簿外債務がないとの約束(表明保証)違反による損害賠償が否定された事例―東京地方裁判所令和6年2月13日判決

債務超過に陥った会社の株式を1円で譲り受けて再生を引き受けた買主側が、引継ぎ後に架空の売掛金や退職引当金の未計上を発見し、元代表者に対し、簿外債務が存在しないとの約束に違反したとして損害賠償を求めた場面の判例です。東京地方裁判所令和6年2月13日判決は、約束条項に損害賠償の定めがなく、買主側がデュー・ディリジェンスでリスクを認識したうえでこの条項と貸金の支払条項で対処する方法を選んだことなどから、約束条項による損害賠償義務の発生を限定的に解釈し、買主側の主張を退けました。
その結果、事業承継の基本合意で弁済が約束されていた元代表者の貸金850万円の請求が全額認められ、会社側の相殺の主張と反訴請求はいずれも棄却されました。本記事では、約束条項の解釈に加えて、帳簿上の仮払金・短期貸付金による相殺の主張と、元代表者による会社の自動車の買受けについて総株主の同意による責任の免除を認めた判断も整理します。
裁判例の基本情報
| 裁判所 | 東京地方裁判所民事第44部 |
|---|---|
| 裁判日 | 令和6年2月13日 |
| 事件番号 | 令和3年(ワ)第25551号、令和3年(ワ)第33696号(本訴と反訴の事件番号が判決本文の冒頭に併記されています) |
| 裁判の形式 | 判決 |
| 審級 | 第一審 |
| 結論 | 元代表者(原告・反訴被告)の本訴請求を全部認容し、会社(被告・反訴原告)の反訴請求をいずれも棄却。訴訟費用は会社の負担 |
| 上訴の状況 | 上訴の有無及び確定は確認できていません |
この表は、判決本文の冒頭、主文及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。
当事者の表記
判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いた符号も、そのままでは使わず、次の表記に置き換えています。判決本文を引用する部分でも同じ表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。
| 本記事の表記 | 立場 |
|---|---|
| 売主である元代表取締役HZM氏 | 原告(反訴被告)。対象会社の設立時から基本合意の日まで代表取締役。基本合意で株式を譲渡し、会社に対する貸金の返還を求めました |
| 対象会社である婦人服メーカーFWL | 被告(反訴原告)。婦人服の企画・製造・販売等を目的とする株式会社 |
| 買主であるM&Aコンサルティング会社CNQ | 基本合意で対象会社FWLの株式を譲り受け、再生の主体となった会社。訴訟の当事者ではなく、元代表取締役HZM氏に対する損害賠償請求権を対象会社FWLに譲渡しました |
| CNQの代表者TGS氏 | CNQの代表取締役。基本合意の日に対象会社FWLの代表取締役に就任しました |
| 元代表取締役の配偶者MKO氏 | 対象会社FWLの元取締役・監査役で、株主でもありました |
| 元代表取締役が代表を務める別会社BSK | 対象会社FWLの株主であった有限会社 |
| 大口債権者である会社DKB、大口債権者である会社EVR | いずれも基本合意の時点で対象会社FWLの大口債権者で、基本合意の当事者です |
| 経理担当者GTO氏 | 大口債権者DKBから対象会社FWLに出向し、経理・会計等を任されていた人物 |
| 対象会社側のHYS弁護士 | 対象会社FWLから依頼を受け、基本合意書の全体の案文を起案した弁護士 |
判決は、事業承継の合意を「本件基本合意」、問題となった約束の条項を「本件約束条項」、貸金の支払に関する条項を「本件貸金返還条項」と呼んでいます。引用部分ではこの呼称をそのまま用い、地の文では「基本合意」「約束条項」「貸金返還条項」と呼びます。
事案の概要
債務超過の婦人服メーカーの再生を、M&Aコンサルティング会社が引き受けた
対象会社FWLは、発行済株式300株の婦人服メーカーです。元代表取締役HZM氏は設立時から代表取締役でしたが、判決の認定によれば、経理や会計等は具体的に把握しておらず、大口債権者DKBから出向していた経理担当者GTO氏に任せていました。平成30年度の貸借対照表(同年12月31日現在)では、資産合計2億3,500万円余りに対して負債合計2億6,200万円余りの債務超過で、大口債権者DKBに対する債務は1億4,600万円程度、大口債権者EVRに対する債務は4,400万円程度でした。
