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連帯保証解除特約の不履行による株式譲渡契約の解除と代金返還―東京地方裁判所令和元年11月29日判決

公開 2019年11月29日更新 2019年11月29日

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会社の全株式を買主に譲渡した売主が、買主は売主の連帯保証を外す約束を果たしていないとして株式譲渡契約を解除した場面の判例です。東京地方裁判所令和元年11月29日判決は、解除を受けて買主が受け取り済みの代金2億3,599万8,620円の返還を求めたのに対し、売主が仲介報酬、対象会社への貸付金、株式の価値の下落分を自らの債権として相殺を主張した事案で、売主の債権をいずれも認めず、売主に代金全額と受領の日からの年6分の利息の支払を命じました。

本判決は、株式を譲渡した後も対象会社の代表取締役として経営を続けていた売主の立場を重く見ています。連帯保証の解除が遅れたのは、保証解除の前提となる不動産の売却に売主自身が反対し続けたためであり、対象会社への貸付けも株式の価値の下落も、売主の経営判断や経営の結果であると判断しました。本記事では、判決本文に基づいて、解除をした売主の側が結果的に多額の返還義務を負うことになった理由を整理し、成約後に売主が経営に残る取引や、連帯保証の解除を約束する条項の設計で参考となる点を解説します。

Contents
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要―連帯保証が外れないまま、売主が株式譲渡契約を解除した
    1. 後継者のいないビルメンテナンス会社を、グループ化を望む買主に譲渡
    2. 買収の前に、半年間の業務提携で相性を確かめた
    3. 仲介会社を通じて、全株式を2億3,599万8,620円で譲渡
    4. 株式譲渡後も売主が代表取締役として経営を続けた
    5. 赤字が続く対象会社に、売主が個人で合計1億3,700万円を貸し付けた
    6. 連帯保証の解除には不動産の売却による一部弁済が必要だった
    7. 不動産の売却と、買主による転売
    8. 売主による催告と解除、買主による仮差押え
  4. 事案の経緯の時系列
  5. 判断の前提となった契約条項
    1. 株式譲渡契約第7条―売主の連帯保証人の地位を消滅させる特約
    2. 株式譲渡契約―売主の経営への関与と従業員の継続雇用
    3. 業務提携契約―委託額は努力義務にとどまった
  6. 当事者の請求と主要な主張
    1. 2つの事件の請求
    2. 売主HSB氏が主張した3つの債権
    3. 争点ごとの主張
  7. 結論を左右した争点
  8. 裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
    1. 重要な事実
    2. 判断の枠組み―原状回復は原物の返還が原則、価値の下落分は原因が買主にある場合に限られ得る
    3. 判断の枠組み―債務不履行と相当因果関係のある損害か
  9. 各主張を採用し又は排斥した理由
    1. 業務提携契約の不履行はない―委託額は努力義務にすぎなかった
    2. 仲介報酬1,400万円―売主自らの意思に基づく支出で、解除によって左右されない
    3. 貸付金1億3,700万円―経営者としての売主自身の経営判断によるもの
    4. 連帯保証の解除の遅れ―買主を非難することはできない
    5. 不動産の売却―廉価での売却を強いたとはいえない
    6. 株式の価値の下落分―原因は経営していた売主の側にある
    7. 買主の自白は、それより前の価値の下落の責任を基礎付けない
    8. 相殺は効力を生じない
  10. 主文及び結論
  11. 判断の射程
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
    3. 契約や交渉で確認しておきたいこと
  12. よくあるご質問
    1. 買主が連帯保証を外す約束を守らない場合、売主は株式譲渡契約を解除できますか。
    2. 株式譲渡契約を解除した場合、株式の価値が下がっていたら、その分を買主に請求できますか。
    3. 契約が解除されたら、仲介会社に支払った報酬を買主に請求できますか。
    4. 株式譲渡後に、売主が対象会社に個人で貸し付けたお金は、買主に請求できますか。
    5. 連帯保証の解除が遅れた責任は、すべて買主にあるのですか。
  13. 関連する記事と御相談のご案内

裁判例の基本情報

裁判所 東京地方裁判所民事第39部
裁判日 令和元年11月29日
事件番号 平成30年(ワ)第15156号(売主が原告となった事件)
平成30年(ワ)第21268号(買主が原告となった事件)
事件の種類 損害賠償請求事件、原状回復請求事件(2つの事件について1つの判決がされています)
裁判の形式 判決
審級 第一審
結論 売主の請求(1億2,629万6,331円等)を棄却。買主の請求を認容し、売主に2億3,599万8,620円及びこれに対する平成28年2月2日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払を命じた。訴訟費用は両事件を通じて売主の負担。買主の請求を認容した部分について仮執行宣言
上訴の状況 上訴の有無及び確定は確認できていません

この表は、判決本文の冒頭及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。同じ事件の控訴審等の判決本文は確認できていません。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いている符号も、そのままは使わずに次の表記へ置き換えています。

