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株式譲渡後の立替金の清算条項を限定的に解釈し、車両と保証金の表明保証違反を認めた事例―東京地方裁判所令和6年3月26日判決

公開 2024年3月26日更新 2026年10月30日

▶ 表明保証違反の御相談

一人株主が、自社の従業員2名に株式を譲渡して事業を引き継がせた後、売主と対象会社の間で、売主の未払役員報酬等の支払と、売主や関係会社が負担すべき経費の立替金の清算、決算書に載っていた資産が存在しなかったことによる表明保証違反の損害賠償とを、互いに請求し合った場面の判例です。東京地方裁判所令和6年3月26日判決は、売主の請求をおおむね認める一方、対象会社の請求については、車両と保証金に関する表明保証違反など一部だけを認めました。

本判決の特徴は、株式譲渡契約に置かれた「立て替えて負担していた」費用を清算するという条項を、売主の清算の認識を考慮して限定的に解釈し、2つの会社を一体として経営していた実態に沿わない清算を認めなかった点にあります。他方で、決算書に記載された車両と保証金が実際には存在しなかった点は表明保証違反とされ、交渉の場で顧問税理士の「会社の価値がゼロ」との趣旨の発言があったことを理由とする売主の反論も退けられました。本記事では、13項目に及ぶ対象会社の請求がそれぞれどのような理由で認められ、又は退けられたのかを整理します。

Contents
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要
    1. 一人株主が、2つの会社を一体として経営していた
    2. 従業員2名に、株式全部を330万円で譲渡した
    3. 譲渡後、対象会社が相殺を通知し、双方が提訴した
  4. 事案の経緯
  5. 株式譲渡契約の条項
    1. 5条1項―表明保証
    2. 別紙1-1(4)―計算書類
    3. 別紙1-1(13)―関係会社の経費清算
    4. 別紙1-1(18)―情報開示
    5. 8条3項―売主の未払給与等の分割払
    6. 8条4項―退職金に代わる物件の贈与と公租公課の負担
    7. 12条1項・2項―損害賠償
    8. 21条2項―立替金の清算
  6. 当事者の請求と主要な主張
    1. 第1事件―売主の請求
    2. 第2事件―対象会社の請求
  7. 結論を左右した争点
  8. 裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
    1. 資料が開示されないまま契約を締結し、条項で手当てした
    2. 清算条項は、売主の清算の認識を考慮して判断する
    3. 「清算して支払うことを約束する」は債務引受けではない
  9. 各主張を採用し又は排斥した理由
    1. 未払役員報酬と貸金―一人株主の同意と帳簿の記載から認める
    2. 期限の利益―相殺の意思表示によって放棄したとされた
    3. 89万5,900円の振込み―弁済とは認めず、不当利得として相殺を認める
    4. 本件車両―表明保証違反を認め、損害を130万円と認定
    5. 本件ビルの保証金―表明保証違反を認め、110万円全額を認容
    6. 「会社の価値がゼロ」との発言―買主らが不存在を許容していたとはいえない
    7. 事務所家賃・水道光熱費、通信費、駐車場代、消耗品費、コーヒー代等―清算の認識がなく否定
    8. 自動車保険料―誤って負担した分は立替えに当たる
    9. クレジットカードの個人使用分―航空券代2万8,000円だけを認める
    10. 社用車使用料―使用の実態が認められない
    11. インバウンドシステム使用料―合意解除までの未払分を関係会社にだけ認める
    12. 建物の譲渡に伴う消費税―法人税等の軽減分を損益相殺
    13. 人間ドック費用―一人株主の同意があり不当利得ではない
    14. 第2事件の請求債権による訴訟上の相殺―併合審理中でも許されない
    15. 第2事件の請求の判断結果の一覧
  10. 主文及び結論
  11. 判断の射程
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
  12. よくあるご質問
    1. 株式譲渡契約に立替金を清算する条項があれば、関係会社が使った経費を按分して請求できますか。
    2. 決算書に載っていた資産が実際には存在しなかった場合、損害はいくらになりますか。
    3. 交渉中に「会社の価値がゼロ」との発言があった場合でも、表明保証違反を主張できますか。
    4. 売主への分割払の債務と、売主に対する立替金を相殺すると通知した場合、どのような影響がありますか。
    5. 同じ裁判所で併合審理されている別の事件の請求債権で、相殺を主張できますか。
  13. 関連する記事と御相談のご案内

裁判例の基本情報

裁判所 東京地方裁判所民事第8部
裁判日 令和6年3月26日
事件番号 令和4年(ワ)第25801号(第1事件)、令和5年(ワ)第2699号(第2事件)
裁判の形式 判決
審級 第一審(第1事件と第2事件を併合して審理)
結論 対象会社に対し、売主へ426万5,162円の支払を命令。関係会社に対し、対象会社へ53万690円の支払を命令。売主に対し、対象会社へ252万6,828円の支払を命令。その余の請求はいずれも棄却
上訴の状況 上訴の有無及び確定は確認できていません

この表は、判決本文の冒頭及び主文の記載に基づいて当事務所が作成したものです。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いた符号も、そのままでは使わず、次の表記に置き換えています。判決本文を引用する部分でも同じ表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。