平成30年11月、大口債権者EVRの顧問弁護士から、M&Aコンサルティング会社CNQの代表者TGS氏に、EVRが対象会社FWLの経営を引き受けて再生させることの検討について相談があり、TGS氏はビジネス面のデュー・ディリジェンスを行いました。EVRが自社での再生は難しいとしてCNQが主体となることを要望したため、CNQは、平成31年1月23日頃、自ら株式を引き受けて再生を図る方針とし、会計帳簿の真偽や契約書の法的リスクの確認などのデュー・ディリジェンスを行うことにしました。
原資料の不備が判明し、条項で対処する方針がとられた
デュー・ディリジェンスは平成31年2月から2週間程度、CNQ側のTGS氏と公認会計士、対象会社FWL側のHYS弁護士、EVRの顧問弁護士が主に関与して行われました。その結果、決算書の勘定項目の内訳を確認するための付属資料や、領収証、契約書等の原資料がほとんど整理されていないことが判明しました。TGS氏は、クロージングの目途とした同年3月20日頃までに原資料を確認することはできないとして、基本合意書にいわゆる表明保証の条項を盛り込むことで対処する方針を立てました。
7者で基本合意を締結し、株式は1円で譲渡された
平成31年3月12日、HZM氏、対象会社FWL、配偶者MKO氏、CNQ、TGS氏、大口債権者DKB及び大口債権者EVRの7者は、事業承継についての基本合意書を締結しました。代表取締役をHZM氏からTGS氏に交代し、HZM氏がCNQに株式全部を1円で譲渡し、その際に簿外債務が存在していないことを約束するというものです。あわせて、関係者間の貸付け、債権者らの債権の処理、HZM氏の会社に対する貸付金債権の一部譲渡と一部猶予が定められ、850万円については、令和3年4月1日に会社が一括で弁済することとされました。
引継ぎ後に3つの事実が判明し、貸金の請求に相殺と反訴で応じた
CNQとTGS氏が事業を承継して財産状況を確認する中で、次の事実が判明しました(判決本文の前提事実による。HZM氏は、この経過自体には具体的な反論や反証をしていません)。
- 平成30年度の貸借対照表の売掛金4,800万円余りのうち、2,000万円分は架空の売掛金でした。
- 平成31年1月と令和元年11月に従業員が定年退職しましたが、その退職引当金合計748万円が同貸借対照表に計上されていませんでした。
- 会社名義の自動車が平成30年4月14日付けで第三者に720万円で売却され、代金は配偶者MKO氏名義の口座に振り込まれていました。会社の帳簿上は、HZM氏に50万1,272円で売却したとの処理がされていました。
HZM氏が貸金850万円の支払を求めて提訴したのに対し、対象会社FWLは、帳簿上の仮払金・短期貸付金と、CNQから譲り受けた約束条項違反の損害賠償請求権による相殺を主張し、さらに反訴を提起しました。
事案の経緯
| 時期 | 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実による) |
|---|---|
| 遅くとも平成30年始め頃 | HZM氏が会社から自動車を買い受けることとし、配偶者MKO氏に知らせる |
| 平成30年4月14日付け | 自動車が第三者に720万円で売却される(代金は同月20日に配偶者MKO氏名義の口座へ) |
| 平成30年5月16日 | 自動車の登録名義が会社から第三者に移転 |
| 平成30年11月 | 大口債権者EVRの顧問弁護士がTGS氏に再生の検討を相談 |
| 平成31年1月23日頃 | CNQが、自ら株式を引き受けて再生を図る方針とする |
| 平成31年2月 | デュー・ディリジェンス(2週間程度)。原資料の不備が判明 |
| 平成31年3月12日 | 7者で基本合意書を締結。代表取締役がHZM氏からTGS氏に交代 |
| 平成31年3月20日 | HZM氏とCNQが、約束条項の貸借対照表を平成30年度の貸借対照表と読み替える確認書を締結 |
| 令和3年4月1日 | 貸金850万円の弁済期 |
| 令和3年11月17日 | CNQが約束条項違反の損害賠償請求権を対象会社FWLに譲渡(同月19日に通知) |
| 令和3年12月7日 | 対象会社FWLが口頭弁論期日で相殺の意思表示 |
| 令和3年12月24日付け | 対象会社FWLが約束条項違反の損害賠償を求める反訴状を提出 |
| 令和4年11月17日付け | 対象会社FWLが自動車の売却についての損害賠償を求める2通目の反訴状を提出 |
