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「確実に上場できる」との勧誘を理由とする非上場株式の買主の損害賠償請求―東京地方裁判所令和元年10月1日判決

公開 2019年10月1日更新 2019年10月1日

▶ 株式譲渡契約を解消する場合の要件と効果

上場準備中の非上場会社の株式を、その会社の取締役から1株50万円で買い受けた買主が、「確実に上場できる」と告げられて誤信したとして、売主である取締役に株式の代金相当額の損害賠償を求めた場面の判例です。東京地方裁判所令和元年10月1日判決は、買主が契約の直前に過去の増資が無効である可能性を自ら書面にまとめて売主に送っていたことなどから、買主が誤信して株式を買ったとは認められないとして、請求をすべて棄却しました。

この事件では、買主である公認会計士が、株式の購入代金のほか、会社が行った第三者割当増資の払込金についても、当時の代表取締役の勧誘に対する売主の監視義務違反を理由に賠償を求め、さらに会社自身も、売主の利益相反取引や報酬の問題を理由に売主の責任を追及しました。本記事では、判決本文から分かる事実関係と、各請求が退けられた理由を整理し、この判決から読み取れることと読み取れないことを区別して解説します。

Contents
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要―上場準備中の会社の株式を1株50万円で買い受けた
    1. 対象会社NWSの株主と役員
    2. 過去の増資が無効ではないかという問題
    3. 上場準備と第三者割当増資
    4. 代表取締役の解任と、株式の売買
    5. その後の経過と提訴
  4. 事案の経緯の時系列
  5. 判決本文から分かる取引の内容
  6. 当事者の請求と主要な主張
    1. 原告らの請求
    2. 争点ごとの主張
  7. 結論を左右した争点
  8. 裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
    1. 説明義務違反による不法行為の枠組み
    2. 判決が重視した事実
  9. 各主張を採用し又は排斥した理由
    1. 説明義務違反―買主は増資無効の可能性を認識していた
    2. 断定的判断の提供―上場準備を解約したうえでの購入であり、誤信は認め難い
    3. 代表取締役FJT氏の勧誘と監視義務違反―勧誘と増資の引受けとの因果関係がない
    4. 会社法429条2項の責任―計算書類を作成したことの証拠がない
    5. 利益相反取引―契約の締結時に取締役ではなかった
    6. 報酬の不支給を提案する義務―前提となる義務違反がない
  10. 主文及び結論
  11. 判断の射程―参考となる点と一般化できない点
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
    3. 契約や交渉で確認しておきたいこと
  12. よくあるご質問
    1. 「確実に上場できる」と言われて非上場株式を買いましたが、上場しませんでした。売主に損害賠償を請求できますか。
    2. 売主が会社の問題を説明しなかった場合、説明義務違反になりますか。
    3. 代表取締役の勧誘で増資を引き受けた場合、他の取締役に責任を問えますか。
    4. 取締役を辞任していた期間に会社と結んだ契約も、利益相反取引になりますか。
  13. 関連する記事と御相談のご案内

裁判例の基本情報

裁判所 東京地方裁判所民事第8部
裁判日 令和元年10月1日
事件番号 平成29年(ワ)第44152号
裁判の形式 判決
審級 第一審
結論 原告ら(株式の買主である公認会計士及び対象会社)の請求をいずれも棄却。訴訟費用は原告らの負担
上訴の状況 上訴の有無及び確定は確認できていません

この表は、判決本文の冒頭及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。判決本文には原審や上訴審を示す記載はありません。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いている符号も、そのままは使わずに次の表記へ置き換えています。