本記事の表記 立場
売主である元オーナー経営者MRK氏 第1事件の原告で、第2事件の被告。対象会社SDPの自己株式を除く全株式を保有する一人株主で、株式譲渡の日まで代表取締役でした。関係会社HBNの代表取締役でもあります
対象会社であるシステム設計・販売会社SDP 第1事件の被告で、第2事件の原告。コンピューターのシステム設計及び販売等を目的とする株式会社で、株式譲渡の対象となった会社です
売主の関係会社であるデータ処理会社HBN 第2事件の被告。コンピューターによるデータ処理及びデータベースサービスの提供等を目的とする株式会社で、対象会社SDPの通信販売業務部門を独立させて設立された会社です
売主が株主である特例有限会社GVL 売主MRK氏が株主である特例有限会社。訴訟の当事者ではありませんが、契約条項に登場します
買主である従業員KDR氏及びWTN氏(以下、2名を合わせて「買主ら」) 対象会社SDPの従業員で、売主MRK氏から株式を買い受けた2名。株式譲渡の日に対象会社SDPの代表取締役に就任しました。訴訟の当事者ではなく、売主に対する損害賠償請求権の一部を対象会社SDPに譲渡しています
顧問税理士法人TXA 株式譲渡の交渉当時の対象会社SDPの顧問税理士事務所
旧ビル所有者である不動産会社RVA 対象会社SDPが事務所を賃借していたビル(以下「本件ビル」)の、かつての所有者
新ビル所有者である会社NWO 競売により本件ビルの所有権を取得した会社

このほか、判決本文に出てくる自動車の車名、クレジットカードの名称、店舗名、生命保険会社名、地名などは、「輸入乗用車」「クレジットカード」のような一般的な表記に置き換えています。

事案の概要

一人株主が、2つの会社を一体として経営していた

対象会社SDPは平成11年に設立された会社で、売主MRK氏がその一人株主かつ代表取締役でした。売主MRK氏は、平成25年11月、対象会社SDPの業務の一部であった通信販売業務部門を独立させて、関係会社HBNを設立しました。判決の認定によれば、その後も両社の経営の実態は、独立前とほとんど変わりませんでした。

  • 売主MRK氏が、両社の代表取締役社長であり、かつ一人株主として両社を経営していました。
  • 両社は、本件ビルの中で仕切りもなく机を並べて事業を営み、一方の会社の社員が不在であれば、他方の会社の社員が電話を受けていました。
  • コーヒー、レターパックその他の消耗品は、一方の会社が購入したものを両社の社員が共同で使っていました。
  • 売主MRK氏が使っていた対象会社SDP名義の輸入乗用車(以下「本件車両」)は両社の仕事に兼用され、燃料代や駐車料金などは適宜両社に振り分けられていました。
  • 本件ビルの部屋はもともと対象会社SDPの名義で賃借しており、関係会社HBNの独立後は、同社が家賃等の一部を負担する形で振り分けが行われていました。
  • 売主MRK氏は、一方の会社に経営負担が偏らないよう適宜分配しており、一方の会社が他方の会社の経費を立て替え、後で立替金を清算するという認識はありませんでした。

従業員2名に、株式全部を330万円で譲渡した

売主MRK氏は、年齢の問題もあって経営から退くこととし、令和元年4月に対象会社SDPに入社した買主らに事業を承継させることにしました。株式譲渡の交渉は令和3年9月頃に始まりました。売主MRK氏は、対象会社SDPが保有する自身の住むマンションと、生命保険の解約返戻金を退職金として取得したいこと、これらを除くと会社財産は残り1,000万円くらいになることを伝えましたが、買主らからは、商品の棚卸しの数字が誤っていると指摘されました。その際、顧問税理士法人TXAの所長は、商品の棚卸しには価値がなく、マンションや保険の解約返戻金を除くと会社の価値はゼロであるが、含み益を考えて株式譲渡の価値を算出すべきであると発言しました。そうした中で、売主MRK氏は譲渡代金を330万円とする提案をしました。

買主らは、計算書類のほか、総勘定元帳や現金出納帳などの会計帳簿の開示を求めましたが、令和3年10月7日に決算書が開示されただけで、契約締結までにそれ以外の資料は開示されませんでした。買主らは、事業承継について相談していた弁護士から、経費や資産の状況が分からずリスクがあるとの助言を受け、その提案により、立替金の清算を定める条項(21条2項)や表明保証条項を契約に設けることにしました。

令和3年10月27日、売主MRK氏は、保有する対象会社SDPの株式170株(自己株式を除く全発行済株式)を、代金330万円で買主らに譲渡する株式譲渡契約(以下「本件契約」)を締結し、同日がクロージング日とされました。同日、売主MRK氏は代表取締役を退任し、買主らが代表取締役に就任しています。買主らは、契約締結までに、本件車両が売主MRK氏の兄に贈与されていることや、決算書に記載された本件ビルの保証金が存在しないことの説明を受けていませんでした。対象会社SDPの詳細な資料が顧問税理士事務所を通じて開示されたのは、同年12月のことでした。

譲渡後、対象会社が相殺を通知し、双方が提訴した

本件契約8条3項では、売主MRK氏の対象会社SDPに対する未払給与等の債権を、令和3年11月から毎月末日限り5万円ずつ分割して支払うことになっていました。ところが、対象会社SDPは、令和4年6月23日付けの相殺通知書で、立替金債権合計952万9,376円をもって、売主MRK氏の未払給与370万4,022円、短期借入金96万500円及び旅行積立金40万8,540円と相殺するとの意思表示をしました。さらに同年8月1日付けの通知書で、その残額445万6,314円をもって、売主MRK氏が同年7月26日から9月2日までの業務について有する業務委託料8万8,000円とも相殺するとの意思表示をしました。

売主MRK氏は令和4年10月12日、対象会社SDPに対して未払役員報酬等の支払を求める訴え(第1事件)を提起し、対象会社SDPは令和5年2月6日、売主MRK氏及び関係会社HBNに対して立替金の清算や表明保証違反の損害賠償を求める訴え(第2事件)を提起しました。裁判所は、同年4月25日、両事件の弁論を併合しました。

