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買主側M&A仲介契約の利益相反・暴利行為と報酬返還請求―東京地方裁判所令和6年8月8日判決

公開 2024年8月8日更新 2026年10月30日

▶ M&A仲介会社の善管注意義務が問題となる場面

買主側としてM&A仲介会社に仲介を依頼し、情報提供料と成功報酬を支払って株式譲渡を実現した後に、仲介会社の担当者が売主側に不利な情報を含むメールを削除していたことが分かった場合、買主は支払った報酬の返還を求めることができるのでしょうか。東京地方裁判所令和6年8月8日判決は、買主である事業会社が、仲介契約は暴利行為及び利益相反行為として公序良俗に反し無効である、又は担当者の背信行為を理由に契約を解除したと主張して、情報提供料及び成功報酬の合計1,500万円の返還を求めた事案です。裁判所は、仲介会社が売主側からも報酬を得ることに買主の承諾があったこと、報酬額が他の仲介業者や中小M&Aガイドラインの水準から逸脱していないこと、M&Aの目的が達成されていることなどを理由に、請求を棄却しました。

本記事では、売主・買主の双方から報酬を受け取るいわゆる双方仲介の利益相反が、仲介契約の効力にどこまで影響するのかという点を中心に、判決の事実認定と判断の筋道を整理します。

Contents
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要
    1. 買主側の仲介契約と、売主からの報酬受領を承諾する約定
    2. 株式譲渡契約の締結と、担当者によるメールの削除
    3. 報酬の支払と、その後に判明した労働災害の問題
  4. 事案の経緯の時系列
  5. 判決が記載する仲介契約の約定
    1. 第1条・第3条―仲介業務の内容
    2. 第5条・第6条―情報提供料と成功報酬
    3. 第12条―売主側からの報酬受領の承諾
    4. 第19条第3項・第4項―デュー・ディリジェンスの責任と免責
  6. 買主の請求と当事者の主要な主張
    1. 請求の内容
    2. 買主ARKの主張
    3. M&A仲介会社NVTの主張
  7. 結論を左右した争点
  8. 裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
    1. 仲介会社の業務の実施と、M&Aの目的の達成
    2. 面談の調整への苦情と報酬の下限の引下げ
    3. 中小M&Aガイドラインと他の仲介業者の報酬水準
    4. 判断の枠組み
  9. 各主張を採用し又は排斥した理由
    1. 暴利行為の主張を排斥した理由
    2. 利益相反の主張を排斥した理由
    3. 本件削除を理由とする主張を排斥した理由
    4. 解除の主張を排斥した理由
  10. 主文及び結論
  11. 判断の射程
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
  12. よくあるご質問
    1. M&A仲介会社が売主からも報酬を受け取っていた場合、買主は仲介契約の無効を主張できますか。
    2. 成功報酬が取引金額の2割を超える場合は、暴利行為になりますか。
    3. 仲介会社の担当者が売主の不利な情報を消していた場合、どのような請求が考えられますか。
    4. デュー・ディリジェンスは買主の責任とする条項があれば、仲介会社は一切責任を負いませんか。
  13. 関連する記事と御相談の案内

裁判例の基本情報

裁判所 東京地方裁判所民事第37部
裁判日 令和6年8月8日
事件番号 令和4年(ワ)第1062号
裁判の形式 判決
審級 第一審
結論 買主の請求(報酬等1,500万円の不当利得返還請求)を棄却
上訴の状況 上訴の有無及び確定は確認できていません

本記事は上記の第一審判決の解説です。判決が確定したことを確認した旨の表示ではありません。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決本文が付した符号も、そのままは用いていません。

買主である事業会社ARK 原告。M&A仲介会社NVTに仲介を委託し、対象会社TGSの全株式を譲り受けた会社です。
M&A仲介会社NVT 被告。事業承継のM&A仲介アドバイザリー業務等を目的とする会社です。
対象会社TGS 株式譲渡の対象となった有限会社です。主要取引先は1社、従業員は5人程度とされています。
売主RYK氏 対象会社TGSの代表取締役で、同社の発行済株式60株の全部を保有していた個人です。
担当者GNT氏・担当者HKD氏 M&A仲介会社NVTの担当者です。GNT氏が当初の担当者で、令和2年8月頃からHKD氏が後任となりました。
取締役HRT氏 買主ARKの取締役で、令和2年6月頃から本件のM&Aに関与しました。
元従業員MTR氏 対象会社TGSの元従業員で、労働災害を主張していた人物です。
主要取引先ITK 対象会社TGSの取引先である会社です。