本記事の表記 立場
株式の買主である公認会計士MKT氏(以下「買主MKT氏」) 原告の一人。40代の男性で、公認会計士の資格を有しています。対象会社の上場準備に関与し、後に対象会社の代表取締役に就任しました。売主HSN氏から対象会社の株式を2回に分けて買い受け、また、対象会社の第三者割当増資を引き受けました
対象会社であるインターネットコンサルティング会社NWS(以下「対象会社NWS」) 原告の一人。平成24年4月16日に設立された、インターネットに関するコンサルティング等を目的とする株式会社です。取締役会を置かない会社で、株式の譲渡による取得には株主総会の承認を要する旨の定めがあります
売主である取締役HSN氏(以下「売主HSN氏」) 被告。対象会社NWSの取締役を務めた時期があり、保有していた対象会社NWSの株式を買主MKT氏に譲渡しました。広告会社ADSの代表取締役です
インターネット広告会社ADS(以下「広告会社ADS」) インターネット広告及びモバイル広告代理事業等を目的とする株式会社で、売主HSN氏が代表取締役を務めています。対象会社NWSとの間で広告取引や業務委託の契約を結んでいました
設立時の株主OKD氏(以下「OKD氏」) 対象会社NWSの設立時の発行済株式1株を保有していた人物です。対象会社NWSの取締役を辞任した後、保有株式を元代表取締役FJT氏に譲渡しました
元代表取締役FJT氏(以下「FJT氏」) 対象会社NWSの代表取締役であった人物です。不正経理を原因として、平成27年6月18日の臨時株主総会で取締役を解任されました

判決本文を引用する部分では、当事者の呼称を上記の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。主文の引用では、「原告ら」は買主MKT氏及び対象会社NWSを指します。判決本文の数字は全角の算用数字で記載されているため、引用部分では判決本文の表記のままとしています。

事案の概要―上場準備中の会社の株式を1株50万円で買い受けた

以下は、判決本文の前提事実及び認定事実に基づく整理です。

対象会社NWSの株主と役員

対象会社NWSの設立時の発行済株式は1株で、OKD氏が保有していました。平成25年10月3日、対象会社NWSは増資をし、OKD氏とFJT氏がそれぞれ払込みをして、OKD氏が149株、FJT氏が150株を割り当てられました(判決本文はこの増資を「本件増資」と呼んでいます)。

平成25年12月5日、FJT氏と売主HSN氏が対象会社NWSの取締役に就任しました。その直前の同月2日、対象会社NWSは、売主HSN氏が代表取締役を務める広告会社ADSとの間で、リスティング広告取引基本契約を締結しています。

過去の増資が無効ではないかという問題

平成26年4月頃、OKD氏の保有する対象会社NWSの株式を買い取る話が生じ、FJT氏と売主HSN氏は、その株式価値を算定するにあたり、本件増資が無効ではないかと話し合いました。売主HSN氏は同年7月31日に取締役を辞任しています。

FJT氏は、同年8月6日付けで、公認会計士から、対象会社NWSの平成26年3月期の貸借対照表及び損益計算書に係る意見書を受け取りました。この意見書には、平成25年10月3日付けのOKD氏及びFJT氏の入金は対象会社NWSからの出金により行われたもので、本件増資は会社資金による払込みに該当し、無効と評価するのが妥当であると記載されていました。FJT氏は、同月13日頃、売主HSN氏に対し、この意見書を基にOKD氏の株式の価値を算定する予定である旨を伝えました。

平成26年9月1日、対象会社NWSと広告会社ADSは、営業サポート及び人事サポートに関するアドバイス業務等を内容とする業務委託契約を締結しました。同年11月10日、OKD氏は保有する対象会社NWSの株式400株をFJT氏に譲渡し、FJT氏はそのうち130株を売主HSN氏に譲渡しました。

上場準備と第三者割当増資

平成27年1月1日、売主HSN氏は再び対象会社NWSの取締役に就任しました。同年2月10日以降、公認会計士である買主MKT氏は、FJT氏及び売主HSN氏と打合せを重ねながら、上場を目指す過程で必要となる資本政策表や就業規則等を作成しました。買主MKT氏が作成した資本政策表等には、平成27年3月に1株50万円で50株を増資して第三者に割り当てる予定であること、上場時には対象会社NWSの企業価値が360億円となる見込みであることが記載されていました。

平成27年3月2日、対象会社NWSの臨時株主総会で、第三者割当の方法により普通株式50株を2,500万円で募集する旨が決議され、翌3日、買主MKT氏は対象会社NWSとの間で募集株式総額引受契約を締結し、同月13日に2,500万円を振り込みました。同月31日には、FJT氏が監査法人に対し、平成30年に株式を上場する予定で準備を進めているとして、上場に向けた課題の調査(ショートレビュー)を依頼するメールを送っています。