事案の経緯

時期 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実による)
平成11年6月30日 対象会社SDPが設立される
平成17年5月31日 対象会社SDPと旧ビル所有者RVAとの間で、保証金返還請求訴訟の裁判上の和解が成立(150万円を回収し、残額110万円を含むその余の請求を放棄)
平成25年11月25日 通信販売業務部門を独立させて関係会社HBNが設立される
平成29年 対象会社SDPが本件車両を457万円で購入
令和元年4月21日 買主らが対象会社SDPに入社
令和元年6月26日 対象会社SDPから売主MRK氏へ89万5,900円が振り込まれる(総勘定元帳に記載なし)
令和2年12月 対象会社SDPと関係会社HBNの間のインバウンドシステムの契約が合意解除される
令和3年4月から7月 売主MRK氏が対象会社SDPに4回にわたり合計102万円を貸し付ける
令和3年9月頃 株式譲渡の交渉が始まる
令和3年9月16日 売主MRK氏が本件車両を兄に無償で譲渡し、名義変更
令和3年10月7日 買主らに対象会社SDPの決算書が開示される(それ以外の会計帳簿等は契約締結までに開示されず)
令和3年10月27日 本件契約の締結及びクロージング(株式170株、代金330万円)。売主MRK氏が代表取締役を退任し、買主らが代表取締役に就任
令和3年10月末日 関係会社HBNが本件ビルから退去
令和3年12月 買主らに対象会社SDPの詳細な資料が開示される
令和4年6月23日付け 対象会社SDPが、立替金債権をもって売主MRK氏の未払給与等と相殺する旨を通知
令和4年8月1日付け 対象会社SDPが、立替金債権の残額をもって業務委託料8万8,000円と相殺する旨を通知
令和4年10月12日 売主MRK氏が第1事件を提起
令和5年2月6日 対象会社SDPが第2事件を提起
令和5年4月25日 裁判所が両事件の弁論を併合
令和6年1月19日 第1回口頭弁論。対象会社SDPが、89万5,900円の不当利得返還債権による相殺の意思表示
令和6年3月7日 第2回口頭弁論。対象会社SDPが、第2事件の請求債権による相殺の意思表示
令和6年3月26日 東京地方裁判所が判決

株式譲渡契約の条項

以下は、判決本文が本件契約の内容を要約して掲げた記載を、その文言のまま引用したものです。契約書原本の条文をそのまま再現したものではありません。数字の表記は判決本文のとおりとし、当事者の呼称は本記事の表記に置き換えて〔 〕で示しています。

5条1項―表明保証

〔MRK氏〕は、クロージング日において、〔買主ら〕に対し、別紙1-1記載の事項が真実かつ正確であることを表明し、かつ保証する。

別紙1-1(4)―計算書類

本契約締結前の過程で〔MRK氏〕及び〔SDP〕から〔買主ら〕に提出された〔SDP〕の貸借対照表、損益計算書その他計算書類は、一般に公正妥当と認められる会計原則に基づいて作成されたものであり、かかる基準に基づき、各々の基準日又は対象期間における〔SDP〕の財務状況及びその変化を重要な点において正確かつ公正に表示している。

別紙1-1(13)―関係会社の経費清算

〔MRK氏〕(〔MRK氏〕の家族を含む。)又は〔MRK氏〕が株主である〔HBN〕、〔GVL〕が負担するべき経費等を、〔SDP〕に負担させていない。

別紙1-1(18)―情報開示

〔MRK氏〕又は〔SDP〕が〔買主ら〕又はその代理人に開示した〔SDP〕に関する情報は、いずれも真実かつ正確である。

別紙1-1には、このほか、潜在債務に関する(8)の項目なども置かれていました。

8条3項―売主の未払給与等の分割払

〔買主ら〕は、〔MRK氏〕の〔SDP〕に対する未払給与等の債権合計517万2562円(令和3年9月30日現在、内訳:376万4022円、短期借入金100万円、旅行積立金40万8540円)については、令和3年11月から〔SDP〕をして、毎月末日限り月額5万円ずつ分割して支払うものとする。

8条4項―退職金に代わる物件の贈与と公租公課の負担

〔SDP〕から〔MRK氏〕に対する、退職金に代わる下記物件の贈与については、本件譲渡成立後に株主総会の決議後に別途協議して定めるものとする。なお、当該贈与に伴う公租公課(〔SDP〕に賦課されるものも含む。)、登記手続費用等一切は〔MRK氏〕が負担するものとする。

贈与の対象とされた物件は、売主MRK氏の住所地にある区分所有建物(土地を含む。)と、対象会社SDPを保険契約者とする生命保険契約の解約返戻金相当額でした。

12条1項・2項―損害賠償

1項 〔MRK氏〕及び〔買主ら〕は、相手方当事者が本契約に基づく義務に違反したこと(以下「本契約義務違反」という。)又は表明若しくは保証が正確でなかったこと又は真実でなかったこと(以下「表明保証義務違反」という。)に起因又は関連して損害、損失又は費用(第三者からの請求の結果として生じるものか否かを問わないものとし、合理的範囲内における弁護士費用も含む。以下「損害等」という。)を被った場合には、クロージング日から5年経過するまでの間に限り、損害等の賠償を相手方に対して請求することができるものとし、相手方は本条に基づきこれを賠償する。

2項 〔MRK氏〕の表明保証違反により〔SDP〕に損害が生じた場合には、当該損害額相当分は〔買主ら〕に生じた損害とみなす。

21条2項―立替金の清算

クロージング日以前に、〔SDP〕が、〔MRK氏〕又は〔HBN〕及び〔GVL〕の負担するべき費用・仕入品を立て替えて負担していたことが事後的に判明した場合は、〔MRK氏〕は、〔MRK氏〕又は〔HBN〕いずれかを通じて清算して支払うことを約束する。

同条1項は、クロージング日以後に対象会社SDPが関係会社HBN及び特例有限会社GVLの負担すべき携帯電話料金や回線の利用料金等を立て替えて負担した場合について、同じく売主MRK氏が清算して支払う旨を定めていました。

表明保証の対象には計算書類の正確性や開示情報の真実性のほか、関係会社の経費を対象会社に負担させていないことも含まれていました。そのうえで、21条は、クロージング日以後に立て替えた通信費等(1項)と、クロージング日以前に立て替えていたことが事後的に判明した費用・仕入品(2項)について、売主側が清算して支払う旨を定めていました。本件で主に問題になったのは、対象期間の限定がない2項です。