| 令和6年2月13日 | 東京地方裁判所が本訴請求を認容し、反訴請求をいずれも棄却する判決 |
基本合意の条項
判決本文は、基本合意の内容を「概要以下のとおりである」として、一部を省略し又は概要のみを記載する形で整理しています。以下は、その記載に基づくもので、基本合意書の原文をそのまま再現したものではありません。
基本合意3条2項―簿外債務が存在しないことの約束(約束条項)
HZM氏が株式の譲渡に当たってCNQに約束した事項の第1号について、判決本文は次のとおり記載しています(第2号は省略されています)。この部分は判決本文の逐語の引用です。
「本合意書添付の貸借対照表記載以外に、1科目につき100万円を超える簿外債務が存在していないこと。」
違反した場合の損害賠償義務の発生や内容については、具体的な定めは見当たらないと判決は認定しています。
基本合意17条2項・3項―貸付金850万円の猶予と弁済(貸金返還条項)
HZM氏は、前条までの各当事者の義務がすべて履行されていることを停止条件として、会社に対する貸付金返還請求権のうち850万円について、その支払を令和3年3月末日まで猶予する(2項)。
会社は、令和3年4月1日限り、その時点の会社の業績にかかわらず、HZM氏に対して850万円を一括で弁済する(3項)。
同条1項では、HZM氏の貸付金返還請求権のうち3,850万円分をCNQに1円で譲渡するとされていました。そのほか、基本合意4条から6条では、HZM氏が2,200万円、配偶者MKO氏が5,000万円を会社に貸し付け、会社がCNQに5,000万円を貸し付けることが、その後の条項では大口債権者DKBの債権をCNQに5,000万円で譲渡することなどが定められていました。
当事者の請求と主要な主張
請求と相殺の全体像
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| 本訴請求 | HZM氏が会社に対し、貸金返還条項に基づき850万円及び令和3年4月2日から年3%の遅延損害金を請求 |
| 相殺の抗弁1 | 会社が、HZM氏に対する仮払金399万4,665円及び短期貸付金54万1,373円(合計453万6,038円)の返還請求権で相殺 |
| 相殺の抗弁2 | 会社が、CNQから譲り受けた約束条項違反の損害賠償請求権(2,748万円)で相殺 |
| 反訴請求1 | 同じ損害賠償請求権のうち相殺に充てた額を控除した2,351万6,038円及び遅延損害金を請求 |
| 反訴請求2 | 自動車の売却について、主位的に不法行為、予備的に会社法423条1項に基づく損害賠償を請求(最終的な損害額元本は720万円。遅延損害金は改正前民法所定の年5%) |
約束条項違反についての主張
会社側は、架空売掛金の計上と退職引当金の未計上はいずれも約束条項に違反し、CNQは基本合意の際に会社の資産を実際より2,748万円(2,000万円と748万円の合計)高く評価することになり、追加資金の投入等の対処を迫られたと主張しました。HZM氏は、CNQはデュー・ディリジェンス等の過程でいずれの点も知っていたはずであり、また架空売掛金は簿外債務の問題ではないから約束条項の違反に当たらないと反論しました。
仮払金・短期貸付金と自動車についての主張
会社側は、仮払金と短期貸付金は平成30年度の貸借対照表で裏付けられていると主張し、HZM氏は、そのような請求権が実際にあれば基本合意の際に貸金返還条項と調整されていたはずだと反論しました。
自動車については、会社側は、HZM氏が会社の財産を第三者に売却して代金を横領した、仮にHZM氏への売却だとしても利益相反取引の承認がなく、公序良俗に反し、債権者を害すると主張しました。HZM氏は、当時の全株主(HZM氏、配偶者MKO氏及び別会社BSK)の同意を得て自ら買い受けたと反論しました。判決は、この反論には総株主の同意による責任の免除(会社法424条)の主張も含まれると解しています。
HZM氏は、仮払金の一部と自動車の件について、平成29年改正前の商法522条及び改正前民法724条前段による消滅時効も主張しましたが、判決はこれらについて判断していません。
お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。
結論を左右した争点
- 帳簿に計上された仮払金・短期貸付金の返還請求権が、実際に存在するといえるか。