代表取締役の解任と、株式の売買

平成27年6月頃、FJT氏の不正経理を原因として、FJT氏を取締役から解任する話が持ち上がりました。買主MKT氏は、同月18日、買主MKT氏と売主HSN氏が保有する対象会社NWSの株式をFJT氏が1株50万円で買い取る旨の株式買取契約書を作成し、売主HSN氏に送信しました。同日の臨時株主総会でFJT氏の解任が決議され、同月22日、買主MKT氏が対象会社NWSの取締役及び代表取締役に就任しました。買主MKT氏は、同月29日にも、FJT氏に対し、自身の株式を1株50万円で買い取るよう連絡しています。

平成27年7月初め、買主MKT氏は、弁護士に対し、対象会社NWSの資本の払込みを無効とする方向で検討するよう依頼しました。そして、同月16日付けで売主HSN氏名義の持分権利放棄書を、同月17日付けで売主HSN氏名義の「臨時株主総会決議一部無効の確認」と題する書面を作成し、売主HSN氏に送信しました。前者には、OKD氏が保有していた株式400株は払込みが仮装されて無効であるから、売主HSN氏がFJT氏を介して購入した130株は無効であり、売主HSN氏は同株式に関する権利を放棄する旨が、後者には、本件増資及び平成25年12月5日の増資がいずれも無効である旨を確認する内容が記載されていました。

平成27年7月21日、買主MKT氏と売主HSN氏は、監査法人との打合せで、上場の計画を一度取りやめる方針であることと、監査法人との業務委託契約を解約することを伝えました。同じ日、売主HSN氏と買主MKT氏は、対象会社NWSの普通株式109株を5,450万円で譲渡する株式譲渡契約(判決本文の「本件第1契約」)を締結しました。さらに同年9月17日、普通株式95株を4,750万円で譲渡する株式譲渡契約(判決本文の「本件第2契約」)を締結しました。監査法人との業務委託契約は、その間の同年9月7日に解約されています。

その後の経過と提訴

売主HSN氏は、平成27年12月9日に対象会社NWSに辞任届を提出しました。平成28年3月、対象会社NWSと広告会社ADSは顧問契約を締結しましたが、同年7月頃から対象会社NWSは広告会社ADSへの支払を怠るようになり、平成29年12月27日、広告会社ADSを債権者、対象会社NWSを債務者とする債権仮差押決定がされました。その翌日の同月28日、買主MKT氏と対象会社NWSは本件の訴訟を提起しました。

事案の経緯の時系列

日付 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実による)
平成24年4月16日 対象会社NWSの設立(発行済株式1株をOKD氏が保有)
平成25年10月3日 本件増資(OKD氏149株、FJT氏150株)
平成25年12月2日 対象会社NWSと広告会社ADSがリスティング広告取引基本契約を締結
平成25年12月5日 FJT氏及び売主HSN氏が取締役に就任
平成26年4月頃 OKD氏の株式の買取りの話が生じ、FJT氏と売主HSN氏が本件増資の無効について話し合う
平成26年7月31日 売主HSN氏が取締役を辞任
平成26年8月6日付け 公認会計士の意見書(本件増資は会社資金による払込みで無効と評価するのが妥当)
平成26年9月1日 対象会社NWSと広告会社ADSが業務委託契約を締結
平成26年11月10日 OKD氏が400株をFJT氏に譲渡し、FJT氏が130株を売主HSN氏に譲渡
平成27年1月1日 売主HSN氏が再び取締役に就任
平成27年2月10日以降 買主MKT氏が資本政策表等を作成(1株50万円で50株の増資予定、上場時の企業価値360億円の見込み)
平成27年3月2日・3日 臨時株主総会で50株を2,500万円で募集する決議。買主MKT氏が募集株式総額引受契約を締結
平成27年3月13日 買主MKT氏が2,500万円を払込み
平成27年3月31日 FJT氏が監査法人に上場に向けた課題の調査を依頼するメール
平成27年6月18日 買主MKT氏がFJT氏による1株50万円の買取りの契約書を作成し送信。臨時株主総会でFJT氏を解任
平成27年6月22日 買主MKT氏が取締役及び代表取締役に就任
平成27年7月初め 買主MKT氏が弁護士に資本の払込みを無効とする方向での検討を依頼
平成27年7月16日・17日付け 買主MKT氏が売主HSN氏名義の持分権利放棄書及び増資の無効確認の書面を作成し、売主HSN氏に送信
平成27年7月21日 監査法人に上場計画を一度取りやめる方針を伝える。同日、第1の株式譲渡契約(109株、5,450万円)
平成27年7月29日・30日 第1の契約の代金として2,000万円及び3,450万円を支払
平成27年9月7日 監査法人との業務委託契約を解約
平成27年9月17日 第2の株式譲渡契約(95株、4,750万円)。代金は同年10月30日までに支払
平成27年12月9日 売主HSN氏が辞任届を提出
平成29年12月27日 広告会社ADSを債権者とする対象会社NWSに対する債権仮差押決定
平成29年12月28日 買主MKT氏と対象会社NWSが提訴
令和元年10月1日 東京地方裁判所が請求をいずれも棄却する判決