本記事の表記 立場
売主であるオーナー経営者HSB氏(以下「売主HSB氏」) 対象会社BMSの全株式を保有していた大株主で、代表取締役です。株式の譲渡後も代表取締役として対象会社BMSの経営を続けました。平成30年(ワ)第15156号事件の原告、平成30年(ワ)第21268号事件の被告です
買主である不動産管理会社RKD(以下「買主RKD」) 土地・建物の管理、受託業務等を目的とする株式会社です。グループ内にビルメンテナンス業務を営む会社がなかったため、対象会社BMSをグループに加えることを希望していました。平成30年(ワ)第15156号事件の被告、平成30年(ワ)第21268号事件の原告です
対象会社であるビルメンテナンス会社BMS(以下「対象会社BMS」) 建物総合管理等を目的とする株式会社です。株式譲渡契約の当事者にもなっています
M&A仲介会社NKD(以下「仲介会社NKD」) 売主HSB氏から、株式の譲渡に関する仲介・あっせん業務の委託を受けた会社です
大手不動産会社FDS 対象会社BMSの不動産の価格を査定した会社です

判決本文を引用する部分では、当事者の呼称を上記の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。主文の引用では、「原告」は売主HSB氏、「被告」は買主RKDを指します(判決本文は、2つの事件を通じて売主HSB氏を「原告」、買主RKDを「被告」と呼んでいます)。判決本文の数字は全角の算用数字で記載されているため、引用部分では判決本文の表記のままとしています。

事案の概要―連帯保証が外れないまま、売主が株式譲渡契約を解除した

後継者のいないビルメンテナンス会社を、グループ化を望む買主に譲渡

判決が認定した事実によれば、売主HSB氏は、対象会社BMSの株主兼代表取締役として長年にわたり同社を所有し、経営してきましたが、高齢で健康状態に不安を抱えるようになり、社内に後継者となる人材もいなかったため、平成27年頃、社外の第三者に対象会社BMSを売却しようと考えるようになりました。他方、買主RKDは、グループ内にビルメンテナンス業務を営む会社がなかったため、経営資源を有効活用するために、対象会社BMSのような会社をグループに加えることを希望していました。こうして、両者の間でM&Aに向けた交渉が始まりました。

買収の前に、半年間の業務提携で相性を確かめた

買主RKDは、買収に先立って対象会社BMSの事業運営能力や業務の品質を確認する必要があると考え、平成27年9月16日、売主HSB氏及び対象会社BMSとの間で業務提携契約を締結しました。この契約では、買主RKDとそのグループ会社が、グループ外に発注している建物管理業務を積極的に対象会社BMSに委託することとされ、委託額が月額2,000万円を上回るよう最大限努力する旨が約されました。しかし、最低発注額や最低発注件数が法的義務として定められることはなく、契約の有効期間は平成28年3月15日までの半年間でした。

実際には、紹介案件があっても契約条件が折り合わないことが多く、業務提携契約に基づいて対象会社BMSが受注できたのは1件だけで、その委託額も月額30万円にとどまりました。

仲介会社を通じて、全株式を2億3,599万8,620円で譲渡

業務提携は低調なものでしたが、売主HSB氏は、平成28年1月14日、仲介会社NKDに株式の譲渡に関する仲介・あっせん業務を委託しました。この業務委託契約では、株式の譲渡契約が締結された場合に報酬が支払われる一方、その実現等が保証されるものではないことが確認されていました。

平成28年2月2日、売主HSB氏は、買主RKDとの間で、保有する対象会社BMSの普通株式5,434株全部を代金2億3,599万8,620円で譲渡する株式譲渡契約を、対象会社BMSとともに締結し、同日、代金の支払を受けて株式を譲渡しました。判決は、この代金額には売主HSB氏の3年分の役員報酬減額分6,000万円が加算されていたと認定しています。売主HSB氏は、同月9日、仲介会社NKDに成功報酬1,400万円を支払いました。

株式譲渡後も売主が代表取締役として経営を続けた

株式譲渡契約では、譲渡実行日以降も当面の間は、売主HSB氏が役員報酬を減額したうえで対象会社BMSの経営に引き続き従事することとされ、それ以降の経営については買主RKDの判断で売主HSB氏に委任するかを決めることとされました。その他の取締役については、買主RKDが指定する者若干名を選任するために必要な手続を速やかに行うと定められるにとどまりました。従業員については、現行の水準を下回らない条件で継続して雇用することとされました。

買主RKDのグループ常務会が株式譲渡契約の締結を決議する際には、グループ外に発注している建物管理業務を対象会社BMSに積極的に委託することが確認されていましたが、株式譲渡契約にはその旨は定められませんでした。

赤字が続く対象会社に、売主が個人で合計1億3,700万円を貸し付けた

判決が認定した対象会社BMSの財務状況は、次のとおりです。平成26年8月1日から平成27年7月31日までの事業年度の売上高は約15億4,662万円でしたが、売上原価が約12億6,255万円、販管費が約2億7,717万円で、営業利益は約689万円にとどまりました。一方で、平成27年7月末時点の負債が約14億1,536万円と多額であったため、支払利息や保証料などの営業外費用が約3,401万円かかり、約2,795万円の純損失が生じていました。判決は、対象会社BMSは赤字経営の状態が続いており、資金繰りは苦しいものであったと認定しています。

株式の譲渡後も代表取締役であった売主HSB氏は、株式譲渡の代金を原資として、日常的な運転資金の調達に窮していた対象会社BMSに対し、個人で次のとおり貸付けを行いました。

貸付日 金額
平成28年2月16日 5,000万円
平成28年2月23日 3,000万円
平成28年12月8日 1,500万円
平成29年2月24日 4,200万円
合計 1億3,700万円

売主HSB氏は、平成28年3月10日、買主RKDに対し、業務提携契約で最大限努力することとされていた委託額合計1億2,000万円(月額2,000万円の6か月分)の発注がないことを批判し、買主RKDのグループから対象会社BMSへの発注は困難であるなどと主張して、自らの代表取締役の解任を願い出るようになりました。他方で、対象会社BMSが保有する不動産を売却することには反対の意向を表明していました。