このほか、買主ARKに対象会社TGSを紹介した金融機関を信用金庫SKB、仲介報酬の比較資料として判決に登場する他の仲介業者を仲介会社PRS及び不動産事業の仲介業者LCTと表記します。判決本文の引用中の当事者名も、この表記に置き換えています。

事案の概要

買主側の仲介契約と、売主からの報酬受領を承諾する約定

買主ARKは、かねてM&Aを希望していたところ、取引先であった信用金庫SKBから対象会社TGSを紹介されました。令和2年2月28日にM&A仲介会社NVTの担当者GNT氏と顔合わせをし、同年3月4日に買主ARKの代表者と売主RYK氏が面談するなどして、M&Aを進めることを決めました。

買主ARKは、同年5月14日付けで、対象会社TGSの株式60株を総額7,000万円で買収すること、役員退職金2,500万円を支給する場合には株式の代金を4,500万円とすることを内容とする意向表明書を作成しました。同年6月8日には、買主ARKと売主RYK氏との間で、譲渡金額を7,000万円とし、役員退職慰労金を支給させる場合はその相当額を株式の譲渡金額から控除する旨の基本合意書が締結されました。

その翌日の令和2年6月9日、買主ARKとM&A仲介会社NVTは仲介契約を締結しました。この契約では、情報提供料100万円と、取引金額に応じたレーマン方式の成功報酬(下限1,500万円。いずれも消費税別)が定められました。また、M&A仲介会社NVTが対象会社TGS又はその株主に対しても仲介業務を提供して報酬を得ることを、買主ARKが承諾する旨の約定がありました。

株式譲渡契約の締結と、担当者によるメールの削除

令和2年8月頃、担当者HKD氏がGNT氏の後任となりました。買主ARKと売主RYK氏は、同年9月13日、M&A仲介会社NVTの仲介により株式譲渡契約を締結しました。この契約では、対象会社TGSの株式60株の代金を4,500万円とすること、買主ARKが株式を譲り受けた後に対象会社TGSから売主RYK氏へ退職金2,500万円を支給させることが定められていました。

同年9月15日、担当者HKD氏は、買主ARKへのメールデータ等の引継ぎのため、売主RYK氏とともに対象会社TGSの業務用パソコンのメールを確認し、業務と関係のないメールを削除する作業を行いました。その際、平成28年12月25日に発生したとされる元従業員MTR氏の労働災害について、売主RYK氏と弁護士との間でやり取りされたメールが存在しましたが、担当者HKD氏はこれを削除しました(以下、本件削除といいます)。

削除されたメールには、同年5月のものとして、元従業員MTR氏の代理人弁護士から、期限までに和解案が提示されなければ元請けと対象会社TGSを相手に訴えを起こす意向が伝えられたことなどが記載されたメールが含まれていました。

報酬の支払と、その後に判明した労働災害の問題

株式譲渡は実行され、買主ARKはM&A仲介会社NVTに情報提供料及び成功報酬の合計1,500万円を支払いました。M&A仲介会社NVTは、令和2年10月1日頃、売主RYK氏からも成功報酬として730万7,000円(消費税別)の支払を受けていました。

令和2年11月頃、主要取引先ITKが、元従業員MTR氏の代理人弁護士から内容証明郵便で労働災害について請求を受け、対象会社TGSに連絡したことから、買主ARKは労働災害の問題と本件削除を知りました。買主ARKは、令和3年3月30日、M&A仲介会社NVTに対し、仲介契約が無効である又は解除したとして、報酬等を1か月以内に返還するよう求め、その後、本件訴訟を提起しました。