上場計画を一度取りやめる方針を監査法人に伝えた日と、第1の株式譲渡契約を締結した日は、同じ平成27年7月21日です。また、増資の無効を確認する書面を買主MKT氏が作成して送った日は、その4日前と5日前です。この日付の並びが、判決の結論に大きく影響しました。

判決本文から分かる取引の内容

判決本文には、株式譲渡契約や募集株式総額引受契約の条項の文言は記載されていません。判決本文から分かる取引の内容は、次のとおりです。

取引 内容
募集株式総額引受契約(平成27年3月3日) 対象会社NWSの第三者割当による普通株式50株を2,500万円で引き受けるもの(1株当たり50万円)。相手方は対象会社NWS
第1の株式譲渡契約(平成27年7月21日) 売主HSN氏から買主MKT氏へ、普通株式109株を5,450万円で譲渡(1株当たり50万円)。代金は7月29日に2,000万円、7月30日に3,450万円を支払
第2の株式譲渡契約(平成27年9月17日) 売主HSN氏から買主MKT氏へ、普通株式95株を4,750万円で譲渡(1株当たり50万円)。代金は10月30日までに支払

2つの株式譲渡契約の代金の合計は1億200万円で、買主MKT氏は、これを詐取されたと主張しました。1株当たりの価格は、いずれも第三者割当増資の価格と同じ50万円です。判決は、この2つの株式譲渡契約を「個人間の相対取引」と位置付けています。

当事者の請求と主要な主張

原告らの請求

請求者 請求の内容と根拠
買主MKT氏(株式の購入代金に関するもの) 1億1,220万円及び遅延損害金。不法行為に基づく損害賠償(遅延損害金は、うち2,200万円に対し平成27年7月29日から、うち3,795万円に対し同月30日から、うち5,225万円に対し同年10月30日から、いずれも年5分)
買主MKT氏(第三者割当増資の払込金に関するもの) 2,750万円及びこれに対する平成27年3月13日から年5分の遅延損害金。不法行為に基づく損害賠償、並びに会社法429条1項及び2項に基づく損害賠償
対象会社NWS 4,767万430円及びこれに対する平成30年4月12日から年5分の遅延損害金。会社法423条に基づく損害賠償(利益相反取引、及び自らの役員報酬の不支給を株主総会に提案しなかったこと)

買主MKT氏の第1の請求額1億1,220万円は、株式の購入代金1億200万円の1.1倍に当たり、遅延損害金の起算日ごとの区分(2,200万円、3,795万円、5,225万円)も、各支払額(2,000万円、3,450万円、4,750万円)のそれぞれ1.1倍に当たります。第2の請求額2,750万円も、払込金2,500万円の1.1倍です。もっとも、上乗せ分の内訳は判決本文には記載されていません(以上は当事務所の検算です)。対象会社NWSの請求額4,767万430円についても、広告会社ADSへの支払額3,613万6,755円との差額の内訳は判決本文からは分かりません。遅延損害金の年5分は、令和2年4月1日施行の民法改正前の法定利率によるものです。