連帯保証の解除には不動産の売却による一部弁済が必要だった

買主RKDは、株式譲渡契約の特約で負った債務を果たすため、売主HSB氏の連帯保証の債権者である銀行と交渉を重ねていました。しかし、対象会社BMSの負債は、平成28年1月末時点で約11億9,343万円、同年12月末時点で約13億8,137万円に達しており、判決は、保有不動産の売却による一部弁済なしに債権者の同意を得られる見込みはなかったと認定しています。売主HSB氏が不動産の売却に反対し続けたため、交渉は難航しました。

平成29年1月5日、買主RKDは売主HSB氏と協議し、対象会社BMSの保有不動産のうち本社3物件を除くすべての不動産を同月末をめどに買主RKDに売却し、対象会社BMSがその代金で銀行借入れの一部を弁済した後、売主HSB氏の連帯保証債務を解除するため両者が共同して銀行と折衝することなどで、いったん合意しました。判決は、売主HSB氏がその際に買主RKDの債務不履行を主張することはなかったと認定しています。

不動産の売却と、買主による転売

その後も対象会社BMSの資金繰りは苦しく、負債は平成29年1月末時点で約13億7,987万円、同年2月末時点で約14億2,249万円でした。平成29年3月17日、対象会社BMSは、保有不動産の一部(判決本文の「本件不動産」)を代金2億5,000万円で買主RKDに売却しました。代金額の決定に当たっては、大手不動産会社FDSの査定額(平成27年6月時点で2億3,840万円)が参考にされ、建物の1階と地下1階を賃借人が占有していて、対象会社BMSが650万円の立退料と引換えに明渡しを求めた訴訟で敗訴しており、立退交渉が難航していたという事情も考慮されていました。

買主RKDは、平成29年4月28日までに代金全額を支払い、同日、所有権移転登記を受けました。そのうえで、着手金162万円、成功報酬270万円の約定で弁護士に立退交渉を委任し、同年6月30日までに賃借人に立退料2,700万円を支払い、敷金450万円全額を返還することを条件に明渡しを受け、同年7月28日、第三者に代金3億1,100万円で売却しました。

売主による催告と解除、買主による仮差押え

売主HSB氏は、その頃以降、買主RKDに債務不履行があったと主張するようになり、平成29年7月27日到達の書面で、連帯保証を解除させる債務を履行するよう催告し、同年8月19日到達の書面で株式譲渡契約を解除する意思表示をしました。同年9月以降、売主HSB氏は、買主RKDの代金返還請求権と、自らの損害賠償請求権及び原状回復請求権とを相殺すると主張し、相殺後の残額の支払を求めるようになりました。

買主RKDは、売主HSB氏が主張するような債務不履行はないと考えていましたが、連帯保証債務の解除自体ができていなかったことは事実であり、長期間にわたって訴訟で争うリスクを避ける必要も高いと考えました。そこで、解除があったことを前提に、代金2億3,599万8,620円の返還を求める原状回復請求権を被保全債権として、売主HSB氏の不動産や預金債権の仮差押決定を得ました。訴訟では、解除原因となる債務不履行(連帯保証債務を解除できなかったことに限ります)があったこと自体は自白しています。

売主HSB氏は、平成30年3月17日到達の書面で、仲介報酬1,400万円、貸付金1億3,700万円、株式の価値の下落分(1億円以上)を自働債権として相殺する意思表示をしました。

なお、判決本文の事案の概要には、株式譲渡契約が「平成29年8月18日」に解除されたとする記載がありますが、前提事実と判断部分では、解除の意思表示の到達日を平成29年8月19日としています。本記事では、解除の意思表示の到達日として平成29年8月19日と記載します。

事案の経緯の時系列

日付 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実による)
平成27年頃 売主HSB氏が、高齢と後継者の不在から、社外の第三者に対象会社BMSを売却しようと考えるようになる
平成27年6月時点 大手不動産会社FDSによる本件不動産の査定額2億3,840万円
平成27年9月16日 売主HSB氏、対象会社BMS及び買主RKDが業務提携契約を締結(月額2,000万円超の委託は努力義務。有効期間は平成28年3月15日まで)
平成28年1月14日 売主HSB氏が仲介会社NKDに株式譲渡の仲介・あっせん業務を委託
平成28年2月2日 株式譲渡契約の締結(5,434株全部、代金2億3,599万8,620円)。同日、代金の支払と株式の譲渡
平成28年2月9日 売主HSB氏が仲介会社NKDに成功報酬1,400万円を支払う
平成28年2月16日・23日 売主HSB氏が対象会社BMSに5,000万円、3,000万円を貸付け
平成28年3月10日 売主HSB氏が発注がないことを批判し、自らの代表取締役の解任を願い出る。不動産の売却には反対
平成28年3月15日 業務提携契約の有効期間の終期
平成28年12月8日 売主HSB氏が対象会社BMSに1,500万円を貸付け
平成29年1月5日 本社3物件を除く不動産を買主RKDに売却し、一部弁済の後に連帯保証の解除を銀行と折衝することで、いったん合意
平成29年2月24日 売主HSB氏が対象会社BMSに4,200万円を貸付け
平成29年3月17日 対象会社BMSが本件不動産を買主RKDに代金2億5,000万円で売却
平成29年4月28日 代金全額の支払を経て、買主RKDへの所有権移転登記
平成29年6月30日まで 買主RKDが賃借人に立退料2,700万円を支払い、敷金450万円を返還して明渡しを受ける
平成29年7月27日 売主HSB氏の催告書面が買主RKDに到達
平成29年7月28日 買主RKDが本件不動産を第三者に代金3億1,100万円で売却
平成29年8月19日 売主HSB氏の解除の意思表示が買主RKDに到達
平成29年9月以降 売主HSB氏が相殺を主張し、相殺後の残額の支払を求める。買主RKDは売主HSB氏の不動産・預金債権の仮差押決定を得る(時期の記載なし)
平成30年3月17日 売主HSB氏の相殺の意思表示が買主RKDに到達
平成30年 売主HSB氏が提訴(平成30年(ワ)第15156号)。買主RKDも提訴(平成30年(ワ)第21268号)
令和元年11月29日 東京地方裁判所が売主HSB氏の請求を棄却し、買主RKDの請求を認容する判決