事案の経緯の時系列

時期 出来事
平成28年12月25日 元従業員MTR氏の労働災害が発生したとされる日
令和2年2月28日 買主ARKとM&A仲介会社NVTの当初の担当者GNT氏との顔合わせ
令和2年3月4日 買主ARKの代表者と売主RYK氏との面談
令和2年3月23日・5月11日 対象会社TGSの代理人弁護士から売主RYK氏へ、労働災害に関するメールが送信される(後に削除されたメール)
令和2年5月14日 買主ARKが意向表明書を作成(総額7,000万円、退職金2,500万円を支給する場合は4,500万円)
令和2年6月8日 買主ARKと売主RYK氏が基本合意書を締結
令和2年6月9日 買主ARKとM&A仲介会社NVTが仲介契約を締結
令和2年6月頃 M&A仲介会社NVTを介して受領した資料を基に、買主ARKがデュー・ディリジェンスを実施。取締役HRT氏が関与を開始
令和2年8月頃 担当者HKD氏が後任の担当者となる。8月28日にスケジュールを提案
令和2年9月13日 主要取引先ITK及び対象会社TGSの従業員との面談を実施。株式譲渡契約を締結
令和2年9月15日 担当者HKD氏が売主RYK氏とともにパソコンのデータを確認し、労働災害に関するメールを削除(本件削除)
令和2年9月16日 買主ARKと対象会社TGSの業務の引継ぎ
令和2年9月30日 仲介契約の変更合意(業務の一部削除、成功報酬の下限を1,400万円に変更)
令和2年10月1日 株式譲渡日。同日頃、M&A仲介会社NVTが売主RYK氏から成功報酬730万7,000円(消費税別)を受領
令和2年11月頃 主要取引先ITKへの内容証明郵便を契機に、買主ARKが労働災害の問題と本件削除を知る
令和3年3月30日 買主ARKがM&A仲介会社NVTに報酬等の返還を催告
令和6年8月8日 東京地方裁判所が買主ARKの請求を棄却する判決

判決が記載する仲介契約の約定

以下は、判決本文が仲介契約の約定として記載する内容の引用です。判決本文が整理して記載したものであり、契約書の条文全文をそのまま再現したものとは限りません。引用中の原告、被告及び対象会社の表示は、それぞれ買主ARK、M&A仲介会社NVT、対象会社TGSの表記に置き換えています。

第1条・第3条―仲介業務の内容

買主ARKがM&A仲介会社NVTに委託した業務として、提携に必要な情報の収集・調査及び資料の作成、対象会社TGSについての企業価値判断の参考資料の作成、基本スキームの立案、実務手続上の助言及び交渉のスケジューリング、契約書等の草案の作成、交渉の立会い及び助言、企業精査のセッティング・立会い及び助言、その他必要なサービスの提供が挙げられています(当事務所による要約です)。

このうち、実務手続上の助言及び交渉のスケジューリングは、令和2年9月30日の変更合意で業務から削除されました。

第5条・第6条―情報提供料と成功報酬

「ARKは、NVTに対し、情報提供料100万円及び成功報酬を支払う。成功報酬は、取引金額を以下のとおり区分し、区分ごとの手数料率を乗じて得られた金額の累計(ただし、下限を1500万円とする。)とする。」

取引金額3億円以下の部分は手数料率8パーセント、3億円超5億円以下の部分は手数料率6パーセントとされ、それ以上の区分は判決本文で省略されています(いずれも消費税別)。

令和2年9月30日の変更合意により、報酬の下限は1,400万円とされました。取引金額7,000万円に8パーセントを乗じると560万円であり、本件では下限額が成功報酬となる計算です(この計算は当事務所によるものです)。

第12条―売主側からの報酬受領の承諾

「ARKは、NVTが本件提携の推進を目的としてTGS又はその株主に対し、本件提携の仲介に関する専門的な業務を提供してその報酬を得ることを承諾し、その契約の締結及び履行がNVTのARKに対する契約上の義務に違反しないことを確認する。」

この約定は、仲介会社が買主だけでなく売主側とも契約し、双方から報酬を得ることを買主があらかじめ承諾するものです。利益相反の主張に対する裁判所の判断の出発点となりました。