争点ごとの主張

争点 原告らの主張 売主HSN氏の主張
争点1:株式譲渡契約における不法行為 売主HSN氏は、平成27年7月上旬、対象会社NWSが確実に上場できるなどと告げた。真実は過去の増資が一部無効で上場は不可能であったのに、買主MKT氏は上場が可能であると誤信させられ、2つの株式譲渡契約を締結して1億200万円を支払った そのように述べた事実はない。買主MKT氏は上場準備を主導し、自ら譲渡価額を決めた。買主MKT氏は遅くとも平成27年6月から7月17日の時点で過去の増資が一部無効であることを認識しており、上場できる可能性が高いと欺かれることはない
争点2:代表取締役FJT氏に対する監視義務違反 FJT氏は、平成27年3月2日頃、平成26年3月期の計算書類に虚偽の記載があり、見せ金による増資を短期貸付金と計上する不正経理をしていることを秘して、確実に上場できる、上場すれば1株当たりの株価は確実に50万円以上になるなどと勧誘した。取締役であった売主HSN氏が監視義務を尽くしていれば損害を防止できた FJT氏の勧誘行為は知らない。買主MKT氏は上場準備を主導し、自ら株式の割当価額を決めていたから、欺かれる状況にない
争点3:利益相反取引 広告会社ADSとのリスティング広告取引基本契約及び業務委託契約に基づき3,613万6,755円を支払った。各契約の締結時、売主HSN氏は事実上の取締役であり、株主総会の承認決議が必要であったのに、決議を経ていない 各契約の締結当時、取締役ではなかったから、利益相反取引に当たらない
争点4:報酬の不支給を提案する義務 利益相反取引を繰り返し、FJT氏に対する監視義務を果たさないなど取締役の責務を果たしていなかったから、自らの報酬の不支給を株主総会に提案すべき善管注意義務があった そのような善管注意義務はない

買主MKT氏は、争点1について、本人尋問で、上場コンサルタントを自称する売主HSN氏が確実に上場できるとの断定的判断を提供したとも述べ、また、売主HSN氏が過去の増資が一部無効であることを説明しなかったという説明義務違反も主張しました。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

結論を左右した争点

判決は争点を4つに整理しましたが、結論の中心となったのは、買主MKT氏が、上場が可能であると「誤信」して株式を買い、又は増資を引き受けたといえるかという点です。

  1. 株式譲渡契約の締結の時点で、買主MKT氏は過去の増資が無効である可能性をどの程度認識していたか(争点1)。
  2. 仮に「確実に上場できる」との発言があったとしても、公認会計士で上場準備を自ら行っていた買主MKT氏との個人間の相対取引で、不法行為が成立するか(争点1)。
  3. 代表取締役FJT氏の勧誘と、買主MKT氏の増資の引受けとの間に因果関係があるか(争点2)。
  4. 広告会社ADSとの各契約の締結時に、売主HSN氏が対象会社NWSの取締役又は事実上の取締役であったか(争点3)。

争点4は、争点2と争点3で売主HSN氏の善管注意義務違反が認められないことを前提に、あわせて退けられています。

裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み

説明義務違反による不法行為の枠組み

判決は、買主MKT氏の説明義務違反の主張について、まず次の一般論を示しました。

「契約の一方当事者が、当該契約の締結に先立ち、信義則上の説明義務に違反して、当該契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合には、上記一方当事者は、相手方が当該契約を締結したことにより被った損害について、不法行為による賠償責任を負う場合がある。」

そのうえで判決は、この枠組みを本件に当てはめるにあたり、買主MKT氏が、売主HSN氏が説明しなかったとされる情報(過去の増資が一部無効であること)を、契約の時点で既に認識していたかどうかを検討しています。

判決が重視した事実

  • 買主MKT氏は、平成27年7月16日及び17日に、OKD氏及びFJT氏の払込みが無効である旨を記載した持分権利放棄書と「臨時株主総会決議一部無効の確認」と題する書面を自ら作成し、売主HSN氏に送っていたこと。
  • 買主MKT氏は、同月初めには、対象会社NWSの代表取締役として、資本の払込みを無効とする方向での検討を弁護士に依頼していたこと。
  • 買主MKT氏は、代表取締役として、上場準備のための監査法人との業務委託契約を解約することを決めたうえで、2つの株式譲渡契約を締結したこと。
  • 契約の締結後も、買主MKT氏が売主HSN氏との間で上場時期の話をしたり、譲渡価額に不満を述べたりしていないこと。
  • 買主MKT氏は公認会計士で、平成27年2月以降、資本政策表を作成するなど、FJT氏や売主HSN氏とともに上場の準備を行っていたこと。

