以下「上場会社LMC」) 第一審の被告で、控訴人。外国で設立された会社で、香港の証券取引所の上場規則の適用を受けていました。子会社の株式などを通じて不動産開発事業に関わる資産を保有していました。本件の売却の後に商号を変更しています
上場会社LMCの業務執行取締役兼会長であったHRK氏(以下「会長HRK氏」) 第一審の被告(判決本文では「原審被告」)。株式の売却を勧誘した人物です。第一審の口頭弁論終結の後、破産手続開始決定を受けており、控訴審の当事者ではありません
株式を売却した日本の投資会社WTB(以下「投資会社WTB」) 上場会社LMCの株式を保有し、本件の売却をした会社です。売却の前に商号を変更しています
投資会社WTBの権利義務を承継した投資会社NKS(以下「投資会社NKS」) 第一審の原告で、被控訴人。会社分割により、投資会社WTBから投資事業及び有価証券に関する一切の権利義務を承継しました
投資会社WTB側の担当者MTN氏(以下「MTN氏」) 会長HRK氏らの説明を受け、売却の契約書に署名した投資会社WTB側の人物です。判決本文からは、投資会社WTBにおける役職は分かりません
不動産関連事業の責任者FJN氏(以下「FJN氏」) 不動産開発事業体QDVの不動産関連事業の責任者で、会長HRK氏とともに説明を行った人物です
不動産開発事業体QDV(以下「QDV」) 株式の保有者らが利益の還元を期待していた不動産開発事業の主体です。控訴審の判決本文からは、その法的な性質は分かりません
開発プロジェクトAKP QDVの不動産開発事業の一つです
開発事業会社DVC 上場会社LMCのグループが株式の大半を保有していた会社です。QDVの不動産開発事業に関わっていました
株式の買主BYR(以下「買主BYR」) 本件の売却で上場会社LMCの株式を取得した会社です。訴訟の当事者ではありません
関連会社RMW 会長HRK氏がメールアドレスを使用していた会社です。投資会社NKSが香港で提起した訴訟の相手方の一つです
グループ会社OSC、会社QRL 開発事業会社DVCの株式を保有していた会社として、上場会社LMCの主張の中に出てくる会社です
ICR氏、JSB氏 売却の書類の送付先として、メールの文面に出てくる人物です

判決本文を引用する部分では、当事者の呼称を上記の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。判決本文の「控訴人」は上場会社LMC、「被控訴人」は投資会社NKSを指します。判決本文は、売却当時の投資会社WTBの行為についても「被控訴人」と表記している箇所があります。判決本文の数字は全角の算用数字で記載されているため、引用部分では判決本文の表記のままとしています。判決本文が「通則法」と略している法律は、法の適用に関する通則法です。「SPV」は、資産の受け皿として設立が予定されていた特別目的会社を指します。

事案の概要―資産は受け皿会社に移ると説明され、市場価格を下回る価格で株式を売却した

以下は、控訴審の判決本文の「事案の概要」、原判決の補正及び当事者の主張に対する判断から分かる事実です。第一審の判決が認定した前提事実の多くは控訴審判決で「引用する」とされており、控訴審の判決本文にはその全文が記載されていません。そのため、本件の会議の日付や契約書の具体的な条項など、判決本文から分からない事項があります。

不動産開発事業による利益還元を期待して株式を保有していた

投資会社WTBを含む株式の保有者ら(判決本文では「本件売主ら」。上場会社LMCの主張によれば3社です)は、QDVの不動産開発事業による利益の還元を目的として、上場会社LMCの株式を保有していました。控訴審が補正した認定によれば、FJN氏が、開発プロジェクトAKPについて、3年で開発が完了し、出資者には最低2倍以上、3倍近い利益が還元できるとの説明をしていましたが、プロジェクトは予定どおりには進行しませんでした。

平成19年頃、上場会社LMCのグループは開発事業会社DVCの株式の約95%を保有しており、上場会社LMCの資産の約70%以上は、子会社の株式(判決本文では「本件子会社株式」)を含むQDVの不動産開発事業に関わる資産が占めていました。株価は低迷していましたが、投資会社WTBは、取得原価に近い1株2香港ドル、最低でも1.2香港ドルを下回らない価格での売却を希望していたと認定されています。

会長HRK氏らによる会議での説明

会長HRK氏とFJN氏は、MTN氏らとの会議(判決本文では「本件会議」)において、平成22年4月に建築申請がされ、プロジェクトは着々と進んでいるなどと、今後の具体的なスケジュールを含めて説明し、上場会社LMCが保有する子会社株式に価値があることを説明しました。これによりMTN氏らは、QDVの不動産開発事業への投資が遠からず大きな利益を生むとの期待を抱きました。

会長HRK氏らは、そのうえで、株式の保有者らに上場会社LMCの株式を売却するよう勧誘しました。その説明は、株式の現金対価のほかに、上場会社LMCが保有する子会社株式などの資産を、新たに設立するSPVに移し、そのSPVの持分を保有者らに移転する(判決本文では「本件資産移転」)というものでした。控訴審が補正した認定によれば、会長HRK氏らは、次のようにも述べて協力を求めています。