第19条第3項・第4項―デュー・ディリジェンスの責任と免責

「ARKは、本件業務に関連してNVTから提供を受ける各種情報、資料等についてはNVTがその真実性を保証するものではないことを確認し、ARKが自己の費用負担でデューデリジェンスを行うものとし、自己の最終的な判断及びその危険負担に基づいて、自己の責任において本件提携に関する意思決定を行うものとする。」

「NVTは、本件提携に関し、故意又は重過失がない限り、ARK及びその他の者に対して損害賠償を含む一切の責任を負わない。」

仲介会社側は、この約定を根拠に、デュー・ディリジェンスは買主の責任で行うものであると主張しました。もっとも、裁判所はこの免責条項の解釈を判断の中心には置いていません。

買主の請求と当事者の主要な主張

請求の内容

買主ARKは、不当利得返還請求として、支払済みの情報提供料及び成功報酬の合計1,500万円と、催告後の令和3年5月1日から支払済みまで年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めました(判決は、事案の概要において、この遅延損害金を平成29年法律第44号による改正前の民法所定の利率によるものと説明しています。仲介契約の有効性に関する判断自体は、改正前後の民法で区別して論じられてはいません)。法的な構成は、第1に仲介契約が公序良俗に反して無効であること、第2に契約が有効であるとしても仲介会社の背信行為を理由に解除したことの2つです。

買主ARKの主張

  • 本件削除について:削除されたメールは、件名からも、元従業員MTR氏と対象会社TGSの双方に代理人弁護士が付いて交渉していることがうかがえ、本文からも労働災害の紛争が終わっていないことが明らかであった。担当者HKD氏はそれを認識しながら削除した。労働災害の問題は主要取引先にも関係し、クロージングの条件を不確定にする事情であり、知っていれば株式譲渡を行わなかった。売主RYK氏にはクロージングを遅らせることができない事情があり、仲介会社が削除に加担したことは悪質な背信行為である。
  • 利益相反について:重要な情報の削除に加担したことは実質的に買主に対する利益相反行為である。高額な報酬を定めた以上、専門家として高度の注意義務を負うのに、利益相反が起こり得ることを認識しながら対策を取らず担当者任せにした。
  • 暴利行為について:取引金額4,500万円に対し、買主から1,500万円、さらに売主からも報酬を得ており、中小M&Aガイドラインや宅地建物取引業法の仲介手数料の上限と比べて明らかに過大である。対象会社TGSは主要取引先1社、従業員5人程度の会社であり、業務量からみても対価的均衡を失している。
  • 解除について:本件削除は仲介契約の目的の達成を不可能とする背信的行為であり、これを理由に仲介契約を解除する。

M&A仲介会社NVTの主張

  • 本件削除について:引継ぎは通常クロージング後に行うが、買主の強い要望で譲渡日前に行うことになり、パソコンの操作が分からない売主RYK氏の依頼で担当者HKD氏が手伝った。弁護士とのメールを見つけた際、表明保証条項に抵触すれば損害賠償等を受けるおそれがあることを説明して確認したが、売主RYK氏から、その件は終わったことで表明保証には抵触しないとの説明と削除の指示があった。デュー・ディリジェンスは買主の責任であり、注意義務違反はない。
  • 利益相反について:売主側・買主側の承諾の上で双方と締結した仲介契約が無効とならないことはガイドラインでも認められており、買主は売主側との契約締結を承諾していた。
  • 暴利行為について:レーマン方式はガイドラインでも広く用いられている算定方法であり、買主側の仲介の最低報酬を2,000万円とする他社の例もある。報酬の算定方法は契約に明記されていた。実質的な取引金額は退職慰労金を合わせた7,000万円であり、多くの業務を行い、成功報酬を100万円減額してもいる。
  • 解除について:争う。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

結論を左右した争点

判決が整理した争点は、仲介契約の無効原因(争点1)と解除(争点2)の2つです。争点1の中では、次の3点が検討されました。

  1. 報酬の定めが買主に対する暴利行為に当たるか
  2. 売主側からも報酬を得る仲介の形態や仲介会社の業務が、買主に対する利益相反行為として契約を無効にするか
  3. 本件削除が仲介契約の効力を失わせる事情になるか