各主張を採用し又は排斥した理由

説明義務違反―買主は増資無効の可能性を認識していた

判決は、上記の書面を自ら作成して送付していたことから、買主MKT氏は遅くともその時点で、OKD氏及びFJT氏の払込みが一部無効である可能性が非常に高いことを認識していたと認めました。買主MKT氏は、払込みが一部無効であると確信したのは平成28年4月以降であると主張しましたが、判決は、平成27年7月初めには弁護士に検討を依頼していたことに照らし、払込みが有効であると誤信したまま株式譲渡契約を締結したとは認め難いとしました。結論として、判決は次のとおり述べています。

「よって、本件第1及び第2契約締結の際、〔売主HSN氏〕の説明に不十分な点があったとしても、これをもって、損害と因果関係のある不法行為に当たるということはできない。」

判決は、売主HSN氏の説明に不十分な点があったかどうか自体は認定していません。仮に不十分な点があったとしても、買主MKT氏がその情報を既に認識していた以上、説明の不足と損害との因果関係が認められないという判断です。

断定的判断の提供―上場準備を解約したうえでの購入であり、誤信は認め難い

買主MKT氏の、上場コンサルタントを自称する売主HSN氏から確実に上場できるとの断定的判断を提供されたという主張について、判決は、本人尋問の結果中にはこれに沿う部分があるとしつつ、次の2段階で退けました。

第1に、誤信の有無です。買主MKT氏は、代表取締役として監査法人との業務委託契約の解約を決めたうえで株式譲渡契約を締結しており、契約後も上場時期の話や譲渡価額への不満を述べていないことから、確実に上場できると告げられて誤信したうえで契約したとは認め難いとしました。

第2に、仮に発言があった場合の評価です。判決は、本件の株式譲渡契約が個人間の相対取引であること、買主MKT氏が公認会計士で、資本政策表を作成するなど上場の準備を自ら行っていたこと、FJT氏が監査法人に上場に向けた課題の調査を依頼していたことなど、買主MKT氏の特性と当時の状況に照らし、次のとおり判断しました。

「仮に〔売主HSN氏〕が〔買主MKT氏〕に対し、〔対象会社NWS〕が確実に上場できる旨の発言をしたとしても、それをもって、〔売主HSN氏〕に不法行為が成立するとは認められない。」

代表取締役FJT氏の勧誘と監視義務違反―勧誘と増資の引受けとの因果関係がない

争点2について、判決は、FJT氏が虚偽の事実を記載した計算書類を示して募集株式総額引受契約の締結を勧誘したとすれば、善管注意義務違反に当たるとも考えられるとしました。しかし、買主MKT氏は、OKD氏及びFJT氏の払込みが一部無効である可能性が非常に高いことを認識したうえでなお1株50万円で株式を購入しているから、FJT氏が不正経理を告げていれば買主MKT氏が募集株式総額引受契約を締結しなかったであろうとは認め難いとしました。また、仮にFJT氏が確実に上場できる旨の発言をしたとしても、買主MKT氏の特性や当時の状況に照らし、直ちに善管注意義務に違反するとまでは認められないとしています。結論は次のとおりです。

「よって、〔FJT氏〕の勧誘行為が、損害と因果関係のある任務懈怠行為に当たるということはできない。」

判決は、監視の対象となるFJT氏の行為が損害と因果関係のある任務懈怠に当たらないことを理由としており、売主HSN氏が実際に監視義務を尽くしていたかどうかは判断していません。

なお、この部分で判決本文は「前記2(2)のとおり」「前記2(4)のとおり」として争点1の判断を参照していますが、争点1の判断は(1)と(2)の2つの項目で構成されており、「2(4)」に当たる項目はありません。内容からみて、争点1の判断(買主MKT氏の認識と、買主MKT氏の特性等に照らした評価)を指すものと当事務所は読んでいます。