- 簿外債務が存在しないとの約束条項に反する事実(架空売掛金の計上、退職引当金の未計上)があった場合に、損害賠償義務が発生するか。
- 元代表取締役による会社の自動車の買受けについて、総株主の同意による責任の免除が認められるか。
裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
基本合意の締結に至る経緯
判決は、証拠及び弁論の全趣旨により、次の事実を認定しました(以下は判決本文の認定事実の要約です)。
- デュー・ディリジェンスの期間は、TGS氏の認識によっても、同規模の会社に通常要する程度の期間内でした。基本合意書の全体の案文は対象会社側のHYS弁護士が起案し、各担当者が意見を述べて協議しました。
- 仮払金と短期貸付金は貸借対照表と関連資料に記載され、TGS氏は締結時までにこれを知っていましたが、締結の過程でHZM氏とTGS氏の間でその返済が話題にされたことはありませんでした。
- TGS氏は、締結時には、簿外債務が存在した場合は貸金返還条項の850万円を支払わなくてよいと認識していましたが、事後的には、この条項が支払義務を免れる内容になっていないと理解できることを自認しています。また、表明保証責任でリスク回避を図る場合は違反時の損害賠償義務等を別に定めるのが通常であるが、約束条項にはその定めがないことも自認しています。
- HYS弁護士の説明によれば、TGS氏は締結当時、架空売掛金の計上と退職引当金の未計上のいずれも認識しており、架空債権等の問題を基本合意書に明記すれば金融機関の同意を得て締結することは困難な状況にありました。TGS氏は、退職予定者2名の存在と退職金の算定資料はデュー・ディリジェンスで確認していたものの、架空売掛金は締結の半年後頃に判明したと説明しています。
- 当時、中小企業では退職引当金を帳簿上計上していない扱いが多い実情にありました。
約束条項は、損害賠償義務の発生について限定的に解釈する
判決は、まず約束条項の内容と趣旨を検討し、次の3点を指摘しました。
第1に、条項は文言上も「簿外債務が存在していないこと」を「約束する」というものにすぎず、損害賠償債務の発生と内容についての具体的な定めがないことです。第2に、TGS氏自身が、簿外債務があった場合は貸金返還条項の支払を免れることでリスクを回避すると想定していたことから、判決は「当事者の認識としても、簿外債務について本件約束条項に基づく損害賠償債務の発生により対処することが想定されていたとは解し難い。」としました。
第3に、専門家の関与を得て相応の期間をかけたデュー・ディリジェンスの中で原資料を確認できないリスクが判明し、CNQ(TGS氏)がそのリスクに条項で対処する方針を立てたこと、CNQ以外の関係者の意向で責任を限定する文言の変更がされた経緯も見当たらないことです。判決は次のとおり評価しました。
「〔CNQ〕は、上記リスクを認識した上で、本件約束条項及び本件貸金返還条項の定めによりリスクを回避するとの方法を選択したものと評価せざるを得ない。よって、上記各条項の定めの不足や不備等によるリスクについて、他の関係者の負担を拡大する方向で各条項を解釈すべきものとは、考え難いと言わざるを得ない。」
そのうえで、判決は次の解釈を示しました。
「本件約束条項については、その違反による損害賠償義務の発生につき限定的に解釈するのが相当である。」
各主張を採用し又は排斥した理由
仮払金・短期貸付金による相殺―帳簿の記載があっても債権は存在しないと推認
判決は、貸借対照表等に対応する記載があることを認めつつ、基本合意ではHZM氏が新たに相当額を貸し付けたうえで、その貸付金債権の譲渡や猶予が具体的に定められており、貸金返還条項による返還以外にHZM氏が仮払金等を弁済することが予定されていたとは解し難いこと、締結の過程でその返済が話題にされなかったことを挙げました。そして、「前記アの貸借対照表等の記載内容にかかわらず、前記の仮払金及び短期貸付金の返還請求権は実際には存在しなかったものと推認することができる。」とし、会社側の主張は結局のところ帳簿の記載に依拠するもので、推認を覆すには足りないとしました。
架空売掛金の計上―「簿外債務」の文言に直接当たらない
判決は、架空売掛金の計上は、約束条項の「簿外債務」との文言には「直接当たらないと解するほかない」としました。TGS氏の締結時の認識についてはTGS氏とHYS弁護士の説明が食い違っていましたが、判決はどちらが正しいかを確定せず、デュー・ディリジェンスの経過もあわせれば「少なくとも、〔TGS氏〕が被告の資産の状況に関するリスクについて何ら認識していなかったとは考え難い。」と述べました(「被告」は対象会社FWLを指します)。そのうえで、次のとおり判断しました。