判断の前提となった契約条項

以下は、判決本文が認定した契約の内容に基づくものです。判決本文は契約書の条文をそのまま引用しておらず、契約書原本の条文を再現したものではありません。囲みの中は判決本文の文言のままとし、当事者の呼称を本記事の表記に置き換えています。

株式譲渡契約第7条―売主の連帯保証人の地位を消滅させる特約

〔売主HSB氏〕、〔買主RKD〕及び〔対象会社BMS〕は、譲渡実行日以降速やかに、〔売主HSB氏〕が〔対象会社BMS〕のために連帯して保証している債務につき、〔売主HSB氏〕がその義務を免れるために必要な手続を協力して行い、〔売主HSB氏〕の連帯保証人たる地位を消滅させるが、債権者の同意が得られない等の事情によりその達成が不可能である場合、〔売主HSB氏〕、〔買主RKD〕及び〔対象会社BMS〕において別途協議する

判決本文の前提事実では、この特約により、買主RKDは、譲渡実行日以降速やかに、売主HSB氏が対象会社BMSのために連帯保証している債務について、売主HSB氏がその債務を免れるために必要な手続を協力して行い、連帯保証人たる地位を消滅させる債務を負っていたとされ、買主RKDがこの債務を履行しなかったことは当事者間に争いがないとされています。

株式譲渡契約―売主の経営への関与と従業員の継続雇用

判決本文によれば、株式譲渡契約には、次の内容の定めがありました(判決本文の認定の要約です)。

  • 株式の譲渡実行日は、契約締結日(平成28年2月2日)と同日とする。
  • 譲渡実行日以降も当面の間は、売主HSB氏が役員報酬を減額したうえで対象会社BMSの経営に引き続き従事する。それ以降の経営については、買主RKDの判断によって売主HSB氏に委任するか否かを決定する。
  • その余の取締役については、買主RKDが指定する者若干名を取締役に選任するために必要な手続を速やかに行う。
  • 従業員については、現行の水準を下回らない条件で継続して雇用する。

業務提携契約―委託額は努力義務にとどまった

株式譲渡契約に先立つ業務提携契約では、買主RKDとそのグループ会社が、グループ外へ発注している建物管理業務を積極的に対象会社BMSに委託することとされましたが、判決本文によれば、委託額が月額2,000万円を上回るよう「最大限努力する旨が約されたにとどまり」、最低発注額や最低発注件数が法的義務として定められることはありませんでした。有効期間は平成28年3月15日まででした。

当事者の請求と主要な主張

2つの事件の請求

事件 請求の内容
買主RKDが原告となった事件(平成30年(ワ)第21268号) 解除に伴う原状回復請求権に基づき、既払代金2億3,599万8,620円の返還と、代金受領の日である平成28年2月2日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による利息(民法545条2項)の支払
売主HSB氏が原告となった事件(平成30年(ワ)第15156号) 下記の3つの債権のうち合計2億3,599万8,620円で買主RKDの請求債権と相殺したうえで、株式の価値の下落分の残額1億2,629万6,331円と、訴状送達の日の翌日である平成30年5月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払

売主HSB氏が主張した3つの債権

債権 金額 相殺に充てた額
仲介会社NKDに支払った成功報酬についての債務不履行に基づく損害賠償請求権 1,400万円 1,400万円
対象会社BMSへの貸付金についての債務不履行に基づく損害賠償請求権 1億3,700万円 1億3,700万円
株式譲渡契約の締結時から解除時までの株式の価値の下落分についての解除に伴う原状回復請求権 2億1,129万4,951円 8,499万8,620円(残額1億2,629万6,331円を請求)

株式の価値の下落分2億1,129万4,951円は、売主HSB氏の主張では、代金2億3,599万8,620円から解除時の株式の価値とする2,470万3,669円を差し引いた額です。