当事者の請求と主要な主張

第1事件―売主の請求

売主MRK氏は、対象会社SDPに対し、516万1,062円及びこれに対する令和4年11月11日から支払済みまで年3%の割合による遅延損害金の支払を求めました。内訳は次のとおりです。

  • 8条3項の合意を準消費貸借契約とし、その原債権として、未払役員報酬370万4,022円、貸金96万500円、旅行積立金40万8,540円の合計507万3,062円
  • 令和4年7月26日から同年9月2日までの8日間の業務委託料8万8,000円

売主MRK氏は、分割払の定めがあることについて、対象会社SDPが相殺の意思表示をしたことにより期限の利益を放棄した、あるいは信義則等により期限の利益は失われたと主張しました。対象会社SDPは、旅行積立金と業務委託料は認めましたが、役員報酬債権、貸金債権の一部及び期限の利益の喪失を争い、令和元年6月26日の89万5,900円の振込みについて、役員報酬の弁済であるとの主張と、不当利得返還債権による相殺の主張をしました。

第2事件―対象会社の請求

対象会社SDPは、関係会社HBN及び売主MRK氏に対して連帯して507万3,010円の支払を、売主MRK氏に対して447万3,965円の支払を求めました(いずれも遅延損害金を付加)。表明保証違反に基づく損害賠償請求権は本来買主らが有するものですが、買主らは、売主MRK氏に対する車両と保証金の損害賠償請求債権を対象会社SDPに譲渡しています。請求の項目と、売主側の反論は次のとおりです。

項目 根拠と相手方 対象会社SDPの主張(請求額) 売主側の反論
事務所家賃及び水道光熱費 21条2項。関係会社HBNと売主の連帯 関係会社HBNは本件ビルの約66%を使っていたが、賃料相当額の3分の2を一部しか支払わず、水道光熱費も支払っていなかった(375万3,310円) 水道光熱費を含めて月額20万円とする合意があり、立替払ではない
クレジットカードの個人使用分 21条2項。売主 交通系ICカード、航空券、交際費、パソコン購入費などが業務と関連のない売主個人の支出だった(57万8,170円) いずれも業務に関連する支出である
本件車両 表明保証違反。売主 決算書上は保有とされていたが、契約前に売主の兄へ無償譲渡されていた。別紙1-1(4)・(18)に違反(212万5,030円。車両210万円とリサイクル預託金2万5,030円) 令和3年9月10日の顧問税理士法人TXAでの会議で、贈与の事実を買主らに知らせていた
社用車使用料 賃貸借契約。関係会社HBNと売主の連帯 本件車両を関係会社HBNの業務に使った場合は1回1万5,000円(税別)を支払うとの覚書がある(29万6,700円) 覚書は両社の所得を平準化する目的で作ったもので、使用の実態はない
インバウンドシステム使用料 賃貸借契約。関係会社HBNと売主の連帯 2回線分を月額3万3,000円で貸していたが、令和元年9月以降支払がない(102万3,000円) 実用に耐えず令和2年12月に合意解除した。それまでの14か月分46万2,000円は支払済み
本件ビルの保証金 表明保証違反。売主 決算書に保証金110万円の記載があったが、旧ビル所有者RVAとの和解で放棄しており、新ビル所有者NWOにも差し入れていなかった(110万円) 上記の会議で、保証金が存在しないことを知らせていた
建物の譲渡に伴う消費税 8条4項。売主 別途売買契約書を作ったため消費税の納税義務が生じた(61万5,745円) 建物の譲渡損による法人税等の軽減分51万6,918円を差し引くべきで、損害は9万8,828円にとどまる
人間ドック費用 不当利得。売主 売主夫妻2名分だけを福利厚生費として計上しており、法律上の原因がない(5万5,020円) 福利厚生の一環として正当に支出した
自動車保険料 21条2項。関係会社HBNと売主の連帯 関係会社HBN名義の自動車の令和3年分の保険料を負担した(6万8,690円) 否認
通信費 21条2項。関係会社HBNと売主の連帯 電話・ファクシミリ代、インターネット代、携帯電話代、クラウド業務管理システム代等を代わりに負担した(92万3,948円) 求償は予定されておらず、立替払ではない
駐車場代 21条2項。関係会社HBNと売主の連帯 関係会社HBNの車両の駐車場代を負担した(2万9,600円) 同上
消耗品費 21条2項。関係会社HBNと売主の連帯 関係会社HBNに代わって負担した(4万1,174円) 同上
コーヒー代等の福利厚生費 21条2項。関係会社HBNと売主の連帯 関係会社HBNに代わって負担した(2万3,495円) 同上

判決本文に記載された連帯請求の各項目の金額を合計しても、請求の趣旨に記載された507万3,010円とは一致しませんが、本記事では判決本文の記載のまま掲げています。

対象会社SDPは、関係会社HBNが負担すべき費用について売主MRK氏が連帯して責任を負う根拠として、売主MRK氏が21条2項により関係会社HBNの立替金債務を併存的に引き受けたと主張しました。また、対象会社SDPは、第2回口頭弁論で、第2事件の請求債権をもって第1事件の請求債権と相殺するとの意思表示もしています。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

結論を左右した争点

判決は、第1事件について4つ、第2事件について13の争点を整理しました。このうち、結論を大きく左右したのは次の3点です。

  1. 21条2項の「負担するべき費用・仕入品を立て替えて負担していた場合」を、費用の使用状況から客観的に判断するのか、それとも売主の清算の認識を考慮して判断するのか。
  2. 決算書に記載された車両と保証金が存在しなかったことが表明保証違反に当たるか、交渉の場での「会社の価値がゼロ」との趣旨の発言などから買主らがその事実を認識していたといえるか、損害額はいくらか。
  3. 対象会社がした訴訟外の相殺の意思表示が、分割払の期限の利益にどう影響するか、また、併合された別の事件の請求債権による訴訟上の相殺が許されるか。

裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み

資料が開示されないまま契約を締結し、条項で手当てした

裁判所は、買主らが会計帳簿等の開示を求めたものの決算書しか開示されず、弁護士の助言を受けて21条2項や表明保証条項を設けたと認定しました。売主MRK氏は、総勘定元帳などを見せてほしいと言われたことはないと供述しましたが、裁判所は、事業承継の際に弁護士の助言を受けて資料の開示を求めることは自然かつ合理的であるとして、買主側の供述を信用し、売主の供述を採用しませんでした。

清算条項は、売主の清算の認識を考慮して判断する

裁判所は、契約書の特定の条項の意味内容は、文言の文理、他の条項との整合性、契約締結に至る経緯等の事情を総合的に考慮して判断すべきであるとし、最高裁判所の判例を参照しました。そのうえで、21条2項の文理について、次のように述べました。

「上記の「負担するべき費用・仕入品を立て替えて負担していた場合」に該当するか否かは、文理解釈からすれば、〔SDP〕及び〔HBN〕の代表者であった〔MRK氏〕において、当該費用・仕入品を立て替えた認識であったか否か、すなわち、後日、清算する認識であったか否かを考慮することが相当である。」

裁判所は、両社が一人株主かつ代表者である売主MRK氏によって一体として業務を行い、相互に利益を与え合う関係にあったこと、売主MRK氏は関係会社HBNの業務に関連するものについて清算することを予定していなかったことを指摘しました。

さらに、本件契約の目的は、買主らが相応の対価を支払って売主から事業を承継することにあるとしたうえで、売主の認識を考慮せずに、使用状況等から客観的に算定して立替金の清算を認める解釈を採用すると、両社の実態に沿わないうえ、21条2項は1項と比べても清算の対象期間が長期にわたるため清算金額が不均衡に高額となり、売主が廉価又は経済的な負担をして事業を承継させることにもなりかねないとして、次のように述べています。

「当事者間の衡平を害し、不合理な結果を招くおそれがあり、当事者の合理的意思解釈に合致しない。」

こうして、裁判所は、判断の枠組みを次のとおり示しました。

「〔SDP〕が本件契約21条2項所定の「負担するべき費用・仕入品を立て替えて負担していた場合」に当たるか否かは、当該費用・仕入品の性質・内容、これが負担された際の経緯、〔MRK氏〕の認識等を総合的考慮して判断するのが相当である。」

「清算して支払うことを約束する」は債務引受けではない

対象会社SDPは、売主MRK氏が21条2項により関係会社HBNの立替金債務を併存的に引き受けたと主張しましたが、裁判所は、同項の文言は売主が清算して支払うことを約束するというものであって、次のとおり判断しました。

「債務を引き受ける旨は明記されておらず、これをもって〔MRK氏〕が債務を引き受ける合意があったとはいえない。」

その結果、21条2項に基づく清算は、関係会社HBNが負担すべき費用については関係会社HBNに対して、売主MRK氏が負担すべき費用については売主MRK氏に対して、それぞれ求めることができるにとどまると整理されました。関係会社HBNの負担すべき費用について、売主MRK氏に連帯して支払を求めることはできないことになります。

各主張を採用し又は排斥した理由

未払役員報酬と貸金―一人株主の同意と帳簿の記載から認める

売主MRK氏は、平成30年の株主総会で代表取締役に役員報酬を一任する決議がされたと供述しましたが、裁判所は、同日付けの株主総会議事録にその旨の記載はなく、的確な裏付けはないとしました。もっとも、一人株主である売主MRK氏の同意があったと認められるとして、最高裁判所の判例を参照し、役員報酬370万4,022円の債権を認めました。

貸金については、対象会社SDPは4回の貸付けのうち3回を否認しましたが、裁判所は、総勘定元帳に貸付けの記載があること、売主の預金の引出しなど原資に関する証拠があること、買主らも決算書以外の開示がないことを前提としながら、これらの金銭交付があったことを前提に本件契約を締結したことから、貸付けがあったと推認し、残額96万500円の債権を認めました。

期限の利益―相殺の意思表示によって放棄したとされた

8条3項は月額5万円の分割払を定めていましたが、裁判所は、民法505条1項の相殺には両債権がともに弁済期にあることが必要であるとしたうえで、次のように述べました。

「受働債権の債務者が相殺の意思表示をした場合には、それにより期限の利益を放棄したと解するのが相当である。」

対象会社SDPは訴訟外で相殺の意思表示をしていたため、8条3項の期限の利益を放棄したとされ、売主MRK氏は残額を一括して請求できることになりました。

89万5,900円の振込み―弁済とは認めず、不当利得として相殺を認める

令和元年6月26日の89万5,900円の振込みについて、裁判所は、役員報酬の弁済としてされたと認める証拠はないとして弁済の抗弁を退けました。他方、その振込みが総勘定元帳に記載されておらず、売主MRK氏が振込みの理由を明らかにしていないことから、法律上の原因なく受領したものと認め、第1回口頭弁論でされた不当利得返還債権による相殺の抗弁は理由があるとしました。

本件車両―表明保証違反を認め、損害を130万円と認定

裁判所は、決算書上は対象会社SDPが本件車両を保有するとされていたこと、売主MRK氏が契約締結前に本件車両を兄に無償で譲渡して令和3年9月16日に名義変更していたこと、買主らは契約締結までにその説明を受けていなかったことを認定しました。そのうえで、売主MRK氏は表明保証条項により対象会社SDPが本件車両を保有していることを表明保証していたのに、本件車両は対象会社SDPが保有するものではなかったとして、表明保証条項違反を認め、12条1項に基づく損害賠償債務を負うと判断しました(あわせて、12条2項の、対象会社に生じた損害を買主らの損害とみなす定めにも触れています)。