会社法429条2項の責任―計算書類を作成したことの証拠がない

会社法429条2項は、取締役が計算書類に記載すべき重要な事項について虚偽の記載をした場合等の責任を定めています。判決は、売主HSN氏自身が平成26年3月期の対象会社NWSの貸借対照表及び損益計算書を作成したことを裏付けるに足りる証拠はないとして、この責任も否定しました。

利益相反取引―契約の締結時に取締役ではなかった

争点3について、判決は、認定事実のとおり、リスティング広告取引基本契約(平成25年12月2日)の締結時にも、業務委託契約(平成26年9月1日)の締結時にも、売主HSN氏は対象会社NWSの取締役の地位になかったとして、会社法356条1項2号の利益相反取引に当たらないとしました。売主HSN氏の取締役の在任期間は、平成25年12月5日から平成26年7月31日まで、及び平成27年1月1日から同年12月9日の辞任届の提出までであり、いずれの契約もその期間外に締結されています。

対象会社NWSは、売主HSN氏が「事実上の取締役」であったと主張し、次の事情を挙げました。

  • 平成25年11月頃には役員報酬の交渉を行い、対象会社NWSの内部資料である売上目標を査閲していたこと。
  • 取締役を退任していた期間も、対象会社NWSの最高業務執行責任者(COO)の肩書で営業活動や人事活動を行い、対象会社NWSの銀行口座にアクセスできる権限を有していたこと。

判決は、前者について、これらの事情に照らしても、売主HSN氏が当時、対象会社NWSの業務執行に関与し、影響力を行使するなど、事実上の取締役たる地位にあったとは認められないとしました。後者については、業務委託契約の内容が広告会社ADSによる対象会社NWSの営業活動等のサポートであり、売主HSN氏が営業活動等を行っていたことは業務委託契約の履行と認められるとして、事実上の取締役の地位を基礎付けるものではないとしました。

報酬の不支給を提案する義務―前提となる義務違反がない

争点4について、判決は、売主HSN氏に取締役としての善管注意義務違反があるとは認められないから、株主総会に自らの報酬の不支給を提案すべき義務があったとは認められないとしました。

主文及び結論

判決の主文は、次のとおりです(ここでの「原告ら」は買主MKT氏及び対象会社NWSを指します)。

  1. 「原告らの請求をいずれも棄却する。」
  2. 「訴訟費用は原告らの負担とする。」

買主MKT氏の株式の購入代金に関する請求(1億1,220万円)、増資の払込金に関する請求(2,750万円)、対象会社NWSの請求(4,767万430円)は、いずれも認められませんでした。

判断の射程―参考となる点と一般化できない点

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。裁判所が示した判断そのものとは区別してお読みください。

参考となる点

第1に、説明義務違反を理由とする損害賠償では、相手方が説明しなかった情報を、買主自身が契約の時点で認識していたかどうかが決定的になり得ることです。本件では、増資の無効を確認する書面を買主自らが作成して売主に送っていたことが、誤信を否定する決め手になりました。契約前のやり取りで買主が作成した書面は、買主に不利な証拠にもなり得ます。

第2に、「確実に上場できる」といった将来の見通しに関する発言は、取引の性質と買主の属性によっては、仮に発言があっても不法行為とは評価されないことです。本判決は、個人間の相対取引であること、買主が公認会計士で上場準備を自ら行っていたことを挙げ、仮に発言があっても不法行為は成立しないとしました。買主が専門的な知識を持ち、対象会社の内部の事情を知る立場にある場合には、売主の発言を信じたという主張は認められにくいといえます。

第3に、契約の前後の行動が、誤信の有無の認定に使われることです。上場準備のための監査法人との契約を解約する決定をしたうえで株式を買ったこと、契約後に上場時期の話や価格への不満を述べていないことが、確実に上場できると信じて買ったという主張を否定する事情とされました。

第4に、利益相反取引による取締役の責任では、取引の時点で取締役の地位にあったかどうかが基本となり、「事実上の取締役」の主張には、業務執行への関与や会社への影響力の行使を示す具体的な事情が必要とされたことです。業務委託契約の履行として会社の営業活動を行っていたことは、事実上の取締役の地位を基礎付けないとされました。