「〈6〉〔上場会社LMC〕の企業ブランドを引き渡して資本構成と事業内容を変えたいと経営上の判断をしたので是非協力して欲しい。」

MTN氏は、これらの説明を聞き、株式を譲渡しても間接的な投資先がSPVに変わるだけで、子会社株式についての権利は残り、不動産開発事業の成功による高い利益還元が得られる一方、逆に株式の譲渡を拒否して子会社株式などの資産がSPVに売却されると、不動産開発事業に対する権利は失われるため、株式を譲渡するほうが投資目的に沿った選択だと考えました。

メールでの説明と、急がされた署名

平成22年7月6日から9日にかけてのメールのやり取りの中で、会長HRK氏は、本件資産移転について契約書は作成しないものの、香港では毎日1、2件実行されている取引であるとしてスキーム図を示しました。また、買い手が資産移転を実行しない場合には彼らの持分を限りなくゼロに近い数字にする最後の手段がある、資産移転については既に合意済みなので心配しないでくださいなどと述べ、本件資産移転は確実に実行されると説明しました。さらに、資産移転に関する契約書を、買主欄や日時は空欄のままFJN氏から送信させました。

控訴審が補正で加えた認定によれば、売却の書類について、次のような文面のメールも送られていました。

「買い手が日本時間で本日金曜日2AMに〔ICR氏〕に連絡をしてきて、送金の準備のため至急書類をメールしてくれと連絡してきました。恐縮ですが書類の記入、署名を本日金曜日中に〔ICR氏〕にメールして原本を〔JSB氏〕に送ってくださいとのことです。」

「今日中に書類がサインされないと今回のディールが流れる可能性がありますので、〔ICR氏〕より強くお願いされました。」

売却と、その後の第三者割当増資による株価の高騰

MTN氏は、日本において売却の契約書(判決本文では「本件契約書」)に署名し、投資会社WTBは、平成22年7月9日、当時保有していた上場会社LMCの株式2,284万7,200株を、1株当たり0.385香港ドルで売却しました(判決本文では「本件売却」)。第一審が認定した売却当時の市場価格は、1株0.46香港ドルでした。上場会社LMCの主張によれば、売主ら3社が売却した株式は合計1億5,254万8,480株で、控訴審は、会長HRK氏が上場会社LMCの株式の約26%に相当する株式の譲渡を勧誘したと認定しています。

買主BYRは、平成22年8月14日に予定されていた大規模な第三者割当増資の前である同年7月16日に、上場会社LMCの株式を1株0.385香港ドルで取得し、それ以外には1株も取得することなく、平成24年4月26日までに全ての株式を売却して、株価の高騰による売却利益を得ました。株価は、第三者割当増資の実施を経て、平成23年4月21日に最高値まで高騰しました。一方、SPVは設立されず、本件資産移転も行われませんでした。

会社分割による承継と訴えの提起

投資会社WTBは、平成22年12月13日、会社分割により、投資事業及び有価証券に関する一切の権利義務を投資会社NKSに承継させました。投資会社NKSは、会長HRK氏と上場会社LMCに対し、損害賠償の一部請求として、連帯して3億円及び遅延損害金の支払を求めて訴えを提起しました。投資会社NKSは、これとは別に、香港でも、関連会社RMWとFJN氏を相手に訴訟を提起しています。

事案の経緯の時系列

日付 出来事(控訴審の判決本文による)
平成19年頃 上場会社LMCのグループが開発事業会社DVCの株式の約95%を保有。上場会社LMCの資産の約70%以上を不動産開発事業に関わる資産が占める
(時期については後記の注を参照) 会長HRK氏が上場会社LMCの業務執行取締役に選任され、会長に再指名される
平成22年4月 会長HRK氏らの説明によれば、開発プロジェクトAKPの建築申請がされる
平成22年6月17日 投資会社WTBが商号を変更
(日付の記載なし) 会長HRK氏とFJN氏がMTN氏らに説明する会議(本件会議)
平成22年7月6日から9日 会長HRK氏が、メールで、本件資産移転は確実に実行されると説明。資産移転の契約書(買主欄・日時は空欄)がFJN氏から送信される
平成22年7月9日 MTN氏が日本で売却の契約書に署名。投資会社WTBが2,284万7,200株を1株0.385香港ドルで売却(不法行為の日として遅延損害金の起算日とされた日)
平成22年7月16日 買主BYRが上場会社LMCの株式を1株0.385香港ドルで取得
平成22年8月14日 予定されていた大規模な第三者割当増資の日
平成22年12月13日 会社分割により、投資会社NKSが投資会社WTBの投資事業及び有価証券に関する権利義務を承継
平成23年1月12日 上場会社LMCが商号を変更
平成23年4月21日 上場会社LMCの株価が最高値まで高騰
平成24年4月26日まで 買主BYRが取得した株式の全てを売却し、売却利益を得る。SPVは設立されないまま
平成28年12月9日 第一審の口頭弁論終結日(1香港ドル14.73円で換算)
平成29年2月8日 会長HRK氏が破産手続開始決定を受ける
(日付の記載なし) 第一審判決(一部認容)。上場会社LMCが控訴
平成29年10月26日 控訴審の口頭弁論終結日(1香港ドル14.55円で換算)
平成30年1月16日 東京高等裁判所が原判決中上場会社LMCに関する部分を変更する判決

会長HRK氏の業務執行取締役への選任と会長への再指名の時期について、控訴審の判決本文は、補正で引用した開示書類の記載では「2009年6月9日」「2009年8月21日」とする一方、当審における判断の部分では「平成20年6月9日」「同年8月21日」と記載しています。控訴審は、本件の売却当時、会長HRK氏が上場会社LMCの業務執行取締役兼会長であったと認定していますが、本記事では選任の年を特定していません。