争点ごとの主張

論点 売主HSB氏の主張 買主RKDの反論
仲介報酬1,400万円 買主RKDの債務不履行で株式譲渡契約が解除されたことにより、支払った成功報酬は全くの無駄となった 報酬は売主HSB氏が依頼した仲介・あっせんの対価であり、連帯保証の解除の不履行と相当因果関係のある損害ではない
貸付金1億3,700万円 業務提携契約上、月額2,000万円を上回る発注義務があり、株式譲渡契約上、役員派遣と従業員の継続雇用が定められていたから、買主RKDは資金繰りを支援する必要があった。買主RKDが発注も役員派遣も資金支援もしなかったため、連帯保証債務の顕在化と従業員の失業を避けるために、売主HSB氏が代わりに貸し付けざるを得ず、回収は不可能となった 月額2,000万円を上回る発注は努力義務であり、業務提携契約は既に終了している。資金繰りを支援する義務もない。貸付けは売主HSB氏独自の判断によるもので、相当因果関係のある損害ではない
株式の価値の下落分 買主RKDは、原状回復義務として契約がなかった場合と同一の状態に戻さなければならず、価値の下落分2億1,129万4,951円を返還すべきである。仮にそうでないとしても、買主RKDは本件不動産を時価より1億円以上安く売却するよう強い、3億5,200万円で転売して1億円以上の利益を得たから、少なくとも1億円を返還すべきである 株式という原物が存在する以上、株式を返還すれば足りる。価値が下落したとしても、その原因は代表取締役として経営していた売主HSB氏自身にあり、10割の過失相殺をすべきである。不動産の購入は、資金繰りに窮した売主HSB氏の要請に応じたもので、代金は大手不動産会社の査定を踏まえた適正な額であった。転売価格は3億1,100万円であり、明渡しのため多額の費用を負担したから、1億円もの利益は得ていない

判決本文の当事者の表示には、買主RKDの訴訟代理人の記載はありますが、売主HSB氏の訴訟代理人の記載はありません。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

結論を左右した争点

判決は、争点を次の3点に整理しました。

  1. 売主HSB氏が仲介会社NKDに支払った成功報酬1,400万円について、買主RKDに対する債務不履行に基づく損害賠償請求権があるか。
  2. 売主HSB氏が株式の譲渡後に対象会社BMSに貸し付けた1億3,700万円について、買主RKDに対する債務不履行に基づく損害賠償請求権があるか。
  3. 株式譲渡契約の締結時から解除時までの株式の価値の下落分2億1,129万4,951円について、買主RKDに対する解除に伴う原状回復請求権があるか。

株式譲渡契約が解除されたこと、解除によって売主HSB氏が代金を返還する義務を負うことは、買主RKDが解除原因となる債務不履行を自白していたため、争点とされていません。結論を左右したのは、連帯保証の解除の不履行と売主HSB氏の支出・損失との間に相当因果関係があるか、株式の価値の下落の原因が買主RKDにあるか、という点でした。判決は、いずれの判断でも、株式の譲渡後も対象会社BMSの代表取締役として経営を続けていた売主HSB氏の立場と行動を重視しています。

裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み

重要な事実

判決は、前提事実に加え、証拠及び弁論の全趣旨により、事案の概要で述べた経緯を認定しました。判断の基礎とされた事実のうち、特に重要なものは次のとおりです(判決本文の認定事実の要約です)。

  • 業務提携契約は、買収の可否を検証するための試行的なもので、有効期間は半年間であり、月額2,000万円を上回る委託は努力義務として定められていたにすぎないこと。
  • 売主HSB氏は、業務提携による委託額が月額2,000万円に到底及ばないことを十分認識したうえで、仲介会社NKDに業務を委託し、株式譲渡契約を締結したこと。
  • 対象会社BMSは、株式譲渡の前から多額の負債を抱え、わずかな営業利益を大幅に上回る支払利息や保証料を負担して、赤字経営が続いていたこと。
  • 株式譲渡契約では、当面の間、売主HSB氏に対象会社BMSの経営が委ねられることが予定されていたこと。
  • 連帯保証の解除について金融機関の同意を得るには、保有不動産の売却による一部弁済が必要であったのに、売主HSB氏が不動産の売却に反対し続けたため、買主RKDと金融機関との交渉が難航したこと。
  • 本件不動産の売却代金は、大手不動産会社FDSの査定額を参考にし、明渡しを求めることが困難な占有者の存在という減価要因を考慮して決められたこと。
  • 買主RKDが訴訟で債務不履行を自白したのは、債務不履行はないと考えていたものの、連帯保証の解除ができていなかったことは事実であり、長期間の訴訟のリスクを避けるためであったこと。

判断の枠組み―原状回復は原物の返還が原則、価値の下落分は原因が買主にある場合に限られ得る

株式の価値の下落分について、判決は、まず次のように述べて、原状回復義務の範囲についての枠組みを示しました。

「本件株式譲渡契約の解除により、〔売主HSB氏〕が、〔買主RKD〕に対し、代金2億3599万8620円を返還する義務を負う一方、〔買主RKD〕は、〔売主HSB氏〕に対し、本来であれば、本件株式をそのまま返還すれば足りるものの、上記解除までに本件株式の価値が毀損され、その原因が原状回復義務者である〔買主RKD〕にある場合には、〔買主RKD〕は、〔売主HSB氏〕に対し、本件株式の価値毀損分についても原状回復義務を負うと解する余地はある。」

つまり、株式譲渡契約が解除された場合、買主は株式をそのまま返還すれば足りるのが原則であり、価値の下落分まで返還する義務を負う余地があるのは、価値の下落の原因が買主にある場合であるという考え方です。判決は「解する余地はある」という表現にとどめており、その場合に原状回復義務が必ず生じるとまで述べたものではありません。

判断の枠組み―債務不履行と相当因果関係のある損害か

仲介報酬と貸付金については、判決は、買主RKDの債務(連帯保証債務の解除に限ります)の不履行があったとしても、売主HSB氏の支出がその不履行と相当因果関係のある損害に当たるかを検討しました。その際、業務提携契約の性質、売主HSB氏の認識、対象会社BMSの財務状況、売主HSB氏が経営者として果たしていた役割、連帯保証の解除が遅れた原因を総合的に考慮しています。