「〔買主ら〕は、本件車両を取得できず、本件契約において表明されて保証された〔SDP〕の財産を取得できなかったといえる。」

本件車両は、令和2年3月末時点と令和3年末日時点で減価償却費残1円とされていました。しかし、裁判所は、平成29年に457万円で購入されたこと、初度登録年月、令和3年6月8日時点で2万5,800キロメートルという走行距離、一般的な市場価格等を考慮し、損害(リサイクル預託金を含む。)を少なくとも130万円と認めました。本件車両の価値は20万円から30万円であるとの売主の供述は、裏付ける証拠がないとして採用されていません。

本件ビルの保証金―表明保証違反を認め、110万円全額を認容

決算書には、本件ビルの保証金として80万円と30万円(合計110万円)が記載されていました。しかし、対象会社SDPは、旧ビル所有者RVAに差し入れた保証金260万円について訴訟を提起し、平成17年の裁判上の和解で150万円を回収して残額110万円を含むその余の請求を放棄していました。その後も本件ビルの占有を続けましたが、競売で所有権を取得した新ビル所有者NWOに保証金を差し入れていませんでした。

裁判所は、対象会社SDPは保証金を放棄して保有していなかったから、売主MRK氏は表明保証条項に違反したとし、買主らは表明保証された財産を取得できなかったとして、損害を110万円と認めました。

「会社の価値がゼロ」との発言―買主らが不存在を許容していたとはいえない

売主MRK氏は、交渉の際に、マンションや保険の解約返戻金を除くと会社の価値はゼロであるとの発言(前記のとおり、判決の認定では顧問税理士法人TXAの所長の発言)があったのだから、買主らは本件車両や保証金が存在しないことを認識しており、表明保証義務違反はないと主張しました。裁判所は、この主張を次の理由で退けました。

  • 「上記の発言は、株式価格の交渉をする中でされたにすぎない。」とされたこと
  • 買主らは、決算書以外の資料が開示されず対象会社の実態を把握できないことから、弁護士の助言を受けて表明保証条項を設けることにしたのであり、最終的に本件契約で売主が本件車両の保有を表明保証している以上、「〔買主ら〕において本件車両が存在しないことを許容していたとはいえない。」とされたこと
  • 株式価格は、当初の売主提案額1,000万円の約3分の1に当たる330万円と大まかに決定されたもので、厳密な企業価値評価の手法によって決定されたものではなく、「会社財産がゼロであることを前提に株式価格が決定されたとはいえない。」とされたこと

保証金についても、裁判所は同じ理由から、買主らが保証金を含めて会社財産がゼロであることを前提に本件契約を締結したとはいえないと判断しました。なお、令和3年9月10日の会議で贈与や保証金の不存在を知らせていたという売主の主張について、裁判所は、買主らは契約締結までにその説明を受けていなかったと認定しています。

事務所家賃・水道光熱費、通信費、駐車場代、消耗品費、コーヒー代等―清算の認識がなく否定

事務所家賃と水道光熱費について、裁判所は、関係会社HBNが本件ビルの面積の約3分の2を使い、水道光熱費を支払っていなかったことを認めつつ、関係会社HBNが平成31年4月から退去した令和3年10月末日まで月額10万円又は20万円の家賃を支払っていたこと、売主MRK氏にはその支払について立替金として清算する認識がなかったことを指摘しました。そして、費用の性質・内容、負担された経緯、売主に清算の認識がなかったことに照らし、対象会社SDPが関係会社HBNの負担すべき費用を立て替えて負担したとはいえないと判断しました。

通信費と駐車場代も、同じく性質・内容、負担の経緯、売主の認識に照らして請求が退けられました。消耗品費とコーヒー代等については、そもそも内容が不明なものがあるほか、一方の会社が購入したものを両社の社員が共同で使う関係にあったことも理由とされています。消耗品費について、売主MRK氏は本人尋問で、本来は3分の2ぐらいは関係会社HBNの経費として計上すべきであったと供述していましたが、裁判所は、立替金の清算を予定していたとは供述していないと指摘しました。

自動車保険料―誤って負担した分は立替えに当たる

関係会社HBN名義の自動車の保険料6万8,690円については、本来関係会社HBNが負担すべきものを単に誤って対象会社SDPの負担としたものであるとして、立替えに当たると認められました。ただし、売主MRK氏は債務を引き受けていないため、請求が認められたのは関係会社HBNに対してだけです。

クレジットカードの個人使用分―航空券代2万8,000円だけを認める

裁判所は、交通系ICカードの利用額、取引先に配った記念品、取引関係者との会食、パソコンの購入費については、売主MRK氏の供述に照らし、業務関連性がないと認めるに足りる証拠はないとしました。他方、商売繁盛の祈願のために休日にお参りに行った際の航空券代は、供述を裏付ける証拠がなく業務関連性がないと推認されるとして、売主の負担すべき費用を立て替えたものと認め、2万8,000円の限度で請求を認めました。

社用車使用料―使用の実態が認められない

裁判所は、売主MRK氏が両社の所得を平準化する目的で覚書を作り、関係会社HBNは実際の使用回数以上に使用料を支払っていたこと、本件車両が令和2年1月頃に別の地域へ運搬された後も使用料が計上されていたこと、計上額が覚書の1回1万5,000円に沿っていないことを認定しました。そのうえで、「〔SDP〕と〔HBN〕との所得を平準化するために金員が移動されたにすぎない可能性がある。」として、使用の事実を認めず、請求を退けました。