判断の前提となった定款の規定と取引の仕組み

控訴審の判決本文には、売却の契約書や資産移転の契約書の条項は記載されていません。以下は、控訴審が原判決を補正して記載した上場会社LMCの定款の規定(判決本文の訳文)と、判決本文から分かる取引の仕組みです。

定款104条(1)―取締役会の権限

「当社の業務は取締役会(Board)が管理運営するものとし、取締役会はすべての権限を行使することができる。」

定款107条―取締役への権限の委任

「取締役会は、マネージング・ディレクター、共同マネージング・ディレクター、副マネージング・ディレクター、エグゼクティブディレクター又はいずれかの取締役に対し、取締役会が適切と判断する条件及び制限を付した上で、自身の権限と併せて又はそれを排除した上で行使することのできる権限を委任し、付与することができる。」

控訴審は、このほか、取締役会の開示書類に、会長HRK氏が業務執行取締役に選任されたこと、会長に再指名されたこと、「取締役会の指示により」との記載、取締役会が2名の業務執行取締役(会長HRK氏ほか1名)と3名の独立非業務執行取締役により構成されていることが記載されていたと認定しています。これらの規定と記載は、会長HRK氏が上場会社LMCの「被用者」に当たるかという争点で用いられました。

説明された資産移転の仕組み

上場会社LMCは、控訴審で、本件資産移転を時系列に整理すると次のとおりになると主張しました(上場会社LMCの主張による整理です)。

  1. SPVが設立される。
  2. 上場会社LMCから、SPVに、上場会社LMCの有する子会社株式がそれぞれ譲渡される。
  3. SPVの持分が投資会社WTBら売主側に譲渡される。
  4. 投資会社WTBは、SPVの持分を通じて、子会社の価値を把握する。

株式の売却そのものは現金対価で行われ、資産の移転は、売却とは別の手順として説明されていました。控訴審は、本件資産移転について、その移転に係る契約書を作成することはできないことを前提に説明がされたと補正しています。資産移転の契約は結局成立せず、上場会社LMCには本件資産移転を行う予定はなく、架空であったとされています。

投資会社NKSの請求と当事者の主な主張

投資会社NKSの請求

相手方 請求の根拠と内容
会長HRK氏 民法709条(不法行為)に基づく損害賠償
上場会社LMC 会長HRK氏が代表取締役として欺罔行為をしたとして会社法350条に基づき、あるいは被用者として事業の執行に付き行ったとして民法715条に基づく損害賠償
請求額 損害賠償の一部請求として、連帯して3億円及びこれに対する平成22年7月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金

投資会社NKSは、損害として、本件資産移転が行われていれば得られたはずの利益(積極損害)、あるいは株価の高騰による逸失利益(消極損害)を主張しました。遅延損害金の年5分は、平成29年法律第44号による改正前の民法の法定利率です。現在の法定利率とは異なり、本件は改正前の法令が前提とされた事案です。

投資会社NKSの主な主張

会長HRK氏は、上場会社LMCの株式の売却を勧誘する際に、現金対価のほかに子会社株式などの資産が確実に移転されるなどと虚偽の説明をし、かつ、その後に予定されていた第三者割当増資の計画を知りながらこれを秘していた。そのため投資会社WTBは錯誤に陥り、わずか1株0.385香港ドルで株式を売却したが、資産移転は行われず、第三者割当増資により株価は高騰した、というものです。

上場会社LMCの控訴審での主な主張

  1. 準拠法 買主BYRが香港で契約書に署名した時点で株式の喪失という結果が発生したから、結果発生地は香港である。また、資産移転の契約書には準拠法を香港法とする記載があり、売却の契約書は香港の証券会社の書式で、投資会社NKS自身も香港の訴訟で契約は香港法に準拠すると主張しているから、法の適用に関する通則法20条により香港法が準拠法となるべきである。
  2. 欺罔行為の有無 資産移転が確実に実行されることを裏付けるには、SPVの持分を売主側に譲渡する手順の案文も必要であったのに、子会社株式をSPVに譲渡する手順の書類しか送付されていないから、誤信するに足る資料や説明はなかった。
  3. 取引の合理性 平成22年6月30日当時、グループ会社OSCが開発事業会社DVCの株式を52.2%間接所有し、会社QRLは16.5%しか保有していなかったから、開発事業会社DVCは投資会社NKS側の支配下にあり、資産移転の成否にかかわらず投資の継続は可能であった。また、売却された株式数は当日の出来高を大きく上回り、大量の売却では株価の下落が避けられないから、市場価格に近い0.385香港ドルで現金を得て撤退できたことは合理的な取引である。
  4. 使用者責任 会長HRK氏と上場会社LMCとの関係は委任関係で、具体的な指揮監督関係はなく、開示書類の記載は名目にすぎない。香港のビザを持たず、香港の強制積立基金制度への拠出もしていなかった。取締役会の決議による委任がない行為は権限外であり、職務の範囲内ともいえない。仮に外形上職務の範囲内であっても、香港の上場規則上、重要な資産の処分には取締役会の承認と開示が必要であることは容易に知り得たから、投資会社WTB側には重大な過失がある。
  5. 損害 当日の出来高の約35倍もの株式を市場価格に近い額で売却することは、市場外で買い受ける者がいない限り現実には不可能であり、市場価格との差額を損害とするのは相当でない。
  6. 公序良俗違反 投資会社WTBは、資産移転の合意という公衆への開示の対象となるべき重要な事実を知って株式を売却したもので、香港の法令と上場規則のインサイダー取引規制に違反するから、請求を認めることは公序良俗に反する。