各主張を採用し又は排斥した理由

業務提携契約の不履行はない―委託額は努力義務にすぎなかった

判決は、業務提携契約は買収の有用性を検証するための試行的な業務提携であったにすぎず、有効期間も半年間という短期間であり、月額2,000万円を超える委託も法的拘束力のない努力義務として定められていたものであったとしました。そのため、実際の委託額が30万円にとどまったとしても、業務提携契約における買主RKDの債務不履行があったとはいえないと判断しました。

仲介報酬1,400万円―売主自らの意思に基づく支出で、解除によって左右されない

判決は、売主HSB氏が、業務提携による委託額が月額2,000万円に到底及ばないことを十分認識していたのに、仲介会社NKDに業務を委託し、株式譲渡契約を締結するに至ったことを指摘し、成功報酬1,400万円について次のように述べました。

「これは〔売主HSB氏〕自らの意思に基づき必要となった支出であるにすぎない」

さらに判決は、成功報酬の支払義務は、仲介会社NKDとの業務委託契約の性質上、仲介・あっせん業務の遂行、すなわち株式譲渡契約の締結によって発生するのであって、株式譲渡契約が後に買主RKDの債務不履行により解除されたことによって、その発生は何ら左右されないとしました。

貸付金1億3,700万円―経営者としての売主自身の経営判断によるもの

判決は、対象会社BMSは15億円超の売上高があっても、多額の売上原価や販管費のために700万円弱の営業利益しか上げられず、支払利息や保証料の負担で2,800万円近い純損失を出していた会社であったとしました。そのうえで、仮に業務提携契約で努力義務とされていた月額2,000万円の発注が6か月間あり、売上高が1億2,000万円程度増加したとしても、財務状況が大きく好転する見込みはなく、資金繰りが苦しいことに変わりはなかったと判断しました。そして、株式の譲渡後も代表取締役であった売主HSB氏が、数千万円単位の個人的な貸付けを複数回にわたって実行せざるを得なかったとしても、それは次のとおりであるとしました。

「自らの経営判断によるものといわざるを得ない」

売主HSB氏は、買主RKDが役員を派遣しなかったことも主張していましたが、判決は、株式譲渡契約上、対象会社BMSの経営は当面の間は売主HSB氏に委ねられることが予定されていたのであるから、その後に予定されていた買主RKDの指定する取締役の選任が速やかに行われなかったとしても、「〔売主HSB氏〕がその経営責任を免れる根拠となるものではない」と述べました。

連帯保証の解除の遅れ―買主を非難することはできない

判決は、連帯保証債務を解除させる債務について、その性質上、債権者との長期にわたる交渉を要することは明らかであるとし、さらに次のように述べました。

「金融機関である債権者から連帯保証人という人的担保の消滅についての同意を得るためには、相当程度の一部弁済の実行が必要不可欠な条件となることは自明の事柄であり、その弁済原資を捻出するためには〔対象会社BMS〕の保有する不動産を早期に売却するほかなかった。」

そのうえで、株式譲渡契約の締結後も代表取締役であった売主HSB氏が不動産の売却に反対し続けたため、買主RKDと金融機関との交渉が難航していたことを指摘し、次のとおり判断しました。

「このような状況下で、〔買主RKD〕が〔売主HSB氏〕の連帯保証債務を解除するという債務を早期に履行することができなかったとしても、〔買主RKD〕を非難することはできない。」

不動産の売却―廉価での売却を強いたとはいえない

判決は、売主HSB氏の個人的な貸付けではもはや資金繰りのめどがつかなくなった対象会社BMSが、本件不動産を早期に売却する必要に迫られて買主RKDに売却したものであり、その代金額は、大手不動産会社の査定結果を踏まえつつ、訴訟手続によっては明渡しを求めることが困難な占有者の存在という個別的な減価要因を考慮して決定された適正なものであったとしました。そのため、買主RKDが対象会社BMSの経済的困窮に乗じて廉価で売却するよう強いたとはいえないと判断しました。

買主RKDが購入価格より6,000万円以上高い価格で転売できたことについても、判決は、立退交渉を委任した弁護士の費用、立退料の支払、敷金全額の返還という多額の金銭的負担があったうえでのことであるから、判断を左右しないとしました。

以上を総合して、判決は、買主RKDの債務(連帯保証債務の解除に限ります)の不履行があったとしても、成功報酬1,400万円も貸付金1億3,700万円も相当因果関係のある損害に当たるとはいえず、これらについての損害賠償請求権は存在しないと結論付けました。

株式の価値の下落分―原因は経営していた売主の側にある

判決は、対象会社BMSは株式譲渡の前から極めて多額の負債を負い、わずかな営業利益を大幅に上回る支払利息や保証料を負担し続けていた会社であって、財務状況を好転させるには、売上高を増やすだけでは足りず、販管費等の経費の削減や負債の減少が必須の課題であったとしました。そのうえで、売主HSB氏が次のような経営を行ったと認定しています(判決本文の要約です)。

  • 株式譲渡契約の締結に際し、自らの役員報酬を減額するにとどまり、現行の雇用条件を維持したうえでの従業員の継続雇用を優先するなどした結果、経費の大幅な削減ができなかったこと。
  • 株式の譲渡後も、弁済原資の調達に不可欠な保有不動産の売却に反対し続けた結果、負債を大幅に減らすこともできないまま、株式譲渡の代金を対象会社BMSの日常的な運転資金に費消してしまったこと。
  • ついには、個人的な貸付けによる支援だけでは足りず、本件不動産の売却代金まで日常的な運転資金に充てざるを得なくなり、対象会社BMSの資産を減少させる状況を作り出したこと。