「架空売掛金の計上という問題の性質及び金額を考慮しても、前記ア(ウ)のように解釈すべき本件約束条項につき、損害賠償義務を発生させるほどの義務違反があるとは認められない。」
引用中の「前記ア(ウ)のように解釈すべき」とは、損害賠償義務の発生を限定的に解釈するという前述の枠組みを指します。
退職引当金の未計上―「簿外債務」には当たるが、買主側が確認済みだった
判決は、退職引当金の未計上は約束条項の「簿外債務」に「当たること自体は認められる」としました。しかし、TGS氏が退職予定者の人数や退職金の算定資料をデュー・ディリジェンスで確認済みであったこと、当時は退職引当金が必ずしも帳簿上計上されない扱いがあったことから、損害賠償義務を発生させるほどの義務違反は認められないとしました。
判決は、「架空売掛金の計上及び退職引当金の未計上に伴い、〔CNQ〕には本件基本合意において明記されていなかった相当額の負担が生じたこと自体は肯定し得る。」と述べながらも、会社側の主張立証は、デュー・ディリジェンスと基本合意の経過及び約束条項の文言を踏まえて損害賠償義務の発生を基礎付けるものとは評価し難いとして、相殺の抗弁2と反訴請求1を退けました。
自動車の売却―総株主の黙示の承諾と免除
判決は、当時の株主が別会社BSK(240株)、HZM氏(34株)、配偶者MKO氏(26株)であったこと、配偶者MKO氏がHZM氏から経理担当者GTO氏と相談した結果として減価償却により安く買えるとの説明を受けて賛成したことなどを認定し、自動車は遅くとも平成30年4月頃までに会社からHZM氏へ50万1,272円で売却され、その後第三者に転売されたと認めました。登録名義が会社から第三者に直接移転していた点は、転売が短期間であったため名義移転が未了であったことによると解し得るとして、第三者に直接売却して横領したとの会社側の主張は前提を欠くとしました。
不法行為については、事前の承認手続がない利益相反取引であることは認めつつ、配偶者MKO氏の賛成と代金の振込みの経過から、会社との関係でみる限り、事前と事後の双方で総株主の承諾が黙示に行われたと認め、会社法424条の免除の規定に照らし「被告との関係で不法行為を構成するとは解し難いと言わざるを得ない」としました。公序良俗違反の主張も、会社との関係では「あり得る売却額よりも相当低額での売却が行われたというのに過ぎない」として退けました。
会社法423条1項の責任については、売却額50万1,272円に対し直後の転売額が720万円であったことから「被告に損害が生じたことは明らか」であり任務懈怠が推定されるとしつつ、損害の発生が明らかになった後に総株主が黙示に同意したとして「免除(会社法424条)の要件を満たすものと認められる」と判断しました。会社債権者との関係での不当性は、「詐害行為取消請求等、会社債権者等による訴え提起等の手段により検討されるべき性質のもの」とされています(判決本文によれば、CNQは大口債権者DKBから譲り受けた債権に基づき、既にその旨の訴えを提起していました)。
主文及び結論
判決の主文は、「被告は、原告に対し、850万円及びこれに対する令和3年4月2日から支払い済みまで年3%の割合による金員を支払え。」「被告の反訴請求をいずれも棄却する。」「訴訟費用は、被告の負担とする。」「この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。」というものです(「原告」は元代表取締役HZM氏、「被告」は対象会社FWLを指します)。相殺の抗弁はいずれも自働債権の存在が認められずに成立せず、反訴請求1は損害賠償請求権の発生が認められず、反訴請求2は不法行為が成立せず、会社法423条1項の請求権は免除により行使できないとされました。
判断の射程
以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。判決が述べた事項と区別してお読みください。
参考となる点
- 違反の効果を定めていない約束条項は、損害賠償の根拠として弱くなり得ること。本判決は、簿外債務がないことを「約束する」とだけ定めた条項について、損害賠償義務の発生を限定的に解釈しました。表明保証やこれに類する条項を置く場合には、補償の範囲、算定方法、請求期限などの違反の効果まで定めておくことの重要性を示す一例です。