これに対し投資会社NKSは、控訴審で上場会社LMCが提出した一部の書証は時機に後れた攻撃防御方法であり、却下すべきであると主張しました。

結論を左右した争点

控訴審の判決本文から読み取れる、結論を左右した争点は次のとおりです。

  1. 外国の会社と会長に対する不法行為に基づく請求について、準拠法は日本法か香港法か(法の適用に関する通則法17条・20条)。
  2. 会長HRK氏の説明は欺罔行為に当たり、投資会社WTBはそれによって売却をしたといえるか。
  3. 会長HRK氏は上場会社LMCの「被用者」に当たり、その行為は「事業の執行に付き」されたものか。投資会社WTB側に重大な過失があったか(民法715条)。
  4. 損害は、売却価格と売却当時の市場価格との差額とすべきか。外貨建ての損害を、いつの時点の為替相場で日本円に換算するか。
  5. 請求を認めることが、香港のインサイダー取引規制との関係で公序良俗に反するか。

このうち、第1から第3の争点と第5の争点は、上場会社LMCの責任の有無を決める争点でした。第4の争点は、責任の範囲を決める争点であり、控訴審で認容額が変わったのは、換算の基準日の点だけです。

第一審の判断

第一審の判決本文は入手できていないため、ここでは、控訴審の判決本文から分かる範囲で第一審の判断を記載します。控訴審の判決本文の「事案の概要」は、原審の判断を次のとおり要約しています。

  • 投資会社NKSの上場会社LMC及び会長HRK氏に対する不法行為に基づく損害賠償請求について、いずれも日本の裁判所に国際裁判管轄を認めました。
  • 会長HRK氏について、投資会社WTBは会長HRK氏の欺罔行為により売却を行ったとして、会長HRK氏の不法行為責任を認めました。
  • 上場会社LMCについて、適用される準拠法は日本法であるとし(法の適用に関する通則法17条)、会長HRK氏の不法行為は上場会社LMCの被用者として事業の執行につき行われたとして、上場会社LMCの使用者責任(民法715条)を認めました。
  • 売却価格と売却当時の市場価格(1株0.46香港ドル)との差額である消極損害を損害と認定しました。1株当たり0.075香港ドルで、171万3,540香港ドルです。
  • 香港ドルは第一審の口頭弁論終結日である平成28年12月9日の外国為替相場(1香港ドル14.73円)で日本円に換算し、弁護士費用250万円と合計して、連帯して2,774万0,444円及び平成22年7月9日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で請求を認め、その余の請求を棄却しました。

第一審が、上場会社LMCについて会社法350条に基づく請求をどのように判断したか、積極損害の主張をどのような理由で退けたかは、控訴審の判決本文からは分かりません。また、控訴審は、原判決の「当裁判所の判断」のうち一部(原判決26頁23行目から28頁7行目まで、29頁11行目から15行目まで、30頁10行目から12行目まで)を引用の対象から除いていますが、除かれた部分の内容は控訴審の判決本文からは分かりません。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

控訴審の判断

責任の判断は維持し、換算の基準日を改めて認容額を変更した

控訴審は、判断の冒頭で次のとおり述べました。

「当裁判所も、被控訴人の請求は、171万3540香港ドル及び弁護士費用250万円並びにこれに対する平成22年7月9日から支払済みまで年5分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるものと判断するが、」

そのうえで、控訴審の口頭弁論終結日である平成29年10月26日の外国為替相場(1香港ドル14.55円)で換算すると、171万3,540香港ドルは2,493万2,007円となるから、弁護士費用250万円を加えた2,743万2,007円の限度で理由があるとしました。

つまり、控訴審は、準拠法、欺罔行為、使用者責任、損害の範囲についての第一審の判断を維持し、事実認定と理由の一部を補正したうえで、換算の基準日だけを改めて、主文の金額を変更したものです。認容額が減ったのは、為替相場が第一審の口頭弁論終結時より円高になっていたためであり、上場会社LMCの主張が一部でも認められたためではありません。

主な補正の箇所

補正の箇所(控訴審の判決本文の表示による) 補正の内容
原判決18頁 投資会社NKSが香港で提起した訴訟を「香港訴訟」と呼ぶこととし、その訴訟は香港に住所地を有する関連会社RMWとFJN氏を当事者とするものであることを加えた
原判決19頁 FJN氏が開発プロジェクトAKPについて3年で開発が完了し最低2倍以上、3倍近い利益が還元できると説明したため、売主らは利益還元を目的として株式を保有していたが、プロジェクトが予定どおり進行しなかったことに改めた。平成19年頃の開発事業会社DVCの株式の保有割合(約95%)と、上場会社LMCの資産の約70%以上が不動産開発事業に関わる資産であったことを加えた
原判決20頁から22頁 会議で建築申請や具体的なスケジュールを含めた説明がされたこと、企業ブランドの引渡しと資本構成の変更への協力の求め、MTN氏が株式の譲渡を投資目的に沿った選択と考えた経緯、資産移転の契約書を作成できないことを前提とした説明であったことを加えた
原判決23頁 署名を急がせるメールの文面を加えた
原判決31頁 買主BYRが第三者割当増資の前に1株0.385香港ドルで取得し、それ以外は取得せず、全株を売却して利益を得たこと、SPVは設立されず、買主BYRはSPVの設立資金も提供していないことを加え、「のと同視する」を「と認められる」に改めた(補正された説示の前後の記載は控訴審の判決本文からは分かりません)。定款104条(1)・107条と開示書類の記載を具体的に摘示する説示に改めた
原判決36頁 換算の基準日を「平成28年12月9日」から「平成29年10月26日」に、為替相場を「14.73円」から「14.55円」に、換算額を「2524万0444円」から「2493万2007円」に改めた