インバウンドシステム使用料―合意解除までの未払分を関係会社にだけ認める

裁判所は、令和元年11月分から令和2年12月分までの14か月分の請求書は存在するがその後の請求書はないこと、システムが実用に耐えないことが明らかになったことから、令和2年12月に合意解除されたとの売主側の供述を信用しました。他方、14か月分46万2,000円を支払ったとの主張については、関係会社HBNからの入金は総勘定元帳上「車両使用収入」とされているとして認めず、関係会社HBNに対して46万2,000円の支払を命じました。売主MRK氏に対する請求は、債務引受けの合意がないとして退けられました。

対象会社SDPは、売主側の準備書面に合意解除の時期を「令和4年12月」とする記載があったことを捉えて裁判上の自白が成立すると主張しましたが、裁判所は、自白は口頭弁論等における陳述であることを要するところ、その記載は別の準備書面で「令和2年12月」と訂正されたうえで両書面が第1回口頭弁論で陳述されているとして、自白の成立を否定しました。

建物の譲渡に伴う消費税―法人税等の軽減分を損益相殺

8条4項は、退職金に代わる物件の贈与に伴う公租公課を売主が負担すると定めていましたが、実際には売主と対象会社の間で売買契約書が作られ、消費税の課税対象となりました。裁判所は、消費税相当額61万5,745円の損害の発生を認めたうえで、建物の譲渡損153万9,363円について法人税等を来期以降の利益と相殺できることから、実効税率33.58%相当の51万6,918円の利益を得ているとして、損益相殺の法理によりこれを控除し、損害を9万8,828円と認めました(金額は判決本文の記載によります)。

人間ドック費用―一人株主の同意があり不当利得ではない

売主夫妻の人間ドック費用について、裁判所は、売主MRK氏が当時の代表取締役として代表権に基づき福利厚生の一環として支出したものであるとし、役員報酬の一部に当たると仮定しても、「一人株主である〔MRK氏〕が支出に同意していたから、法律上の原因がないとはいえない。」と判断しました。従業員の人間ドック費用を会社が負担していなかったとしても、この判断は左右されないとしています。

第2事件の請求債権による訴訟上の相殺―併合審理中でも許されない

対象会社SDPが第2回口頭弁論でした相殺の主張について、裁判所は、民事訴訟法142条の趣旨は、係属中の別訴で訴訟物となっている債権を他の訴訟で自働債権として相殺の抗弁に用いる場合にも妥当するとし、最高裁判所の判例を参照して、次のように述べました。

「両事件が併合審理された場合についても、その後に両事件の弁論が分離されて判断が抵触するおそれがあることに照らせば、同様であると解するのが相当である」

こうして、第2事件の請求債権を自働債権とする相殺の抗弁は許されないとされ、第1事件と第2事件の認容額は、それぞれ別に支払が命じられることになりました。

第2事件の請求の判断結果の一覧

項目 請求額 判断
事務所家賃及び水道光熱費 375万3,310円 棄却(清算の認識がなく、立替えに当たらない)
クレジットカードの個人使用分 57万8,170円 売主に対し2万8,000円(航空券代)を認容
本件車両 212万5,030円 売主に対し130万円を認容(表明保証違反)
社用車使用料 29万6,700円 棄却(使用の事実を認めるに足りる証拠がない)
インバウンドシステム使用料 102万3,000円 関係会社HBNに対し46万2,000円を認容。売主に対しては棄却
本件ビルの保証金 110万円 売主に対し110万円を認容(表明保証違反)
建物の譲渡に伴う消費税 61万5,745円 売主に対し9万8,828円を認容(損益相殺)
人間ドック費用 5万5,020円 棄却(一人株主の同意)
自動車保険料 6万8,690円 関係会社HBNに対し6万8,690円を認容。売主に対しては棄却
通信費 92万3,948円 棄却
駐車場代 2万9,600円 棄却
消耗品費 4万1,174円 棄却
コーヒー代等の福利厚生費 2万3,495円 棄却

売主MRK氏に対する認容額は、2万8,000円、130万円、110万円及び9万8,828円の合計252万6,828円、関係会社HBNに対する認容額は、46万2,000円及び6万8,690円の合計53万690円です。

主文及び結論

判決の主文のうち、支払を命じた部分と棄却の部分は次のとおりです(当事者の呼称は本記事の表記に置き換えています)。

「1 〔SDP〕は、〔MRK氏〕に対し、426万5162円及びこれに対する令和4年11月11日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。」

「2 〔HBN〕は、〔SDP〕に対し、53万0690円及びこれに対する令和5年6月21日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。」

「3 〔MRK氏〕は、〔SDP〕に対し、252万6828円及びこれに対する令和5年4月9日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。」

「4 〔MRK氏〕及び〔SDP〕のその余の請求をいずれも棄却する。」

訴訟費用は、売主MRK氏に生じた費用と対象会社SDPに生じた費用はそれぞれ5分の1を売主MRK氏、5分の4を対象会社SDPの負担とし、関係会社HBNに生じた費用は10分の1を関係会社HBN、10分の9を対象会社SDPの負担とされました。また、主文第1項から第3項に限り、仮執行の宣言が付されています。

第1事件の認容額426万5,162円は、準消費貸借に基づく請求額507万3,062円から不当利得返還債権89万5,900円を相殺により差し引き、業務委託料8万8,000円を加えた額です。判決本文の小括の部分では計算結果が「426万5126円」と記載されていますが、計算式の結果及び主文の金額は426万5,162円です。

全体としてみると、売主MRK氏の請求は、令和元年の振込みについての不当利得による相殺の分を除いておおむね認められ、対象会社SDPの請求は、表明保証違反の2項目と、関係会社HBNに対する2項目などに限って認められました。