- リスクを把握した側が選んだ対処方法が、条項の解釈を左右したこと。判決は、買主側が原資料の不備というリスクを認識したうえで条項による対処を選んだことを理由に、条項の不足や不備によるリスクを他の関係者に負わせる方向で解釈しないとしました。調査が不十分なまま締結する場合には、残るリスクの負担方法を条項の文言として明確にしておく必要があります。
- 「簿外債務」の約束は、資産の過大計上を当然には対象としないこと。架空売掛金は「簿外債務」の文言に直接当たらないとされました。資産の実在性や計算書類の正確性も保証の対象とするなら、その旨を別に定めておく必要があります。
- 支払を拒めると考えていた条項が、実際にはそうなっていなかったこと。買主側の代表者は簿外債務があれば850万円を支払わなくてよいと認識していましたが、貸金返還条項は業績にかかわらず一括で弁済するという内容で、支払が命じられました。支払の留保や減額、相殺を予定するのであれば、その要件を明記しておかなければなりません。
- 同族会社での役員との取引は、総株主の同意で免除され得ること。取得前に元代表者が会社の資産を低額で買い受けていても、株主が元代表者とその親族・関係会社だけであれば、取得後に会社から責任を追及することが難しい場合があります。
一般化できない点
- 本判決は、債務超過の会社の株式を1円で譲り受けて再生を引き受けるという取引で、7者が関与する基本合意の中に置かれた約束条項についての判断です。表明保証条項と補償条項が整えられた通常の株式譲渡契約で、同じように限定的な解釈がされるとは限りません。
- 判決は、約束条項を表明保証条項と明示的に性質決定して判断したものではなく、表明保証一般について、違反の効果の定めがなければ損害賠償義務が生じないと述べたものでもありません。
- 架空売掛金について買主側が締結時に具体的に認識していたかどうかは確定されていません。リスクを認識し得なかった事案では結論が異なり得ます。損害額(2,748万円)についても判断されていません。
- 自動車の件の判断は会社との関係に限られ、会社債権者との関係での評価は別とされています。消滅時効(改正前民法724条前段、平成29年改正前の商法522条)については判断されていません。
- 上訴の有無及び確定は確認できていません。
M&Aの後に表明保証違反が判明し、売主に補償を請求する場合の進め方は、次のページでご案内しています。
よくあるご質問
売主が簿外債務がないことを約束していれば、簿外債務が見つかったときに損害賠償を受けられますか。
条項の定め方と締結の経緯によります。本判決では、約束条項に損害賠償の定めがなく、買主側がリスクを認識したうえで条項による対処を選んだことなどから、損害賠償義務の発生が限定的に解釈され、退職引当金の未計上が簿外債務に当たると認められながらも、損害賠償義務は否定されました。
架空の売掛金が見つかった場合も、簿外債務の約束違反になりますか。
本判決は、架空売掛金の計上は「簿外債務」との文言に直接当たらないとしました。資産の実在性や計算書類の正確性についての保証を別に定めておかないと、請求の根拠が問題になり得ます。
簿外債務が見つかったら、売主に約束していた支払を拒むことができますか。
契約にその旨の定めがあるかによります。本判決では、買主側は支払を免れると認識していましたが、条項は業績にかかわらず弁済するという内容で、支払が命じられました。
帳簿に元社長への仮払金や貸付金が計上されていれば、M&Aの後に返還を求められますか。
帳簿の記載だけでは足りない場合があります。本判決では、基本合意で元代表者の貸金の処理を具体的に定めていたことや、交渉で返済が話題にならなかったことから、返還請求権は実際には存在しなかったと推認されました。経営者個人との債権債務の処理は、M&Aの合意の中で決めておくことが大切です。
M&Aトラブルで請求する損害額の算定の考え方は、次のページでご案内しています。
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この記事の位置付け
債務超過の会社の株式を譲り受けて再生を引き受けた買主側と、株式を譲り渡した元代表者の双方に向けて、簿外債務がないとの約束に反する事実が後から判明した場面の判例を、約束条項の解釈と損害賠償の成否の観点から解説します。
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