このほか、控訴審は、上場会社LMCの控訴審での補充主張に対する判断を付け加えています。その内容は次の節で整理します。

裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み

準拠法―結果発生地は、直接侵害された権利の所在地

外国の会社に対する不法行為の請求では、どの国の法律を適用するかがまず問題になります。法の適用に関する通則法17条本文は、不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、加害行為の結果が発生した地の法によると定めています。控訴審は、結果発生地の意味を次のとおり示しました。

「通則法17条本文の結果発生地とは、加害行為によって直接に侵害された権利が侵害発生時に所在した地を意味し、損害発生地とは異なる概念であって、上記の事実関係によると、結果発生地は日本であるから、日本法が準拠法となる。」

控訴審は、会長HRK氏が、買い手が送金の準備のため至急書類をメールしてくれと連絡してきたなどと言って、売却の意思表示をしさえすれば売買契約が成立することを前提に欺罔行為を行っていること、実際、日本で契約書に署名した後に売買契約の成立に何らかの障害があったことをうかがわせる証拠はないことを指摘しました。そして、会長HRK氏が日本において投資会社WTBを欺罔し、2,284万7,200株を1株0.385香港ドルで譲渡するという意思表示を日本において行わせたことにより、法益侵害の結果が発生したと判断しました。

被用者―雇用関係の有無を問わない

控訴審は、民法715条の「被用者」について、次のとおり述べ、最高裁判所昭和41年7月21日第一小法廷判決を参照しました。

「「被用者」(民法715条)とは、雇用関係の有無に関わらず、使用者の選任監督・指揮命令に服する関係にある者を広く含むものとされているところ」

そのうえで、定款上、取締役会が会社の全権限を行使すること、会長HRK氏が業務執行取締役に選任され会長に再指名されたこと、取締役会は他の業務執行取締役と独立非業務執行取締役で構成され、会長HRK氏は取締役会の指示を受けて業務を行っていたことを認定し、次のとおり判断しました。

「取締役会の指揮監督下にあったものと認められ、「被用者」に該当するというべきである。」

控訴審は、会長HRK氏の具体的な業務の実態として、取締役会議事録などの書類に署名していたこと、在任期間中に取締役会の授権を受けて増資等の資本政策関係など経営上の重要事項について20件もの開示を行っていたこと、報酬が年間60万香港ドル(控訴審の口頭弁論終結日の相場で873万円)であったことを認定しました。そして、開示書類の内容を確認せずに署名したとする会長HRK氏の供述は信用できず、取締役会の具体的な指揮監督の下で業務執行を行っていたと認めています。

事業の執行に付き―行為の外形から判断する

控訴審は、民法715条の「事業の執行に付き」について、次のとおり述べ、最高裁判所昭和40年11月30日第三小法廷判決を参照しました。

「「事業の執行に付き」(民法715条)とは、被用者の職務執行行為そのものには属しないが、その行為の外形から観察して、あたかも被用者の職務の範囲内の行為に属するものと見られる場合をも包含するところ」

そして、会長HRK氏は売却当時、上場会社LMCの業務執行取締役兼会長であり、会議において上場会社LMCの株式の約26%に相当する株式の譲渡を勧誘し、SPVを設立して資産移転を行うなどと説明し、かつ資産移転が確実にされることをメールで説明したという一連の行為は、外形上その職務の範囲内に属する行為と認められるとしました。

損害―売却価格と売却当時の市場価格との差額

損害の範囲について、控訴審は、売却価格(1株0.385香港ドル)と売却当時の市場価格(1株0.46香港ドル)との差額を損害とした第一審の判断を引用して維持しました。2,284万7,200株に1株当たり0.075香港ドルを乗じた171万3,540香港ドルです。投資会社NKSが主張した積極損害(資産移転分の利益)や、株価の高騰による利益の全部は、損害として認められていません。

各主張を採用し又は排斥した理由

準拠法の主張―日本での意思表示で結果が発生し、香港がより密接ともいえない

上場会社LMCは、買主BYRが香港で署名した時点で株式の喪失という結果が発生し、買主BYRには署名するかどうかの裁量があったと主張しました。控訴審は、前記のとおり、売却の意思表示をしさえすれば売買契約が成立することを前提とした欺罔行為であり、日本で署名した後に契約の成立に障害があったことをうかがわせる証拠はないとして、結果発生地は日本であると判断しました。

法の適用に関する通則法20条(明らかにより密接な関係がある地がある場合の例外)に基づく主張についても、控訴審は、次の点を挙げて退けました。

  • 本件は会長HRK氏の不法行為を理由とする上場会社LMCの使用者責任に基づく請求であり、そもそも資産移転の契約は成立していないこと。
  • 売却の契約書には準拠法の定めがないこと。
  • 香港での訴訟は、本件と事実関係を共通にするとはいえ、当事者は上場会社LMCや会長HRK氏ではなく、関連会社RMWとFJN氏であること。