これらの事情から、判決は次のとおり判断しました。

「仮に本件株式譲渡契約の解除までに本件株式の価値が毀損されたことがあるとしても、その原因は、本件株式の譲渡後も〔対象会社BMS〕の代表取締役の地位にあり、〔対象会社BMS〕を経営していた〔売主HSB氏〕側にあったというべきであって、原状回復義務者である〔買主RKD〕にあったとはいえないから、〔買主RKD〕が、〔売主HSB氏〕に対し、本件株式の価値毀損分について原状回復義務を負うことはない。」

不動産の転売による差益についても、判決は、売却が買主RKDに強要されたものでも、売却価格が不当に低廉であったものでもないとして、買主RKDが差益について原状回復義務を負うこともないとしました。

買主の自白は、それより前の価値の下落の責任を基礎付けない

売主HSB氏の側からみれば、買主RKD自身が債務不履行を認めている以上、株式の価値の下落の責任も買主RKDにあるのではないかという疑問が生じ得ます。判決は、買主RKDが訴訟で債務不履行を自白するに至った経緯に照らせば、債務不履行があるとしても、それは次のようなものにすぎないとしました。

「せいぜい原告による解除の意思表示がされた平成29年8月19日時点における解除原因を基礎付けるものとして認められるにすぎず、それより前に生じた本件株式の価値毀損につき被告の帰責性を肯定する根拠となるものではない」

(この引用中の「原告」は売主HSB氏、「被告」は買主RKDを指します。)

相殺は効力を生じない

以上により、売主HSB氏が相殺に用いた3つの債権は、いずれも存在しないとされました。判決は、結論部分で、「原告主張の相殺は、その自働債権の存在が認められない以上、効力を生じない。」と述べ、買主RKDの代金返還請求を全額認めています。

主文及び結論

判決の主文は、次のとおりです(「原告」は売主HSB氏、「被告」は買主RKDを指します。2つの事件では原告と被告が入れ替わるため、主文は「同事件原告」「同事件被告」と表記しています)。

  1. 平成30年(ワ)第15156号事件について、「同事件原告の請求を棄却する。」
  2. 平成30年(ワ)第21268号事件について、「同事件被告は、同事件原告に対し、2億3599万8620円及びこれに対する平成28年2月2日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。」
  3. 訴訟費用は、両事件を通じて売主HSB氏の負担とする。
  4. 「この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。」

第1項は、売主HSB氏が原告となった事件で売主HSB氏の請求を棄却したもの、第2項は、買主RKDが原告となった事件で、売主HSB氏に対し、受け取った代金全額と、代金を受け取った平成28年2月2日からの年6分の割合による利息の支払を命じたものです。判決は、口頭弁論の終結後に売主HSB氏から提出された書面を検討しても判断は左右されないとして、口頭弁論を再開しませんでした。

年6分の割合は、当時の商事法定利率(改正前の商法514条)によるもので、代金の受領の時から利息を付すとする民法545条2項に基づくものです。2億3,599万8,620円に対する年6分の利息は、1年当たり約1,416万円となります(当事務所の計算です)。なお、平成29年の民法等の改正(令和2年4月1日施行)により商事法定利率の規定は削除され、法定利率は民法の規定(施行時は年3パーセント。3年ごとに見直されます)に一本化されています。本判決は改正前の規定が適用された事案であり、現在の取引では利率が異なり得ます。

判決本文には、買主RKDが売主HSB氏に株式を返還することを命じる主文はなく、売主HSB氏が株式の返還との同時履行を主張した旨の記載もありません。

判断の射程

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。判決が述べた事項と区別してお読みください。

参考となる点

  • 解除は、売主にとって代金の返還義務を生じさせる両刃の剣であること。本件では、連帯保証が外れないことを理由に売主が自ら株式譲渡契約を解除した結果、受け取った代金全額に受領の日からの利息を付けて返還する義務を負いました。他方で、売主が取り戻せるのは、赤字経営が続いた対象会社の株式です。買主側に連帯保証の解除の不履行があったとしても、解除によって売主が得るものと失うものを比較せずに解除に踏み切ると、売主に大きな不利益が生じ得ることを示す例といえます。
  • 株式が存在する限り、原状回復は株式の返還が原則とされたこと。判決は、買主は本来は株式をそのまま返還すれば足り、価値の下落分の返還義務を負う余地があるのは、下落の原因が買主にある場合であるとの枠組みを示しました。株式譲渡の後に対象会社の価値が下がった場合、その原因がどちらの側の経営にあるかが、原状回復の範囲を左右することになります。
  • 成約後も売主が経営を担っていると、経営の結果は売主の責任と評価されやすいこと。本件では、株式譲渡後も売主が代表取締役として経営し、経費の削減をせず、不動産の売却に反対していたことが、貸付金と株式の価値の下落の双方で、売主の経営判断・経営の結果と評価されました。買主が指定する取締役の選任が速やかに行われなかったことも、売主の経営責任を免れさせないとされています。
  • 連帯保証の解除の義務は、金融機関の同意という制約を踏まえて評価されること。判決は、金融機関から連帯保証人の地位の消滅について同意を得るには相当程度の一部弁済が必要であることは自明であり、弁済原資を捻出するには不動産の早期の売却が必要であったとしました。そのうえで、売却に反対したのが売主自身であったことから、買主の履行の遅れを非難することはできないとしています。保証解除の条項を根拠に買主の責任を問う場合には、売主自身が保証解除に必要な手続に協力していたかが問われます。
  • 仲介報酬は、契約が後に解除されても、解除の相手方への損害として当然には認められないこと。判決は、仲介会社への成功報酬は株式譲渡契約の締結によって発生するもので、後の解除によって左右されず、売主自らの意思に基づく支出にすぎないとしました。
  • 努力義務として定めた事項は、法的義務の不履行とは評価されにくいこと。業務提携契約での月額2,000万円を上回る委託は努力義務とされており、実際の委託額が月額30万円にとどまっても債務不履行は否定されました。株式譲渡契約で約束されていない事項(買主グループからの発注)は、社内の決議で確認されていても、契約上の義務とはされませんでした。