判断の射程

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。判決が述べた事項と区別してお読みください。

参考となる点

  • 包括的な清算条項は、売主の認識を考慮して限定的に解釈され得ること。本判決は、「立て替えて負担していた」費用を清算するという条項について、売主に後日清算する認識があったかを考慮し、費用の性質・内容、負担の経緯、売主の認識を総合して判断する枠組みを示しました。オーナーが複数の会社を一体として経営していた場合、買主が事後に帳簿を精査して客観的に按分した金額を請求しても、認められない可能性があることを示す一例です。買主の側では、清算の対象とする費用の種類、期間、算定方法を契約で具体的に定めることや、契約前に会計帳簿の開示を受けて価格に反映させることが重要になります。
  • 「清算して支払うことを約束する」との文言は、関係会社の債務の引受けとは解されなかったこと。関係会社の負担すべき費用を売主個人にも負担させたい場合には、売主が連帯して支払う義務を負うことや、債務を引き受けることを明記しておく必要があります。
  • 決算書に記載された資産の不存在は表明保証違反となり、損害は帳簿価額ではなく資産の価値で評価されたこと。本件車両は帳簿上1円まで減価償却されていましたが、判決は購入価格、初度登録年月、走行距離、市場価格等から損害を少なくとも130万円と認めました。保証金も帳簿に記載された110万円全額が損害とされています。
  • 価格交渉中の「会社の価値がゼロ」との趣旨の発言だけでは、表明保証違反の主張は妨げられなかったこと。判決は、発言が価格交渉の中でされたにすぎないこと、資料が開示されないために表明保証条項を設けた経緯、株式価格が大まかに決められたことを踏まえ、買主らが資産の不存在を許容していたとはいえないとしました。
  • 対象会社に生じた損害を買主の損害とみなす条項と、債権譲渡の組合せ。本件では、12条2項のみなし規定があり、買主らが損害賠償請求債権を対象会社に譲渡したうえで、対象会社が売主に請求する形が採られました。
  • 相殺の通知が、分割払の期限の利益の放棄と扱われたこと。対象会社が売主の未払給与等と立替金を相殺すると通知したことで、月額5万円の分割払の期限の利益を放棄したとされ、売主は残額全部を請求できることになりました。相殺を通知する前に、自働債権が認められる見込みと、期限の利益を失うことの影響を検討しておく必要があります。
  • 一人株主の同意があった支出は、事後に不当利得として取り戻すことが難しいこと。役員報酬や人間ドック費用について、判決は一人株主である売主の同意を理由に、報酬請求を認め、又は不当利得の成立を否定しました。他方、理由を説明できない振込みは不当利得とされています。

一般化できない点

  • 21条2項についての判断は、2つの会社を同じ一人株主が仕切りもなく一体として経営していたという事実関係と、清算の対象期間に限定がない同項の文言を前提としたものです。対象となる費用や期間が具体的に定められた清算条項にそのまま当てはまるものではありません。
  • 表明保証違反について、判決は、買主らが契約締結までに車両の贈与や保証金の不存在の説明を受けておらず、その不存在を許容していたとはいえないと認定したうえで判断しています。買主が違反となる事実を知っていた場合に表明保証違反の主張ができるかという一般的な問題について、判断を示したものではありません。
  • 本件車両の損害130万円は、証拠に基づいて「少なくとも」として認定された額であり、車両の価値の一般的な算定方法を示したものではありません。
  • 判決は、訴訟外の相殺の意思表示について期限の利益の放棄という効果を認めましたが、第1事件の認容額の計算では、その相殺によって消滅した額を差し引いていません。訴訟外の相殺の効果全般について判断したものとして読むことはできません。
  • 上訴の有無及び確定は確認できていません。

M&Aの後に表明保証違反が判明し、売主に補償を請求する場合の進め方は、次のページでご案内しています。

よくあるご質問

株式譲渡契約に立替金を清算する条項があれば、関係会社が使った経費を按分して請求できますか。

条項の定め方と経営の実態によります。本判決は、「立て替えて負担していた」費用の清算を定める条項について、売主に後日清算する認識があったかを考慮して判断するとし、2つの会社を一体として経営していた売主に清算の認識がなかった家賃、通信費、消耗品費などの請求を退けました。清算を確実にしたい場合は、対象となる費用や算定方法を契約で具体的に定めておくことが大切です。

決算書に載っていた資産が実際には存在しなかった場合、損害はいくらになりますか。

本判決では、決算書に記載された車両と保証金が存在しなかったことが表明保証違反とされました。車両は帳簿上1円まで償却されていましたが、購入価格や走行距離、市場価格等を考慮して損害が少なくとも130万円とされ、保証金は110万円全額が損害とされました。帳簿価額ではなく、取得できなかった資産の価値が問題になった例です。

交渉中に「会社の価値がゼロ」との発言があった場合でも、表明保証違反を主張できますか。

本判決では、その発言は株式価格の交渉の中でされたにすぎないとされ、資料が開示されないために表明保証条項を設けた経緯や、株式価格が大まかに決められたことも踏まえて、買主が資産の不存在を許容していたとはいえないと判断されました。もっとも、具体的な説明があったかどうかなど事実関係によって結論は変わり得ます。

売主への分割払の債務と、売主に対する立替金を相殺すると通知した場合、どのような影響がありますか。

本判決は、相殺の意思表示をしたことにより、分割払の期限の利益を放棄したと判断しました。その結果、売主は残額全部を一括して請求できるとされています。相殺する債権が認められなければ、分割払の利益だけを失うことになりかねません。

同じ裁判所で併合審理されている別の事件の請求債権で、相殺を主張できますか。

本判決は、別訴で訴訟物となっている債権を自働債権として相殺の抗弁を主張することは許されず、両事件が併合審理されている場合でも、後に弁論が分離されて判断が抵触するおそれがあるから同様であるとしました。本件でも、第2事件の請求債権による相殺は認められませんでした。

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件に関与し、2024年(令和6年)10月には最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得ました。現在は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士を務めています。

主として取り扱う分野 M&A、株式買取請求権、非上場株式の価格の決定、企業価値評価、事業承継及び企業法務

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非上場会社における少数株主対策の手法と実務
『非上場会社における少数株主対策の手法と実務』(日本法令)
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『中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策』(清文社)
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