「不法行為の結果発生地である日本よりも香港のほうが明らかに密接な関係がある地であるなどということはできず、控訴人の主張は採用することができない。」

欺罔行為がなかったとの主張―説明と資料は十分にあった

上場会社LMCは、SPVの持分を売主側に譲渡する手順の案文が送られていない以上、資産移転が確実に行われると誤信するに足る資料はなかったと主張しました。控訴審は、会長HRK氏が、会議で開発プロジェクトAKPが着々と進行して大きな利益が得られることへの期待を持たせたうえで取引を説明し、メールでスキーム図を示し、資産移転については既に合意済みなので心配しないでくださいなどと述べ、空欄のある資産移転の契約書をFJN氏から送信させ、買い手の送金準備のために至急書類を求めているなどと説明して、MTN氏に資産移転が確実であると誤信させ、契約書に署名させたと認定しました。

「被控訴人が本件資産移転は確実に行われると誤信するに足りる説明や資料は十分にあったものと認められる。」

取引は合理的であったとの主張―投資目的に照らし合理的とはいえない

上場会社LMCは、開発事業会社DVCの株式の保有状況から資産移転の成否にかかわらず投資の継続は可能であり、大量の株式を市場価格に近い価格で現金化して撤退できたのは合理的な取引であると主張しました。控訴審は、投資会社WTBが株価の低迷にもかかわらず株式を保有していたのは、不動産開発事業による高い利益還元を受けるという投資目的のためであり、株式を保有し続けた状態で資産移転が行われると利益還元を得る権利が失われる危険を懸念したもので、その懸念は開発事業会社DVCの株式の保有だけで解決できるものではなかったとしました。そして、資産移転を伴わない売却であれば1株2香港ドル、最低でも1.2香港ドルを下回らない価格での売却を希望していたことから、次のとおり判断しました。

「0.385香港ドルという低価格で保有する〔上場会社LMCの株式〕全てを処分して〔上場会社LMC〕の投資から撤退する意思はなかったのであり、そのような取引は被控訴人にとって合理的とはいえない。」

被用者ではないとの主張―一般の委任関係とは性質が異なる

上場会社LMCは、定款は取締役会の権限の一部を委任できると定めるだけで指揮監督関係を意味しないこと、香港の上場規則上、取締役は株主や会社の利益のために行動する義務を負い取締役会のみに従属するものではないこと、会社との関係は委任関係であり具体的な指揮監督関係はなかったこと、開示書類の記載は名目にすぎないこと、会長HRK氏は香港のビザを持たず強制積立基金制度への拠出もしていなかったことを主張しました。

控訴審は、業務執行取締役らは取締役会の指揮監督下にあり、取締役会から独立した地位にあって裁量を有するわけではないとして、次のとおり述べました。

「取締役会と〔会長HRK氏〕との関係は一般の委任関係とは性質が異なるものであるから、」

また、業務執行取締役兼会長として会社のみならず株主の利益のためにも行動すべきとされていることは判断を左右しないとし、ビザや強制積立基金の点についても、被用者は雇用関係の有無にかかわらず選任監督・指揮命令に服する者を広く含むから、認定を左右しないとしました。開示書類の記載が名目にすぎないとの主張は、前記の署名や開示の実態から退けられています。

権限外の行為であるとの主張―外形上職務の範囲内

上場会社LMCは、定款上全権限は取締役会にあり、取締役会の決議による委任がない以上権限外の行為であること、株主の変更は会社の運営に影響せず、会社が資金調達をしたわけでもないから職務の範囲内とはいえないことを主張しました。控訴審は、前記の外形理論により、会長HRK氏の一連の勧誘と説明は外形上その職務の範囲内に属する行為であると判断しました。

重大な過失の主張―疑問を抱く状況を認める証拠がない

上場会社LMCは、会長HRK氏が資産移転の書面による合意を拒否し、関連会社RMWのメールアドレスを使用していたなど、会長としての行為であることに疑問を抱くべき点が多数あったこと、香港の上場規則では資産の処分を伴う取引には取締役会の承認と開示が必要で、それは公開され容易に知り得たこと、重要な資産の譲渡に取締役会の決議が必要なことは一般人にも容易に分かることを理由に、投資会社WTB側に重大な過失があり、上場会社LMCは使用者責任を免れると主張しました。控訴審は、次のとおり判断しました。

「〔MTN氏〕が〔会長HRK氏〕の職務の範囲内と信ずるにつき、一般人に要求される注意義務に著しく違反したとは認められない。」

その理由として、控訴審は、欺罔行為の態様からすると外形上業務執行取締役兼会長としての職務執行の範囲内の行為と認められ、取締役会の承認を受けていないとの疑問を抱く状況を認めるに足りる証拠はないとしています。

損害の主張―具体的な価格下落の立証がない

上場会社LMCは、当日の出来高の約35倍もの株式を市場価格に近い額で売却することは現実には不可能であり、売却すれば価格は大きく下落したはずであると主張し、それに沿う文献を提出しました。控訴審は、次のとおり述べ、むしろ現実には、売却後に予定されていた第三者割当増資の実施により平成23年4月21日の最高値まで株価が高騰したことを指摘して、主張を退けました。