結論を左右したのは、報酬額の比較の基準を何に置くか(取引金額を4,500万円とみるか7,000万円とみるか、どの仲介業者やガイドラインの例と比べるか)と、M&Aの目的が達成されたという事実の評価でした。

裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み

仲介会社の業務の実施と、M&Aの目的の達成

裁判所は、担当者GNT氏及び担当者HKD氏が、スキームの作成、デュー・ディリジェンスに必要な資料の収集と提出、交渉・実務に関する助言や立会い、株式譲渡契約書の作成、クロージング後の登記手続等の支援を行ったと認定しました。また、クロージング以降、買主ARKは、対象会社TGSとの提携前であれば受注できなかった案件を、提携のシナジー効果によって複数受注できた一方、労働災害の影響は表立って現れていないと認定しました。買主ARK又は対象会社TGSが、クロージング以降に労働災害について具体的に請求を受けたことはないとも認定されています。

面談の調整への苦情と報酬の下限の引下げ

担当者HKD氏による面談の日程調整の進め方について、買主ARKの代表者及び取締役HRT氏から苦情が述べられることがありました。M&A仲介会社NVTはこれを考慮して、令和2年9月30日、報酬の下限を1,400万円とすることなどを合意しました。

中小M&Aガイドラインと他の仲介業者の報酬水準

裁判所は、中小企業庁の中小M&Aガイドラインの記載として、中小M&Aでは当事者双方と契約して双方から報酬を受け取る仲介者が、一方当事者のみと契約するファイナンシャル・アドバイザーよりも多く用いられる傾向にあること、仲介者には利益相反のリスクがあるものの、仲介者という業態を不適切と断じることは現実的ではないとされていることを認定しました。また、レーマン方式が広く用いられ、小規模な案件に備えて最低手数料を設ける仲介者が多いこと、手数料には一律の基準がないことも認定しています。

比較資料として、仲介会社PRSのパンフレットでは、譲渡企業の簿価資産総額2億円以下の案件について情報提供料100万円、成功報酬2,000万円(いずれも消費税別)とされていること、ウェブサイトの計算シートを利用して同規模の会社を7,000万円で買収する場合を計算すると、仲介会社PRSでは最低報酬が適用されて2,200万円、他の大手仲介業者では最低報酬が適用されて2,750万円、1,100万円(2社)となり、最も低いもので579万円であることも認定されました(いずれも消費税込み)。不動産事業の仲介業者LCTのように、成功報酬の最低額を200万円とする業者もありました。

判断の枠組み

裁判所は、暴利行為の検討にあたり、報酬の定めの内容がガイドラインを逸脱しているか、契約締結時に相手方の窮迫、軽率又は経験不足を利用した事情があるか、報酬が著しく過当な利益を得させるものか、業務と報酬との対価的均衡を欠くか、という観点から検討しました。これは、相手方の窮迫等に乗じて著しく過当な利益を得る行為を公序良俗違反とする、いわゆる暴利行為の考え方に沿った検討と理解できます(この位置付けは当事務所の評価です)。

各主張を採用し又は排斥した理由

暴利行為の主張を排斥した理由

裁判所は、まず取引価格について、株式60株の価格を7,000万円とした上で、うち4,500万円を譲渡代金、うち2,500万円を退職金として支払うこととされたものであるから、「本件株式譲渡の取引価格は7000万円である」と判断しました。買主ARKが主張した4,500万円ではなく、退職金を含めた7,000万円を基準としたことになります。

そのうえで、変更合意前の成功報酬の下限1,500万円は取引金額の約21.4パーセントになるものの、他の仲介業者の手数料の額を逸脱するものではなく、ガイドラインで示された3つの事例の割合(6.6パーセント、9.9パーセント及び14.3パーセント)と比較しても、「許容されないほどに高いとはいえない」としました。成功報酬の最低額を200万円とする業者については、不動産事業のM&Aを中心に取り扱っているため、本件と比較することが適切とは直ちにはいえないとしています。