一般化できない点

本判決は、買主が公認会計士であり、上場準備に自ら関与し、増資の無効の問題を自ら書面にまとめていたという、特殊な事実関係に基づく判断です。上場の見込みについて専門的な知識を持たない買主や、会社の内部の事情を知らされていない買主が、売主の説明を信じて株式を買った事案では、結論が異なり得ます。本判決は、上場が確実であるとの勧誘が一般に違法とならないと判断したものではありません。

また、判決は、売主HSN氏が「確実に上場できる」と実際に述べたかどうか、説明に不十分な点があったかどうかを認定しておらず、仮定の形で判断を示しています。株式の価値や1株50万円という価格の相当性、過去の増資が実際に無効かどうか、上場が実際に不可能であったかどうかについても、判断を示していません。

争点2で、判決は、平成27年7月の時点の買主MKT氏の認識と、その後の1株50万円での購入を理由に、同年3月の増資の引受けとの因果関係も否定しています。増資の引受けは、買主MKT氏が増資の無効の可能性を認識したと認定された時期より前のことですので、引受けの時点の認識をどのように評価したのかは、判決本文からは必ずしも明らかではありません(当事務所の読み方です)。同種の事案で、勧誘の時点と認識の時点がずれる場合には、本判決の理由をそのまま当てはめることには注意が必要です。

改正前民法の下での事案であり、遅延損害金の割合は改正前の法定利率(年5分)によっています。上訴の有無及び確定は確認できていないため、その点にも留意が必要です。

契約や交渉で確認しておきたいこと

非上場会社の株式を、上場の見込みを前提に買い受ける場合には、上場の見込みについての売主の説明を書面で残しておくこと、過去の増資の有効性や計算書類の正確性について表明保証や価格調整の条項を設けること、上場しなかった場合の買戻し等の条件を契約で定めておくことが考えられます。反対に、問題を認識した後に買い進める場合には、後に誤信や説明義務違反を主張することが難しくなることを踏まえて、価格や条件を交渉することが重要です。これらは本判決を踏まえた当事務所の着眼点であり、本判決が特定の条項例について判断したものではありません。

よくあるご質問

「確実に上場できる」と言われて非上場株式を買いましたが、上場しませんでした。売主に損害賠償を請求できますか。

発言があったこと、その発言を信じて株式を買ったこと、その発言が違法と評価されることなどを示す必要があります。本判決では、買主が公認会計士で上場準備に自ら関与し、増資の無効の可能性を認識していたことなどから、誤信して買ったとは認められず、仮に発言があっても不法行為は成立しないとされました。買主の知識や立場、契約前後の行動が重視されます。

売主が会社の問題を説明しなかった場合、説明義務違反になりますか。

本判決は、契約の締結に先立ち、信義則上の説明義務に違反して、契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼすべき情報を提供しなかった場合には、不法行為による賠償責任を負う場合があるとしました。ただし、本件では、買主がその情報を既に認識していたため、説明に不十分な点があったとしても、損害との因果関係がないとされました。

代表取締役の勧誘で増資を引き受けた場合、他の取締役に責任を問えますか。

会社法429条1項により、取締役の職務執行に悪意又は重大な過失があった場合には、第三者に生じた損害の賠償責任が生じ得ます。本判決では、勧誘を行った代表取締役の行為自体が損害と因果関係のある任務懈怠に当たらないとされたため、他の取締役の監視義務違反の責任も認められませんでした。

取締役を辞任していた期間に会社と結んだ契約も、利益相反取引になりますか。

本判決は、契約の締結時に取締役の地位になかったことから、利益相反取引に当たらないとしました。「事実上の取締役」であったとの主張も、業務執行への関与や会社への影響力の行使が認められないとして退けています。取締役の在任期間と契約の締結日の関係を確認することが出発点になります。

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この記事の位置付け

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件に関与し、2024年(令和6年)10月には最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得ました。現在は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士を務めています。

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非上場会社における少数株主対策の手法と実務
『非上場会社における少数株主対策の手法と実務』(日本法令)
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