「本件における具体的な価格下落についての立証はなく、」

公序良俗違反の主張―資産移転は架空で、規制違反を知っていた証拠もない

上場会社LMCは、投資会社WTBが資産移転の合意という重要事実を知って株式を売却したのは香港のインサイダー取引規制に違反し、請求を認めることは公序良俗に反すると主張しました。控訴審は、準拠法は日本法であり民法715条の適用が問題となること、そもそも上場会社LMCは資産移転を行う予定はなく架空であったこと、損害賠償請求を認めることでインサイダー取引規制違反が成立するものでもないこと、投資会社WTB側が規制違反を知りつつ、又は容易に知り得たのに売却に応じたという事情を認める証拠もないことを挙げ、次のとおり判断しました。

「被控訴人による本件損害賠償請求を認めることが公序良俗違反になるとは認められず、控訴人の上記主張は採用できないというべきである。」

時機に後れた攻撃防御方法の申立て―却下はしない

投資会社NKSは、上場会社LMCが控訴審で提出した書証の却下を求めましたが、控訴審は、次のとおり述べて却下しませんでした。

「上記各書証の取り調べを行うことにより、訴訟の完結が著しく遅延するわけではないので、時機に後れた攻撃防御方法として却下する必要はない。」

審級ごとの結論の推移

項目 第一審(原審) 控訴審(東京高等裁判所平成30年1月16日判決)
国際裁判管轄 上場会社LMC・会長HRK氏のいずれについても日本の裁判所に認める 控訴審の補充主張に対する判断には現れていません(原判決の判断を引用)
準拠法 日本法(法の適用に関する通則法17条) 維持。結果発生地は直接侵害された権利の所在地で日本。20条の例外も否定
会長HRK氏の欺罔行為 認める(不法行為責任を肯定) 維持(事実認定を補正。会長HRK氏は控訴審の当事者ではありません)
上場会社LMCの使用者責任 認める 維持。被用者性、事業執行性を肯定し、重大な過失を否定
損害(外貨建て) 市場価格との差額171万3,540香港ドル 維持
円換算 平成28年12月9日の相場(14.73円)で2,524万0,444円 変更。平成29年10月26日の相場(14.55円)で2,493万2,007円
認容額(弁護士費用250万円を含む) 連帯して2,774万0,444円及び遅延損害金 上場会社LMCについて2,743万2,007円及び遅延損害金
訴訟費用 第一審の判決本文を入手できていないため未確認 第1審(投資会社NKSと上場会社LMCの間に生じた分に限る)及び第2審を通じて、10分の7を投資会社NKS、残りを上場会社LMCの負担

主文及び結論

控訴審判決の主文は、次のとおりです(ここでの「控訴人」は上場会社LMC、「被控訴人」は投資会社NKSを指します)。

  1. 「原判決中控訴人に関する部分を次のとおり変更する。」
  2. 「控訴人は、被控訴人に対し、2743万2007円及びこれに対する平成22年7月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。」
  3. 「被控訴人のその余の請求を棄却する。」
  4. 「訴訟費用(第1審については、控訴人と被控訴人の間に生じたものに限る。)は、第1、2審を通じて、これを10分し、その7を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。」

上場会社LMCは、控訴の趣旨として、原判決中の敗訴部分の取消しと請求の棄却を求めていましたが、責任を否定する主張はすべて退けられました。投資会社NKSの請求(一部請求として3億円)のうち、上場会社LMCに対して認められたのは、市場価格との差額と弁護士費用に相当する2,743万2,007円及び遅延損害金です。訴訟費用の7割が投資会社NKSの負担とされたのは、請求額に比べて認容額が小さかったことを反映したものと考えられます(当事務所の理解であり、判決はその理由を述べていません)。

判断の射程―参考となる点と一般化できない点

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。裁判所が示した判断そのものとは区別してお読みください。判断の射程は、最終的な判断である控訴審の判断を基準としています。

参考となる点

第1に、外国の会社の役員から日本で勧誘を受けて株式を売却した場合に、日本で売却の意思表示をさせられたことをもって不法行為の結果発生地を日本とし、日本法を適用した例であることです。控訴審は、結果発生地を「加害行為によって直接に侵害された権利が侵害発生時に所在した地」と定義し、損害発生地とは区別しました。相手方が香港で署名した時点で結果が発生したとの主張は、売却の意思表示さえすれば契約が成立する前提で欺罔が行われていたことなどから退けられています。外国の会社や外国の取引所の株式が関わる取引でも、勧誘と意思表示が日本で行われた場合には、日本法による救済を検討する余地があることがうかがわれます。

第2に、外国の上場会社の業務執行取締役兼会長について、雇用関係がなくても、取締役会の指揮監督の下で業務を行っていたとして民法715条の「被用者」に当たるとした例であることです。控訴審は、定款の規定、開示書類の記載、会長が取締役会の授権を受けて多数の開示を行っていたことなどを具体的に認定しており、役職の名称や契約の形式(委任か雇用か)ではなく、指揮監督の実態を重視しています。会社の役員が個人として欺罔行為を行い、その役員の資力に問題がある場合(本件では会長HRK氏は破産手続開始決定を受けています)に、会社の責任を問う構成として参考になります。

第3に、株式の売却の勧誘が、会社の資本構成に関わるものとして、外形上会長の職務の範囲内とされたことです。控訴審は、上場会社LMCの株式の約26%に相当する株式の譲渡を勧誘し、資産をSPVに移すという会社の資産に関わる説明をしたことを重視しました。取締役会の承認がないことや香港の上場規則上の手続を知り得たとして重大な過失を主張しても、疑問を抱く状況を示す証拠がなければ認められないことも示されています。