契約締結の経緯についても、「NVTがARKの窮迫、軽率若しくは経験不足を利用したなどの事情もうかがえない」と判断し、報酬の定めは、変更合意前であっても「NVTに暴利ないし著しく過当な利益を得させるものであったとはいえない」と結論づけました。

業務量との対価的均衡の主張については、業務の量は事情によって当然に増減するから、「実際に行われた業務の量は成功報酬との対価関係に直ちに影響しないというべきである」とし、さらに実際に行われた業務を見ても対価的均衡を欠いているとはいえないとしました。担当者らが必要な業務を実施し、M&Aの目的が達成されたこと、苦情を受けて下限を1,400万円に減額したことも考慮されています。

利益相反の主張を排斥した理由

裁判所は、仲介契約において、仲介会社が対象会社TGSとの間でも仲介契約を締結し報酬を得ることについて買主ARKの承諾があることを指摘しました。そして、中小M&Aの実務では、当事者双方の間で利益相反のリスクがあるものの、ファイナンシャル・アドバイザーよりも仲介者という形態の方が多く用いられており、「仲介者という業態を中小M&Aにおいて不適切であると断じることは現実的ではない」とされていることを考慮して、「NVTとARKが締結した本件仲介契約やNVTが行った本件業務が、ARKに対する利益相反行為として無効になるとは認められない」と判断しました。

本件削除を理由とする主張を排斥した理由

裁判所は、買主ARKが本件削除にかかわらずM&Aの実現という仲介契約の目的を達成したこと、買主ARKが業務の問題点として本件削除のみを挙げ、ほかに具体的な問題を指摘していないことから、本件削除は、売主RYK氏の陳述書の内容を前提としても、「本件仲介契約の消長に影響を来すものではなく、本件仲介契約の効力を前提に、NVTの同契約上の責任を生じ得る事情にとどまる」と判断しました。また、本件削除は、暴利行為及び利益相反行為に当たらないとの判断を左右しないとしました。

なお、裁判所は、担当者HKD氏が削除時にメールの内容をどこまで認識していたか、仲介会社に注意義務違反があったかについては、判断を示していません。本件削除が契約の効力に影響しないという判断の中で、売主RYK氏の陳述書を前提としても結論は変わらないとしたものです。

解除の主張を排斥した理由

裁判所は、株式譲渡はクロージングし、買主ARKは仲介契約の目的を達成しているから、本件削除が「本件仲介契約の目的の達成を不可能とする背信的行為であり、本件仲介契約をNVTの背信的行為を理由に解除する旨のARKの主張は前提を欠き、採用できない」と判断しました。

主文及び結論

主文は、買主ARKの請求を棄却し、訴訟費用を買主ARKの負担とするものです。仲介契約は公序良俗に反せず有効であり、背信行為を理由とする解除も認められないため、支払済みの報酬等1,500万円の不当利得返還請求は理由がないとされました。

判断の射程

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。

参考となる点

  • 買主側の仲介契約に、仲介会社が売主側からも報酬を得ることを承諾する約定がある場合、双方仲介であることだけを理由に契約を利益相反行為として無効とすることは難しいことを示しています。裁判所は、中小M&Aガイドラインの記載を、仲介者という業態の現状を示す資料として重視しました。
  • 報酬額が暴利かどうかは、取引金額に対する割合だけでなく、他の仲介業者の報酬体系、ガイドラインの事例、契約締結時の事情、実施された業務の内容、目的の達成の有無を総合して検討されています。取引金額に退職金が含まれる構造の場合、退職金を含めた金額が取引価格とみられる可能性があることも参考になります。
  • M&Aが実現し目的が達成された後は、仲介会社の担当者の不適切な行為があっても、契約の無効や解除による報酬全額の返還という構成は認められにくいことを示しています。