一般化できない点

  • 本判決は、買主が解除原因となる債務不履行を自白したため、解除が有効か、連帯保証の解除の不履行が解除原因となるほど重大か、特約の「別途協議する」との定めが解除にどう影響するかについて、判断を示していません。連帯保証の解除の不履行を理由とする解除が一般に認められるとの結論を、本判決から導くことはできません。
  • 判決は、株式の価値の下落分について原状回復義務を負う「余地はある」と述べるにとどまり、原因が買主にある場合の具体的な算定方法や、株式の価値の下落をどう評価するかについては判断していません。売主が主張した解除時の株式の価値(2,470万3,669円)が相当かどうかも判断されていません。
  • 本件は、株式譲渡後も売主が代表取締役として経営を担い、対象会社が譲渡前から多額の負債と赤字を抱えていた事案です。成約と同時に買主が経営を引き継いだ事案や、買主の経営方針によって対象会社の価値が下がった事案では、結論が異なり得ます。
  • 本判決は、改正前の民法及び商法が適用された事案です。利息の利率は、現在の法令によると異なります。
  • 上訴の有無及び確定は確認できていません。

契約や交渉で確認しておきたいこと

売主の側では、連帯保証の解除を条項に盛り込む場合に、期限、金融機関の同意が得られない場合の代替措置(買主による保証の差替え、買主による求償の保証、代金の一部の留保等)、売主が協力すべき事項を具体的に定めておくことが考えられます。成約後も経営に残る場合は、経営の権限と責任の範囲、買主の役員の派遣の時期、資金の手当ての方法を明確にしておくことが重要です。不履行を理由に解除を検討する場合には、解除によって代金と利息の返還義務を負うこと、取り戻す株式の価値がどうなっているかを、事前に見通しておく必要があります。

買主の側では、保証解除の義務を負う場合に、対象会社の資産の売却や一部弁済の必要性など、履行の前提条件を契約や協議の記録で明確にしておくことが考えられます。本件のように、売主が協力しないことで履行が難しくなっている経過を書面で残しておくことは、後の紛争で意味を持ち得ます。これらは本判決を踏まえた当事務所の着眼点であり、本判決が特定の条項例の有効性を判断したものではありません。

よくあるご質問

買主が連帯保証を外す約束を守らない場合、売主は株式譲渡契約を解除できますか。

本判決では、買主が解除原因となる債務不履行を自白したため、解除の有効性そのものは争点になっていません。解除の可否は、条項の定め方(期限や、債権者の同意が得られない場合の協議の定め等)と不履行の内容によります。また、解除をすると、売主は受け取った代金に受領の日からの利息を付けて返還する義務を負うことに注意が必要です。

株式譲渡契約を解除した場合、株式の価値が下がっていたら、その分を買主に請求できますか。

本判決は、買主は本来は株式をそのまま返還すれば足り、価値の下落分の返還義務を負う余地があるのは、下落の原因が買主にある場合であるとしました。本件では、株式譲渡後も売主が代表取締役として経営していたことから、下落の原因は売主の側にあるとされ、請求は認められませんでした。

契約が解除されたら、仲介会社に支払った報酬を買主に請求できますか。

本判決では認められませんでした。判決は、成功報酬は株式譲渡契約の締結によって発生するもので、後の解除によって左右されず、売主自らの意思に基づく支出にすぎないとして、買主の債務不履行と相当因果関係のある損害には当たらないとしました。

株式譲渡後に、売主が対象会社に個人で貸し付けたお金は、買主に請求できますか。

本判決では認められませんでした。対象会社は譲渡前から赤字経営が続いており、株式譲渡後も代表取締役であった売主の貸付けは、自らの経営判断によるものとされました。買主の資金支援の義務が契約に定められていなかったことも、判断の前提になっています。

連帯保証の解除が遅れた責任は、すべて買主にあるのですか。

本判決は、金融機関から保証解除の同意を得るには相当程度の一部弁済が必要であり、そのためには対象会社の不動産を売却するほかなかったのに、売主自身が売却に反対し続けたことから、買主が早期に履行できなかったとしても買主を非難することはできないとしました。保証解除の遅れの原因が誰にあるかは、具体的な経過によって判断されます。

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件に関与し、2024年(令和6年)10月には最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得ました。現在は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士を務めています。

主として取り扱う分野 M&A、株式買取請求権、非上場株式の価格の決定、企業価値評価、事業承継及び企業法務

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著書

非上場会社における少数株主対策の手法と実務
『非上場会社における少数株主対策の手法と実務』(日本法令)
中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策
『中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策』(清文社)
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