第4に、損害が、売却価格と売却当時の市場価格との差額に限られたことです。投資会社NKSは、資産移転が行われていれば得られた利益や、株価高騰による逸失利益を主張しましたが、認められたのは市場価格との差額171万3,540香港ドルでした。欺罔によって安値で株式を売却させられた場合でも、その後の株価の高騰分が当然に損害となるわけではないことに注意が必要です。他方で、大量の売却では株価が下落したはずであるとの反論は、具体的な価格下落の立証がないとして退けられています。

第5に、外貨建ての損害を日本円に換算する時点を口頭弁論終結日とし、控訴審では控訴審の口頭弁論終結日の相場で換算し直した結果、責任の判断は変わらないまま主文の金額が変更されたことです。為替相場の変動によって、控訴審で認容額が増減し得ることを示す一例です。

一般化できない点

本判決は、会長HRK氏の説明の具体的な内容、署名を急がせるメール、資産移転の契約書が空欄のまま送られたこと、買主BYRが第三者割当増資の前に取得し全株を売却して利益を得たこと、資産移転が架空であったことなど、本件に固有の事実関係に基づく判断です。上場会社の役員による株式の売却の勧誘が、一般に会社の事業の執行に当たると判断したものではありません。

準拠法の判断も、日本で売却の意思表示をさせたことにより結果が発生し、売却の契約書に準拠法の定めがなく、資産移転の契約も成立していなかったという事情を前提としています。契約書に準拠法の定めがある場合や、意思表示が外国で行われた場合には、別の判断となる可能性があります。

本件の請求は不法行為に基づく損害賠償であり、売却の意思表示を詐欺や錯誤を理由に取り消して株式の返還を求めたものではありません。売却の効力そのものについて、本判決は判断を示していません。また、上場会社LMCに対する会社法350条に基づく請求がどのように扱われたか、積極損害の主張がどのような理由で退けられたかは、控訴審の判決本文からは分かりません。控訴審が補正の際に引用の対象から除いた原判決の部分の内容も不明です。

さらに、第一審の判決本文は入手できておらず、第一審の判断の具体的な内容は確認できていません。控訴審判決に対する上告等の有無及び確定も確認できていないため、その点にも留意が必要です。

取引の場面で確認しておきたいこと

株式の売却に応じる側では、現金対価のほかに資産の移転や将来の利益の還元が約束されている場合、その約束が誰と誰との間の、どのような契約で裏付けられているのかを、署名の前に書面で確認しておくことが重要です。本件では、資産移転の契約書は作成できないことを前提とし、買主欄が空欄の書面が送られただけで、署名を当日中に求められていました。期限を区切って署名を急がされる場合には、いったん立ち止まり、増資の予定など株価に影響する情報の有無も含めて確認することが考えられます。これらは本判決を踏まえた当事務所の着眼点であり、本判決が特定の確認方法の当否を判断したものではありません。

よくあるご質問

外国の会社の株式を売却した場合でも、日本の法律で損害賠償を求められますか。

本判決は、外国の会社の会長が日本で勧誘し、日本で売却の意思表示をさせたことにより法益侵害の結果が発生したとして、法の適用に関する通則法17条により日本法を準拠法としました。もっとも、意思表示がどこで行われたか、契約書に準拠法の定めがあるかなどの事情によって結論は異なり得ます。

会社の役員にだまされた場合、役員個人だけでなく会社にも責任を問えますか。

本判決は、上場会社の業務執行取締役兼会長について、雇用関係がなくても取締役会の指揮監督の下にあったとして「被用者」に当たるとし、株式の売却の勧誘は外形上その職務の範囲内の行為であるとして、会社の使用者責任(民法715条)を認めました。役員と会社の関係の実態や、行為の外形が職務の範囲内といえるかが問題になります。

だまされて安く株式を売った後に株価が高騰した場合、高騰分も損害になりますか。

本判決では、投資会社が株価の高騰による逸失利益も主張しましたが、損害として認められたのは、売却価格と売却当時の市場価格との差額でした。どこまでが損害となるかは、主張の構成と立証によって異なります。

相手方の取締役会の承認がないことを調べなかった場合、責任を問えなくなりますか。

本判決では、会社側が、取締役会の承認が必要なことは容易に知り得たとして重大な過失を主張しましたが、控訴審は、取締役会の承認を受けていないとの疑問を抱く状況を認めるに足りる証拠はないとして、重大な過失を否定しました。ただし、相手方の行為が職務の範囲内でないことを知り、又は重大な過失により知らなかった場合には、使用者責任は認められません。

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件に関与し、2024年(令和6年)10月には最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得ました。現在は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士を務めています。

主として取り扱う分野 M&A、株式買取請求権、非上場株式の価格の決定、企業価値評価、事業承継及び企業法務

所在地 〒105-6017 東京都港区虎ノ門4丁目3番1号 森トラスト城山トラストタワー17階/電話番号 03-6435-8418/受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)

本記事の記載は一般的な法律情報であり、個別の事案に関する法律上の助言ではありません。記載した経歴は事実の記述であり、個別の事件の結果を保証するものではありません。

著書

非上場会社における少数株主対策の手法と実務
『非上場会社における少数株主対策の手法と実務』(日本法令)
中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策
『中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策』(清文社)
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