一般化できない点

  • 裁判所は、本件削除を「契約上の責任を生じ得る事情」と位置付けました。つまり、仲介会社の善管注意義務違反などを理由とする損害賠償請求の可否は、本判決では判断されていません。本件で買主ARKが求めたのは報酬の返還(不当利得返還)であり、損害賠償ではありませんでした。
  • 本件では、労働災害の影響が買主側に表立って現れておらず、クロージング以降に具体的な請求も受けていないと認定されています。重要な情報の隠匿によって買主に現実の損害が生じた事案や、仲介会社が売主の利益を図る意図で行動したことが立証された事案で、同じ結論になるとは限りません。
  • 本件の約定は、売主側からの報酬受領を明示的に承諾するものでした。そのような承諾がない場合や、利益相反の内容について十分な説明がなかった場合については、本判決は直接の判断を示していません。
  • 報酬が売主側と買主側の双方から支払われたことを合算した評価は、判決本文では明示的に検討されていません。報酬の相当性の判断は、買主ARKが負担した報酬を中心にしたものです。

M&Aが成立しなかったのに、M&A仲介会社から手数料を請求された場合の対応は、次のページでご案内しています。

よくあるご質問

M&A仲介会社が売主からも報酬を受け取っていた場合、買主は仲介契約の無効を主張できますか。

本判決では、仲介契約に売主側からの報酬受領を承諾する約定があり、中小M&Aでは双方仲介の形態が多く用いられている現状も考慮して、利益相反行為として無効になるとは認められませんでした。承諾の約定の有無と内容を、まず確認する必要があります。

成功報酬が取引金額の2割を超える場合は、暴利行為になりますか。

本判決では、成功報酬の下限1,500万円が取引金額の約21.4パーセントでしたが、他の仲介業者の報酬水準やガイドラインの事例と比べて許容されないほど高いとはいえないとされました。割合だけで決まるものではなく、最低報酬の定め、契約締結時の事情、業務の内容などが考慮されます。

仲介会社の担当者が売主の不利な情報を消していた場合、どのような請求が考えられますか。

本判決は、そのような事情があっても目的が達成されている以上、契約の無効や解除による報酬返還は認めませんでした。他方で、裁判所は、その事情が仲介会社の契約上の責任を生じ得るとも述べています。損害が生じている場合は、損害賠償請求の可否を別に検討することになります。

デュー・ディリジェンスは買主の責任とする条項があれば、仲介会社は一切責任を負いませんか。

本判決は、その条項を中心に判断したものではありません。本件の契約には故意又は重過失がない限り責任を負わない旨の定めもありましたが、その適用範囲については判断が示されていません。個別の事情を踏まえた検討が必要です。

M&A仲介会社の善管注意義務違反など、仲介会社とのトラブルへの対応は、次のページでご案内しています。

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M&A仲介会社の義務と責任が問題となる典型的な場面は、M&A仲介会社の善管注意義務が問題となる場面で解説しています。株式譲渡後に売主側の説明と異なる事実が判明し、売主の責任を検討する場合は、表明保証違反の御相談のページもご覧ください。

仲介会社の対応に疑問がある場合は、仲介契約の約定(業務の範囲、双方仲介の承諾、免責条項、報酬の定め)、担当者とのやり取りの記録、損害の有無を整理したうえで、報酬の返還と損害賠償のいずれを求めるのかを検討します。

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この記事の位置付け

M&A仲介会社に報酬を支払った買主が、売主との双方仲介による利益相反や担当者の情報削除を理由に報酬の返還を求めた場面の判例を、仲介契約の有効性と解除の可否の観点から解説します。

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M&A仲介会社の対応に関する御相談

M&Aトラブルのご相談窓口 成約後の表明保証違反・株式譲渡代金の未払い

執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件に関与し、2024年(令和6年)10月には最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得ました。現在は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士を務めています。

主として取り扱う分野 M&A、株式買取請求権、非上場株式の価格の決定、企業価値評価、事業承継及び企業法務

所在地 〒105-6017 東京都港区虎ノ門4丁目3番1号 森トラスト城山トラストタワー17階/電話番号 03-6435-8418/受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)

本記事の記載は一般的な法律情報であり、個別の事案に関する法律上の助言ではありません。記載した経歴は事実の記述であり、個別の事件の結果を保証するものではありません。

著書

非上場会社における少数株主対策の手法と実務
『非上場会社における少数株主対策の手法と実務』(日本法令)
中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策
『中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策』(清文社)
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